確乎不抜の志

いつも思うのだけれど、何かを遣り切るということは何にもまして大切なことであろうと思います。よく負け癖などといったものや、最初から何もせずに諦めてしまうというのは、途中で止めてしまうからだと思います。日々の継続というものも、なぜ初心を忘れるのか、なぜやめてしまうのかと思うのです。

他人から言われたから何かを遣るというのがあります、しかしそれは自分が決めたから遣ることになっているはずなのにそれを言い訳にしてしまえば逃げることを用意しながら進むということになるのです。

自分で決めないというのは確かに楽な方法です。
自分で決めたことでなければ、何かがあれば何かのせいにできるからです。

しかし自分で決めたのならば言い訳はできません。
そう考えると、やっぱりこう思うのです。

負け癖というのものの最も善くないこととは、途中で諦めるということに他ならない。
正確には負け癖ではなく、自分が遣り切ることをしなくなること。
つまりは、自分を信じる事ができなくなる癖であるのです。

人間は何かに取り組む時、強烈な意志の力で例えこの身が砕けようともといった徹頭徹尾、貫徹完遂するかは大事なところです。

その最初の思いが強ければ強いほど、発奮奮起し何が何でもという気概が生まれます。
そしてこれを確乎不抜の志とも言います。

それがない人では、決して何かを成し遂げることはできないのです。

易経に、「初九に曰く、潜龍用いることなかれとは、何のいいぞや。子曰く、龍徳ありて隠れたる者なり。世にかえず、名を成さず、世をのがれてうれうことなく、是とせられずしてうれうることなし。楽しむ時はすなわちこれを行ない、憂うる時はすなわちこれをさる。確乎としてそれ抜くべからざるは、潜龍なり」

とあります。

一体何が足りていないのか、答えは明白なのです。現実を正しく受け容れるたびに初心から省みて自らの志に浩然の気を纏い、至誠の檄を飛ばしていこうと思います。

有言実行

他人に何かを指導するには、それを言うまえ自分がそれをやっていなければ伝わることはなく何でも自分自らが実践しているから相手にその重要性が伝わるのだと思います。

論語にこうある。

「子貢、君子を問う、子曰く、先ずその言を行い、しかる後にこれに従う。」

意訳になりますが、子貢が正しく立派な人とはどういうものですか、すると先生は仰った。まず黙ってその言おうとすることを先に行い、そのあとにそれをはじめて口にして教えるような人のjことです。とあります。

このように、孔子は言葉で何かの言い訳をする前にまずは実行することの大切さを説いています。

どうしても頭でっかちに勉強をし、正しく学問という思実合一を遣り切っていないとすぐにそういう言葉ばかりを並べたてるような学び方になってしまいます。そうなってしまえば、気づくということや気づきというものが実際にどこまで深いのかも分からないうちに自分で勝手に判断してしまうものなのです。

そのように気づきを得ている気になり行動することや実行することよりもただ考えるだけになってしまったりやった気になってしまうことは学問をしていくのにはとても危険であるのです。

何よりも言うだけではなく行動することは、そもそも日々の気づきを何よりも重んじているともいえます。しかし行動も実行もせずに、ただ机上のものを何となく乱読乱聞していても実際には一つの行いの方が遥かに価値があることが多いのです。

今までの経験からの自分なりの考えがあったにせよ、真心を優先せずに行動をしないというのはそれは実際に何も役に立たない勉強ばかりを溜めこんでいることになるのです。実際には、何でもそうですが自分の真心を行うことを優先し、相手からどう思われるかなどというものを意識するのは本当に真心のままに行動しているわけではないのです。

信頼関係というものもそうですが、まずは黙って行うことが御互いの関係を良好にしていきます。言って行わないというのでは、信頼関係が希薄になっていくことになるのです。

気づきの鍛錬において言葉ばかりでやった気になることは何よりも戒めるところです。
言葉にするということは、必ず命懸けでやり遂げるという覚悟が同時必要なのです。

それだけ言葉は重たいのです。
その言葉が自分を創り、その言葉がこの世界を創るからです。

有言実行を重んじ、何よりも自ら決心したことは遣り遂げてから語るようにしようと思います。

 

いただく

日々に精進し、丹誠を籠めて生きている人に会うと本来のあるべき姿に安心することがある。

論語に、「子夏が曰わく、君子に三変あり。これを望めば儼然(げんぜん)たり、これに即(つ)けば温なり、其の言を聴けば厲(はげ)し。」がある。

これは(子夏が言った、「君子には三種の変化がある。離れて見るとおごそかで、そばによると穏やかで、その言葉を聞くと厳しい。」という意味だけれど、徳の高い人というのはこのように感じるものであろうとも思います。

自分の実体験から真心を尽くしてひとつひとつを丁寧に取り組み、結果を重んじるのではなく自らが誠心誠意思いやったかどうかを内省する。こういうことを日々に繰り返していく中で、丹田に信や誠が入ってくるのだと思います。

先日もそのような機会をいただき、如何に傲慢になっているか、自然から離れているかを実感することができました。私たちはもともとはすべて「いただく」ことが前提になっている。

「いただきます」というのも、もう一度深めてみると、人間側の都合でいただくのと、感謝そのものとしていただくのでは同じいただくでも使い方がまったく違うことに気づきます。

例えば、空気を吸うという行為も、自分が吸っていると思っていて吸わせていただくというのと、本来は空気があるから生きていることができ、だからこそその有難い恩恵をいただくのとでは同じ空気だとしてもこちら側の姿勢がまったく違うのです。

そもそも自分だけで生きていると思ったり、自分が生きていると思っているから、自分がそれをやっていると思っているけれど、実際は私たちは周囲の偉大な繫がりの中で生かされると覚えればそもそも「いただく」ことで成りなっているのです。

自分で生きているのではなく、自分が生かされているということ、それが「いただきます」であろうとも思います。

そういう気持ちでいるというは、ご飯を食べる時だけではなく常に日頃から周囲や身近な人たちや関係や繫がりに感謝を忘れていないといった自分の心の在り方が重要になっているのだと思います。

都市化された物質文明の中では、どうしても自分勝手に思い通りにいくことが当たり前になっているのでそのような原点や初心、その心の故郷を忘れてしまうのだと思います。

しかし今の自分の存在があるのは、今までの命のめぐりをいただいているからであると思えば何が間違いなのかはすぐに理解できるのです。そういう当たり前のことを忘れないためにも、常に自分にさせていただいているのだという気持ちを忘れないように、真心の実践を日々に積み上げていくことが大切であろうとも思います。

いつも仕事に援けられていることを実感します、そして皆様からの支えの上にあることを知れば、常に大切なことは何かを学び続けて実践を積んでいこうと思います。

学問の本懐

日々の自修自謙は難しく、どうしても目先の問題に近視眼的になり右往左往してしまうものであろうとも思います。

特に理想を高く掲げて歩んでいても、その日々の小さな実践を怠るというのは単に目的を達したいだけで学問をしているわけではないと思えるからです。

学問というのは、本来は机上のもので読み書きするのではなく実体験から気づいたことを学び自らそれを徳化していくことのように思います。まず自ら日々の思いやりの実践を大切に、何事も手を抜かず丹誠を籠めて徳を積んでいくことのように思えます。

しかし実際はどうかといえば、外圧や刷り込み、世間の評価や自利の欲に押し込まれ本来の自分の実践が軽くなってしまうことがあったりするのです。それでも自分を正せるということが本来の自己管理であろうとも思います。

世間の波風がやや強いだけで遣ると決めたことをしないということは、最初から自分が決めたことにしないということになるのです。自分が決めたのだからを貫くというのは、誰のせいにもしないということでもあります。そしてそれこそが、論語にあるような学問を好む人であろうとも思います。

論語にこういうものがあります。

「君子は食飽くことを求るなく、居安きを求るなく、事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す。学を好むというべきのみ」『論語』学而篇

学を好む人ということは、自らの頭で考えて安楽に流されるようなことはしないで日々、自らを正しく修め実践を続けている人という意味であろうとも思います。

少しリズムを崩してもそういうことができなくなることを思えば、如何に日々のことに正直に誠心誠意で実践を続けていかなければならないかと反省します。またさらに、続けて孔子は言います。

それだけ真面目に実践をやっている人でも単に学問が好きなだけの人ですと、それでは学問をまだ楽しむ人ではないとも。これには、学問の本質とは何かを改めて気づかされるのです。一生懸命に一心に生き切り体験を学び楽しむことができれば本懐を遂げているともいえるのがこの命の姿ではないでしょうか。

学問を楽しむ人とは、それ自体を楽しめるくらいの人であるということだと思います。
今の時代は、特に流されやすくまた学問が誤解されている時代です。

維新の時のような大義が必要で、その大義を学び楽しむくらいでないとと感じます。
奇妙な狂った人物と言われるくらいが いいのかもしれません。

まだまだ自分のことを明瞭にして行動を敏にしていきたいと思います。

 

実践学問

学ぶというのは、自分のためにするものと他人のためにするものが世の中にはあります。
しかしこの・・・のためとするこの・・・のためという言葉に誤解がある気がします。

これをもう一度、自分の体験に照らして学ぶとは一体どういうことなのかという本質を思えばそれを紐解くことができるように思います。

自分の体験で学んだというのは、誰かのために学んだのではなく、自分の未熟さゆえに出来事が起き、その体験を通じて真実に気づき学び得たともいえます。それが自らは体験もせずに単に知識を得たのは自分が学んだのではなく、それは知っただけであり気づきは得てはいません。前者は自分の体験によりその辛酸をなめた失敗から自分自身が学び磨かれて玉になっていき、後者は他人の体験のために学を使っているのだから自分自身は学ぶことも磨いたわけでもないのです。

しかし世の中では学ぶのは最初から他人のためにしている人がほとんどで、自分が学問をするのは自分のためではなく誰かにその知識を使うためにとなると一向に自分が成長していくことはできないのは自明の理です。そのために学んでいるものになっては、いくら真理の言葉に出逢っても、いくら偉人の格言を暗記したとしても、自分を磨くことはできません。やっぱりどこからどう考えても、自分の体験に役立つから学ぶのだと思います。

他でも学校では変なことが沢山起きています。例えば、挨拶をするのは自分の礼儀を弁えて心身を正すという自分を修めるために行っているはずです。しかしそれが、誰かに挨拶をさせるために自分が挨拶をするというのは自分のためではなく他人のために挨拶し心身を正させようとするのだからその挨拶は他人のためにということになっています。また本人が人生の中で挨拶をしないことでどれだけ社会で生き難くなるかを体験してからはじめて礼儀の大切さというものを学ぶのであろうとも思います。

そのような体験もしていないし、自分を磨くために礼儀があるとは思わない人にいくらそれを何度も教えても分かるはずはないのです。やっぱり自分の体験した人が、それでは失敗したのだとその人自身が自らを磨き修正しているからこそ周囲は感得していけるのだと思います。

つまり学ぶというのは、最初から自分のために学ぶのであり、言い換えれば自分が学ぶことでしか他人のためにならないということが学ぶということになっていることを言います。

吉田松陰先生が遺した講孟余話にこういう文章があります。
このブログの内容からしても、教えるためではなく自戒のために書きますが

『人の師とならんことを欲すれば、学ぶ所己が為に非ず。博聞強記(はくぶんきょうき)、人の顧問に備わるのみ。而して是(これ)学者の通患(つうかん)なり。吾輩(わがはい)尤(もっと)も自ら戒むべし。凡そ学をなすの要は、己が為にするにあり。己が為にするは君子の学なり。人の為にするは小人の学なり。而して己が為にするの学は、人の師となるを好むに非ずして自(おのずか)ら人の師となるべし。人の為にするの学は、人の師とならんと欲すれども遂に師となるに足らず。故に云わく、「記聞(きぶん)の学は以って師となるに足らず」と。是なり。以上三章、人の毀誉に拘わらずして己を脩(おさ)め実を尽くし、言語を容易にせず、実行を以って自ら責任とし、人の師となるを好まずして己の為にするの実学を脩むべきを云う。意並びに相似たり。皆己を脩め実を務むるの教えなり。』

これは『他人の師となることを望んで学ぶ事は、自分を磨くためのものではなくなる。物事を広く聴き知り、知ったり記憶するための学問をすれば、他人の顧問や質問に答えることだけで自己満足するために学ぶことになってしまいます。これは、学者に共通する弊害です。このことを私は何よりも戒め気を付けていることです。そもそも、学ぶということ自分を磨き、人格を高めるためにするものであるのです。自分のために学問をすることは、志のある人がする学問なのです。他人を満足させるための学問は、とるに足らないような人間のする学問であろうと思います。自分を磨くための学問は、願わずとも自然に望まれるように人の師になってしまうものなのです。ところが、他人のためにする学問は他人の師にいくらなりたいと思っても、結局は他人の師となることはできません。だから孟子はこう言っています。「単に古い書物を読んで暗記してそらんじている人の講義は質問を待つだけで聞く人の意欲や学力を考える事もできないので師となる資格はないのです」と』

自分の教えようと思う心や、教えてやろうといった気持ちに実学にならない傲慢な気持ちが隠れているのではないか、深く深く反省します。実際は、何のために日々の学びがあるかといえばすべてにおいて自分を磨き修めるために道を志、同志と歩んでいるのだと思います。

それは決して分からない人を分からせるのではなく、出来ない人と出来ようとさせることではなく、ただ思いやりと真心で自らが学び続けて実践を示していけばいいのであろうと改めて思うのです。

この実践の学問というのを私は実学と呼びます。そしてこの実学の鑑のような方が、私が師と仰いでいる人物であるのです。それなのに私の中にはまだまだ自分の体験してもない出来事をさも知っているだけで諭そうとしたりという高慢な気持ちがあることに気づきました。わたしはまだまだ本当に分かっていないことばかりで未熟なのだと痛感することばかりです。

いつも生き方の初心、誠心誠意、自分から真心を尽くして愛を実践していくことで自他を丸ごと幸せにしていきたいと心願を立てたのが私の志でもあります。子どもたちのために、自分を磨くことを怠らず受け容れて学び実践していきたいと思います。

有難うございました。

傲慢と謙虚

若気というものがある。

自分の実力もよく分からないのに、他人よりも凄いように見せたり、自分は他と違うのだと露骨に自分から見せようとしたりなどもすることもあった。

自信のなさから私も自分は特別な存在だと自分に言い聞かして、周りを見たりして失敗することも多々あった。若気から未熟なその姿勢があるせいで周囲からは嫌われたり、軽蔑されたりもしたこともたくさんあった。

それでも特別を自分に言い聞かしまるでそれを隠すように演出をして、自分をより大きく見せようとしたりしたものです。ただ年を経て、本当の実力がついてくるとそういう気持ちはなくなってきてより他人の凄いところが感じられるようになってきます。そして次第にそういう他人も実はもっと凄いではないかと思えるようになり、竟には自分もこういうところが凄いのではないだろうかと思えるようになってくる。

不思議と他人と違う、自分が特別ということを思うにしても、相手に矢印を向けて自分は普通の人ではないというのと、自分に矢印を向けて自分は普通の人ではいけないというのではまったく意味も意義も異なっているのに気づくのです。

何が言いたいかといえば、「自分が普通の人よりも特別と思うのは間違っていることで、自分が普通の人と同じではいけないのだ」と思う方が本来の自分への叱咤激励であるのだと思います。先の方は、傲慢で高慢なだけで、後の方は、謙虚に自立しようとしているのです。

先日、また吉田松陰先生との邂逅の中で先生が18歳の時に詠んだ覚悟に出逢いました。

そこにはこうあります。

「自分は、俗人ではないと思うのは間違った考え方で、俗人と同じになってはいけない、と考えるのが正しい。自分を俗人と区別する考え方の中には、おごりたかぶる姿勢があり、後者は激しく奮い立つ姿勢である。」(未焚稿より)

よく自分は他人とは違うと自分を語る人はたくさんいるし、そういうふうに心で思っている人にもたくさん出会います。それが志からのものであるのならば、本来は自分は他人と同じではないけない、もっと自分を奮い立たせて努力精進しなければと自分を特別に律していくことが本来の姿であるのです。

私も大いに反省したのは、自分は特別だと思うところのどこかには普通の人ができないことをできるのだと言い聞かせて特別なのだと思いたい自分がいるのです。それでは、決して本来の自分を特別だと努力していくことはできません。

自分が特別だと思うとは、自分が普通の人のように目先だけの安楽や安逸を貪り怠り、楽をして甘えて時間をただ浪費したり、世間の風潮に流されたり、大衆の一般的な価値観に囚われてしまい、自分らしく生きていくことを諦めてはいけないと自分を奮起激励していくことのためのものであるのです。

普通であるかそうではないかの自問自答ではなく、普通になってはいけないという流されてしまいやすい自分に檄を飛ばすのが本来のその言葉の使い方だということなのです。

普通とか普通にできるできないとか、それは全部外の世界の比較対象の中で少しでも自分が価値があると思いたいということになってしまえば、自己満足で止まってしまうものです。

当たり前のことを当たり前以上に行う人や、普段なかなかできそうできないことに丁寧に丹誠を籠めて行う人や、すべての日常に思いやりや真心で仕事に取り組めることなどこういうことができる人こそが謙虚に正しく学問をしているともいうのだと思います。

まだまだ気づくことばかりの日々です、実践を増やし普通ではいけないと志を心にしっかりと定め克己奮起して学びを正していきたいと思います。

 

道の心得

吉田松陰の留魂録があり、高杉晋作との関係も含め改めて繰り返し辿りながら見直してみるといろいろな改めてわかってきます。

天と通じる真心で誠を実践し続けた先にその生死を超越した本分を尽くしたことに私たち人間はとても魅了されます。

人は、それぞれに寿命があり長くても80年くらいで短ければこの世に出でてすぐに亡くなってしまう人もいます。事故であったり病であったり、その他様々な理由で人はその天寿を全うするのだと思います。

その天寿を全うするにおいて、如何に自分が天から何を命じられているのかを知りそれを純粋に遣り尽くしきっていく姿そのものが天を信じる人、つまりは至誠であるからにして周囲からすれば畏怖すらも感じるほどに尊敬されるのだと思います。

人間も生命なのだから天や自然に正対するとき、そこにとても威厳や荘厳といった畏敬を思うからです。

この吉田松陰と高杉晋作の死生観の共有しているものがひとつあります。
もともとこの二人は、心の友でありそれは本人たちも書き記しています。
松陰にして、晋作だれよりも私の心を知ると言い、晋作も先生をずっと慕いてようやく野山獄といった言葉もあるように、二人は何よりもその志において同一化していったのだと思います。

そこからその死生観を示したのが易回転の源泉になったのだと思います。

その二人の、邂逅の手紙の中の一説にこう書かれています。

「貴問に曰く、丈夫死すべき所如何。僕去冬巳来、死の一字大いに発明あり、李氏焚書の功多し。其の説甚だ永く候へども約して云はば、死は好むべきに非ず、亦悪むべきに非ず、道盡き心安んずる、便ち是死所。世に身生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。心死すれば生きるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり。又一種大才略ある人辱を忍びてことをなす、妙。又一種私欲なく私心なきもの生を偸むも妨げず。死して不朽の見込あらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込あらばいつでも生くべし。僕が所見にては生死は度外に措きて唯だ言うべきを言ふのみ」

私の意訳だけれど、「あなたは私に問いました。志士として死ぬべきところはどこでしょうか?と。昨年の冬からずっと投獄されてからその死について私は大きな気づきを得たのです。これは李氏焚書にあるようなものです、その内容は長いものなのでそれをまとめれば、死は好んだり憎んだりするものではなく、道の実践が尽き心が安んじるときこそ死に所とあります。世の中には、生きていながらもまるで死んでいるような人たちもいます。そして、たとえその身が滅んでもいつまでも魂が生き続けている人もいます。実際に心が死んでいるようでは、生きていてもあまり意味がありませんし、魂さえ生き続けているのならば例え死んだとしても意義があります。また、偉大な人物が恥を忍んで辱めを受けつつも竟にはその大事を為してしまうのはとても不思議なことです。そしてまた私心私欲がない人の生涯は決して誰にも邪魔することができないというものもあります。つまり言いたいのは、”死んでも不朽の見込みがあるのならばいつ死んでもいいのです。そしてもしも生きていた方が大業の見込みがあるのならばいつまでも生きていればいい。”私が言いたいのは、生死は考えずに『一心になすべきことをなす』だけでいいのだということです。」

以上のことから自然の中で天命に生きるということがその死生観であろうと私は思います。

天は妙なるものがあります、まるですべてを見透かしたかのようにすべての出来事をまるですべてを知っていたかのようにふるまってきます。その都度、自分の小さな浅はかな考えが如何につまらないものであったのかを思い知る日々です。

そしてこの今もまた、つまらないことに囚われてしまう自分があるのです。

死生観を持ち、歩み続けるのは道の心得でもあるのだと私は思います。
その道の心得を持ち、共に歩み続ける事ができる同志がいることに無常の安心を覚えます。

私が心惹かれるのは、その道の心得でもあるのです。
どのような時代に何を為すかわかりませんが、天命を学び燃焼しきっていきたいと思います。

 

真の教え

毎年、萩にある松陰神社の松下村塾やその墓前に、その歳その年に起きたことから気づいたことを確認している。もうかなり前より、その志に共鳴してからなぜか自分でも不思議であるけれどずっと18年も続いているから何かあるのだろうと思っています。

私は本業が教育や保育に携り、私の理想としている教えが松下村塾にありました。

子どもの頃は、自分の体験したことばかりにすぐに感激し何度も何度も感激したことを思い出すとその時の思いで溢れていくという気持ちになっていました。しかし、それを体験してもいないのに机上の文章で学びだしてからは勉強が面白くなくなり、はみ出し者のようになってしまいました。

小さなころは野山を駆け、自然の中で起きる様々なことから学んでいました。そこでは不思議に怪我もあまりせず、また実体験からの怪我からも痛い思いもし、悔しい思いもしたけれど、実体験を積んでいくうちに好奇心はどんどん膨らみ、そのドキドキワクワク感がリードしていく中で自分の生き方を学んでいました。

真の教えとはいったいなんでしょうか?

私には尊敬する先生たちが沢山います。
その人たちはよくよく観察すれば、すべて実践家の方々です。
偉い人が先生ではなく、正直に心で大切だなぁと思ったことをやっている人ともいいます。

その実践家が自らで体験したことを心で学ぶことが真の教えを自覚することではないか私は思っています。しかし今の世間の教育のおかしなところは、体験してもいないのにさも体験したかのように文面で教えたり、また実践してもいないのに誰かに理屈だけを先に伝えたりするような風潮があります。

先日、子ども達と一緒に北海道にいるある夢を実現している方を訪ねました。

いくら予習しても、いくらその人のビデオを見せても、やっぱりその人に会ってその人の実践を一緒に体験しなければ本当の意味で伝授され学ぶことはできないのです。

実践を通して学んでいくのは、実践でしか学べないからなのです。
なぜなら、真の教えとは体験と体験の間に存在するからだと私は思います。

頭で分かった気になるというのは、そういう体験したことを聴いていないからなのです。
実体験はやっぱり自分の目と自分の耳、自分の心でしか感じることはできないのです。

吉田松陰の生き方は、常に体験したことを伝えることで真の教えと定義していました。
志士たちはそれをすることで「学ぶ事の真の歓びと意義」を共感したのだと私は感じます。
なぜなら私もそうだからです。

留魂録にその種があります。

「  一、今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ
蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ夏苗シ秋苅冬蔵ス秋冬ニ至レハ
人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ為リ村野歓声アリ
未タ曾テ西成ニ臨テ歳功ノ終ルヲ哀シムモノヲ聞カズ
吾行年三十一
事成ルコトナクシテ死シテ禾稼ノ未タ秀テス実ラサルニ似タルハ惜シムヘキニ似タリ
然トモ義卿ノ身ヲ以テ云ヘハ是亦秀実ノ時ナリ何ソ必シモ哀マン
何トナレハ人事ハ定リナシ禾稼ノ必ス四時ヲ経ル如キニ非ス
十歳ニシテ死スル者ハ十歳中自ラ四時アリ
二十ハ自ラ二十ノ四時アリ
三十ハ自ラ三十ノ四時アリ
五十 百ハ自ラ五十 百ノ四時アリ
十歳ヲ以テ短トスルハ惠蛄ヲシテ霊椿タラシメント欲スルナリ
百歳ヲ以テ長シトスルハ霊椿ヲシテ惠蛄タラシメント欲スルナリ
斉シク命ニ達セストス義卿三十四時已備亦秀亦実其秕タルト其粟タルト吾カ知ル所ニ非ス若シ同志ノ士其微衷ヲ憐ミ継紹ノ人アラハ
乃チ後来ノ種子未タ絶エス自ラ禾稼ノ有年ニ恥サルナリ
同志其是ヲ考思セヨ」

これだけの実体験をも私たちに遺していこうとするのは、循環の種です。今年は、この循環や種を極めつくしていくことから学び直し、子ども達のためにも、真の教えが伝授伝法していけるよう精進したいと思います。

時処位

時代の変化とともに、その時に必然的に発生した法則というものの理解も変わってくる。
これはまるで、根源は同じでも辿り着く道がそれぞれに異なる事に似ている。

つまりは聖人が如何に色々なことを語り遺したものがあるにせよ、その時代時代に価値観は変化するものだからそれを正しく理解するにはその時代の価値観も理解しその上で正しくそれをカタチにしていくことができる人たちが時代時代を担うようになっているといっていい。

しかし、これはとても難しいことでその時と処と位のタイミングが合わなければ場合によってはかえって裏目に出てしまうこともあるのではないかと私は思う。古の先覚者たちの言動や行動を省みていても、正しいことを信じて行いながらも時代の価値観にあわなければどうしてもその人にしか観えない真実を周りが理解することができずその人を正しく活かすことができなくなっているようにも感じる。

時処位というのは、人間界と自然界との絶妙な組み合わせにより様々な目覚めのキッカケを与えてくれているものではないかと私は思う。

熊沢蕃山のことばの中に、 「山水の地理に通じ、神明の理を知る」というものがある。

これは、太虚といった無や空を体得するのにまずその自然の地理を善く学ぶことでその霊妙な働きや法則を知ることの大切さを説いている。私たちは、もちろん人間の中にいて人間から様々なことを学んでいる。

しかしそれ以前に、私たちの先祖はみんな人間より前のものから学んでいたものがあった。それは私たちを創造したものがどのようなものでそれから自分の大極を理解し太虚というものの中で生命を悠久に育んだともいっていいのではないかと私は思う。

つまりは、過去の聖人や聖賢はいったい何から学んだかということでもある。

時代が変わり、環境が変わり、価値観が変わっても、それでもいつも根源に立ち返れるのはいつまでも永遠に普遍であるものがこの世界にいつも存在することを理解しているからでもある。

そういうものから私たちは何をもっとも大切すればいいのかは、体験がない子ども達へ決して忘れることがないようにと神話に記され語り継がれてきているのです。日本人であればその大和魂とも言える三つの真心によって示されているのは三種の神器を観てもわかります。
これは過去に私たちがもっとも間違いを犯すであろうことを先祖が心配し、語り継ぎ忘れないようにと持戒さしめるために用意したものであろうと思います。

そもそもこの時処位というものがはっきりしていれば、自らが常に潜龍であること尊ぶことができ志気益々盛んに最期まで至誠を貫いていくことができるのだと思います。しかしそういうものを心で学んでいなければ、やはりどうしても時処位に流され後世に実体験としての大切なものを譲り渡していくことができないのだとも思います。

人間は体験したことでしか学べないようにできているのだから、体験したことはずっと体験したものによって心を伝えていく必要があるのではないといつも感じます。

これからも人間はずっと普遍なものに近づき、普遍なものをカタチにしていこうとするのはある種の本能ともいえます。だからこそ、そういう温故知新の気持ちをいつまでも大切にしていこうとするのが人間教育の基本である気もしています。

時処位と正対した先覚者の言葉に色々と深い感慨を受けます。
最後に、熊沢蕃山はこんな言葉を遺しています。

「木がらしに落るもみぢはくちぬともつきせぬ春に華や咲かまし、小夜あらし四方の落葉はうづむともわけゆく道はしる人ぞしる」

たくさんの降り積もった落ち葉をかき分けながら真実の道を辿りそのまま子どもたちに手渡していきたいと願います。

 

 

志士仁人

人は志を高く掲げ歩んでいく中でその人その人で気づきを得るステージのようなものがある。
同じ人を学んでいても、その人の志の偉大さまではなかなか理解できることはない。

自分の志がその人と同期化するとき、はじめて少しその価値や意義を実感できるのだと思います。

かつてこの国ではたくさんの人たちが生まれまた死に、それぞれの本分を尽くしてくださって今の私たちが存在します。当然、名として残っている人もいればそうではない人もいる、その志のあるところよく目を凝らせば随所に様々な遺業は存在しています。

人はなぜ自分以上のことができるようになるのかは、志の有無によるものです。

志があれば、こだわりが生まれ、志がなければ流されていく、志とはその心に一本立った信念や強い思いがその人だけに与えられた天分に近づけていくのだとも思います。

そしてその志をより一層強くしていくための糧は何かと言えば苦悩や憂慮であるのです。
人は色々なことが起き、それを悩む中で本当の自分の思いに触れそれを守ろうとしより一層強い思いを抱き耐え抜くことで志がより鮮明に立っていくのだと思います。そういうことから最初から逃げて安逸をむさぼろうとするのは志士ではないのです。

志士とは、どうしようもできないことやどうにもならないことにも真正面から向き合ってその苦しみを転じていく覚悟があるから志士だともいうのだと私は思います。

熊沢蕃山の歌に下記があります。

「憂きことのなおこの上につもれかし 限りある身の ちから ためさん」(憂きことよ なおこの上、もっとつもれつもれ。この身でその試練に耐えてみせる。)

自分の身を厳しい環境に置いてこそ、その中でも自分は志を貫くことには変わらないという強い思いが生き方から感じられます。

その熊沢蕃山の思想から紡いだ吉田松陰にもこういう歌が残っています。

立志は特異を尚ぶ、俗流と与に議し難し。
身後の業を思はず、且だ目前の安きを偸む。
百年は一瞬のみ、君子は素餐する勿れ

(志を立てるには、人と異なることを恐れてはいけない、世俗の意見に惑わされてはいけない、なぜなら死後の評価を考えずに目前の安逸を食っているからである、百年の時は一瞬にすぎない、君たちはどうか、いたずらに時を過ごすことのないように)

とある。

人と違うことを恐れないで実行するということは、その人に志があるからなのです。
人と同じことを恐れて、考動できないのはまだまだ志が立っているとはいいません。

自分の信じる道を歩むということは、自分の掲げた理想を追求していくことをいい、それは理念というものを実践し続けて形にしていくのと同じことであるのです。

そのために、 日々のことを大切に取り組み積み上げていく必要があるのだと思います。
最後に、吉田松陰の言葉で締めくくります。

夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし
計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし。

志を持ってそれぞれ遣るべきことをやればいい、そう聴こえてくるかのようです。
子ども達のためにも全人類のためにも自分のことを大切にしていこうと思います。