お水

四千年前の中国最古といわれる夏王朝に禹王という人物がいます。この方は、水土の理を深く理解し、水の道に従って天下を治めた聖王、そして水神とも呼ばれ民衆に称えられます。

この禹王の時代は天下は大洪水に苦しんでいました。川はあふれ、田畑は水に沈み、人々は住む場所と食べ物を失っていました。そして暮らし消え、村が崩れ、国も乱れました。

むかしは水を治めることは、川だけを治めることではなく、人々の命と暮らしを治めることです。この禹王の父である鯀は、国家の命運をかけて水を堤防で囲い込み、力によって押さえようとしましたが力によって水は抑え込めずに行き場を失った水は力を増し、ついには堤防を破り、さらに大きな洪水となってあふれました。そして処罰されいのちを失いました。

その父の失敗を受け継いだ禹王は、まったく反対の道を選びます。水を力で抑え込むのではなく、流す。そして水が本来向かう道を拓くという考え方によって治水を実現しました。そして、国家を同様に見事に治めていきます。

この禹王の治水を「禹の水を治むるは、水の道なり」と孟子はいいました。

この禹王が行ったのは、もともと水土の中にある道を読み取り、流れを塞いでいるものを取り除き、水が本来の働きを取り戻せるように調えて治めたのです。治めるとは、支配することではなく、本来の働きが自然に現れるように調えたということ。

最近、流域という言葉をよく聴きます。流域は、お水が集まりそこで数々の生命が結ばれ繁栄していく場のことです。そして水土は、その土地がその土地らしく育つ場ができることです。

私は徳積循環に関心がありますから、この水土に強く惹かれます。この水土は、風土と似ていますが明らかに水の道のことを示唆します。

お水を知るには、その土地の水土を知ることからはじまります。つまりお水の源流、上流のお山からです。お山を知ることが下流を知ることにつながります。そしてお山を知るには、先人たちが続けてきたお山の暮らし(智慧)を実践することからです。

私が英彦山の宿坊でお山の暮らしを甦生するのは、水土を學び直すためです。水土こそいのちの甦生の要諦ともいえます。どのようにいのちが循環しているか、どうすれば甦生するのかを観るのです。

お水が喜び廻れば、人の心も癒され喜び廻ります。お水が土と人を結ぶのです。

古代の中国では「善く国を治める者は、まず水を治める」とし、為政者の徳目第一とされました。「治める」のは、力の支配ではなく「徳を活かす」ことだと定義していたのです。

最後に作者不明の有名なお水の徳目、「水五訓」で締めくくります。

一 常に己の進路を求めてやまず自ら動いて他を動かすは水なり

二 如何なる障害にも屈せず巌(いわ)をも透す力を蓄えながらよく方円の器にも従い和合の性を兼ね備えるは水なり

三 自ら清くして他の汚れを洗い清濁合わせ容れるの量あるは水なり

四 力となり光となり生産と生活に無限の奉仕を行い何ら報いを求めざるは水なり

五 洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)たる鏡となりたえるもその性を失わざるは水なり

今年の私のテーマは「お水」です。

一緒にお水を先生に学び直していきましょう。