情熱意識~薪をくべ続けること~

昨日、GTサミットが東京で開催されました。全国から同じ理念で保育を実践し高め合う仲間たちが集まり、語り合い学び合いました。総勢90名もの各地域のリーダーが集まると、会場は強い熱気に包まれます。

この熱気というものは、その人の熱意によって発生します。この熱量とは一体何か、これは情熱の意識のことです。これをやろうと決めている人たちや、やり遂げようと精進している人たちが持つ熱意の集積が会場の熱量になっているのでしょう。

人は熱意がなければどんなことをやろうとしても実現できることはありません。いくら能力があるからと、才能があるからと、取り組んでいても、長い年月継続して最期まで遣り抜くには必ず其処にその本人の熱意があります。

京セラの創業者稲森和夫さんも人生の方程式として、「人生 仕事の結果=考え方×熱意×能力」であるといいます。この3つがかけ合わさってはじめて人生が顕現してくるからです。その中で一番大切なのは、やはり熱意ではないかと思います。熱意がなければ一所懸命に取り組むことができません。人はどんなに壁が立ちはだかろうとも熱意があれば禍も転じて福にしていくプラスのチカラを得ることができます。熱意が乏しければ運にも気づけず、その運を伸ばしていくこともできません。熱意というものは、初心を燃やし続ける燃料でありその燈火を絶やさないという覚悟です。

また松下幸之助さんはこうもいいます。

「熱意に関してはだれにも負けないものを持たなくてはならない。知識なり、才能なりにおいては人に劣ってもよいが、熱意については最高でなければならない。指導者に、ぜひともこれをやりたいという強い熱意があれば、それは必ず人を動かすだろう。そしてその熱意に感じて、知恵ある人は知恵を、才能ある人は才能をといったように、それぞれの人が自分の持てるものを提供してくれるだろう。指導者は才能なきことを憂うる必要はないが、熱意なきことを恐れなくてはならない」

できるできないがモノサシの判断ではなく、熱意があるかないかがモノサシの判断であるということ。必ず初志貫徹するという熱意の質量が、今の自分の姿であるということかもしれません。

自分に如何に薪をくべ続けて火を燃やし続けるかは、その人の求めていく熱意と行動が決めていきます。一年に一度でも、熱意ある仲間が集まることでまた情熱に薪をくべてその火を燃やせばまたその燃えた火によってさらに前進していくことができるものです。

燻っている火がまた燃えていくのを見られることも仕合せなことだと思います。子ども達の情熱もまた、周りの大人たちの生き方が薪をくべていくように思います。自分たちの情熱が子ども達に譲られていくことを念じつつ、何よりも強い熱意をもってこの見守る保育を弘げていきたいと思います。

知愚一如

森信三先生の人生の中で、生き方を大きく転換した中の言葉で「知愚一如」という言葉があります。それに気づいてから、自分の中の学術研究の意味もまったく変わったしまったほどだったと後述しています。

そもそも「知愚一如」とは何か、それを少し深めてみたいと思います。

まず最初に森信三先生はこう言います。(「知愚一如」 即ち、知者も愚者もひと度、絶対者の前に立てば全く同価値であって根本的にはその間に絶対に優劣がつけられぬということが、真に分かることによって初めてわたくしの哲学体系たる「恩の形而上学」は生まれたわけです。(「不尽片言」より))

これは根本にはすべて優劣などはないという意識のことです。そもそも知識というものは知っていることが優れ、より知らないものは劣っているという考え方を持っていては本当の意味で「分かる」ということはありません。これは「分かった気にならない」という言い方を私はしますが、分かるという考えがある以上はその知ることが愚かだということに気づけないということです。

さらに「森信三一日一語」(致知出版)の中でこうも言います。「知っていて実行しないとしたらその知はいまだ真知でないとの深省を要する無の哲学の第一歩は実はこの一事から出発すべきであろうに。」と。

つまり真知とは何か、やろうともしない学ぼうともしないのでは意味がないのではないか。知ることが如何に愚かなことであるかということに気づき、そしてそこから学び方を転換しているのです。これはカグヤで言う「やって内省しなければやらないのと同じ、内省してやらないのでは学ばないのと同じ」というように私は理解しています。

そしてここから「恩の形而上学」という境地に入ります。そこでは「「恩」とは、この自己の一切が、自己を超えたものの力によって与えられ恵まれているのみか、さらに自己の今日に到るまでの一切の歩みもまた、同様に自己を超えたものの力によるとする意味である。」(森信三)

これは次第に真知を実践していく中で、感謝、御蔭様、そして報恩という境地に意識が高まってきたと感じます。私自身、日々に書いている感謝日記が次第に深まっていくたびに御蔭様を経て報恩や報徳の真価に辿りついてきています。世の中の学問や哲学などというものを考える前に、本来のあるべき姿に立ち返り実践をするのなら自ずから明らかになるのが真理というものなのでしょう。

最後に、知愚一如についてもっとも明確に顕されているものを紹介して終わります。それは兼好法師の徒然草の中にある一節です。

『但し、強ひて智を求め、賢を願ふ人のために言はば、智恵出でては偽りあり。才能は煩悩の増長せるなり。伝へて聞き、学びて知るは、まことの智にあらず。いかなるをか智といふべき。可・不可は一条なり。いかなるをか善といふ。まことの人は、智もなく、徳もなく、功もなく、名もなし。誰か知り、誰か伝へん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より、賢愚・得失の境にをらざればなり。』

真実の人は賢愚得失は存在しないということ、つまりは一切は「無」であるということです。

世の中に、様々な知識の刷り込みがあるからこそ自らの実践を高めて日々に精進し、余計な知識は手放しつつ子ども達と道を味わうためにも自らの感化につとめていきたいと思います。

変化の本質

人生というものは二度ありません。だからどんな時も一期一会であるとも言えます。あの頃はと思い返してみても、あの頃は戻ってくることはありません。その頃に感じたことはやはり一期一会であるのです。そして人生には変化があります。同じ人間がずっと同じままでいるということはありません。人は変わっていくものです。

明治以降に、税金を管理する関係上の法律ができて自分の名前は一生そのまま変わらないというルールが現代になって適応されました。それまでは人は変化に合わせて名前を変えてはそれまでの生き方を変えて新しい自分としてその時代の変化と共に歩んできたと言います。例えば、上杉謙信の場合も虎千代→長尾景虎→上杉政虎→上杉輝虎→不識庵謙信とその時々の変化に対して名を変えて新しい自分で生きていきました。

つまりは人は変わらないということはないということです。幼年期から少年期、青年期、成人し、壮年を迎え、熟年、老年など、人生は確実に死に向かって前進していくものです。その都度、他人はその状態が変わるのだから変化しないということはありません。不老不死で見た目もいつまでも同じ齢のままということは、生きている以上はありえないことです。人は変わっていくというのは、受け容れることではじめて今の自分に出会いますから変わり続けていく自分を味わっていくことが人生の醍醐味であろうとも思います。

しかし同時に、変わらないものがあります。それは道です。一生涯かけて何度も変化したとしても、いつまでも同じことを実践しているというものがあります。私であればかんながらの道ですが、この十数年で何度も自分の意識は生長し別人のようになったはずなのにいつまでも同じことを続けています。これは別に一生勤めた会社にいるという意味ではなく、一生同じ道を歩んでいくということです。そしてこの道を歩んでいるということは、そういう「生き方」をしているということなのです。

ファーブル昆虫記のファーブルは90歳で亡くなるまで、ずっと昆虫を研究してきました。その間、何度も食べていけない状態が続き、そして何度も引っ越しをしたり職を失ったりしました。しかしそれでも虫の研究は死ぬまで続けています。他にもミミズを一生涯死ぬ直前まで研究した進化論を記したダーウィンもまた大変な状況に何度陥っても遣り続けました。

変わるものと変わらないものがあるのが人間です。

人生は必死ですからどんな人でも使い古されて死に至ります。それは変わり続けていくということの本質です。しかし変わらないのはそこにはその人が持って産まれた理想があります。その理想に対して決めた生き方は、死んでも変わることはありません。その生き方は、どんなに変化してもいつまでも同じ道を歩んでいるのです。

変わるものと変わらないもの、その両輪を円満にしていくことが一期一会に生き切るということなのかもしれません。

出会いがあれば別れがありますが、それは新しい出会いと別れを同伴してきます。その中で一期一会の道を一緒に歩んでいくのだからそこは確かな御縁があります。

子ども達に受け継がれ譲られていくいのちだからこそ、これまでの御恩を忘れずこれからも感謝で共に変化を味わいながら生きていきたいと思います。

報恩謝徳

人間は、我が優先されてくると今までの御恩よりも今の自分にとって都合がいいかどうかを考えたりするものです。本来、今の自分があるのは自分の一人のチカラで成り立っているものなどは何もなく、全ては今までの御蔭様の御力添えによって今の自分が成り立っているともいえます。

これは少し考えてみればわかることですが、カラダを与えてくださったご先祖様方。そのご先祖様方を支えてくださった縁者の方々。また育ててくださった父母をはじめ、先生や友人、兄弟などあげていけばキリがありません。

自分の一人のチカラではないものを、わざわざ自分一人が苦労して手に入れたなどと錯覚しては全ての御恩まで私物化していくのです。目の前にあるものや、自分の身の周りにあるものはすべて過去の御縁と御恩の集積です。その偉大な見守りや御蔭様が観えている自分であるならば自我妄執に打ち克っていますが、もしもその御蔭が自分のおかげなどとなっていたり、もしも相手に見返りを求めているのならすでに自我妄執に囚われているともいえます。

このように自分の都合を優先するようになると、その御恩も御蔭も自分の解釈でさも真実のように自分に都合よく捻じ曲げてしまいます。だからこそ、自分が見守られていることに気づいているか、自分が多くの御蔭様のハタラキで存在できていることが観えているか、と自戒しては内省し振り返っていることで本来の御恩や感謝に気づけるように思います。人間には所有欲や支配欲をはじめ様々な欲があります、しかし欲そのものが悪いというわけではなく理念や初心を優先できないことに問題があります。欲があるのは自分を守るためだったり、生きていくためだったりもします、だからこそ理念を設定し理念を優先することで御恩を忘れず感謝も忘れず徳に報いるための実践になっていくように思うのです。

「報恩謝徳」という言葉があります。

これは恩に報い徳に謝すという意味で恩に感謝し報いていこうという真心のことです。自分が今までいただいたその有難い徳の御力添えに対して、いただいてきた全ての恩に対して自分のできる限りのことを返していこうとする心。

この報恩は受けた恩に報いることで報徳ともいうそうです。そして謝徳は受けた恩に対して感謝の気持ちを表すことで謝恩ともいうそうです。どうしても感謝の気持ちから何かをお返ししたいという心の発露が自然に出てくる心境に入っているということです。

本物の謙虚さというものは、報恩謝徳にこそあるように思います。

日々の試練は、理念を優先し如何に自分の都合と折り合いをつけるかの一進一退の真剣勝負でもあります。しかし、日々の実践を通じて感謝という意識の境地に達していくならば自ずから報恩する生き方に転じてくるように思います。私が尊敬する二宮尊徳が実践した「報徳思想」は、この御恩を刻み徳に報いる生き方だったのでしょう。少しずつですが、その深い真心に触れては有難い尊い歩みに御縁を感じます。

今の私にはまだまだとてもその境地にはいけそうにありませんが、日々の実践が何のためにあるのか、理念の御蔭様で振り返りができることにお時間とお役目をいただけた仕合せも感じます。

この「報恩謝徳」を常に自戒にして、これからも精進を続けていきたいと思います。

 

君の志は何ですか?

人は純粋であればあるほどに志を持つものです。志というのは、純粋性でもあります。その人がどれだけ理想に対して真剣であるか、理想に対して素直であるかが問われます。以前、NHK大河ドラマの中で吉田松陰が「君の志はなんですか?」と何度も聴くシーンがありました。まず出会った人に志を尋ねるその純粋さに心打たれたものです。

この志は、混じりけのない純粋な思いでありそれは理念とも言い、原点とも言い、初心とも言うものです。人は私的な自我が強くなればなるほどにその純粋な思いを忘れてしまい気が付けば不純なものに入れ替わっていくものです。本来は純粋性こそ本物のその人らしさです。もしも本当にその人が純粋に思いを語れるのなら、それが志とも言えます。この志は生まれた時から持っているもので、それが曇らないように澄ませていくためにも穢れを祓い清める日々の実践があるように思います。

そしてその志を推し量るのに下記があるように私は思います

一つは、運の強さ。そして一つは、思いの強さ。もう一つは、絆の強さ。この3つがあるものは強い志に支えられているように思います。さらに同時に、真心の篤さ。次に感謝の篤さ。最後に学びの篤さ。この3つの篤さがあるものは篤い志に助けられているように思います。

その強さと篤さは「最期まで諦めずに絞り出したか」、そして「常に全身全霊を出し切ったか」の集積によって積み上げられていくようにも思えるのです。

志は誰にしろありますが、その志を開いてくれるのは全て御縁です。

出会った人に「あなたの志はなんですか?」、「あなたの目指す理念理想はなんですか?」と尋ねることは、つむいできたつながりの道の上にある一期一会のあなたとの御縁を信じていますという確かなメッセージです。

私はお会いする人たちに信念の種や志、理念を尋ねます。それはその人たちの志を叶えたい、そして同時に自分や周囲の方々への御縁を結びたいと願うからかもしれません。かんならの道は御蔭様の道でもありますから、出会う御縁に導かれるように歩んで往ける今がいつも仕合せなことです。

「出会いの哲学は初志にあり、御縁の哲学は貫徹にある。」藍杜静海

一期一会の生き方の中から学び直すことばかりです。道中の出会いを大切に、一日一生を実践していきたいと思います。

 

炭のチカラ③

今回の夏季実践休暇で炭を深めれば深めるほどに奥深く、炭が持つ多彩な効能には驚かされます。例えば、森や川を再生させるために用いられたり、生き物たちが回復するのを助けたり、循環が滞る場所に炭が入ることで循環の流れが活性化されていく姿には感動することばかりです。

特に炭と微生物がこんなにも深く関わっていることを知ると、発酵の持つ本質に近づいていく気がして本当に有難い気持ちになりました。本格的に発酵から学び直しをはじめて約4年、その道の中に炭との出会いがあったことでさらにこの発酵が愉しくなりました。

これは人生と同じで、一見、関係がないように見えてしまうことでも「道」であると実践を積み重ねれば、寄り道や道草の中で不思議な出会いに回り逢い、シンクロにてシティを感じることができるという御縁の仕合せと同じです。今では単に知識だけを幅広く持っていることばかりを楽しみ実践を怠っては道に気づかず、本来の実践の愉しみが分からない人が増えてきているように思います。

人間にとって何よりも大切なのは、道に入ることです。

その道に入るというのは、自らを磨きあげよう、そして自らを鍛えよう、自らを高めようといった、敢えて苦労を選んでも愉しみたいと実践することを決心することのように思います。生き方を観て尊敬する人に出会ったなら、そこには必ず何らかの道が存在します。その道を極めた人や達人に触れることで、実践人たちが道を愉しんでいる姿に憧れるのです。子ども心は憧れですから、憧れが続くというのは実践を怠らず取り組んでいることができるからなのでしょう。

私の場合はかんながらの道ですから自然を観るとなんでもすぐにワクワクしてしまいます。その道を辿る中で人生は彩られ、かつてない感動に出会い続けることができます。この発酵や炭もまさに自然の美が奏でる共生循環の世界そのものです。

話を戻せば、炭の微生物の発酵に江戸時代元禄年間に書かれた宮崎安貞による「農業全書」というものがあります。そこには炭の活用で「万の物を蒸し焼きにして、濃き肥と混ぜてねかせ、万の物に遣ると良い。とくに豆に良く効く。これを灰糞と言う」と書かれていました。

宮崎安貞は元和9年安芸の国(広島)に生まれ、父親は宮崎儀右ェ門という方で浅野藩主で山林奉公を勤めた方です。その安貞が25才のときに福岡藩主黒田忠之に200石で召し抱えられましたがやがて自ら官を辞し、九州を始め山陽道、近畿、伊勢、紀州の諸国を巡歴し各地の篤農家を訪ねその経験を聞いては種芸を学び農の集成と中国の農業書を読んで研究を積みあげました。その後、福岡の志摩郡女原に帰ってからは一農民となって自ら鋤鍬をとり、周りの人々と農事改良と、農民生活の向上に心魂を傾けた人物で人々からは「農聖」とも慕われていた方です。

この「農業全書」に記された灰糞はの効果は今では科学的に証明されており、炭や灰のチカラで田畑に自然の植物ホルモンや抗生物質をつくりだし土壌病害なども防いでくれることが分かってきています。ここからも先人たちの炭の活用はすべて発酵につながっているということが具体的な技術にも応用されているのがわかります。この農業全書もまた炭からいただいた御縁です。

今回も大変有意義な実践休暇になりました。実践できることが有難く、実践をさせていただける仕合せに感謝することばかりです。引き続き、この炭の持つ神秘を深めつつ、発酵の智慧を体験により学び直していきたいと思います。

炭のチカラ①

今年は夏季実践休暇を用いて、「炭」について深めています。キッカケは、自然養鶏の発酵床や、漬物の発酵場にづくりに炭を用いたり、田畑や植物の発酵土壌づくり、最近では昆虫飼育、飼料にいたるまで炭を使ってみて効果があったことを実感したからです。また昨年から風土について深めていく中で、その土地特有の風土がその人物を醸成することを学び、私の故郷のことを考えていく中で発見があったことも要因の一つです。

私の故郷は、筑豊といい炭鉱が有名な場所です。地面には大量の石炭が埋まりその石炭が土深いところに埋まっているからです。私の育った風土が石炭に関係するのなら、「炭」に関することを学び直そうと思ったからです。何年も前から実践しようとは決めていましたが、今回の機縁に感謝しつつ取り組んでみようと思います。

そもそも炭の効果は先人たちは知っていました。中国や日本の遺跡でも大量の炭が出土しています。世界を驚かせた発掘の一つに1972年に中国で発見された2100年前の「馬王堆古墳」でその棺を開けると出てきたのはまるで数日前に死んだような貴婦人の遺体がでてきたそうです。まるで内臓もしっかりしていて胃の中にあったウリの種を土にまいたら発芽したそうです。世界の謎としてなぜミイラにもならず保存することができたのか波紋を呼びましたが棺の周囲には5トンもの炭が埋めつくされていたのが分かったそうです。発掘の際にも堀った小さな穴から有機物が分解してできたメタンガスに火をつけると青白い炎が三日三晩ずっと続けたそうです。

私がここから推察するのは、そこには確実に「発酵場」があったと確信しています。2100年間保存ができるということは、必ず其処に発酵の智慧が入っていたはずです。

他にも日本では伊勢神宮をはじめ、法隆寺、京都にある神社仏閣などもその地下に大量の炭が使われています。他にも東北の古い蔵やかつての古民家などでも壁に炭を塗り込まれていたのが多数発見されています。炭には場を清める作用があり、これは「イヤシロチ」といって清浄で澄んだ場になるという意味で、この癒白地に炭を使って浄化作用を高めたということでしょう。逆に水や空気の抜けが悪く、ジメジメとした場は「ケガレチ」といいます。ここは発酵がないような穢レ地になり、人間の生活に合わない場になっているようです。

今回、夏季実践休暇を用いて床下に700キロの備長炭を敷き詰めることにしました。この備長炭とは樫や馬目樫の木を備長窯で焼いた非常に堅い炭のことです。備長窯で焼く製炭技術は弘法大師空海が中国からもたらしたといいます。備長炭を焼く窯の小さな排気口を今でも「コウボウ穴」「ダイシ穴」といい、中国伝来の技法を紀州や土佐に伝えたのは空海に間違いないと言われています。

昨日は半日をかけて約400キロほどの備長炭を敷き詰めました。この作業自体は床下に潜り大変苦労しましたが炭の敷き詰める際の炭の音や粉に癒されます。先人たちは、きっと悠久の時間をかけて炭と共に暮らし、自然の智慧と技術を磨いてきましたからこの炭の効用を知り尽くしていたのでしょう。

なぜ炭が人間の生活と相性がいいのか、そこには私たち人間の暮らしの性質に「土と木」が入っているからでしょう悠久の時間をかけて関わってきた暮らしの智慧の一端を実感します。

「稲」に続き、「炭」は私にとっては壮大ないのちのルーツを辿るミラクルジャーニーのひとつです。

引き続き、「炭」について深めて書いてみようと思います。

 

チカラの本質

以前、ある経営者と漫画について話すことがありました。その方は、京都大学を卒業後あらゆる本を読んできたけれど「NARUTO」ほど参考になるものはなかったと仰っていたことが印象的でした。この「NARUTO」というのは週刊少年ジャンプで連載していた岸本斉史原作の忍者漫画のことです。1999年43号から2014年50号迄掲載し全700話ある少年ジャンプの看板作品です。

私も幼い頃から、少年ジャンプや少年マガジンなど漫画を読んではキャラクターに共感し、夢を見ることの大切さや仲間を思いやることの素晴らしさ、また最後まで諦めないことの重要性など、様々なキャラクターに思いを寄せて共感しては人生の要所要所で勇気と励ましをいただいたように思います。

漫画は漫画家がそれぞれの人生観に従って描き記していくものです。これは詩や文と同じく、その人の生き方をはじめ思想や哲学が入っているものだと感じます。より具体的に読みやすく解りやすく多くの人たちに影響を与えるという意味では漫画というのは素晴らしい作品であるように思います。

この「NARUTO」ですが、25年連載していく中で作者もまた25年の歳月を様々な出来事を通して学んだことが漫画にも投影されています。毎週連載をしていくというのは、毎週人生を深め高めて実践していくことに似ていますからキャラクターの成長は漫画家自身の成長でもあるように思います。

あらすじとしては、木の葉の里の忍者アカデミーという若き忍者の育成機関の生徒「うずまきナルト」がいつか木の葉の首領「火影」になることを夢見る話です。実際は弱点ばかりの落ちこぼれ忍者が、数々の出会いを試練を乗り越えて見事立派な火影忍者になるまでが描かれています。そのライバルに「うちはサスケ」という忍者もいました。何でもできて完璧な忍者でしたが、同じように火影を目指します。その火影を目指すプロセスに哲学があり、それが作品を通してあらゆる場面でぶつかり葛藤します。

うちはサスケは、「人々に選ばれた者ではなく 躊躇いなく憎しみを受け入れる事が できる者こそ火影に相応しい人物だ。」と言います。それに対してうずまきナルトは「火影になった者が皆から認められるんじゃない、皆から認められた者が火影になるんだ仲間を忘れるな。」と学びます。

自分のチカラだけを頼りに強さを求めてきたサスケに対して、周りのチカラ添えを頼りに強さを見出したナルト。本来の自立とは何か、チームワークと根性というものがナルトの強さの秘訣だと言いますがそこには仲間に対する信頼と、自分自身に負けない強さがあったように思います。

人は己に克つことをやめて強さを求めたらサスケのように孤独になります。しかし己に克ちその上で仲間を信頼することができるのなら協力できるようになります。本来、チカラを持ちたい動機は大切なものを守りたいからではありますがそのプロセスの中に自我欲に負けてしまうのか、それとも周りの役に立ちたいのかで「生き方」が出てきます。生き方が決まれば、次にその「やり方」がはっきりしてきます。そのやり方をこの「NARUTO」は皆に解りやすく伝えているように感じて共感することが多いです。

己に打ち克ち、周りを信じるということは本当の強さと優しさを兼ね備えた人としての思いやりの道です。「NARUTO」の随所では「忍道」という言い方をされますが、「道」を歩むものとしての心構えた志について描かれたシーンはどこも感動する物語ばかりです。

自分の生き方と照らしつつ、道を愉しみ道を味わい、真心や思いやりを反省しつつ子ども達と一緒に歩んでいきたいと思います。

永遠のいのち~ヤマトコトバ~

日本には全国各地にその信念で生き切った純粋な方々の余韻が史跡や行跡、言葉に遺っています。同じように生き方を習い、純粋な真心で生きようとしている方々はその場に遺る余韻に自らを重ね合わせて内省をしているものです。

ヤマトタケルの頃より、様々な大義を持って歩んだ志魂はのちのちの子々孫々へ受け継がれてその真心で生きた人たちによってこの風土は守られてきました。その真心はどのようにして知ることができるか、そこにはそれぞれに遺した詩があります。その詩を感じてみれば、その人の純粋な思いが息づいています。その純粋な思いに触れることで、私たちは何百年も前のいのちとも触れ合うことができるのです。

先日、ヤマトタケルのことを思っているとある方の詩に出会うことができました。

三井甲之という方の詩で、「ますらをの かなしきいのち つみかさね つみかさねまもる やまとしまねを」というものです。感謝の真心でヤマトのクニをいのり、勇気と大義によって己のいのちを賭してきた、その先祖たちの見守りの御蔭様で今の私たちがあるのを実感できる詩です。

詩を読む真心は純粋透明なものであり、その人の経歴がどうかではなく心のままに純粋自然の感覚が言霊になることで本来のヤマトコトバの美しさに出会うように思います。

ヤマトコトバには日本古来の先祖たちの真心が生きています。そこには感謝や御蔭様、あらゆる御縁を大切につむいできた生き方があり先人たちの願った暮らしがあります。今のように言葉が技術になり氾濫する時代において、真心そのままを言霊にした親祖に詩を通してその真心に通じ合えることは今の私たちのルーツを見つめ直すためにもとても重要なことだと感じます。

その三井甲之さんの『墓碑銘-石にしるすことば』というものの中に、「ヤマトコトバ」の本質が記されているように感じここに紹介します。

コノ石ハ
天地(アメツチ)ノアヒダニアリテ
天地ニツラナリテ
ココニアリ。
コノ石ニ
コトバヲシルス。
人ハ死スレドモ
コトバハ生キテ
イノチヲツナグ。
コノツナガリハ
地上ノサカヒヲコエテ
ヘダテナキ宇宙ニヒロゴル
コトバコソ
カギリナキ生命ノシルシナレ。
イマソノコトバヲシルス。
ワガイノチノシルシナリ
ココニシルスヤマトコトバハ。

日本古来のヤマトコトバには永遠のいのちが宿っています。その永遠のいのちはその言霊を語ることにより志が受け継がれていきます。子ども達には一つでも大切なヤマトコトバを語り記していきたいと思います。その魂が生きた証、その志が遺る理由を語り継いでいきたいと思います。

人格を磨く

人間は人格を磨いていく中で、本来の自分の天分を活かしていくことができるといいます。素直になって謙虚になれば物事を受け容れありのままに自分の御縁を生きていくことができるからです。

実際に、どんな仕事でも自分以外の誰かと取り組む仕事は自他を合わせ鏡にして御互いを磨き合っていくものです。鏡の曇りがなく、美しい素直な鏡と合わさるなら自分の美しい素直な部分が投影してきます。もしも濁った鏡と合わせるならより自分が分からなくなります。御互いが合わせ鏡だからこそ、何を心に映していくかというのはその人の素直さに由るのです。そしてその心は生き方によって磨かれますから、人格を高めて自己修養によって鏡をいつも日々に洗い清めていくしかないように思います。

また仕事は同時に互いを磨き合うものです。どの砥石を用いて自分を磨いていくか、何をそぎ落として研ぎ澄まされたものにしていくかは自分の選択が決めるともいえます。砥石選びというものは、謙虚さが必要で素直な心でなければ誤った研ぎ方によりかえって自分を活かせなくなるかもしれません。そしてこの素直な心というのは、全ての基本になっているように思います。

松下幸之助さんに「素直な心の十か条」というものがあります。

1.私心にとらわれない
2.耳を傾ける
3.寛容
4.実相が見える
5.道理を知る
6.すべてに学ぶ心
7.融通無碍
8.平常心
9.価値を知る
10.広い愛の心

素直の実践の中で掴んだ感覚を、そのまま十か条にしているように思います。こういう状態の時は素直な心が働いていますということでしょう。そのどれもができそうでできないことであり、人格を磨くために大切な鏡であり砥石であることに気づきます。

例えば、私たちも「傾聴」というものをもっとも大切に実践しています。しかしそこに私心に囚われて「きっと何か理由があるのだろう」と考えず心の余裕をなくしていればすぐに傾聴できずに思い込み決めつけることになってしまいます。自らが聴き福にするか、自らが学んでいるか、自らが受け止めているか、自分に矢印が向いているかとしたとき、はじめて傾聴が始まってきます。

松下幸之助さんは傾聴のことを「素直な心というものは、だれに対しても何事に対しても耳を傾ける心である」といいます。それを黒田長政の「腹立てずの意見会」の実践を紹介し、会合を長政が最期まで続けたのは「一つには自分にも至らない点、気づいていないこと、知らないことがある、それは改めなければならないから教えてもらおう、というような謙虚な心をもっていたからではないかと」と言っています。聴くということは自分自身の私心と向き合うことでもあります。自分が聴きたくないことを言われてもそれを素直に受け入れてみる。そのあとは何を行う必要があるかが自明してくるのが人間です。

あるがままに物事が観えるなら、あるがままに対処すればいいのですがあるがままに物事を観たくないからあるがままに対処できないのです。本来、素直さというものは私心を交えずに全体を観るチカラとも言えます。それは自然が自然の循環を邪魔しないことと似ています。素直な心を磨き、人生の最期には自分の天分を全うできたと思えることは本当に倖せなことだと思います。

畢竟、人間はどんな仕事であってもどんな出会いであっても御互いに人格を高めていくことでしか御互いを活かす道はないのかもしれません。しかしそういう切磋琢磨できる同志がいることは人格を磨きたいといった素直の心があるから出会えるのでしょう。御縁の中に「素直」であることを第一義に、常に子どもから学び直していきたいと思います。