元気になること~有り難しの直受~

かつて岡山に黒住宗忠という人物がいました。この方は、1780年の冬至の日に生まれ、代々神職の家系で育った方です。小さな頃から大変な親孝行で信心深く、20歳の時には「心に悪いことと知りながら行うことがなければ神になる」と念じて、悪しきことを思う事も行わずということを誓ったそうです。

その後、父母が流行り病で7日間の間に次々と亡くなり親孝行だった宗忠は酷く落ち込み自らも肺結核の病を得て臥せってしまいました。いよいよ医師も見放したとき「自分は父母の死を悲しんで陰気になったために大病になった。だから心さえ陽気になれば病気は治るはずだ。せめて生きている間そのように心を養うのが親孝行だ」と気づきを得て奇跡的に回復していきました。そして1814年3月19日に入浴し体を清めてお日様を拝みたいといい入浴の後、縁側に這うように出てお日様を拝みそれをきっかけに年来の病気は全快したと言います。

ここで天命直受され、「有り難し」という天照大御神の真言を得ます。この世のすべては、この「有り難し」を感得するかどうかによる。その真心を「限りなき天照神とわが心 へだてなければ生き通しなり」と詠みます。つまり自分の中の陽気が満ちないのは「有り難し」という一念が天と通じ合わないからであり、病が回復しないのは陰気によってその御心一体になっていないからであるとしました。

「いつも申し上げているとおり、道というものはまことに単純なもので、ただ私の智恵を離れて有難きのみに日を送られるならば、年もよらず、疲れもせず、うれしい面白いのみです。何事もうれしいうれしいと世を渡られれば、うれしいことばかり自然と来るものです」といいます。そしてこう詠みます。「有り難き また面白き 嬉しきと みきを供うぞ 誠成りけれ」と。

日々に如何に「嬉しい愉しい倖せ」と念じるかは、天照大御神の恩徳を感じて感謝の念を忘れていないことに由ります。太陽の真心に通じ合うことは、まるで歌をうたい踊りたくなるような心境であったと言います。純粋に御日様の光を浴びて「有り難い、有り難い」と自然に戯れて活き活きと遊ぶ自然界の生き物たちのようにその陽気を肌で感じ取った宗忠の様子がありありと浮かびます。

その後、宗忠は自分と同じように病で苦しんだ人たちのためにとそこから残りの人生は自分の体験を弘め教え、そして同様に病を得ている人たちのために尽力していきます。

その時のいくつかの逸話には病を恢復した人たちのことが沢山遺っています。

『岡山藩のさる高禄の世臣(せしん)がらい病(ハンセン氏病)にかかり、世間の噂に黒住先生のところでは難病・業病も立ちどころになおるときき、早速宗忠を訪ねて病状を述べ、どうしたら御蔭をこうむることができましょうか、とたずねた。宗忠から、『ただ一心に有り難いということを100遍くらいお唱えなされよ』との答を得たので、それに従って、1週間ほど、毎日自宅の神前で『有り難い有り難い』と唱えた。しかし、一向にしるしがない。また宗忠のもとに出向いてたずねると『一心不乱に1,000遍ずつ』との答。また1週間経ったがしるしがないので、また行くと、今度は「10,000遍ずつ唱えよ。」との答だった。その通り無念無想に1週間、1万遍ずつ毎日唱えていると、7日目に発熱し血を吐いて、疲労の果てに倒れ、そのまま熟睡してしまった。そして翌朝起きてみると、らい病の萌芽の見えていた皮膚は、すっかりなおってきれいになっていた』(「黒住宗忠」原敬吾より)

以前、私も自然治癒を深める中で「100万回の有り難う」を言うと病は治るとお聴きしたことがありました。これも同じく、黒住宗忠の言う「何事も有り難いにて世に住めば むかふものごと有り難いなり」、「有り難やかかるめでたき世に出でて 楽しみくらす身こそ安けれ」の境地を得て病転じて福になるということではないかとも思います。100万回本気で言う人がどれほどいるか、しかしそこに御日様の元気と通じる妙法があるように思います。またこういう話もあります。

『ある門人が「心の底から有り難いという心がどうも起こらないのですが・・・」と相談すると、宗忠は、こう教えた。「たとえまねでも口先でもいいから、まず朝、目がさめると第一に『有り難い』と言いなさい。それからお日様を拝んで『有り難い』と礼拝し、見るもの聞くもの何につけても『有り難い有り難い有り難い』と言っていると、自然とお心が『有難く』なります』

私も、ここ18日間の病を得て一体何の意味があってこうなるのかを向き合っていたところ自分の中に昨年沖縄で出会い、年始の伊勢神宮での御縁、「ツキ」についてのことが繋がっていることにハッと気づかされました。元気がなくなり病が出るのは「ツイテイル」と想えていないほど感謝の心が自分の中で貧しくなってくるからです。

物事は豊富になり願いが成就し、心が満たされ過ぎることで感謝は慢心によって喪失していきます。もしくは得難い感謝を「有り難し」と思わない日々を送るほど、元気はなくなっていきます。日々に自分都合ではなく、天恩の自然の徳恵にどれほどの有り難いを感じているかが「元気」を引き出していくのに深く関わっていることに気づきます。

「有り難きことのみ思え
人はただ今日の尊き今の心の」

病極みにきて黒住宗忠との御縁があったのを、御日様の御心と感じてもう一度、原点回帰して精進していきたいと思いました。御蔭様の実践を、引き続き積み重ねていきたいと思います。

 

 

先祖の生き方~人道格具一体の境地~

先日から包丁研ぎを深めていますが、歴史を辿れば日本刀にそのルーツがあることに気づきます。世界でもっとも切れる日本刀が戦後に失われてから、だいぶ時が経ちました。

それまで当たり前であった研ぎの世界も失われ、そして鍛冶の世界も同時に失われていきました。西洋から、安価で丈夫な大量生産の刃物が輸入され日本の製鉄技術もかつての玉鋼のような材料も失われどうしても外国の刃物の方が丈夫で長持ち、そしてよく切れるというようになってしまったそうです。そしてそのうちお金儲けが第一になり、善いものを造ることの優先順位が下がりますますそれまでの日本の文化であった鍛冶や研ぎは失われていったと言います。

どの時代も買う人たちの心理がものづくりの人たちに影響を与え、ものづくりの人たちの心理が買う人たちの心理になっていくのは同じです。買う人たちが安価ですぐに買換えできるような便利なものを求めれば、ものづくりの人たちもその要請に応えてしまい安物で便利なものをつくります。またものづくりの人たちが金儲けに走れば、買う人たちもまたお金だけのモノサシでものを購入するようになります。世の中は、その時代の使い手、作り手の生き方が道具に顕れてくるのです。

以前、「刃物の見方」(岩崎航平著 慶友社)の中で、「日本刀は平安朝時代のものが最高で後の時代はそれに近づけようとしているだけである」という話を読んだことがあります。もしも昭和の名刀だと威張っても江戸時代だと三流くらいで平安朝時代なら十流か十一流位で刀鍛冶の数にも入らないといいます。そこにはこう書かれます。

「刀に関する科学だけは何も進歩していません。進歩しているのは電子計算機だの、ナイロンだの、ミサイルだの、原子爆弾であって、日本刀に関する科学は、進歩どころか時代が下がるに従って退歩して、今日が一番衰えているんです。だから今の人はもう少し頑張れば、もっと古いところまでは到達できるでしょう」

これは西岡常一さんの宮大工の世界でも同じ話を聴いたことがあります。法隆寺を建てた時代の大工は大変見事であったと、その上で使っている道具や釘もまた最高のものであったと、それに近づくために組み直して学び直していくのだと言います。

先人たちの智慧が如何に優れていたか、そして後人の私たちが進歩と勘違いしている現実をどう見るか。道具や智慧については先人に敵うものは何一つなく、技術が進んで少し似せることができてもそのものになることはありません。

日本刀においては、刀の原料の玉鋼の作り方が今と全く異なるといいます。平安朝時代の刀の原料の玉鋼がどうしても同じように作れないそうです。その時代、どこでその最高の砂鉄を採掘したのか、そしてどのように玉鋼を製造したかが全く分からないと言います。同じように最先端の科学をもって同じように復元しても決して同じにならない、ここに退歩があるということです。

私たちは知識をつけてはあらゆるものを見知ったかのように錯覚します。しかしその分、昔の人たちは非常に鋭敏な感覚と直感をもって物事の本質を観得ておりました。

そしてかつての時代は、売る人も買う人も、そこに深い洞察力や哲学があり、今の時代の価値観のように安価で便利なものを必要としませんでした。そこには崇高な精神や理念があったことは道具が語っています。

時代を超えて新たに暮らしの道具に触れる中で、古民具や骨董、その他の文化芸術の中に、私たちの先人たちみんなの生き方や理念が随所にちりばめられています。なぜ敵わないか、そこには生き方が敵わないのです。

私はその時代の人々の生き方が「かんながらの道」を歩み、その理念が自然への畏敬を忘れずその精神が心魂がブレずに盤石であったからこそ、それらの至高の道具を産み出し扱うことができたのではないかと思います。

人格を道具が超えることもなく、道具を人格が超えることもないのです。自他一体のように、人道格具は一体であるということです。

もう一度、先祖たちが遺してきた偉業を省みつつ、この時代をどのようにしていけばいいいのかを考え直したいと思います。後輩に後人に笑われないないような生き方を譲っていきたいと願います。

子ども達のためにも真摯に学び直していきたいと思います。

責任と責任感

人が自立をしていくのに責任感というものがあります。責任というものは、よく誰かから押し付けられるものだとして悪いイメージを持つ人もいます。しかし実際は責任は他責される罪や罰のようなものではなく、自分から周りを思いやり自分のできることを自分の持ち場で果たす自責の念が責任感とも言えます。世間でいう責任と責任感は異なるのです。

今は、責任は誰かに取らされるものだという認識からすぐに自己防衛に入り他人ごとのように距離を置いたり、または自分に責任が降りかからないように「自己責任だから」などという言葉を用いて思いやりに欠けて責任を押し付け合って人間関係が殺伐としている状況をよく見かけます。

そしてこの責任という責めと罰を用い、人間を管理する方法は当たり前のように長く用いられてきました。その最たるものに戦争があり、人権尊重しなくても無理に従わせるという手法で組織管理に定着していきました。実際は責任を与えて管理するかどうかが問題ではなく、人を信頼するか信頼しないかということが責任の本質にあるのです。

本来、立場に責任を持たせて管理するという方法はそこに人を信頼するというものがなければ本来の助け合い協力し一緒に目的を達成する自立した組織にはなりません。なぜなら人を信じなくて済むからと管理を導入し、立場やマニュアルを用い責任を押し付けてもそれは主体的に自主的にやっているのではなく外圧という外の力を用いて他律の中で責任を果たしていることは責任であって責任感にはならないからです。

本来は、自主自立、目的を共有し納得し御互いが助け合い思いやる中で、自分が果たす役割を自らで認識し真摯に全てのことを自分事として自律している中で責任を果たすことが責任感を持っているということになります。

そしてこの責任感というものは、教えられるものではなく思いやり助け合う中で育っていくものです。自分が日頃多くの方々の御蔭様で成り立っていること、いつも周りに助けていただいているということ、そういう感謝の心が育ってくることで同時に責任感は育っていきます。つまり責任感が強い人は、人一倍感謝の心も強い人とも言えます。

先日、ある学校である子どもが宿題を忘れたらその同じ班も連帯責任にして罰を与えているということを訊きました。なぜそれをするのかと尋ねると、罪の意識を持たせ責任を教えているということでした。ここでの責任の意味は、罪に罰を与えることであり、自分が悪いことをしたらそれ相応の罰がくるということで責めを負わせ罪悪感を教えています。

本来、責めは負わせるものではなく自ら負うものです。それは罪悪感ではなく、感謝の心から発生するものです。それを責めて負わせるようなことを教えるから責任は持ちたくない、責任は持たされるものだと勘違いするように思うのです。そしてマジメな人であればあるほどその罪悪感が重くなって責任に追い込まれていきます。

昔の教育は、担任が一人で責任を持たされそれを果たすことが責任だという認識がありました。それは信頼というベースがあってはじめて成り立っていたから責任感も持てました。しかし今、不信をベースに責任を持たされるのならそれで責任感が持てるはずがないのです。

だからこそ今の時代は、まず責任感を持てるように思いやりを中心にした組織にすることが必要不可欠でありそれがリーダーの何よりも重要な責務になってきています。社會に信があれば、思いやり助け合いの心で人々は責任感を持ちますが社會が不信に満ちるなら人々は責任を押し付け合います。

小さな組織もまた小さな社會ですから、その小さな社會の在り方を変えていくことで世の中の大きな社會もまた変化していくように思います。

子ども達がいる現場をどのような豊かな社會にしていくかは、一人ひとりの責任感に由ります。そしてその責任感は、思いやりと感謝の心によって目的と初心を定め、理念の実践によって醸成されていきます。

責任感を持つ人が増えることは、思いやりを持つ人を増やしていくことです。子ども達のためにも、新しい組織の在り方を示し仕組みを広げていきたいと思います。

感覚の世界~研ぎの志~

昨日、三重県松阪にある月山義高刃物店にて藤原将志三代目から研ぎについての講習を受ける御縁をいただきました。昨年から「磨く」ことをテーマに、深めていると鐵に出会い、鐵から砂鉄に出会い、砂鉄から砥石に出会い、そして研磨に辿りつきました。

研磨という世界は感覚の世界であり、この感覚の世界をどれだけ大切にするかに由ります。日頃から切れ味知り、観る目を凝らしてミクロの世界を感じることやマクロの世界を味わうことは、自分自身の感覚を研ぎ澄ませていくものです。

今回の体験でもかつて日本人たちが如何に鋭敏な感覚を日頃から持っていたかというのを実感しました。これらの日本の技術が廃れていくのは本当に辛い思いがしますが、次世代、もしくはさらに先の世代が必要としたときその技術がこの世になかったではあまりにも悲惨なことになります。

だからこそ今を生きる私たちは、ちゃんと子ども達や次世代のことを考えた志業を行う必要があるのです。今回の研ぎでもまた、その文化の一端に触れる機会になり、これら実践していく上で何よりも大切な志をいただいたような気がします。

物はモノではなく、志があります。誰がどんな思いをもってそれを造り、誰がどんな祈りをもってそれをつなぐか。つまり物はその誰がが語るから、物語なのです。たたら製鐵を遺し鍛冶をする刀匠、そしてミクロの世界を科学し研ぎの真髄を語り続け研鑽を続ける研ぎ師、そのお二人の姿から大切なことを学び直した気がします。

研ぎについては、「切れ味」という世界があることを知りました。

つまりは、物は切れ味次第で実際の素材の味も変わり、持ち時間も変わってくるということです。この切れ味が分かってくることが、何よりも最初の感覚の世界であり、これが観えるか観えないかが最初のコツのように思いました。

切れ味とは辞書に由れば、「刃物の切れ具合、才能・技能の鋭さ」とあります。他には「切れ味が良すぎる」や「切れ味が冴えた」という言葉もあります。そして私自身も切れ味については学んでいる途上で、如何に本質にシンプルに辿りつくかを思う時、そしてそれが最も正確無比で余計な言葉がそぎ落とされたとき、切れ味を思います。

切れ味については最後に印象深いことを仰っていました。

「善い研ぎ師であればあるほど、研ぎすぎることがない。」

だからこそ天然砥石を用いるそうです。これは自然の世界と同じであり、天然であればあるほど我が抜けているということです。天然の持つ砥石に磨かれるというのは、その調整力を身に着けるということではないかと直感しました。

早速実践をはじめ、境地を得てみたいと思います。

民間療法の本質

今回、民間療法を試していく中で一つの発見がありました。この民間療法は日頃取り組んでいる自然農と同じで、もともと備わっている自然治癒を援助し支えるやり方で行われていたということです。

現在の西洋の薬は確かに緊急時には必要ですが、病原体にだけに対してだけではなく同時に身体にも影響を加えてしまいます。副作用があるということは、病原体を攻撃するために多少の犠牲をはらっても手段を選ばずに薬で殲滅させようという考え方です。

それに対して古来から伝わる先祖たちが伝承してきた民間療法は、もともと身体には自然治癒が備わっているためそれをどう発揮できるように手伝うか、また援護するかという観点で薬を用いています。そのため副作用はありません。

例えば、喉の痛みについては「はちみつ大根飴」や「緑茶のうがい」、「生姜茶」の療法を用いましたがこれは扁桃腺で自助免疫が外部からのウイルスや細菌の侵入を防ごうと攻防を繰り広げています。その時、はちみつが抗酸化作用で殺菌を助け、緑茶のカテキンが同じように殺菌をし、大根が炎症や痛みを和らげ、生姜が体温を中から暖め免疫が活動しやすくなるようにと援護します。

つまり古来の薬はすべてにおいて自然治癒を「援護」するものであり、病原体を倒すためのものではないということです。これは人間にはそもそも自然治癒が備わっていると信じられており、その自然治癒が働きやすいようにと配慮しながら暮らしてきたのです。

これは自然農も同じで、作物その物のもつ育つチカラを邪魔しません。どうしても外敵に負けそうな時だけ、援護します。するともともと持っている元気が出てきて、逆境を撥ね退けて負けそうな時よりもずっと強く逞しく活き活きと育っていきます。その生きるチカラ、その元気溌溂さを見るとき、実は逆境は善いものだと信じさせるものです。

人間の身体も同じくもともと持っている元気がでなくなったのは自分の自然治癒力を信じず、西洋の薬に頼りますます元気がなくなってしまっているように思います。これは薬だけに限った話ではありません。何でも目に見えて効果がありそうなものに飛びつき、本来の自分自身の中にあるものを信じようとしなくなっているようにも思います。自分の免疫で治すことは確かに信じるチカラが必要であり、治るかどうかが分からない状態で苦しみが続くのですから調子が悪いとより不安になるのは仕方がないことなのかもしれません。

しかし見方を転じてみれば病気になってしまった原因を見つめるよい機会でもあり、苦しみを受け止めてそれを民間療法を用いて恢復ができるのなら自然に身体は以前よりも益して元気が漲ってくるように思います。

最後に整理すると、自然に沿って治そうとするものが民間療法であり人工的に意図的に治そうとするものが現代医療といっていいかもしれません。先祖たちの伝承された民間療法を試していたら、先祖たちが如何に自然に寄り添った暮らしを永い期間ずっと行ってきたか、そしてそれが如何に優れて素晴らしかったものなのかを身体で感じます。

自然を征服することができても果たしてそれが幸せなのかどうかは疑問です。自然物の一つとしての人間なのは自明の理なのですから、自然物のチカラが自分に具わっていることを自覚することの方が信じるチカラを得て自然一体に安心できるように思います。

子ども達のためにも、自然農と同じく民間療法としてのものもできる限り掘り起し探し出し少しでも多くのものを伝承していけるよう生き方を遺していきたいと思います。

 

民間療法の智慧

先日から風邪をひいてしまい喉が腫れ高熱が出たために日頃、社内で実践しているはちみつ大根飴をつくって自分の体験で効果を試しています。このはちみつ大根飴は、江戸時代頃からあった民間療法だそうでもともと大根の持つ消炎効果とはちみつの持つ抗酸化作用を組み合わせたものです。

大根には、イソチオシアネートという消炎のための物質、そして酵素としてアミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼなどがあり消化を助けることが分かっています。またはちみつについては紀元前から人間は薬用として使われていたことが分かっています。具体的には、はちみつ中に存在するグルコースオキシダーゼという酵素が、はちみつの表面に触れている空気中の酸素に働き過酸化水素という物質をつくります。それが強烈な殺菌効果と、消炎効果があるようです。

子どもの咳止めには「はちみつ」をというくらい、昔から重宝されてきたようです。

これらは民間療法といって、古くから民間の生活の中で伝承されてきた智慧ですが自然に沿って暮らしてきた先祖たちが早くから大根とはちみつの効果を知って、生活の智慧にしてきたのです。

昔の人たちは観察力がとても優れていました。それはきっと自然を観察して自然から学んでいたからに他なりません。文字や言葉で学んでいるのではなく、自然そのものをよく観察してそこから智慧を生活に取り込んでいったのです。

今の時代のように、何でも便利に人工的なもので囲まれた都市型の生活をしていたらそういう観察力は減退していくようにも思います。本来の観察力は、自然によって磨かれるものだからです。

天然自然物を活用することは、自分自身の感性が磨かれることになります。

これらの民間療法の効果は、誰にでも覿面に効果があるかどうかはわかりませんがこれらを実践することによって先祖たちが如何に今の自分たちよりも自然に寄り添い優れた観察力を発揮したかがはっきりします。

先祖の智慧を伝承することは、温故知新の生き方を学び直すことにもつながります。

この機会もまた有難い経験にして、子ども達へ伝承していきたいと思います。

2016のテーマ

昨年も本当の多くの方々の御蔭様と見守りをいただき無事に一年を過ごすことが出来ました。光に影が付き纏うように、常に自分が生きて周りに活かされていることが存在しています。私たちは一人では決して生きられず、生物非生物に至るまであらゆるものの存在の御力をいただきこの世に存続することができています。

このように当たり前の存在ではない、「有難い存在」にいついかなる時も気づける自分でいようと思っていますが、恵まれすぎると足るを知らなくなるのが人間の慾です。

よく考えてみると、全てを必然と思えるかということが足るを知り今に感謝する妙法なのかもしれません。人はこんなはずではないと物事に不平不満を思うより、これは何を教えてくださっているのか、何を与えてくださっているのかと謙虚に素直になるのなら物事は全て必然であることしか発生していないと気付くものです。

どんな禍も転じて福にしていく生き方というのは、運命を信じて天命を守り人事を盡すということのように思います。そのためにも日々に分相応を守り吾唯足知の境地を得るために今年も御蔭様の実践を精進していきたいと思います。

昨年は、「時代に翻弄されず初心を忘れない」ことをテーマにしていましたが、その初心や理念に見守られた有難い一年を過ごすことが出来ました。今年、メンターからいただいたテーマは「もののはじまりを知る」ということです。

これは時代時代で変化が著しく人は翻弄されてしまうものです。例えば、新しいものが入ってくると古いものが否定されたりしますがそれが新しいか古いかではなくそのものが何であるのか、つまり本質を常に捉えることが大事なことだと私は聴きました。

そしてその時、伝統とか、伝承、文化とか、始まりを知ることが、翻弄されないためにとても効果があるとのことです。なぜならどんなに新しく発見されて過去のものを否定されたとしても伝承は否定されることがないからです。この「もののはじまりを知る」ことは、大元が一体何かということを知るということです。そしてそれを知ることこそが初心であり、本質を守ることです。

時代が変わっても、道は太古の昔からはじまりずっと今に繋がっています。

そしてそれを鑑みると今此処に繋げてくださった多くの方々の御蔭様がいつまでも息づいていることに気づき感謝の念がこみ上げてきます。降り積もるこの葉をかき分けて先人たちの足跡を観て学び、その真心を丁寧に継承し子ども達に譲っていけるようまず自分たちが初心を忘れないで実践を高めていきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

 

祈りの実践

先日、あうん健康庵にて有難い真心の籠った最幸のおもてなしをいただき私たちにも一生の思い出ができました。御縁は本当に有難く、「祈りの力」という小松先生の著書のタイトルに惹かれて知人からご紹介をいただいてから自然治癒ということの本質について深めることができています。

そもそも「いのり」というものをどのように定義するか、そこに祈りのチカラを自覚するかどうかの差異があるように思います。日々に「祈りの力」を実践するものこそが、その祈りによって世の中が働いていることを知る様に私は思います。

かつて「代表的日本人」を著し、世界に日本人の徳を弘めた内村鑑三が「聖書之研究」の中で「祈りの特権」という語録を遺しています。

『人は窮すれば人に頼む。人の援助を得て窮地を脱せんとする。そして人の援助の絶えし時に行詰りたりと云う。彼は、おのれに祈祷の特権あるを忘れるからである。何がなくとも祈る心はある。これさえあれば、われに万物ありである。』

私の意訳ですが、「人が困窮すれば誰かに助けを求めそれが尽きた時、行詰るといいます。しかしこの時、自分には祈りがあるという実践、その初心を忘れているからそうなるのです。どんなものが不足しても祈る実践はできないことはない、つまりこれさえあるのなら自分には万物が足りているのです。」

人は祈ることを忘れることで困窮していきます。言い換えれば祈らないから困窮するのです。この祈りというのはピンチこそ祈るのではなく、やはり日々に初心を祈ることのようにおもいます。この祈りの特権というのは、人が素直になり謙虚になる唯一の方法です。困窮して行詰るのは自己中心的で自利にばかりに心を奪われてしまうからとも言えます。もしも利他に生き、三方よしの全体のためにと人事を盡して天命を待つ生き方をしているのなら困窮ではなく天から与えていただいた試練だと感じるものです。

それは「試されごとは頼まれごと」という言葉もありますが、それだけ天が頼ってくださっていると感じる感じ方もあるのです。試練は「初志」を鍛錬し、「初心」をも研磨してくれますからその試練によって人は養分を得て養生し成長するとも言えます。

話を戻せば、祈りの力というものは日々に初心を忘れない実践を行ういます。それは理想を信じる中で魂を純粋にし、魂のままに遣りきっていくことに似ています。

世界には同じようにこの世に産まれてきて何かを直感し、生き方を変えて一隅を照らしともに世の中を明るく美しくしようと実践する方々が沢山います。そういう人たちと一緒に祈り続けるのなら、いつの日か必ず人類は目覚め安心の世の中を築いていくはずです時、大事なことは真心と思いやりを忘れずに一緒にいつまでも祈りの実践を行うことのように思いますそうすることでたとえ時代り変わっても伝承され継承され、その祈りは永遠になり無限の刻を歩み続けていきます。

「祈り」は人間に与えられた「至大至高の叡智」であるということです。

最後に内村鑑三はこう締めくくります。

『祈祷の哲理を解せずといえども、祈祷の実力を知る。われは弱き人である。されども祈祷の人である。ゆえに強くせられ、また人を強くすることができる。大なるかな、祈祷の特権。』

未来がどうなるかは、今の自分の祈りの実践によります。倦まず飽かず怠らず、精進を続けて子どもたちの未来のために祈りを積み重ねて研ぎ澄まし、祈りそのものに近づいていきたいと思います。

道心と暮らし

「道心」という言葉があります。これは徳を高めて道を志す道徳心とも言えます。天台宗の開祖の最澄の有名な言葉に「国宝とは何者ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。故に古人曰く、経寸十枚、これ国宝にあらず。一隅を照らす。即ち此れ国宝なり」があります。

これはクニの宝とは人々の中にある道徳心であり、道徳心がある人こそが本来国宝なのだと言い切ります。そしてその国宝こそがクニのかたすみのあちこちを照らす人々になっていくということです。

そもそも道徳とはいつからあるものなのか、それは今もはっきりしていません。しかし古来の人類が埋葬してあるものをみて、そこに御互いを思いやる心があったことを察し、宗教に発展しているとも言えます。

日本では神話の中で、大国主が数々の思いやりを遺しています。そして天照大御神も、真心を顕している「八尺瓊勾玉」を三種の神器の一つにしました。先祖たちが大切にしてきたものの中に道徳が入っていることに気づきます。

人間がもっとも人間として大切にしているものを忘れないこと、それを初心にして高め合おう磨き合おうと精進していく中にこそ道徳は息づいているように思います。

最澄はさらに「道心の中に衣食(えじき)あり、衣食の中に道心なし」と言いました。

つまりは初心を忘れずに実践する人には、自ずから衣食住は伴ってくる。ここでの「衣食(えじき」とは「暮らし」のことです。初心を忘れない人は安心して暮らしていけるが、己に負けて初心を忘れ自分のことばかりを考えて自分勝手に生活している人には人を思いやる真心を見失い衣食住が次第に存在できなくなるということです。

「暮らし(衣食)」というものは、利他に生き、周りのために、全体のためにと自分を盡す人には自ずから備わっているもののように思います。自分優先で自分のことばかりを気にして自分に終始する人は暮らしが成り立たないのは、暮らしは「みんなの仕合わせのために生きる」中にしか存在しないからのように思います。人間は周りの御蔭様を何よりも尊重して生きる生き物であり、決して一人では暮らせないということです。

周りへの感謝を忘れ御蔭様をも思い出さないで、自分の身の心配ばかりしているようでは道心から離れているように思います。道心とは、周りの人たちの御役立ちできる生き方を貫いていくことであり、その生き方が世の中のかたすみを常に明るく支えているという意味でしょう。

「暮らし」を見直していくとき、どうしてもはじまりを意識します。そのはじまりは、道徳心に由ります。道徳心を忘れないためにも初心を実践し、日々に研鑽を積み、真心を盡していきたいと思います。

 

感性を磨く3

ここ数日で感性を磨くということを書いていますが、その感性は何を砥石に見立てて磨くかによって磨かれ方も異なります。先日、天然砥石をいただき来年から研ぎをはじめますが感性に通じる磨きがあります。

二宮尊徳に「天地の経文」があります。

「夫れ我教は書籍を尊まず、故に天地を以て経文とす。予が歌に『音もなくかもなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかえしつつ』とよめり、此のごとく日々、繰返し繰返してしめさるる、天地の経文に誠の道は明らかなり。掛かる尊き天地の経文を外にして、書籍の上に道を求むる学者輩の論説は取らざるなり。能く目を開きて、天地の経文を拝見し、之を誠にするの道を尋ぬべきなり」

二宮尊徳は書物や人から学ばず、常に自然の声を聴いて学んでいたことが分かります。日々に繰り返される天地自然の御姿をお手本に誠の道とは何かを自問自答することで学び直しを続けたとあります。

本来、感性とは自らに具わっているものです。なぜならそれは自分も自然の一部であり、自分も宇宙物と一体であるからです。人間だけを分別し、他のものと分けてしまうことの中に本当の問題が潜んでいるように思います。

人間というものは天地自然の一部にして、周りの全てのものと同化しているものという視点に立脚するのなら自ずから学びの対象は自分自身になるのです。本来、離れてはならないものと離れてさも分かった気になって自分の都合のよいものを師にして弟子にしてもそれは道理から離れていくものです。

創始の人々は、すべて自然から学び、自然の技術を道具にしてそれをもって能力を磨き感性を研ぎ澄ませてきたともいえます。創始の人々と同じものを見つめる心は、自分自身の感性を創始の人々に近づけていくことと同じです。

私たちの感性は知識によって磨かれるのではなく、自然によって磨かれるのです。その自然が知識で見ている自然であればそれは自然ではありません。空を見て空とし、雲をみて雲と理解し、太陽を見て太陽と理解し、月を見て月と理解する。こんなことでは本当の自然を理解することは絶対にありません。

そのものをそのままに感じる心が感性のことです。言い換えるなら、空は空と見ない、雲は雲と見ない、太陽は太陽と見ず、月も月と見ない。つまりはそのままの姿をそのままに受信し感応する心に耳を傾けて声を聴くのが感性です。

感受性を高める教育などと言われ、何を思ったか教科書を使い自然まで知識で教え込もうとしますがこんなものが果たして感性を磨くとは私には思えません。

感性を磨くには、感じる力を高めていくことです。それは耳を傾けることです、そして声を聴くことです。そういうことを素直にできるとき、人はその感性が磨かれ自然一体の素直で謙虚な姿に近づけるように思います。私が尊敬する空海も二宮尊徳も、また吉田松陰も、その他様々な先祖たちが実践してきた自然に学ぶ姿に今も心が融け合っていきます。

子ども達のためにも、何をお手本にして学び直していけばいいか、その刷り込みを取り払う環境を用意していきたいと思います。自然から学び直すことで、直感を養い、感性を高め、道理を学び、思いやりや真心を実践できる人に近づいていきたいと思います。