伝承の意味~何のために~

昨日の西日本新聞の記事で下記のようなニュースが流れました。

「山梨県笛吹市の送り盆の行事「甲斐いちのみや大文字焼き」で16日、火の代わりに「大」の形に並べた発光ダイオード(LED)が点灯された。火をともす足場が風雨で滑りやすく、安全性を考慮して今年から切り替えた。同市観光商工課は「送り火のLED化は全国でも珍しいのでは」としている。甲斐いちのみや大文字焼きは、江戸時代に行われていたものを1988年に再開。実行委員会などによると、昨年までは山の斜面に木で組む井桁で火をともしていたが、延焼しないよう見守るスタッフを置く斜面は、足場が不安定だった。」

送り火をLEDに換えるという記事ですが、一見読んでいると安全面を配慮しと書いているのでそれはそれで理由は理解できます。しかし本来、何のために1988年に江戸時代に行われていたものを再開したのかの理由が失われているのがわかります。

事物にはその事物を行う優先順位というものがあります。何をもっとも優先するかというのが理念であり、その理念を優先するから本物が遺り続けて伝承の意味が出てきます。

どの時点で伝承が終わるかといえば、本質がすげ換ってしまうときです。報道と共に「大文字」の火とLEDが比較されていましたが明らかに品がなくなっているLEDを見てこれを見て江戸時代に行われていた送り火の意味は感じることはないだろうなと改めて思いました。

現代は、代用品があふれ似て非なるものばかりで構成される世の中です。価値観もそれでいいと思っている人が増えていますから、本物風や本物らしいものでもいいと思われがちですがそれは本物ではないのは火を見るよりも明らかです。

たとえば、室内植物なども手入れが面倒だからと造花などで誤魔化して一見、緑が多いと感じますが本来の植物が持つ癒しの効果はまったくありませんし美しさも似せているだけで自然物の持つ自然美はありません。

優先順位や理念を見失えば何のためにやっているのかがわからなくなるものです。そうやって何のためにを考えない人が増えれば、すぐに他の優先順位が上がってきます。それが目先の課題の解決であったり、身近な不平不満を解消するものであったりが正しいことになり、それが正論として誰も反対することもなくなり、なし崩し的に消えていくのでしょう。

そもそも何のためにそれをはじめたのか、こういう時こそ一度みんなで考え直す必要がありますし、初心が伝承されなくなった理由が自分たちの都合ではないかと自分自身を見つめ直す必要があると私は思います。

伝統を継承するものとして、如何に意味を間違えないで維持し続けるかは先人たちの思いをそのままに受け継ぐ資格を持てているかと自反慎独して本質を大切に守る必要があると私は思います。

引き続き、時代が変わっていく中でも変えていいものと変えてはならないものを判断し伝承の意味を深めていきたいと思います。

お地蔵さんの修行

毎年、夏になると私はいつも仏陀の教えや観音菩薩のことを深めるご縁が多かったように思います。夏の厳しい暑さと強い日差し、お地蔵さんの線香の薫り、また蝉の鳴き声を聴けば無常さを感じることが多いからかもしれません。

私は幼いころから、近所にあるお地蔵さんがとても好きでいつもお参りしていました。大人になった今でも、そのころの初心や習慣は失われずいつも心が其処に向かい気が付くと足を運んで拝んでいます。拝むという心は、自分以外の観えない存在を身近に感じる一つの仕組みのようにも思います。

毎日、拝んでいると当たり前ではないことや御蔭様に助けていただいていること、また有難い恩恵をたくさんいただいていることなどを実感して日々の過ごし方や受け取り方が変化していきます。日々は小さな実践かもしれませんが、今の自分を形成し心を成形してくださっている基礎になっています。

大人になって私が仏教で最初に感動したのは、観音信仰との出会いです。日本では飛鳥時代より観音信仰が弘がり、時代地域を問わずに今でも観音様として人々に親しまれています。

観音様の徳は、救うべき相手に応じて仏身から王や龍や夜叉にもなり、三十三種類の姿に変えてまで衆生を救う『観音の三十三身』の方便力を持つといいます。この三十三は、無限の数でもあります。そこから千手千眼観音様も顕現してきて、ありとあらゆる姿とありとらゆる方法で人々を救う菩薩と信じられました。その徳はまるで水の徳であり、水がすべてを受け容れてあらゆるものに形を変えていのちを救っていく姿と重なっているかのように思います。

日本は水が豊富で、あらゆるところに水が湧きます。その湧水の傍には観音霊場が多いのも、水の徳と観音様を合わせて拝んでいたからかもしれません。

観音様の教えに六波羅蜜というものがあります。これは人間は、その宿命として六道というものを歩むことになります。これは天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道といって、それぞれに苦しみの道があるといわれます。例えば、修羅道はいつも誰かと争いをしている世界、畜生道は理性を失っている世界、餓鬼道は飢えで苦しんでいる世界などそれぞれの苦道があります。これを六道輪廻といい、それを潤繰りを巡りながら私たちは日常を過ごしているとも言えます。これらの欲の渇きを潤すためにさらに罪を重ねていくのが人間の業ですから、これを砥石にどのように人格を磨いていけばいいかが私たちが問われている課題でもあります。

山伏が六根清浄といいながら山を歩き修行をするのは、この六道の渇きを清め給えといいながら歩んでいるともいえます。この六道から救ってくださるのが観音菩薩の徳であり、どのような清めと浄化の実践が最も効果があるのかを六波羅蜜の中で教えてくれます。

そこには布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧、という実践を行うことで磨くようにと書かれます。つまり布施は、文字通り奪うよりも与える生き方を、持戒は、自ら決めた戒めを守ること、そして禅定は精神を乱さず平常心を保つこと、智慧は自然の法則を学ぶこと、忍辱は耐え忍ぶこと、そして精進は慢心せずに継続努力を怠らないことなどがあります。

例えば、現在が天上道であれば精進を実践し、現在が人間道であれば智慧を実践し、現在が修羅道であれば持戒を実践し、現在が餓鬼道であれば布施を実践し、現在が畜生道であれば禅定を実践し、現在が地獄道であれば忍辱を実践する。つまり修行というものはこれらの苦道の中で何を行うか、つまり実践のことを言います。

その修行を見守ってくださっているから一緒にやりましょうというのが観音様の存在のように私は思います。どうにもならないけれど一緒に歩んでくれる人があるという思いやりや真心は、そのこと自体が苦を和らげ道を楽しくしてくれます。

業から逃げるのではなく、業を避けるのではなく、その業をどう味わっていくか、ここに人間の一生の妙味もまたあるように感じます。引き続き、実践が多く実践ばかりと辟易されることもありますが一緒に歩んでいる仲間がいることを伝え、また菩薩のように先に歩むだけではなく一緒に歩んで導いていこうといった思いやりに生きる姿をお地蔵さんから学んだからこそその教えを実体験をもって伝承していきたいと思います。

精霊の伝承

本日で盂蘭盆会が終わり、いよいよ送り火をしてご先祖様を送り出します。私の小さい頃は近所の川に精霊送りというものを行っていた記憶がありますが、今ではゴミ問題などがあり禁止になっています。これは藁で作った舟にお供え物や飾り物を乗せた精霊舟、またたくさんの灯篭を流して、さらに病気や災いも一緒に流すという意味があったといいます。

送り火というのは御先祖様があの世に帰るときにその火に乗って帰られるからと信じられています。火と共に訪れて、火と共に帰っていくという仕組みですが火の精霊を通して私たちは御先祖様の心を静かに感じ取っていたのかもしれません。

古代の日本人は常に精霊と共に暮らしを営んできたといいます。精霊とか幽霊とか今はそれは非科学的だと馬鹿にする人もいますが、それは現代ではかつてからの信仰が変わってしまったからに他なりません。

精霊については感じるものですが、その説明書きはウィキペディアに書かれています。

『古代日本では自然物には生物も無生物も精霊(spirit) が宿っていると信じ、それを「チ」と呼んで名称の語尾につけた[2]。古事記や風土記などの古代文献には葉の精を「ハツチ(葉槌)」、岩の精を「イワツチ(磐土)」、野の精を「ノツチ(野椎)」、木の精を「ククノチ(久久能智)」、水の精を「ミツチ(水虬)」、火の精「カグツチ(軻遇突智)」、潮の精を「シオツチ(塩椎)」などと呼んでいたことが知られている。また、自然界の力の発現はその精霊の働きと信じ、雷を「イカツヂ」、蛇を「オロチ」などと呼んだ。こうした精霊の働きは人工物や人間の操作にも及び、刀の力は「タチ」、手の力は「テナツチ(手那豆智)」足の力は「アシナツチ(足那豆智)」、幸福をもたらす力は「サチ(狭知)」などと呼ばれていた。人間の生命や力の源が、血液の「血」にあると信じられたところに、「チ」が起源しているとも言われている。土(ツチ)、道(ミチ)、父(チチ)も同じ考えが表現されたものと見ることができる。また神話や古代氏族、とりわけ国津神系の氏族の祖先には「チ」を名称の語尾につけているものが見出される。神話では「オオナムチ(意富阿那母知)」や「オオヒルメムチ(大日霎貴)」、氏族では物部氏の「ウマシマチ(宇摩志麻治)」や小椋氏の「トヨハチ(止与波知)」などである。神名や人名の語尾(正確には「〜神」、「〜命』の前の語)に「チ」がつく名前は最も古い名前のタイプで、草木が喋ると信じられていた自然主義的観念の時代を反映しているものと考えられている』

諺に「一寸の虫にも五分の魂」とありますが、小さな小虫や道具や物に魂がないと粗末にすればひどい目にあうものです。

日本人は精霊を信仰していたのは、火や水、土や風も生きていると感じていたからです。自然から離れればそんなものは感じないのでしょうが、自然と一体であれば他の虫や植物、動物たちのように水や風の流れを感じて暮らしを営むのでしょう。

古代の日本人の先祖がどのように生きてきたか、私はこの迎え火と送り火の中に感じます。この期間、私も常に炭を熾して火をかけていますがこの火の周囲に落ち着いた明かりが灯ります。

御先祖様が感じた光、ご先祖様のぬくもりを今に感じながら子孫のために私も先祖になっていきたいと思います。

 

土から学ぶ

先月から郷里で伝統を受け継いでいる三代目の左官さんが、古民家の漆喰をすべて塗り替える作業を進めてくださっています。糊も海藻からつくり、漆喰も古来からの調合で仕上げていくというかつての伝統に沿って取り組んでくださっております。

現在の住宅では、漆喰の壁というものをあまり用いられなくなり若い左官さんは漆喰を塗った経験がある人も少ないそうです。もっぱらモルタルやセメントなどの塗りが多く、かつての伝統的な土壁の仕事は年々減っているといいます。

日本古来からある伝統的な家屋が失われていけば、それまで伝統と共に先祖の智慧を紡いできた職人さんたちの仕事が失われ大切な伝承ができなくなってきます。家は自分のためだけに建てるのではなく、先祖から子孫にいたるまでずっと長くこの気候風土の中で幸福に過ごしてほしいといった先祖たちの祈りと共にあるようにも思います。ただ安いからや便利だから、見た目がよく流行りだけで飛びついてしまえば建てるという本来のプロセスや意味を素通りしてしまいます。

現在の住宅は平成8年当時の国土交通省が発表した『建設白書』によると、日本の住宅の平均寿命は26年だといわれています。これは1920年代に化学接着剤が発明されそれから50、60年前に尿素系の化学接着剤で合板というものが市場に出て住宅用建材として多く使われたといいます。 このような住宅建材としての合板普及が日本の住宅の寿命を短命にしたといわれます。他にも短命になっている理由はコンクリートも中の鉄筋が腐食することで建物の強度は落ちますし、シーリングやコーキングも劣化により隙間から結露が入ってきます。

古来からの湿式工法は、気候風土、自然素材を相手に作業をするので職人の技量の差がでてきますが乾式工法はマニュアルどおりに施工すれば、ある一定の水準は維持できます。大量生産大量消費の考え方は、家にも入り込んできていて誰でも簡単便利にプロ風にできて早く安いものが主流になっているのです。それに会社側のお金の観点で見ても乾式工法の方が早く建てられ壊しやすく、また年数経てば建て替え需要もありますから迷うことなくそれを進めていくのでしょう。

改めて家を建てるのに何を基準にするか、誰も疑問に思いませんが物を正しく買うことと同様に観点を間違ってしまえば間違えた通りの家になってしまうということだと私は思います。家は人生のパートナーですから、どんな家に住むかで一生の運気が左右されてしまいます。

今回の古民家甦生では以前からあった漆喰を剥がして新しい漆喰に塗り替えていきますがその下地には120年前に塗った藁が入り混じった荒土が出てきます。その分厚い荒土に触れていると、歴史を感じ、この土が長い間のこの土地の風土に順応し、呼吸をして今でも息づいているのを感じると風土と一緒一体になって私たちと共に生きている家のいのちを感じます。

梅雨から夏の終わりにかけて大量に発生してくる水分を溜め込んだ土は、秋から冬にかけてそれを吐き出していきます。温暖湿潤気候の日本の風土で、年間を通して一定の湿度を保ってくれている家はとても快適そのものです。

吉田兼好が徒然草の中で、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」といいましたが冷暖房をフルに使って電気代をかけて密閉住宅に住むというのはかえってお金がかかってしまうでしょう。お金をかけまいと乾式工法を選び、お金がかかる家に住む現代をみて吉田兼好はなんというでしょうか。

結局は、伝統というものが崩れていく背景にはこのお金というものの新しい価値観によって左右されていくということだと私は思います。これからさらに仮想通過やAIの出現により地域や風土を無視したものが増えていくと思いますが、振り子のように帰って本来の原点に回帰しようとする学び直しも出てきます。

一足先に取り組みつつ、時代の変わり目に子どもたちに大切なものを伝承していけるように思想も生きる姿勢も磨き直していきたいと思います。

小さな種火

日本には古来から民族が信仰してきた伝統があります。それはいつはじまったものか、誰がはじめたものかは神話までしか遡れませんが今でも日本人の暮らしの中に残存しているものです。

例えば、八百万の神々というものや自然への畏敬を崇拝しているところにも観られます。私たちは無意識に山川草木のすべてにカミを見出し、すべての物にも魂が宿っていると信じて勿体ないいのちと大切に接してきた民族だといわれます。

その根底にある古来からの信仰が日本の伝統的なしきたり、年中行事の根底に息づいているともいわれます。それがここにきて、西洋から流入した生活文化に影響を受けかつての伝統のしきたりも年中行事も失いかけています。それはグローバリズムの影響を受けたのは一目瞭然ですが、未来の子孫の安らかな暮らしを思うとき、私たちの世代で体験し気づいて反省したことを私たちの世代で改善していかなければと強く思うのです。

大きなことを言うのは簡単ですが、一人ひとりが自ら気づいてそれを実生活の中で改善していくことが世界を易えていくことです。そういう意味で伝統的なしきたりや年中行事を現在の暮らしの中に甦生させ創新することは最終的な世界の平和にも貢献していくことができます。

ハチドリの一滴ではないですが、民族の文化甦生の小さな日々の実践こそが世界の平和、人類の共生と繁栄に偉大な影響を与えると信じているから私たちは暮らしの甦生に取り組むのです。

話を戻せば、住環境の変化というものは古民家甦生を通して改めて実感することばかりです。昔は、農耕を主としその土地に住み、その土地から離れることはありませんでした。自分たちが生まれた土地を守ってくれる神を産土神とし産土神を祀る社を作り崇拝するようになりました。その土地に根付く存在として、その土地と共に大切に歩むという古来からの精神も美しい風土を守るための智慧の一つです。

今では若い人はどこにでも引っ越していきますし、マンション住まいになれば仏壇も神棚も置かなくなり、床の間もなく年中行事なども失われています。数千年、あるいは千何百年もずっと続いてきた伝統的な暮らしが失われる責任を私たちは感じなくなってきているのかもしれません。

民族が大切にしてきたものがなくなるというのは、民族がなくなるということです。日本民族が世界の中で多様性の一つとして世界貢献に発揮するためには私たちはその文化を今の時代でも昇華して世界に発信していかなければならない使命があります。子孫を思うとき、子孫はその伝統に見守られ世界で活躍していくのです。

改めて、日本民族の古来の信仰を学び直しそれをどんな小さな形でも子どもたちに譲り遺していけるように小さな種火を探し出しその火を絶やさないように守り続けていきたいと思います。

お盆の発祥

昨日からお盆に向けて、いつも見守て下さるご先祖様を迎え入れる準備をはじめています。よくお掃除をしてお供え物や迎え火、送り火の準備、そのほか様々なことを整えてこの期間を心静かに過ごします。

そもそもこのお盆とは何か、少し深めてみようと思います。

お盆という行事が最初に日本で行われたのは推古天皇の時代、606年だといわれます。日本古来の祖霊信仰とインドから入ってきた仏教が和合し、このお盆という行事が私たちの暮らしに定着しました。

このお盆は旧盆というものがあり、旧暦の7月13日から4日間ほど行われていました。しかし、その時期はちょうど農繁期で忙しくそれを遅らせようと明治以降からこの8月13日からの4日間をお盆の期間としたそうです。なのでこの時期は、月遅れの盆といいます。先日参加した京都の祇園祭は、旧暦のお盆と同時期に行われていましたから明治以降に暦が変わり行事の時期も変化したのが改めてわかります。

本来、行事の日程というのは古来よりその日でなければ風土や気候、自然との関係が薄れることから簡単に日程の変更はしてはならないものなのですが現代ではその辺の日時も珍紛漢紛になっているものが多く意味も薄れていっているようにも思います。

ご先祖様が故郷に帰ってきてくださる時期をこちらの都合で遅らせてもらうというのも微妙な気もしますが、どちらにしてもご先祖様への感謝の行事として私たちはこの時期はご先祖様の存在を身近に感じることができるように思います。

もともと「お盆」という呼び名は、インドで発祥した仏教の経典を中国の竺法護が訳した『盂蘭盆経』に由来する「盂蘭盆」が省略された言葉です。その盂蘭盆経にはこう読まれます。

『釈迦様が祇園精舎におられたときに、目連が初めて六神通を得て亡き父母に何かできないかと思った。その霊視力をもって世間を探した所、亡き母を餓鬼たちの中にみつけた。飲食も取れず骨と皮で立っていた。目連は悲しみ、すぐ鉢に御飯を盛って母のもとへ持っていった。母は御飯を得て、左手で鉢を支え右手で御飯を食べようとしたが口に入れる前に炭に変ってしまい食べることはできない。目連は大いに泣き叫び、釈迦様の所に帰って、このことを報告した。

お釈迦様は言うことには、あなたはお母さんの罪は重かったようだ。あなた一人の力ではどうにもできない。あなたの孝順の声が天地を動かし天や地の神々、邪魔や外道・道士に四天王まで動かしてもどうにもならない。まさに十方の修行している僧の力が集まれば解脱することができるだろう。これから救済の方法を教えよう。それですべての苦しみや憂いも消えるだろう。

お釈迦様は目連にこう言った。十方の衆僧が、七月十五日、「僧自恣」の日、まさに七世の祖先から現在の父母まで、厄難中者のためにつぎの物をお供えしなさい。御飯、多くのおかずと果物、水入れ、香油、燭台、敷物、寝具。世の甘美を尽くして盆中に分け、十方の大徳・衆僧を供養しなさい。この日、全ての修行者は或いは山間にあって禅定し或いは四道を得、或いは木の下で歩き経を上げ、或いは六種の神通力で 声聞や縁覚を教化し、或いは十地の菩薩が大人になり、神になり比丘になって大衆の中にあるのも、みな同じ心で、この御飯を頂けば清浄戒を守って修行する人たちのその徳は大きいだろう。これらの供養を「僧自恣」の日に父母も先祖も親族も三途の苦しみを出ることができて時に応じて解脱し、衣食に困らない。まだ父母が生きている人は、百年の福楽が与えられるだろう。もう既に亡い時も七世の祖先まで天に生じ自在天に生まれ変わって天の華光に入り、たくさんの快楽を受けられるだろう。

その時お釈迦様は十方の衆僧に命じた。まず施主の家のために呪願して七世の祖先の幸せを祈り坐禅をして心を定めしかる後に御飯をたべよ。初めて御飯をたべる時はまずその家の霊前に座ってみんなで祈願をしてから御飯をたべなさい。その時目連や集まった修行者たち皆大いに法悦に包まれ目連の泣き声もいつしか消えていた。

目連尊者の母は、この日をもって気の遠くなるような長い餓鬼の苦しみから救われ得た。目連はまたお釈迦様に言った。将来の全ての仏弟子も私を生んでくれた父母は、仏法僧の功徳をこうむることができた。衆僧の威神力のお陰である。将来の全ての仏弟子もこの盂蘭盆を奉じて父母から七世の先祖までを救うことができる。そのように願って果たされるでしょうか。

お釈迦様は答えて言う。

いい質問だ。今私が言おうと思ってたことを聞いてくれた。善男子よ、もし僧、尼、国王、皇太子、大臣、補佐官、長官、多くの役人、多くの民衆が慈悲、孝行をしようとするなら皆まさに生んでくれた父母から七世の祖先までの為、七月十五日の仏歓喜の日、僧自恣の日において多くの飲食物を用意して盂蘭盆中に安じ十方の僧に施して、祈願してもらいなさい。現在の父母の寿命が伸びて病気も無く一切の苦悩やわずらいも無くまた七世までの祖先は餓鬼の苦しみから離れ天人の中に生まれて福楽が大いにある。

お釈迦様は善男善女たちに告げて言った。

この仏弟子で孝順なる者はまさに念念の中に常に父母を思い七世の父母までを供養しなさい。毎年七月十五日に常に孝順の慈をもって両親から七世の祖先までを思い盂蘭盆を用意して仏や僧に施して、父母の長養慈愛の恩に報いなさい。もし一切の仏弟子とならばまさにこの法を奉持しなさい。この時目連、男女の出家・在家はお釈迦様の話に歓喜し奉行した。』

このように仏陀の説いたものが盂蘭盆経の中に記されています。

どんな意味があってこのお盆という行事が生まれ、何が起点になっているのか、古来を深めるということは先祖につながるということです。

引き続き子どもたちのためにも、お盆の行事を学び直してご先祖様との邂逅を味わっていきたいと思います。

仕事はリハビリ

先日、ある高校生が会社見学に来て私たちの初心会議に参加してくれました。その高校生は、学校生活をイキイキと楽しんでいるだけでなく社會のことや未来のことに深い関心を持ち、自立してどのように生きていくかを積極的に模索されていました。

特に印象的だったのは若さですが、若いというのは年齢だけではなく柔軟性があるということです。自由に物事を考える力があり、なんでも固定概念に縛られず納得いくまで行動しようとするところにその人物の可能性を大きく感じました。

論語に「学べばすなわち固ならず」という言葉があります。ユダヤの格言にも「柔軟性を持っている者は、いくら年をとっても若い者だ」とあります。常に何か変化しようと日々を学ぶ人は、固執して頑固になり固定概念に縛られることが少なくなります。

過去の刷り込みにいつまでも囚われるのは変わりたくないという感情の束縛であったり、新しいことに飛び込んでいくと柔軟に対応することが増えて大変だからいやだとか、歳と共に変化を嫌がって硬直していくものです。そのうち生き方も頑固になってしまい新しい考え方や深い生き方に出会っても学ぼうともしなくなっていきます。

しかし時代の変化と共に、価値観も変わり、同時に常識も変わりますから昔良かったことがいつまでもそのままよかったことであることはありません。あるとき、気が付けば突然に世の中の常識が変わってしまい、昔は難しかったことができる世の中になっていたり、昔は認められなかったことが認められるような世の中になるのです。

そういう中でも大切なのは、常に柔軟性をもって自分を変え続けて創造し続ける自分を育てていくということだと私は思います。そのためには、日々の変化に挑戦し、自らを毀し続けるために新しい未知の世界へ飛び込んでいく勇気、そして常に自分はわかった気になっているのではないか、自分は間違っているのではないかと、今の自分を疑い、新しい自分を発見発掘していく努力によって自己維新していく必要があるように私は思います。

固定概念に縛られいつまでも昔のままに自分に固執してしまえばそのうち時代と合わなくなってきます。大事なものを守りたいのなら、それ以外のものはすべて柔軟に対応するという心構えがあって自分は変化していきます。いつまでも自分のプライドや自分の保身ばかりで構えていたら変化する切っ掛けも失ってしまいます。

そういう意味では仕事は常に世間や時代の象徴でありますから、仕事を通して自分を磨き維新する砥石として自分を変えていくことこそが本来の時代の変化に適合させていくというビジネスの本懐のようにも思います。

仕事はリハビリというのは、自分が時代に合わなくなったきたものを柔軟にしていくリハビリであるということです。

新しいことに取り組むことがリハビリになりますから、生き方や考え方を学び直し、さらなる柔軟性を磨き新鮮さを持ち続けることが一生自分を役立てていく力になると思います。

引き続き、子どもに学び、子どもが憧れるような素直に柔軟な心と魂を磨き育てていきたいと思います。

勇気の価値

なんでもそうですが新しいことに挑戦するのは勇気が必要です。この勇気は出そうとして出てくるものではなく、やっているうちに積み重ねて出てくるものです。昔から勇気は振り絞るものとありますが、ないものをみんな振り絞って取り組んでいくのです。

よく叱られるのが怖いとか、周りにどう思われるか心配とか、そういうことから言われたことしかできなくなったり、言われていないことはしなくなったりという態度をとることがあります。人は経験したことがないことには消極的になるものですが、その目的の意味を正しく理解すれば自分なりに行動していくこともできるようになるものです。

私の場合は、何のためにということをまず考え抜くようにしています。その自分の行動の判断基準が何のために行われるのかを正しく理解すれば、やったことはすべて無駄ではなくその目的につながっていると実感することができるかです。

無意味というものは目的が定まれば一切はなく、失敗という経験もまた目的に向かうための大切な体験の積み重ねの一石を投じたことになるからです。

教育の刷り込みによって、組織や集団の中にいれば言われたことしかやらない、言われていないことはしないといった歯車のように動くことを正しいことを思い込まされてしまいますがそうなれば自分で考えることをやめてしまいます。与えられた仕事だけを仕事だと思いこみ、何も言われなければこれでいいと信じ込んでいたりもします。目的を考えるのは上の人で、自分は言われたことをやればいいという心理は、目的を忘れた心理です。

大きな目的があるから人は勇気を出せますし、私の場合は子ども第一義という子どもの憧れた生き方や魂を磨くためにと思えば難しいことであっても不安や心配であっても、それがきっと子どもたちの未来に一石を投じるはずだと前のめりに歩んでいきます。

一歩進んで内省し、また一歩進んで内省すればその体験がすべて新しい経験になっていくことに気づきます。経験が少ないからわからなかったものも、経験を積み重ねることによって次第にコツがわかってきます。

コツがわかるまでやるというのが、経験をものにしていくことであり、分からないことはしないというスタンスはそこにはありません。分からなくてもやってみようと思ったり、やるなかで学んで深めていこうと成長を優先する生き方は、長い人生においてその質の明暗を分けてしまいます。

大きな使命や目的に日々に生きる人は、日々のすべてが挑戦であり、日々のすべてが勇気の連続であり、日々のすべては目的に達するための貴重な一歩です。

引き続き、誰もやったことのないことに挑んでいくのだから先入観を持たずにありのままに来たものを受け止めてそこから学び、新しい経験の上に立つ未来を信じて歩みを味わっていきたいと思います。

伝統的な梅干し

先日から梅干しをつけて深めていたらなんと80年前の梅干しをある方から分けていただくことができました。この梅干しは、その方の御祖母さんが嫁いできたときに樽でつけられた梅干しです。

それまで梅干しは何年食べれるのだろうかと疑問に思っていましたが、調べてみると数百年持つものもあるということで驚きました。早速食べてみると、表面は黒い鉄のようですが酸っぱくなく古酒やワインのようで、その和かで優しい味に驚きました。

現存する最古の梅干しは奈良県の中家にある梅干しで、1576年の安土桃山時代に漬けられたものと言われています。441年前の梅干しというのはどのようなものか、ぜひ一度は食べてみたいと思いますがなんとそれより以前の室町時代の梅干しもまだ現存しているという説もあるそうです。

現代では調味梅干しといって添加物や保存料、はちみつや旨味成分などが入っていたり減塩タイプのものになっているので消費期限を約3ヶ月から半年くらいで設定されていますからその刷り込みで最初は数年くらいしか持たないものだ思い込んでいる人も多いように思います。しかしそれは添加物や保存料のせいでかつての伝統的な製法でつくれば数十年から数百年持つということが梅干し本来の凄さです。

防腐効果がある伝統の食品に保存料を使うという愚をなぜするのかと疑問に思いますが売れればいいと舌先三寸の味に走ることでそれまでの梅本来の智慧や徳が観えなくなるのはとても残念なことです。

伝統的な製法で昔の塩をつかい、手作りで塩分濃度を20%に保てば何百年も持つという真実を聴いて、改めて梅干しの防腐効果の偉大さに尊敬の念がこみあげてきます。梅干しはかつては日本人には欠かせない薬だと思っていましたが、この80年ものを食べてみてはじめて私も梅干しのことを本当に信じられた気がします。

高温多湿の腐りやすい日本の風土において遥か昔から病気の予防や、薬として先祖たち、多くの人が愛用し続けてきたこの梅干しは至高の智慧の結晶であり、自然防腐の仕組みを内在した健康食品であったということです。

どんなものを今まで食べてきたかということの中に、梅干しがその真ん中にあったことを感じます。梅はずっと私たちを見守り助けてくださってきた木であり、その存在と同じくらいその徳を尊重して大切にしていこうとした先祖の信仰心には頭が下がる思いがします。

今回の梅干しのご縁で改めて発酵の魅力を再発見するとともに、伝統的な梅干しを天神祭に向けてさらに深めてみたいと思います。

 

真贋と虚偽

文化や歴史を学んでいると、常に原点というものに出会います。1000年も昔から今でも残っているものは、時代の篩にかけられてもなくならかったものです。それはつまり何かといえば、それが今でも最高のものであった証明です。

人は本物を知るということはとても大切なことであろうと思います。

なぜなら本物を知る人は、偽物がわかるからです。真贋を見極める力というのは、どれだけ自然に精通しているかということに他なりません。なぜなら自然というものは嘘偽りが一切なく、すべて真実の姿を現すからです。

自分自身のことも本物であるかどうかもすでにわからなくなってしまった現代において、本来の本物を伝世伝承するというのは今を生きる文化の伝承者たちにとっての大きな使命ではないかと私は思います。

古民家甦生を通して様々な骨董品とのご縁があります。昔の道具だと思ってみたら、プラスチックでよく似せてあったり、煤竹なども何百年も前のもののように見せて実際は加工してあったりと、本来のものが安く簡単便利に手に入るようなものがあふれてきています。

本物か偽物かと問う前に、そもそも心も籠めずただ売れればいいで作られたものや、その場しのぎで誤魔化せばいいというものなどは虚偽物です。先日の原発事故でも、その場しのぎで誤魔化し続けたことも虚偽物といえます。

真贋には、上手物、下手物とありますがこれはあくまで本物に近づこうとしての技術の差や作り手の達人度などによって決まるものです。より本質的でシンプルであるものが美しく、その物に魂が宿っています。しかし無名の人が暮らしの中でつくる道具もまたその機能美や世界に一つしかない個性が豊かで美しく、その真贋はどちらも味わい深いものです。

しかし先ほどのように本物に近づこうなどという気もなく、暮らしで用いようという気もない、ただ人々を騙してはお金儲けをしようとするようなものは虚偽や嘘であって本物かどうか以前の問題です。

今の時代は、詐欺をはじめそういう虚偽や嘘が蔓延しており心無いものがあふれてきています。だからこそ心を込めたものや、心が入っているもの、心を尽くしているものや現場に触れてその経過を知ることで本来の姿、ものづくりの原点を学び直す必要を感じます。

修理する気もなく、修繕する気もない、長持ちさせる気もなければ、改善する気もない。そんなものづくりは真贋を見極める以前の問題で、それはものに対する畏敬を失っているともいえます。

今は3Dプリンターなどで簡単に誰でも似せてコピーしプリントできる時代になっていますが、1000年残るなどという発想はもう誰も持たなくなっていくでしょう。1000年残るというのは、本物を創ろうとするものづくりの根本精神です。

根本精神が風化すれば、その時は何も風化に耐える文化も遺らないでしょう。前提がどうなっているのか、もう一度この時代のものづくりをする人たちはその点を向き合う必要があると私は思います。

未来の子どもたちや子孫が、先祖は立派だったといわれるような生き方を通して子孫たちが未来永劫発展していけるような祈りと願いをもって風化しないような文化を譲り遺していきたいと思います。