暮らしの再生~生き方の再生~

町家の再生をする中で昔の人たちは「職住一体の暮らし」を何よりも優先していることに気づきます。なぜそれを優先するのか、それは生き方が関係するからです。

本来。日本人らしい生き方があってそこに暮らしが付随しますから、かつての日本人の生き方を学び直すためにも暮らしの再生は欠かせません。今のように伝承されにくい時代になっているからこそ、遺していただいたものと対話しそれを再生させていかなければなりません。

私が定義する「暮らし」はその人が何を大切に生きていくかの初心のことであり、初心を実践する日々の人生道場でもあります。もしも初心が実践できるのなら自ずから暮らしは安定し、暮らしは自ずから充実していきます。

人は何のために生きるのかを突き詰めていけば必ず暮らしを見つめる必要が出て来ます。自分が何を大切に守るのか、その守るもののためにも暮らしがあるのです。

例えば、感謝の心を忘れないと決心した人が日々の生活の中でどれだけ感謝に包まれて生きていくか、そうした実践を通して道具も集まり、人も集まり、場が出来上がっていきます。その場は感謝の場であり、その感謝の場という暮らしがはじまります。

一たび暮らしがはじまるのならば、その暮らしそのものがその人でありその人が暮らしそのものになります。

そして今、再生している町家というものは職住一体でできています。なぜ職住一体であるのか、それは生き方と働き方が分かれていないからです。この生き方と働き方の一致こそが「暮らし」として顕れ、その暮らしが発展するのはその人がそれを実践して怠ることがないからです。

そして暮らしを実現するのは、まず理念や初心を定めなければなりません。何のためにこれをやるのかといった初志と動機を定める必要があります。それがあってはじめて「暮らし」となりますから、自ら日々に省みて己に打ち克っ実践ができているかどうかを大切に過ごしていくことが豊かな暮らしを実現させていくのです。

もしも理念や初心などとかけ離れてしまっている生活はとても暮らしているとは言いません。暮らしはその人そのものですから、暮らし方にこそその人の生き様が薫るのです。だからこそ大事なことは、常にどんな時も理念と初心から離れずに生活することが「暮らしの再生」なのでしょう。

引き続き、暮らしの再生を通して子ども第一義の実践を積み重ねていきたいと思います。

 

永遠の物語~魂の綴り~

加速度的にスピードが増していく時代、それは何でも捨てていく時代だとも言えます。一体何を捨てているのか、それは物語を捨てていくということです。日々の暮らしも永い目で観てどのように暮らしていくかを省みるのではなく、刹那的な目でその場しのぎでこの一瞬さえ乗り切ろうとすることを繰り返しているようにも思います。

本来、今立っている場所をよく観直すと今まで久しく紡いでくださった時間の重みを感じるものですがそれをも感じることがないくらい目の前のことに追われていく日々を人々は送ります。

この目の前に追われていく忙しい日々になったのはなぜか、今の心の問題や社会問題もここに集約されている気がします。

昨日、クルーのみんなと一緒に福岡県八女市の福島地区を見学する機会がありました。その中でかつてのものをかつてのままに修復し修繕しながら町屋を再生していく姿を観ました。

簡単に新しいものに換えてしまうのは歴史がなくなってしまうからと、本物のままに遺そうと工夫を凝らしてパッチワークのように古材を活かしながら修理をしていきます。これは単に古いものを守ろうとしているのではなく、物語を守ろうとしているのだと感じます。全ての”もの”には記憶があります。それは一緒に暮らしていく中で、関係性や御縁の中で同じ時を共にした大切な思い出の存在だとも言えます。

だからこそその物は単なるモノではなく、その物には掛け替えのない一期一会の物語があります。物語があるということは無機質の存在であってもいのちが宿っているとも言えます。例えば何百年も前からある柱に子ども達がせいくらべをした痕跡があったり、屋根裏に隠した落書きがあったり、道具一つにはその時代を共に生きた人たちの魂の痕跡があります。その痕跡と共にあるものは、その痕跡の御縁に今も結ばれているとも言えます。

そうやって愛し愛されたものの思い出は時代を超えて今に伝承されていきます。そのものの物語を新しくその物語の続きを綴るのが私たちの存在そのものでもあります。

昨日の振り返りで特に印象深かったのが、今の時代ではもう素材が手に入らず修理できないまま壊れているものがあるという話です。それをどうするのですかとお聴きしたら、「材料がないからこのままにする、後は来世の楽しみにとっておく」と仰っていたことです。

今世でそのものを修理できなくても、来世生まれ変わったら修理してあげたいと願う心。思い出を大切にして何度もその思い出と触れていきたいと、いつまでも感じる心の中に魂の邂逅と勿体なく生きている人間と先祖たちの生き様が観えてきます。

来世もあるからこそいい加減な関わりは持つまい、そして捨てるのではなく大切に物語を紡いで綴りたいと感じるのです。この魂の綴りこそ時を超越して悠久の中でご縁に活かされる豊かで仕合わせな暮らし方の証明だと私は思います。

勿体ないという言葉、おもてなしという言葉、真心という言葉、それは全ての中心に「物語」があるということです。物語がないものがないからこそ、どんな物語を温故知新していくかは自分の生き方次第です。

悠久の時の流れの中にある今の御恩に報いられるよう、また来世の子ども達のためにも全ての機縁から学び直して紡ぎ直して永遠の物語を語り続けていきたいと思います。

歴史との対話~先祖になること~

古民家再生を手がけていく上でいつも感じるのが先人たちの暮らしを感じることです。現在は文字を使って文章で物事を伝えようとしますが、先祖たちはそのほとんどを文字ではなくそのものと対話をして伝承し続けてきました。

例えば、古民家であれば家の柱と対話し先人がどのように組んだのかをその意味を感じ取りメッセージを感受しました。他にも生活の道具一つであっても、大切に使われてきた道具が何に使用されたのか、どのように物と接してきたかのメッセージも感受しました。

この感受したというのは、その物との対話をして直感していくものです。現代は、そのものとの対話をしないですぐに理解しようとします。説明書やマニュアル、文章がなければ使い方が分からないとしすぐに投げ出してしまいます。これは生き方の変化であり、そのものと対話をして感受感得し深めるということなしに簡単便利に誰でもわかるようなものが人気があります。勉強をするのもさせるのも速効性があり、すぐに誰でも平均化できるものがよく売れています。

しかし本来、その物の由来はかつての先人や先祖の恩徳そのものでありその方々がどんな真心や思いでそれを遺し歴史を紡いできたかというものを伝承するのが子孫の勤めでもあります。

それは決して簡単便利に平均化されたものを単に使えばいいのではなく、そのものの真価に触れて今の時代ならその真価をどのように再定義して活かそうかと温故知新することが今を生きる私たちの本来の使命だろうと私は思います。

そうやって伝承されていくのが文化であり、文化のない単なる文明の利便性だけを追求するのなら歴史と対話することがなくなってしまいます。なぜ歴史が必要かということが分からないで今を生きているというのは誠に滑稽な話です。この歴史というのは、そもそも先祖と対話をするために遺すのです。私たちは歴史に触れることで今を感得し、今の自分があることの意味を知ります。知識だけが膨大に増えて何でも分かった気になり知ったかぶってみても、その本質を感受感得していないのはスキルだけが上塗りされる中身のない薄っぺらなものです。

歴史を学び直すのは、歴史と対話していくことです。そして歴史と対話することは、先祖になることです。

先祖の暮らし方に触れ、先祖たちは子ども達を深く愛している真心や愛情を感じない日はありません。先祖たちが子ども達のためにと実践してくださったこと、里山然り、古民家然り、自然に逆らず福を惜しみ少しでも子孫へ渡せるようにと気遣ってくださった姿に恩徳を感じます。

子ども達である私たちが歴史と対話し感受感得するものは先祖たちの恩徳であるべきでしょう。

私も先祖の一人として、先祖として子ども達に生き方を譲り恥ずかしくないような暮らしを実践していきたいと思います。子ども第一義は、実践躬行にこそありますから引き続き家から生き方を立て直していきたいと思います。

 

内的生産性

先日の理念研修の中で「内的生産性」という話をお聴きすることがありました。生産性という言葉は、産み出す力のことで如何に生産性を高めるかということが組織の課題だとも言えます。一人ひとりの生産性が高まれば高まるほどに組織は生長し、生産性を上げていくことができるからです。

この内的生産性というものは、一般的には「意識」ともいいますが動機やモチベーションのようにも使われます。それに対し外的生産性というものは「行動」であるとし、如何に実践により成果を出していくかというものです。

この意識と行動というものは、一人の中で完結する場合もありますが組織においては役割分担をすることでそれが相補作用を行うこともあるのです。

例えば、ある組織のリーダーがポジティブ思考を持っている人であったとします。するとそのリーダーの意識が全体の組織に与える影響は大きく、失敗を怖がらず成長を愉しみ、また悪いことも善いことへと転換しますからどんな出来事もチャンスに換えて挑戦していくことができるものです。この反対にネガティブ思考を持っている人だとすると、その影響は先ほどのことと逆に事が起こってきます。

先日、ある映像の中で拝見したのはある御店の店長をした方が重度のハンディキャップを持った方でしたがその方の笑顔で周りのみんなが元気になるという御話でした。その方は具体的に身体を動かし外的生産性を産み出せないように見えましたがその人の存在自体が産み出す内的生産性によって周りが動機づけられ相乗効果を産み出しているのです。

この「笑顔」一つが与える影響を観るとき、笑顔が持っている内的生産性の価値に気づきます。自分の意識が与える影響を知る人は、周りを活かし自分を活かすことができる人です。

このことからもわかる様に一人ひとりの意識というものは何よりも重要であり、自分くらいという意識が全体に与える影響は大きいのです。自分勝手に我儘に自分の保身ばかりに視野狭窄になっているとその意識が周りを辛く苦しいものにしてしまいます。貢献というのは、自己内省による克己の実践をすることではじめて共生の価値に気づくものです。だからこそそれぞれ一人ひとりが自分の意識に責任を持つことで生産性というものは確実に高まるのです。

自分が何もできないからやらないのではなく、自分のできることで何でも貢献しようとするその意識、たとえできなくても少しでも力になりたいと発奮し協力して御互いに必要とし助け合い見守り合うからこそそこに確かな行動が生まれ本当の生産性が発揮されていくのでしょう。

だからこそ組織のリーダーは、そう思えるような組織にしていく必要があります。愛し愛し合う組織というものは、御互いを大事に思いやり御互いに大事にしたいと思える居心地の善い場を創っています。

引き続き、内的生産性の価値を深めていきたいと思います。

 

職住一体

町家の再生をしていると職住一体という言葉に出会います。今の時代は職住を分けて生活をしていて、よくビジネスとプライベートは違うという言い方をします。特に最近ではメリハリをつけてというように、あくまで仕事は仕事、私生活は私生活というように分けなければ問題になっていたりします。

しかしかつての私たちの先祖はどのように暮らしてきたか、それは生活の中に仕事があり、それが分かれていたことはないとも言えます。今のように金融を中心にした社会が形成されると暮らしや生活のみが切り離されて働くことだけになってしまうのかもしれません。日本人はよくエコノミックアニマルと海外では称されますが、これは働くだけで暮らしをしていないという言い方をされていることです。

改めて職住一体について少し深めてみようと思います。

そもそも職住一体とは何か、昔でいえば農家や商人などは暮らしの中に仕事がありそれを分けることなどありませんでした。農家であれば土間を使って仕事をしたり、農作業を共にする馬や牛なども家の一部に一緒に住んでいました。また商人についても、店先というのは路地側のところを開放しそこで商いを行い家の奥の方で暮らしを営んできました。本来人は、暮らしを立てるために農を行い商を行ってきたのです。

昔は大切な守るものがあって、それを守るために暮らしを立てていました。本来の守るものとは、それまでの先人たちの生き方であってそれが暮らしを通して伝承されてきたとも言えます。それが今は間違った個人主義が蔓延し、自分さえよければいい自分のことだけでいいと、守るものは自分となってしまう風潮もあります。

家というものを守るというのは、単に家系を維持すればいいのではなくその家の理念や初心を守っていくということです。その一つ一つの暮らしの中に、その家の理念が隠れているとも言えます。家を感じるとき、暮らしを見つめるとき、私たちはその先人の理念に触れているのです。

職住一体というのは、自他一体と同じく分かれていないところに立ってみて気づく境地でもあります。どんな理念を築き上げて、どんな理念の実践をしていくか、それが家の定義なのです。

家になるというのは、理念を実践する家族や仲間と共に暮らすということです。一家の一員として、如何に理念をカタチにしていくか、生き方を見つめ働き方を改善していくか、それが職住一体ということだと私は思います。

引き続き、家としての本命を深め新たな暮らしを温故知新するため毀すものは迷わず毀し、日々新たに創造していきたいと思います。

似て非なるもの

先日、似て非なるものについて書きましたがこれはどの分野においても発生しているものです。例えば、自然農でじゃがいもを収穫しましたが全体的に丸く小ぶりなものばかりです。スーパーで買えばどれも大きく長い形のものが多いですがそちらの方が昔からあるじゃがいもと思っているものです。世間で流通し、いつも見ているものが本物というように思いこみます。

またこの場合の農の在り方も異なります。同じ農業であっても、そもそも野菜は育つものと信じて手入れをしていく考え方と、そもそも野菜は育てるものと信じて手入れをするのではそのかかわり方が異なります。

現在の慣行農法で肥料農薬と機械を使って行う方法から見れば、手で草を刈って被せて余計なことをなるべくしないのをみると、あれは農業ではないと言われるものです。しかし本来の日本人古来から野菜の姿というのは変わっていないものです。その野菜の姿を変えてまで収穫量を変化させようとするのは、どちらが本来の農業であったかは野菜を観れば明白なのです。

これは教育でも保育でも同じことだと私は思います。

昨日、ある人と話をする中で子どもの発達を信じ関係性を見守る保育をプレゼンしたところある大学の教授から「こんなの保育ではない」と言われたそうです。何をもってその言葉を言ったのかの真意が分からないのですが、きっと先ほど書いた農業の定義、慣行農法と自然農の違いを認識することと同じようなことが起きたのではないかと感じました。

もちろんどちらがいいとか悪いとかを議論しようとしているのではなく、野菜の姿まで変えていいものか、子どもの姿まで変えていいものかということに疑問を感じているのです。

本来の姿が合って、その本来の姿のままに育ててあげることがそのものらしさでありそのものの仕合わせだとも言えます。無理やりに、こちらの都合で相手を変えてしまうことで相手は本来の姿や本来の生き方ができなくなるかもしれません。

自然界というものは、それぞれに活き活きと伸び伸びと自分らしさを発揮して天から与えられた役割を楽しく生き切っているとも言えます。そういう太古から今まで連綿と続いてきたいのちの連鎖や魂の邂逅、そういう仕合せを享受される場がこの地上の楽園であったはずです。

それを無理やりに姿かたちを換えさせ、本来のことができなくなるというやり方が御互いを尊重しているとは私には思えません。

詩経に「鳶飛魚躍」という言葉があります。これは「鳶(とび)は飛んで天に戻いたり、魚は淵に躍る」という言葉です。辞書には「万物が自然の本性に従って、自由に楽しんでいることのたとえ。また、そのような天の理の作用のこと。また、君主の恩徳が広く及び、人々がその能力などによって、それぞれ所を得ているたとえ。鳶とびが空に飛び魚が淵ふちにおどる意」とあります。

本来のそのものの姿を守っていくことが、太古の昔から大切に絆を守りながら共生した仲間たちとの暮らし方です。今のように何でも人間の思い通りに変えてしまおうとするのはとても傲慢なことだと思います。知らず知らずのうちに刷り込まれていないか、他にもおかしなところはないかと学び直し見直す自戒の日々です。

自然の姿を守ろうとすることが自然に逆らわないことであり、自然と寄り添い生きる謙虚な姿勢でもあります。日々はまさに選択の連続、自分の布置がどうなっているのか、刷り込みを憎み人を憎まず刷り込みを取り払って精進していきたいと思います。

人間同士の自然とは

古民家の再生を行いながら今の時代が便利な道具によって価値観が変容していることに気づくものです。昔は手間暇かかることを良しとしたのは、その方が豊かで仕合わせであることに気づいていたからです。

例えば古民家は夏は涼しいのですが冬はかなり寒いものです。今のように気密性が高く、断熱材を入れているような部屋ではなく、隙間風も多くまた壁もとても薄いものです。これでは冬は風がしのげるくらいで寒さは外と変わらないほどです。しかし、ひとたび誰かが来ると火鉢に火をいれ、豆炭で行火を用意し、半纏をそっと肩からかけてあげることができます。また温かい御茶と、やわらかいぬくもりの表情と言葉をかけてあげれば次第に心はあたたまってきます。

もちろん今の時代のように、暖房をつけ部屋全体を温かくする方法があります。しかしこの方法だと先ほどのようなおもてなしをする手間暇はスイッチ一つで完結してしまいます。もちろんおもてなしは暖房だけではありませんが、昔は心のぬくもりを感じられる人たちと、心のぬくもりを味わう人たちが多かったとも言えます。敢えて自然から離れず、自然に寄り添っていきていくことは決して便利なことではありません。しかしその分、謙虚に自然と共生しながら人間同士の中にある「自然」とも心で触れ合うことができたのでしょう。

人間にとっての自然とは私は「つながり」にあるとおもいます。そしてその人間のつながりにどのような心の触れ合いを見出していくか、そこに真の豊かさがあるように思うのです。

人間関係も同じく簡単便利にスイッチ一つで完結させていいものかと思います。今ではすぐに御縁に対しても切ったとか切るとか簡単にいいますが、本来の御縁は切っても切れないものです。その一つ一つに手間暇をかけるのは、心の触れ合いを味わうことです。

古民家再生をしながら、これは決して家や道具だけの話ではなく「もったいなく」生きていく生き方の再生だと感じます。

心を触れ合せていくことは、自然の姿です。どんなものとでも、どんな人とでも心を触れ合せながら大切にしていけるよう、暮らし方を学び直し改善していきたいと思います。

恩顧地心

昨日、久しぶりに故郷で旧友に会いました。もう18年前に、故郷で創業し不可能と言われてきたことをやり続けている方です。私たちの郷里は炭鉱で有名な場所で、一時期は日本国内のエネルギーの半分以上を担っていたこともありましたが今では石炭の需要の減退とともに衰退したところです。

栄枯盛衰というものは、時代によるものでいつの時代もこれは繰り返されているとも言えます。しかしそこに住んでいる人たちが希望をもって温故知新していくのならその場所はまた発展を続けていくのです。

しかし実際はバブル経済の時と同じように、「あの頃はよかった」と昔の思い出に浸るばかりで今をみようとはしなくなるものです。昔を思い出して懐古することは悪いことではありませんが、それにいつまでもしがみつくのは温故ではないと私は思います。

よくよく考えると衰退していくというのは何が衰退するのか、それは希望が衰退しているとも言えます。それは心の持ち方次第で、何をやってもうまくいった右肩上がりのサイクルから何をやってもうまくいかない下がるサイクルの時もあるのです。それは山登りのように上がるときもあれば下がるときもある。本来は、山を味わい上がっても下がっても愉しめばいいのですが、実際に人は下がることを嫌うものです。

下がり始めれば何をやってもうまくいきませんから、そのうち「どうせ無理」と諦めてしまいます。特に上がっていく人たちを羨み、下がっていく人を同情し、比較をしては嘆き節では決して主体的に自ら前進することもありません。

温故知新は、新たに価値を再定義することでもあります。

本来、何もないと思っていたものがもう一度見渡してもう一度見直してみれば魅力はいくらでも発見できるものです。昨日、友人が郷里の善いところを見つめその郷里に育ててもらった話をしてくれました。改めて自分がこの郷里をもう一度見つめ直すことからやり直し、ここから恩顧していくことを決めました。

改めて自分が育ててもらったことへの御恩にどれだけ感謝しているか、環境にお世話になってその環境が良くなっていくことがどれだけ有り難いことか。教育に携わりながら育ち育てられる環境が大切かはいつも感じているところです。

町づくりというものや、町興しというのは其処に住む人たちの生き方が決めていきます。自分が成長し成功し発展すればするほどに、環境に育ててもらったことへの御恩を感じます。そして人はその環境への御恩に対して御恩返しがしたいと思うようになるのかもしれません。それは言い換えるのなら温故知新ではなく、恩顧地心があるから郷里は継承されていくのかもしれません。

場というものの中にある深い慈愛、場の中にある有り難い関わり、それらを大切にいただいている御縁に感謝しながら少しずつでも明るく謙虚に素直に進めていきたいと思います。

似て非なるもの

昨日、自然農の田んぼの草刈りを行いました。この時期は初期の見守りの大切な時機で、1週間田から離れただけであっという間に稲だけではなく周りの雑草も勢いよく伸びてきます。肥料も農薬も使わない農法というものは、見守ることによって育つのを支えていく農法です。だからこそ、田んぼの中に入り自分の手と眼で触りながら稲の様子を一つ一つ確認していくことが自然農をするうえで何よりも大切なことです。

草刈りにおいていつも気づくことがあります。それは稲の周りにとても稲によく似た草が沢山集まってくることです。例えばイネ科のノビエ(イヌビエ)などは酷似しており、慣れていないと間違って稲の方を刈ってしまうこともあります。この稗(ビエ)は田植え前後に芽生えたらほとんど稲と同じサイクルで育ちます。さらに稲が刈り取られる前にすべて種を散らしますから毎年かなりの量の稗がまた翌年出てくるのです。初年度の取り組みのときはこれにかなり苦戦したものです。今では、苗の時にしっかりと関係性を築いてから本田に入れますから自ずから稲の気配のようなものも感じ間違えることが少なくなってきました。

しかしこの「似て非なるもの」が如何にこの自然界の摂理であるのかをこの時期はいつも痛感するのです。ほとんど見分けがつかないこの稲と稗ですが、実際は収穫においてとても大きな差が出て来ます。

この「似て非なり」という諺は孟子の言葉です。孟子は「似て非なる者を悪む。ゆうを悪むは其の苗を乱るを恐るればなり」といい、これを徳の賊であり道の人ではないと言います。似非(えせ)ものという言い方もここから来ています。

この孟子を引用し、佐藤一斎の「言志四緑」ではこう言います。

「匿情は慎密に似たり。柔媚は恭順に似たり。剛腹は自信に似たり。故に君子は似て非なる者を悪む」

つまり感情を表に出さない匿情は、慎み深い親密な様子に似ている。物腰柔らかく媚びる柔媚は、うやうやしく従う恭順の様子に似ている。剛情でいじっぱりの剛腹は、自分の力を信じて疑わない自信のある人の様子に似ている。それで孟子に、「孔子曰わく、似て非なる者を悪む」とあるのは、このことを言っているのであるといいます。

見た目がいくら君子に似せていても、当然その本質や中身は本物の修養と人格によって異なります。見た目君子や見た目良い人は今の時代、見分けがつきません。それだけスピード社会で情報化が進んで、時間をかけずに世間の評価や見た目で誤魔化しさも本物のように振るまいそれが本物に取って代わったような時代になっているとも言えます。先日からブログで書いている「家」のことでは、ハウスとホームの異なり、リフォームとリメイクも異なりと同じくそれが混同されて間違って使われているのと同じです。本や知識が横行し、頭でっかちになればなるほどに本能が減退してくるのでしょう。

だからこそ常に本質は何か、本物とは何か、そういうものを見極める目は自然の中に入ってこの「似て非なるもの」に気づく感性を磨くしかないと私は思っています。

 
また森信三先生はこう言います。「すべて物事は、平生無事の際には、ホンモノとニセモノも、偉いのも偉くないのも、さほど際立っては分からぬものです。ちょうどそれは、安普請の借家も本づくりの居宅も、平生はそれほど違うとも見えませんが、ひとたび地震が揺れるとか、あるいは大風でも吹いたが最期、そこに歴然として、よきはよく悪しきはあしく、それぞれの正味が現れるのです。」

古民家再生を深めていく中で、如何に近代建築が永くもたないことに気づきます。見た目の強度ばかりを誇り、実際に天災がくれば天災が大きかったからという。しかし何百年も今でも顕在する古民家のことは議論にもしようとしない。こういう浅はかな考え方が偽物をこの世にたくさん生み出していきます。偽物とは、歴史や自然の篩にかけられればすぐにバレます。こういうものを付け焼刃の刀とも言い、必ずメッキは剥がれるように思います。

後世の人たちにわらわれないように常に「似て非なるもの」を自戒し、本来の姿に立ち返り実践により本物になることを目指したいものです。子ども達は本物を直感的に察知しますから、その子どもたちに恥じないように着実に成長していきたいと思います。

 

誠の成長~いにしえのいま~

現在、古民家を復古創新に取り組んでいく中で日本文化について観直しています。今の時代は、どこか西洋が新しく日本が古いという考え方があるように思います。古いか新しいかという二者択一の分別されたものは所詮は新古です。温故知新というものの語るのはその新古の違いではなく、その中心にある繋がりやむすびのところです。

明治維新以降、日本はそれまでの日本文化の中に西洋の文化を取り容れるという時間をかけた進化を手放し、一気に西洋化するというように日本文化から西洋文化への入れ替えをしました。その際、今まで大切に紡がれ大事に守られてきた精神性やその生き方なども排除し、まったくもって西洋の考え方や精神性が優れているとし、無理やり総入れ替えを行いました。

それは今まで時間をかけてじっくりと日本の文化の中に取り込んでいくということで行われる温故知新の発達と発展を否定したものでした。そして今ではもっと早くもっと便利にと手っ取り早く手に入るスキル的なものばかりが価値があると思い込み、より一層、かつての日本の文化を否定するようになっているともいえます。日本文化は今、まさに消失の危機に瀕しています。

これは私たちの生き方や暮らしが変わってきたともいえ、それは学び方も変わったということです。例えば武士道といっても、今ではほとんどがそれが日常で語られることもなく、日本人が古来から大切にしてきた美意識や美学というものも今ではほとんど身近に感じません。

しかし古民家再生をしていく中で、いにしえの先祖たちと対話を続けているとそこに暮らしてきた人々の持つ高い精神性に触れる機会が多く出てくるのです。そこには何でも時間をかけてじっくりと取り入れて成長させていくこと、真の意味での成長と発展があり、まるで木々が年輪を経て大樹になるように確実に進化しているのを感じます。

本来の進化というものは、とってつけたような付け焼刃でするものではなく永い時間をかけて何度も振り返り自らを修養していきながら行われるものです。すぐにスキルに頼り、すぐに便利なものや楽なものばかりを探そうとするのはとても温故知新しているとは言えません。

温故知新の古さと新しさは、単なる古い新しいではなく古来の真心を持った人物が今の時代の成長に合致して自然に理に適ったものを創造するということでしょう。普遍的なものや本質的なものは、自然美が観えなければ知り得ることはありません。

自然の持つ変化と成長は、便利に楽にその場しのぎで行われるものではなく永い歴史と循環、そして順応と発達、発展により地道に行われるものです。それは私たちの行う理念の実践に酷似しています。

ちょっとずつ成長していくことは決して遅くてダサい古いことではありません。むしろその中で着実に成長するのならそれは温故知新しているということです。そういう観点は自然の中に入ることで気づいていきます。古民家や町家の中にある自然を感じる暮らしは、私たちに変化の大切さを教えてくれます。何でもスピードを出せばいいのではなく、自然循環の速度と合致することが「はじまりを知る」、いにしえのいまに触れることなのです。そういう日本古来の生き方や暮らしを繋ぐ存在によって子ども達にいにしえの初心は伝承されていきます。

もう一度、日本人の暮らしとは何か、与えられた機会に感謝して学び直していきたいと思います。