御米

私たちは親祖よりずっと御米を食べて暮らしてきました。

それは国内にある様々な遺跡の中から、炭化した御米が発掘されていることからわかります。縄文遺跡の以前は、陸稲を中心に栽培され、弥生遺跡以後は、水田を中心に栽培されています。

そもそも私たちは自然の一部ですから何と共生をするのかを選択して生きています。この共生とはなくてはならないいのち同根、生死一道の関係のことです。その共生の相手に御米を選んだというのが私たちの親祖です。

人は食べたものでできているものです。何を今まで食べてきたかを観れば、その人のからだが何でできているのか、どこからでてきているのかが理解できます。その元を知ることが自分を知ることであり、その根を確かめることが自分を実現させることのように私は思います。

日本の全ての行事は御米と一緒に学んできたことがカタチになっているものです。それが今では私たちが一番長く食べてきたものを育てたことがないということに大変な危険を覚えます。古来からあるものから離れるということは、自分たちの姿を正しく理解できなくなるということでもあるからです。

御米作りというものは、一生涯の働きであり、御米を食べるということは私たちがなんであるかを知るただ一つの道だと私は感じています。

日本の自然思想家であり医者である安藤昌益という人物がいます。この方の「自然真営道」という著書の中で下記の一文があります。ここに御米とは何かということの真実が書かれているように思うので紹介します。

「米(こめ)は神と同音、米(よね)は世根、稲は寿根(いのちね)の略。稲荷とは人の神身皆稲なれば人常に稲を荷(にな)ふ意。飯は命師(めし)又は身師(みし)の転訛。寿(いのち)は飯中(いいのうち)の略。迷は米吾(わ)を去りて他にゆく意。即ち食を離れた時の心理状態に名づけしものである」

つまり古来、御米こそ日本人のいのちの糧であり心であったということです。

自分がどこから来たのかというのは、これからどこへ向かえばいいのかを自覚する唯一の鍵です。その鍵こそ私は御米であると確信しています。

今年もまた自然に沿った御米作りがはじまりますが、ここで御米から学んだことを後世のために譲り、そして人類の初心のために活かしていきたいと思います。

 

奇跡の今

人類は何万年も前からこの地球で暮らしていたことが遺跡からわかっています。宇宙はどこまで広がっているのか、またどこからはじまったのかも興味があるかもしれませんが同時に人類はどこから来たのかというルーツについても同じく興味があるものです。

そうして時間というものを考えてみると、いつはじまりいつおわるのかは誰にもわからないことに気づきます。ある生き物は7日間で生死をめぐり、ある生き物は数千年で生死をめぐります。生死の長さはそれぞれにとって異なり、人間が定めた時間を物差しにしてみると短命、長命と分別しています。

しかし実際の生物たちは、過ぎた過去のことを憂い、まだ見ぬ未来のこと憂いているか、時間という概念がもしもないのならそういうことを思い煩うこともないように思うのです。

例えば人類があと5万年生きようとします、すると5万年をどう生きるのかを悩めば悩むほどにありとあらゆる準備をしなければなりません。文明を発展させては、もしも地球が滅んだ時のためにと宇宙にも脱出していかなければなりません。そのためにありとあらゆるテクノロジーを開発していくのでしょう。

しかし実際はどうかといえば、宇宙の大きさからみても私たちが準備してもどうにもならないものもあります。太陽が爆発したらおしまいですし、ブラックホールが急に出現してもおしまいです。地球の中にいても急に大噴火が発生し氷河期がきても大変ですし、大地震で大津波がくるかもしれません。何が起きるかはだれでもわかりません。これは決して対処しなくていいというわけではなく、あまりそういうことばかりを考えていたら本当の今という現実から離れてしまわないかということです。

生物たちは今の一瞬一瞬を面白く楽しく過ごしています。どんなことがあっても今から離れずに今を生き切っていきます。そこには自分が7日の生命かどうかなど煩わず、もしくは1000年であろうが関係がありません。今日一日、この今の一瞬一瞬を大事にしていきます。心を今から離さないといった方がいいかもしれません。そうして今から離れないからこそ沢山の奇跡に出会っていくように思います。

よく考えれば、この先のことを憂うよりも今があることがどれだけ有難いことか、昔のことをくよくよするよりも今があることがどれだけ御蔭様であるか、物事の善い方を感じることができることは仕合せなことです。

畢竟、今を大切に生きるということが心でいつも奇跡を感じる方法かもしれません。

奇跡の星に生まれて奇跡の星に今あることが愉しいのでしょう。

ありのままに正しく物事をみるためにも今を愉しみたいと思います。

心の実践

人は共感することで相手のことを深く理解していくことができます。この共感とは単に相手を知ればいいということではないことはすぐにわかります。しかし実際、共感をするということが何かということを理解している人は少ないように思います。

例えば、相手の話を聴くということがあります。これも単に話を聞けばいいのではなく、聴くというのは相手のことを自分のことのように関心をもっているか、もしくはどれだけ自分が心をありのままに開いているかということが関係します。

しかし実際は関心も心も開くこともなく、心を遣わないままに頭が先に出て心が入らないことがあったりするように思うのです。それを自分で気づける人は修正できますが人間が幼いころから大人の社会を身に着けるために世渡りが上手くなって刷り込まれてくる過程でその心の実践を忘れてしまうことがあるように思うのです。

それでは心の実践とは何かということです。

極端な例かもしれませんが、1990年、フランス人の野生動物専門カメラマンを両親にアフリカのナミビアで生まれたティッピという少女がいます。10歳になるまで、原住民たちと共にアフリカの野生動物に囲まれて育ち、生まれつきどんな野生動物とでも仲良くなれたと言います。

この子の動物と戯れている写真を見たら、まるで兄弟か家族のように動物たちと仲良くなっています。動物たちもその子に警戒せず、その子も警戒しません。本来の野生動物は食べ食べられる本能がありますが、生命の進化を観ていたらその相手ではないと思えば自然に近づくことができるのかもしれません。

その中でその子がこういう言葉を語っています。

「私も裸にならなければ、動物たちは心を開かないわ」

ここに共感するということの真意が潜んでいるように私にも感じます。相手が心を開かないのは自分が先に心を開かないからです。そうして開かないからこそ相手は自分に対して心を開いている分しか開いてくださらないのです。

まず自分が心を開くのは相手が先に心を開いてくれてからという人もいますが、人が自ら共感するというのは自分の心をまず開いてから行うことをいうのでしょう。もちろん、心を開けば傷つく時は大きな痛みを伴うかもしれません。しかしそれ以上に相手を思いやり、もしくはそれ以上に冒険したいという気持ちがあれば心はいつも先に出てきてくれるようにも思います。

勿論幼いころの心の傷や痛みは古傷となって今でもズキズキするかもしれません。しかしその傷や痛みは相手を分かろうとした痛みであり、相手を近づこうと冒険した証の傷なのですから自分の誇りであり、また勲章なのです。

仲良くなり助け合いわかり合う共感とは、心のかかわりつながりを持つことです。

小さな勇気を振り絞り小さな一歩を踏み出すことで心は開いていきます。
自然はいつも私たちに心をまるごと開いてくださっています。

仲間に出会える倖せのためにも、敢えて自分から裸になる心の実践を積み重ねていきたいと思います。

 

優しさと強さ~心の在り様~

人は「優しい」というのは、人の気持ちが自分のことのように分かるということでもあります。相手のことを思いやるから優しくなれますし、優しいのはその人の倖せを深く願う真心から来ています。

しかし優しいというのは強さが要ります。ある格言に「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる価値がない」というものもあります。

一見矛盾しているようですが、優しさと強さがあってこそ真心を発揮することができるからです。優しいだけでも強いだけでもそれは本質的な優しさではないように思います。

思い返してみると、学校の思い出にいじめがあります。大なり小なりいじめはありますが、いじめられる子、いじめる子に分かれてはお互いを傷つけあっていきます。しかし、その中でも優しい子どもは自分がいじめる側につくくらいならと学校に行かなくなっていきます。

不登校になる子どもには優しい子どもが多いというのは、優しさゆえに自分を責めてしまうからです。子どもは最初からみんな優しい心を持っているように思います。いのちを慈しむ”かわいそう”と感じる慈心の事です。

学校では、強くなれ、やさしさだけでは社会では通用しないぞと色々な圧力を各方面からかけられましたが、実社會に出てみたら確かにそんな社会もありました。しかし現実に社會を創る側にまわってみると、実は真逆で真心でなければ本質的には通用しないことを自覚するのです。

表面上周りに合わせて社会に慣れるのと、社會を本気で変えていこうと生きるのではその生き方がまったく異なっていきます。子どもたちのためにと社會を善い方へと変えていこうと思ったら優しさというものは必要不可欠です。そして表面上ではなく本質的な優しさを発揮していくために真の強さを持たなければ子どもを守ることはできません。

つまりは、優しく強いというのは子どもの周りの大人たちに必要なモデルであり、優しいままでいいから強くあるようにと見守り育てていくことが大事なのではないかと思うのです。

弱いから強くしよう、優しいから厳しくしようとするのは真心からではないような気がします。弱く優しいからこそ守ってあげよう、そしてそういう人たちを守る社會を育てていこうとするのが思いやりだと私には思います。

社會はどこでできてくるか、それは子どもたちの創りあげたい社會が今の社會です。私たち今の大人が作った社會を無理やりに子どもに押し付けるのではなく、子どもが望んでいる社會をよく見つめ、どうやったらその社會が実現するかを考え直して見守り育てていくのが私たち大人の使命だと感じます。

人を傷つけるくらいなら自分が傷つけばいいなどという自責の念で潰れそうな子どもたちをひとり孤独にしていては世の中から希望が失われていきます。希望を与えるには、強く優しい真心の実践が必要です。

自分が自分に打ち克つからこそ人を深く思いやれ、そして自分が希望を捨てずに最期まで諦めなかったからこそ目の前の人の心を強くしていくことができるように思います。常に優しさと強さは心の持ち方、心の在り様からはじまりますから、同志の学校教育に一緒に向き合っていく以上さらに奥深い心の本質に入っていきたいと思います。

 

執らわれない心

人生は不思議で思い通りではない時の方が思った以上のことが起きているものです。

有名な故事に「人間万事塞翁が馬」という言葉があります。これは中国の淮南子という古い書物に書かれている物語ですが私はこの言葉が大好きで、実際には世間には悪いように見えている禍の出来事であってもその実は、天の計らいによって福に転じていくこともあるという仕合せの原点回帰の話のように捉えています。

通常人は一般的に周りや世間からみると同情されるような出来事が発生すると落ち込んでしまうものです。自分の中で落ち込んでしまえば、それは不幸だとか禍だとか勝手に信じ込んでしまいます。しかしこの中国の塞翁は、「本当は善いことかもしれないよ」とその時々に周りに言っては、時間が経つとすべてそれが福に転じて戻って来るので周りは驚くのです。

これは悪いことの側面に善いことがあり、幸せの側面には不幸がある・・・しかしその両方が何かの御蔭様に由っていると思うとき、その仕合せは禍福が一円満になっていることに気づいているのです。

物事とは片方だけで見るのではなく、両方で見ることは大切です。そして同時にそれは一部分だけをみるのではなく全体で観ることが大事です。しかしつい人間は自分の感情に呑まれてしまうと、視野が狭まり目の前のことだけで見える世界がいっぱいになってしまいます。

そんな時、信じることができているならそれは実は天から与えてもらった贈り物かもしれませんし、願っていることが次第に叶っている最中なのかもしれないと思えるのです。

これは謙虚に虚心坦懐に日々に信を積み重ねていく精進があって仕合せのめぐりあわせに気づく感性を高めていくから実感できるようになるのかもしれません。不思議なことですが人は一般的に誰かと同じような出来事が起きていたにせよ、その仕合せに気付く感性次第では物事は全く異なった真実をみせてくれます。

信じるということの奥深さはこの人間万事塞翁が馬の故事の中に秘められています。

畢竟、どうにもならない運命に対して、どのようにそれを味わっていくかはその人の人生次第です。一度しかない人生をどのように味わったかを、後で振り返るとしたならばあの時、信じて本当に善かったと思えるような歩み方をしたいものです。

ご縁を大切に、御蔭様を感じながら、執らわれない心を磨いていきたいと思います。

 

 

希望とは何か

昨日、サミエル・ウルマンについて深める機会がありました。私が20歳の前半のときに詩集の「青春」にめぐり会い、大きな勇気をもらったことを思い出しました。松下幸之助氏の著書の中で自分の座右の銘として紹介されていたその時の詩の印象から青春の真価を再確認したことを覚えています。

もともとこのサミエルウルマンは、ユダヤ人でアメリカで活躍した実業家です。その当時、社会的弱者でもあった孤児、女性、黒人、労働者の救済運動に生涯を捧げた方だったそうです。この詩は、サミエルウルマンが80歳の誕生日に自費出版した詩集の中にあったものです。

日本でこの詩が翻訳され広がったきっかけは、アメリカの連合国司令官だったマッカーサー氏が座右の銘にしていた詩で、執務室に掲げられ日々に内省していたものを日本フェルト工業統制組合専務理事の岡田義夫氏が感動してそれが友人ずてに伝わり松下幸之助さんが紹介して今に至るようです。社会的閉塞感の中で、心が病んでいる人たちがたくさんいる今の時代だからこそ、もう一度この詩の必要性を感じました。ちょうど、この詩が広がったときも終戦後の暗くつらい時代でした。

「青春~YOUTH~」

「青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。

若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、
安易に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。

人間は年齢を重ねた時老いるのではない。
理想をなくした時老いるのである。

歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。

悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、
雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。

六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬
夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛
何かに挑戦する心
子どものような探究心
人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。

人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。
自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。
希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。
自然や神仏や他者から、
美しさや喜び勇気や力などを感じ取ることができる限り、
その人は若いのだ。

感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、
人間は真に老いるのである。

そのような人は神のあわれみを乞うしかない。」

希望とは、心の持ち方を変えることです。そして心の持ち方を常に変えることができる人は、人生において一生涯好奇心を捨てることはありません。最初は光輝く子ども心も、社會の中で次第に曇りそのうち光らなくなっていくものです。それを磨き続けていくことで、光り輝く心を取り戻すことができる。

それを私は「希望」と呼び、「青春」と定義しています。

人生において絶望とは、生き方を見つめる最大の転機です。その転機に関われることこそ教育の醍醐味ではないかと改めて実感しました。これから、新しい道に同行しますが面白くワクワクするご縁をいただけたことに感謝しています。

私もその一人として絶学を継ぎ、心の世界を創造し青春を謳歌しつつ希望の詩を仲間と一緒に唱和していきたいと思います。

完全体~人生のモノサシ~

人は物事を判断するとき、加点法か減点法かをその人の考え方で決めてしまっているものです。簡単に言えば、物事を省察するときに肯定的に物事を捉えているか、それとも否定的に物事を捉えるかということです。

これはどちらかが良くてどちらかが悪いという意味ではなく、不足を見るか足るを見るかという考え方の違いになります。そこには、完璧を目指すか、完全を目指すかという違いがあるように私には思うのです。

完璧というものはこの世には存在しません、もしも完璧があるとするならばそれはこの世のものではありません。以前、あるテレビ番組の企画でパソコンを使って世界中の美人のパーツを全部合わせて完璧な美人を創ってみようという企画がありました。実際の結果は散々なもので、とても見るに堪えない恐ろしい姿になりました。何をもって完璧であるかとするのは、人間の中の平均の中でもっとも高いものを組み合わせているものを完璧であると考えているのです。

それに対し完全という考え方があります。人間は産まれながらに完全な存在であるというものの視方です。不足しているものがあるのではなく、今の自分のままがもっとも完全だということです。言い換えれば「私は私であればいい、あなたはあなたであればいい」ということです。完全な存在なのだから何かを無理に足す必要もなく、ないからそれを嘆くこともありません。今の自分がもっとも完全だと考えれば、ないもの探しではなくあるもの探しをすればいいということになります。

別に人生は100点でなければならない理由があるわけではないのだから完璧である必要はありません、それよりも自己実現ができることの方が愉しいですし、思いやりを盡して誰かのお役に立つことの方が仕合せです。今の自分でできることにいのちを燃焼させていく方が今の自分を信じ愛することもでき、周りの人と活かしあう豊かさを実感できるのです。

人間は欠けているからそれを補うのですが、それをもし一人で全部やったらどうなるでしょうか。みんな同じコピーを作ることに躍起になってしまうかもしれません。先ほどの完璧な美女がいればそれを目指せば全員それをコピーすることを目標にするはずです。これは学校教育の評価による刷り込みをもっているということではないかと私は思います。

今の自分のままでそれをどう伸ばしていくか、それを磨くかというのが本来の加点法、肯定的な物事の視方、そして楽しくなる生き方ではないかと私は思います。コピーで苦しんでいる人が沢山いる今の社會に、あなたのままでいいと言ってくれる社會があることでその人がどれだけ救われるかわかりません。評価のモノサシではなく、人生のモノサシをその人の中に持てるようにしていくのが私たちの願う見守り合う社會です。

自分たちの生き方を通して、一人でも多くの子ども達に完全である仕合せ、周りと一緒になる喜びを伝えていきたいと思います。

 

 

人事考課の罠

先日、人事考課について考える機会がありました。そもそも人事考課というのは、公平に平等に評価するために取り入れるという人が多いのですが、実際はそうはなっていないことがほとんどです。

その理由に、実際はそれぞれの特性や持ち味を活かそうといった観点からはほど遠く、如何に一人ひとりを均一にしようかというシステムで動いているものがほとんどだからです。実際に一人で生きていくのならば、短所も補ってあげなければ生きてはいけない、長所だけでは難しいと考えるのかもしれませんが、そこにチームや共働という考え方があれば無理に平均の力が必要なのかと私は思うのです。

実際の社會に出て観れば、組織の中でどう自分の個性や役割を果たすかということが求められていきます。そこには、自分の持ち味や長所をどう周りを活かしあい、そしてその周りを信頼し短所を補ってもらうかという力が必要になります。

そうでなければ、全体に効果のある大きな仕事はできませんし、また仕事というのは人々との協力で自分の役割を果たすことで仕合せを感じますからその実感もあまり得られなくなっていきます。

本来、みんなを同じにしようという考え方というのは平均にしようという考え方です。金太郎あめのようにどこを切り取っても同じにしようという発想は、一斉画一に同じものをつくろうとするときの手法です。

人事考課をやるといっても、その元になる考え方が平均や画一を求めているものであればその結果はその考え方に従ったものになると私は思います。

人間は一人一人の顔つきがみんな違います。誰一人として同じものはありません、これは指紋でも同じです、わざと人間は異なる部分を創り産まれてきます。これは本能ですがここから読み取れる真理は、人間は同じことをするのではなくお互いに異なる特性を活かしみんなのお役に立ちたいと願う生き物だと分かります。

それは自らの長所をどう周囲に役立てていくか、そして短所は如何に迷惑をかけないように周りの力を借りるかということを運命づけられているかのようです。だからこそ、苦手なところを克服するのに一生を費やすのではなく、得意なところを伸ばすことに専念し、自分の苦手は得意な人の力をお借りして”お互い様と御蔭様”にしていくことが本来の”生きる力を育てる”ことだと私は思います。

一人で生きていく力は決して平均の人にすることではありません。

一人で生きていく力というものは、自分を信頼するという力です。言い換えれば”自信”のことです。時代が何千年変わろうが教育の本質は太古の昔から決して変わりませんし、普遍的な真理はどんなことがあっても錆びつくこともありません。

人事考課をする際に一番考えないといけないのは、みんな違ってみんないいと口では言いながら実際はみんなはやっぱり同じがいいという愚を犯すことです。

本当は何かと何かを誰かが言ったからすぐにやろうとするのではなく、刷り込みに気付くのが先です。そして単に制度だからと人事考課をするのではなく、人類や人々が如何に安心して生きがいや遣り甲斐を感じられるかを深めていくことが人財を教育するのだから何よりも優先して考えることです。

私たちも子ども第一義のモデルになるような働き方生き方を突き詰めていきたいと思います。

内省的実践習慣

情報化社会というのは、頭脳を使い知識を優先して妄想を現実にしていく世界のことです。本来は、人間の頭脳は危険回避にもっとも活躍しますから、脳ばかりを駆使していると危険察知の情報収集にすべての意識が囚われその場その場を対処することにエネルギーをほとんどつぎ込んでいきます。情報化というのは、知識先行化のことで知識ばかりが優先されている世界ということです。

これを船の航行で例えてみます。

頭で処理するというのは後者の急流濁流の中で目先の石や障害を避けようと先々の不安を解消し危険を回避するために集中力を発揮している状態のことです。しかし、そんなことを続けていたら周りの景色も分からずどこに進んでいるのかもわからず安全だけを守ろうと身動きが次第に取れなくなります。この状態を人間は「忙しい」と呼びます。忙しいというのは、心が着いてきていない状態のことで、目先のことしか考えられず、目の前の不安を解消することに集中しているということです。

しかし本来、これは人生の航行と同じで一度しかない船旅をどのように味わい、自分が納得する物語を生きて旅をするかはその人の決心に由るものです。それにはどんな旅であっても、自分が何のために旅をするのかを忘れずに舵をとっていく必要があります。そのためには忙しいという状態がずっと続くというのを避けなければなりません。では、暇になるまで忙しいのかといえばそんなことはありません。忙しい人は暇でも忙しいのは、心が着いてこないから暇にしていないのです。

心を広くゆったりと持つには、内省と実践の習慣が身についている必要があります。なぜなら、出来事が動く際に、同時にその出来事は一体なんだったのかを振り返っているかを自ら自得しなければ意味を感じることができなくなるからです。

これはすでに海外でも提唱されていて、マサチューセッツ工科大学のドナルドショーン氏は、「リフレクティブ(Reflective)=内省的+プラクティショナー(Practitioner)=実践家」と定義しています。つまりは、”内省的実践家は行為しながら考える”という言い方をし、そこではじめて経験した糧が体内で消化されるという意味です。

これは私も同じように理解していて、内省と実践がなければ人間は必ず「忙しい状態」になると思うのです。もしも内省と実践が習慣になっているのであれば、忙しくても忙しくはないという状態がつくれます。つまりはどんなに環境や状況が変化していても、心は平常心を維持することができているということです。

心が落ち着いていれば、忙しそうに見えても忙しそうなだけで忙しくなることはありません。まるでしなやかで嫋やかに揺れる平原の若草のように、揺れても心は楽しんでいます。

そして組織が内省的実践ができているのなら、その組織は初心や理念を忘れることは決してありません。その組織は、身体がいのちを消化吸収していくように、心も同時にいのちを消化吸収していくことができ、いのちはめぐり発達を已まなくなります。

もしも先ほどの急流で濁流の船で忙しく舵をきる船長がいたら船員はきっと不安で仕方がないでしょう。そうならないように、内省と実践の習慣を身に着けることが心を優先する生き方、見守るためには必要不可欠であると私は信じているのです。

そのために、私たちはあらゆる方法を用い内省と実践を同時に習慣づくようにリーダーに実践を増やし促していきますし、内省をファシリテーターの資質の基本に据えているのです。この内省と実践は、本来同一であり片時も分かれることはありません。

常に忙しいからできなかったではなく、忙しさに負けない強さを持てるようにしていくことが心のつながり、共感の絆を結び育て、組織の結束を高めて豊かにしていく方法なのです。

心の持ち方を変えるためには、コンサルティングの技術も必要です。まだまだ精進して、その理論を具体的発明に換え、実践実地に活かしていきたいと思います。

国際言語~和洋言語~

以前、オランダに訪問しミマモリングソフトの説明をつくるとき言語化することの重要性を感じたことがあります。

私たち日本人同士では通じる暗黙知は西洋では言語化しなければ伝わらないものです。例えば、虫が鳴くことがノイズであるという言語しかない言語圏では煩い対象でしかありません。しかし私たち日本人は虫の鳴き声に心地よく感じ、蝉などが一斉に鳴く様相には蝉しぐれと呼んで情緒を味わいます。西洋からすれば、日本はあんなに蝉が多いところに住まないといけないことに同情し、大変気の毒な人々だというイメージすらあるそうです。

そもそも私たち人類は、世界を移動し分かれて行く際に言語を分けました。どの言語圏でいるかというのは、どの文化圏にいるかと同義です。だからこそ同じ言語を持つことで相手の文化と融和していくことができます。

以前、分子生物学者の村上和雄さんが「サムシンググレート」という言葉で「大自然の偉大なる力、その偉大なる何者か」と直訳されたのを聴きました。遺伝子を探究していく中でどうしても説明がつかない存在に気づいたというお話だったように思います。しかしこの言葉ですら、日本人の私たちはよく伝わりますが西洋の自然科学ではこの言葉は逸脱していると言われているようです。

本来、一つ一つの暗黙知というものは、職人気質の中で育まれるものです。師弟が一心同体になって学び合うとき、言葉にはならない微細で微妙なものまで伝承伝授されていきます。そういう部分は言語化できないものが多く、語られず実践し合う中で一心同体に掴み取ります。しかし西洋ではこの言語化されていないものは、認められず、真理はすべて言語化できるところで語らなければ相手にされないのです。

今は西洋や東洋が分かれている時代です、それぞれが違いばかりを唱えては争いは尽きません。あらゆる言語を調和する、和洋のちからが必要ではないかと私は痛感しています。それには私たち日本人が自分の言語を磨き持たなければならないように思います。

今まで島国であった私たちは一つの言語で生きてきましたが、これから国際人の一人として様々な言語圏の人たちと語り合っていきます。その時に、どんな言葉で語るのかが重要になってくるのです。違いを超えて語り合うには、言語的自我を如何に持つかということです。

こういう日々の綴りであっても、自分の言葉を必死に磨いていくことでいつか世界と心を分かち合っていくことにつながると信じています。言葉というものは諸刃の剣ですから、言語化することは真理の矛盾との正対ばかりですが引き続き日々の言語を磨き続けて国際言語(和洋言語)を育てていきたいと思います。