学び直し~刷り込みからの脱却~

幼いころから正解を求められて生きていると、正解思考の刷り込みを持つものです。正解思考とは、どこかに正解があると信じ込まされるということです。正解を知ることが目的になっていると、本来の意味やその価値よりも正解に囚われ正解を出すことが目的になります。

例えば、学校では教科書がありそこに書かれているものが正解だと信じ込まされます。すると正解を知ることが正しいことであり、正解が分かると褒められ評価してもらえます。発明王のエジソンが昔、1+1=2であると教師に教えられたとき1つの粘土と1つの粘土をくっつけて2ではないというと気ちがいだと罵られ退学させられた話があります。

正解かどうかよりも探求することや、なぜそうなるのかと実験をすることを目的にしてしまえば正解を持っている側からすれば厄介な人物になります。この正解思考とは、人工的に育てるときには重宝されます。特に優秀な生徒と褒められる人ほど、自分は先生の言うとおりに正しいことをしているのだから間違っていないと信じ込んでいるものです。

しかし本来の学問の面白さは自分は間違っているのではないかと正解を疑い正解までのプロセスの中で学ぶことが自分の成長の喜びや本質的な学びの味わいのように私は思います。AIなどいよいよ人工知能がでてきて、人間以上に暗記するだけでなくその知識を縦横無尽に大量のデータを構成して活用できるようになるからこそ人間本来の意味や智慧がまさに必要になってきます。

正解だけを植え付けられ、正解だけを求めてそこにたどり着くことを目的にすればできれば良し、できないところはなくせばいいというように常に優劣の思想に囚われます。そうなってしまえば、優秀か劣等かだけが物事の基準になり少しでも優秀であれば自分が救われると勘違いしてしまいます。

言われたことしかしなくなるリスクというのは、根底にこの正解思考の刷り込みがあるようにも思います。間違っていないと正解を信じ込むよりも、自分は間違っているのではないかと自分を疑うことが探求心の入り口であり成長の切っ掛けです。

学び直しというのは、知識の詰め込みでは得られないものです。何を間違っているのかと常識を疑い、何を思い込んでいるのかと刷り込みから脱却することで、物事の本質やありのままの真実が浮かび上がってくるものです。

あのエジソンや、世界の発明家たちは人工飼育することができなかったいわば障害だったのかもしれません。しかしその障害こそ特殊能力であり、天才と呼ばれる天から与えられた天性を死ぬまで維持できた自然野性人間だったとも言えます。

自然というものを壊すのは人工というものです。人工的に作られた自分で満足するのではなく、正解を超えて自然の未知に触れていこうとすることが新しい時代を歩む人類の生き方になるのではないかと私は思います。

刷り込みを取り払うためには「学び直し」が必要です。今までの人生の学び詰込みではなく文字通り「学び方を直す」のです。それは今までの学び方を捨てて、新しい学び方にすること。間違っていないと正解を信じる生き方をやめ、間違っているのではないかと自分を疑えということです。

思考停止して指示待ち人間で一生を終わることがないように、その人一人ひとりが自然体に自分らしくいられるように子どもたちには正解よりもプロセスを、そして優劣よりもそのことの意味を感じられるように素直に謙虚に学び直しを続けていきたいと思います。

 

お盆の発祥

昨日からお盆に向けて、いつも見守て下さるご先祖様を迎え入れる準備をはじめています。よくお掃除をしてお供え物や迎え火、送り火の準備、そのほか様々なことを整えてこの期間を心静かに過ごします。

そもそもこのお盆とは何か、少し深めてみようと思います。

お盆という行事が最初に日本で行われたのは推古天皇の時代、606年だといわれます。日本古来の祖霊信仰とインドから入ってきた仏教が和合し、このお盆という行事が私たちの暮らしに定着しました。

このお盆は旧盆というものがあり、旧暦の7月13日から4日間ほど行われていました。しかし、その時期はちょうど農繁期で忙しくそれを遅らせようと明治以降からこの8月13日からの4日間をお盆の期間としたそうです。なのでこの時期は、月遅れの盆といいます。先日参加した京都の祇園祭は、旧暦のお盆と同時期に行われていましたから明治以降に暦が変わり行事の時期も変化したのが改めてわかります。

本来、行事の日程というのは古来よりその日でなければ風土や気候、自然との関係が薄れることから簡単に日程の変更はしてはならないものなのですが現代ではその辺の日時も珍紛漢紛になっているものが多く意味も薄れていっているようにも思います。

ご先祖様が故郷に帰ってきてくださる時期をこちらの都合で遅らせてもらうというのも微妙な気もしますが、どちらにしてもご先祖様への感謝の行事として私たちはこの時期はご先祖様の存在を身近に感じることができるように思います。

もともと「お盆」という呼び名は、インドで発祥した仏教の経典を中国の竺法護が訳した『盂蘭盆経』に由来する「盂蘭盆」が省略された言葉です。その盂蘭盆経にはこう読まれます。

『釈迦様が祇園精舎におられたときに、目連が初めて六神通を得て亡き父母に何かできないかと思った。その霊視力をもって世間を探した所、亡き母を餓鬼たちの中にみつけた。飲食も取れず骨と皮で立っていた。目連は悲しみ、すぐ鉢に御飯を盛って母のもとへ持っていった。母は御飯を得て、左手で鉢を支え右手で御飯を食べようとしたが口に入れる前に炭に変ってしまい食べることはできない。目連は大いに泣き叫び、釈迦様の所に帰って、このことを報告した。

お釈迦様は言うことには、あなたはお母さんの罪は重かったようだ。あなた一人の力ではどうにもできない。あなたの孝順の声が天地を動かし天や地の神々、邪魔や外道・道士に四天王まで動かしてもどうにもならない。まさに十方の修行している僧の力が集まれば解脱することができるだろう。これから救済の方法を教えよう。それですべての苦しみや憂いも消えるだろう。

お釈迦様は目連にこう言った。十方の衆僧が、七月十五日、「僧自恣」の日、まさに七世の祖先から現在の父母まで、厄難中者のためにつぎの物をお供えしなさい。御飯、多くのおかずと果物、水入れ、香油、燭台、敷物、寝具。世の甘美を尽くして盆中に分け、十方の大徳・衆僧を供養しなさい。この日、全ての修行者は或いは山間にあって禅定し或いは四道を得、或いは木の下で歩き経を上げ、或いは六種の神通力で 声聞や縁覚を教化し、或いは十地の菩薩が大人になり、神になり比丘になって大衆の中にあるのも、みな同じ心で、この御飯を頂けば清浄戒を守って修行する人たちのその徳は大きいだろう。これらの供養を「僧自恣」の日に父母も先祖も親族も三途の苦しみを出ることができて時に応じて解脱し、衣食に困らない。まだ父母が生きている人は、百年の福楽が与えられるだろう。もう既に亡い時も七世の祖先まで天に生じ自在天に生まれ変わって天の華光に入り、たくさんの快楽を受けられるだろう。

その時お釈迦様は十方の衆僧に命じた。まず施主の家のために呪願して七世の祖先の幸せを祈り坐禅をして心を定めしかる後に御飯をたべよ。初めて御飯をたべる時はまずその家の霊前に座ってみんなで祈願をしてから御飯をたべなさい。その時目連や集まった修行者たち皆大いに法悦に包まれ目連の泣き声もいつしか消えていた。

目連尊者の母は、この日をもって気の遠くなるような長い餓鬼の苦しみから救われ得た。目連はまたお釈迦様に言った。将来の全ての仏弟子も私を生んでくれた父母は、仏法僧の功徳をこうむることができた。衆僧の威神力のお陰である。将来の全ての仏弟子もこの盂蘭盆を奉じて父母から七世の先祖までを救うことができる。そのように願って果たされるでしょうか。

お釈迦様は答えて言う。

いい質問だ。今私が言おうと思ってたことを聞いてくれた。善男子よ、もし僧、尼、国王、皇太子、大臣、補佐官、長官、多くの役人、多くの民衆が慈悲、孝行をしようとするなら皆まさに生んでくれた父母から七世の祖先までの為、七月十五日の仏歓喜の日、僧自恣の日において多くの飲食物を用意して盂蘭盆中に安じ十方の僧に施して、祈願してもらいなさい。現在の父母の寿命が伸びて病気も無く一切の苦悩やわずらいも無くまた七世までの祖先は餓鬼の苦しみから離れ天人の中に生まれて福楽が大いにある。

お釈迦様は善男善女たちに告げて言った。

この仏弟子で孝順なる者はまさに念念の中に常に父母を思い七世の父母までを供養しなさい。毎年七月十五日に常に孝順の慈をもって両親から七世の祖先までを思い盂蘭盆を用意して仏や僧に施して、父母の長養慈愛の恩に報いなさい。もし一切の仏弟子とならばまさにこの法を奉持しなさい。この時目連、男女の出家・在家はお釈迦様の話に歓喜し奉行した。』

このように仏陀の説いたものが盂蘭盆経の中に記されています。

どんな意味があってこのお盆という行事が生まれ、何が起点になっているのか、古来を深めるということは先祖につながるということです。

引き続き子どもたちのためにも、お盆の行事を学び直してご先祖様との邂逅を味わっていきたいと思います。

仕事はリハビリ

先日、ある高校生が会社見学に来て私たちの初心会議に参加してくれました。その高校生は、学校生活をイキイキと楽しんでいるだけでなく社會のことや未来のことに深い関心を持ち、自立してどのように生きていくかを積極的に模索されていました。

特に印象的だったのは若さですが、若いというのは年齢だけではなく柔軟性があるということです。自由に物事を考える力があり、なんでも固定概念に縛られず納得いくまで行動しようとするところにその人物の可能性を大きく感じました。

論語に「学べばすなわち固ならず」という言葉があります。ユダヤの格言にも「柔軟性を持っている者は、いくら年をとっても若い者だ」とあります。常に何か変化しようと日々を学ぶ人は、固執して頑固になり固定概念に縛られることが少なくなります。

過去の刷り込みにいつまでも囚われるのは変わりたくないという感情の束縛であったり、新しいことに飛び込んでいくと柔軟に対応することが増えて大変だからいやだとか、歳と共に変化を嫌がって硬直していくものです。そのうち生き方も頑固になってしまい新しい考え方や深い生き方に出会っても学ぼうともしなくなっていきます。

しかし時代の変化と共に、価値観も変わり、同時に常識も変わりますから昔良かったことがいつまでもそのままよかったことであることはありません。あるとき、気が付けば突然に世の中の常識が変わってしまい、昔は難しかったことができる世の中になっていたり、昔は認められなかったことが認められるような世の中になるのです。

そういう中でも大切なのは、常に柔軟性をもって自分を変え続けて創造し続ける自分を育てていくということだと私は思います。そのためには、日々の変化に挑戦し、自らを毀し続けるために新しい未知の世界へ飛び込んでいく勇気、そして常に自分はわかった気になっているのではないか、自分は間違っているのではないかと、今の自分を疑い、新しい自分を発見発掘していく努力によって自己維新していく必要があるように私は思います。

固定概念に縛られいつまでも昔のままに自分に固執してしまえばそのうち時代と合わなくなってきます。大事なものを守りたいのなら、それ以外のものはすべて柔軟に対応するという心構えがあって自分は変化していきます。いつまでも自分のプライドや自分の保身ばかりで構えていたら変化する切っ掛けも失ってしまいます。

そういう意味では仕事は常に世間や時代の象徴でありますから、仕事を通して自分を磨き維新する砥石として自分を変えていくことこそが本来の時代の変化に適合させていくというビジネスの本懐のようにも思います。

仕事はリハビリというのは、自分が時代に合わなくなったきたものを柔軟にしていくリハビリであるということです。

新しいことに取り組むことがリハビリになりますから、生き方や考え方を学び直し、さらなる柔軟性を磨き新鮮さを持ち続けることが一生自分を役立てていく力になると思います。

引き続き、子どもに学び、子どもが憧れるような素直に柔軟な心と魂を磨き育てていきたいと思います。

古井戸の甦生

郷里で古民家甦生を続けていますが、昨日ついに手掘りで彫り続けた井戸に念願の水が湧き出てきました。一か月も前から少しずつ掘っていましたがいつまで掘ればいいのだろうかと仲間と不安にもなっていましたが、湧き水が出てきたことで一安心です。

今回、私たちがやったのは古井戸の甦生です。かつては使用されていた井戸も、もう何年もそのままに放置され、大量のごみが井戸の中に投げ込まれていました。出てきたものは、前の住人の方の遺品やガラス、陶器、金属の破片や井戸蓋、鉄筋コンクリートなども出てきました。その他、粘土や真砂もありましたがほとんどがゴミとして誰かが井戸に投げ込んだのでしょう。

昔は水神様として井戸を大切にしてきたといいます。それは暮らしの中心に井戸があり、暮らしを支える存在として水は欠かせないものであったからです。その井戸に感謝して、井戸神さまをお祀りしていつも清浄にしていた暮らしがありました。

火の神様はガスの出現でいなくなり、水の神様は水道の出現でいなくなり、火と水を祀るという暮らしも失われていきました。

私が取り組んでいる古民家甦生というものは、古民家再生とは異なります。なぜなら、古民家はそのままあったものを再生していくものですが私のやっているのは現代になりすでに壊されて失われていたものをもう一度、かつての暮らしをお手本に甦生していくからです。

私にとっての甦生は、この古井戸の甦生と同様に現代ではいならなくなったものを拾い、それを新しくしていくプロセスを通して子孫へと伝承していくものです。

ただ水が欲しいから井戸を掘るのでもなく、ただ珍しいから竈を使うわけではありません。本来、大切にしてきたものを粗末にしていく現代においてなぜそれが大切であったのかを教え諭すためです。

学問が今ではただの受験勉強のようにすげ換っている様相を見せる現代において、本来の学問とは教えずにして教え、学ばずにして学ぶものであったということをこの寺小屋のような古民家甦生を通して伝承していくのです。

日本の家は私たちの日本的精神を磨かせ、日本の道具や暮らしはそれを活かすことによって文化を伝道してきた継承の仕組みを支えているのです。

引き続き、古井戸の甦生を通して子どもたちに先祖からの智慧を譲り渡していきたいと思います。

 

天神様の生き方~和魂円満~

来月の天神祭にあわせて準備を進めていますが、改めて菅原道真公の遺徳を感じることばかりです。もう1100年以上前の人物が、今も大切に祀られ子孫である私たちを見守ってくださっているだけですごいことですが、至誠の神だけでなく、雪冤の神、正直の神、文學の神、書道の神、相撲の神としてあらゆる分野で先祖たちは畏敬の念をもって接してきました。

また「和魂漢才」といって、日本固有の精神をもって外国から伝来した学問を活用する模範となった方でもあります。

人生としてはたったの57年ほどのもので、その最後は冤罪によって大宰府に送られましたが真心が天に通じてその後に人々に至誠を盡すことが大切であることを生き方で伝道された方でもあります。

その切り拓かれた道を、後世の人たちがその時代時代に続いてきたからこそ今もその恩徳や霊験が大切に信仰として遺っているように思います。

江戸時代の復古神道の大成者の平田篤胤が記した「天満宮御伝記」というものがあります。道徳の規範として、菅原道真公の生き様、またどのような恩恵があるかについて記されます。

「仰天満宮世に在ませるときは、第一に神を尊び御二親に御孝行にましまし、君にはよく忠義を盡し給い、もの読み手跡を好み給ひ、御心正しく直に坐ませる故に、神となりても世人の忠孝の道を守らず正直ならざる者は悪み給ひ、読み書きをきらふ物をば恵み給はねば、能能親の示し、師匠の教えを忘れず守り、主に事へては大切に勤め心を正直に持ちて偽はる事なく、読書手習ひに精出して、天満宮の御心に叶ふやうに心を持つべし、もし此事を守らざれば、天満宮の御罰蒙りて遂には禍を受べし」

とあります。

何を大切にすることを天満宮が示したか、どのような生き方をすることが学問の意味であるか、千年を超える信仰の中に私たちはこの教えにより繁栄を続けてきたことを実感します。

小さな島国において、和魂を盡しつつその才を活かし伸ばすということが風土が顕現した学問の原点です。

私は「和魂円満」という言葉を用いますが、この円満は天満と同じ意味になります。八百万のものを受け容れながらそのものを丸ごと活かす境地こそ、学問がある高みに達してその学問を大成した証になるように私は思います。

天神様の教えが、如何に幸福な生き方を私たちに伝承されてきたか。日本人が今の日本人になるために偉大な師匠であったことを改めて実感します。生き方や生き様な燦然と輝く天満宮を、古民家甦生信仰の柱にしたいと思います。

風土

私たちはそれぞれに住んでいる国の風土があります。その多様な風土の中でそれぞれの文化が発生し、その文化によってその国の人々の暮らしの個性が出てきます。

世界には風土の数と同等数の多様な民族や暮らしがあり、それを継続して発展させて文化にまで昇華したものが伝統というカタチになって遺っているのです。

現在は、世界の国々でもともとあった風土とは異なる文化をそのまま移設しようと試みられていますがそのことによりその風土にあった「場」が失われてきています。同時に、場が失われれば文化もまた減退していきますから民族の個性や暮らしも失われていきます。伝統が消えていくというのは、その国の風土や文化が消失していくということに他なりません。

伝統文化において大切なのは、場と間です。

どのような風土の中で、どのような経過を辿ってきたか、それが混然一体となって和が産まれます。

日本には産霊や結びといった、あらゆるものが混ざり合い産まれる和という信仰があります。これは風土が他を排斥せず否定せず、お互いを尊重し合って一つのものになるということです。

これは日本の風土が、小さな島国の中であらゆる多様な気候の変化を受け容れることにもよります。こんなに小さな場所でも、この日本は非常に複雑で新鮮な風土環境を持っています。それは台風や地震、火山やあらゆる自然の猛威を潜り抜けている場所ともいえることでもわかります。

私たちはこの場に住んでいますが、今こそこの場を改めて見つめ直して学び直し、価値を再構築し再発見をする必要があるように思っています。

なぜなら世界は今、大きな岐路に立たされておりこの先の未来のためにも自分たちがどのように伝統を守りそれぞれの個性を互いに尊重して一和していくかが問われているからです。

風土を無視して同じ色に塗り替えるということが世界が一つになることではありません。多様な風土があるように多様な民族や伝統文化、暮らしがあってそれを尊重し合いながら生きていくことが人類の役割だと私は思います。

地球上で生きるすべての生き物やいのちたちを追い払って自分たちだけになって果たしてその世界は楽しく豊かな場になっているのでしょうか。閑散としたビル群の中での生活は確かに便利で楽でしょうがお金を使うことばかりに創られた都市の中で本当の仕合せはないと私は思います。

あの美しい自然が私たちの心を癒すように、何が本来の姿だったか、懐かしいものを現代に伝承していくことも今の世代の責任だと私は思います。

引き続きこの先に地球に生まれる子どもたちのためにも、風土のあるべきようを究め直し、風土を活かした志事を実現させて和の甦生を実践していきたいと思います。

成長の本質

「習熟」という言葉があります。

辞書によれば「ある物事に慣れて十分に会得(えとく)すること。」と書かれます。類語には、「習得する 、 身に付く 、体得する 、 自分のものとする 、覚える 、我が物とする 、マスターする 、 修得する 、 肌でつかむ 、心得る 、 極める、磨きぬく、鍛錬する、錬磨する、熟達する」などがあります。。

この習熟は、パッと言葉で教えてわかったからと簡単にできるものではなく長い時間をかけて繰り返し繰り返し続けていく練習の中で身についていくということがここからわかります。

自分のことを思い出せば様々な智慧はどうやって身についてきたかと思うと、根気強く一つのことを求め続けていく中で何回も失敗を繰り返し改善を続けていくなかであるとき、コツを掴みできるようになりました。

そのためにはいつできるようになるのかがわからなくても、諦めずに求め続け高め続けていく中である瞬間に臨界期を超えて脱皮して新しい自分に生まれ変わるという体験が必要です。

この脱皮して生まれ変わるというのが、習熟であり発達したということです。その間は、なぜこんなにうまくいかないのか、なぜわからないのかと、どうすればできるのかと日々に煩悶しますがそれでも強く変わりたいと願い、挑戦し続けて取り組んでいく中で気が付いたときには変わっていくものです。

脱皮したり変化したりするのがうまい人は、好奇心が旺盛でなんでも楽しくやっているうちに変化していきます。あまりマジメ過ぎると、そのこと自体が楽しくなくなり、つらくなりさらには焦りや臆病風が吹いてきては怖くて新しいことに飛び込んでいく勇気がでないままに動けなくなりいつまでも変わらないこともあります。

だからこそ、変わるためにはもっと大らかに明るく楽しく求めていく必要があるように思います。それは道を究めようとする心であったり、やっていることの意味に気づき、その深さや面白さを味わったり、達人や熟達した人たちにその体験談やヒントを聴いてそれを試してみたり、また仲間や友人と共に現状を語り合いながら苦労や感想を分かち合ったりと、「創意工夫」をしながらやっていくとより脱皮しやすいように思います。

変わらないからと焦ってみても、自分を責めるばかりで周りのせいにしてはかえって変わることができなくなります。

どうせある日あるときに突然に気が付くとできるようになっているようなものが「成長の本質」であり、それが習熟するということですから日々はいろいろとやり方を工夫してみてその工夫の妙を味わっていくような気持でネアカに快活に歩んでいく方がいいように思います。

諺に「好きこそものの上手なれ」とありますが、まさにこれは先人が語る習熟するための至宝の妙法かもしれません。どうやってそのものを心から大好きになっていくか、そこが脱皮の最大のヒントのようにも思います。これはあるものを磨いてそのものに深々と愛着をもっていくことに似ています。

引き続き、様々な実践を楽しみ味わいながらその一つ一つがあるとき習熟してわかりできるようになる日を心持にしながらご縁を結び、日々の磨き直しを楽しんで取り組んでいきたいと思います。

 

社会の伝承

時代の変遷と共に子どもたちの取り巻く環境は変化してきています。戦後のベビーブームで急速に人口が増えていった多子社会の時の環境と、今のように高齢化少子社会の時では子どもたちが置かれた状況は一変しています。

私のまだ幼いころは、周囲には常に子どもがいて学校にも大勢の子どもたちがひしめくように狭い遊び場を取り合っていました。今では子どもの数が減り、空き教室なども増えています。それに近所にはたくさんの子どもがいて、ちょっと道を歩けば友達に会えましたが今では遠方に住んでいる友達ばかりで簡単には会えません。

都会では、田舎から人が集まってきますから人口はそんなに変わっていませんが子どもは昔と違って危ないからとほとんどが親の目の届く家の中で遊ぶか近所の公園や学童などの施設内で遊んでいます。

子どもが減って大人と子どもの関係ばかりが強くなると、子ども同士の関係は薄まってきます。しかし自分の幼いころのことを思い出すと、大人から過保護過干渉の縦の関係よりも子ども同士の横の関係で学んだことの方が多かったことを思い出します。

子どもたち同士で学ぶことは、そのまま実社会で役立つことばかりでそれを子どもながらに試行錯誤しそのころの友達と様々な遊びの中で智慧を培っていきました。子どもが子ども同士で学ぶのは社会を創る実験でもありました。その子どもたちが想像した社会実験が大人なってからの実社会になるのです。

子どもたちにとっては今の大人たちの社会が模範となって自分たちの社会を創造していきますから今の大人たちがどのような社会を育てていくかはとても大切なことのように思います。

大人たちが協力し合い、仲良く助け合う社会をみては子どもたちも同様にそのような社会を子ども同士で築き上げていきます。しかし反対に、競争や歪んだ個人主義の姿をみせばそれも真似をしていじめやひきこもりなどにつながっていくこともあります。社會は即、子どもたちの発達や成長に影響を与えます。

だからこそどのような社会を子どもたちに譲り遺していこうかと考えることは、人類にとっての教育のあるべき姿を追求する世界共通の課題であり、時代が変わっても子どもたちがどのような社会を望んでいるかは、常に私たちは子どもの今の姿から学び直す必要も感じます。

今の大人たちの社会を押し付けるのではなく、子どもたちが創ろうとしている社会をどのように信じて見守るかは現代の世代を担う責任であり、人類のための尊い使命のようにも思います。

引き続き、子どもの環境が変化していく中でも変わるものと変わらないものを見極め、子ども第一義の理念を実践していきたいと思います。

土の甦生

先日、古民家甦生で壊れた漆喰の壁を伝統工法で修復する作業がありました。糊も昔ながらの技法で海藻をコトコトと煮込み、漆喰を調合して壁面に塗り込んでいきます。

左官職人はまるで自由に滑らかに縦横無尽に鏝を使い繊細で緻密な作業を流れるように進めていきます。土づくりから参加してみてみると、下準備にかかる手間暇は膨大で最後の仕上げしか想像していなかった私には学び直すことばかりでした。

下準備や段取り次第では、仕上げの塗りができなくなることもあり、下塗りや中塗り、そして上塗りとコツコツと丁寧に壁を整えていきます。特に土の調合では、納得いくまで丁寧に何回もイメージしたものを混ぜ合わせていきます。

土は自然物ですから、その時々の気候や湿度、温度によって土の状況も異なります。その土と向き合い、その時々の環境の変化に合わせて微妙に調整をする、まさに職人技のなせるとことです。

今回は私も左官職人の指導で漆喰塗りを体験してみましたが、幼いころに遊んだ土遊びのことを思い出しました。幼いころは、川や水辺、田んぼの周辺で土を混ぜては様々な造形物を創りました。泥団子やダム、トンネルや、お城や動物など、想像したものを手で捏ねては塗り固めて遊びました。

あの頃のワクワクしたことを思い出し、土の存在を最初に身近に感じた頃の懐かしい記憶を思い出しました。土は、縄文時代以前からずっと私たちの身近にあって私たちの暮らしを支えてきたものです。

半永久的になくならず、そして甦生を繰り返して利用できる循環型の素材として土は永続的に家を保つのに活用されます。聴福庵の床の間や漆喰の壁の土もそこにあったものを剥ぎ取り、また混ぜ合わせて再利用されました。

どのような土で生きて、どのような土と共に歩んでいくか、土はその場所を動かないからこそ私たちはその土から生き方を学ぶようにも思います。

これから土は瓦の土と、茶室の土が入ってきます。特に茶室のものは、自然農で手塩にかけて育てて見守ってきた発酵した田んぼの土を使ってこれから左官職人と一緒に創りこんでみる予定です。

日本の伝統文化と職人の伝統芸術を遊びながら土の甦生を味わっていきたいと思います。

古井戸の甦生

昨日より、いよいよ古民家の古井戸の甦生をはじめました。もうずいぶん長く使用されていなかった井戸を、手掘りで再生をはじめたのですが慣れない仕事で体中が筋肉痛です。

井戸掘りのプロの方に見ていただき色々と調べてみると、大体6メートル近くはあるらしく今は1メートル半くらいは掘ったのでこれから残りの分を少しずつ掘っていく予定です。

手掘りで井戸掘りのことを伝えると、近所の方や知り合いが懐かしいと見に来てくださいました。昔はみんな井戸水を使っていたこと、日々の暮らしの根元には井戸があったこと、近所の酒蔵や醤油さんはその水でお酒や醤油をつくっていたことなどをお話していただきました。

夏はとても冷たく、冬は温かい、大体年中平均が16度前後の美味しい水が出るといわれ水が出てくる日が楽しみになりました。

昔の日本人は、自然の中に精霊のようないのちがあることを見出し、八百万の神々といってすべてのものに畏敬の念を持ち祈りを奉げお祀りしてきました。家の中には、厨房のおくどさんには三宝荒神さまがいて、トイレには烏枢沙摩明王さまがいて、井戸には水神さまがおられるとして大切に清浄にされてきました。

今では見えないものは信じられず、見えないものを語るとオカルトや宗教や頭がおかしいなどと中傷されますが古来の先祖は見えないものが観えたかのようにそこにあるものとして様々な祈りを奉げてきたのがわかります。

私たちの暮らしを支え見守る火や水、風、土、木や石、月や炭などもそこに確かに精霊やいのちが宿っていていつもその御力をお貸ししていただき私たちが生活していけることができているという感謝の念を忘れることはありませんでした。

今では簡単に火も水も風も、そういうものを自由自在に使えるように科学が発展しましたが技術だけで生み出したいのちの入っていないものに精霊やいのち感じることはできなくなってきたのかもしれません。

炭で熾す火とガスで簡単に出てくる火、井戸の中にある水と、蛇口をひねるとすぐにでてくる水に精霊やいのちをどちらがあると感じられるかは触れてみれば一目瞭然です。

人類が自然を破壊し大きな岐路に立たされているときだからこそ、どのように生きるか、いままでどのような心構えで生き永らえてきたのか、先祖の智慧を頼る必要があると私は思います。

最後に、外の猛暑とは一変してひんやり別空間の掘り進める井戸の中から真上を見上げると、青空が見えそれをのぞき込む仲間たちの笑顔が観えました。その光景にかつての井戸端会議なども井戸の中に響いたのではないかとも思い、生活や暮らしを土の中からお母さんのように見守る存在として水の神様があったのではないかとも空想しました。これはまさに土と水の調和の上に家が立つという教えだったのかもしれません。

有難い井戸や水神さまの存在に感謝しながら心を籠めて丁寧に掘り進めていきたいと思います。