心のアンテナ

人は誰しも心のアンテナのようなものを持っていますが、そのアンテナが鋭敏になっている人と鈍っている人がいるように思います。心に浮かんだことを信じてその心を大切にする人はアンテナが次第に鋭敏になります。

しかしこの反対に心に浮かんだことを自分でかき消したり妥協しているうちにアンテナが鈍ってくるように思います。

自分の心の声を聴く人は、自分の心がどうしたいのかどのようにおもっているのかという本心を聴けます。しかし感情に呑まれている人は心の声を聴くよりもその時の自分の一時的な感情で欲を優先してしまい心の声が歪んでしまいます。

心の声というものは、自分の感情と心を澄ませていくことで聴こえてきます。雑念を捨て、本当は何かを見つめ、本質であろうと魂の重心を低くして矛盾を内包する強さを持つとき心は感応してきます。

また心は常につながりやご縁を感じています。そのつながりやご縁をたどっていくかのように、心から聴こえたメッセージを受け取れるようになるにはご縁を活かし、ご縁に生き、一期一会に日々の出来事の意味を感じ続け精進し続けているとそのアンテナのチューニングがぴったりと合ってきます。

このチューニングとは何か、それはラジオのチューニングを合わせるように突如としてある音階や内容が流れてくるのです。

不思議なことですが自然界では、このような太古から流れている周波数がありそれを受け取れる人と受け取れない人がいるだけです。心を澄ませていけばいくほどに、その周波数に自分からチューニングを合わせていけるように思います。

今の世の中は、自分に合わさせようとばかりに躍起になり感情に呑まれて他人にばかり矢印を向けては協力しあわない人が増えたように思います。我儘に自分勝手に思い通りにいくことばかりをやっていたらチューニングを合わせていくことができなくなります。

自分からチューニングを合わせていくというのは、自分の方をさらりと変えていくということです。素直な心で謙虚な気持ちで感謝の生き方を実践する人は、自ずからある一定の周波数の中で生きていくことができるように私は思います。

相手を尊重したり、お陰様のチカラで周りからいつも助けてもらっているという自反慎独している人は周波数を合わせて心の声が聴こえているのでしょう。

日々は怒涛の如く時間に管理されながら動かされていきますが、心は時間とまったく別の次元に存在していますからその心の声を聴くことで本質や初心、理念に立ち返っていきたいと思います。

自由と好奇心

人は疲れてくると好奇心が減退していくと思われています。しかしそれは刷り込みの一つで、どんな時でも面白いと思える人は好奇心が減退するどころかますます好奇心が発揮されていくものです。

一生は一度しかないものですから、生きているうちは如何に面白いと感じるかということはその人生を豊かし積極的にするうえで大切なことのように私は思います。

高杉晋作に「面白き事なきこの世を面白く」という辞世の句があります。人は後ろ向きになりまじめになってしまうと、次第にマイナス思考になり面白くなくなってくるものです。好奇心の減退とはこのことで、好奇心はどんな時でも笑いに換えたり、どんな時でも好い方に転じて、どんな時でも面白いと思える心を持ち続けることで発揮されていくものです。

もちろん、いろいろなことが起きると体躯は疲れていきます。情報量が多いと精神的にも疲れます。しかしこの疲れは見方を換えれば、体験したから得られるものであり、体験を通して人は本当に大切なことを学んでいます。

自分が体験するというのは、それだけ味わい深い人生になっていくのだからそれをどのように見方を換えて感謝にするかはその人の好奇心の発揮次第のように私は思います。

今の時代、まじめすぎて好奇心を失っている人たちが増えています。幼児性が強い子どもの純粋な感性を持っている日本人が次第に大人びてきて疲れてきています。好奇心を持ってなんでも遊びにして楽しんでいる子どもたちの姿に、私たちは好奇心を学び直す必要を感じます。

たくさんのことが発生しても、その体験をそのままあるがまま味わうこと。そしてぐっすりと眠り、また起きて新しい一日を楽しむこと。仕事にせず作業にせず義務にせず、好奇心でやっていると毎日は面白くなってきます。

自由とは好奇心と一体です。

自由な日々を送るためにも、いかに毎日を面白く生きていくか、子どもたちに習い実践していきたいと思います。

義は勇なり

時代は変わっていく中で、誰かがやらなければならないことがあります。その最初の誰かになるのは大変なことですが、その誰かはただ待っていても顕れませんから自分がやるしかありません。

人は主体的に生きるといっても、その根底には道徳がなければならないように思います。道徳がある人は、積極的な人生を送ります。なぜなら先ほどの誰もやらないのなら自分がやると決意して行動することができるからです。

これは強い意志と、行動力が必要です。それに義憤や大義、守ろうとする優しさや苦労よりも理想のためにと自分を尽くしていくことでもあります。

組織においても同じことが言えます。誰かがやるのをいつまでも待っている人、誰かがやるまで何もしない人、誰かがやっていても自分はいつまでもやらない人、つまり炭でいえばいつまでも不燃しない燻ったままの状態ということです。なぜここに火が入らないか、なぜ燃焼しないかはそうやって自分の大切な人生を誰か任せにして生きてきた生き方が染みついてしまっているからです。

学校に入り、エスカレーター式に言われた通りにやってきて評価されてくると自分は自分という考え方が刷り込まれたりします。自分ばかりを守ることに意識を使っていては、さきほどの理想のために自分を使おうという勇気が湧いてきません。

この時代、問題がたくさんあったとしても誰かがその最初の一歩を踏み出し扉を開けて風雨に晒される覚悟がなければ大事なものを守ることができません。その時代時代のそういう大義に生きた人たちの生き方のお陰様で私たちはその大義に触れて道徳に回帰します。

いくら大事だとわかっていても、守る力がなければそれは存続できません。みんな誰もが自分にはできないと思っているものですが、自分の意識の中で見過ごせないと思うものがあるのならば論語の「義を見てせざるは勇なきなり」と自己発奮、啓発して天から与えられた使命があると信じて挑戦することだと私は思います。

そういう日々の連続こそが子どもたちに遺し譲りたい生き方になり、その真心は必ず同じ大義を持つ仲間や同志へ伝承されていきます。

引き続き、社業をまい進し自他一体、道徳一致に取り組んでいきたいと思います。

自然は真の営みの道

今回、1週間をかけてクルーたちと一緒に古民家再生をしながら暮らしを共にしましたが発見ばかりの日々で改めて古来の生き方を学び直すことができたように思います。

朝、炭火に火をいれて朝食をつくり布団干しや掃除、その他の家の手入れをしていたらすぐに昼前になり昼食を用意します。午後もまた、庭の草刈りや拭き掃除、夕飯の支度をしていたらすぐに夜になります。夕食後、炭でお風呂を沸かしお茶を入れて後片付けをしていたらもう寝る時間になります。

スイッチ一つの快適な生活には、時間が豊富にあり娯楽がありますがここでの古民家暮らしはまったく娯楽をする時間などが存在できません。暮らしの手入れをする合間に、休憩をして少し寛ぐことがあったとしても何もすることがないということがありません。

先日、家の前を通りがかったお婆さんが家の道具を見て「懐かしい」とクルーに声をかけてくださったそうです。その際、「昔の女性はやることがたくさんあって毎日が充実していた」と仰っていました。お婆さんの家にガスのキッチンが入ったのは昭和41年ころだたそうです。それからずいぶん便利になって炭を使うこともなくなったそうです。

確かに私たちは文明を進歩させ、いろいろなことが便利に楽になりましたが文明の進歩は人間の欲望の進歩でもありました。これは文化の進化とは異なるものです。文化の進化は悠久の時間をかけてじっくりと混然一体に周りと調和しながら自分自身を変体していきます。しかし文明の進歩は自分の方は変わらずに、周りを道具を使って操作して変化させていきます。

お婆さんが懐かしそうに昔の大変だったけれど充実した暮らしがあったという話を聴きながら人間の豊かさとは一体何かと今一度、考えさせられる思いです。自然から離れ人間にとって快適で怠惰な生活ができるようになり、死生観も失われ毎日は豊かになったと思い込んでいますが地球全体の循環や、先祖たちとの一体感も薄れある部分は急激に貧しくなったように思います。もったいなさというものが消えれば消えるほどに私たちは自然から遠ざかっていきます。

この1週間のここでの暮らしは確かに自然と生きるための営みに満ちていました、

自然と共に暮らすというのは、文化の進化と共に歩む道です。自然は真の営みの道なのです。

引き続き、文化発展の可能性を見直しながら温故知新し、今の時代に必要な本当の豊かさを学び直し子どもたちに先祖の生き方と生きざまをそのままに伝承していきたいと思います。

炭は原点

昨日は、聴福庵の床下に約500キロの備長炭を埋炭しました。まだ半分残っていますが、クルーのみんなと一緒にやる作業はとても豊かで、炭まみれになった様子にみんなで子どものように燥いでいました。

もともとこの炭は、発酵の知恵で学んだものです。漬物小屋に炭を埋炭するだけで漬物の発酵度合いが異なります。そこにば場の力が発生し、その場にあるものの発酵を促すのです。

また炭には、波動というものがあります。これは自然の持つ波長のことで遠赤外線をはじめ、例えば太陽の光、深い森の中、波打ち際にもそういう波長はたくさん流れています。こういうものを身近に感じることで、自分たちのカラダのリズムが整ってくるのです。

聴福庵は、すべてにおいて炭が中心になっています。炭には深い癒しの効果があり、また循環を司る仕組みがあります。炭を用いるだけで暮らしはすぐに復活します。電気を止めてみて、炭を中心に生活をするだけでいつも五感は鋭敏になります。

ここ筑豊の飯塚は、炭鉱の町と呼ばれています。炭鉱とは炭を採掘する場所です。江戸時代末期から良質な石炭がとれることで栄えた町です。備長炭と石炭は異なりますが、その炭の性質としては同じものです。

この原点を大切にしつつ、その炭の町をより好いものへと転じようと思う願いがあります。炭があったお陰で私たちはいろいろな風土の恩恵をいただいてきました。その御恩にお返しするために炭から離れず、炭を大切にし、炭と一体になって風土報徳の実践を積み上げていきたいと思います。

先祖たちの真心

昨日、大工さんたちによって110年の重みで傾いた古民家の柱を立て直す作業が実施されました。本来は土壁を剥がして瓦を降ろし、柱をすべて組みなおすことで解体し立て直すのですが今回はジャッキアップすることで対応しました。

現在は古民家の再生をする大工さんも少なくなり、昔からのやり方を伝承している人たちもいなくなってきました。現代工法というものは、洋式建築が中心に法律が改定され続けましたから昔ながらの建物の修理の技術も廃れていきました。

古民家は住んですぐにわかるのが、通気性です。ありとあらゆる場所や材料が呼吸しており、雨が降れば建具が湿気で重くなり、風が吹けばあらゆる場所から隙間風が吹いてきます。普段は感じない家の呼吸も、お香を焚いてみればすぐにゆらゆらと吸っては吐き、吐いては吸うといった家の呼吸を感じられます。

今回は立て直しにおいてすべての床を剥がして骨組みになりましたが、その下からは110年前の土が出てきます。今ではコンクリートで固めてしまって、下はまったく呼吸できなくしていますが土はもっとも呼吸する存在ですから水気が下から湧き出てきます。

この水気は、呼吸大学の宮本一住さんによれば縦の風といって下から上へと水分が蒸発していくときに呼吸する仕組みになっているといいます。確かに植物たちや木々は、下からの水分や水蒸気を浴びて呼吸を繰り返し成長していきます。

木造建築でできた日本家屋が何百年も維持できるのは、この自然の仕組みを上手に取り入れたからかもしれません。今ではこの土間をコンクリートで固めることで、気密性は高まりましたが傷みやすく長持ちしない家になってしまいました。

大量生産大量消費、効率優先経済効果ばかりをなんでも先にしてしまうと、それまでの先祖たちの知恵や恩恵、いわば宝ともいえるものを捨ててしまうことになります。そうやって数十年も経てばあっという間に技術も伝承も断絶してしまいます。

伝える仕事というものは、今ではあまり価値がないように思われていますがかつては伝承する人こそが国宝だったように思います。なにをもって国宝とするか、それは先祖恩人たちの道を継承して踏み歩く人々だと私は思います。

これから床下に、備長炭を埋炭していきますがこれも私が発酵から学んだ知恵です。土は炭を埋め、まくことで土着菌たちの安心した住処になります。そしてこの菌たちが木を活かし、土を活かし、そこに住まう人々の健康を守ります。

古民家は共生の住処です。

引き続き、古民家再生を通して先祖たちの真心に触れていきたいと思います。

 

独立自尊、禍福を転じる

古民家再生をしつつ、電気や水道周りなども自分で直しています。今までは専門業者でないと直すことができないと思い込んでいましたが、いざ家を修理すると覚悟を決めるとなんでもできるから不思議なものです。

自然農のときも、自然養鶏のときも、また古民家再生、これからはじめる風土報徳も、最初は一人で覚悟を決めます。何よりも自分自身がやると決心することは、何よりも大切なことでないものずくしのなかであっても自分がやると決めることで周りも動き出していきます。

人間は、この「決心」というものが何よりもハタラキを育みます。

そしてその後、その決心をみては助けてくださる人たちが出てきます。自分でやろうと決めた人を応援したいと思うのです。一人ではできないことを一人でもやろうとするのだから見ていられないことばかりです。人にはなさけ(情)があり、有り難いそのお情けを与えてくれます。

これは天のお情けも同じく、何とかしようとしている真心に加勢してくださるのです。お陰様も感謝もまた、そういう決心をすることで今まで以上に感じることができるようになります。

つまり独立自尊、まずは自分自身が自分の心と正対し折り合いをつけて言い訳を断つことで初心が固まりその行動が正直になり迷いが消えるのでしょう。

悩むことは迷いは同じではありませんから、「悩むけれど迷わない」というのが初心、決心をしている状態ということです。どんな結果になったとしても、自分自身で決めたことだからと清々しい境地を維持することができるのです。

そのために全体にとっていいか、未来にとっていいか、世界にとっていいか、地球にとってどうか、歴史をみてどうかと、あらゆる基準に照らしながら自問自答し悩み切ることは必要かもしれません。

どんな日々も、つながりとご縁の中の一期一会ですから一つの決断が次の今をつくっていきます。

独立自尊、禍福を転じつつ、楽しみ味わいながら歩みたいと思います。

五感と暮らし

暮らしの再生をするにおいて、何よりも大切なのは五感を使うことです。今の時代は暮らしが消失してきているといいますが、それは言い換えるのなら五感が消失してきているということです。

地球上のありとあらゆる生き物は五感を使って生活をしています。春夏秋冬や気温差、湿気、日差し、ありとあらゆるものを五感を研ぎ澄ませて実感しそれを活かして生活を営みます。かつての人間も同じく、頭で計算して生きていたのではなく五感をフル稼働して日々の生活を営みました。

今では、便利に機械や道具に囲まれ自分たちの五感を楽させては五感を使わないですむような生活にどっぷりとつかっています。頭で計算している世界というのは、五感を使わなくてすむ便利な世界です。そんな便利な世界の中では、五感は衰える一方で暮らしも衰退していきます。

五感が暮らしをつくるのは、少し体験すればだれでもわかります。例えば、私が実践する炭でいえば朝から鉄瓶に水を入れお湯を沸かします。その一つ一つが水の手触り、白い湯気、鉄が沸かす音、火の香り、茶葉の味わい、まだまだ並べるといくらでも書けそうなほどに五感を使っています。

他にも昨日は古民家で掃除をし柱を磨きましたが、磨けば磨くほどにそのものの味わいがにじみ出てきます。私たちは古いものを磨くことで刻とご縁を五感で直観しているのです。

古民家に住めばすぐにわかりますが、この古民家は常に五感を使います。五感を磨き続けています。それは別に五感を鍛えていたからこういう家を建てていたのではなく、暮らしが五感だったからなのです。五感を使わない暮らしなどは存在しなかったということです。

その五感を使うことが「豊かさの本質」であり、豊かになったというのは物が溢れたからそうなるのではなく、五感を活かした暮らしができているから豊かなのです。昔は今と違ってほとんど物がなく、今と比較すると貧しいと思われるでしょう。しかし実際は、物が溢れていなくても五感を使う生き方をすれば地球と混然一体になれ、その豊かさは何物にも代えがたい安心感と充実感を与えてくれるのです。

今の時代は大量生産大量消費のグローバリゼーションがとどまるところを知らず、このままでは必ず資源を食いつぶしてしまいます。もうほとんど手遅れかもしれません、しかしここでの転換は別の豊かさというものの発掘になるように思います。

人間が機械と同居するには、この五感を一緒に用いる仕組みにしなくてはなりませんし家屋においては五感を感じられる住まいを見直す必要があると私は思います。

子どもたちのためにも、大人たちが五感を使う豊かな暮らしのモデルを示していきたいと思います。聴福庵の復古創新から、かつての豊かな暮らしを味わい伝承していきたいと思います。

 

愛の伝承

聴福庵の手入れを仲間とする合間に飯塚市の日本劇場建築、嘉穂劇場を見学するご縁がありました。ここは全国でも数少ない現存する芝居小屋で前身の中座の時を含めると役100年以上の歴史を持つ建物です。両花道とマス席を持った木造二階建ての歌舞伎劇場として今でも全国座長大会が開かれています。

この建物は最初の火災から、次は台風、そして水害と数々の倒壊や倒壊の危機に見舞われながらもそこから不死鳥のように復興し、今でも歴史的建造物としてこの地で愛され続けています。

この嘉穂劇場のデザインや風格、その雰囲気が聴福庵の造りととてもよく似ているため、時期や意匠をみていたらひょっとしたら同じ大工が手掛けたものではないかとも感じています。

今から110年前、100年前にどのような思いで大工が手掛けてきたのか、その願いや思いを建物から感じます。

そもそも建物というものは、単なる建った物ではありません。建物にご縁があり、その建物をみんなが愛することで建物は生き物として生き続けていきます。愛するというのは、大切にしていくということです。

今では古いからと粗末にしたり、手入れが大変だからとすぐに捨てたりします。愛するとうことや、愛着を持つということから遠ざかれば相思相愛にはなりません。この相思相愛というのは、お互いに大切にしあう心から発生してくるものです。

造り手の思いに対して、使い手の思い、そういう思いが受け継がれ譲り語られて遺されていくのが文化財です。財産というものは、単に金銀財宝のことをいうのではありません。その大切に愛された思いこそが、時代へ受け継がれていく貴重な財産そのものなのです。

聴福庵を復古創新するのは、この愛する思いを子どもたちに譲り遺すためでもあります。110年の愛されて続けた建物を、さらに愛してその愛が子孫たちへの愛の伝承になればと願います。

今日からいよいよ傾いた柱を再生します。

家が願うように、家の声を聴いて一家の主人として一つ一つのご縁を大事にしていきたいと思います。

「嘉穂劇場援歌」

筑豊の空に唯ひとつ

何も言わずにドッシリと

右にボタ山眺めつつ

遠賀の川を忍び見て
心の光弾きせながら

歴史を語る

ああ ああ 嘉穂劇場

 

共生の理

昨日も引き続き、自然農の畑に妙見高菜の種をまきました。畑の中にはありとあらゆる虫たちが営み生活をしています。都会に出ればほとんど見かけない虫も、畑に出れば虫を見かけないところがないほどに溢れています。

自然農にとっての虫というのは、畑にとっての大切な養分であり肥料にもなります。牛糞などで肥料を入れて肥やさなくても、虫たちの生活の中で出てくる糞や死骸が土に混ざり大切な養分になります。

そもそも自然の雑草地において、そこに畑を作ろうとしたのは人間です。それまで棲んで暮らしていた生き物たちの居場所を壊して私たちはそこに畑を耕作します。一般的にはその虫たちを薬で排除して、機械で攪拌して粉々にしたらそこにビニールハウスなどを設置して育てていくものですがそれではそれまで生きてきた生き物たちはみな生活できなくなってしまいます。

お互いに分け合い、お互いの居場所を尊重しながらお互いに生活や暮らしを営んでいこうとするのが自然農です。つまりは取りすぎず奪いすぎず、お互い思いやりを持って分け合い助け合っていこうとする農法です。

これは生き方も同じく、自分さえよければいいとし全部自分の都合でばかり動かしてしまうとその力の陰で苦しんで者たちが出てきます。しかし実際に生きていくためにはお互い食べ物を食べなければなりません。だからこそ互いにどうやったら折り合いをつけられるか、またどうやったら共生できるかを考えるのです。

自然というものはそうやって共生に沿ってお互いに助け合っています。お互いが戦いを避けて、お互いが争いがないようにそれぞれが厳しい環境へと移動していくのです。これは共生の理に生きているからであり、みんな生き物たちは戦略をもって広い地球の中で争わないでいいようにと移動し進化を経てきたのです。

今は、文化の進化よりも文明の進歩を優先し争いの方へ、奪い合いの方へと舵がきられています。共生をすれば広い地球の中で多様性を維持して永続できる暮らしが約束されていましたが人間が独占すれば地球は画一化しより狭くなり暮らしていくことができなくなるでしょう。

自分の代だけでいい、自分の生だけでいい、いまのツケは未来へ先送りとしてしまえば子どもたちがその代償を払わなくてはならなくなります。取り返しのつかない代償は、いままさにここで発生しているのです。

だからこそ、いま、ここを変えることは未来を換えることです。人ひとりの生き方の転換は人生を変えることです。そしてその一人の人生の転換があって未来は変わっていきます。

自然から学びなおすのはいつもお互いに思いやり助け合い、生きものたちと共に末永く一緒に暮らしていこうとする地球の存在です。引き続き、自然を身近に感じつつ生き方を転じて実践を積み重ねていきたいと思います。