ゼロベースの大切さ~変化の仕法~

人は何かをはじめるときにゼロベースでやれる人がいます。こういう人は、最初から持っている知識を使いませんから素直に体験しその体験を深堀り、その分野の必要な力を習得していきます。誰でも人は最初からやればいいのですが、なぜかそれができずに体験が億劫になっていきます。これは学校で学んだ知識の刷り込みが邪魔をして体験を避けてしまうということが起きるからです。

人は学校で知識というものを持つことで体験をしなくなっていきます。知っているからやらないという人がとても多く、知識を先に入れてしまうことで結果から物事を考える癖を持ってしまいます。なんでも先に勉強する人は、勉強することでこうなるだろうという思考の癖が沁み付きます。先にわかってしまうと好奇心が減退し、そこに向かって感じるワクワク感というよりももしも間違っていたらどうしよう、もしも失敗したらどうしようといった保身ばかりが気になるものです。そのうち消極的な生き方で評価され成功してしまうと、自分からやるよりはやらないために知識を持つという受け身の悪循環に陥ります。そうなるといわれたことだけをやり、言われていないことはやらないほうがいいという、ついには正直者は馬鹿を見るとさえ思う人になっていくこともあります。これは人生の主人公、積極性を持つということにおいてとても残念なことです。

本来、知識というものは体験する中で深めていくものであるしそこに辿り着くための道具の一つでしかありません。知識一つに体験一つと、知行合一できる人は知識だけに偏ることはありません。体験をしても知識にならなければ人に伝えることができません、大切なのは知識と体験のバランスなのです。単に知識を持ち知った気になり、結局は体験を避けては結果だけ似せていくことを目的にしていたら実力が備わることはありません。

学術の評価の世界、つまりは学校の中だけで生きるのならそういうことも価値があるかもしれませんが現実の世界で自分の可能性を拓き目的を実現するのなら体験して深く学びそれを自分のものにしていかなければなりません。

その際、何が一番邪魔をするのかは先ほど書いた思考の癖、つまりは正解やわかることを目的にしてしまっている刷り込みですがこれを取り払うことが先決です。そのためには、それまでに沁み付いた癖や思考をいっぺんご破算にして捨ててみることです。

すべて真っさらににしてゼロベースでそれを学ぼうと覚悟し、過去の経験や過去の知識に頼らずに今、目の前にあることを新鮮な気持ちで挑戦していけば自ずと今までの刷り込みが取り払われ新しい体験に出会います。かつてのような古い体験や過去の成功体験に依存せずに、今の自分を自由自在に変えていくことができます。

いっぺん最初からやり直すということに必要なのは勇気だけです。今まで得たことをいつまでもしがみついて手放さないからその人は変わらず成長が止まるだけで、今までのものは通用しないのだと今だけを見つめて素直に謙虚に学ぶ姿勢を大切になんでもやってみる人は確実にその実力が備わり多くの人たちの役に立ちます。

一つの人生で、過去に一度うまく言った事例や成功にしがみついて生きるのはもったいないものです。いろいろなことが天から与えられ、日々は体験に満ちています。それを正解か失敗か、わかるかわからないか、できるかできないかなどといった視野の狭い判断基準だけで生きていくのはつまらないものです。

面白く生きるというのは、常に新鮮、常に知新、常に好奇心に満ちています。学ぶチカラというものは本来は、深めること、本質であること、真理に近づくことでしょう。

常にゼロベースであれば可能性は無限大です。

なんでもやってみる姿勢のままにワクワクドキドキしながら挑戦していきたいと思います。

変化の源泉

宇宙や自然を含め、私たちが生きているということは循環を已まないというとです。円転循環・万物流転するこの流れは、日夜已むことなく行われ変化がないことはありません。変化というものは、何もない日々のように思われても必ず何らかの変化が起きています。

そしてその変化を見るとき、「摩擦」が生まれることを感じます。この摩擦とは何か、お互いが相互にこすり合わせることです。人間関係でいえばわかりやすく、お互いにかかわりあう中で摩擦しあうことでその関係に変化が生まれます。変化は摩擦であり、摩擦こそ変化の兆しであるともいえます。

その摩擦を嫌がり変化をいくら避けていても世界は〇であり万物流転し続けますから変化は必ず何らかの形になってやってきます。いつも自分を守り何もしなくていい安全圏にいたいと思っていてもじっとしていたら変化は已みませんからそのうち危険地帯にはいってしまっているものです。だからこそ変化は迫られる前に自ら変化するという自らの歩みを一歩一歩進め、そして挑戦を続けて革新していくしかありません。

つまり変化というものは、進化であり、人が摩擦をするとき、それは進歩になるとも言えます。

そして変化とは発達のことであり、発達するから発展するのが万物造化の真理でもあります。変化を恐れるのではなく、変化を如何に楽しむか、そこには「健全な危機感」が必要になります。

この健全な危機感とは何か、それはきっと善いことになると信じること、好循環していくことをイメージできること、人間万事塞翁が馬、禍転じて福になるということ、運がいいと信じることなど、その人の生き方が与えられた天命に対して素直に活かしていくような健康で安全な危機感を持てるかということです。

この健全な危機感とは、決して自分都合で自分勝手に物事を動かすことが人生がうまくいっていると勘違いすることではなく、与えていただいたこの場所、この今、この環境、このご縁、この役割、この時、このいのちを感謝して分をわきまえ有難く全身全霊で全ての今を引き受けるという捧げ全体の変化に協力する自分の人生の態度を持つということです。

人生の態度というものは言い換えるのなら「生き方」というものです。

その生き方が人生の循環の流れを決めています。どのように生きたいか、その問いこそが運命を左右するのです。自分で好循環を創る人と悪循環を創る人、それはその人の今の生き方が決めているのです。

そしてどのような生き方をするかで、その後の未来は変化していきます。変化とは決して忌み嫌うものではなく、変化することは発展しているのだから怖がるばかりでそれに逆らうのではなく、その変化を楽しみ、摩擦もまた味わうといった人生の妙味を感じることが変化進化進歩成長を自然体で取り組むということかもしれません。

健全な危機感、その信仰心ともいえる感謝を土台にする心は変化の源泉になっています。不健全な危機感はそこにはないものねだりと不平不満が土台です。本当の自信もまた、その生き方の態度によって自分に誇りが持てるかどうかに懸っています。だからこそ変えるのはその心の態度を健全にすることが先なのかもしれません。

引き続き、子どもの憧れる生き方と働き方を実践していきたいと思います。

大切なものを守る人々

昨日は秩父神社に訪問し権宮司さまから祭礼についてのお話をお伺いすることができました。秩父という地域は、とても神社と氏子たちとの絆も強く、様々な祭りや地域活動が今でも大切に実践されています。長い時間をかけて経てきたその地域の真心の伝承は今でも色濃く残っている風土美を持っている地域とも言えます。

自分がその土地に有難く住まわせていただいているという感謝の気持ちをいつまでも忘れず、神様に対して畏敬敬虔の念でその初心を守ろうとする宮司と氏子たちによって大切な文化が守られていることに感銘と感動を受けました。これは本来は当たり前だった日本の真心ですが秩父神社のその深さと質に偉大な歴史と伝統を感じたからです。

今の時代は、かつての日本人としての徳目実践を怠る人たちが増え先祖たちがなぜこれを続けてきたのか、何のためにやるのかということを考えず、ただ形だけを見てはなんとなく意味も分からず続けているような事物が増えてきているように思います。何かが行われるのはその理由が存在し、その理由を忘れずに実践を続ける人たちによって理念や初心といった物事の本質や「いのち」はいつまでも活き活きと甦り続けて生き続けます。

しかしそれを忘れてしまい、本質からズレたことをはじめてしまうと途端に本物ではなくなり現実味が消失していきます。私たちは常に理念や初心というものを扱っている自覚、つまりはいのちをそのまま扱っているという自覚がなければそのいのちは消えてしまうのです。

よく考えてみると、そこに神様がいらっしゃると慎み過ごすことや、そこに神様の導きが入っていると感謝すること、そこに神様がご鎮座してくださっていると畏れ敬うことは自分自身の姿勢が決めるものです。自分自身がそういうものであると心の中で決めて、そのために自分の都合や自分が優先されないようにと自戒をし実践を怠らないからこそ神様が観えていきます。自分自身の方がズレていることにも気づかず、自分の都合で物事を動かすほど不敬虔なことはありません。

神様が次第に観えていくということは、自分が神様にどれだけ真摯に仕えるかということであってその仕え方によって神様は顕現しそのいのちが次第に観えてくるということでしょう。そして自分自身の心の姿勢が真摯に実践を伴い想念が磨かれ澄まされなければ何も観えることもないのです。

例えば、家の道具一つにしても道具というのは人生の道を助けてくれるものだからこそ道具とし昔の先祖たちは大切にそのいのちを壊さないようにと丁寧に扱ってくれていました。こちらが道具をただのモノのように扱い使い捨てばかりしていたら単なるモノになってしまいます。物を大切に扱い、物の御蔭様で助かっていると感謝の心があればその物は語り始めその物との関係性が築かれお互いの物語(いのちのつながり)が発生してきます。

これと同じく、自分自身の実践する姿勢が全体の世界観を決めていくのが「生き方」でもあります。神社や宮司の生き方や、そこに仕える氏子たちの生き方は実践に現れてきます。秩父神社にかかわる方々の実践をお聴きしていると、日本の原点を感じ、また日本人らしさを感じ、さらにはその生き方をしている方々に誇りを感じます。

自分たちが誇らしいと思えることこそ本来の自信であり、そこが地域の最大の魅力になります。自分たちの魅力が減退するのは、理念を蔑ろにし実践を怠るからです。そうしているうちに地域の魅力が消失していくのです。大切なものを守ろうする人々の真心に触れて、改めて自分自身が取り組んでいることの意味を学び直しました。

今回のご縁で自分たちが実践するということの意味、理念を大切に本物を譲り遺していくことの意味を深く感じ取りました。私の信じる神社のかたちもはっきりと再確認でき、有り難い思いでいっぱいです。今、実践をさせていただていること、それを深め積み重ねながら沢山の方々のつながりとご縁、そのすべてに感謝しながら子供第一義の理念を丹精を込めて今日も実践していきたいと思います。

色々とご教授いただき感謝しています、引き続き御恩返しの実践をしご報告していきたいと思います。

物事の見方~人生の道~

物事というものはその見方というものが存在します。同じ出来事があったとしても人によってその受け止め方は様々です。私たちは生き方と働き方の一致を実践していますが、実際はそこが分かれてしまっている人が増えていろいろと生活が大変になっている人が多いように思います。

よく公私混同の話がありますが、本来は公私ではなく人生で考えれば公私などと別に分ける必要はありません。しかし実際は、これはプライベートだからとかこれは公だからとか一つの人生を自分の都合のよいように分けてはかえってバランスが取れずに大変になっています。

人生というものの尺度を物事を測ってみれば、どれも自分の人生なのだから正直にやっていくことがもっとも道に相応しくなっていくように私は思います。物事の判断基準というものは、一般的には自分というものを中心に左右に分けていきます。自分にとって損か得かと考えるということです。自己実現などという言葉も、自分というものを中心に考えれば自分の思い通りになったことが自己実現ということになります。しかしそれは単なる自己満足であって自己実現ではありません。

ではどうすれば自己実現になるのか、それは全体の中で自分が役割を果たせたり、全体とのつながりの中で自分自身がその循環の一部になっていくというように自然の一部として自分が周りから活かされる存在になっていったとき自己が実現されたということになるのでしょう。常に思い通りに人生を人生と呼ぶのではなく、思う通りではないけれど思っていた以上のものがあったというのが人生の醍醐味だと思います。

そして実際にその判断基準を転換していくためにも「物事の見方」を換えていくしかないように私は思います。小林正観さんに「見方道の家元」という言葉があります。本来は家元というのは一人なのでしょうが、正観さんは見方道はたくさんの人たちが家元になれると言います。その一つに「ありがたい」と感謝で観るという見方の話がでてきます。

そこでは私たちが住んでいる国は、三つに分かれていると言っています。一つ目の国は「悲帝国」(ひていこく)「悲しい」は「非ずの心」と書きます。非ずの心とは「そうではない、そうではない」と思う心です。コップに水が八分目まで入っていても「八分しかないじゃないか」と否定的に考える人たちの国です。

「悲帝国」の住民は目が見えているだけでも十分に幸せなのに「もっとどこかに幸せがあるはずだ」と満たされない心で生きているそうです。

これはないものねだりであるものを探そうとしない、自分探しはしているけれど自分にあるものを見つけられないこれらはとても否定的であるということです。

そして二つ目の国は「好帝国」(こうていこく)この国の人たちはどんなことがあっても「嬉しい、楽しい、幸せ」と肯定的にとらえる明るい人たちの集団だそうです。

これはあるものを見つけて感謝する、なんでも前向きに受け止めて前進するといったポジティブで肯定的な人たちということです。

そして最後の三つ目の国は「ありが帝国」(ありがていこく)。コップに三分目までしか水が残っていなくても「誰かが三分だけ残してくれたありがたい」と感謝の心でとらえる人たちの集団だそうです。

この「ありが帝国」の住人は自分以外のものにも手を合わせ笑顔で「ありがとう」を言い続けている人たちですから謙虚に穏やかに生きて楽に、楽しく生きている人たちになるそうです。

これは私が言うと「どんなことがあっても好いことへと転じている生き方」の人たちです。禍転じて福にしている生き方、どんな人生であっても自分の人生なのだからと感謝で生きている達人たちのことです。今ここにあることが感謝、今生きていることが感謝、今、活かされていることが感謝と、感謝感謝が人生そのものになっています。

私はこの見方ということが充実した人生において何よりも大切だと思っています。なぜなら人生は一度きりであるし、二度とない天与の人生です。その人生をたいせつに味わうには生き方を変えていくしかありません。生き方を変えていけば自ずから働き方も変わっていきます、そうなれば公私混同しても公私一体になっていくだけですからそのうち生き方と働き方は一致して丸ごとの人生なっていくのです。

つまりは方程式のように書けば、人生=生き方+働き方×見方ということになるのでしょう。

どの国に生きていくかはその人が決めていますから、自分がありたい方へと素直に舵を切っていくのは、「分けない」という実践を続けていくことで実現していきます。いろいろと周りは言いますが私は信じる人生の道を歩み、「ありが帝国」を子どもたちのためにも広げていきたいと思います。

 

つながりの再生

昨日、地域の再生についての話し合いに参加する機会がありました。地元のことについて改めて話を聞いてみると今までいろいろな方々が町を愛し、様々な取り組みをしてきたのがわかります。地元への愛着がある人が減って若い人がいなくなっていくのはとても寂しいものです。

私たちはもともと自分が育ってきた故郷というものがあります。その故郷には様々な思い出があります。その思い出を守りつつ、新しい町にしていこうとするのはそこで育ってきた、いや育ててもらったという恩があるからです。

私たちは町で暮らすとき、そういう先祖の恩や地域の御蔭様を感じるものです。今では、地域のコミュニティや御祭りなどの行事も失われ次第に先祖の恩や御蔭様などを感じることが減ってきたように思います。自分たちのことだけをやればいいという考え方というのは、「つながり」を断っていく行為です。

そうやって組織にいる人たちも自分のことばかりを考えて全体のことを顧みない人が増えてきているようにも思います。常に自分たちのことだけに終始するというのは、自分勝手になったわけではなくつながりが切れているという自分の感覚に気づくことが必要なのです。

誰の御蔭様でここまで生きてこられたか、どういうつながりで今の自分があるのか、なぜ今の自分がこの環境の中で存在しているのか、そういう一つ一つを勿体ないと有難く感謝できるからこそ人はつながりを感じながら生きていくことができるのです。

つながることで人は安心し、よりつながりの絆を強めて厚くしていこうとしますから御恩や御蔭様の中にいることに気づけます。つながりが消えると同時に、人は自分自己の心配ばかりをはじめますから我慾に呑まれてしまうのでしょう。

己に克つという徳目は、先祖への御恩、感謝の心を忘れないということです。地域の再生はつながりの再生なのです。

なぜ自分が地域へのご恩返しをはじめたいと思ったのか、そこに御蔭様の実践の導きを感じます。引き続き、子どもたちが安心して暮らして町を好きになってもらえるように自らが小さな実践から積み重ねていきたいと思います。

国家の未来

シンガポールに来て国家の繁栄を洞察していると学ぶことがたくさんあります。初代首相リークアンユーがこの国の工業の発展についてインタビューされたとき「わが国は、このように小さくて資源が何もないんです。ですから外国からきていただいたり、 工業国家になる以外に生きていく道がなかったんです。 資源が何もないことが、ここまできた秘密なんです。」と言いました。

ないものねだりではなく、あるものを探す、そしてそこに知恵を働かせたということです。これは組織マネージメントにおいても同じことで、ないからできないのではなくないなかでも知恵を出すことをあるものを創出するという起業家精神があります。

自分の持ち味に特化するということは、このないものばかりを直そうやないものばかりを修正しようとする発想ではなく如何にある部分を捨てて全体の中で自分が活かせるものに特化するかということに似ています。つまりは、自分の欲望や都合を優先せずに全体の中で自分を如何に活用してもらえるか、そうやって生きてきたということです。

そして国家の形成は簡単に行ったのではなく、時間をかけてじっくりと行ってきました。そのことについてこういいます。「要は急がば回れだ。過去につちかってきた習慣や既得権を捨てたがる人はいない。ただ、一国として存続するには、ある種の特色、共通の国民性をもつ必要がある。圧力をかけると問題にぶつかる。だが、優しく、少しずつ働きかければ、同化はせずとも、やがて融合するのがものの道理だ。」

重心を低くし、理念に向かって実践していかなければ今のシンガポールはありません。多民族多言語多文化が融合するこの国家の発展と繁栄は、時間をかけてじっくりと包み込んできた政策が今にいたるように思います。

世界の中でのHUBを目指し、この国にどうやって来ていただくか、この国をどうやって活用していただくかと、考えて尽くしてきたからこそこの国にくる外国人は快適に過ごしこの国の利点を活かしほかの国々とのビジネスを成功させているように思います。

そしてこうも言います。「わが国は国粋主義になろうとする傾向に抵抗する必要がある。考え方も行動も国際的にならなければいけないのだ。外国に行かせたり、外国人と交流させたりして、世界レベルに追いつくように、わが国の人材を育てる必要がある。」

人材こそが最大の資源であるとし、国防費の次に教育費をあてるほど人材育成に力を注ぎます。国家が何を優先しているのかを観ればその国の理念が観えてきます。この先は中国が台頭し、アジアは中国を中心にビジネスを展開することになっていきます。その時、必要なのはそのネットワークを駆使して如何にこのアジアでの自分の役割を担い活かすかということになってきます。

少し先の未来を予見しても、急速な少子高齢化の人語減の日本の未来においてこれからどのように私たちは多民族間と調和しいけばいいかシンガポールから学ぶことが多くあります。

引き続き、子どもたちのためにも未来のために今できることを学び直して遺して譲っていきたいと思います。

国家の理念

シンガポールに来て学校をはじめ様々な生活を観察していると直観するものがあります。それは理念があるということです。理念がある中で働く人たちや、理念が明確になっている中で動く人たちには活気があり、さらにどのように自分たちが行動し考えればいいのかがわかります。この淡路島ほどの小さな島が、この50年でここまで発展を遂げたのは初代首相リー・クアンユーの理念がはっきりと現れたということです。

シンガポールは歴史を振り返れば太平洋戦争のあとから食住もままならないほど貧困を体験し、その後、先進国の仲間入りを果たすまで様々なことを学び取り入れてきました。今では一人当たりのGDPも日本を抜きました。その改革の手法から周りからは独裁者だとののしられながらも、「志を持てば人気取りなど必要ない」と喝破し自ら理想の国家を実現するために今まで迫害を受けた国家からも学び、様々なことを融和していきました。

昨日から混ざり合うことを書いていますが、この混ざるには矛盾を受け容れた両義性のようなもの必要になります。その両義性は両義性をみても理解できるものではなく、矛盾を受け容れるには理念が必要なのです。

私も理念の仕事をしていてすぐにわかるのですが、多様な価値観を受け容れ、多様な文化多人種を融和していくには人々が納得するような確固とした理念が必要です。理念があるからこそこの国家がどのようにこれから発展していくかもわかりますし、リーダーが理念を実践するから国民もまたそれについていくのです。

私が視察する中でいつも大事にするのは、目に見えない部分をいかに観るかということです。それは人々の発言の中にどれだけ理念が浸透しているかを観ているのです。どんな組織であれ、普通といわれる常識を壊し、新しい常識をつくっていくのは理念を実現しようと実践していく人たちの揺るがない信念と忍耐です。

そういうものがある国家には、その理念を尊重して一緒に理念と共に生きる仲間が生まれます。国家運営においても、組織運営においても、その根本は常に普遍的な理念によるものだと私は思います。

シンガポールはこのまま、どんな時代の中にあっても国民を守ろうという意思を持ち理念が実践されていくように感じました。様々な問題はそれを実現するための一つの課題でしかなく、問題はすべて変革ための善いことになりますからこの先もまた新しいシンガポールを築いていくように私は思います。

日本を祈ると、日本はどのような理念でこの先の未来を築くのでしょうか。

先史先祖から連綿と紬ぎ繋いできたものを私たちはきちんと受け取りそれを日本の人々と一緒に実現していく必要を感じています。そのためには日本人の一人一人が魂の目覚めのような気付きを自覚する必要を感じます。天皇がいて、理念を守ってくださっていますから私たちは気づくかどうかを問われています。

最後に、シンガポール初代首相リー・クアンユーの言葉です。

「後悔はない。私の人生のほぼ全てをこの国をつくりあげることに使った。それ以外に私がする必要のあることなどなかった。私が最後に得たものは何か。成功したシンガポールだ。私が捨てなければならなかったものは何か。私の人生だ。」

理念に生きる人があって今の現実がある、どう生きるか、その生き方が未来ですから未来のために生き方を見つめて生き方を見直して生き方を変えていきたいと思います。

混ざり合うこと

昨日からシンガポールに来ています。前回の教育視察を経て、今回はより具体的に学校内部の生活や寮、そのほか留学生たちの状況、さまざまなことを深められると思います。

シンガポールは、中国系、マレー系、インド系、その他、町に出てみればすぐにわかりますがここは非常に多くの多国籍の人たちが暮らしています。日本のような島国はあまりそう外国人が多いというイメージはありませんが、このシンガポールはいつも様々な人々が混ざり合っている感じがします。

私がこの国に最初に興味を持ったのは、10年ほど前にブルーオーシャン戦略の講演で来日したチャン・キム教授がこのシンガポールは国家としてこの戦略を取り入れているという話でした。大きさ的には東京23区ほどの広さしかなく、資源も乏しいこの国は自分たちの持ち味に特化することでアジアの優等生と呼ばれるほどの経済大国になり、今の立ち位置を手に入れました。

確かにいろいろな人たちがここを出入りし、様々な国へと移動していきます。HUBとしての要素は非常に強く、以前訪問したオランダにも通じるところがあります。自分を通過してそれを混ぜていくという文化は、寛容さが必要です。一つの価値観だけで縛りその価値観のみを強烈に押し付けるという文化ではこの混ざり合うことができなくなります。

私はこれからの時代は、より多国籍他民族が混然と一体になっていくように思います。ボーダーレス、国境のない世界になればなるほどにあらゆる価値観を受け容れて人類共通の大きなビジョンに導く人々が世界をつなぎなおしていきます。

そのためには、一円融合といって「とらわれない・こだわらない・こしつしない」といった融通無碍の境地を持った人たちが、それぞれの持ち味を発揮していく環境を用意して人々の善きところを引き出してそれを合わせることができるように導かなければなりません。

これからの教育においては、まさにそのような混然一体の中で一円融合しつつ理念を優先できるような人材が必要だと私は思います。混ざれない人というのは自分や自我を優先して周りを変化させようとする我儘な人です。自然界は混ざっていないものなど一つもなく、すべての存在は混ざることで成り立っているのです。

自分ばかりを優先しては混ざろうとしないでは、とても一円融合し融通無碍になっているわけではありません。自分よりも理念が優先できる人はどんなものでも混ざっていけます。

言い換えるのなら「これはこれでいい」とその時々の今を、すべて最幸だと受け容れる感性を持つということです。今が幸せな人は、どんなものとも混ざっていけますが今が不幸だと思っている人は何にも混ざれません。

人生は天にお任せし、天命を信じ来たものを選ばず人事を尽くしているからこそ何があっても好いことだと転じられるように思います。私にとっての混ぜていいくのは転じ続けていくことと同じです。

この国から日本を顧みて、改めてこれからの教育の方向性を確認していきたいと思います。

 

失われた文化

昨日は古民家の床材を古材でリメイクするために古材屋さんの工場に大工の棟梁とお伺いしてきました。そこには長くて百数十年前から数十年前の古材があり、解体されたものが集まってきていました。本来は捨てていくようなものを拾い集めて再利用していくということはいまは失われた文化だとも言えます。

かつて日本の先祖たちはものを大切に最後まで使い切っていました。それは捨てない文化だったともいえます。今では捨てる文化が広がり、捨てること前提で作られたものはすぐに壊れてしまいます。

昔のように末永く使うだろうと思い素材から吟味し大事につくるという文化は廃れ、大量生産大量消費の中で便利に使えて安く交換できるようなものが蔓延しました。同時に捨てる文化が広がり、捨てない文化がなくなりました。

自然からいただいたものだからこそ大事に使い切るという発想は、いのちをいただくのだからそのいのちを使い切るという発想から来ています。樹齢数百年の樹木を切り倒しそれを木材にし、建築をする。その木材になったいのちをどれだけ大切に扱ったか、そこに自然と共生していく思想があります。

今では解体屋がきては、ものの数日ですべてを破壊し焼却しますがそれまでのいのちはいともたやすく捨てられます。いのちが大切にされない時代だからこそ、心が病んでいる人がふえたようにも思います。

使い捨てというのは、自分の利用価値がなくなれば価値がないという考えから来ています。いまの時代はもったいないという言葉の意味も、単に自分にとっての損得の基準で使われるようになってきました。本来のもったいないは、いのちを使い切っていないのだからまだまだ活かせるという意味でもったいないと感じたように思います。他にももったいないには、自分の損得を超えていただいたご縁のことや、一期一会に形を変えてはお役にたっている尊い姿にもったいないと感じていたはずです。

昨日の古材屋さんが古材が集まらないと嘆いていたのは、それだけ古いものの価値が捨てられていることが進んでいるということでもあります。昔の家屋は先祖たちが子孫のことを慮り、立派な梁や柱を用意し、それを解体し組みなおして温故知新して代々の子孫へと継承していき命をつないでいきました。

この子孫繁栄の仕組みと人類の発展の原点、それを忘れてしまった人類は少子高齢化の中で大事なものを捨てていることにそろそろ気づいてくると思います。

改めて、今の人々が捨てていくものを拾うという発想が必要だと思います。それは捨てていく文化の中でもっとも大切なものを拾い続けるという意味です。

引き続き復古創新を学び直していきたいと思います。

家生~主家一体~

古民家再生をはじめてから慣れない大工作業で、身体中のあちこちが筋肉痛や傷だらけです。自然農の方は畑にいけなくなった分、目が行き届かずなんとか実るものもありますがやはり手入れ心配りが足りない分、畑の作物たちも寂しそうです。

昨日は床下に合計1200キロの備長炭の敷き詰めが終了しました。また水晶のかけらも15キロほど撒いています。そのほか、外壁のベンガラ塗装や、家の中のあらゆる建具の修理、また押入れ内の補修など、漆喰やヒバ油によるメンテナンスを含めるときりがありません。

この4月からはじまった古民家再生は、有り難いことにかなりの速度で仕上がってきています。まるでこの後に何かが起こることを予感させ、そのためにタイミングが合っているかのような感触があります。

家が喜ぶかといったテーマは、昨年島根石見銀山にある220年の他郷阿部家からいただいた命題でもあります。あのご縁から約1年で、ここまでいろいろな学びがあったものだと感慨深く思います。

今では御蔭様をもって頭で考えていた家が喜ぶというよりも、実感として家が喜ぶのを感じます。家は単なる建物ではなく人と共に生きているものですから、家が喜ぶのはそこに人が住むからです。この住むというのは、もちろん暮らしのことですがこの字は分解すると「主人」と書きます。つまり家に住むということにおいて何よりも大切なのは一家のあるじ、つまり主人がいるということです。

主人がいる家というのは、その主人の人格が家に現れてきます。どんな主人がどんな理念でその一家を纏めているかは家を観れば一目でわかります。家にはその主人の個性が出てきて、一家の人々の持ち味が和合しその家の暮らしにおいて家を飾り立てていきます。

家は主人次第でどうにでも変化しますが、主人のいない家の寂しさといえば悲しいものです。ちょうど隣家も同じくらいの古い古民家ですが、もう10年以上誰も住んでいません。人が住まない家はあっという間に傷んで壊れてしまいます。雨漏りがはじまり、あちこちが腐り始め、そして雑草に覆われ朽ちていきます。何とかしたいと思いますが今はまだどうにもできません。主人が現れるのをじっと待つ家には、その時を耐え忍ぶ姿が見えます。

なぜ家が人間の寿命よりも長生きするのか、それはその家に主人が居続けているからです。主人が暮らした家が、その家の寿命ですから代々の主人がその家に現れれば家が喜ぶのです。そして主人が大切にしてくれる人であればあるほどに家は新しい主人とご縁を結びその家生を喜びます。

家とは、生物にとって主家一体のものです。

人間の寿命よりも長い生き物たちには、その生命において仕えている主人があるということです。私たちはこの本質を見誤ってはならないように私はおもいます。私が実践する初心伝承も、理念継承も、風土文化育成においてもすべてはこの仕事に懸っています。

引き続き古民家再生を通して、子どもに譲り遺したい生き方と働き方の一致を深めていきたいと思います。