福とは何か?

幸田露伴に幸福の三説というものがあります。運が善いと言われる人にはなぜか運が善くなる生き方があり、それらが運を高め運を好転させ続けているということです。この運が善いというのは、実際には何よりも大事なことで物事は自分以外の周りが動くことで自分の布置が決まっていきますから運を敵にしない人はみんな運が善い人だとも言えます。

では運を敵にする人とはどういう人でしょうか、運を敵にまわす人は幸福を私物化する人のことかもしれません。言い換えるのなら、業を重ね業に沈む人といってもいいかもしれません。自分の徳性に気づかず、無駄使いをし疲弊していく感じです。せっかく天から与えられたものがあったとしても、それを何に使うのかということです。

自然は自分の徳性を活かすとき、そこに運を与えるように思います。それは何のため自分が産まれてきたのか、そして何のために人生があるのかと真摯に向き合うとき自分の中に具わっている徳の存在に気づきます。その徳を磨き、その徳を育て、その徳を高めるとき運が好転していくように思います。

しかしその徳に気づかず、もしくはその徳を私物化し自分の欲望や自分ばかりのために使ってしまえば福はすり減っていきます。福がすり減れば次第に運が悪くなっていきます。運が悪くなってしまえば、どこかで徳に気づくまでなんども同じ生き方をしてしまうものです。

この世の中は気が付けば自分中心、自分勝手に私物化してしまうような機会ばかりが多くあります。そういう機会や知識に打ち克って、自分の初心や理念、理念を貫くために徳業を重ねるとき人は運がさらに開けて好くなっていくように私は思います。

幸田露伴の幸福三説は、一つ目は惜福。自分に与えられた福を大切に惜しむこと。二つ目は分福。自分に与えられた福をみんなと分け合う事。そして三つ目が植福。長い目でみて福を育てて続けていくこと。これらが幸福の人たちが実践している福の徳目であると言います。

これらを鑑みるとやはり福を私物化していません。福とは天地自然の恩恵ですからないものねだりをしてないものばかりを求める心に福を感じるチカラはありません。むしろ足るを知り、あるものを活かそうとするときにこそ福は感じられるように私は思います。

そういった前向きな考え、物事の善い方をみる肯定的な捉え方、ポジティブ思考、自然と一体になった信じる心が幸福に気付く感性を磨いていくのでしょう。

福とは、自然に具わった徳のことです。

自分も自然の一部ですから徳を持っていますし、この世の中に徳がない人は誰一人として存在しません。だからこそその徳を見出すことが教育の醍醐味であり、その徳を伸ばしていけるように見守ることが保育の本質のようにも私は思います。

引き続き、幸福の三説の実践を味わいながら子ども第一義の理想に近づけるために精進していきたいと思います。

 

自然への畏敬~弱弱しさ~

昔の日本の家屋のつくりは今の時代の家屋と違って弱弱しくできています。障子やふすま、土壁にいたるまでありとあらゆるものが寄りかかっただけで壊れたり破れたりするものばかりです。

しかしそういう弱さの中で、ものを大切にする生き方が自然に身に着いてきたように思います。これは私も思い出せば虫で遊んでいるときに虫を不意に傷つけてしまったときの感覚に似ています。弱弱しさというのは、いのちに触れることであり自然はすべて大切に扱うということがどういうことかを学んだように思います。

日本のかつての家屋は、自然と一体になってつくられていました。何かの非日常の大きな災害があればすぐに被害を受けていたともいえます。しかし自然を畏れ、災害に備えるからこそいのちを存えてきたとも言えます。

自然を敵対し、自然に一時的に勝ったと思ってもそれはあくまで一時的であり大きな災害が緩やかな浸食には誰も勝つことができないのです。世界にあるものが必ず年月を経て風化していくことをみれば必ず壊れていくのは自明の理です。そうやって世界は循環を已みませんからこれは自然の姿だとも言えます。

その自然に逆らうのではなく、自然と一体になって生きようとするのが先人達の智慧でありそれが昔の家屋にはふんだんに取り入れられています。例えば、弱いといったさきほどの家具類は敢えて弱くつくることで手入れをするようにつくります。障子なども破れれば張替、傷めば取り換え、その都度手入れをすれば数十年、いや数百年でも持つのです。

今の時代の家屋は、手入れをしないでどこまで持つのかという基準でものづくりがされています。そして壊れれば捨てるのです。「捨てる」ことが前提でものづくりをしますから、壊れないもの強いものに固執するのです。

しかし本来、永く使えて丈夫なものと考えれば本質は弱いもののほうが強いし長持ちするのです。ただ前提が「捨てない」ということが基準になっています。そしてそれが「もったいない」という精神と密接につながっているとも言えます。

この前提をひっくり返さなければ強いものが弱いことに気づかず、弱いものが強いということにも気づかないのです。先人たちは、ものを粗末にはしませんでした。それだけものの価値に気づいていたとも言えます。また長い目でものを探していたからこそ、永い時間耐えることができる弱いものの扱いに慣れていたとも言えます。今の時代は短い目でしかものを探しませんから見た目ばかりにこだわり強度を強くしていますからものの扱いなど気にしなくなっています。

昔の家屋や道具、骨董と呼ばれるものは扱い方を間違えばすぐに壊れます。自分たちが扱い安いものを増やして道具を変えるのではなく、道具にあわせて自分たちが変わる方がいいと謙虚な生き方をしていたのが観えます。

自然を畏れる生き方とは、自分の方をサラリと変えてしまう生き方です。引き続き、復古創新を味わって学び直していきたいと思います。

 

共生の居心地

古民家の修理と清掃を引き続き行っている中で気づくことがたくさんあります。そもそもこの町家というものは、職住一体型になった施設で昔は店屋と書いて「まちや」とも呼ばれていました。入口に店舗があり、その奥で住まうのです。

今では店と住まいが別々のところで行うことが増えていますが一昔前まではどの家でも職住一体で行われていたように思います。私たちは生き方と働き方の一致とありますが、本来はそもそも仕事と暮らしは別物ではなく一体であったと思います。そのことから、これはプライベートだからやこれはビジネスだからやそんな言葉は出なかったのです。

そしてこの町家に住んでみると分かりますが、ここはプライベートがないことに気づきます。外の音は人の小声でもほとんど入ってくる、そして中の音も外に漏れています。夜中など少しでも大きな声を出せば、近所に響きます。さらに窓はすべて紅殻格子などで隙間がありますから夜中にはほとんど中が見渡せるのです。

このほとんどプライベートがない中で不便だと今の人たちは町家を捨てて各部屋が個室のようになり外から遮断された密封建築に住んでいます。現在では防音設備から窓も外からは見えない仕組みになっていたり、光も電気で明々としています。そこに誰か住んでいるのかわからないほどにプライベートは確保されています。

本来、そうやって個人ばかりが確保され好き勝手できるような暮らしはなく周りの人たちのことを思いやり自分を少し抑制するという謙虚な生き方があったように思います。自分さえよければいいという世の中は、言い換えるのなら周りの人たちのことよりも自分のことだけを考えるという我儘な世の中です。しかし私たちの先祖は、どこにも共生をする仕組みを取り容れ自然を壊さず関係を壊さず、御互いに歩みよって寄り添い生きてきました。それは言い換えるのならば、思いやりを優先してきたということです。

今の時代は自分だけが快適であればいいという個人主義が蔓延していますが、この町家には御互いの距離に居心地がいい配慮があります。それは心を開いている居心地のよさでもあります。ほとんどプライベートのない中でも、自分を正しくコントロールすることができる。相手を変えようとするのではなく、自分の方を変えて調整をとるバランスのある暮らし、そういうものを実現していたように私は思います。

これは自然農の実践でも気づくことですが、周りの生き物と一緒に生きていくのだから、自分さえよければいいと考えずに周りの生き物と一緒に暮らしていこうという発想の姿勢と同じです。これは自己抑制で欲をコントロールするという考え方でもありますが、その本質は先に周りのことを思いやるという精神があるということです。日本人が町家を建て、これだけ隣同士で接近して暮らしたのはそれぞれにそういう精神を持ち合わせていこうといった寄合の意識があったからのように思います。

今では近所などがなくなり、東京ではマンションに住んでみると何年もいるのに会ったこともない話したこともない知らない人ばかりです。それぞれにプライベートを尊重するあまり挨拶すらもなく、何をしてどのような人たちが住んでいるのかは管理人すらも把握することができません。

御互いの居場所があるというのは、思いやりの場があるということです。居場所がなくなった世界というのは共生と共感のない孤独で辛い場所だけが残るのかもしれません。そういうところにいくのは目先の個人の損得で考えるからであり、思いやりや徳を重んじるのなら居場所を広げていくことが価値があるのはすぐにわかります。本当の居心地のよさとは「思いやりを優先し自分は少し不便でもいい暮らし」のことかもしれません。そしてそれこそが「共生の居心地」なのです。

引き続き、子ども達のためにも先人の暮らし、古民家の教えから学び直し聴福人の実践を深めていきたいと思います。

直観力とは何か

古いものに触れていると様々な価値観に出会い、そして新しい直感が滾々と湧いてきます。一昨年より磨くことを深めていると、磨くというのは直感と似ていることに気づきます。ひょっとするとこれは「直感を磨く」という言い方をしてもいいのかもしれませんが、磨くから直観が冴え、直感が冴えるから磨かれるのです。つまり直感は本質が磨かれていくということなのでしょう。

例えば、冒頭の古いものでいえば古いもの、経年変化したものに触れて手入れをして磨いていると磨いているうちに次第にそのものの持っている本当の価値に出会います。その価値を知り自分がもう一度再定義し直し、それを今の時代に活かしたならそこに直感的に色々な感性に出会います。それが作り手の思想であったり、またその素材の持つ特性であったり、経年変化して生き残ってきた徳性であったりと様々です。これも一つの多様な価値に触れて自分の価値を磨くことになり直観を育てていくのです。

将棋の羽生善治さんの「直観力」(PHP)に直感に関することが書かれています。その帯には、「自分を信じる力。無理をしない、囚われない、自己否定しない。経験を積むほど直観力は磨かれていく」とあります。

そして『直感を磨くということは、日々の生活のうちにさまざまのことを経験しながら、多様な価値観をもち、幅広い選択を現実的に可能にするということ』といいます。そのためには『考えや価値観の幅が狭いと、直感の判断根拠が乏しいかもしれません。普段から「こうに決まってる」「ふつうこうだ」などと考えていては、鋭い直感は得られない』といいます。

自分の中の小さな常識に縛られきっとこうであるはずだと思い込むことやふつうはこうだなどと囚われることで直感は失われていくということです。マジメで常識的であればあるほどに発想を転換することができないように思います。私はこの発想の転換こそが直観力の醍醐味だと思っています。ではこの直観力をどのように磨くのか、羽生善治さんはそのために気を付けていることがあると言います。

『いつも、「自分の得意な形に逃げない」ことを心がけている。戦型や定跡の重んじられる将棋という勝負の世界。自分の得意な形にもっていけば当然ラクであるし、私にもラクをしたいという気持ちはある。しかし、それを続けてばかりいると飽きがきて、息苦しくなってしまう。アイデアも限られ、世界が狭くなってしまうのだ。人は慣性の法則に従いやすい。新しいことなどしないでいたほうがラクだから、放っておくと、ついそのまま何もしないほうへと流れてしまう。意識的に、新しいことを試みていかないといけないと思う。』

人は誰しも自分の価値観のメガネをかけてこの世の中をみています。その人の価値観が狭ければそれ相応の狭い世界、その人の価値観が融通無碍であり無限で自由あればあるほどに観えている世界は多様で広大です。私があらゆることに興味を持ち深めるのも、自分の価値観を常に壊して常識に縛られないように工夫するためでもあります。新しい世界、たとえば今までかかわることがないような文化に触れることもまた挑戦ですし、今までにやったことがない方を選んだり苦しい方を選ぶこともまた新しい試みなのです。アイデアが停滞するとき、私は敢えてやってみたことがない世界に入っていきます。回り道や寄り道をしているように見えてかえってそのことで直感が磨かれ本業の志を助けてくれるのです。

そして直感を磨くには、日頃から「アウトプット(捨てる)」する必要を説いています。そこにはこうあります。

『過去の知識や情報は、すべて素材だ。それらは、次の新しいものを想像する素材として利用されるためにある。過去の素材であっても、適切に組み合わせれば、新しい料理をつくることができるのだ。しかし、情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかり捉えないと正しく分析できない。さらにいうなら、山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」、そして「出すか」のほうが重要なのである。情報メタボにならないためにも、意識的に出力の割合を上げていくことが重要になる。』

直観力というのは集中力ですから、ひとたび信じて動きだせばすぐに膨大な情報を取り込んでいきます。そして直感のアンテナが立ったなら世界のあらゆるところから情報が集まってきます。それを取捨選択するチカラ、つまりは捨てるチカラが求められます。言い換えるのなら、思い込みを捨てるチカラです。そのために自分の中にある常識を一つずつ壊していく、そういう日々の研磨と練磨、「磨きあげる」ことが何よりも必要だと私は思うのです。

磨きあげるのは、単に掃除や手入れをすればいいのではなく本質的な試練や苦難といった自らを研鑽する機会と経験という砥石によって自らを磨かなければなりません。そのために志を高く持ち、そこから訪れるその一つひとつの御縁を選ばずに引き受けていく人生、もしくは来たものをすべて受け取りそれを福に転じていく人生、それが直観を磨き本来の生きるチカラを高めていくように私は思います。

何をしていてもすべては本懐を遂げる一点に集中する。

直観はいつも陰ひなたから自分を助けてくれる大切なパートナーです。自分の思い込みを信じず、自分を信じて引き続き様々な実践を愉しみ味わっていこうと思います。

 

 

 

 

農的暮らし

かつての日本では、伝承されてきた先人たちの暮らしをどのように子孫へ譲り伝えていくか、それを様々な方法で伝承してきました。しかし今では「農」という字は、単なる農業の農のみで語られ田畑を耕して作物を育てる職業の人を農業人などといったりします。しかし本来の「農」は単に作物を育てればいいのではなくその生き方が「農」であったということを示すものです。この「農的暮らし」というものは、如何に自然に沿って自然と調和して生きていくか、その自然循環の理念に完全に合致しているという意味で農であったと私は思います。

「農」の解釈として101歳になる元ジャーナリストのむのたけじさんが「いのち守りつなぐ世の」の中でこう書いています。

『「農」という字の語源は、「曲」と「辰」に分割けられる。そして、上層部の「曲」はもともと「ねばつく」という動詞。ニクズキを付けると「膿」になるが、これはネバネバしているはずで、膿のようにネバネバするものを「土(つち)」として表現している。そして、下層部の「辰」であるが、十二支の1つになっているものの、もともとは大きな二枚貝である。(その性質から「整う」という意味で用いられ、後で架空の動物の「龍」を割り当てたようである)この大きな二枚貝は、鍬が発明される前は、この貝で土を掘り起こし、細かく砕いていたそうである。貝の硬さはいくつもの層から形成されることから裏打ちされ、それが火にも水にも強い自然界の芸術なのである。』

自然界の芸術を扱う人たちを農民とも言えます。自然界の様々なものを活かし、それを感謝で使っていく。本来、私たちはこの地球に住ませていただいている存在、この地球の中で生かされている存在だと原点回帰すれば自ずから農的な暮らしを優先していくことの必然を感じるように思います。文明が発展し、人間ばかりの都合で世界を開花させていくうちに大切なことを忘れないように古来から工夫は尽きません。

以前、信濃の上伊那の歌人宮下正岑(1774⁻1838 江戸後期の歌人)に『勧農詞』というものを拝見したことがあります。まさにこれこそ農的暮らしの本質であると感心して、メモを取りました。これを家訓にして大切にしている農家も多かったと言います。

『風流を楽しむ花園ならで、後の畑、前の田の物作に志し、自ら鍬を採って耕し、先祖の賜と命の親に懇と尽くし、吉野の桜、更科の月よりも、己が業こそたのしけれ。朝夕心を留て打むかふ菜種の花は、井手の山吹より好しく、麦の穂の色は牡丹芍薬より腹こたえありと憶え。朝顔より夕顔こそよけれ。萩桔梗より芋牛蒡に味あり。渾て花紅葉より栗柿ハ宝の植木なり。稲の穂並み賑しく菊の花より腹満る心地して、栗穂に馴る鶉野辺の喜の音聞くか。面白く遠き名所旧蹟より近き田圃の見廻りか。飽す松島塩竃の美景より飯釜の下肝要なり。上作の名剣より鎌鍬は調法なり。書画の掛物より、掛て見る作物の肥を油断せす投入れて、生花の工より茄子さゝげの正風なるか。見處多く、茶の湯、蹴鞠の遊より渋茶を飲んで昔話こそ楽しけれ。玉の望より茅葺の家に居か心易く。高きに居らねば落るあぶなげなし。迷はねば悟らず。念佛のかわりに業を怠らず。実義を尽すハ神詣に比し、仁者にならふて山に木を植え智者の心を汲て田の水加減を事にし、珍肴鮮肉の料理より銭いらすの雑炊が後腹病る気遣なし。すへて世の中ハ飛鳥の川の流れ。きのふの渕ハ今日の瀬となる如し。唐の咸陽宮、萬里の長城も終には亡に。平相国の驕も一世のみ。鎌倉の将軍も三代をすぎず。北条、足利の武盛尽き織田、豊臣の栄も終に一代なり。時過き世替れは誠に夢の如し。世に希なる珍味も舌の上にあるうち。伽羅蘭麝の薫りもかく内のみ。楽しみは苦の基ひ。財宝は後世の障り。遊興はしばしの憂。他の富みも羨ず。身の貧も嘆かず。唯慎むべきは貪慾と恐るべきは奢なり。抑(そもそ)も田地は萬物の根元にて、国家の主宝なれば父母の如く敬い、主君の如く尊み、妻子の如く育み、寸地をも捨てず、何処にても鍬先の天下泰平、五穀成就を願うより外更になし。』

もっとも印象深いのは後半の「そもそも田畑は地球万物の根源である、それがクニの宝であるから父母のように大切に敬い、天に仕えるがごとく尊び、家族のように大事に育て、わずかな土地をも粗末にせずに、いついかなるときも鍬先に世界の平和があることを念じ、五穀豊穣を祈ること以外ない」というところです。

自然への畏敬を忘れずに驕らず怠けず貪らずに、日々を清く明るく素直に暮らしていくことが尊い、つまり「農的」ということなのでしょう。

自然農を実践する中で、いつも感じることは悠久の生き方、永遠の篩にかけられても生き残る生き方を子ども達に譲り遺していくことの大切さです。つまり「農」こそ「暮らし」そのものなのです。引き続き、今年も稲や里芋を育てていきますが丁寧に見守り生き方を観直していきたいと思います。

 

 

 

 

子どもの志事

今の時代は、短期的に物事を考えて正解を出すあまり長期的に考えることを否定しているようにも思います。物事というのはどんな物事であれ、短い目でいくら正解だと思っていてもそれが長い目で見た時に正解になっているとは限らないのです。いや、ほとんどすべてが長い目で観た時には間違っていると言っていいかもしれません。

例えば、環境問題もそうですが子どもの少子化対策のことや待機児童のこともそうです。今さえ何とか乗り切ればいいという政策や、そこに纏わりついてしまうビジネスは時流などと言い方をしますが長期的にみて方向性が間違っているものばかりのように思います。

「子はくにの宝」といい、昔は子孫のことを考えて今の時代を生きる人たちはその責任を果たしていました。しかし今は、目先の問題に対処するばかりで根源的な改善を怠り対処療法ばかりでやり過ごすうちに長期的に観て実践をすることよりも短期的に方法論ばかりを試すような浪費ばかりを重ねていきます。

これでは日増しに体力は消耗していき、何代か先の子孫にとても大きな負債を遺すことになるかもしれません。本来、私たち今の世代は子子孫孫を子どもだと定義し、その子ども達にどういう恩恵を譲っていけるかをみんなで考えて行動していなかなければなりません。それが子どもを思う親心ですが、子どもをあてにして経済ばかりを追い求めて疲弊していたら本末転倒するようにも思います。

アメリカにネイティブインディアンの古老の教えと掟というものがあります。ここには「どんなことについても何かを決めるときは、そのことの影響を七代先まで考えなくてはいけない」とあります。具体的にはこう書かれます。

「あなたが重大な決断をし、行動を起こす前には、あなたの親、祖父母、そして先祖を7代に渡って遡り思い返します。そして同時に自分の子供、孫、曾孫と7代先の将来の子孫のことを考えます。あなたの行動と決断が過去と現在を尊重していると確信できるとき、そして未来を7代に渡って守っていると確信できるとき、あなたは良心にしたがって前進することができるのです」

今のことばかりを考えて判断するのではなく、その判断は果たして7代先に渡って守っていけるものかを確信できるかという問いを持って判断せよということです。その時のみ、はじめて今の世代の判断が間違わないということです。

何代も先のことを考えて木を植えたり、何代も先のことを考えて大切なものを遺すようにと陰ながら活動している人たちが世の中にはいます。そういう人たちはみんな今の資源がかつての先祖たちが私たちに遺して譲ってくれたことを知っています。その恩送りをするために、今の自分にはすぐに利益がかえってこなくても先々の子孫のためにと活動を已めないのです。

こういう人は長い目で物事をみて、根本的に考え、本質から外れることがありません。ネイティブインディアンの「良心」という言葉は、「本質」とも言い換えれます。

物事はすべてにおいてどれだけ長い目で観ているかということが視座を高めるのです。それは保身ではなく、保育の生き方、この仕事は本当に歴史を考える志事であると感じます。

引き続き、今の実践が将来の子ども達にどんな影響を与えていくかしっかりと見通して丁寧に取り組んでいきたいと思います。

価値の再発見と再定義

人は価値観というものを持っています。それはそれまでに育ってきた自分の境遇や環境によって左右されてきますが、価値があるかないかを決めるのもその人だとも言えます。

その価値観は時代によって左右され、ある時代では価値があったものがある時代ではまるでゴミやガラクタのような価値になっていくことがあります。人が生きていくということは価値観によってですがその自分の価値観がどうなっているのか時折確かめていかなければ時代の価値観だけに流されてしまうのかもしれません。

如何にどのものに対しても自分が新たな価値を見出すか、そしてその価値を自分が再定義するか、そこに時代時代の本質を守る鍵があるように私は思います。

例えば、田舎と都会ということがあります。田舎にも様々な楽しみがありますが、都会にも様々な楽しみがあります。しかし実際は田舎の価値は田舎の人の方が気づいていなかったり、都会の価値も都会の人が気づいていなかったりします。そこでの生活が当たり前になってしまえば価値があるかどうかも分からなくなっていくのです。

これと同様に価値というのは、当たり前になることで価値が失われていきます。如何に当たり前ではないことを自覚し、その当たり前ではないことを活かすかが価値の発見であり価値の再定義になるのです。当然、その当たり前を見破るその根本には感謝が基礎や基本になっています。

温故知新なども同じく、その当たり前であったことをもう一度確認してその上でそれが当たり前ではなかったことを知る。そのことで物事の本質に気づき、価値が新たに生み出されていくのです。ファッションの世界なども、同じく昔のものが時代を経て入れ替わりまたデザインされて順繰りと回転し続けているだけとも言えます。

時代時代で本質をちゃんと維持していく人は、その時代の価値を正しく見極め、そしてその価値を刷新して原点回帰をしてもう一度世の中にその価値を弘げていくことができます。

この「価値に気づかせる」という言葉は、「刷り込みを取り払う」ということと私は同じ意味だと信じています。それまでに当たり前だと思った常識を目から鱗がとれるように取り払ってみる。そして常識を壊して自分の発想を転換して新しい世界に気づかせる。そういうことこそが価値を発見し価値を再定義することだと私は思います。

人間は時代が変わっても実際にやっていくことは同じことですが、本質を維持する人と本質を忘れる人がいるだけの話のようにも思います。本質は考えるだけではなく、自然に触れて自然の本能を同時に磨く必要があるように思います。そしてそれができる人だけが、田舎であろうが都会であろうがどちらでも楽しむことができるのです。

伝統か革新かではなく、常に本質は価値の再発見と再定義です。古来からの魂を維持しながら今に柔軟に合わせていく、いにしえの道具を用いながら、最先端の道具も活かしていく、本当の革新が本来の伝統であるのだからその両輪の一致するところにこそ私は本質があると感じます。

引き続き、理念を優先しつつ実践を愉しんでいきたいと思います。

天道に従い人道を行う

以前、伊勢神宮の式年遷宮のことを書きましたがこの仕組みがとても価値があることを改めて古民家の再生を深めていて感じます。今の平均的な建物は、ほとんどが新築物件であり家が傷めばすぐに建て替えることで話が進んでいきます。地震や災害に強いからと鉄筋コンクリートでつくられ、モルタルなどで固めたものはそもそも解体して組み直すようにはつくられていません。

しかし昔の建物は、貴重な材料を用いていたため古民家などもそうですが解体して移築するという方法がとられていました。今の時代は、わざわざ古いものを移築する方が大変だと思われがちですが本来は移築していることが当たり前だったのです。

そして移築するとき解体してどこが傷んでいるのかそして先人の職人たちがどのように建てたのかをみて後人たちは学び直しをしていました。建物を直し、改めて今の時代の技術を観直す、そういう仕組みを通してかつての文化を大切に継承してきたとも言えます。毎回新築を建てては、それを解体してゴミのように捨てて新しいものにしていたら文化の継承などは行われることはありません。

また現在、地震や震災があるとすぐに建物を新築で強いものを建てるようにすすめ、それまで崩れた古民家などをまるで価値がない様に扱われていきます。しかし先人たちは長い年月、耐久できるものをつくったのであって目先の地震だけを乗り切れるものなどをつくることはありませんでした。

なんども地震があることは当たり前ですから敢えて崩れるように脆く弱くつくっていて壊れたらまた修理するように考えてつくられました。そうやってなんどでも組み直して立て直すことで何百年ももつ家を建てたのです。弱く脆いのは自然に逆らわないという方法を選んでいたのです。

しかし今は、一回壊れたら全部壊して建て直すしかありません。これはまさに最近、出回っている安い電化製品などもそうですが修理するよりは買い直した方が安いし早いということでそもそも長く使えるものとして作り手もつくってはいません。ほとんどがものの2~3年でどうせ古くなるからと、すぐに新しいものを買い替えるように勧めてきます。

昔の家や道具は骨董をはじめ何十年も、もしくは数百年の前のものでも今でも手入れすれば遜色なく使えるものばかりがあります。キチンと人が手入れして掃除を怠らず、大切に使っていれば味わい深く輝き出して今でも美しい道具として沢山暮らしの御役にたってくれます。

先人たちの家や道具に接する姿はとても謙虚なものです。それは今の時代のように自然を征服するのではなく、自然を尊敬するということを優先してからでしょう。敢えて弱く脆いものをつくるのは、自然の偉大さを自覚するからです。自然の方が壮大で人間など及ばない、だからこそ人間の方が自然に従い自然に沿って暮らしていくのだから壊されてしまうことは当然の理だと丸ごと受け容れているのです。

その上で自分たちが怠ってはならないものが何かをよくよく自覚自認して、何度も自分たちの方の姿勢を謙虚に直していけるような仕組みになっている。あの伊勢神宮の式年遷宮もまた自然に沿う生き方するという姿を実践で示す神職たち、その土地の生き方の伝承なのです。

初心伝承とはこれらの謙虚さに目覚めさせることです。子ども達のためにも引き続き天道に従い人道を行うことの大切さを実践で示して譲り遺していきたいと思います。

長い目と永い心

先人たちのつくった道具や建物を深めていますが、学び直すことばかりで興味が尽きません。一つの道具にしてもどれだけ長く使うことを想定してつくったのかが伝わってきますし、建物においては何世代先まで住めるように建てているのかを見ていると驚くばかりです。

先人たちが「ものづくり」をする際に何を最も大切にしてきたか、直接手で触れてみるとそれをどの道具や建物からも「悠久」に耐えうる設計になっていることを感じ入ります。

今は、すぐに短絡的に物事を決めてそれを良しとします。目先の課題や、直近の問題のみに焦点を当ててそれされ乗り越えれば良しとします。しかもそれを今を生き切るなどという言葉にして実際は単に時間に追われるままに刹那的に生きていることを誤魔化すための言い訳にもなっています。

しかし先人たちの今を生き切るというのは、長い目で物事を観て永遠という尺度で物事を決めるという信念と覚悟があったように思います。長い目で考えるというのは、焦りとの葛藤があります。焦るのは、目先を見ているからであり焦らないのは悠久の歴史を観ているからです。自分の中にどうしても結果を出さなければと考えたり、どうしても自分の人生の残り時間という尺度を入れてしまえば焦りが湧いてでてきます。

一たび焦れば先人たちの真心に触れることもできず、結果的に応急処置た対処療法ばかりを続けて根本治癒や根源治療はできません。自然の技術はほとんどが根本から直すものばかりです、それに対して人間の技術が対処していくものですからその両輪のバランスをどう維持するかが復古創新していくときに何度も葛藤するものです。

そしてこれは会社での理念の実践と同じく、理念を優先しながら同時に仕事の成果も積み重ねていくことに似ています。理念か経営かではなく、理念=経営にしていくこと、つまりは生き方と働き方を一致させて一円融合して継続運営していくことです。

いにしえの道具や建物についても同じで、これも生半可な覚悟と知識では継続運営が難しいように感じています。一つの御縁から、今、新たな実践がはじまりましたが与えてくださったこと選んだくださったことに感謝して間違わないように取り組んでいきたいと思います。

有り難いことに実践のモデルの人もいます、与えていただいたもの全てに感謝する鞍馬山の真心も知りました。御山の教えもいただいていることを肝に命じて、一つひとつの判断を決していい加減なことをせずに真摯に長い目で永い心で取り組んでいきたいと思います。

温故と恩顧は同じ響きですから、その理を忘れないように自戒していきたいと思います。

革新の要

先日、5年目になる自然農の田んぼに無事に田植えをすることができました。東日本大震災からこの田んぼとの御縁ができ今では畑をはじめいよいよ人の手が入ってきた感じがでてきて味わい深い豊かな環境ができてきています。

この自然農の田んぼは機械を用いず、手作業で手間暇かけ手入れしてきました。そのためか畦も他の田んぼのように真っ直ぐではなく曲がりくねっていますし、形も真四角ではなく楕円形でカーブを描いています。

復古創新に取り組んでいますが、もともと私はこの復古創新をこの自然農の田んぼで行っていることに気づきます。現在、大規模農業で開いている田んぼは大きく大型の機械を使って耕していきます。昔では考えられない広さを一人と機械で耕していくのです。そして機械がつくりますから正確にキチンと仕上がります。

しかし昔の棚田のように大型機械が入ることが出来ない田んぼは人の手で丁寧に耕されていきます。人手が必要ですから家族総出、親戚や友人まで借り出してはみんなで一緒に田植えを行います。機械のようにはキチンと仕上がりませんが、独特の味わいを醸し出していきます。

この棚田を観るとき、私はこの棚田を単に古いものだとは感じません。むしろ人の手で丁寧に手入れされたこの棚田はとても美しく豊かに感じその姿容には新しさも覚えます。もちろん休耕田になって誰も手が入っていないものはただ古いだけです、しかしそこに手入れという人の手が入ることで新しい価値を今に創造するのです。

そして今、新たに古民家の手入れをはじめましたがこれも自然農と同じです。如何に初心を継続維持するか、実践し続けることが出来るか、そこに創造と革新があるように私は思います。

そもそも新しいとは何か、それは実践を続けることでいのちが吹きこまれ続けるということです。つまり新陳代謝のことです。呼吸のように、息ているものはいのちを躍動させていきます。いのちが活きているものは、常に活き活きと働き続けるのです。詩経にある「鳶飛魚躍」のように、持ち味を活かしそのものの性が自由に躍動し豊かさに満ちていくのです。

温故知新は如何に理念の実践を継続していくかが鍵です。そして実践を継続することができれば改善することも同時に進みますから継続こそが革新の要だということです。

理念を定めれば必ずその後に継続の実践道場は顕れます。人が志が試され練磨され、人格が陶冶され徳が高まっていきます。そして自然に道が拓かれていき、その道が子々孫々へと連綿と結ばれていくのです。引き続き、かんながらの道で出会う一つ一つの御縁を大切に実践により価値を再定義し直していきたいと思います。