日本人の原点

町家再生を深めている時、町家大工棟梁の「京 町家づくり千年の知恵」山本茂著(祥伝社)という本に出合う機会がありました。その著書の中で京都の枳穀荘という旅籠が紹介されていました。

今回、その枳穀荘に御縁をいただき宿泊しお話をお伺いすることができました。千年の知恵とは何か、改めて日本人の原点について考えました。それを少し整理してみたいと思います。

そもそも日本人というものはこの自然風土に融け込み自然と一体になって暮らしてきた民族のことです。自然は悠久の年月でじっくりと循環していく存在ですから、その偉大な循環に沿ってその中で自分たちも一緒に暮らしを育んできました。もしもその自然の循環に逆らって生きていたら千年持つということは考えられないと思います。

昨日、枳穀荘の当代から日本建築のことをお聴きしました。その時、日本建築の素晴らしさを教えていただきました。日本建築とは、日本の気候風土に合わせて建てられたものです。町家は、通り庭、おくどさん、季節のめぐりに沿って建具を変えて風を通し水を活かします。木は、夏の湿気で膨張し冬の乾燥で縮小する、このように呼吸しながら今も生きていると言います。

京町家を視察し、様々な暮らしを体験していると千年生きる人たちが如何に「自然と調和」しているかに気づきます。美しい暮らしの中には、千年が今も息づいています。その千年に映る自然は、謙虚に自然の廻りに沿って町を形成し町を活かした町家の姿があります。

町家の中の調和は、千年の仕組みで満ち溢れていました。木、土、石、そして水、風、光、その調和は美事なほどで、お祭りを中心に風土に沿った年中行事を実践する。そこに代々受け継がれている人々の文化を感じると、流れている歴史、悠久の循環を感じます。風土の中にいにしえから今まで続いているものを自然との調和、美しい暮らしを同時に思います。それをふたたび「千年」という尺度で観直すとき、日本人の原点を感じ取るのです。

今回、私が最も感じた千年の知恵とは自然に逆らわない千年の都の中にある自然との調和、美しい暮らしのことです。

今の時代は便利か不便かで判断をし、そのどちらかに偏っているように思います。しかしそのモノサシで行動するのではなく、これは千年持つのかという千年のモノサシを持つことで常に自然との調和が働くように思います。

本来、私たち人間も自然物の一つであり日本の先人たちは自然と調和することを何よりも重んじてきた民族だったからこそ、その暮らしぶりもまた自然と調和していることを優先して生きて来たということです。まさに先祖たちの継続の偉大さはこの一点に尽きると私は感じます。

これからの時代、膨張から縮退へと時代は刻みます。少子高齢化はますます進み、経済の姿は一変することでしょう。その際に必ず日本人は原点回帰を迫られてくると私は思います。

本来の日本人が何を大切にしてきたかを学び直し、それを正しく実践することが、子ども達の未来に今の世代の私たちが責任を果たすことになります。引き続き、町家再生を通して日本人の原点を磨いていきたいと思います。

 

近代史から学び直すこと

明治のことを調べていると、そこには近代日本に向けてどのように変革が行われてきたのかが観えてきます。開国を迫られ、不平等条約を結び貿易をする中で如何に西洋が持っている技術を自分たちが取り容れて対等に貿易をしようかと急速な変化を優先した結果がその当時の様子に見てとることが出来ます。

西洋の持つ人工的な科学力、その文明を真似て自分たちのものにしようと貪欲に学びこんだ人たちが近代化を促進したのです。それまでに築いた循環型の暮らしを手放し、西洋と同じく消費型の暮らしに変わったのもこのころからだったように思います。

ちょうど明治に入ったころ、「御雇い外国人」という人たちがいました。約数千人の御雇い外国人を世界から招き学校をつくり様々な教育を行い技術者を育てていきました。

その中の一人に「大日本」を記した英国のヘンリー・ダイヤーがいます。この方は工部省工学寮(東京大学工学部の前身)の教頭に任命され多くの日本人に技術を教育してくださった方です。近代技術工学の父と呼ばれ、エンジニアリングとは何かということを常に優先して指導に当たったそうです。著書「大日本」では東洋の小国がわずか30年で近代化を果たした原動力は何かを解き明かしています。

彼の指導を受けて建築家の辰野金吾やアドレナリンを発見する高峰譲吉、土木技術者、工学者の田邉朔郎など多くの人材を輩出します。

「理論に実践が伴って初めて工学の価値が生じる」という信念を持ち、理論よりも実践を重んじ大学在学中の5年間の中の2年間は常に現場で場数を踏ませて学ばせることを重んじました。さらに、社會を換えるもっとも影響があるのは「ものづくり」をすることで改革されるとし、エンジニアとは社會を変革する人物でもあるとしました。

そのヘンリー・ダイアーはこういう言葉を遺しています。

「これまでさんざん言い古されてきた、『日本人は非常にモノマネが巧みだが、独創性もなければ偉大なことを成し遂げる忍耐力もない』といった見方は、余りにも時代遅れというものである。」(ヘンリー・ダイアー著『大日本』より)

実際に指導にあたったヘンリー・ダイアーは、この逆を見ていたということです。日本人はあっという間に西洋の技術を自分たちのものに変換していきました。実際に日本に来て次々と形にしていく技術者の姿に如何にその評価が間違っていたのかを記しています。

また指導にあたり日本人の特徴や特性も見抜いています。

「日本の学生は、何でも本から学ぼうとし、それよりもはるかに大切な観察と経験を疎かにする傾向がある。・・・工学に携わる人は、どんなに立派な理論を知っていても、知識だけの人にはなってはいけないし、また、どんなに器用でも、無知であってはならない。」(明治 第二集 模倣と独創~外国人が見た日本~ 2005.4.16 番組内の説明より抜粋)

知識だけの人に成ってはならない、器用でも無知ではならないと言います。つまり経験と場数を踏んで現場から学ぶことの方が本よりも価値があると言います。理論より実践を伝えてくれた教師だったからこそ、日本の近代化は進んだとも言えます。

しかしヘンリー・ダイアーは晩年に日本の未来を憂い下記のようなことを記しています。

「日本人は自分たちの国をすばらしいものにし、国民の生活を充実させるためには、西洋の科学と文明を利用すべきだが、同時に、日本人の生活と品性の特性を持ち続け、その個性を失わないようにすべきである。みずからの過去を忘れ、独自の特質とを棄ててしまうような国民には、真に偉大な国民となる資格がないし、またなれるものではないのである」

そしてこうも言います。

「日本は強大であるだけでなく、善良な国でもあることを示してほしい。」

その後、理念なき成長が軍事大国へ向かうことになり戦後の今の日本があります。今も昔も何よりも大切なのは、日本人らしい日本人としての成長であってその理念や理想を優先して日本人の徳性や品格、その歴史や個性を失わないことです。

近代史は、直近に先祖たちによって行われた私たちの歴史です。その歴史をよくよく検証し学び直しこれからどのようにかじ取りをしていけばいいかを決めるのは今の私たちの使命であり未来の子ども達の為にも私たちが向き合わなければならないことです。

引き続き、暮らしの再生を通して譲っていきたいもの遺していきたいものを深めていきたいと思います。

観光の本質

時代と共に言葉の意味は変わっていきます。それはその時代の人たちの価値観によって言葉は変化していくからです。かつて使われていた言葉が、かつてと同じように使われていなければ同じ言葉でもそれは全く異なる言葉になってしまいます。

何かを深めていくとき、その言葉がどこからはじまったのか、その語源が何かということを調べることはとても大切なことです。それはその意味を自分なりに深め、なぜ今のような言葉になったのかの経過を知ることになり、そのものの本質を再確認することが出来るからです。

例えば、「観光」という言葉があります。この言葉は本来、中国にある「易経」の「観国之光」から抜粋された言葉です。意味は、直訳すると「他の国へ行って、良い点を見て学んでくる」ことになります。

この言葉が日本で使われるようになったのはちょうど幕末の頃、アメリカと条約を結ぶための使節団が乗った船に「観光丸」と名付けたことが、日本で「観光」という言葉が使われた起源であるとも言われています。そして大正以降、「tourism(ツーリズム)」の訳として用いられるようになり、昭和に入り観光は旅行や娯楽、遊興、物見遊山や見物のように使われています。平成になると、娯楽、遊興、余暇や余興を楽しむことのようにその意味は変わっています。

本来、この観光の意味する観るのは光、この光とは文化のこと。正確には「観國光」という意味であり、言い換えるのならクニに暮らす人々の精神性、生き方、生き様、さらにはその国の持ち味、徳性、美点、善いところなどを見極めることが観光の醍醐味でもあります。

人々がその土地に行き、観光をするというのはその土地の大切な文化を学び直すことです。そしてその風土の文化に触れて、その文化の美点を吸収し、善いところをたくさん学ぶために行う学問の実践ということです。

同じ言葉であっても今の時代の観光とかつての人々が行った観光が異なるのは言葉を見れば明白です。だからこそ、その土地や風土の観光を考える人たちは本来の意味での観光を見つめ直さなければならないと私は思います。

なんでも経済とばかり結びつけてしまうと、儲けることばかりや儲かることばかりで営利を優先して本来の観光からかけ離れてしまうこともあります。以前、ある観光地へ訪問したときその場所でお店を出している人たちはみんな都会から商売のためだけに週末にきて稼いで帰る人たちばかりで地元の人たちはほとんど誰もいませんでした。

いくら観光名所にしたいからと、本来の意義や目的が変わってしまえばそれは単なる娯楽場所で終わり行楽は流行がありますからいずれは廃れるのが目に見えています。その土地の文化、その美点をいつまでも錆びさせないように磨き続けて光らせ続けるのが私が思う観光の本質です。

古民家の再生をしながら、家をただただ磨き続けていますがその磨き続ける先に強度の未来が光ってくるようにも感じます。子ども達に美点や良い点、また徳性や風土歴史の素晴らしさを伝承していけるように暮らしの再生を実践していきたいと思います。

他力

人は思い通りになったことを良しとし思い通りにならないことを悪いと思うと感謝の気持ちが薄れていくものです。本来、思い通りになるということは自分の思っている世界の中で自分の思うとおりになっただけの話で目を見開いて大きく視野を広げれば思った以上のことが起きていることに気づくものです。

この思った以上のことが起きていると感じるチカラというのは、他力のチカラを観ることに似ています。他力本願という言葉も、思った通りになることを良しとすれば他人がなにかをしてくれるのを期待するように誤解されるのでしょうが思った以上のことが起きていると自覚するのなら本来の意味で理解できるようになると私は思います。

自分の周りでは、自然界が循環して已まないようにあらゆるものが御縁で循環しています。自分の一挙一動が与える影響は大きいもので、それが全体に大きな影響を与えています。自分の思った通りというのは、たまたま目に見えた状況がそうであって実際は目には観えないところではまったく別の真実が発生しているのです。

だからこそ全体を観る人は常に他力を観ることを忘れないようにするのです。そこから思っている以上のことがどのように起きてくるのかを注意深く観察するのです。よく泰然自若している人をみると、別に度胸が据わっているだけではなく自然に最終的にはどうなるのかを直感するのです。

それはただ全力を盡せばいいのではなく、もちろん人事を盡すことは大事なことですが自分が何を実践していれば最終的にはどのように他力が働くのかを知っているのです。

例えば自然農でいえば、相乗効果を発揮して見守り育てた作物が実をつけます。これは直接的に何かをするだけではなく、間接的に自分が行っている実践をも加味して全体で関わります。自分だけの力で育てられるはずがなく、そこには自分以外のチカラが働いてその作用で育つのです。

こういう見守りを感じるチカラというのは、他力を感じるチカラと同じです。信じるということも同じく、他力を引き出す大切な要諦になっているように思います。そうやって間接的なチカラを信じることを「運」とも言います。

この運を伸ばすことをどのようにするのかは、日々のその人の過ごし方や信じ方に懸っています。思った以上の日々を生きることは幸福に満ちています、引き続き子ども達の未来を信じて実践を大切に積み重ねていきたいと思います。

暮らしの再生

昨年より「暮らし」について考える機会が増えています。この暮らしとは何かといえば、私の定義では生き方のことで道のことです。どのような道を歩むのかが暮らしの本質であり、道があるから暮らしがあります。道なきところに暮らしはなく、どのような道を歩むかが暮らしの再生とも言うように思います。

昔は人々が歩いていくところに道ができました。山野にいけば、獣道というものがあります。自然農の畑にも、雑草の合間に小さな道ができています。そこを通っている動物たちが何度も何度も行き来するうちに次第に道ができてくるのです。今は道をアスファルトで固めてしまっていますから、通ろうが通るまいが道ができたままで存在していますがかつては通らない道はなくなっていったのです。

つまり何度も往来するからこそ道ができ、その道が絶えないのはそこに歩んだ暮らしがあったということです。

例えば今はあまり神社に参拝する機会が少なくなったように思います。古来から私たちの先祖は受けた恩徳を忘れずに感謝の心で謙虚に暮らしていました。そのことから神社への参道はその往来の中で真心が洗い清められ清々しく澄んだ空気が道に宿ります。

それをある時期から宗教だと分別され、本来の暮らしの中にあった神道も今では暮らしから引き離されたところで理解されていることも増えているように思います。古来のかんながらの道には、常に御縁を信じて御縁に活かされその天恩や徳恵、御蔭様を忘れずに暮らしてきた様子が随所に遺っています。

遺っているものを省みると、その時代時代に生きた人たちの生き様が道として顕れます。その道とは「暮らし」のことで、その暮らしが受け継がれてきたことで道は存続してきたとも言えます。

その道が変わってしまうということは、暮らしが変わってしまうということです。暮らしは生き方でもありますから、生き方が変われば生き様もまた変わります。日本人としての生き方、日本人としての生き様、世界は多様性を発揮する時代に入っていますから私たちの個性の大元である日本の真心がなくなれば世界で活躍できることが少なくなるかもしれません。

子ども達は今のような答えのない時代、さらに発展すれば近い将来にはそれぞれの持ち味を活かして世界に貢献していくことになるのでしょう。その時に如何に多様性を持つかは国家の存続と大いに関わっています。日本人が世界で活躍できるように私たちは暮らしを持つ必要があります。暮らしの再生とは、日本人らしくあることの再生でもあります。

引き続き子ども達のためにも暮らしを見つめ直し、道を歩んでいきたいと思います。

お祭りの真価

昨日、地元の神社の宮司からお話をお聴きする機会がありました。現在、過疎化や高齢化が進み神社での活動を維持することが難しくなってきています。かつては氏子という神社のある地域で暮らしていた人々が地域の発展に貢献し、祭祀を神職の人々ともに執り行ってきました。

例えばお祭りなども祭祀の一つで、日本では古来よりお祭りを通して地域の人々の心の穢れを祓い清め、仲睦まじく暮らしていくことを実践していたとも言えます。これは海外でいうイベントではなく、日本伝統的に古来より伝承した神事です。

このイベントというものは、主催者がいて新しく始めるものであり、それに対し祭りは昔からの風習であったり何かを祀るものがある際に使われる言葉であるといいます。なぜ今はイベントになってしまうのか、それは経済効果を狙って企画者がイベントサービスを通して提供者と受給者が分かれてしまうところに由ります。しかしお祭りは本来地域の人々と一緒一体になって行われるものであり、そこに提供者と受給者が分かれません。

つまりは皆が主体的に自発的に参加するからこそお祭りになるのであり、そのお祭りを通して人間関係を円満に保ち、先祖たちや祖霊への感謝の心を取り戻し己に負けないようにみんなで精進してきた実践でもあります。

今では神社でのお祭りも宗教だとされることもあり、宗教の自由を名目にお祭りを廃止させたり参加を禁じたりする人もいるとのことです。

昨日、宮司の言葉でとても印象的だったのが、「地域の神社の荒廃こそが、その地域の荒廃そのものになる。祭りがなくなれば地域がなくなる」と仰っていたことです。地域の祭りがあればコミュニティが発生し犯罪率も下がっていくという統計があります。祭りが地域を繋ぎ、祭りが助け合いの文化を醸成するのです。

今年は祭りを深めていますが、祭りの持つ本来の意味を考え直してみたいと思います。古来から私たちの先祖は祭祀を通して謙虚であること、素直であることを優先していこうと皆で助け合って暮らしを実現してきました。

暮らしが消失してきている今では、次第に地域での祭りも失われてきています。イベントは長続きせずその場限りで終わってしまいますが、人々の心の中にある感謝の心が祭りを継承し伝承させていきます。

もちろん地球温暖化とか、世界経済の悪化とか世界に目を向けることも大切ですがその足元にある地域のことを考えずに世界を語ってもそれは本質的に改善改革をしているわけではありません。

地域の文化、町並み風景などから切り離され繋がりや絆がなくなると人々は生き甲斐を失い急速に衰えていくといいます。今の日本がどこか元気がなくなり、挑戦する気風が衰退するのは地域が弱っているからではないかと私は感じました。

暮らしの再生は地域の再生でもあります。

目に見えない価値が分からなくなってきている今の時代、損得勘定では測ることができない徳の価値を再定義し、目に見えない価値を可視化していくことは私たちが古来から安心し勇気づけられた付加価値に気づき直すことです。

引き続き、子ども達のためにも何を伝承していくのか真摯に向き合い見つめていこうと思います。

 

 

人間の仕合せ~仲間の存在~

人生には、何をするかという考え方と誰とやるかという考え方があります。これは旅も同じでどこへ行くかではなく誰と行くかというものがあります。面白い旅には、もちろん目指したい旅路の方向性というものがあります。みんながどこに行きたいかは理想としている世界があり、自分がもっとも味わいたい場所へ向かって歩みを進めていきます。

しかし時として人間は何か成功を手に入れて結果を出そうとするあまり、行き先ばかりを求めるあまり周りを省みず一人になり孤独になることもあります。誰といくかを思えば自ずから旅の優先順位がプロセスに変わり仲間の存在が何よりも大切であることに気づけるようになるのです。

一生懸命に頑張って手に入れることだけが人生の歓びではなく、現在、いただいている御縁を噛み締めて仲間の存在に気づくこと、その仲間と一緒に生きて暮らしていく歓びに気づくことが人生の醍醐味のように思います。

小林正観さんに「もうひとつの幸せ論」があります。ここには『「人生の目的」とはと書かれ「思い」を持たず、よき仲間からの「頼まれごと」をただやって、どんな問題が起こっても、すべてに感謝する(受け入れる)こと。「そ・わ・かの法則(掃除、笑い、感謝)」を生活の中で実践し、「ありがとう」を口に出して言い、逆に、「不平、不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言わないこと。すると、すべての問題も出来事も、幸せに感じて「よき仲間に囲まれる(=天国度100パーセント)」ことになり、「喜ばれる存在」になる。……これこそが「人生の目的」であり「幸せの本質」なのです。』と紹介されます。

とても印象深く共感するのは、人生の目的の中に「よき仲間に囲まれることが最も大切である」と書かれていることです。そして人生の目的を具体的に仏陀と弟子との話でその意味が紹介されています。

『お釈迦さまの第一の尊者と言われた、アーナンダはあるときお釈迦さまにこう言ったそうです。

「お師匠さま、今日、私はあることで突然、頭の中に閃(ひらめ)きが生じました。私たちは《聖なる道》というのを追い求めているわけですが、もしかしたら、よき友を得るということは《聖なる道》の半ばを手に入れたと言っていいのではないでしょうか」

《聖なる道》というのは、自分の中に悩み、苦しみ、煩悩がなくて、いつも幸せで楽しくて執着がない状態ですね。

すると釈迦は「アーナンダよ、“良き友”を得られたら、その《聖なる道》の半ばを手に入れたということではない」と言ったんです。

釈迦は言葉を続けて「アーナンダよ、良き友を得ることは《聖なる道》の半ばではなく《聖なる道》のすべてを手に入れることである」。

同じ価値観をもち、同じ方向に向っている人たちを自分の友人にすることが、実は人生のすべてなんです。』(弘園社)

善き仲間に巡り会いその仲間と一緒に人生を歩んで往くということ。そのこと自体が聖なる道そのものであり、それが人生の幸せを手に入れたことなんだということ。

私も色々と半生を振り返ってみて、どこから歩みが変わったか、そしてなぜ歩みが変わってきたのか、今の自分の選択があったのかを鑑みればこの「仲間に巡り会う」ことが全てであったと思えます。決して人々が願っているような成功や最初に思ったような成功は手に入らず、その通りの結果も手に入りませんでしたが、御蔭様で今が豊かであること、そしてよき友を得ることができたことの仕合わせに何よりも有難い思いがします。

仲が良いというのは、仲間が良いということです。この仲間が良いから仲が良くなるのであり、この人と人の中にあってその人たちが一緒に和気藹々と日々に暮らしていくことが何よりも居心地がよくそこには必ず人生の幸せがあります。つまり人間の仕合せとはこの「仲間に巡り会うかどうかが全て」であると感じるのです。

どこへ行くかではなく、誰といくか、もしも人生を2分割して折り返し地点を過ぎたならば頑張るのをやめて降りていく生き方をしてみるといいかもしれません。今の時代は競争や比較の刷り込みで、頑張り過ぎて苦しんでいる人たちがたくさんいます。頑張るのをやめて周りを大切に仲間と暮らしていくのならそこには今までに観えなかった幸せがあります。きっとないものねだりではなく、あるものの尊さに気づいてその刷り込みが取り払われ仲間が次第に集まってくると私は思います。

人間の道を示した仏陀の生き様に安心感を覚えます。そしてそのように生きた小林正観さんのメッセージが有難いと感じます。引き続き、子ども達に遺せる生き方を自らの道の実践で精進していきたいと思います。

内的生産性

先日の理念研修の中で「内的生産性」という話をお聴きすることがありました。生産性という言葉は、産み出す力のことで如何に生産性を高めるかということが組織の課題だとも言えます。一人ひとりの生産性が高まれば高まるほどに組織は生長し、生産性を上げていくことができるからです。

この内的生産性というものは、一般的には「意識」ともいいますが動機やモチベーションのようにも使われます。それに対し外的生産性というものは「行動」であるとし、如何に実践により成果を出していくかというものです。

この意識と行動というものは、一人の中で完結する場合もありますが組織においては役割分担をすることでそれが相補作用を行うこともあるのです。

例えば、ある組織のリーダーがポジティブ思考を持っている人であったとします。するとそのリーダーの意識が全体の組織に与える影響は大きく、失敗を怖がらず成長を愉しみ、また悪いことも善いことへと転換しますからどんな出来事もチャンスに換えて挑戦していくことができるものです。この反対にネガティブ思考を持っている人だとすると、その影響は先ほどのことと逆に事が起こってきます。

先日、ある映像の中で拝見したのはある御店の店長をした方が重度のハンディキャップを持った方でしたがその方の笑顔で周りのみんなが元気になるという御話でした。その方は具体的に身体を動かし外的生産性を産み出せないように見えましたがその人の存在自体が産み出す内的生産性によって周りが動機づけられ相乗効果を産み出しているのです。

この「笑顔」一つが与える影響を観るとき、笑顔が持っている内的生産性の価値に気づきます。自分の意識が与える影響を知る人は、周りを活かし自分を活かすことができる人です。

このことからもわかる様に一人ひとりの意識というものは何よりも重要であり、自分くらいという意識が全体に与える影響は大きいのです。自分勝手に我儘に自分の保身ばかりに視野狭窄になっているとその意識が周りを辛く苦しいものにしてしまいます。貢献というのは、自己内省による克己の実践をすることではじめて共生の価値に気づくものです。だからこそそれぞれ一人ひとりが自分の意識に責任を持つことで生産性というものは確実に高まるのです。

自分が何もできないからやらないのではなく、自分のできることで何でも貢献しようとするその意識、たとえできなくても少しでも力になりたいと発奮し協力して御互いに必要とし助け合い見守り合うからこそそこに確かな行動が生まれ本当の生産性が発揮されていくのでしょう。

だからこそ組織のリーダーは、そう思えるような組織にしていく必要があります。愛し愛し合う組織というものは、御互いを大事に思いやり御互いに大事にしたいと思える居心地の善い場を創っています。

引き続き、内的生産性の価値を深めていきたいと思います。

 

場の責任

昨日、新潟県にある「実家の茶の間」で理念研修をする御縁をいただきました。ここは代表者の河田桂子さんが自らの体験をもとに創造された場所です。見学してすぐに気付くのが、私たちの弘めている見守る保育と同様にそれぞれの人たちが自主的に自発的に参加をして場を創りあげていたことです。

それぞれに環境が用意された中で、一人ひとりが自らの考えで行動し活動する。また協力し助け合い、それぞれが学び合い愉しいときを共にする。一緒に生活している人たちのぬくもりが伝わってきました。つまりここではみんなが主役の居場所としてそれぞれが主体的に協力しているからこそ居心地が善い場が創造されています。

現在、世の中ではサービスを提供する側とサービスを提供される側に分かれています。そうなってしまうと、サービスを提供する方は一方的にサービスをし続けなければならないし、サービスを提供される方もただサービスを提供されるのを待たなければなりません。このように立場が分かれてしまえば、御互いに一緒に取り組むというよりは御互いに求め合う関係ばかりになってしまいます。これは組織の上下関係などもそうですが、立場を自分から分けて取り組んでいるから主体性が喪失していくのです。

本来、自らが主人公になり主役であるのなら立場が分かれるということはありません。一緒に同じ方向に向かって助け合い生きるのだからそれはまるで平等な関係です。不平等に上下で分かれるのではなく、役割分担があるだけです。

場というものがどういう時に生まれるかといえば、依存し合っている中では決して発生してこないと思っています。場は、それぞれが主体的につくり上げるものです。言い換えるのなら居心地が善い場を創るのは、その場にいる一人ひとりの自発的主体的な関わりによってはじめて醸成されるのです。

学校の中で刷り込まれて育つと、教えて貰う人と教える人が分かれています。教えてもらうことが当然になっているから、不平不満を先生にぶつけます。そして教える方も、教えることが当然になっているから生徒に不満を持つようになります。本来、学問は学び合いであり気づき合い磨き合いによって成り立つものです。一方的にどちらかが立場を分けてその立場でやってもらおうとするところに消極的で受け身な姿勢が沁みつくように思うのです。

本来、人は主人公であり誰もがこの世の中で生きていく責任を持っています。言い換えるのなら生涯現役で世のため人のために生きながら仕合わせを磨いて高めて豊かにしていく使命があります。それが御役に立てる歓びであり、人が人である理由でもあります。

現在は、すぐに誰かにやってもらおうとして誰かのせいするという刷り込みが沁みついてしまい自分でいることが出来なくなっている人がたくさん増えています。子ども達も同様に、主体性を発揮することができなくなると目の輝きが消え個性が失われていくものです。

一人ひとりの個性を尊重し、人間を平等にしていくことは自然体の人間に回帰していくことです。「場」を創る人、言い換えるのならその場でどのように生きているかで場は産まれますから場に対する責任をいつも持っていたいと改めて責任を感じました。

私たちは刷り込みを取り払うのが本業のようなものですから、ここでの学びを活かして如何にして「場」を工夫するかを発明していきたいと思います。子ども達と子どもたちに関わる人々すべてが分かれていないところで協働できる皆働社會を引き続き実践を通して創造していきたいと思います。

日本人らしい生き方~報恩の実践~

昨日、新潟の点塾で2回目の理念研修をする御縁をいただきました。もう長い間同じように様々な方々に同じ理念で使われてきた場所で今の私たちが理念を体験したこの機会がただただ有り難いと仕合わせな気持ちになりました。

人生というものは、一期一会です。

どんなことがあるのか、どんな出会いがくるのか、それは一瞬一瞬の邂逅に由ります。私たちは御縁というものに導かれていきていますから、その御縁がこれからどのような変化と広がりを持っていくのかはこの今に懸っています。

そして未来に思いを馳せるとき、人は同時に今までのことも追憶します。今までを思いかえせばかえすほど今の自分があるのが多くの御縁を頂いた方々の偉大な御蔭様であることに気づきます。あの時、あの出会いがなければ今の自分がなく、あの出会いを活かしてこれからからこそはじめて今の自分が存在します。

その出会いを活かすとは何か、昨日、塾長の清水義晴さんからとても大切なことを教えていただきました。

「今の自分があるのは、そのご縁を繋いでくださった方がいるから。それが原点だから私はその人を決して忘れないし、いつまでもその人のことを語りつづけます。その御恩を忘れていないからです。」

よく聞く報恩感謝という言葉は、言葉としては知識で見知っていてもそれを「実践する」というのは生き方に顕れていきます。すぐに人は傲慢になり有頂天になるとそれまでの御恩を忘れてまるで自分がコントロールしてやっているかのように錯覚します。しかし実際によく反省し観直してみればすぐに自明するものですがこれまで何一つといっても御蔭様の力をかりずにやったことはないのです。だからこそいつまでも御恩を忘れず感謝のままに生きていくことが、本来人として当たり前のことなのです。

謙虚さというのは、自然の中だけにあるのではなく人の中にもあります。それが報恩の実践をし続けているときであり、恩を片時も忘れないで生きている時だと私は思います。

人になるために学び直す、それが人格形成の本質なのかもしれません。

私自身、今まで本当に多くのメンターに出会い助けていただきました。その御縁は忘れがたいほどの形見です。子ども達のためにも間違えることがないように日本人らしい心を形見にして生きていきたいと思います。