三日坊主

脚下照顧し、立志を透徹するために学問をし日々を大事に過ごしていき道を安じていく中で今はコンサルタントという仕事を正しく行うことが本業をするということになる。

自分自身ではないけれど、それを人に及ぼしていくというのは本当に難しいことでありどんなに才能豊かな人でも弛みない継続と努力なしには花も実もつけることもない。

ただ安楽を貪り先祖の遺徳を使い切っているのでは、子々孫々へもそういう怠慢怠惰な人格を引き継いでしまうことになる。強い意志を持ち、士魂の精神で人々の苦しみを救済していくこと、人々に貢献することを決意するなら俗物的な人生に流され歩むわけにはいかない。

自分の人生を志のために使い切ってこそはじめてそこでそこで立派なコンサルタントであることが示されそれを究め実践する姿勢、それがこの道を目指す処であり平常のあるべきようだと年々思う。

吉田松陰の弟子に品川弥二郎がいる、松下村塾に入塾していた時は15歳の少年だった。とても正直で素直な明るく無邪気な性格であり、学問の可能性が高いことを見抜いた松陰は他の塾生とともに真剣に接した一人であった。

その弟子が様々な俗事で塾に来れなくなたっとき、松陰は下記のような手紙を送った。

「弥二の才、得易からず、年らなりと雖も、学功なりと雖も、吾れの相待つこと、則ち長者に異らざるなり。如何ぞ契かつ乃ちしかるや。時勢は切迫せり、豈に内に自らおそるるものあるか。抑々すでに自ら立ち、吾れの論に於てくみせざるものあるか。逸遊傲戯して学業を荒廃するは、則ち弥二の才、決して然らざるなり。説あれば則ち已む。説なくんば即ち来れ。『三日を過ぎて吾が友に非ざるなり。去る者は追わず、吾が志決せり。』」

訳せば「弥二郎の才能は、なかなか得られるものではない。年が若いといえども、また、学問が未熟でも、私が弥二郎を待っているのは、私が教える他の塾生と同じように変わらず真剣な気持ちで教えようと思っているからだ。世の中の動きは、とても切迫している。何か自分の心の中に不安や恐れるものがあるのであるか。そもそももうすでに自立しているのだから、それは私と論ずることをすべきである。もしも安易な気持ちで遊び、学業を怠ると、弥二郎の才能は、本領を発揮することは二度とない。『三日過ぎて塾に来なければ、弥二郎は、私の友でも同志でもない。去る者は追わない、そう私は心に決めているぞ。』」

どんな人物も継続していることを怠っていて本物の人物になることはできない、学問の大成とは厳しい自然の中の生命のように日々月日を怠らず真摯に勤めるように常に動静行き来し相経ち途絶えることがないようなものなのだと思う。

どんな川の流れも永続への久しさがあり、どんな生命も片時も休むことはないように学問もそのようにしてこそ本物と一体になるものであると思う。ちょっと世間上の休日に入ったからとすぐに実践を怠り求道しないようならそれはまだ志が立っていないのであると私は思う。

そしてこれは松陰の次の言葉にもそのことを書いている。

「学問の上で大いに忌むべきことは、したり止めたりである。したり止めたりであっては、ついに成就することはない。」

これを訳せば、「学問で何よりも危険で絶対にやってはいけないことはやったりやらなかったりすることである。やったりやなかったりしては最後に成就することもない。」という意味である。松陰は死ぬまで実践を怠らなかったからこそあの死生観を持つに至り道を最期まで貫くことができた。

これは私も今の仕事をしている中でもっとも大事なこととし座右にしている。同じく師もこういうことを真摯にやることが俗人との差であると私はいつも感じている。凡人ではない部分とは、非凡になるまで継続しているからである。それが至誠である。

そして他にも現代の芸術や音楽の一流の世界でよく使われている言葉がある。

「練習を一日休むと自分にわかる。
 二日休むと批評家にわかる。
 三日休むと聴衆にわかる。」

何でも三日坊主では、どんなことを言ってもそれは形にはなりはしない。口先だけで実践を怠る人を人は信用しない、それは誠意がないからである。友人としてもそういう友人とは親しくなりはしない、当たり前のことができてはじめて同じ土俵なのである。

正しいこととは、誰が見ていなくても天が自分を見ているとし怠らず休まずに続けることである。

ブログでもそうだし、思想に栄養分を与えることもそう、大器晩成とあるように自然がそうやって生命を偉大に育むようにじっくりとそして長い時間かけてこそ今の私たちの進化成長があるのはこれが造化の理であるのだと思う。

今年は私は社業の同志とともに実践をするけれど、松陰と同じくし三日待ってもだめならば去る者は追わずと心に決めて歩んでいきたい。

何より、厳しさと優しさを併せ持つ信じる道、慈愛の心で見守るを学び実践する以上、この道を粛々を歩み真心の実践を積み上げていきたいと思う。

留魂の志

今年も無事に萩の松下村塾へ参拝することができ、その志に触れることができた。道を歩めば必ず通る人たちの足跡を訪ねるのはその楽しみを感じることであり、様々な艱難辛苦を天からの贈り物として正しく受け取ることができるに至る。

何よりも天という気を自らの心に悠然と放ち、人の性を尽くすにはその志が根ざす元気によるものであると私は思う。私は多くの方々や師によく「元気が善い」と言われることがあるけれどそれは根源にある志から無限の気が滾々と湧き上がってくるからである。

橋本佐内の啓発録にこうある。

「志のなき者は、魂なき蟲に同じ、何時迄立ち候ても、丈ののぶる事なし」

啓発という意味ではとても力強い自己への発奮であると思う。志がない人は魂がはいっていない虫のようなもので、いつまでまっても何も変わらないということであろう。生き物に魂があり、その魂に気が篭ることで人は体を成長させ世の中で活躍していくのだ。

そして志とは努力と忍耐により根気強く育もうとしなければ内外ともに姿形を顕すに至らない。たとえ誰でもどんな能力があろうがなかろうが志を持って日々に凄めば必ず大器晩成し、そこから万物の変化の魂になりこの世に進化の兆しを刻むことができる。

生死の証は今を照らす漆黒の宇宙にある星のようである。

今年もふり返れば様々な出来事から志を醸成する機会に恵まれたことに深く感謝している。何事もなきことの中に確かな何事かがあり、何事かがあった中に何事もなきことがある。つまりは、万物一切空であるとはそういう透明な存在でありその透明なものでいるということである。

それを魂というのではないか。

その水のような存在が澄んでいれば自然に天の気に流れが近づいていくのだろう、そしてそれを実践することに至誠がある。

その生き方を示してくれた先人の生き方や生きざまこそが私の魂を揺さぶりそして新たにしようとする志を育んで生きる。子どもたちのことを思へば思うほどに、未来に譲れるものとはその魂を留めておくことでありそこに確かな道程を刻むことであるように思う。

勇気を一歩を踏み出し、挑戦し遣り切るような充実した人生を子どもたちにも歩んでほしい。私が師から自然から学んだ心は、この天の気であり、そして人の道を愛するということであることを伝えていきたい。

今年も本当に沢山の出逢いと得難い出逢いに巡り逢いました。皆様との一期一会に心から感謝して、来年も変わらず一緒に歩める道中の心健やかで安らかであることを祈念しています。

弱さという強さ

生きていれば人は成長するために様々なことを体験する。

その中で、それぞれが自分の人生と向き合い、自分の人生でもっとも大切なものは何かというものを知り学び活かしていくのだとも私は思う。

みんなそれぞれ自分のことを知り尽くしている人はとても少ない。他人のことはよく知っているのに自分のことはほとんど知らない。

自分の見ている目が主観的だからであり、客観的に自分を見ている中にも主観的な自分がいつまでも残り、それがあるから正しく自分を理解することができないのであろうと思う。

しかし、志を持って生きていくならいつまでも逃げるわけにはいかないしその全ての現実を受け容れて次の一歩を踏み出していかなければ納得のいく人生を歩めたとはいえなくなる。

人間には、長所もあり短所もある。だから強みもあれば弱みもある。そのことをどう自分が受け容れることができるかというのは、本当の自分のことを知っている必要がある。

本当の自分の姿と憧れている姿があり、そのギャップが埋まらずに苦しんでいる人はたくさんいる。もともと自分にはそれはないのに求めていたらずっと苦しむに違いはない。

たとえば、仮に西洋人のように背が高くスマートで理論的なイメージを持っていたとしても自分がどんな遺伝子で今ができているかをみればいくら表面上は何か靴や服で補ったとしても、しゃべり方を変えてみても本当にそうであるわけではないのでどこかで無理が生じ本物には勝ることはない。背が小さな人が大きな背の人になることはない。

私の同窓に野球部でとても背が小さな友達が野球部の時はあまり良いポジションにはつけなかったが、卒業後競艇選手になって大成功しているという。

誰もが損だと思っていた自分の長所を、それを活かせる環境を自分で見出しそれを存分に発揮することで社会のお役に立つことができる。もしもその彼が、いつまでも背が高くなろうと背伸びをして無理をしたってきっと今の彼が手に入れている自分の本当の強みを生かすことはできなかったのではないかと思う。

そう考えると、弱さとは受け容れないことをいう。

自分の弱さを受け容れないことこそ本当の弱さであり、それができる人こそ自分の本当の強さを知り活かせる人なのだろうとも思う。

私は強みに、最期まで諦めないという強さがある。だからこそ、途中であきらめることや妥協することはその強みを阻害するものであると勘違いしたりすることもある。しかし、最期まで諦めないためにはたくさんのことを捨ててでもやり続けているという実行こその積み重ねで得ていることが多い。

何に絞り、何をやることがいつまでも永続してやり続けられることなのかということもそれを求道していくなかから築きあげてきた自分の強みでもある。

今は、一斉画一の平均教育の環境の中でいつまでも弱さを受け容れらない人がたくさんいる。それを認められずに、自暴自棄になってしまう人たちもたくさんいる。

しかし反対からものを観れば、それこそが素晴らしさであることを体験できるような機会もたくさんえられるほど自分で決めて行動すれば人生を豊かに自然体で楽しく生きていくことができるのだ。

子どもたちには、自分がそれをどこまで示せるかまだまだ頼りない自分だけれど真摯に自分一人ではないことを語り、助け合い、信じあえる社会、見守る実践を深めていきたい。

長い時間かかったとしても、弱さを受け容れることができるような素直な自分の人生をいつまでも前向きに大切にしていこうと思う。

現場主義

現場主義とは、現場実践主義のことだと以前のブログで書いたけれど改めて整理したいと思う。現場で起きていることは現実であるというのは、そこに嘘も偽りもない本当のことがあるからであり、実践とはその現実から目を逸らさずに取り組んでいるから気づくことがあるということ。

そして気づいたことから観得てきた全体像に対して、普遍的な今までの大切なものを守るために何を変えるべきかを明確に話せるということでもある。それを現場で継続してやろうともせず、分析した内容や安易な洞察、知識だけを詰め込んだ識者がさも分かったように話すというのでは理想と現実がかけ離れていることにならないだろうか。

王陽明に、「知行合一」があるけれどこれは単に原理原則や真理を知ったからとわかった気にならないことをいい、その実践が常にバランスよく維持できていることであり現場と智慧がいつまでも一体となっていることをいう。

もっとわかりやすく言えばちゃんと現場が言行一致するものが永続できていることである。そしてその現場で気づいたことを同じく現場で気づいた人と協力し共通理解をもって議論することで時代にあわせていくというのが本業や本筋を守り時代を生きるものの責任であるとも思う。

以前、ウォルマートの会長が今でもスーパーマーケットの現場で皆と一緒に働いていると聴いたけれどこれも同じくし、現場にあわせて今の時代にあうようにと会社の制度やシステムを変えているのだろうとも私は思う。

現場の実践、つまりは現実とは理想のことでありその現実を知り尽くしているから理想を実現できるのだと思う。私も今の仕事は、過去から今もずっと現場の傍にいるから理想を追えるのであり、そうでなければ理想などはなく現実もないただの虚像と妄想になってしまうのをよく知っている。

理想と現実とはイコールであり、それは真摯に現場実践主義を貫くということもであると私は思う。現場にいなければ実践しなければ単なる論語読みの論語知らずでは論語の心は継承していくことも受け継ぎ渡して譲ることもできなくなってしまうものだ。

そしその道理である原理原則とは分かるものではなく行うものであり、本当は原理原則は現場実践していくことではじめて知っていることになるのである。それをするのをやめればすぐに原理原則を知っているだけの人になるだけで何か現実が変化するわけでもない。単なる物知りというだけになる。今はこれをはき違えている人が多いと先日、師との話の中で感じることがあった。

たとえば、動物園でいえばどんなに動物園の園長がこうあるべきだということを膨大な知識を得て語っているとしても自分の動物園での現場実践が疎かになっているところで本当のことについて議論できるはずはない。

世界でも、同じく動物を観察し、心を澄ませて動物の声が聴け、動物のことを自分のことのように感じることができる人たちが、何のためやるのかということを正しく持ち、その現場の気づきで語っていることでしか世界標準であることにはならないと私は思う。

子どもでいえば、全世界が持っている普遍的な「子ども像」という太古の昔から脈々と変わらないものがあり、また変えてはいけないものがあり、それは未来を担うのが子どもたちなのだからこそ大人の都合で押し付けたり刷り込んだりしないで、子どもたちがやろうとすることを生き方の実践を示して見守るということと同じことを言う。

大人が子どものことが話せるというのは、子どもから感じてこちらが現場実践で取り組んでいくなかでたくさんの気づいたことを代弁することをいう。それをどうしていくかを話すのが影響力を持った人たちの使命だとも私は思う。

しかし子どもの心になるには、よく自分の心を澄ませて同じ現場で子どもが何を望んでいるのかをちゃんと聴き、あるがままに受け取れる感性と温故知新する伝統の精神性が必要になる。

このような時代だからこそ、本業は何のために行うのかを考え切り、初心に帰り、正しく現場主義を貫くことの延長線上に常に真の世直しがあるのではないかと私はいつも感じている。

言葉だけが強くなっても、知識や知恵だけがいくら鋭敏になっても、本来の現場ができていなければやはりそこは真実のイノベーションは興りはしない。

現実とは理想のことであり、その現実をちゃんと実践し気づき尽くしているからこそ理想を実現できるのだと思う。

常に、実践の中に普遍的なものがあるとし永遠にそこから離れず、わかった気にならないように戒め、現場から気づいたことを本質的な学びとし、その質を高めまた厚くし、永遠に深めることを実践とするようにしいきたい。

子どもの仕事を行うからこそ、自分が独善的にならないように注意し、ずっと今まで変わらずにあった本当の子どもの姿を見守っていけるように本業の現場主義に専念していきたいと思う。

光の一燈

この世の中の現象として、与える側と受ける側というものがある。しかし本質的に考えれば、受け取る側の姿勢や受け取り手の受け取り方によって、感受する質量は変わってくる。

例えば、会社で言えばある人は「こんなによく社長にはしてくださって」と感謝していてどんなに厳しい環境下であっても甘えられる環境下であっても、自分の受け取り方をいつも善い方へと転換して受け取っている人がいる。またある人は、「こんなによくしているのになぜ」といつも矢印は相手や会社へ向けて厳しい環境下では愚痴を言い、甘えられる環境下では律することもできなく、いつも受け取り方を損な方ばかりに転換して受け取っている人もいる。

これは受け手の問題であり、与えて側は誰に対しても同じく与えているのにそうではない人がいるということだと思う。よく人は、あの人は気に入られるタイプで自分は嫌われるからと言っている人もいる。実際はそうではなくて、受け手側がどれだけ素直に善い方で受け取ろうかという生き方の問題であるようにも思う。

つまり、これを自然界に照らせば太陽はいつも同じように光を出している。しかし受け取る側が、捻くれていて、「あいつばっかり照らして」や「こんなに光っていたら干からびるだろ」や、「眩しすぎて困る」なととなっているのは太陽のせいではなく、受け手の転換する主体的なかかわりが欠落していることでもある。

人間には矛盾があり、愛が欲しいと切望しながら相手の愛を量り、相手の愛を欲しようとするけれど、本来の愛とは、変わらないものであり、いつも愛情深く慈しむものであるのにそれを欲しがるのは受け手の問題である。

自分本位に生きていれば、自分のことだけしか考えず自分勝手にやっているのだから当然受け手側はいつも欲しがることばかりを要求することになる。しかし、よく周囲を思いやり他人のことを自分のことのように配慮していれば受け手側はそれをどれだけ皆で味わえるかや感謝していこうという心持になっていくもの。

よく感謝が足りないと内省する人がいるけれど、それは必ず自分本位であるのだから仕方がない。本当に真実の愛が欲しいのならば、愛がある方と同じく側に立ち、自分から同じく愛を発していなければそれは観えはしないし感じることもできず当然それは永遠に手に入れることはできはしない。

どうせ与えて側は、信頼も信用も、そして愛も優しさも、同じ量を発しているのだから受け手側がしっかりと素直に受け取る気持ちがなければ愛を感じて希望と勇気を出して幸せに生きていくことはできない。

そういう人は、よく周囲を見て、同じなのに受け手側の力でいつも善いものとして受け取っている人を真似をして少しずつでも受け取る質量を増やしていければいいのではないかと思う。

師に以前、「太陽にように」と言われたことがあるけれど、これは自分が自らが光っているということであり、それは相手にあわせて頑張って光るのではなく、相手にあわせて光を出し惜しみすることでもなく、自分そのもののあるがままで自然に照らしていることを言っているのだと私は思う。

私は、自分の照らす分を相手が欲すれば欲するほどに与えようと無理をしてしまい相手を焼いてしまうことがある。もしくは、足りないと言われるとではもう照らさないと無理をして自暴自棄になってしまいそうな時もある。

しかし本来の太陽であるように、子どもたちを信じる眼差しと同じものをこれからも自分は発していけるように実践していきたい。

あの陽の光に癒され、あの陽の光に暖かさを感じながら、生きていく優しさを強さ感じながら希望を持って歩めるように、これからの未来の子どもたちのためにもまず自分自身を太陽に習い修める実践を大事にしていきたい。

他人に左右されず、常に自分から光りを発する一燈でいたい。

かんながらを感じる道は、その光を放ちあう大きな和の中にあることを忘れないためにも自らの光を発する方を大事にしていきたい。

一字一涙

私が尊敬する偉人の関係性に、上杉鷹山と細井平洲がいる。

まず鷹山に有名な言葉が、「成せばなる 成さねばならぬ 何ごとも 成らぬは人の成さぬなりけり」がある。

もともと私がこの偉人に感応して繋がったのは、吉田松陰であり二宮尊徳であり、その師、細井平洲との邂逅そのものによるものだったと思う。

特に仕事で理念を扱う以上、この二人の師弟の仕法はとても参考になり何よりも私たちが以前から行ってきた維新のモデルになると感じてその足跡をずっと辿ってみようとしたところからのご縁だった。

もともと上杉家は、藩祖、上杉謙信が戦国時代に何よりも「義」を掲げその生きざまを家臣ともども自修し学び藩格を陶冶してきた。その後、戦後に直江兼継が顕れ、その忠義を平和な時代に「愛」とし、何よりも自らが愛の犠牲を実践し自らを顧みずに主君と家臣、その他の民に対し真心を尽くしきった生涯を生きた。

しかし、時間が経つにつれ安楽の方へと押し流され何よりも藩のプライドや重臣たちの嫉妬などによりその実践が薄れてきてさらに石高が下げられる事件が起き、誰も何も無責任になり解決しないまま時に流された。

そして、このピンチの時に顕れた人物が上杉鷹山であり見事にお互いが助け合い認め合う生産性のある思いやりのある社会を新生することになる。

何かの時代のターニングポイントにはそこに様々な偶然と必然の機会が織り成し、その都度何かしらの方針を定めて揺るがない理念を立てる人たちがいる。

歴史を辿るとそういう足跡の思念の痕跡によりいろいろなことから学ぶことができる。

私が今回、何よりもコンサルティングで重要視しているのがその上杉鷹山の師、細井平洲の手法となる。

この方は儒学者であり朱子学を行いながらも何よりも実践第一を掲げ、常に相手のわかる言葉で相手の実践にあわせた学問ができることを大事にした。例えば「考えて、学び、行動する」という教えを常に優先し、学問が机上のものにならないようにその思想や指導は常に現場の人たちの心に根差していたと記されていることからもよくわかる。

現実的に騒ぎ立てることではなく自分から主体的に取り組み改革をしようと思えば、常に実行できるものでなければその時代にあった学問とはいえないのだから、実践から学んで考えた思想は常に時代時代に於いて目からウロコになるのは当然の原理だとも思う。

この細井平洲は、理念の設定というものを大事に、自分の分度を弁え、何より米沢藩主、上杉鷹山を見守り続け、その藩政改革を実現に導くことができた。

見守りには精神的な支えというものがある。

人が理念や大義を掲げて物事を実行するとき、そこに悩みや迷いというものも同時に起きる。何も理念を立てなければそういうものはないけれど、何かを成そうとするならば当然に揺るがないものは原点でもある。

そして人は原点を大事に、お互いを思いやることで信頼関係を築いていく。

その信頼の強い絆こそが、何よりもお互いを見守りあうことであり、そしてそれぞれの道で成そうとする自分の役割の意義を感じ合いその天命を全うすることであるのではないかと私は思う。

なぜこの世の中がうまくいかないのか、政治がこうなのかを思う時、常に私はこの「大学」の中にこの「修身・斉家・治国・平天下」という原理原則があるように思え、国として世界として、私たちはこの先人の叡智と実践をどれだけ模範にしていくかは重要なことと思う。

長くなるので今回はここで話を終えるけれど、この上杉鷹山と細井平洲先生の最後の一期一会の出会いがある普門院には「一字一涙の碑」がある。

ここで師弟がお互いの歩んだ道をお互いが歩みあい涙しながら出会い、そして別れた形跡がいろいろと遺っている。

そしてここにあの吉田松陰が訪ねてきていたことをお寺の口伝で知った。きっと、国を憂う人たちが持つ「忍びざる心」の本質との深い邂逅を得たのだろうと私なりに感応することができた。

日々、子どもたちを思い生きていくことで一期一会が在る。出会いは時空を越えていつも声が届くことを思えば思想こそが私たちの本来のものであり、そう思えば私心なき思いやりのある澄んだ人生は素晴らしいものだと感じる。

何よりもその瞬間瞬間に感動する自分が此処にいる。

この感動をより多くの人たちへ伝えながらも自分の内面にある真実に正対していきたい。より惻隠の心の本質に近づいていけるような自分を修めていきたい。

感謝

渾然一体

先日、大阪にて幼保一元などについて意見交換を行うシンポジウムに参加した。
主催は、ウェルネスの片山先生で最近は理念の構築でもともにすることが多くその示唆に富む考え方や行動力にはとても共感することあり尊敬する保育の世界の実践者だ。

また藤森平司先生と安家周一先生の対談も面白く、朝から参加したけれどあっという間に時間が過ぎてとても有意義な機会になった。

根源が同じ人たちが何かをやろうとすると、話がとても盛り上がる。
それぞれの環境から様々な問題意識を育て、一つの確信を持つ。

その確信がさらに広く大きな環になって深まり高まっていく様相は、まだまだこれからやることがたくさんあることの喜びを感じさせる。

そういう確信を感じて見守ることの実践を積み重ねてきた人が次第にGTで集まってきていることを思うと、私たちもより一層、自分を修め、社業を貫徹し邁進していかないとと志新たに兜の緒を締めることができる。

人が何かを行う時、そこには必ず志というものがいる。
自分でこの世の中に何かを為してやろうという気概というものかもしれない。

大切なのは、何よりも自分自身が自分自身で恥じないような生き方をし、そしてそれが模範とされるような言行一致の在り方が周囲を感化していくとし、日々の生活を正し、人としてのルールを守っていくことだと思う。

どんなに良いことをしたや、充実したからといって、そういう日々の鍛錬を怠ったり、生活を誤魔化していると、次第に他人との約束を破ることになる。。

そうやって他人との約束を破ってしまうことが自分との約束を破ることになり、言行不一致が生まれてしまう。大事な決めたことは流さないようにすることが日々を命がけで生きると言うことになるのだとも私は思う。

話を戻すと、私は幼保一元のことでよく幼稚園と保育園が軋轢があるや、公立と私立で壁があるなどと話があるけれどそれはあまり気にしてはいない。

これは仲良くすればいいのだと思う、つまりはそれぞれがそれぞれで本質を見極め質を高めていけば次第に一つになっていくと思う。保育教育でいえば、それぞれが子どもの立場にたって子どもを大切にしていくこと、大人たちの目線での大切にするではなく、子どもたちの側にいるままで大切にしていくと大人都合の話はなくなっていくということ。

たとえば、制度だの、補助金だの、時間枠など、いろいろと言うけれどやっぱり子どもたちが今、何が不安なのか、何が足りないのかなどを、本来の子どもの心のままで考えれば、大人としての専門性で何を改善すればいいのかが次第に分かってくるものだと思う。

師の言うように、差のないところで議論をしなければ御互いに本質的な行動に移すことができないというのはそういうことだ。チームでもそうだけれど、差のあるところでばかり仕事を議論したっていつまで待っても動きもしない。

それならばいっそのこと、一つのところ、お互いが共有する差のない本質の部分で議論をすれば解決にすぐに向かうということだと私は思う。本当は何のためなのかともっとも真淵のところを理解できていれば何も異なることはなく、異なることは一つの方法へ向っていくことだとすぐに理解することができるからだ。人間は、それぞれに与えられた役割があるからこそ自分のことを深く理解していくとともにそれを活かしていく必要があるのだと思う。

話が膨らむので最後にするけれど、今回のシンポジウムの問題提起として私は子どものために皆がそれぞれの場所で取り組むとして「みんなで上書きしていくこと」が良いと思っている、つまりは木の年輪ができていくようにしていくといいと思っている。

年輪は、まるで変化するものと変化しないものをあわせもっているようなものを表現している。生きていれば必ず変化はある、環境の中で様々な激しい変化があっても、そこには必ず太古の昔から変わらない何かも必ずある。

それを思う時、私は「大いなる上書き」と呼び、もっとも必要なもののために毎回新しい自分に戻り、余分なものは削り落していきながら積み上げていくというような生長のための原理が必要になると思う。

今のような激しく変化する時代こそ、より一層変わらないものを持ち上書きを繰り返すことがもっとも自然なことだと私は思う。

そしてそうやって生長しながらも、今度は周囲を感化していく必要がある。

生きるとは、共生することではじめて成り立つのだからまずは環境の中で自分のミッションを尽くし自分自身がまずモデルを示すことで子どもたちに恥じないようにしていくことだとも思う。

組織を率いている人たちや、また子どもに関わる人たちは何よりも不易である理念を明確に打ち出して、その理念を主軸に地域や社会へ行動していくことでより易である貢献をしていくことを目指してほしいと思う。

こういう時代だからこそ、使命役割が明確になるのだ。

私自身、何より天が与えてくれた自分たちへのギフトを正しく受け取れるよう、何よりも志と実践を優先し、信念を醸成していきたいと思う。

常に太極的であれるような平常心を持てるようになっていきたい。

シンポジウムの皆様には本当に勉強になりました。

私たちも、垣根を創らず根本は同じだという思いで誰の批評も怖がらず広く大らかな心を持ってあらゆるものと渾然一体となって仲良く学んでいきたいと思います。

有難うございました。

守る

見守るということを深めていくと、まず見るということがある。それは、何を観ているかという自分の在り方を大事にすることだとし、信じると言うことは何も抗わなく排除しないすべてをあるがままに受け容れる心のように思う。

今回はこの「見る」ではなく、「守る」の方について考えてみる。

先日、子どもを守るということである園の職員会議の話し合いに参加した。一概に守るといってもいったいその何を守っているかによる。

例えば、発達を守るでも自立を守るでも何でもいいけれど不思議なことにあれだけ守る守ると全員でと約束していながらできていないことが多く、そのできないことの話し合いばかりが永遠に繰り返されていてみんなが色々疲れてきていたりする。

誰かがそういう約束やルールを平気で破り、自分からその意味の価値を下げていく。

私は共生とは、「一人で生きるために、みんなを大切にしていくこと。それがみんなと生きることになり、自分を大切にしていくこと。」だと思っている。

なのにできないのは私心や私情をそこに挟むからだと思う。
これをエゴとも言う。

しかし、公の集団、昔でいえば会社は公儀というものになる。義理と筋道があって人の世のために創られた社会の組織ということだ。

その組織が明確に信条としての筋道であるその大義としての理念を掲げて遣るのだから、「守る」のは私心や私情ではなく、公のため、つまりは世のため人のためここでは子どものためなのだからまずその公儀を優先することを明確にしなければ誰かが私情を言いだすときりがないし、それでは価値も何も守ることはできないのではないかと私は思う。

そして守るとは、私は師匠から両立ではなく優先順位を決めることだといただいたことがある。年々その言葉の深さや有難味が骨身に沁みる。

論語、「大学」のこうある。

「物に本末あり、事に終始あり、先後するところを知れば、即ち道に近し」

この先後とは文字通り優先順位のことを言うのだと思う。

もちろん正しく守ろうとすればするほど常にその時どきの判断する心が澄んでいることが求められる。そしてそれは急にはできず、日頃の正しい生活や心ばせを誠にする実践が求められ、そういう本懐を遂げるための日ごろの準備や自分の在り方の定石により次第に咄嗟の判断ができるようになるのだと思う。

よく見通していたけれど今回だけ判断ミスでしたとあるけれどどうだろうか。

農作物でもそうだけれど、いくら一年を見通したとしても天気は変わるものだし、急に台風が来たからや嵐だったからなど言いわけしても予想はできない。いくら経験で見通していたとしても自然現象まで見通せず、それは人智を超えた処にある。

人で言えば、病気も生き死にも、出会いも別れもすべては自然現象だし、子どもで言えば、発達も気づきも感動も感謝も自立もすべては自然に起きること。

常日頃から用心して、生活を自律して自らを正しくしていることがそういうものとうまく長く上手に付き合うことになる。つまりは玄人のようになるということ。

こう定義すると玄人つまりはプロとは、相手を思いやり何かを守るために私情をいれずその時々で真心の実践で自分を後にし相手を優先すれば必ず良い判断ができるようになっているということ。

すべての判断は自分が入っているのと入っていないのでは為すことは異なる。
プロ意識とは、そういう自分の都合を仕事に入れないことだとする。

例えば、どんなに人のためとやっていてもそれを自分のためにを先に打算にいれればもうそれは人のためではなく自分のためになる。

本当に自分を交えず、相手の心に耳を傾け、相手のためにだけ自分を尽くしていけば他人のためになる。上司のためといいながら自分のためにやっている仕事はやっぱり私情を挟んでいて投げっぱなし遣りっぱなしになっている。それでは何も守れない。

私は守るものはいくつかある中で、もっとも大事なのはそのものの意味や価値を守ることだと思う。

なぜなら物事は決してその都度の自己判断による良し悪しではなく、そのものの存在をまるほど受容し、そこに無限の価値を見出し心底存在に感謝しなくてはならないものだと思うし、愛や優しさ、思いやりというもので包むことではじめて守ることができるようにも思う。

相手を深く信じ、相手の生きようとする気持ち、相手が徳性を活かそうとする気持ちにどこまで深く共感できるか。

すべての生命は、そうやって相手を思いやり共生している。

常に、自立と共生の本質を見つめながら本気の実践により見守っていきたい。
守るにはまだまだ力と器が要る。

自らをもっと奮いたて、さらに子どもたちの未来に自分を尽くして生きたい。

はじめに志ありき

何か事をなそうとするならば何よりもまずはじめに志がないといけない。これは私が尊敬する吉田松陰が松下村塾において、何よりもその「立志」を特に優先したことによる。

志とは、それぞれが自分が何をやりたいのかを自覚し、それを世のため人のために尽くしてその意志を常に明確に固持し、実践に従い揺るがない信念を醸成していくことにもよる。

そのまずはじめに「あなたは一体この世で何をするのか」が明確でなければ志が立つことはない。私は社業に於いて、それをテーマとしミッションと言う呼び名にしているけれどこれは和名では「志命」であると思う。

人はただ自分のためだけで努力すると次第に欲望やエゴに変わることがある。
自分さえよければいいや、自分のことばかりで周囲を省みずまた慮からず何よりもいつも自分のみを満たすようになることがある。

しかし、全ての生き物は当然決して一人では生きられない。
動物や植物も生ある全てが周囲に自分をどう活かすかを知っている。

人間には知性がある、そして人間は言語を得た多様性がある。

だからこそ、人間が人間でありながら世の中に対して自らどう貢献するのかを持っていることが自然なことになる。そして真に貢献するためにはまずはじめに志を立てなければ何もはじまらないということになる。

そしてその志は、若いうちに社会に入る前までに立てることだと思う。青年になりまずはじめにもっておかないといけない資質は大志を抱くことだとよく偉人は言う。すべての偉人や賢人は、初志を忘れず、終志も忘れず、志そのもので今もこの世に生きている。

人は生きる上で、もっとも道であるには立志こそを優先しないといけない。

そのために、志がある師友と交わりあい共に学び、道の覚者たちの古典や名著を読み込み、自らの本性やその志を明らかにして人生で一本立てるのをまず大事にしないといけない。

話は飛ぶけれど私は驚くほど会社での採用活動などは特に力を入れていない。ここ数年は、採用会社に募集の依頼すらしていない。普通は派手に宣伝広告をするのだろうけれど、そういうものは不自然だし社風や風土にあわない。それにこういう時代だからこそ、「来るものは拒まず去る者は追わず」という原理原則が要る。

こういう末の時代は、志があるものだけが自然に集まってくるのが理に叶っているしその逆もまた言える。

これはつまり皆で何かを成し遂げるなら「志」があるかないかということを基盤にしていなければ大を為すことはできないということでもあると私は思う。

仕事なども見ていると良く分かる。志が高いものはその質は高く、志が低いものはやはりその質も低い。これはスキルの問題ではなく、志が立ってないから自立できないということなのだと思う。

やはりはじめにどの仕事も志を立てることによるものだ。

私たちは大ミッションというものがある、文字通りそれがこの会社の立志立命する処ということ、そして幼児教育や、世の中を本当に今よりも良くしたい、このままではいけないと自我自噴できるような人でなければ今の世はそうそうは変わりはしないからこそよりカグヤでは優先される。

如何に自分が志が立っているかを確認するのは、その継続するということにより確かめることもできる。継続とは決意により意志を固めて行う規範でも模範でもいいそれを観てみると状態がよく分かる。なぜならいつもいつでも志は誇りを隣にしているからだ。

積小為大も、継続は力なりも、あの有名な言葉はスキル論で語るのではない。

本心本音の覚悟で挑む志への正対こそが自らの誇りになっていき、独立し、自助自尊ができることで何よりも実りある自信に繋がってくる。

例えば生来どんな気質が悪い人でも、先天的に賢愚があったとしても、人は必ず自信がつけば学問の求道で繰り返し正しく化わる。それは、理念理想を高く持ち志に自らを没頭することでより鮮明になる。

毎年、私自身も志を確認するために萩の松陰神社にて様々なもの見つめる。特に草莽崛起の在り方に於いて自らどれくら実践できたかなどその性質の質量をいつも確かめ自らの今を鑑がい純粋な思いと発奮し感涙感激を味わい尽くして初志をよ研ぎ澄ますようにしている。

しかし、まだまだ私自身も刷り込みに勝てないでいる。
勇猛心で、諦める境地を得て、松陰が真にできなかったことを成し遂げたい。

毎年伺っている萩の松蔭墓前近くに、吉田勇氏の遺した歌碑がある。

『萩に来て ふと思えらく いまの世を 救わんと立つ 松蔭は誰 』

心にあるのは、

   「 草莽崛起 」

志あるものよ、此処に集まり子どもたちに命を懸けよう。

まだまだ求心力と遠心力を不動の覚悟を以て醸成していきたい。

実践はいつも空の彼方、海の彼方、陸の彼方、そして天の大気に在る。

浩然の気を養い、自分にしかできないことのために求められる深さに応えられる自分を貫いていきたい。子どもたちが自由自在に人生を謳歌できるような成熟した社会を実現していきたい。

道を歩む

道を歩むと言うのは実践をするということ。
歩んでいるときが道で、道は歩んでいるからこそ道になる。

道に対して至善に止まって考えるのは道上であるのでいいけれど、ただ道に入ったり出たりというような歪んだ止まり方では道とはいえず、それはとても歩んでいることにはならない。

人生、仕事に限らずすべての物事はどのように歩んでいるか、その瞬間に「どうあるべきか」という本質こそが大切な要素になる。

吉田松陰の記した講孟箚記にこうある。

『人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである」

つまりは、自分の持って生まれた徳性を活かすために自らの心を澄ませ、道理上の原理原則として現れるすべての出来事は実行するためにあるものだということだと私は解釈する。

例えば、吉田松陰の座右に「至誠」がある。

如何に、自らを欺かず自らを偽らずに誠心誠意自他ともに尽くしていくことで真心に出会う。

その真心を尽くすことは本当に難しく、そこに色々な利害があり、そこに色々な人情の機微などがある。

しかし、道を歩む以上、その道理上やらねばならぬことは当然すべて遣るという覚悟があってこそ道であるのだと思う。

そこから逃げたり、避けたりすることは道にはなっておらず、いわゆるところの学識だけを持った物足りない淋しい生き方になってしまう。何のために学ぶのかといえば、自分にしかできないことでこの世で共生する幸せを実感し性を全うすることにあると私は思う。

常に真理真実は、実践躬行のその最中にあり、その最中の内省により如何に自分が道を深めて歩むかを確かめながら易不易の調和でいることで天を感じ生きていくのが大事なことなのだと私は思う。

さらに吉田松陰は言う、

『末の世において道義を実践したならば、必ずその時の人々から、極端だといわれるであろう。もしまた、世人から極端だといわれるくらいでなければ、決して道義ではないのであって、すなわち世俗に同調し濁った世に迎合したものにすぎない』

その原理原則の実行は、あまりにもこだわり過ぎて偏ってみられるかもしれない、もしくは多くの人々より極端だと変人扱いを受けるかもしれない。しかし、それくらいのことをしなければただ大衆に紛れてだけでその大衆に流されているだけでで道義には適っていないのだとある。

世の中受けすることばかりを商売にして、誰かから嫌われることや非難されることを恐れてはいけない。

自らの勇猛心を駆り立てて、真実と真心の実践を行うことこそ志士としての在るべき姿だと常に思う。

この日本から世界のことを考える若い人たちがいないと、この国は島国だけでしか通用しないような世の中になってしまう。

子どもたちには、今いるところを深く掘り下げ一流を目指し、世界のことを視野に入れた国際人になれるような模範を示していきたい。

私たちの日々の行動は、常に知行合一であることを目指したい。

日々、起きる出来事に正対し、とことん道義や道理に適うような実践で道を歩んで極めて生きたいと誓う。