自に由る

自由の森学園の学園祭に来て見学をする機会がありました。子どもたちがそれぞれに自分の個性を活かして学園祭を盛り上げています。若い時に、不自由と自由を体験することは自分の中にある本当の自由を獲得していくうえで大切な学びであろうと自分の人生体験から私は思います。

本来の自由の価値は、創造の中にありますから常に限界を定めず常識に囚われず本質や真実を掘っていくのはすべて自分自身を知ることからはじまります。

自由の森学園の教育理念は、日本の有名な数学者でもある遠山啓の思想の影響を受けています。その遠山啓は、数学のことをこう言います。

「数学は、人間と人間の集まりである社会とが、長い年月にわたって創りだした歴史的な産物で、計算術ではなく、ひとつの思想なのだ。」

その遠山啓は、近代の社会や教育のあり方に警鐘を鳴らし本来の子ども側に立った教育とは何かをその著書や言葉によって語られておられます。

「競争心を刺激する教育法は、たしかに手っ取り早く人間をふるい立たせる力を持っている。しかし、その反面、目標を他人におくために自分自身を見失うという欠陥をもっている。」(『競争原理を超えて』遠山啓)

「人間はひとりひとりがみな質的に異なった存在であり、したがって、比較不可能・序列不可能だと私は考えている。その不可能なこと、つまり、序列化をむりやりに行なおうとするやり方を、私は『序列主義』と名づけて反対しているのである。」(『競争原理を超えて』遠山啓)

この言葉を並べるだけで、何を言わんとしているのを直観できるものです。農業でも養鶏でも、野菜はみんな同じ形で同じ味、鶏も同じ大きさで同じ量の卵を産ませられ、少しでも平均から外れれば「異常」として排除していくという考え方、何が本来の異常なのかは誰でもわかります。本来は誰かによって自然の本質が歪められ、新しい常識を植えこんでいくことが異常なのです。

異常が常識に挿げ替えられ他と異なるということは自分も排除されるということになると、どんどん本来の意味での自由や個性が尊重されにくくなっています。個性とはそのものが持って生まれた質であり、先ほどの農業でいえば色々な個性の野菜がある方が質的に優れており工夫しだいではあらゆる料理にも活かせますし、養鶏ではたとえ卵を産まなくても卵を温めるのが上手な鶏があってもそれは同様に質的に優れているのです。

遠山啓はこういいます。

「こうなると、せまいワクのなかで、はやく答えがだせて、しかも、ミスをしない、というものがいちばん優秀ということになる。これにいちばん適しているのは官僚ですよ。官僚は必要なんだけれども、官僚に向いていない人間までおなじモノサシで測られてしまうのが困るんです。」

人工知能が出現した現代において、以上のような人間はすべて人工知能に代替わりされていくことになるでしょう。そうなると余計に、何のために学校にいくのかをもう一度考え直す時期に来ているのは明白です。

「おとなにはあまり期待がかけられない。まちがった教育でだめにされてしまっているからだ。しかし子どもにはまだ希望がつなげる。そのためには、いまのまちがった教育を変えて行かなければならない」

では、どう変えればいいのか、そこにもいくつか言及されておられます。一つは、「楽しくすること」であるというキーワード、そして他には「序列意識を持つな」というキーワードです。そして「「わからない」ということを、人前で堂々と言える雰囲気を作らなければだめ。」というキーワードです。わからないと言えるということは、学問を楽しみ自分自身であることが肯定されているという自信の姿になっているということであり、刷り込みを脱却できたということだからです。

最後に私がもっとも遠藤啓の言葉に共感するものを紹介します。

「創造ということは、がんらい、なみたいていのことではない。そのためには絶対に必要な条件がある。それは自由ということである。」(『子どもの側にたつ』

・・それは自由ということである。

自に由ると書いて自由ですが、まずは自分自身と深く対峙して自分自身を知ることが創造の第一歩であろうと私は思います。引き続き、様々な刷り込みを直視し学び直しながら復古創新していきたいとおもいます。

 

 

ボタを拾う

昨日は知人と一緒に、郷里のボタ山周辺で石炭を拾ってみました。石炭とは、数億年前の植物が完全に腐敗分解する前に地中に埋もれ、そこで長い期間地熱や地圧を受けて石炭化したことにより生成した物質の総称のことをいいます。

今では見たことも触ったこともない子どもたちも増えていますが、少し以前まではこの石炭が燃料やエネルギーとして私たちの近代化の発展を支えていた材料でした。石油も化石燃料ですが、この石炭もまた化石燃料です。豊かな湿地帯や水辺、砂や泥が多いところに巨大な森があったところから石炭は出てきます。かつてここ筑豊一帯は、大きな森に覆われていたことが分かっています。

そしてこの筑豊にはボタ山というものがあります。石炭でも燃えなくて使い道がないものを炭鉱夫はボタ(捨石)と呼び、それを捨てたところが山のようになっていることから名づけられました。このボタ山は、炭鉱閉山後は自治体から「負の遺産」として位置づけられることが多く石炭産業に代わる産業として炭鉱跡地に工業団地を造成したり、最近ではソーラーパネルを設置したりと急速に数が減ってきています。同時に日本の近代化を支えた石炭産業の象徴としてボタ山を恒久的に残し、維持管理していこうとする動きも出始めて歴史遺産として遺していこうという活動もあります。

郷里には、優美な美しさから「筑豊富士」と呼ばれる日本最大級のボタ山があります。これは大正7年から集積され始め、昭和40年の閉山までに10tトラック70万台分がたまっていきました。なんと高さ141メートル、敷地面積は22.4ヘクタールあります。

40年以上前に使われなくなったボタ山も、時代の流れと共に子どもたちには忘れ去られていきます。歴史というものは、学び直すことと価値を再発掘することでこれから生きる私たちに風土の大切な教えとして発展を約束してくれるものでした。なんでも均一化し、平均化していく世の中で、如何に風土の個性や歴史の価値、また文化の智慧を継承していくかは今の大人たちの課題です。

色々なご縁を味わいながら、歴史を学び直し、風土の魅力を再発見し、子どもたちに風土とは何か、文化とは何かを復古創新し、伝承していきたいと思います。

 

人生という鉱山~物語を仕立てる~

人生の中ではいろいろな出来事が起こります。それは予想のつくものもあれば、まったく予想外であることもあります。それは日常と非日常の異なりと同じく、予想がつくのが日常で予想外が非日常です。その両輪を行き来しながら人は一度しかない自分の人生の物語を自分で創造していくものです。

かつて文化庁長官を務めた河合隼雄さんは、心の専門家としてとても素晴らしい言葉をたくさん遺されています。私もこうやって日々に心に正対してブログを書いていますが、共感するものが多く、不思議なご縁を感じております。その河合隼雄さんの言葉で、

「物語の『主人公』は自分。人間は一人ひとり違うのですから、それぞれが自分の物語を作っていかなければなりません。」

「『せっかく生まれてきたこの世で、自分の人生をどのような物語に仕上げていこうか』という生き方の方が幸せなんです。」

があります。

人生はどうなっていくのかと不安がる前に、大切なのはこの自分の物語をどのように創造していこうかとしていくことこそが豊かな生き方であるということです。よく幼少期から周りの大人や学校で夢や目標を設定され、それに向かっていくように教えられます。しかしそうするとそうならなかったら不幸、叶わないことがよくないことのように勘違いしてしまうものです。

それよりも、どんな出来事があったにせよどのような物語にしようかと自分の人生を自分なりに物語にして楽しく豊かに語っていければそれはもう仕合せといっていいものです。この仕立てる仕合せというものは、自分なりに生きていいということあり、まるで一反の反物を自由に誰とも比較せずに織っていいんだよという天の声のようです。

比較競争し目標管理をすることが社会の通念になっている中で、如何に自分らしく自由に生きていくかはこの「物語」を仕上げていくという心持に由ります。

今日はどんな物語がある一日にしようかとワクワクドキドキし、一日の終わりにはどんなことがあった一日だったかと内省しご縁と仕合せに充実していく。こういう繰り返しによって人生の物語は彩られ、主人公としての自分に磨きがかかってくるのです。

昨日は、石炭のボタに文字を彫りこんで磨いて石と対話し歴史を感じ心が感動して泣いている人を観ました。その人は夜には私たちは炭鉱夫のようなものだとも言いました。人生の物語を主人公として生きていく人は、どんな出来事もご縁も出会いもすべてドラマチックにしロマンチックにしていきます。同じ人生であっても、心持一つでそれは変化していきますから純粋無垢な心をどのように仕立てていくかも自分次第です。

最後に河合隼雄氏の言葉です。

『人間というものは自分で自分を知らない鉱山のようなもの。自分を生きるということを考え始めると、「こんなこともできるんじゃないか、これもやれるんじゃないか」――と自分を発見することができます。』

これもできるこれもやれる、なんでもできるじゃないかと思うところに夢はあります。夢に向かって挑戦していきたいと思います。

おくどさん

昨日は、おくどさんの竈を左官と仲間と一緒に手作りでつくりました。約500キロ以上の土を運んで、鏝で叩いて固めながら成形していくのは子どもの粘土遊びのようで夢中になってやりました。

この土は、自然農で7年間共にした田んぼの土を用いそこに淡路の土や石灰、井戸掘りで出てきた粘土などを混ぜて作り上げていきます。すべての土もまた身近にあるもので、ご縁があったものを活かして甦生させていきます。

この竈は、竈の神様である三宝荒神、その横には愛宕神、火伏の神様たちをお祀りしている真下にあります。暮らしの中心にある火は、竈の神様と共に私たちの人生を支えてくれる存在です。これらの存在を自分たちの手で甦生させていくことはいのちの火を甦生することで、先祖代々から今までずっと一緒に生きて助けてくださった日本の暮らしの道具と共に再び歩もうとする決意でもあります。

私たちは便利さと引き換えに今まで大切にしてきたものや、自分を助けてくれてきた道具を不要だと捨てていきます。日本にはもともと「勿体無い」という精神があり、お役にたってくださったものへの御恩を忘れずにそれを大切にしてきました。さらには役に立たなくなったのは自分の見立ての問題だとし、見立て違いを反省してさらに他のお役に立てるように配慮をして大切に尊んできました。

今では新しいものが価値があるとし、古いものは価値がないとさえ思われ捨て去られていきます。しかしこの捨て去られるものは、今まで役に立ってきたものであることは明白です。自分の都合で損得利害を測り、要不要を捌いては捨ててしまうという考え方はこの地球上でみんなで助け合っていきる共生の概念とはかけ離れたものです。

古の道具は、暮らしを一緒に生き延びてきた智慧と共にあります。田んぼがあれば、そこには稲藁があり、土があり、そしてお米があります。牛があり鶏があり、馬があります。さらには、トンボや蛙、蜘蛛や土壌の菌類にいたるまで長い年月を共に暮らしてきた仲間たちがあります。

今では動物たちは食用にされ、虫たちは害虫になり、菌などは農薬で殺菌されていきます。一緒に暮らしてきた仲間たちを、自分たちの便利さや身勝手のために簡単に捨て去っていくということに悲しみを感じます。

私が暮らしを甦生する理由の一つは、かつての仲間たちを集めていきたいからです。自分たちの都合で捨てて本当に申し訳なかったと、そのすべてを拾って新しい価値を創造しようとしているのです。

その価値は、人類の未来を変え、世界の行く末を変えていきます。

引き続き、子どもたちが末永く仕合せに豊かな心で暮らしていけるように今できる最善を盡していきたいと思います。竈の神様が見守ってくださっている安心感に包まれながら暮らしの実践を高めていきたいと思います。

子ども第一義の第一歩

明日からの天神さまのこども縁日の準備で故郷に帰ってきました。これからいつものように天神様に所縁のある掛け軸や木像、牛や梅などをお祀りし準備を整えていきます。天神様が喜んでいただけるだろうか、また古民家が喜んでいただけるだろうかその気持ちの中に古来からある日本のおもてなしの精神が入ります。

天神様の菅原道真公は、「和魂漢才」といって菅家遺誡には「わが国固有の精神と中国の学問と。また、この両者を融合すること。日本固有の精神を以って中国から伝来した学問を活用することの重要性を強調していう」と記されます。「菅家遺誡」は、菅家の子孫のために言い遺していく遺言のようなものです。

現代の西洋文化にとって代わられた姿を観ていると、菅原道真公はどこまで先を観通していたのかと畏敬の念が湧いてきます。

この和魂とは、大和魂のことを言い日本の民族精神のことを指します。たとえどのような海外からの技術が入ってこようとも、その根底に日本的精神があるのならどんな技術すらも柔軟に正しく活かすことができるということです。

現代は様々な新しい技術が渡来してきます、衣食住だけではなくそれはIT技術であったり、遺伝子組み換え技術であったり、核融合の技術であったり、ありとあらゆるものが猛スピードで世界で行き来するような時代になっているともいえます。まもなく人工知能が発展し、私たち人類は大きな岐路に立たされることになります。

その技術の本質や意味を正しく咀嚼できなかったり、直観的にその技術が何をもたらすのかを掴むこともなく、便利だからと深く考察せずに便利な技術に飛びつけばその後、そのことから取り返しのつかないような事態に陥ることもあります。なぜなら便利な道具は使い方次第では人間にとってとても危険なものにすげ換ってしまうこともあるからです。それは歴史がすべて証明しています。

だからこそ人類が優先する必要があるのは自分たちの先祖たちが自らの人生体験で築き上げてきた経験からの反省や改善してきた生き方、いわばその暮らしの文化を学び、その精神を民族の一人ひとりが責任をもって身に着けることとです。

私たちの場合は和魂といい、それは私たちの先祖が自然との共生の中で築き上げてきた風土の智慧です。それを大和魂といい、どうすればこの地球上において長く平和に睦まじくお互いに貢献し合って生きていけばいいかを精神に宿し遺し文化にまで高めたものです。

その代表的なものに日本民家があり、暮らしの行事があります。この日本民家と暮らしの行事は、日本文化を幼少期の子どもたちに伝承するために遺された先祖の遺誡であり、智慧の結晶です。それを幼少期に体験することで人類はその風土の文化を学ばずとして学び、教わらずして教わったのです。

この伝承の大切さを私は気づき、それを恩返しの柱にしているとも言えます。明日からの子ども縁日は、子ども第一義の理念を掲げる私たちの会社の大きな第一歩になると信じております。

天に問う

先日、天神祭の中で新宿せいが保育園の藤森平司園長から「学問」についてお話を拝聴するご縁がありました。その中で、学問の「問う」とは何かそれは天に問うことであるということをお聴きしました。

今では学問は知識を詰め込むことのように思われがちですが、古来からの学問の本質は「天命を問う」ことであったように思います。

江戸時代の藩校の最高峰であった昌平坂学問所に佐藤一斎があります。この方の遺した「言志四録」はその後、多くの日本人を育ててきました。明治維新の際には、維新の志士たちの座右の書として長く愛読されてきました。その中の一つに天命について記されたものがあります。

「人は須らく、自ら省察すべし。天、何の故に我が身を生み出し、我をして果たして何の用に供せしむる。我れ既に天物なれば、必ず天役あり。天役供せずんば、天の咎必ず至らん。省察して此に到れば則ち我が身の苟生すべからざるを知る」

意訳ですが、「人間は真摯に省みる必要があります。それは天がなぜ自分を創造し、私を何に用いようとなさっているのか。私はすでに天が創造したものであるから必ず天から命じられた大切なお役目がある。そのお役目を慎んで果たそうとしないのならば必ず何かの天罰があるはずである、それを真摯に省みるのなら自分勝手に安逸に生きていくことはできないと知ることになるだろう」と。

そもそも自分は自分のものではない、自分はすでに天のものであるという考え方が根本にあるのなら、自分の生は天命であるという覚悟が決まるように思います。天が何を使役させようとしておられるか、天が何をしてほしいと願っているか、「主語」を自分ではなく「天」にすることこそ本来の命を活かせるということでしょう。

この「天に問う」とは、自分の天命を知るために問うように思います。天命を知るためには、人事を盡してのちよく慎み省みて天が何を与えてくださっているのかに気づかなければなりません。

自分に与えられている道はいったいどんなものなのか、誰かの道ではなく自分に与えられた道があるのだからその道を歩まなければ天罰があるはずです。その天罰は、そうではないよ、そっちではないよと教えてくださる偉大なる罰のことです。それを素直に謙虚に聴いて歩んでいくのなら、後になって「ああ、これが私の天命だったのか」と知るに至るのです。

迷わずに生きている人は、とても強いように思います。あれもできるこれもできると選択肢が多い人よりも、これしかできないと選択肢がない人の方が迷いがありません。迷いがないから自分の天与の道に専念できるように思います。

人はできないことをやろうとするのは自分が主語になりすぎるからです。できないことは悪いことではなく、自分にしかできないことをやることが本来の学問の意味であり天意を知ることにつながると思います。

私は善い師に巡り会い人生の早い時期に、自分にしかできないことは何かと考える機会を多くいただきました。その師の根底の精神には常に「天に問う」があったように思います。

論語では、「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とありますからこの十年はしっかりと天と対話しながら歩んでいきたいと思います。引き続き、子どもたちの未来のためにも今を大切に生き切っていきたいと思います。

 

 

 

存在のご縁

人は自分にとってどうかと自分を中心に物事を分別していきます。例えば、使えるものがあったり使えないものがあったり、それは別の人にとっては逆転するものもありますがその人を基準に分けられます。

しかし、空気のことを使えるとか使えないとか言いませんし、地球のことも使えるとか使えないとか言いません。つまりは、絶対的に必要なものは使えるも使えないもなく、ただ有難い存在だと感じているのです。

人は自分を中心に物事をいつも考えていると視野が狭くなっていきます。自分を基準に役に立ったか役に立たないかではなく、必要だとお互いに感じることがあって存在を確かめあうことができるのです。

自分にはなくてはならない存在、それをご縁とも言います。何かしらの有縁があり、出会い、そして一期一会に人は人と出会うことでお互いを高め合い成長していくことができます。

それは自分にとっての利害を超えて、人間として必要なことだからです。

人間には空気と同じくらい、出会いというものは必要な存在であろうと私は思います。どんな出会いであったにせよ、その出会いによって人生は大きく変化していきます。出会いの有難さは、かけがえがなくその出会いがなければ今の自分はありません。

出会いを大切に生きるということは、自分の基準を超越して生きていくということです。そしてご縁を活かすというのは、かけがえないご縁であることを自覚し、ご縁を大切に生きていくということです。

どのような出会いもお互いの人生にとっては一期一会。

子どもの憧れる生き方を通して、すべての出来事を学びにして存在のご縁を大切に真心で実践していきたいと思います。

子どもの姿を~何を変え何を変えないか~

貨幣経済が優先され、古来からある日本の伝統的な文化や生活習慣は次第に便利さに流され失われてきています。歴史を鑑がみてもそれぞれの国家の発展と繁栄はその国の風土の文化で育成された民族の個性が発揮され多様な世界の中で自国の強みを活かすことによって成し遂げられてきました。

便利さとは楽の追求ですが、この楽は「楽しみ」とは異なるものです。今では大多数の人たちが便利な方を選択したり、楽な方に進むように子どもたちにアドバイスをする人も増えています。進んで苦労をしなさいというよりも、できる限り苦労はない方がいいと言ったりもします。近代に入り、技術の進歩と共に便利さが発展すればするほどに精神の方は本来は高まっていかけなければなりません。

なぜなら道具や技術を用いる側の人間が成熟していなければそれを使いこなすことができないからです。どこまではよくてどこまではよくないか、これは人生の自立と自律の話と同じで楽を選んでも人生は楽にはならず、人生を楽しくするには楽との付き合い方を知らねばならないからです。

例えば、暮らしというものを考えてみてもお金さえあればなんでもいつでも手に入れることができる状態になれば食事も生活もすべて便利なもので済まそうとします。すると健康が害され、より時間のスピードがあがり心の余裕も次第になくなってきます。大都市に住めば、ほとんどのことがお金で解決するような環境になっています。しかし人間を磨き高めているような古来からの自然な暮らしを実践している人は、日々に自律をし健康管理や生活リズムの維持、運動や学問などの時間を環境に左右されずに丁寧に工夫して生きていきます。

いくら技術が進歩しても、人間としての進化とは別ものですからなんでも便利に効率化したからといってそれが人間の幸福や豊かさにはならないものです。

子どもたちが置かれている環境は今は便利なものであふれています。最近では乳幼児のスマートフォン率がかなり高くなっているともいいます。かつて子どもにはよくないと危惧されていたことのほとんどが今の世の中では実現してしまいました。子どもは環境の中ですぐに流されてしまいます。一時的に大人の圧力で厳しくしつけたとしても、大人になれば何でも自由に自分で選択できますから楽に流されることもあります。だからこそ保育環境は大切なのです。

人生の豊かさを感じる環境をどれだけ幼少期に用意できるか、それは未来を見据えて今どう生きることが将来の真の豊かさにつながるか自分の経験から見つめ直せばいいのです。そうして大人たちは今の社會現象と真摯に向き合い未来を真剣に考える必要があると私は思います。

世の中が進化が求められるとき、いつの時代も下支えしてくれたのは根とのつながりです。根があるからどのような環境下であってもしっかりとその養分を吸い上げながら成長していくことができるのです。この根のつながりは、日本の伝統的な文化や先祖の智慧が凝縮された暮らしの中に色濃く遺っています。

今、私が暮らしの甦生に取り組むのも幼児教育の現場で子どもたちの姿が変わってきていることに危機感を覚えるからです。日本民族の存続を懸けて、風土で育まれた古来からある子どもの姿を変えてはならないのです。

何を変えて何を変えないか、それを正しく見極め行動できることこそが人間の成熟であろうと私は思います。今の社会現象を洞察しつつ、この先子どもたちが乗り越えていくであろう課題に対し少しでも多くの選択材料を私の人生を使って遺していきたいと願います。

 

縁日2

引き続き縁日について深めてみますが、縁日で有名なものに京都北野天満宮の「天神さん」というものがあります。これは北野天満宮の御祭神菅原道真公の生誕日と葬去日が25日であることから毎月25日に開催し「天神さん」と呼ばれ全国各地から多くの参拝者で賑わいます。そしてこの縁日では、たくさんの屋台や露店が出店されます。

改めて屋台と露店、出店の違いを調べるとまず「屋台」は屋外に簡易的に組み立てられた台と屋根を備え付けた小屋の様な移動可能な店の事をいいます。リアカータイプや、軽トラ等を改造して荷台の部分が店舗の様になっている物もありますがすべては「移動ができる」ということです。そして「露店」は露天とも言い、屋外にゴザを敷くなどをして一時的に構えられた店の事で屋根を必要としていません。もう一つは「出店」(でみせ・でたな)とも呼びますが神社の参道にある酒屋や醤油屋が店先にテーブルや台などを出して販売などしています。昔は街道筋や参道の周囲に店舗を構えていた商店が多かったこともありお祭りのときは出店を出していたといいます。

そもそもお祭りは寺社普請の意味もありました。明治以前の人々の暮らしの中心にはお寺や神社があり、それを守るために定期的に建物の修繕、または社会基盤の拡張や一新を図るにあたり莫大な費用が必要になっていました。

その資金を集める一環として寄付を直接募るよりは、お祭りを開催し「的屋」を招き地域住民に参加してもらい非日常(ハレの日・カムニギワイ)を演出する事で的屋から場所代として売り上げの一部を普請の資金にしていたといいます。また庶民も夜店や出店の縁日を通して日本の祭り文化が発展していきました。この的屋とは、縁日・盛り場などに露店を出し、興行や物売りを行う業者のことをいいます。そのような特殊な技術を持った大道芸人や商売人としての的屋も縁日の開催によって生活がなりたったともいいます。

地元の神社でも、昔はお祭りくじがありそれを地元の皆さんで割り振って購入することでお祭りの資金をねん出しており、また神社や境内の運営維持の費用に当てられていましたがそれも失われ今では神社の維持は個々人の寄付のみになっています。個々人の寄付もお祭りや神事に参加しなくなれば次第に失われていきます。

縁日の減少は、言い換えるのなら地域の中心の自治の減退とも言えます。

地域住民が氏神様を中心に氏子として、みんなで地域の政治を協力して協働していた暮らしが失われていくことで地域の繋がりや絆、また暮らしも失われていきます。

縁日の開催は、暮らしの甦生の一つであり、地域の人たちがみんなで有縁を感じ、力を合わせて地域をより暮らしやすい地域にしていこうとする参画意識の確認でもあります。

引き続き、氏神様とのご縁を大切にした小さな天神さん縁日の実践を通してご先祖様が大切に守り続けてきた地域文化の甦生、暮らしの甦生を学び直していきたいと思います。

 

 

縁日

来週末開催の「まちづくり×古民家甦生=観光創生化」の準備のために聴福庵に来て色々と段取りをしております。午前中は、まちづくりのファシリテーターとの座談会。午後からは地域の子どもたち向けの縁日を開くことになっています。

そもそもこの縁日とは、「有縁の日」の略語であり、神仏の降誕・示現・誓願などの縁があり、祭祀や供養が行われる日のことをいいます。先月は、地域の氏神様である天神様をお祀りし天神祭を開催しました。これもまた一つの縁日とも言えます。近代以降はお祭りもセットになり、露店などが出て賑わうようになりましたが本来は有縁の神仏の祭祀と供養のために暮らしの一つとして家々においてそれぞれに有縁の日に実践されていたものです。

それぞれの風土で実践される縁日には、それぞれに受け継がれている思いや願いがあったり、大切な歴史的意味があったり、御先祖様からの伝言や文化の伝承であったりするものもあります。

例えば縁日で有名なものに8、12日の薬師如来、15日の阿弥陀如来、16日の閻魔、18日の観音菩薩、21日の弘法大使、24日の地蔵菩薩、私たちがお祀りしている25日の天神様などもあります。他にも毎日、何かの縁日と結ばれ人は信仰を守り続けてきました。特に、一年の中で特に大切に結ばれる縁日の功徳は大きく、たとえば7月10日は観音菩薩の四万六千日といって、この日に参詣すれば4万6000回参詣したのと同じになると説かれたりしているものもあります。

こうやって縁日は信仰と結びつき、お祀りすることでさらに神仏のご加護を実感しながら感謝で暮らしていたのが私たちのご先祖様たちの生き方でした。

そもそもご縁とは、何かしらの因縁によってつながっているということを意味します。私とあなたも、そしてこのブログを読んでくださっている方も、何かしらのご縁によってつながって結ばれています。これは私たちの親祖からはじまり、私たち子孫はその発展と共に増えて広がってきた民族でありその元は同一であったことを意味しています。

何回も生まれ変わり、そして巡り会う中で、時代を超えて再び出会います。また出会うのもまた何かの因縁があるのであり、そのご縁のつながりの中で共に生き貢献し合っていきていくのは私たちです。

このご縁を大切にするというのは、自分は結びの中にある存在であるということを確認するということです。この縁日はまさに、日常の喧騒や忙しさの中でつい忘れがちになっているつながりやご縁の存在を改めて確認する日でもあると私は思います。

真摯に神仏やご先祖様からいただいたご縁を活かしていけるよう、ごつながりをもったいなく使わせていただき、ご縁のある皆様が幸福であるように自分のいのちを盡していきたいと思います。