真に豊か~懐石の真心~

例大祭の準備がはじまり、精進料理を食べ始めます。本来は、潔斎は数か月前からのものもあれば1ヶ月前のものもあるそうですが現代は、仕事をしながらの会食もあり、なかなか難しいものもあります。

実際には、一汁一菜の暮らしをしていれば日々の暮らしそのものが精進料理ですから何の問題もありません。そのためには、日々の暮らしをととのえ、日ごろの料理を丹誠を籠めて取り組んでいくことになると思います。

まだ私にはできていませんが、暮らすように神事をし、その神事によって暮らしを充実させていきたいと思っていますから少しずつ近づいていきたいと思っています。

料理といえば、懐石料理というものがあります。現代では、和食のコース料理の名前などで使われていますが本来は禅僧が空腹をしのぐために懐に入れていた「温石(おんじゃく)」が由来です。

この温石とは腹や胸にいれて体を温めるカイロのような役割の石ですが、食べ物がない時代、その空腹をやわらげる効果もあったといいます。もともと禅宗の修行僧の食事は一日一食のシンプルなものです。満足に食事を摂らないと体を温める機能も低下するので温石で暖をとりつつ空腹を和らげたといいます。

また懐石料理が、おもてなしにつながるのは千利休によるものです。禅の思想、侘茶の精神を懐石に倣い見た目だけを重視した華美なものよりもお茶や料理を体に負担なく本来の自然と美味しいものを最善としました。

「利休百会記」の記述には、「天正18年9月に古田織部を招いた際の膳の内容は、飯のほかには鮭の焼き物、小鳥の汁、ゆみそ、膾の一汁三菜。」とあります。

本来の満たすというものに、豪華絢爛な欲望を満たすのではなく、いのちや心を丸ごと満たすという「足るを知る」ことがこの懐石の意味であるように私は思います。決して質素だから貧しいのではなく、本当の豊かさはそのシンプルな生き方の中にある。そしてこの懐石こそ、ないものねだりをするのでなくたとえ空腹であっても心は満たされていきそしていのちの温かさを感じられるところに本当の「食」の意味があることを悟るというものなのかもしれません。

いのちやこころは、膨大な量は必要ありません。ほんの僅かであったとしても、そこに真心があれば真に豊かなのです。

例大祭の準備を慎んで、執り行っていきたいと思います。

危機に備える暮らし

現代は、より不確定な時代に入っています。コロナだけではなく、ここ十数年、震災にはじまりあらゆる自然災害が発生しやすくなっています。また南極の氷が融けては世界の海の中の水量が代わり、流れも変わり、そしてその水の力で地球全体の変化は進みます。

その時、私達人類は今までのように計画を立ててその通りにやっていくということが難しくなっていくのです。つまり、自然が安定していた時はある程度、人間の好きなようにできる都市をつくり限られたところで自由自在に謳歌できましたがこれからは自然の変化と向き合いながら歩んでいく時代に入ったのです。

もともと環境問題の話は数十年前から出ていましたが、それは経済活動をしながら少しだけ環境に配慮しようとした慈善事業的なものでしたがこれからはそんな場合ではなくなって激しい自然環境の変化の中でどのように人類は生き延びていくのかということに向き合う時代になったということです。

当たり前のことですが、人類は今までもそうやって大自然の恩恵を受けながら、厳しい大自然に洗礼を受けては許しを得てここまで生き延びてきました。別に終末思想などを言っているわけでもなく、歴史を省みればそうやって人類は何回も絶滅の危機を乗り越えて生きてきました。

絶滅の危機を省みると、それは突然にやってきます。まさかこの平和や安定が突如失われるなどとは誰も思いもしません。しかしそういう時がもっとも危機の前兆であり、私たちは備えることに油断している状態であるのです。

言い換えれば、自然に向き合うことをやめてしまう、もしくは自然から離れてしまう。その時こそ、本当の危機が訪れているということなのです。

時代が時代なら、この危機に向き合い人類はどうやってみんなで生き延びるかを世界で対話をして解決に向けて協力していかなければなりません。いつまでも国家間の争いをして、常に比較や価値や評価を競いあってみても大自然の前ではひとたまりもありません。

極端なことをいうのではなく、だからこそ危機に備える必要を感じるのです。先人たちの暮らしをよく観察すればするほどに、日ごろから危機に備える仕組みを醸成していたのがわかります。たとえば、結に見られるような助け合い支え合いの仕組みも暮らしの中で醸成していました。

ひとたび自然災害が来たら、その先人たちの暮らしが大いに役にたつのです。別に私は都会暮らしか田舎暮らしかを論議するのではなく、生き残るために何が必要かということを暮らしフルネスで提案しています。

その時が来ては遅いからこそ、今からやる必要があるのです。平時ではなく、有事に備えてこそ人類は協力し自律し合う関係が築けると思います。

子どもたちのために今できることを真摯に挑戦していきたいと思います。

心のパートナー

昨日、久しぶりですがオンラインで同志とこの一年の振り返りや話し合いを行いました。仕事も一緒にしながら理想に向かって挑戦を続けてもう7年目になります。色々な仕事をしてきましたが、理想を共にできる関係を築くことは簡単ではありません。

理想があるというのは、そこには非常な艱難辛苦もありお互いに苦労を分かち合いながらもあらゆる課題を心も持ち方を磨きつつ、創意工夫をもって乗り越えていきます。

片方が諦めても、もう片方は諦めない。そういった、お互いに同じ方向を向いて同じ目的に向かって挑戦するときにはじめてパートナーという関係が結ばれるからです。しかしそのパートナーは、決して頭で理解できるものではなく不思議なご縁によってのみ結実します。そこには天地人の縁が必要です。この天地人は、天の時、地の利、人の和、そしてご縁です。

人はいつかは必ず死にます。

この世で生きている時には、できるだけ一緒に様々なことに挑戦をして共に魂を磨き合い輝かせます。そして死してからも魂は共にしますが、そこにこの肉体は存在しません。頭で思考することもなくなります。ただ魂だけが残るのです。

だからこそ、この一期一会の瞬間を丁寧に丹誠を籠めて理想に向かって共に歩んでいく醍醐味があるのです。

昨日、彼らと話をして改めて振り返り気づいたのは私はこのコロナでこれからの時代の生きる力としてもっとも大切なのは「心の持ち方」を創っていくことだと思います。

本来の教育とは何か、教育の原点とは何か。それはこの「心の持ち方」を与えることだと実感するからです。どんな時でも、好奇心を持って楽しいものを見出していく力。人生の中での希望は、この一生を歩んでいくために最大かつ至高の座右です。

希望あるところに人は活き、絶望することで人は亡くなります。この世で、私たちが様々な艱難辛苦を味わう時、魂は磨かれますがそこで絶望すれば魂は衰えてしまいます。そんな時、希望を持てばまったく異なる世界が現われ真実に導かれていくのです。

つまりこの世は、その人の心の持ち方、心からの観え方次第で、どうにでも変わってしまうということなのです。そうやって私たちは、禍を転じては福にし続けてこの世を美しく豊かにしていきました。

人の心は、この不思議な効果や奇跡を自覚していてまさに心の時代に必要な素養であり、まさに今こそこの心の持ち方を学び直すことだと私は感じます。

心は私たちの大切なパートナーです。

そのパートナーと一緒に、心の持ち方を換える豊かさを追求しつつ新たな時代の幕開けを共にしていきたいと思います。

柿渋講習

昨日は、無事に柿渋講習を実施することができました。コロナ禍で人が集まることが難しくなっていますが、もともと柿渋にはウイルスを除去する効果がある伝統的な日本の知恵でもありますからまさに今やるべきとも感じています。

先日、ある報道で柿渋がコロナウイルスに効果があることが発表されました。

「奈良県立医科大学は、果物の渋柿から取れる「柿渋」が新型コロナウイルスを無害化させるという研究結果を発表しました。柿渋は、渋柿を絞って発酵・熟成させたもので、古くから塗料や染料などに使われてきました。奈良県立医科大学は、新型コロナウイルスと唾液に、純度の高い柿渋を混ぜて10分間置いたところ、ウイルスが無害化したと発表しました。飴やラムネなどに柿渋を混ぜて口に含むことで、新型コロナの感染を予防できる可能性があるということです。(奈良県立医科大学免疫学・伊藤利洋教授)」

柿渋のタンニンの成分の中にその効果があるとのことです。このタンニンとは、渋みのことです。この渋みと柿が合わさって、柿渋と呼んでいます。

また広島大学大学院の研究で柿渋が広い範囲の種々のウイルスを強力に不活化できることも発表されました。具体的な12種類のウイルスに対して効果を判定し、柿渋とそのほかの植物由来のタンニン7種類との抗ウイルス能力の比較を行い柿渋のみが調べた12種類すべてのウイルスに対して強い効果があることを示したといいます。

つまりすべてのウイルスを完全に不活性化したのは柿渋のみでした。研究グループでは柿渋の抗ウイルスの能力の作用機構を調べるとウイルス表面蛋白質に柿渋が結合しウイルスを不活性化していることも発見されています。また効果の持続を確かめるため、2年間の劣化でも柿渋の抗ウイルス作用は失われないことが示されたといいます。

まさに、ウイルス対策にうってつけのものがこの柿渋なのです。

昨日の参加者の一人からも、むかしの御医者さんが火傷でも柿渋を塗って処置していたといいます。雑菌の繁殖を防ぎ、そして自然由来で人体には無害。これほどの薬のような存在が今まであったことを人類は再確認する必要があると思います。

先人たちはこの柿渋の知恵で、様々な怪我や病気、防疫に役立ててきました。今、なぜ柿渋講習なのかと思われるかもしれませんが本来は有事の時だからこそ今こそ柿渋講習なのです。

子どもたちにも自然の知恵が身近に活用できるよう、引き続き伝承をしていきたいと思います。

例大祭の直会

来週4日の例大祭の直会には、節分の豆の時季に因んで「ぜんざい」を準備しています。節分といえば、今年は暦のずれの影響で1日早まることになり、明治30年以来、124年ぶりに2月2日となる珍しい年です。つまり「立春」が2月3日で、「節分」が2月2日になるということです。

節分の豆は「五穀」(米、麦、ひえ、あわ、豆)のひとつで農耕民族である日本人の生活に欠かせないもので偉大な力が宿ると信じられてきました。常にこの五穀は神事に使われ、その中でも豆と米は特に神聖な存在として、鬼を払う力を持っていると信じられました。

今回のぜんざいは、そのお米とお豆のチカラが合わさったもので季節の変わり目の邪気払いとしても効果があり、また例大祭に相応しい神事の直会と考えてのことです。小豆を使った紅白の御餅も準備します。

そもそもこのぜんざいは、出雲ぜんざい学会というものがありこう紹介されています。

『ぜんざいは、出雲地方の「神在(じんざい)餅」に起因しています。出雲地方では旧暦の10月に全国から神々が集まり、このとき出雲では「神在祭(かみありさい)」と呼ばれる神事が執り行われています。そのお祭りの折に振る舞われたのが「神在(じんざい)餅」です。その「じんざい」が、出雲弁(ずーずー弁)で訛って「ずんざい」、さらには「ぜんざい」となって、京都に伝わったと言われています。「ぜんざい」発祥の地は出雲であるということは、江戸初期の文献、「祇園物語」や「梅村載筆」(林羅山筆:儒学者)、「雲陽誌」にも記されています。』

またぜんざい発祥の地である佐太神社にはこう紹介されます。

『11月25日は神々をお送りする神等去出(からさで)神事が執り行われます。この日はカラサデさんといわれ、神前に供えていた餅と小豆を一緒に煮て小豆雑煮を作り再び供えていました。これを「神在餅(じんざいもち)」と呼び、今も宮司宅では家例としてこの日に小豆雑煮を作り、屋敷内の祖霊社、稲荷社、邸内の歳神にお供えいたします。昔は里人の間でもこの日の朝に餅を搗き参拝する慣わしがあり、参拝するものは必ず一重ねのオカガミ(餅)をもって参った後、小豆を入れた雑煮餅を作って家の神棚に供えてから銘々も頂く風習があったようです。この「神在餅」が転化して「ぜんざい」になったといわれているのです。』

諸説あるそうですが実際に出雲地方の正月に食べる雑煮も小豆汁だそうで小豆との関係が強く、出雲地方の郷土料理であったことはその土地にいけば風土の味で直観するものです。

例大祭は一年に一度の大切なハレの日ですから、ハレの日に相応しいものとしてお米とお豆の赤飯を炊こうと思いましたが、私が得意な炭を総動員して和合した「ぜんざい」(善哉)にすることにしました。

また小豆の効能や効果はいわずもがなまるでお薬そのものであり健康によいことが証明されています。世界最古の中国の薬学書である「神農本草経」にも登場しているほどでその煮汁には解毒作用があるとされ、当時は食べ物というよりも薬として食べられていました。アンチエイジング効果が絶大で、若返り(甦生)の食べ物なのです。

現在、西洋の食文化に慣れてきて小豆離れも増えてきています。しかし、先祖代々、大切な日に食べてきた小豆を思い出すと何か心の懐かしい故郷に回帰した気持ちになります。美味しいというのは、決して舌先だけで出てくるものではなく心の奥底から湧き上がってくるものもあります。

暮らしの中で神事を行うのは、この懐かしさを忘れない、初心を忘れないための行事でもあるのです。子どもたちに、本来の日本人としての生き方、道徳の涵養、自然の智慧の伝承などを日々の暮らしフルネスの実践を通して伝道していきたいと思います。

 

道は一つ

ミッション(理念)とは生き方の事です。どのような生き方をするか、それを保つためにどのような経営をするか、理念経営とは、理念が優先であってそれに合わせて経営を工夫するということです。

よく経営を優先して理念があとでという事例を見ますが、これは理念経営ではないことはわかります。本来、何のためにやるのかが本であり、末にどのようにやるのかが決まります。本末が転倒してしまわないように、常に初心を振り返りどのように取り組んでいくのかをみんなで真摯に実践していくしかありません。

そしてそのミッション(理念)を砥石に、振り返りながら磨いていくことで生き方を高め生き様を伝道していくことができます。そうすることで、一つの組織がまるで生きもののように生き様を共にする人たちによって人格のような姿が現われてくるのです。

稲盛和夫さんはこういいます。

「リーダーの行為、態度、姿勢は、それが善であれ悪であれ、本人一人にとどまらず、集団全体に野火のように拡散する。集団、それはリーダーを映す鏡なのである。」

つまりリーダーの生き方、またその生き方を共にするスタッフたちがミッション(理念)を共有し生き方を実践すれば企業に格(社格)ができるというのです。

さらに稲盛さんは、「人を治めるには、権力で押さえつける「覇道」と仁、義などの「徳」で治める「王道」とがあります。私は、やはり人間性、人間の徳をもって相手の信頼と尊敬を勝ち取り、人を治めていかなければならないと思っています。」といいます。

もしも覇道になれば、ミッション(理念)を凶器のように使われて権力の一つの道具になります。しかしもしも、このミッション(理念)が徳で使われるのならスタッフが自分たちの魂を磨き、人格を高めるお守りのようになります。

私は後者のためにミッション(理念)を使っているのであり、私の提案する仕組み(智慧)は自然に徳が穏やかに沁み込んでいくように日々の内省を通して自己の精神性を洗い清め高め合いながら自立と協力を促していくようにしているのです。

それはミッションページやミッションリーフレットなど、ミッションとつく物はすべてこの「徳」による王道の智慧を活用したものです。

まずは自己の脚下の実践からということで、弊社ではミッションブログに始まり、内省、一円対話、讃給などあらゆる仕組みを実証しています。

覇道でいくのか王道でいくのかと対比されますが、本来の道は一つです。

人類は魂をどう磨くか、磨き方は自然から学び直すことが一番です。自然の徳に包まれ見守られて生きている私たちのいのちだからこそ、その徳に報いていきたいと思います。

和が来る場

日本には「和」を感じる場所がたくさん存在します。この「和」は現在は広く使われていますが、和の精神性というものが根源にあるものが私は和の本流であると感じています。

それは調和の和であり、日本人の持つ共生の思いやりから発生してきているように思います。日本には、八百万の神々という思想があり生きとし生けるものすべて、それは有機物無機物に関わらず一緒に生きるものとしてのいのちがあると信じられてきました。

だからこそ常にそのいのちたちへの思いやりを忘れないように配慮しながら気遣い、心に和を保ってきました。調和をととのえるということは、自然の一部としてみんなで助け合い謙虚に生きていこうとしてきた暮らしを充実させていくことからはじまります。

私が「暮らし」に特化するのは、かつての日本の暮らしの中にこそ和の文化の源流が滾々と流れており、それを甦生させることで和を顕現させていくことができると実感しているからです。

そしてこの暮らしを伝承してきたのが、本来の幼児期の環境であり場でした。現代になって失われていくその場に憂いを感じ、日本人としての根から養分を吸い上げることができるようにと日本の文化を丸ごと暮らしで甦生させているのが暮らしフルネスの仕組みなのです。

話を戻せば、この和を感じる場所はどのようなところか。一つは、私たちが取り組んでいるむかしの田んぼです。このむかしの田んぼは、無肥料無農薬で行います。それをみんなで力を合わせて田植えをして草刈りをし収穫をして実りを分け合います。そのすべてを私は神事だと認識し、一つ一つの神事を通していのちが和するようにと取り組んでいきます。するとその場には、和が来ます。和が来る場所は、懐かしさや牧歌的な風景が甦り、来る人達のいのちも同時に甦生していくのです。

むかしの結という文化が根付く、里山。また代々、土着で大切につむがれてきた隣組などがある場所。他にも、合掌造りの家々がのこり、山間の厳しい自然の中で助け合い生きる人々の暮らしの中にも和があります。

この「和」は、先祖が辿り着いた豊かさの原点であり、仕合せの本質でもあります。

令和は、まさにその和がととのってくると天の命令で顕れた時代の特徴を示す年号です。私たちはその年号の遺志に則り、和をみんなで磨いていく必要があります。子どもたちのためにも暮らしを甦生させ、本来の和をととのえるために精進していきたいと思います。

ご縁が解ける

仏(ほとけ)という言葉があります。この語源を調べると、それぞれの辞書で内容は異なりますがブリタニカ国際大百科事典には「仏陀のこと。語源は,煩悩の結び目をほどくという意味から名付けられた,あるいは仏教が伝来した欽明天皇のときに,ほとほりけ,すなわち熱病が流行したためにこの名があるともいわれる。日本では,死者を「ほとけ」と呼ぶ場合もある。」とあります。

シンプルに言えば、執着を取り除いた姿が仏(ほとけ)の象徴とされたように思います。強く握りしめていたこうでなければならないというものを、手放し融通無碍に来たものの全てを受け容れて受け止めるときこの仏(ほとけ)に近づいていくということかもしれません。

小林正観さんの著書にこの仏(ほとけ)についてわかりやすい内容で紹介されています。

『執着やこだわり、捕らわれ、そういう呪縛から解き放たれた人を、日本語では「ほとけ」と呼びました。それは「ほどけた」「ほどける」というところから語源が始まっています。自分を縛るたくさんのもの、それを執着と言うのですが、その執着から放たれることが出来た人が仏というわけです。ところで、「執着」とは何か、と聞かれます。執着というのは、「こうでなきゃイヤだ」「どうしてもこうなってほしい」と思うことです。それに対して、楽しむ人は、「そうなってほしい」のは同じなのですが、「そうなったらいいなあ。ならなくてもいいけれど。そうなるといいなあ」「そうなると楽しいな」「そうなると幸せだな」と思う。「こうでなきゃイヤだ」と思ったときに、それが執着になります』(だいわ文庫)

想いの強さは時として、それが執着になっていきます。情熱がありすぎると正義を振りかざしたり、自信がありすぎると思いやりに欠け過信にもなります。なんでも片方に過ぎることが時として調和を崩すことがあり、その都度、自己の執着を手放すようにと何か偉大な存在に見守られながら諭されていきます。

人生は誰もが一生涯修行であり、どんなときにも自分の中にある執着と対話してそれを手放すという修練が求められていきます。その中で、人は深いご縁ほどにつながりもまた深くなります。

一つ一つのご縁の中では、誤解もあれば了解もあります。しかしそのどちらも、いつの日か時が経てば解けていき真実が顕現していきます。未熟だった自分を反省し、改善していくことで人はさらに成長していきます。そういうご縁をいただいていること自体が感謝そのものであり、深くご縁に見守られていることを実感します。

子どもたちが憧れるような未来を遺していくためにも、今を直視して日々に弛まずに怠けずに逞しく嫋やかに実践し、思いやりを忘れず優しい心で歩を進めていきたいと思います。

結の甦生

藁葺のことを深めていると、むかしの相互扶助の共同体の「結」のことにつながります。今では金銭でなんでも解決するような生活になってきていますが、むかしは貸し借りを金銭ではないもの、つまりはお互いの義理人情のようなもので支え合っていました。

もちろん、今でも義理人情はありますがむかしは見返りを求めずに助け合うという根底には「徳」というものの考え方によって人々が助け合い支え合うという土着文化がその地域を安定させていたとも言えます。

例えば、先日の藁葺でもみんなに声をかけて集まってもらい集まった人たちで助け合いながら藁葺職人たちと一緒に屋根を修繕していきました。懐かしさを感じるのは、こうやって金銭ではなくみんなで助け合い支え合うところに暮らしの原点があるということです。

中部地方の合掌造りの茅葺屋根の葺き替えは「結」の制度があり、ウィキペディアによると今でも下記のような手順で藁葺を進めているようです。

「作業の3年以上前から準備が始まる。屋根の面積から必要な茅の量と人員を概算する。作業の日取りを決め、集落を回り葺き替えをいついつ行うので手伝って欲しいと依頼する。予め作業に必要なだけの茅を刈って保存しておく(そのための「茅場」を確保してある)。役割分担を決める(茅を集める者、運ぶ者、茅を選別する者、縄などその他道具を準備する者など)。上記は専ら男性の作業である。女性は作業に従事した者達への食事、休息時の菓子、完成祝いの手土産の準備を行う。屋根の両面を同時に吹き替えることはほとんど無く、片面のみを2日間で仕上げる。1日あたり200人から300人の人手が必要となる。100人以上が屋根に登るさまは壮観である。」

金銭であれば1000万以上かかるものを、無報酬で協力し合って村人たちで行われているといいます。

以前、この「結」のことである方に聴いたことがあるのは「むかしの人は自分が受けた恩義をいつまでもお互いに忘れない、それが先祖代々、「結帳」に記入してあれば子孫の代になっても口伝、もしくは記録しいつまでもその人たちのことを協力するという考え方があったことです。恩義を中心にして、無条件でお互いに支え合うというのは「徳」のつながりのことであり、私が取り組むブロックチェーンの概念と同様です。

貸し借りとは、金銭的なものだけを言うのではありません。等価交換できないもの、それもまた恩義でありそれは生き方が決めるものです。感謝し合う人格が磨かれた地域であれば、その地域の文化はみんなで恩義の質量を高めていくことができます。

つまりは徳を中心にした思想によって、相互扶助の豊かさを実現していくことができるのです。この豊かさといういうものは、現代のような物質的な豊かさではないことはすぐにわかります。

これはまさに人がこの世で安心して暮らしていくために絶対不可欠な安心基地を持つ豊かさの事です。そして見守り合い徳を分け合う暮らしは子孫たちの安心にもなり、先祖たちもその繋がりに恥じないよう、またいつでも顔向けできるようにと協力を惜しまずに恩送りをするのです。

等価交換できないものを持つというのは、心で繋がり深く結ばれていくということです。これが和の原点であり、結の意味でしょう。

「結」の甦生は、これからの時代の新しい真の豊かさにおいてかけがえのない大切な実践項目です。むかしの豊かさから学び直し、原点回帰していくことで日本人の甦生、日本の甦生、そして世界の甦生を促していきます。

これは現代を全否定するのではなく、あくまで原点回帰して本物や善いものは持続しながら文明を調和させていくということです。ブロックチェーンで私が取り組むことはこの新しい豊かさの甦生です。

引き続き、子どもたちのために志を磨いて挑戦をしていきたいと思います。

 

全体最適の暮らし

最近は、専門性を高めるために分業化が進みましたがその分業化によって大切な本質を見失うことが増えてきたよういも思います。全体最適あっての部分最適ですが、部分最適ばかりを追いかけているうちに全体最悪のようなことが発生してきているように思います。

例えば、縦割り行政なども同様に専門性は高まりましたが横連携がなく無駄や無理、ムラばかりが発生して結果的に対立構造の中で協力しにくい雰囲気が出てきます。それぞれに正論をいっても結果として何も進まないとなると国民の怨嗟の声も増すばかりです。

私たちの伝統文化を深めていると、これらの文化はすべて暮らしの中で醸成されてきたものであることがわかります。

先日から茅葺職人さんたちと共に現場で作業をしながら話をしていると、やはり伝統の畳職人さんの時と同じく地産地消、その土地でとれた作物でつくりその場所で循環させるということを大切にしていました。

これはすべて中心に「暮らし」が入っており、暮らしのないところに本来は伝統文化も職人もないということです。

現在は、全体最適の暮らしではなく部分最適の経済ばかりを追いかけています。そうすると、本来の全体を調和していたものがなくなりお金を儲けるための職人技ばかりがフォーカスされてしまいます。

つまり、テクニックばかりが競われ、先ほどの「暮らしの中での」というところが切り離されてしまうのです。現在は、海外の遠いところからわざわざ材料を集めてそれが生活の中で提供されます。スーパーの刺身などを見てもわかりますが、ほとんどが遠い国からきているものばかりです。

暮らしは本来は、その土地でその場所で身近なところでみんなで循環しながら永続させるものです。暮らしの智慧とは、まさにこの持続する仕組みであり、持続しない仕組みにならないように百姓たちがあらゆる職種を縦断しみんなで専門性を深め、多様な個性を発揮してその土地の文化を醸成していったのでしょう。

その土地土地に伝統文化が育づくのは、先人の智慧がそこで磨かれ高まり守られてきたことの証です。

何が本来の「和」なのか、「和」の本体とは一体何か、私の取り組みを通して実現させていこうと