自然と必然の妙味

人生というのは面白いもので、自分に真っすぐに向あい内省を続けているとあれはこういうことだったのかという意味に出会うことが多々あります。その時は、なぜこんな目にと理不尽に心を傷めていても時間が経てばそれがまるで答え合わせのように必然を実感するのです。

例えば、ご縁というものがあります。あの時、あの人に出会わなければというものが多々あるものです。それがその後の人生に多大な影響を与え今の自分のすべてを形成する切っ掛けになっていたりします。

出会いであれば、ただ偶然出会ったのではなく何か大切な話をしたり影響を受けたり、気づいたり感動したり決心したりしたことがあったということです。偶然のように観えてすべて必然であり、覚悟を決めて判断したことで未来が変わっていくのです。

このすべて必然というものには一つの安心感があります。それはどうにもならなかったという事実、そしてどうにでもなれという手放し、どうにかなるという信心のようなものでしょうか。

できることは、過ぎたことを反省して改善し、これから訪れる未来に真っすぐに向き合い、今に最善を盡すということくらいでしょうか。

時は変わり続けますから、自分も一緒に変わり続けていくのが人生ということでしょう。だからこそ、自然と必然の妙味を楽しむことができるように思います。

奇跡のように観えるその瞬間もまた、学びの一期一会です。私たちはこの一期一会の日々を生き、学び、体験や智慧や氣づきを得て変化を已みません。成長の仕合せというのは、感じる仕合せです。そして好奇心は育ちます。

子どもたちのお手本になるように好奇心を大切に、あらゆることを必然として正対して学び続けていきたいと思います。

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