徳の経営 ~日本的経営~

出光興産の出光佐三は、日本的経営を実践していた方です。和の精神を尊び、人間尊重を第一に本来の日本人であるとはどういうことかを生き方や生き様でやり通した方です。

ここにきて世界の中で如何に日本が役に立ち、日本人が如何に世界で自分たちの文化を背景に活躍していくか、一つの世界に向けて大事な局面を迎えているように思います。そういう時だからこそ、改めて私たちは日本とは何か、日本人とは何かということを考えなければなりません。

2011年6月20日に出光興産の100周年を迎えた際に、新聞広告に下記のようなメッセージが発信されました。

『「日本人にかえれ。」
これは、創業者出光 佐三のことばです。

日本人が古くから大切にしてきた和の精神・互譲互助の精神、自分たちの利益ばかりを追求するのではなく、世のため人のためにことを成す。
佐三の信念によって、出光はいまも、そうした日本人らしさを心に活動しています。

東日本大震災に襲われた日本に向け、海外から届いたたくさんの励ましの言葉。
その中にも、佐三が大切に考えていた日本人らしさを称賛するものがありました。
その数々の言葉によって、私たちは勇気づけられ、日本人であることの誇りをあらためて認識することができました。

一方で、震災を経たいま、本当のゆたかさとは何か、私たちは何を大切にして生きていくべきなのか、これからの日本人のあるべき姿はどのような姿か、一度ゆっくり立ち止まって、向き合う必要があるのではないでしょうか。

本日、出光は創業100周年を迎えました。
これからの100年、私たちに何ができるのか。
世界が日本に注目するいま、私たちはこれまでの歩みを振り返り、新たな一歩を踏み出し、次の100年の社会づくりに貢献する企業を目指してまいります。
私たちは、日本人のエネルギーを信じています。』

出光佐三は、逆境の中で苦しい時に資金面でも精神面でも支えてくれた人がいます。その人の名は、日田重太郎といいますが親族や家族の反対を押し切って出光佐三に全財産を預けて応援します。いよいよお金がなくなり困窮した時も、自分の家を売ればいい、やれるだけやりなさいと応援します。

資金提供の約束としては、一つは従業員を身内だと考え、良好な関係で付く合っていく事。そして一つは、自らの考えを最後まで曲げない事。最後は、日田が資金を提供した事を他人に言わない事。この3つだったといいます。

出光佐三は金儲けのために働いたのではないことは、「出光の仕事は金儲けにあらず、人間を作ること、経営の原点は「人間尊重」です。」という言葉や、「金や物や組織に引きずられちゃいかん。そういう奴を、僕は金の奴隷、物の奴隷、組織の奴隷と言うて攻撃しているんだ。」、「黄金の奴隷たるなかれ」という言葉に残っています。

この出光佐三の日本人的な気質、その人間尊重の和の生き方に惚れ込み、ここまでした日田重太郎氏もまた日本人の精神をもっていたのかもしれません。

最後に、出光佐三が亡くなるときに昭和天皇が和歌を詠みました。

「国のため ひとよつらぬき 尽くしたる きみまた去りぬ さびしと思ふ」

国のために一心に真心を尽くして生きた出光佐三がいなくなることを寂しく思うというものです。

私もこの出光佐三に、深く共感しこのような方が郷里にいらしたことを誇らしく思います。同じ日本人として、和の心をどこまで高め磨き上げられるか。徳の経営ともいうこの日本的経営を子どもたちに譲れるように挑戦していきたいと思います。

 

和の経営

出光興産の創業者に、出光佐三がいます。昨年、海賊と呼ばれた男の映画のモデルとして登場しましたがその生き方に共感した方が多かったといいます。私の郷里の近く、宗像郡赤間出身で唐津街道の赤間宿に生家があり生涯を通して宗像大社への信仰がとても篤かったとしても知られています。

その経営理念は、「人間尊重」であり出光には「出勤簿が無い。労働組合がない、首切り、定年制がない」という「人間尊重の経営」をしていました。『人こそ事業の根本である』と主張し貫かれていました。一つの物語に、戦後に海外から1000人もの社員が引き上げてきた時も、彼は一人も首を切らなかったといいます。そして「1000人が乞食になるなら私もなる。」、「会社がいよいよ駄目になったら、みんなと一緒に乞食をするまでだ。」、「君たち、店員(従業員)を何と思っておるのか。店員と会社はひとつだ。家計が苦しいからと、家族を追い出すようなことができるか!」といいきって社員と共に会社を守り抜かれたといいます。

その出光佐三の経営者像は、まさに日本的精神であり本人も「私は日本人として生まれ、日本人として育てられ、そして日本人として経営をしている。」と言っています。

その根本に据えたのが人間尊重の理念です。

「人間社会は人間が支配している。その中で一番大きな働きをするのが、信頼と尊敬で結ばれた、真の和の人間集団の働きだ」

「事業を行うにはまず人材を養成しなければならない。人材はどうして養成するか。それは尊重すべき人間になれということである。自分から見て尊重すべき人間というのは,良心の強い,真の個人である。これらの人々がお互い尊重し合うところに,真の団結がある」

「独立不羈(どくりつふき)の精神の根本は、人間尊重であり、自己尊重であり、他人尊重である。」

和の人間集団や、お互いに尊重し合うところの真の団結といういい方もしました。お互いの違いを尊重し合い、そのうえで真の個人を打ち立てること。そして独立不羈の人格を磨くことを目指しました。この独立不羈とは、他からの束縛を全く受けないこと。他から制御されることなく、みずからの考えで事を行うことをいいます。

つまりお互いを尊重し合いながら、自分自身を立てるという和の精神、人間を尊重し合う社會の実現を目指したのです。

郷里に生き方の先輩があることに誇らしく思え、またここから改めて学ばせてもらうことばかりです。その出光佐三が神社の甦生において遺した言葉があるのでご紹介します。

「私の育った町は特殊な土地柄で、宗像神社という有名な神社があった。私はその御神徳を受けたと考えている。私はいま神社の復興をやっているが、神というものを今の人はバカにしている。私どもにはバカにできない事実がたくさんある。私の会社は災害を一度も被っていない。理屈は色々つくかもしれないが、社員は神の御加護と信じているのだからしょうがない。また信じないわけにはいかないだろう。」

剛毅な印象がありますが、病弱で逆境が続く中で苦労をして感謝を忘れなかった人物像が観えてきます。古今の経営に通じる大切な生き方が、出光佐三の足跡から学べます。

引き続き、子どもたちのためにも一つ一つの出来事から学び直して深めていきたいと思います。

ご縁を感じる力

人はご縁を感じる力というもので人生が変わっていくように思います。一つ一つのご縁の意味をどれだけ深く感じ取ってそれを実際の人生に活かすかはその人のご縁への感性に由るもののように思います。

例えば、ある人は起きている出来事を自分の思い通りかそうではないかというだけの分別だけで生きているとします。うまくいけばご縁があったといい、うまくいかなければご縁がなかったとなっていたらそのご縁はすべて自己中心的なものの見方だけで裁かれていることになります。しかし本来、そういうものはご縁と呼ぶものでもないようにも思います。

またある人は、一つのご縁の意味をしっかりと味わい深め自分にとってどうかよりもそれがどんな意味を持つのか、その出会いや別れ、つながりを真摯に受け止めそこから教えてもらったことを丁寧に学ぶ人もいます。ご縁を感じながら、一つ一つのつながりを結びそれを磨き続けている人はご縁を感じる力が高いとも言えます。

ご縁を磨く人は、どんな出来事や出会いに対しても丹誠を籠めて味わい一瞬一瞬の内省を怠らずご縁が訪れたものに誠実に向き合い、ご縁を引き寄せたものにも真心で対応し、ご縁が発生したことに感謝で順応していくのです。

このご縁を感じる力は日々の生き方や歩み方で磨かれるものであり、一期一会に生きようと決めれば自ずからご縁はすべて自分を磨く砥石になっていきます。

もちろん対人だけではなく、対物、そして対機会、対出来事、すべてにおいて自分にはわからない何かが発生していると謙虚に受け止め、それを活かそう、それをさらに伸ばそうとしている人は常にご縁の力が高まっていきます。

人は誰しも自分が今あるのは何の御蔭様かと内省すると、考えれば考えるほどにそれはあらゆるご縁の御蔭様であるという境地に至るように思います。だからこそ、この今に何の意味があるのかと常に自問自答しながらご縁を常に尊い境地で感じる修行が必要のように思います。

忙しさに流され、スケジュールに追われ、たた流されるような毎日を生きては結果や不安を解消するために使う時間ではなく、ご縁のために活かす時間にしていきたいものです。

一期一会を座右にしていますから、毎日はかけがえのないご縁そのものであることを自覚し丁寧に内省し歩んでいきたいと思います。

教育のありがたさ

昨日、ある高校で一円対話を通して関わった高校生たちと一緒に一年間の振り返りを行いました。振り返りは動画を編集し、それぞれの生徒たちの写真と先生からのメッセージ、理事長からの感想などが入り一緒に見た場はとても豊かで幸せな時間でした。

私も高校1年生から一緒に関わる中で、自分たちの会社と同じようにそれぞれが主体的に働き持ち味を生かすような場や環境を醸成できるように関わってきましたがまるで自分の会社にいるかのような安心感と落ち着きがクラスの中にあります。

一人一人の人柄や人間性が保障され、いつもオープンに素のままでいられる環境の中でみんなとても素直に育っていきます。一人一人が認められ自分らしくいられ、自分のままでいいと感じられる空間は居心地がいいものです。

実際に教育の現場に関わる中で感じるのは、教育のありがたみです。昨日理事長と話をする中で印象に残ったのは「大人にとってはたった3年間でも、生徒にとってはこの3年間は一生の中で何よりも大切な3年間になるからこそ私たちは一緒にその時間を生徒と味わうことが必要なのです」と仰っていたことです。

大人になっていくにつれて、私たちはさらにいろいろなことを体験し自分が変わっていきます。私たちは思い出の積み重ねによって人生を作り上げていくのです。その時、この学校で学んだ期間や思い出がその後の人生にとても大きな影響を与えたことを実感します。あの頃の仲間との思い出や先生からの真心や愛情、周囲の大人たちの生き方や関わり、そして忘れられないような楽しい体験、そのすべては教育のありがたさであったと感じるのです。

この教育がありがたさを感じるのは、思い出を懐かしむ自分の心の中にこそ生きています。今回一年間を通して関わったクラスのように、他人の話をしっかり傾聴し、共感し、受容し、みんなで気づいたことから学び直し、味わい深い一期一会の時間を仲間や師友と共に過ごしていく中で私たちは道中の自分自身の思い出を築き上げていきます。その築き上げた思い出はその後のその人の人生を支え、その後の人生に自信と誇りを育てていきます。

一人一人がよりよく生きていくために「心の持ち方を共に学ぶ」ことは本来の学校の本質でもあり、学校が子どもたちの心の楽園になることで未来の社會もまた変わっていきます。どのような社會にしていきたいか、どのような思い出を残していきたいか、それはどのような教育を志していくかに懸かっています。そしてそれは日々の学校生活を通して培っていくのです。

自分たちの生き方や背中が子どもたちの心のそのままに反映していくからこそ、私たち大人はその生き方や生き様を磨き上げていくことを已めてはならないように思います。

今回は改めて教育のありがたさ、教育者の生き方を考え直すいい機会になりました。

引き続き、子どもの憧れる生き方働き方の理念を実践して子ども第一義の理念を優先していきたいと思います。

運のいい人

現在のパナソニックの創業者、松下幸之助氏は人を採用するときに運がいい人かどうかを基準にしていたといいます。「あなたは運がいい人ですか?」という質問で運が悪いと答えた人はどんなに優秀な人でも採用しなかったといいます。

それにはこだわりがあり、松下幸之助氏はこういいます。

「わしは運命が100%とは言っておらん。90%やと。実は、残りの10%が人間にとっては大切だということや。いわば、自分に与えられた人生を、自分なりに完成させるか、させないかという、大事な10%なんだということ。ほとんどは運命によって定められているけれど、肝心なところは、ひょっとしたら、人間に任せられているのではないか。」

この「運のいい人とはいったい何か」ということです。

人はどこで生れ落ちるかも性別もどのような姿で出てくるのかはわかりません。与えられた場所で与えられた役割を果たして地球の中の生命の一つとして循環していく存在ともいえます。

自分に与えていただいたものを選んでいる人というのは、自分を誰かとの比較によって運の良し悪しを判断していくものです。どんな天命があって何をするのかは自分ではきめられないのだからそこに不平不満を言っても仕方がないともいえます。

運が悪くなるというのは、自分の運に対して素直になれず不足ばかりを思うことで運を高めたり伸ばしたりすることができなくなります。実際に運を伸ばす人はどのような境遇にあったとしてもそこに幸せを感じて豊さを周囲に広げていくものです。

もしもそういう人が集まれば、自然界の豊かな生態系がイキイキと働くように幸運の楽園ができていきます。もしも不平不満ばかりを並べてはいつまでもないものばかりを数えてあるものを観ようとしなければ運が悪くなっていくものです。あるがままの生き物たちは生きる力があり元気があります。

天が与えてくれる機会やご縁に対して謙虚に「何を教えてくださっているのか?」と自分自身を見つめる人は運を伸ばしていくことができます。そしていつもその自分に与えられた運に感謝できる人は運を高めていくことができます。

運のいい人というのは、なんでも自分がやったとは思っていません。それは出来事は運に由って行われその運に対して学んでいく人であるから自他ともに運のいい人になるのです。だからこそ自分は運がいいと言える人は、どんなことからも学び成長して道に入り目的を成就させていくように思います。

そしてその運の要素として運を「待てるか待てないかは信じる力に由る」ように思います。その信じる力がある人は運のいい人であり、信じることができない人は運を活かせない人ということになります。運を伸ばし高め活かせる人、つまり運を信じて待てる人こそ運のいい人であり、きっと松下幸之助氏はこの運のままに生きた生き方を貫かれた人物だったのではないかと私は感じました。その運を待つためにする努力こそ、人間に与えられた精進ではないかと思います。

最後に松下幸之助氏のことばです。

「成功は自分の努力ではなく、運のおかげである」

運の御蔭であるといえる人生は幸福です。子どもたちのためにも引き続き運命に対して選ばない生き方を実践して信じる背中を見せていきたいと思います。

いのちの智慧

聴福庵の土壁の打ち合わせを伝統の左官職人さんたちと一緒に行いました。土壁の修理はこの古民家甦生はじまってからの念願であり、呼吸する家にとっては土壁の存在は欠かせないものです。

現在は、ほとんど化学合成のクロスやコンクリートなどで家の壁面を内装していますが風土や気候のことを考えれば高温多湿の日本では土、紙、木がなければ快適に過ごしていくことができません。

化学合成のクロスや石、プラスチックは水をはじくので常に乾燥させるために空調を運転させていなければなりません。そして密閉空間にして水が外から入ってこないようにしなければなりません。

先祖の建築における智慧はもともと快適かどうかもありますが、どれだけ永く持つ建物にするかということも大切になっています。数十年程度で腐食し倒れてしまうようなものを先祖は建てようとはしませんでした。子孫のことを考え、代々家がない暮らしをしなくていいようにと自分たちの代を真摯に発展させ次世代へと譲っていったように思います。

だからこそどのように生きるのか、何をするのか、そのようなことを家を中心に組み立てたように思います。

昔の家屋は確かに隙間風が入ってくるし、冬は寒いです。しかし冬には囲炉裏の火を囲み煤で家屋を燻製にして腐食を防ぎ家を生き永らえさせます。もしも燻すのをやめて空調にすれば燻されない家屋は傷んでいきます。そしてもっとも蒸し暑い夏には風を通すことで家を新鮮に保ちます。春はその煤や埃を落として水気が家屋に溜まらないように清潔にします。秋は、冬の準備に建具の入れ替えと合わせて掃除をします。

民家での暮らしで観えてきたのは、一年間の四季を通して日本家屋を維持する知恵にあふれているということです。その季節季節に暮らしを維持するのは、日本の気候風土に合わせて家を守っていく智慧であるということです。

今の家は人間の都合で建てる建物ばかりです。しかし先祖は、太陽や月を眺め自然の四季折々に暮らしにつながるように建てていました。それはいのち永らえる智慧、無病息災に生きる智慧、家や道具を長持ちさせるための智慧、豊かな人生を送るための智慧が凝縮されてあったのでしょう。

世界には多様な風土があるような多様な智慧があります、確かに西洋から入ってくる新しい技術や智慧もどれも目新しく感じられ感動するものです。しかし日本古来からのこの日本風土で醸成された智慧の偉大さはこの民家での暮らしによって改めて目覚める思いがします。

子どもたちに日本の伝統文化が伝承できるような場を引き続き醸成し、暮らしを見直していきたいと思います。

暮らしの見直し~火の智慧~

聴福庵のトイレの壁紙は手漉きの和紙にしましたが、他の木の部分は渋墨を塗りこんでいきました。この和紙と渋墨のコントラストと香りが味わい深く、心地よい空間ができあがりました。自然物の色合いは化学塗料の色合いとは異なり、和かい雰囲気がでます。

今回、用いた渋墨ですがこれは松の木の煤と柿渋を混ぜてつくられます。効果は防虫防腐の効果があります。以前、竪穴式住居のある遺跡を訪問したときも真ん中に囲炉裏がありそれが家全体を保ちました。煤竹などもそうですが、数年でなくなるはずの竹が煤竹になることで百年以上、数百年形をそのままに保ちます。

燻製と同じ仕組みで細菌やカビが寄り付かず、さらに外気からの風化を遮蔽する効果もあるのです。囲炉裏で家を燻すのは病気の予防でもありました。ウイルスや細菌は煤を嫌いその空間の中に長く留まることができないのです。寺社仏閣では線香や蝋燭によって空間を清潔に保ちますし、僧侶や山伏もまたその煤を身体に纏っていることで病害虫から身を守るのです。

この煤で身を纏うことの智慧はその後塗料として室内装飾にも活用されていきます。書家が用いる墨汁もそうですが、煤を使えればあらゆるものを長持ちさせていくことができるのです。それが次第に着物や室内装飾にも活用されていきます。

民家が長く続き、古民家として維持するためにはその家が自然淘汰の仕組みの中でもいのち永らえる智慧がなくてはなりません。特に日本のような高温多湿の風土の中では、この火と煙、煤、炭、灰、といった火の智慧が必要なのです。日本は水が多く、水気がありとあらゆるところにあふれている風土の中にあって如何に「水と火の調和」を工夫し施すか。それが私たちがこの風土の中で末永く暮らしていく智慧であったのは間違いありません。人類はこれらの智慧を働かせることであらゆる環境に適応していったのです。

現代は風土を無視して昔の智慧を暮らしから排除していますが、風土そのものは以前から何も変わっていません。変わったのは風土を無視した人間が変わっただけです。何百年も何千年も、この地は緩やかな変化の中で周りの動植物は風土の智慧と一体に生きてきました。私たちはこの風土の中に如何に共に生き延びるのかを工夫してきたのです。

近代化という歴史の中で、電気やガス、石油を使って無理矢理に人間が風土を無視して人間の快適さを追求したことで様々な公害や問題が出てきています。温暖化や環境汚染の理由はすべて人間が巻き起こしたものです。その対処療法にかける税金や子孫への負担はますます大きくなりもうほとんど手の施しようがなくなってきています。

私たちの世代はもう数十年で死にますが私たちの子どもたち、そしてその子どもたちの時代はどのような風土環境が残されているでしょうか。それを思えば、いつまでもこの美しい風土をそのままに譲りたいと願うのではないでしょうか。

日本を変えるのは一人ひとりの暮らしを変えることです。

先祖たちから生き方やあり方を学び直して今の世代の責任者として自分のできるところから暮らしを見直し、暮らしの改善を進めていきたいと思います。

 

 

 

智慧の甦生

時間をかけてゆっくりじっくり少しずつやるというのは周囲への思いやりにもなっています。私は性格上、昔は勢いで一気にとやっていましたがその分、周囲の人たちにたくさんの迷惑をかけました。今でも、時には癖でそうなることもあるかもしれませんがそういうときこそ急いでいないか、焦ってはいないかと気を付けるようにしています。

自然の力を借りるとき、何よりも必要なのはこの「ゆっくり」ということです。そしてそれを受けてこちらは「じっくり」というものがいいように思います。英語ではスローだとか言われますが、これは私にとっては自然の流れに従い、自然の流れに沿うということです。

しかし実際には今は、タイムスケジュールで世の中は動いていて自然とはかけ離れたところで時間は流れています。そのせいか、すべての行動や時間が人間都合になってしまっていて誰かに合わせて日程を調整しなければならないためそれぞれに自分の時間を取り合っているようにも思います。

かつては自然の四季のめぐり、悠久の変化に合わせて人間側が合わせていましたから地域でのお祭りや行事、農事なども一緒になる機会が多かったように思います。これは人間に限らず、あらゆる草花や動物たち、昆虫たちとも自然のめぐりの中で出会って共に感謝の暮らしを味わってからのように感じます。

季節の室礼についても、室内に四季への感謝を取り入れることで人間都合の時間の流れに対して自然の流れを忘れまいとした先祖、もしくはそのころの懐かしさを味わい豊かな情緒を楽しんでいたのかもしれません。

梅雨になれば梅雨の情緒、花鳥風月の美しさが彩られていきます。それはすべてにおいて自然の流れの中で同時にいのちが時々の自然と調和していることを意味します。

私たちは今一度、人間だけが進めてしまっている時を見つめ直し、そして進みすぎてしまった文明を省みる時期に入っているようにも思います。日本は世界の役割の中で必要なのはこの自然と共生し暮らしていく智慧の甦生ではないかと私は感じます。

引き続き子どもたちのためにも、智慧の甦生につとめていきたいと思います。

継承の価値

聴福庵で用いるクルーの羽織を今に合わせてデザインするために福岡県八女市にある久留米絣の老舗、織元の下川織物を訪問するご縁がありました。久留米絣の開発者の井上伝のことは以前のブログで書きましたが、今回はその久留米絣を受け継ぐ下川織物の2代目当主の方にお話をお聴きし工場の見学をさせていただきました。

この下川織物の理念は、『創業者の下川富士男の言葉「百年続けて一人前 を実現すべく百年続く仕事に取り組む。 世界に誇れる織物の追求。 人と人とのつながりが百年企業を実現させる』というものです。その百年企業を実現するために重要なテーマにしているのが、「循環」と「鮮度」であるといいます。また従業員を大切にし、家族的経営を目指しているというところにも私たちと似ているところもあり大変共感しました。

現在では世界各国から毎週のように訪問客があるといいます。先日も、海外のデザイナーが一か月間ほど下川織物で用意したゲストハウスに滞在し協働で久留米絣を使って製作したものをパリコレクションに出展したといいます。

この久留米絣の魅力、日本の発酵による染めや反物の美しさに魅了された世界各国の最先端で活躍する技術者たちもまたこの日本の職人文化の技の秀逸さに驚かれるそうです。

今回のお話でとても印象的だったのは2代目当主の語られた「継承」のお話です。

『ここの工場では、TOYOTAの2代目社長が発明した織り機が用いられ日々に織り込まれています。その2代目社長は生前、いつかガソリンを使わない車、水で走るものを発明したいと仰っていたがそれが今では水素で走る自動車の実現まで辿り着いている。あの当時は夢物語でもそれを継ぐ人がいたから夢が実現したということ。またHONDAの創業者、本田宗一郎もいつか飛行機のエンジンを作りたいと夢があってそれを継ぐ人があったから遂にHONDAは飛行機を飛ばすことになった。夢の実現にとってもっとも大切なのはこの継いでいくということです。』

一代では叶わなかった大きな夢も、その夢を継ぐ人たちによっていつの日かその夢が実現していくという事実は私たちに大切なことを教えてくれます。

伝統というものは、何よりこの継承することによって力を発揮します。継いでいくというのは本来何を継いでいくのか、志を持つ人たちが道をつなぎ、志によってその糸は織り成していくということ。改めてこの継承するということの偉大さを教えていただいた気がしました。

志もまた同様に様々な経糸と横糸を結び合わせて一つの偉大な反物に仕上がります。それをどのように見立てて仕立てていくか、それはその価値を甦生する人たちのお役目でもあります。

古きを温め新しくデザインされた聴福庵の羽織を纏う日が来るのが楽しみです。引き続き子どもたちのためにも、私たちも循環と鮮度を磨き上げていきたいと思います。

和魂の系図~菅原道真公~

天神祭りに合わせて菅原道真公を深めていると、遺した足跡や和歌からその人柄の純粋さが観えてきます。今でも人々に敬慕され、信仰されるのはその純粋な生き方に共感するところがあるからかもしれません。

今では法律や常識、大多数の正義ばかりがマスコミで論じられ、視野の狭い価値観の固執による正義ばかりが取り立てられますが人々の心の奥にあるお天道様がみてくださっているという正義を菅原道真公の生き様の中に共感したのかもしれません。この正義は吉田松陰のいう大和魂のことです。日本人はみんなこの大和魂を心の根っこに持っています。

本来の正しいことは、誰かが決めた正しいではなく純粋に自分らしく生き切った純粋性の中に宿るように私は思います。純粋な真心や、純心の祈りの中には大義があります。その大義に生きる姿に人々は感動し、そういう人をいつまでも大切に語り継ぐのでしょう。

菅原道真は北野天満宮に「文道の大祖・風月の本主」と示されます。これは菅原道真公のことを「和魂漢才」といって日本人のままに中国からの文化を融和させ温故知新させた方だとするからです。異なる文化を学び、その異なる文化を和する力。それは自国の歴史と文化の誇りのままに他国の文化も受けいれていたということです。

これは今の時代においても西洋文化が流入していく中で、西洋になるのではなく和魂洋才を発揮することに似ています。この和魂は大和の心、つまりは日本古来の日本人の精神のままに異なる文化を融和して新しい日本の文化の一つにするという進化の業です。平易にいえば、才を正しいもの(誠)のために活用するということです。

菅原道真公はその根底の大和心によって日本の歴史の大事な局面において学問を究めそれまでの初心道統を継ぎ、才を政治利用などせず、誠を貫き、その当時の人々だけではなく日本人に誇りと自信を甦生させた人物だったのかもしれません。

異なる文化が入ってくることは勉強になりますが、当たり前になっている自分たちの文化を軽視しその価値を忘れてしまうことほど多様性は失われていき文化は衰退していきます。

自分たちの根底に流れる文化を見つめ直しその文化の価値を温故知新し甦生させ続けてこそ一つの世界の中で人類の一員としてのお役目を果たしていけるようにも思います。そう考えてみればなぜ幕末に松平春嶽が城下の寺子屋に菅原道真公を祀り学問を奨励したかが直観できます。日本人として何を守り何を変えるか、それを忘れることのないようにという誠の学問を奨励し、本質を間違わないようにと先人の智慧を活用したからかもしれません。

私も今、まさに世界のために、日本のために、子どもたちのために変えてはならないものと変えなければならないものを分別し、何を守り何を新しくするかに没頭しています。まさに人類が才(文明)によって滅びそうな現実を目の当たりにしたとしても、決して留めおかまじ大和魂の思いです。正義を貫く勇気が欲しいと願えば時空を超えて先祖と邂逅します。

この菅原道真公が今もずっと私たちを見守ってくださっていると背中で感じつつ、残りの人生を本業に努め、初心伝承に命を懸けて挑んでいきたいと思います。