学問の要

吉田松陰は至誠と実行の人物であったことはよく知られています。その生涯において、勇気を出して普通の人がやらないような非常識なことにも果敢に挑み周囲を感化していきました。

その実行に至るプロセスは突然の思いつきで衝動的に行動するのではなく、その裏付けに日々の小さな実行の集積があったことがその言動からわかります。自らを狂人であるとし、常識に囚われずに志を全うする意志の強さには感動します。その遺した言葉には、徹底して実行を重んじた生き方がありました。

「一つ善いことをすれば、その善は自分のものとなる。一つ有益なものを得れば、それは自分のものとなる。一日努力すれば、一日の効果が得られる。一年努力すれば、一年の効果がある。」

「一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う。」

「学問の上で大いに忌むべきは、したり止めたりである。したり止めたりであれば、ついに成就することはない。」

その実行の背景には常に至誠がありました。

「人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである。」

「小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である。人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。死生は度外に置くべし。世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い。武士の心懐は、いかに逆境に遭おうとも、爽快でなければならぬ。心懐爽快ならば人間やつれることはない。」

どの言葉も、生きた学問を実践していく上で参考になるものばかりです。自分で決めたことは自分自身と約束したことです。その決めたことに正直であるからこそ、継続を怠らず真心を盡していくことができます。

自分自身に嘘をついて誤魔化していけば、自分自身との付き合いに信頼ができなくなります。自分との信頼を結ぶことが世界への信頼にもなっていきますから如何に自分が信じたことを積み重ねていけるかが人生においてとても重要であることがわかります。自分への信頼関係は、この至誠と実行によってのみ積み上げられるからです。

そして信じたことを信じたままに実践を続けて内省によって自己との対話をしながら改善を続けていくことで本当の自己を確立していくことができます。自己を磨き、魂を磨くことはこの世に生まれてきたものすべての道であり使命です。

引き続き、子どもたちに人生を遺せるように今を大切に歩んでいきたいと思います。

 

 

共に学ぶ~道中の安心基地~

今年も無事に萩にある松陰神社に参拝し、松下村塾を深めにいくことができました。もうかれこれ24年間、毎年通っていますが毎回新しい発見があり、吉田松陰の創造した学問や学校のカタチが如何に普遍的であったかを感じ入るばかりです。

あの当時、共に学んだ志士たちの生き方はわずか松下村塾での学びが1年であったにもかかわらず心に響きその後の若い人たちや子孫へと影響を残しています。

私の憧れた学校、憧れた学問、憧れた組織を先に実現していたこの松下村塾と吉田松陰は一つのロールモデルとして私が初心伝承の経営をする上でもっとも参考にしています。

自分が実践してみて一年たち、またここに来る。それを繰り返しながら、近づいていく努力をさせていただけるのは本当に有難いと思っています。その吉田松陰の生き方だけではなく、ここで創造した場を如何に甦生するかは私の人生の課題の一つだと信じています。

昨日は何度も見学した施設があったのですが、改めて目に入ったものがありました。それは松下村塾の教育方針と書かれたものです。これは今、私が仕事で「共に学ぶ」というある学校のコンサルティングを受けていますがとても参考になります。そこにはこう書かれます。

『松下村塾には「三尺離れて師の影を踏まず」というような儒教的風潮は全くなかった」師弟ともに同行し、共に学ぶというのがその基本的方針であった。松陰はその考えを、安政五年「諸生に示す」に書いている。「村塾が礼儀作法を簡略にして規則もやかましくいわないのは、そのような形式的なものより、もっと誠朴忠実な人間関係をつくり出したかったからである。新塾がはじめて設けられて以来、諸君はこの方針に従って相交り、病気のものがいれば互いに助け合い、力仕事の必要の場合はみんなが力をあわせた。塾の増改築の時に大工も頼まず完成させたのも、そのあらわれである」とした。』

現代においてもっとも先端をいく学校が学問のカタチは「共に学ぶ」ことだと知られていますが、単に知識だけを教え合ったのではなく一緒に真剣に生きて学び合った形跡が松下村塾には残っています。

生き方を通して学び合う関係というのは尊いもので、深く相手のことを尊重しているからこそはじめて共に学び合うことができるように思います。それはご縁を大切にや、一期一会などの言葉もありますがもっと偉大な生きていく姿勢そのものが純粋であったからこそここまで共に学ぶ形が顕れたようにも思います。

そしてその思いが純粋であったjからこそ常識に囚われず師弟共に学び合い、自分自身を確立させていきました。なぜそこまでこの村塾に魅力があったのか、吉田松陰のこの言葉からもうかがえます。

『教えるの語源は「愛しむ」。誰にも得手不手がある、絶対に人を見捨てるようなことをしてはいけない。』

お互いの持ち味を活かし、不得手もまた愛し、得てもまた愛し、それぞれがそこで活かし合えるように互いに見守り仲間として受け容れてくれていたように思います。この村塾は、塾生たちにとっては魂のふるさとであり、自分が天命を生きることを見出すための道中の安心基地だったのでしょう。

「世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。」

魂が大事だというのは、人生の意味そのものだからです。

最後に、こう塾生たちに言い遺します。

「人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである。」

誰がどういおうが、常識から外れていると罵られようが、道理上やらねばならぬというものは必ず行えというのが生き方です。

引き続き、今年も心魂を定めて社業に専念していきたいと思います。

 

 

常識が変わる

人はその人の生き方が変わることで当たり前の定義が変わっていくものです。当たり前が変わるというのは、その人にとっての常識が変わるということでもあります。本人にとっては当たり前だと思っていることも、他の人にとってはこだわりだといわれることもあります。その時こそ、お互いの間にある常識が異なることに気づきます。

この当たり前というのは、その人の生き方が物語っています。

この当たり前がどれだけ徹底されているか、当たり前になるほどにそれが身に着いているかは実践の質量に由ります。そして生き方もまたこの実践の徹底によって質が異なってくるのです。

例えばわかりやすいものであれば、「手間暇」や「丁寧」「丹精」などがあります。雑な生き方をしていて思いやりや真心が籠められず頭で計算ばかりしてきた人が、これではいけないと一念発起して敢えて手間暇や丁寧や丹誠を籠められるような準備やきめ細かく時間をかけてじっくりと取り組んでいく実践を日々に積みかねていくとします。

それがある一定の量を超え、質に転換されていくときその人は生き方ががらりと変わります。どう変わるかといえば、手間暇や丁寧や丹誠を籠めることが当たり前になってしまいもとのように雑にいいかげんな対応ができなくなってしまいます。どんなに忙しくても、思いやりや真心を籠めた行動ができるようになる。その時、その人にとっての当たり前は手間暇や丁寧や丹誠を籠めることが当たり前になるのです。

生き方というのは、頭で理解したからできるものではなく実践して自分自身をつくり変えていくことでできるようになります。

ここで大切なのは、自分自身をつくる担い手は自分であるということです。自分が自分をつくっていくのだから、当たり前になるまでは苦労も努力もありますが変わるためにと決めた実践を継続することで自分自身が成長して変化する。

そうやって自分を変えていくことで、私たちは観ている世界、観えている世界を別のものに置き換えていくことができるのです。

今までできない無理だと思っていたのはそれまでの常識が変わっていなかったからです。それまでの常識を実践によって変化させ、自分の常識が変わるのなら今までできない無理だと思っていた世界ががらりと変わってしまうのです。

そうなれば、周りからは無理だといわれ続けていたことが本人にとっては当たり前になりますから難しいことではなくなっていきます。そうやって、人は初心を定めたものに向かって挑戦し続けて内省し改善を継続できればどんな常識も毀すことができ、新しい自分に出会い続けることができるのでしょう。

実践は地味ですが、大事なのは場数をこなすこととたゆまず怠けず継続することにかかっています。

引き続き、今の時代に相応しい新しい生き方を提案するため暮らしを変えて働き方の常識も温故知新していきたいと思います。

努力の楽しさ~道楽の仕合せ~

聴福庵の離れのお風呂がほぼ完成し、一緒に井戸を掘った仲間たちにも体験してもらいました。苦労が報われる瞬間というか、努力してきたことが実る仕合せを感じながら皆と味わい深い時間を過ごすことができました。

振り返ってみると、長い時間をかけて手間暇をかけて一つ一つを丁寧に丹誠を籠めて取り組んできたことは努力だったように思います。その努力は、決して報われようとして取り組んでいた打算的な努力ではなく、本心から家が喜び、子どもたちが日本の伝統文化に触れる仕合せのためになるようにと祈りながら取り組んできた努力です。

寝ても覚めても、ああしたらいいのではないか、こうしたらいいのではないかと工夫して失敗しても上手くいってもいかなくてもそうか、次はこうしたらいいのかと葛藤しながらも楽しかったように思います。

この時の楽しいは、決して感情が楽しいというものではありませんでした。どちらかというと没頭していくというか、そのことだけに集中して苦労を厭わないというかんじでしょうか。

つまりは苦労の中にある楽しみとは、単なる嬉しい楽しいなどいう日ごろに感じているものとは異なり奥深いものです。つまりは苦しみそのものの中にいる仕合せというか、試行錯誤しながら寝ても覚めても取り組んでいる努力のことをいうのではないかと感じるのです。

努力といえば、王貞治さんのことを思い浮かべます。一本足打法の猛練習の努力のことは有名ですがこういう言葉を残しています。

「努力しても報われないことがあるだろうか。たとえ結果に結びつかなくても、努力したということが必ずや生きてくるのではないだろうか。それでも報われないとしたら、それはまだ、努力とはいえないのではないだろうか」

というものがあります。後半の「それはまだ、努力とはいえないのではないか」という言葉は、努力の本質を語っていることが分かります。

努力とは血がにじむようなものであり、また自分自身を削り取るようなものであることがわかります。しかしそれを頭で理解すると、ただ苦しく辛いだけのように感じますが実際はその苦しみの中にこそ真の楽があり、それが「努力の楽しさ」というものです。

つまり努力が楽しいと思えてこそ、本当の努力になっているということ。

努力そのものや努力することが楽しいとなっているのなら、先ほどのように寝ても覚めてもになるのです。この寝ても覚めてもこそが、楽しいのであり感情的には葛藤や苦しみがあったとしてもまた寝ては朝起きたらあの手があるやこの手があるなど、考えるのを已めずにまた挑戦しているということです。

人生は、この努力の価値を知る者だけが本当の成功を知るのかもしれません。成功者になりたいのではなく、努力することの仕合せを知ることが努力の跡に顕れる奇跡に出会う方法かもしれません。

苦労が報われるのは、それによって努力できた価値を再確認するからです。努力を振り返ることは仕合せを感じ直すこと。真苦楽こそが道楽のことです。引き続き、子どもたちのその努力の価値を伝道していきたいと思います。

乗り越える力~心の強さとやさしさ~

昨年から右足の坐骨や膝が痛くなり歩けなくなりました。右足は過去に交通事故から靭帯を断裂し複雑骨折をした場所もあり古傷がたくさん残った場所でもあります。はじめてのことで知り合いから病院をいくつか進められ診察しましたが、原因もよくわからずあまりすぐに治癒するという感じではないことはすぐに気づきました。

最初はやろうとしていたことができなくなり計画を大幅に変更する必要に迫られ心の葛藤もありましたが、ある整体院の先生からの話に納得するものがあり、乗り越えることの意味を考え直すよい機会になりました。

その先生からは私が普段、取り組んでいる自然農や古民家甦生、発酵などに近い自然観の話が多く治癒もまたそのように行っていくことを学びました。いくつかの話を抜粋して紹介すると、

「人間は常に重力の恩恵をいただいている、重力のお陰で骨も間接も筋肉も強くなる」

「歩行することで、治癒を助けることができる。この歩くことは生命の基本、その当たり前すぎるからこそ誰もこの歩行の治癒の価値に気づかない、この歩行医学はずっと過去から現在に至るまで変化していない普遍的なもの」

「人間に完治などない、それは社会的治癒のこと、本人がそのストレスのなかでも生活できればそれで治癒とする、完全に治す必要はない」

「姿勢をよくすることこそ、骨盤を立たせること」

「人間は体を動かすことで回復する」

「熱は細胞を痛める、早めにとること」

「昔の暮らしをやることがいい、今の道路は人間のための道じゃない、車のための道、だから公園ではわざと柔らかくし歩行者用道路になってる、本来は土がいい、土の上を歩くことがもっとも体に負担がない」

「医師が行うもっとも大事なのは経過観察、その人が自然治癒しているのに余計な介入をしない、よく観察しちょっとだけ手助けすること、介入し過ぎるから面倒なことになる」

「人間は時間をかけて成人していく、骨も筋肉も時間をかけてつくりあげてきた。同様に怪我をしもとにもどるのにはかなりの時間がかかるものと思うこと」

「治癒は常に自助努力によってのみ実現する、それを他人が変わって治してはいけない」

このよう話のキーワードを抜き取ってみても、自然に通じる話が多く、治癒の本質とは何か、私たちは何の恩恵をうけて体を維持しているか、そして心はどのような持ちようで歩んでいけばいいかなどを語っていることが分かります。

人間には心と体があります、そして精神もあります。このすべてのバランスを整えながら治癒していくことで今まで以上に強く逞しくなっていくのです。

そしてこの先生のアドバイスでもっとも心に残ったのは、「痛くても歩いていくことで治癒するんです」という言葉。これには私の得意分野ですよと即答しましたが、痛みを乗り越えて歩んでいくことで人は心を強くしていくように私は思うからです。

その「心の強さ」とは何か、それは「乗り越える力」のことです。

子どもたちに身に着けてほしい自立の力の一つとして世界でもリジリエンシー(resiliency)という言葉が共通理解を持たれています。これは心の回復力とも訳されますが、私にとっては「心の強さと乗り越える力」のことだろうと思います。

その時々の成長の痛み、生きていく上での様々なストレスや感情をどのように受け容れるか、あるがままを受け止め、如何に痛みを乗り越えていくか、それは痛みから逃げるのではなく痛いながらも歩んでいくことを已めないことが心を強くし、そして本物のやさしさを持てる人間になっていくということでしょう。

困難から決して逃げてはいけないのです、逃げるのではなく乗り越えることを教えることが人を強く優しくしていくからです。

心技体や心魂体のすべてを調和できるよう引き続き機会やご縁を子どもたちに還元していきたいと思います。

壁の定義

人は挑戦すれば何度でも壁にぶちあたります。壁があるから生き方が決めり、壁によって自分を磨き鍛えてもらうことができます。しかしその壁といっても壁にはその人の生き方が関係しますから壁という同じ言葉を使っても壁の定義が異なるのです。

例えば最初から諦めて何もしようとせずにいればそれが自分の限界として壁ができます。その壁はやろうともしないことで、どんなに小さなものでもできなくなってきます。またできることだけをやっていて新しいことに挑戦しなければその壁はいつまでも乗り越えられない壁として自分に立ちはだかってきます。失敗を恐れ、評価を気にしては、最初から挑戦すること自体を諦めればその壁は停滞の壁になります。

しかし挑戦する壁は、先ほどの停滞の壁とは異なります。メジャーリーグで現役で挑戦を続けるイチロー選手はこのような言葉を語っています。

「壁というのは、できる人にしかやってこない。越えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁があるときはチャンスだと思っている」

ここでは壁という認識が諦めからきている壁ではなく、壁は乗り越えられるからあると挑戦を諦めないことから実感しているチャンスという表現を使います。つまりは、前提として挑戦しようとして感じている壁は必ず乗り越えられる壁であるという自覚があるということです。

事物に受け身になっている人は、先ほどの停滞の壁に苦しみます。しかし主体的に事物に挑戦する人は挑戦の壁に苦労します。どちらがいいとは言いませんが、明らかに壁を善いものとして捉えているか、壁を消極的に捉えているか、そこに生き方の差が出るのです。

この生き方の差というものが、どのような壁をつくっているか。一度、立ち止まって見て壁という言葉の定義が自分がどのように捉えているかで自覚を持つことが大切なことのように思います。できることしかしないという言葉も、前提に挑戦しようと取り組めば壁はその人を磨いてくれる重要な砥石になります。

壁を乗り越えるために、できることをやるのは挑戦を続けるということです。引き続き、壁を味わい壁を楽しみながら、その壁の向こうがどうなっているのか好奇心にワクワクドキドキしながら子ども心でピンチをチャンスに換えていきたいと思います。

新鮮と古熟

すべての生き物は成長をし続けていきますが、その成長は発達によって感じられます。その発達とは何かということですが、これは人間の一生で例えてみればわかるように思います。

赤ちゃんではじまり老人で終わる。この期間、私たちは生まれて死ぬまで成長を続けていくことになります。幼児期があり青年期があり成熟期があり老年期となります。

この逆はなく、生き物たちはこの順序で生命を辿っていきます。

例えば、人生を思い返せば幼児期の時はなんでも吸収し新しいことばかりに触れ挑戦を続けていき発達していきます。その発達は著しく上昇したり上手くなったりと刺激を感じることができます。そして青年期になれば、それを活かしてもっと発展させていこうとします。難しいことに取り組み、さらに自分自身の様々な力を試していきます。その後は成熟期が来て、大きな変化や刺激は少なくなりますが明らかに自分がその認識において自然体に取り組んでいることに気づきます。成熟し達すればその取り組み事態の質が当たり前になってきます。老年期はさまざまな衰えからそれができなくなり、一時的に葛藤しますが次世代へと伝承するために残りの生命を削って他のものたちの養分になろうとします。そういうことが自然に行われることで私たちの生命は循環していくのです。

そう考えると発達とは新しいことから古いことへの自然の変化のことです。これをどの期間においても、どんな変化の最中であっても新古の間を必ず辿っているということです。

常に新しい成長と古い成長があり、私の言葉で言い換えれば「新鮮」な発達と「古熟」な発達があるということです。成長発達はこの両輪が回り続けて変化を已まないことをいい、それを循環持続することで私たちは生命を自然の状態に保つことができるのです。温故知新という言葉もまた、これはその両輪が働いている状態の言葉であり中庸で理解するものです。自然の状態とは、万物が一体になって調和している状況のことで存在がすべての循環を邪魔せずに活かし合っているということです。

だからこそ自然体であることがもっとも変化に適うのであり、その成長発達を邪魔しないことが理想ということになります。しかし人間は知識や自我を持ち自然がわかりづらくなりましたから再び自然かがわかるようになるには、素直に学び続けて自分が自分に囚われないように変化し続けるしかありません。今を正常にすることができるのなら、その人は自然体に発達変化を遂げているということになります。

そのために日本の先人たちは様々な環境を用意して、自然から離れないように工夫してきました。自然体であることこそが、今をよりよく生きるための妙法であると悟っていたのかもしれません。それだけ私たちの先祖は自然を観察し自然に精通し、自然の智慧を体現しておられたように思います。

私たちは幸運なことに、先祖代々からの暮らしが今でも民族に伝承されています。日本家屋などその代表で床の間をはじめ、縁側、箱庭、様々な自然の道具がまだいくつか残っています。日本の伝統家屋には、その自然体で居続けるための学び、変化を已まないで自分も生き続ける智慧が凝縮されているのです。まさに子孫たちへの贈りものとして暮らしを自然体で生きるための仕組みとして遺してくださいました。

何百年も何千年も成長をし続けてきた民族の心は、この日本家屋の暮らしの智慧と共にあります。温故知新もまた、この日本の伝統的な暮らしの中で学び直せるものです。

引き続き、自然体に近づき、何が自然で何が不自然かを即座に看破できるように本質を研ぎ澄まし、子どもたちの未来のために譲り遺せるものを守っていきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

邂逅

今年を振り返ってみると、本当にたくさんの懐かしいご縁をいただきました。ご縁は不思議で、歳月を超えて出会うものです。それは師友との邂逅であったり、伝統との邂逅であったり、暮らしや道具との邂逅であったり、何度も繰り返し私たちは結ばれながら円環していきます。

意味のないことはこの世には存在しないとわかっているつもりでも、どうしても視野が狭くなり自分の見ている世界だけに囚われてしまいます。

ふと夜空を見上げれば、星々が無数に広がる宇宙の中に私たちが存在しているのを実感することがあります。この不思議な存在である自分自身を観照すれば、存在しているなにか偉大なものを感ぜずにはおれません。

繰り返し繰り返し、私たちは思い出や体験を記憶にして輪廻転生していくといいますがその一つ一つの出会いもまた輪廻転生しているのかもしれません。いのちを活かすというのは、大きな意味では出会いを活かすことです。

ひとつの出会いから人生が変わり、一つの出会いから意味がついていく・・・

意味が何かを知ることは、自分自身のいのちの旅を知ることです。このいのちはどのような旅を続けてきたか、そしてこれからどこに向かっていくのか、今はどうなのか、その意味は何か、このように内省を続けることで忘れられていた記憶にたどり着くことができます。

それを「邂逅」というのかもしれません。

この一年、いろいろなことがありましたが私の人生にとっては大きな節目の年だったと思います。恩返しに生きる人生に悔いはありませんから、引き続き私の天命を全うできるように日々の暮らしを充実させつつ意味を紡いでいのちの記憶を伝承し、子どもたちに譲っていきたいと思います。

今年も御蔭様に見守られた一年でした、ありがとうございました。

 

徳の甦生

今年の一年もまた、温故知新や復古創新に取り組んだ一年になりました。一般的に古くなったものを新しくしていくのは当たり前のことですが新しいものをわざわざ古くしていくというのは当たり前ではありません。

時代的には、技術は進歩していきますからどんどん新しい素材や仕組みが席巻していきます。そうなると古い素材や仕組みが対応できませんから、新しいものに換えざるを得ません。

例えば、昔使っていたポケベルやPHSに戻そうなどといってももう環境がなくなっているのだから使うことができません。それに今更昔の技術に回帰してもメリットもなくなっています。

特にIT技術の革新は早く、ほんのちょっと前まで主流だった技術があっという間に古くなっていきますからこちらの柔軟性や順応力が重要になります。人工知能になればさらに発展の速度は加速するはずです。

これらは古いものを壊して新しくすることです。

しかし先ほどの新しいものを壊してわざわざ古くするとはどういうことか、それは見直しや見立て直しをすることで本来の智慧を甦生することです。そしてそこには職人の技術が必要になります。

つまりは先ほどのIT技術とは異なり、新しいものを改善し見直すにはそれ相応の智慧を持つ人たちの技術が求められるのです。

これは仕事でも同じく、新しいプロジェクトを創るのは簡単ですが過去のプロジェクトを新しくするためには経験や智慧や改善できる技術が必要になります。それは敢えて新しくしない技術といってもいいかもしれません。

昔の智慧を現代に復活し甦生させていくにはどう見直すか、どう見立てるかといった改善の目利きが必要です。そこには思想や哲学、さらには自然観や歴史観、死生観など様々な生き方や生き様、もっと言えば文化に精通していなければできないからです。古民家甦生でいえば、数々の伝統の職人さんたちと意見を合わせながら最適な技術をそこに施していくことで新しいものが古くなっていくのです。そこには職人技術いった伝統の智慧が凝縮されます。

技術といっても、この職人の技術は英語でひとくくりに語られるただのテクノロジーではなく心技体の合一した人格が備わっている叡智の伝統技術です。つまり新しいものを古くするには、人格に伴った伝統技術が必要になるからです。

そしてその伝統技術もっと別の言い方にすればそれを「徳」ともいうのかもしれません。

「徳」が備わってこそ本物の技術を持ち新しいものを古くすることができると私は思います。それは様々なものをモッタイナイと感じる心、ご縁を繋ぎムスブ心、子孫のことをミマモル心、清らかに澄まされたマゴコロ、など、日本の文化を体現する徳が智慧として技術に還元されるということです。

今回の聴福庵の離れの復古創新は、新しいものを古くした一つのロールモデルです。引き続き、子どもたちのためになるような徳の甦生を実践していきたいと思います。

いのちの物語

古民家甦生を通して古いものに触れる機会が増えています。この古いものというのは、いろいろな定義があります。時間的に経過したものや、経年で変化したもの、単に新品に対して中古という言い方もします。

しかしこの古いものは、ただ古いと見えるのは見た目のところを見ているだけでその古さは使い込まれてきた古さというものがあります。これは暮らしの古さであり、共に暮らした思い出を持っているという懐かしさのことです。

この懐かしさとは何か、私が古いものに触れて直観するのはその古いものが生きてきたいのちの体験を感じることです。どのような体験をしてきたか、そのものに触れてじっと五感を研ぎ澄ませていると語り掛けてきます。

語り掛ける声に従って、そのものを使ってみると懐かしい思い出を私に見せてくれます。どのような主人がいて、どのような道具であったか、また今までどのようなことがあって何を感じてきたか、語り掛けてくるのです。

私たちのいのちは、有機物無機物に関係なくすべてものには記憶があります。その記憶は思い出として、魂を分け与えてこの世に残り続けています。時として、それが目には見えない抜け殻のようになった存在であっても、あるいは空間や場で何も見えない空気のような存在になっていたとしてもそれが遺り続けます。

それを私は「いのちの物語」であると感じます。

私たちが触れる古く懐かしいものは、このいのちの物語のことです。

どんないのちの物語を持っていて、そしてこれからどんな新たないのちの物語を一緒に築き上げていくか。共にいのちを分かち合い生きるものとして、私たちはお互いの絆を結び、一緒に苦楽を味わい思い出を創造していくのです。

善い物語を創りたい、善いいいのちを咲かせたい、すべてのいのちを活かし合って一緒に暮らしていきたいというのがいのちの記憶の本命です。

引き続き、物語を紡ぎながら一期一会のいのちの旅を仲間たちと一緒に歩んでいきたいと思います。