存在のご縁

人は自分にとってどうかと自分を中心に物事を分別していきます。例えば、使えるものがあったり使えないものがあったり、それは別の人にとっては逆転するものもありますがその人を基準に分けられます。

しかし、空気のことを使えるとか使えないとか言いませんし、地球のことも使えるとか使えないとか言いません。つまりは、絶対的に必要なものは使えるも使えないもなく、ただ有難い存在だと感じているのです。

人は自分を中心に物事をいつも考えていると視野が狭くなっていきます。自分を基準に役に立ったか役に立たないかではなく、必要だとお互いに感じることがあって存在を確かめあうことができるのです。

自分にはなくてはならない存在、それをご縁とも言います。何かしらの有縁があり、出会い、そして一期一会に人は人と出会うことでお互いを高め合い成長していくことができます。

それは自分にとっての利害を超えて、人間として必要なことだからです。

人間には空気と同じくらい、出会いというものは必要な存在であろうと私は思います。どんな出会いであったにせよ、その出会いによって人生は大きく変化していきます。出会いの有難さは、かけがえがなくその出会いがなければ今の自分はありません。

出会いを大切に生きるということは、自分の基準を超越して生きていくということです。そしてご縁を活かすというのは、かけがえないご縁であることを自覚し、ご縁を大切に生きていくということです。

どのような出会いもお互いの人生にとっては一期一会。

子どもの憧れる生き方を通して、すべての出来事を学びにして存在のご縁を大切に真心で実践していきたいと思います。

子どもの姿を~何を変え何を変えないか~

貨幣経済が優先され、古来からある日本の伝統的な文化や生活習慣は次第に便利さに流され失われてきています。歴史を鑑がみてもそれぞれの国家の発展と繁栄はその国の風土の文化で育成された民族の個性が発揮され多様な世界の中で自国の強みを活かすことによって成し遂げられてきました。

便利さとは楽の追求ですが、この楽は「楽しみ」とは異なるものです。今では大多数の人たちが便利な方を選択したり、楽な方に進むように子どもたちにアドバイスをする人も増えています。進んで苦労をしなさいというよりも、できる限り苦労はない方がいいと言ったりもします。近代に入り、技術の進歩と共に便利さが発展すればするほどに精神の方は本来は高まっていかけなければなりません。

なぜなら道具や技術を用いる側の人間が成熟していなければそれを使いこなすことができないからです。どこまではよくてどこまではよくないか、これは人生の自立と自律の話と同じで楽を選んでも人生は楽にはならず、人生を楽しくするには楽との付き合い方を知らねばならないからです。

例えば、暮らしというものを考えてみてもお金さえあればなんでもいつでも手に入れることができる状態になれば食事も生活もすべて便利なもので済まそうとします。すると健康が害され、より時間のスピードがあがり心の余裕も次第になくなってきます。大都市に住めば、ほとんどのことがお金で解決するような環境になっています。しかし人間を磨き高めているような古来からの自然な暮らしを実践している人は、日々に自律をし健康管理や生活リズムの維持、運動や学問などの時間を環境に左右されずに丁寧に工夫して生きていきます。

いくら技術が進歩しても、人間としての進化とは別ものですからなんでも便利に効率化したからといってそれが人間の幸福や豊かさにはならないものです。

子どもたちが置かれている環境は今は便利なものであふれています。最近では乳幼児のスマートフォン率がかなり高くなっているともいいます。かつて子どもにはよくないと危惧されていたことのほとんどが今の世の中では実現してしまいました。子どもは環境の中ですぐに流されてしまいます。一時的に大人の圧力で厳しくしつけたとしても、大人になれば何でも自由に自分で選択できますから楽に流されることもあります。だからこそ保育環境は大切なのです。

人生の豊かさを感じる環境をどれだけ幼少期に用意できるか、それは未来を見据えて今どう生きることが将来の真の豊かさにつながるか自分の経験から見つめ直せばいいのです。そうして大人たちは今の社會現象と真摯に向き合い未来を真剣に考える必要があると私は思います。

世の中が進化が求められるとき、いつの時代も下支えしてくれたのは根とのつながりです。根があるからどのような環境下であってもしっかりとその養分を吸い上げながら成長していくことができるのです。この根のつながりは、日本の伝統的な文化や先祖の智慧が凝縮された暮らしの中に色濃く遺っています。

今、私が暮らしの甦生に取り組むのも幼児教育の現場で子どもたちの姿が変わってきていることに危機感を覚えるからです。日本民族の存続を懸けて、風土で育まれた古来からある子どもの姿を変えてはならないのです。

何を変えて何を変えないか、それを正しく見極め行動できることこそが人間の成熟であろうと私は思います。今の社会現象を洞察しつつ、この先子どもたちが乗り越えていくであろう課題に対し少しでも多くの選択材料を私の人生を使って遺していきたいと願います。

 

丁寧と工夫と暮らし

人間は心が忙しくなると雑然としてくるものです。これはいろいろなことがありますから、目先のことに追われてその意味や目的を省みる時間がないときに起きるひとつの現象とも言えます。

しかしこの現象は、心がけと工夫次第ではいくらでも丁寧にしていくことができます。この丁寧は「暮らし」と直結しておりどのような心で生きていくかが日々の修練によって磨かれているともいえます。

古民家甦生を通して暮らしの甦生をしていますが、この丁寧さと創意工夫は今の時代の個ばかりが優先され我や利己的な部分ばかりがせめぎ合うような環境の中で改めて大切なその人の生き方の資質になってくるように思います。

イエローハットの鍵山秀三郎氏にこういう言葉があります。

「丁寧な生き方をする人を消極的で弱い人と勘違いする人がおります。大きな誤解です。積極的で強い意志がないと出来ません。その上、時間と手間、忍耐と工夫がなければできません。丁寧な生き方は強固な精神力を育みます。」

私も同感で、この丁寧な暮らしを実現するには強固な精神力が必要です。どんなに状況が千差万別しても常に初心を忘れずに創意工夫しながら目的に対して粛々と実践していくという信念。まさに暮らしは、継続するものですから自分の決心した生き方を日々の充実した生活へと昇華していく必要があるからです。

今は働き方改革などといって、それぞれに工夫するように国家としても取り組んでいますが私の思う働き方改革は自他一体であり、相乗効果でもあります。

よく勘違いされるのは、残業時間を減らすとか、もっと効率的にするとか、手段ばかりが語られ議論されることがありますがそれは働き方改革の本質ではありません。

働き方改革は、生き方改革ですから生き方が変わるから働き方が変わるのです。

雑然と生きているうちは雑然とした働きをしてしまいます。一つ一つを丁寧に取り組む実践は、心を入れずに処理をしていくことではありません。それは作業の一つ一つの意味を確かめながら、心を籠めて感謝や真心で取り組んでいくという心の作法が求められます。

質の充実というのは、日々の暮らしの実践の積み重ねの上に存在するものです。その場しのぎでは、生き方までは変わりませんから働き方も変わりません。生き方を見つめるということは、如何に限られた人生の時間の中で自分のいのちをどのように使っていくかといった優先順位の確認が要ります。

会社や社會では、「理念」というものがあり自分勝手にみんながバラバラにやるのではなくその中でも自分よりも少し優先するものを持つことこそが自利から利他になるコツになります。この理念は目的ですから、人生の目的に近づき忘れないために丁寧に工夫する暮らしが創造されていくのでしょう。

引き続き暮らしの甦生を通して、日々の生き方と働き方を磨き直していきたいと思います。

縁日2

引き続き縁日について深めてみますが、縁日で有名なものに京都北野天満宮の「天神さん」というものがあります。これは北野天満宮の御祭神菅原道真公の生誕日と葬去日が25日であることから毎月25日に開催し「天神さん」と呼ばれ全国各地から多くの参拝者で賑わいます。そしてこの縁日では、たくさんの屋台や露店が出店されます。

改めて屋台と露店、出店の違いを調べるとまず「屋台」は屋外に簡易的に組み立てられた台と屋根を備え付けた小屋の様な移動可能な店の事をいいます。リアカータイプや、軽トラ等を改造して荷台の部分が店舗の様になっている物もありますがすべては「移動ができる」ということです。そして「露店」は露天とも言い、屋外にゴザを敷くなどをして一時的に構えられた店の事で屋根を必要としていません。もう一つは「出店」(でみせ・でたな)とも呼びますが神社の参道にある酒屋や醤油屋が店先にテーブルや台などを出して販売などしています。昔は街道筋や参道の周囲に店舗を構えていた商店が多かったこともありお祭りのときは出店を出していたといいます。

そもそもお祭りは寺社普請の意味もありました。明治以前の人々の暮らしの中心にはお寺や神社があり、それを守るために定期的に建物の修繕、または社会基盤の拡張や一新を図るにあたり莫大な費用が必要になっていました。

その資金を集める一環として寄付を直接募るよりは、お祭りを開催し「的屋」を招き地域住民に参加してもらい非日常(ハレの日・カムニギワイ)を演出する事で的屋から場所代として売り上げの一部を普請の資金にしていたといいます。また庶民も夜店や出店の縁日を通して日本の祭り文化が発展していきました。この的屋とは、縁日・盛り場などに露店を出し、興行や物売りを行う業者のことをいいます。そのような特殊な技術を持った大道芸人や商売人としての的屋も縁日の開催によって生活がなりたったともいいます。

地元の神社でも、昔はお祭りくじがありそれを地元の皆さんで割り振って購入することでお祭りの資金をねん出しており、また神社や境内の運営維持の費用に当てられていましたがそれも失われ今では神社の維持は個々人の寄付のみになっています。個々人の寄付もお祭りや神事に参加しなくなれば次第に失われていきます。

縁日の減少は、言い換えるのなら地域の中心の自治の減退とも言えます。

地域住民が氏神様を中心に氏子として、みんなで地域の政治を協力して協働していた暮らしが失われていくことで地域の繋がりや絆、また暮らしも失われていきます。

縁日の開催は、暮らしの甦生の一つであり、地域の人たちがみんなで有縁を感じ、力を合わせて地域をより暮らしやすい地域にしていこうとする参画意識の確認でもあります。

引き続き、氏神様とのご縁を大切にした小さな天神さん縁日の実践を通してご先祖様が大切に守り続けてきた地域文化の甦生、暮らしの甦生を学び直していきたいと思います。

 

 

縁日

来週末開催の「まちづくり×古民家甦生=観光創生化」の準備のために聴福庵に来て色々と段取りをしております。午前中は、まちづくりのファシリテーターとの座談会。午後からは地域の子どもたち向けの縁日を開くことになっています。

そもそもこの縁日とは、「有縁の日」の略語であり、神仏の降誕・示現・誓願などの縁があり、祭祀や供養が行われる日のことをいいます。先月は、地域の氏神様である天神様をお祀りし天神祭を開催しました。これもまた一つの縁日とも言えます。近代以降はお祭りもセットになり、露店などが出て賑わうようになりましたが本来は有縁の神仏の祭祀と供養のために暮らしの一つとして家々においてそれぞれに有縁の日に実践されていたものです。

それぞれの風土で実践される縁日には、それぞれに受け継がれている思いや願いがあったり、大切な歴史的意味があったり、御先祖様からの伝言や文化の伝承であったりするものもあります。

例えば縁日で有名なものに8、12日の薬師如来、15日の阿弥陀如来、16日の閻魔、18日の観音菩薩、21日の弘法大使、24日の地蔵菩薩、私たちがお祀りしている25日の天神様などもあります。他にも毎日、何かの縁日と結ばれ人は信仰を守り続けてきました。特に、一年の中で特に大切に結ばれる縁日の功徳は大きく、たとえば7月10日は観音菩薩の四万六千日といって、この日に参詣すれば4万6000回参詣したのと同じになると説かれたりしているものもあります。

こうやって縁日は信仰と結びつき、お祀りすることでさらに神仏のご加護を実感しながら感謝で暮らしていたのが私たちのご先祖様たちの生き方でした。

そもそもご縁とは、何かしらの因縁によってつながっているということを意味します。私とあなたも、そしてこのブログを読んでくださっている方も、何かしらのご縁によってつながって結ばれています。これは私たちの親祖からはじまり、私たち子孫はその発展と共に増えて広がってきた民族でありその元は同一であったことを意味しています。

何回も生まれ変わり、そして巡り会う中で、時代を超えて再び出会います。また出会うのもまた何かの因縁があるのであり、そのご縁のつながりの中で共に生き貢献し合っていきていくのは私たちです。

このご縁を大切にするというのは、自分は結びの中にある存在であるということを確認するということです。この縁日はまさに、日常の喧騒や忙しさの中でつい忘れがちになっているつながりやご縁の存在を改めて確認する日でもあると私は思います。

真摯に神仏やご先祖様からいただいたご縁を活かしていけるよう、ごつながりをもったいなく使わせていただき、ご縁のある皆様が幸福であるように自分のいのちを盡していきたいと思います。

 

真の誇り

先日、あるお客様同士での会食の中で素直さについて改めて感じる機会がありました。物事が大成する人は、みんなその共通点として素直さというものがあります。

自分に非があろうがなかろうがプライドなど気にせずに素直に謝ることができる人、また自分が間違っていたとすぐに気づいて感謝し改心していく人は周りから愛されますし、人間的にも魅力があります。そういう人はいつも周りの人々や仲間と良好な関係を築いていくことができます。

この逆に傲慢で高慢な人は、自分のプライドがあるから決してすぐに謝ろうともしません。自分のプライドばかりを守る人は、自己主張ばかりに躍起になり、我が強く自分の価値観に囚われ視野も狭くなっています。人間関係が上手くいかず常に周りに嫌な思いをさせてしまいます。

自分のプライドを守るようになれば自分は悪くないとか、自分のせいではないなど、自分を守るために必死ですから指導をしてくださったり、教えてくださったり、アドバイスをいただいた方に対しても謝ることも感謝することもありません。むすっとした顔や投げやりなそういう他人への態度を観ると、プライドが高い人にはなりたくないなと他人のふり見て我が身を省みます。同時にこれでは大成することもないだろうなと残念に思えてしまいます。

素直さや謙虚さの反対には、このプライドの高さがあるように思います。このプライドは、誇りとは別物です。プライドはどちらかといえば、自分をわかってもらえないと嘆き、自分以外を認めようとせず、自分の弱さや欠点も決して認めません。しかし誇りは、すべてを認めており、自他を尊重することができ、揺るがない自信がありブレることもなく信念や志を優先していきます。そういう人は目的や大義のためのこと以外は特に気にすることもなく、当然自分のことなども気になりません。目的を達成するためには、どんな人のことも丸ごと認め、自分のプライドよりも素直で謙虚であることを優先できるのです。

自分のことを認めてくれないとばかりを思い悩む前に、もっと自分が他人のことを認めているかと自反することで人は素直に謙虚を磨けるように思います。自分自分にしか興味がないうちに、大切な身近な人のこともわからなくなっているのではないでしょうか。相手のことをわかろうとせず認めようとしない、そして聴こうとしない心の態度こそがプライドばかり高くなっている原因になっていることに気づかなければなりません。

世の中を見渡せばほとんどがこの「認められたい」という強い我が人間関係の衝突の原因になっている気がします。人間の承認欲求の強さを大義や社会のためにと、貢献や利他に転じることができればその人は「誇り高い生き方」を選べるように思います。

自分を認め許すことは謙虚の入り口であり、他人の話を聴き謝り自分を直していくのが素直の入り口です。「すみませんでした」「ごめんなさい」「ありがとうございます」という基本の姿勢に素直さや謙虚さが入っているかどうかが自他を丸ごと認める実践になっていきます。

引き続き、子どもの憧れる生き方と働き方を優先するためにもすべての体験から学び直し、運を高め真の誇りを醸成していきたいと思います。

学問とは何か~日本の学問~

先日から伝統的な教育を深めていますが、明治初期に西洋の教育手法が入ってくるまでは日本では学問は儒教を中心に「天」というものを相手にするという思想がありました。この天は、日本ではお天道様やお日様に例えられ自分自身を片時も離れずに見守ってくださっている偉大な存在として崇め自らに学び問いました。

孟子は「学問の要は、唯諸己に反求するに在るのみ」といい、常に己に問い、内省反省し、慎独するなかで実践するものこそ学問の要であるといいました。

教育手法ばかりが注目され競争する昨今において、そもそもやり方ではなく根本的なあり方がどうであったかは歴史から学ぶものです。日本の伝統的な教育は、社會のために行われるものであるから公のものであり、さらにはその公のために如何に個々が社會のお役に立てるか、そしてその命のお役立ちこそを天命あると導いていたのが分かります。

教育者本来の本文は、この天道に導くことであり如何に道からそれないように我を省き、その人が利他に生きることができるようにするかを様々な言葉で伝えてきました。

例えば、かつての日本の親子の教育の柱で伝承されてきたものに「お天道様が見ている。ご先祖様に恥ずかしいことをするな。故郷に錦を飾りなさい。」というものがあったといいます。

これは道に入るための導きの言葉でもあり、社會の中で自分の天分を活かしなさいと励まし応援するものでもあります。

今の時代は、自分のことばかりを心配して自分の思っていた通りにうまくやることが人生が成功したと思って我ばかりが増大していく環境があります。しかし本来は、どんな自分であろうがその社會の中で如何に自分の天分を周りに活かしていけるか、言い換えるのなら自分をお役立ちさせていくかに本来は専心することが肝心であり、自分のことなど考える必要もなかったのです。

俺が私が自分がの我を主語にするのではなく、主語を社會や天や世の中などその公器を主語にして生きれば自ずからお役に立てるところに命が役立てる仕合せに出会えるようにも思います。

自然界も等しく、私たちは同じ太陽の下みんなで協力して共生しながら貢献し合って存在しています。だからこそその自然の法則から離れないように、天道地理から外れないようにと道を照らしたのが教育者だったのでしょう。

私たちは教育を職業の一つとして認識していますが本来は道の一つです。この道は親子でも兄弟でも子弟でも、すべての関係の中に存在する一本道でもあります。未来の日本の子どもたちのためにもその道をもう一度、再認識し今の時代に温故知新していきたいと思います。

 

日本の伝統的な教育

日本の伝統的な教育に寺小屋というものがあります。これはウィキペディアには『江戸時代の上方において、寺院で手習師匠が町人の子弟に読み書き・計算等を教えた学問施設である。「寺小屋」の名称は上方で用いられ、江戸における町人の子弟の学問施設は「筆学所」「幼童筆学所」と呼ばれた。』とあります。

江戸時代の日本人の識字率は75%以上であったといいます。イギリスでも25%、フランスでも15%だったことをみると如何に全国的に教育が盛んであったかが分かります。

この背景には今のように学校という施設が義務教育によって子どもたちを集めて一斉に教えていたのではなく、全国各地に私塾や寺小屋といった場所が約一万カ所以上開かれ、身分の差を超えて子どもたちに教育がいきわたっていたことがわかります。

その寺小屋での教育は、師匠は場を見守りながら子どもたち同士で学び合うというやり方が用いられていたのが古い文献などからわかります。薩摩の郷中教育なども同様にに、師匠や先輩、後輩たちが一緒一体になって学び合う「場」が創造され優秀な人材を多く輩出していきました。またそのころは安価な貸本屋などもあり、どんな貧しい家に生まれても学びたい人は自由に教育ができるような仕組みができていたといいます。

かつての「日本の教育の定義」は、江戸時代の武士の学校の最高峰でもある昌平坂学問所の学長である佐藤一斎のこの言葉から窺い知れます。

「能く子弟を教育するは、一家の私事に非ず。足れ君に事うるの公事なり。君に事うるの公事に非ず。足れ天に事うるの職分なり。」

これは意訳ですが「子どもたちを教育するのは一家の私事ではありません。またこれは社會のための公の使命があります。そしてこれは公の使命だけではありません。子どもたちがそれぞれに天命を果たすための大切な本文なのです。」と。

本来、誰かが誰かに教え込みコントロールするために用いられた西洋式の教育とは定義が異なり、日本では「天命を果たす」ことができるように見守っていくことを教育の定義としていたように私は思います。

それぞれの子どもたちが、社會の中で自分の役割を果たしていくことでお互いの仕合せだけではなく全体の幸福につながっていきます。そのような社會を創るために取り組むことが教育者であり、その使命は天命を全うすることに由ります。社會を創るために命懸けで人を育てる志事こそが教育であったのですから、全国各地で平和で安寧な世の中を継続していくために寺小屋はとても大きな役割を果たしたように思います。

現代の教育と古の日本の教育、似て非なるものになっているように感じます。

古からの伝統的な日本の教育は世界に誇れるものでしたが、西洋式に換えてしまって変わったこの教育の定義をどれだけ原点回帰し温故知新できるかは今の時代の教育者たちに懸かっています。天命を活かすとき、社會は活かせます、その時、世界は永久的な幸福に包まれます。これは自然界がすでにお手本になっているのと同じです。

社會のため、天命のためにと改めて原点回帰が必要な気がしています。

引き続き、日本の教育のことを深めながら世界の多様性に一石を投じられるよう研究して発信していきたいと思います。

 

観光創生化とは何か

引き続き「まちづくり」の観点から私の造語でもある「観光創生化」について少し深めてみます。

そもそも「観光」という言葉は辞書によれば『[名](スル)他の国や地方の風景・史跡・風物などを見物すること。「各地を観光してまわる」「観光シーズン」「観光名所」[補説]近年は、娯楽や保養のため余暇時間に日常生活圏を離れて行うスポーツ・学習・交流・遊覧などの多様な活動をいう。また、観光庁などの統計では、余暇・レクリエーション・業務などの目的を問わず、1年を超えない非日常圏への旅行をさす。』(goo辞書)とあります。

この補説の部分が世間一般的な常識的な観光のことを指し、旅行によってその地域に遊覧にいくことをいうように思います。しかしこの「観光」の語源の由来は中国古典四書五経の「易経」で出てきた言葉で本来の意味は『国の光を観るは、もって王に賓たるに用うるに利し』といいます。

私の意訳では、「他国の宝を観て学ぶことは自国の宝を見つけ磨くためでもある、これは王の徳の近くにおいて大変な価値がある」とします。つまりは「観国之光」の光とは「徳の宝」のことを指し、この徳の宝を観ることがまさに自分を磨き、自国の魅力をも発掘する基礎であるという意味に解釈します。

日本は、観光を重要な政策の柱として掲げ「観光立国」を打ち出しました。しかし、私自身が観光地を色々と観てみるとあまりその地域の観光の徳の宝が出ているとは思えない利用の仕方が目立っていたように思います。

例えば、古い文化財の建物だけを補助金で修理し見学料だけとって案内しているもののそこには暮らしがなく、保存したものを見るだけでは生きた施設にはなりません。それに見た目は古い町並みであっても中身は県外からの企業に運営を委託され御洒落な店舗やそこでなくてもいい目新しいものを買い物できるようにしてもそこに暮らしは創生しません。

かつての暮らしが遺っているところ、伝統が今でも連綿と息づいているところに人々は本質的に徳の宝を感じるものでありそれを学ぶために集まってきているのです。人が感動するのは、長い時間をかけていまでも伝承されている暮らしを感じるときであって見せかけの見世物をみてもまた再び観たいとは思わないものです。すぐに飽きられるようなものに光はなく、そこに宝を感じません。光り続けるのは暮らしを磨き続けるからであり、それを私は観光創生化と名付けているのです。

観光創生化がちゃんと実現している地方は、いまでも懐かしい未来があり、いつまでも古くて新しい光を放ち続けて人を集めます。その光はたとえ世界広しといえども世界各国からその徳の光を観て多くの観光客が訪れてきます。

付け焼刃の予算で、付け焼刃の観光をやろうとしても長続きするはずはありません。古来のたたら製法で打つ本物の日本刀のような本来の観光の意味を正しく捉え、如何に暮らしを甦生させていくかを真摯に足元から見つめ直すことでその地域の徳が魅力として顕現すると私は思います。

引き続き、子どもたちのためにも未来にその地域の徳がそのままに継承していけるように今の世代を生きるものとしての役目を長い目で観て粛々と果たしていきたいと思います。

 

まちづくりとは何か

今月は、近畿大学九州短期大学主催でまちづくりの座談会と子どもたち向けに縁日を聴福庵にて21日、22日の2日間で開催します。縁日では長年協働しているクラムアートの代表の福田康孝氏にも千葉県館山から来庵いただき貝磨きのワークショップをしていただきます。地域のお取引先の保育園、幼稚園の子どもたちにも案内を出し、はじめてこの「場」を提供して触れ合ういい機会になりそうです。

もともと聴福庵は、復古創新という言葉を島根の石見銀山生活文化研究所の松場登美様から教えていただき私なりに暮らしの甦生に取り組んできました。様々な伝統技術や日本的精神を伝統職人さんたちから学び直し、その初心を子どもたちに「伝承する場」、つまりは「学舎・道場」のように活用して場を育てながら暮らしを甦生していきました。

そもそもまちづくりとは何かと訊かれると、私はそれは「暮らしである」と断言します。暮らしのないまちづくりは単なる箱だけを用意したものであり、そこに確かな暮らしが甦生されてはじめてまちづくりになっていると言えるからです。このまちづくりは、「まち+づくり」からできている言葉ですが、私の勝手な解釈ではここでの町は単なる町ではなく、「暮らすまち」のことです。そして「づくり」というのは何か、これも私の解釈では「磨き甦生」させることです。その合体した言葉がこのまちづくりの本質です。

暮らしを磨き、如何に新しい価値を今に温故知新しそれを甦らせていくか。

もしもこの逆に、暮らしをやらず、甦生もしないのであれば、それは単なる新しいものを増やしたにすぎません。お金をかけて箱ものを用意しても長続きしませんし、かえってそのサービスに依存する人たちが増えていきます。これではまちづくりへの参画にはなりません。縮退時代に入り、地方の人口が減り少子化になり、空き家が増え、行政のサービスも減縮し、いよいよ過去の遺物が保存できなくなるなかで、今までのような町作りばかりやっていても何も変わっていくことはないと私は思います。

一人ひとりが本来のまちづくりに目覚めることは、原点に帰り一人ひとりが自分自身の暮らしを甦生していくことを実践していくことで醸成されていきます。ただ町にいてそのままにして流されるのではなく、故郷を守り住む一人として、一人ひとりが今一度、「暮らしの甦生」に取り組み、「暮らしから地域を変えていく」ことではじめて本物のまちづくりは為ると私は思っています。

そしてこれは子どもたちがイキイキと個性を発揮して社會を創っていくのも同じです。一人ひとりが、主体的にその空間や場で活動する中でその場は創造され空間が醸成されます。その行為の一つ一つこそ暮らしの本質であり、その暮らしがみんなと一緒に体験したり味わったり学び直したり磨いたりする中で甦生するのです。

今回は、タイトルに「まちづくり×古民家甦生=観光創生化」とした意味はまさに「まちの宝を創造していくのは民家としての暮らしを甦生する人々がその場に参画することでまちの魅力が磨き直され光り出し、その品によって人々を集める」という意味です。

私たちの取り組む理念は、子ども第一義ですが子どもたちの保育現場は小さな社會ですがそれは未来の社會そのものです。どのような未来を子どもたちに遺していくか、どのような未来にしてほしいかは、一人ひとりの今の大人たちの社會への参画意識に由ります。その大人たちの背中をみて子どもたちは真似をし、近い未来に訪れる自分たちのまちづくりを創造していくのです。つまりこの観光創生化は、まさに次世代のために今を生き抜く私たちの本業そのものなのです

引き続き、新しいことばかりへの挑戦が続きますがこれも一つの大切なご縁として学び直していきたいと思います。