文化とは何か

「文化」という言葉は明治時代に翻訳された言葉の一つです。英語、ラテン語ではこれをcultureと書き、意味は耕すや洗練、また私の意訳では素養や教養、たしなみや心得ともいいます。企業文化などで語られる文化は、その組織の価値観のことであり一つの目的や理念に対して洗練されて創造されたその企業らしさを企業文化と語られるのかもしれません。

そう考えてみると、この文化というものはそのものが磨かれ洗練され創造された一つのカタチであるともいえます。これは企業に限らず、個人でさえ文化を持っていることになります。よく美術や芸術、もしくは造形のすべてにいたるまで私たちが鑑賞しているものはそのものの「文化」のことであり、その人物が思想や精神、その全生命を真摯に注入して具現化させたものを文化として認識しているということでしょう。

文化というものを考えるとき、それを創っている担い手は何かということになります。結果が大事なのではなく、その洗練される過程こそが文化育成そのものであり、如何に磨き洗練させていくか、その洗練する過程の中で人々はその文化に共感し、その文化が明確に外に顕れ現実の世界の人々に伝えることができるに至るのです。

例えば、人間には素養というものがあります。その人らしい天真を、如何に掘り下げていくか、如何に耕していくか、人間を磨き上げて人格を高めていくか、そういうものが文化です。

その人物がどのような文化をもっているか、言い換えるのならその人物の理念がどのようなものであるか、その理念をみんなで磨きあげていく中ではじめてその理念は顕現して周囲を感化するに至るのです。

人格を養いそして修めると書いて「修養」とも言いますがまさに文化とはこの「修養」のことであり、その人物たちがどのように修養したかが文化の証明であると私は定義しています。

これから文化事業を始めるにあたり私はこの意味をもう一度、展開していくなかでご縁ある人々と語り合い磨き合いたいと思うのです。

歴史を省みるとどのような時代もその時代に全生命あらゆるものを懸けて生きた人々の修養の洗練があったからこそ文化が今でも光り輝き歴史遺産として遺っています。その文化を観照するとき、私はその時代の人々がそうであったように、今の時代であってもそう生きたいと願い祈るのです。

かつての先祖のようなものが今の時代では同じようできなくても、今の時代にしかできない洗練されたものが創造できるはずです。それを自らの内面に見出し、かつての先祖の生き方に恥じないように文化を耕し、自分自身を掘り下げ、無二の初心を子孫へと伝承していきたいと思います。

低成長

「低成長」という言葉があります。言い換えれば、じっくりと少しずつ成長をするということです。急成長ばかりが良しと思われているグローバル経済の風潮の中で、敢えて低成長をするというのは勇気が必要かもしれません。

しかしよく考えてみると、どのような自然界にあるものでも急成長したものは必ず折れたり枯れたり災害にあって滅びたりと長続きしません。そもそも長続きしないものを目指しているところに問題があるのであり、結果主義の刷り込みが強くなればなるほどすぐに結果を求めては急に物事を進めようとします。

真田幸弘が藩主の時代、松代藩の藩政改革を担った恩田木工民親(おんだもくたみちか)の業績について記された書物に『日暮硯』というものがあります。それまでに取り組まれた様々な改革が失敗に終わる中、この恩田木工が行ったものは見事に改革を実現しました。

その恩田木工は、先ほどの低成長にこだわりじっくりと時間をかけて物事に取り組んでいきました。そしてその時のポイントは、下記の言葉に潜んでいるように感じます。

「総じて、人は分相応の楽しみなければ、又精も出し難し。これに依って、楽しみもすべし、精も出すべし。」

なんとかしなければとただ真面目に急いでやるのではなく、一つ一つを楽しみ味わいながらやった方がみんなも和気藹々と精進できる。ただ真面目にやるだけではなく、楽しくやっていくことが大事であると。

貧しいからと必死になっていれば余計に貧しさは身に染みるものです。しかし貧しいときこそ豊かさを味わいながら楽しくやっていく、言い換えれば大変だから早く楽になりたいから必死になるのではなく大変だからこそその一つ一つを内省し体験を深く味わい、みんなで学び直し磨き合いながら歩んでいく、その中に人生の歓びもあるということです。

例えば、自分が大変だから楽になろうではなく自分の体験が誰かの役に立てるのではないかと思うことや、忙しいから暇になろうではなくみんな忙しいのだから思いやりをもってみんなの力になろうとする方が歓びが増えていきます。

自分ばかりを気にして己自身の感情に囚われて悩むのではなく、そんな時こそ日々に体験しているご縁や学びに耳を傾けて聴いて福に転じていく豊かさを持ちたいと思うものです。

楽しいと楽(らく)は別物ですから、楽は苦の種になりますが苦しいは楽しいの種になります。楽しい種は、急ごうとする中にはなくじっくりと少しずつ時間をかけて取り組む中にこそあります。自分の都合で時間をなんでも早めないようにすること、己に克つとはそういうことです。

引き続き、苦楽一円観を味わいながら様々なものを転じて低成長を続けていきたいと思います。

真実の花

世阿弥に「命には終あり。能には果あるべからず。」があります。これは人間の命には終わりがあっても、能を極めるのは果てがないということを言います。人間も同じく、人間の命には終わりがあっても人間を極めることには果てがありません。

そのことを示す漢字に「修身」があります。この修めるというのは、果てがないものを極め続けるということです。人間はすぐにわかった気になってわかることが悟ことのように思い違いしますが、それは知識の上で知っただけでそれが極めたことではないことは明白です。

極めるというのは、極め続けているという状態のことをいい、それはわからないものをわからないままに深め続けて改善を繰り返しているということです。

マンネリ化というものは、少し慣れたものをわかった気になりきっとこうだろうと思い込み磨くことをやめ、改善することを怠るときに発生するものです。分かることやできることなどの結果に重きを置くのではなく、そのものを極めていこうとするところに人間精進の鍵があるように思います。

世阿弥の遺した「風姿花伝」には、自分の花を咲かせることを極めると示されます。これを森信三氏は「一個の天真を宿している」といいます。それぞれに天から与えられている花を咲かそうとすれば、極め続けてその時々の花を咲かせて人生を全うしていかなければなりません。人生の命には終わりがあっても、まさに生き方や道には終わりがないということです。

世阿弥は、その時々の花を咲かせることをわかりやすく整理しています。これは自分の人生を省みて感じた一つの指標であったのかもしれません。そしていつか極め続けて真実の花を咲かすように説きます。そしてそれが「初心を忘るるべからず」に続きます。

この真実の花は、果てがありませんから常に分かった気にならずに学び直し続けて一生涯を懸命に傾け続けていく覚悟が要ります。分かることよりも、修めようとすること、極めようとすること、そこには初心を持ち続けて命果てるまで道を歩んでいこうとする根があります。

根から養分を吸い上げてまた土に帰るまで、人はその時々で真実の花を咲かせ続けていくために一所懸命になるのが人間そのものの至高の姿ではないかと感じます。引き続き、子どもたちにその時々の真実の花のままで接することができるように常に真心と脚下の実践に精進していきたいと思います。

ダイバーシティ&インクルージョン

現在、ダイバーシティ&インクルージョンといって世界では多様性の確保とそれを受け入れ活かすといった包摂を行うことでどの政府や企業でも取り組まれています。これは急激な変化に対応していくためには、画一的な人材ばかりを持つのではなく多様な能力を持つ人たちが自分の持ち味を活かして協力し様々な変化に対して柔軟に対応していくために必要であると実感しているからでもあります。

特に価値観が入れ替わるような世界の大きな変遷時期において、イノベーションはどの組織においても最大の課題です。日本は老舗企業が世界でもっとも多く、常に時代の変わり目にはそれぞれに変化を続けて数百年の歴史を築き上げてきました。そこには当然先ほどのダイバーシティ&インクルージョンは存在していたはずです。なぜなら多様性や包摂というものは、かつての和魂漢才や和魂洋才のように和魂を醸成し渡来するのよき文化を自分たちの文化に吸収していくということを行っていく過程で磨かれるプロセスの一つであるからです。

しかし私は現在で取り入れているこのダイバーシティ&インクルージョンには疑問を感じることが多々あります。それはいろいろな価値観を受け容れて多様な人々を活かすといいますが、そこに伝統とか理念というものがなければ結果的には烏合の衆のように渡り鳥が自分のことだけを考えて移動するようになってしまうからです。

伝統や理念というものは目的そのものです。本来、老舗にはそれがあってはじめて多様性も包摂も活かされてきたのであり、そこが弱くなっていればただ混沌とするだけの組織で変化に強いようにみえて柔軟性は失われていきます。多様でなければならない、包摂していないと文句を言っていたらかえって組織も硬直してしまうからです。自由の問題と同じく、伝統が失われていくから自由や不自由かが目立ってくるのであり改めて自分たちの理念が何かということを定め、それを歳月を磨きあげてきた伝統の極みまで掘りさげて常に理念を甦生させ続けているからこそこのダイバーシティ&インクルージョンは実現するのです。

私が伝統にこだわるのは甦生のためであり、初心伝承のためです。

引き続き、子どもたちが安心して自分らしく生きられる世の中にするために知行合一、様々な実践をしつつ本質に近づいていきたいと思います。

 

 

自由という教材

自由というものを深めていると創造や独創という言葉を直観するものです。つまりは一人ひとりは天才であり、その天才が自分自身を発掘するプロセスにおいて自分なりの方法で自分らしい答えを創出していくということです。

とことんまで天命を追求していけば、自分にしかできないことに人間は出会えるものです。そのうえで、自分の実体験から考えたことはすべて独創的で創造的なものですからそのプロセスを重んじることで人生は唯一無二の自分自身に近づいていくように思います。

自由という言葉は、そもそも誰とも比較しないという前提があります。似ている言葉では私の解釈ですが、独立不羈なども同義であろうと思います。これは辞書をひけば「他からの束縛を全く受けないこと。 他から制御されることなく、みずからの考えで事を行うこと。」とあります。その本質は「自らものを考え、それを行動に移し、移した行動については自ら責任を持つ。それが、独立不羈の精神」です。

本来の自由の意味をどれだけ深く理解しているか、そのためには常に自分自身と向き合い自分自身の人生のプロセスを味わえる芯の強さが必要になります。

そこに本物の自己自立があります。

徳と才を兼ね備えるには、自分のかけがえのない人生を自分自身が主人公として磨いていかなければなりません。世間の常識に縛られたり、誰かの制約を受けたり、そういうものを乗り越えて自分自身であり続ける精進があって自由を満喫することができます。

誰かから与えられた自由や不自由にばかり囚われ、自分自身であることを忘れてしまえば本当の自由は遠ざかるばかりです。

如何に世界でたった一人の自分を仕上げていくかは、その人の生き方次第です。自由という教材は、それだけその人を磨くには都合の善い価値のあるテーマです。本来の自由にどれだけの子どもたちが気づき、それを自分なりに咀嚼して世の中に唯一無二の個性を発揮していくことができるのか。

私自身の人生のプロセスを省みながら、その文化や存在価値をどのように次世代へと継承していくのか、新しい時代の教育と学校というものの復古創新を同志たちと共に進めていきたいと思います。

自に由る

自由の森学園の学園祭に来て見学をする機会がありました。子どもたちがそれぞれに自分の個性を活かして学園祭を盛り上げています。若い時に、不自由と自由を体験することは自分の中にある本当の自由を獲得していくうえで大切な学びであろうと自分の人生体験から私は思います。

本来の自由の価値は、創造の中にありますから常に限界を定めず常識に囚われず本質や真実を掘っていくのはすべて自分自身を知ることからはじまります。

自由の森学園の教育理念は、日本の有名な数学者でもある遠山啓の思想の影響を受けています。その遠山啓は、数学のことをこう言います。

「数学は、人間と人間の集まりである社会とが、長い年月にわたって創りだした歴史的な産物で、計算術ではなく、ひとつの思想なのだ。」

その遠山啓は、近代の社会や教育のあり方に警鐘を鳴らし本来の子ども側に立った教育とは何かをその著書や言葉によって語られておられます。

「競争心を刺激する教育法は、たしかに手っ取り早く人間をふるい立たせる力を持っている。しかし、その反面、目標を他人におくために自分自身を見失うという欠陥をもっている。」(『競争原理を超えて』遠山啓)

「人間はひとりひとりがみな質的に異なった存在であり、したがって、比較不可能・序列不可能だと私は考えている。その不可能なこと、つまり、序列化をむりやりに行なおうとするやり方を、私は『序列主義』と名づけて反対しているのである。」(『競争原理を超えて』遠山啓)

この言葉を並べるだけで、何を言わんとしているのを直観できるものです。農業でも養鶏でも、野菜はみんな同じ形で同じ味、鶏も同じ大きさで同じ量の卵を産ませられ、少しでも平均から外れれば「異常」として排除していくという考え方、何が本来の異常なのかは誰でもわかります。本来は誰かによって自然の本質が歪められ、新しい常識を植えこんでいくことが異常なのです。

異常が常識に挿げ替えられ他と異なるということは自分も排除されるということになると、どんどん本来の意味での自由や個性が尊重されにくくなっています。個性とはそのものが持って生まれた質であり、先ほどの農業でいえば色々な個性の野菜がある方が質的に優れており工夫しだいではあらゆる料理にも活かせますし、養鶏ではたとえ卵を産まなくても卵を温めるのが上手な鶏があってもそれは同様に質的に優れているのです。

遠山啓はこういいます。

「こうなると、せまいワクのなかで、はやく答えがだせて、しかも、ミスをしない、というものがいちばん優秀ということになる。これにいちばん適しているのは官僚ですよ。官僚は必要なんだけれども、官僚に向いていない人間までおなじモノサシで測られてしまうのが困るんです。」

人工知能が出現した現代において、以上のような人間はすべて人工知能に代替わりされていくことになるでしょう。そうなると余計に、何のために学校にいくのかをもう一度考え直す時期に来ているのは明白です。

「おとなにはあまり期待がかけられない。まちがった教育でだめにされてしまっているからだ。しかし子どもにはまだ希望がつなげる。そのためには、いまのまちがった教育を変えて行かなければならない」

では、どう変えればいいのか、そこにもいくつか言及されておられます。一つは、「楽しくすること」であるというキーワード、そして他には「序列意識を持つな」というキーワードです。そして「「わからない」ということを、人前で堂々と言える雰囲気を作らなければだめ。」というキーワードです。わからないと言えるということは、学問を楽しみ自分自身であることが肯定されているという自信の姿になっているということであり、刷り込みを脱却できたということだからです。

最後に私がもっとも遠藤啓の言葉に共感するものを紹介します。

「創造ということは、がんらい、なみたいていのことではない。そのためには絶対に必要な条件がある。それは自由ということである。」(『子どもの側にたつ』

・・それは自由ということである。

自に由ると書いて自由ですが、まずは自分自身と深く対峙して自分自身を知ることが創造の第一歩であろうと私は思います。引き続き、様々な刷り込みを直視し学び直しながら復古創新していきたいとおもいます。

 

 

近未来の創造

先日、ある小学校で子どもたちに将来の夢について就きたい職業を書きなさいという課題があることを知りました。そこには、それぞれに将来自分が就きたい職業を書いて提出するものになっていて、子どもたちは経営コンサルタントやサッカー選手、ミュージシャンなど色々と書かれていました。

先生の課題のねらいまでは確認しておらずよくわかりませんが、今の職業が将来残ってという可能性が低くなっているのは世界情勢からもわかります。

グーグルの創業者で現CEOのラリー・ペイジ氏がファイナンシャル・タイムのインタビューの中で、「20年後、あなたが望もうが、望むまいが現在の仕事のほとんどが機械によって代行される。」 といいました。さらに必ず起こると断言していることは、人工知能の急激な発達により、現在日常で行われている仕事のほどんどをロボットが行うというもので、近い将来、10人中9人は今とは違う仕事をしているだろうと言っていました。

オックスフォード大学の調査でも、20年後には約47%の職業が機械によって代行されなくなっていると予見しています。

現実として、人工知能が出てきたことは間違いなく知識を使った労働に対して大きな変革をもたらします。人間が今までやってきたことを、力の部分だけではなく知識の部分、さらには智慧と呼ばれた部分にまで人工知能やロボットが肩代わりしていくという事実は、世界を席巻していくのは間違いないことでしょう。この良し悪しを人類が時間をかけてじっくり語り合うこともゆるされず、技術の急激な進歩はもはや誰にも止められません。

人間はまだその現実に心が着いてきておらず、多くの人はこの問題を直視しようとしていないことが多いように思います。しかし近い将来、10人中9人が他の仕事をしているという事実は簡単に予想されますから、あるかどうかわからない職業を求めるよりも如何に今の自分が自分らしく新しい分野を創造していくかと考える方が価値があるように私は思います。これを逆手にとって考えれば、機械や人工知能にはできない人間らしい新しい仕事を9人が開拓したということでもあるからです。

人工知能が出現しているすぐそこにある近未来において、果たしてどんな新しい仕事を創造していくか、子どもたちはそれを自由闊達に語り合い学び合い、未来を豊かに切り拓いていく存在であります。

だからこそ自分の実体験と人生経験で振り返り大切だと感じるのは、柔軟性や楽観性、また五感を磨いたり、遊び心を蓄えたり、さらには自国の独自の文化や、先人からの智慧に触れ、生き方を素直に学んだりすることが人工知能にはできない人間の持ち味の発掘になるように私は思うのです。

今の大人は現実を直視できないこともあるかもしれませんが、子どもたちは次の時代を生きていく存在です。その存在たちを信じて見守れるように、今、私たちが何をなすべきか、心とよく正対し向き合う必要があると私は思います。

自分のことばかりを考えて疲弊するのではなく、もっと豊かに未来に何を譲り遺していきたいかを語り合いそのために今を大切に遣っていくことが未来の子どもたちを助けることになるように思います。

先祖たちが何代もあとの子孫たちのために木を植え続けたように、私も今の時代の木を植え続けていきたいと思います。

 

ボタを拾う

昨日は知人と一緒に、郷里のボタ山周辺で石炭を拾ってみました。石炭とは、数億年前の植物が完全に腐敗分解する前に地中に埋もれ、そこで長い期間地熱や地圧を受けて石炭化したことにより生成した物質の総称のことをいいます。

今では見たことも触ったこともない子どもたちも増えていますが、少し以前まではこの石炭が燃料やエネルギーとして私たちの近代化の発展を支えていた材料でした。石油も化石燃料ですが、この石炭もまた化石燃料です。豊かな湿地帯や水辺、砂や泥が多いところに巨大な森があったところから石炭は出てきます。かつてここ筑豊一帯は、大きな森に覆われていたことが分かっています。

そしてこの筑豊にはボタ山というものがあります。石炭でも燃えなくて使い道がないものを炭鉱夫はボタ(捨石)と呼び、それを捨てたところが山のようになっていることから名づけられました。このボタ山は、炭鉱閉山後は自治体から「負の遺産」として位置づけられることが多く石炭産業に代わる産業として炭鉱跡地に工業団地を造成したり、最近ではソーラーパネルを設置したりと急速に数が減ってきています。同時に日本の近代化を支えた石炭産業の象徴としてボタ山を恒久的に残し、維持管理していこうとする動きも出始めて歴史遺産として遺していこうという活動もあります。

郷里には、優美な美しさから「筑豊富士」と呼ばれる日本最大級のボタ山があります。これは大正7年から集積され始め、昭和40年の閉山までに10tトラック70万台分がたまっていきました。なんと高さ141メートル、敷地面積は22.4ヘクタールあります。

40年以上前に使われなくなったボタ山も、時代の流れと共に子どもたちには忘れ去られていきます。歴史というものは、学び直すことと価値を再発掘することでこれから生きる私たちに風土の大切な教えとして発展を約束してくれるものでした。なんでも均一化し、平均化していく世の中で、如何に風土の個性や歴史の価値、また文化の智慧を継承していくかは今の大人たちの課題です。

色々なご縁を味わいながら、歴史を学び直し、風土の魅力を再発見し、子どもたちに風土とは何か、文化とは何かを復古創新し、伝承していきたいと思います。

 

人生の鉱夫~着宝~

先日、人生の鉱夫のことを紹介しましたがなんでも掘っていくうちに発掘できる喜びに出会うものです。掘り下げていくことは、今まで観えなかった世界に出会う喜びであり、今まで知らなかった自分の心に出会う旅でもあります。遠くにいかなくても、今いるところを掘っていけばそこに自分の運命や天命、宿命があることに気づいていきます。

そしてそのすべてを受け容れ認めるとき、「ああ、そうだったのか」と自分自身の持って生まれた才能や自分の興味がある本質に気づき仕合せな気持ちになるのです。

掘り下げている最中は、ほとんどが泥や砂ばかりです。しかしいつの日か、宝石に出会えると信じて掘っているのならその掘り下げる最中は仕合せな時間でもあります。すぐに人は、掘っても何もないではないかと文句を言ったり、悲観的にこれだけ掘ってもでないではないかと結果主義を突き付けて早々に諦めたり他人を批評したりしますが「掘っている最中こそが本来の仕合せ」であり、いつか掘り当てるかもしれない自分にしかない宝石に出会えるかもしれないと「希望を持って歩んでいく人生」こそが「自分を磨き自分を宝石にしていく」のです。

ちょうど、聴福庵の前には炭鉱王と呼ばれた伊藤伝右衛門の旧邸宅があります。この伊藤伝右衛門は、皆が途中で掘るのを諦めてしまうような岩盤の大きなところを自ら選びそこを掘り下げていった人物です。あと少し掘ればいいところを、最後の壁にぶち当たってみんなやめてしまいます。しかしその最後の分厚い岩盤の中にこそ人生のロマンがあり、自分の人生全てを懸けてその岩盤を掘りぬくことで良質な石炭、黒ダイヤモンドに辿り着いて成功した人物だったのです。それを炭鉱夫の言葉で「着炭」といいますが、今の時代ならこれを「着宝」といってもいいかもしれません。

人間は、自分の才能や能力を誰かの役に立てようとします。しかし泥や砂、石ばかりがゴロゴロ転がっている暗闇を掘り進めることは本当に精神力がいることです。ほぼ宝などないと感じる最中かもしれません。しかしその最中こそが、自分を磨いて光らせていると信じていけば、必ず自分が光り輝く宝に変化していきます。

もしもそうなるのなら宝は出なくても、宝になっているはずです。

掘り下げていく人生というのは、自分を磨く人生のことです。このブログも、日々の実践もすべて掘り下げてはじめて自分を磨けます。意味を深めたりご縁を大切にしたり、出会う人の幸福や目の前の人の仕合せのために自分を使っていくことこそが磨かれて光るプロセスです。

引き続き、人生の鉱夫との出会いを通して現代の磨きの黒ダイヤモンドを掘り当ててみたいと思います。ご縁に感謝しながら、永遠の子どもたちのために精進していきたいと思います。

 

人生という鉱山~物語を仕立てる~

人生の中ではいろいろな出来事が起こります。それは予想のつくものもあれば、まったく予想外であることもあります。それは日常と非日常の異なりと同じく、予想がつくのが日常で予想外が非日常です。その両輪を行き来しながら人は一度しかない自分の人生の物語を自分で創造していくものです。

かつて文化庁長官を務めた河合隼雄さんは、心の専門家としてとても素晴らしい言葉をたくさん遺されています。私もこうやって日々に心に正対してブログを書いていますが、共感するものが多く、不思議なご縁を感じております。その河合隼雄さんの言葉で、

「物語の『主人公』は自分。人間は一人ひとり違うのですから、それぞれが自分の物語を作っていかなければなりません。」

「『せっかく生まれてきたこの世で、自分の人生をどのような物語に仕上げていこうか』という生き方の方が幸せなんです。」

があります。

人生はどうなっていくのかと不安がる前に、大切なのはこの自分の物語をどのように創造していこうかとしていくことこそが豊かな生き方であるということです。よく幼少期から周りの大人や学校で夢や目標を設定され、それに向かっていくように教えられます。しかしそうするとそうならなかったら不幸、叶わないことがよくないことのように勘違いしてしまうものです。

それよりも、どんな出来事があったにせよどのような物語にしようかと自分の人生を自分なりに物語にして楽しく豊かに語っていければそれはもう仕合せといっていいものです。この仕立てる仕合せというものは、自分なりに生きていいということあり、まるで一反の反物を自由に誰とも比較せずに織っていいんだよという天の声のようです。

比較競争し目標管理をすることが社会の通念になっている中で、如何に自分らしく自由に生きていくかはこの「物語」を仕上げていくという心持に由ります。

今日はどんな物語がある一日にしようかとワクワクドキドキし、一日の終わりにはどんなことがあった一日だったかと内省しご縁と仕合せに充実していく。こういう繰り返しによって人生の物語は彩られ、主人公としての自分に磨きがかかってくるのです。

昨日は、石炭のボタに文字を彫りこんで磨いて石と対話し歴史を感じ心が感動して泣いている人を観ました。その人は夜には私たちは炭鉱夫のようなものだとも言いました。人生の物語を主人公として生きていく人は、どんな出来事もご縁も出会いもすべてドラマチックにしロマンチックにしていきます。同じ人生であっても、心持一つでそれは変化していきますから純粋無垢な心をどのように仕立てていくかも自分次第です。

最後に河合隼雄氏の言葉です。

『人間というものは自分で自分を知らない鉱山のようなもの。自分を生きるということを考え始めると、「こんなこともできるんじゃないか、これもやれるんじゃないか」――と自分を発見することができます。』

これもできるこれもやれる、なんでもできるじゃないかと思うところに夢はあります。夢に向かって挑戦していきたいと思います。