実践と徹底~智慧の会得~

素直な人は善いと思ったことはすぐにやりますが、同時に徹底してやるというのがあります。それは善いと思えるようになるまで徹底してやりきるということです。こういうコツを掴んでいる人は、あらゆる体験や智慧が自分のものになっていくものです。知識ではなく智慧になるのは、それは体験を徹底して深めることに由るものです。

今は知識として単にいいと思うものばかりを取り入れる時代だとも言えます。ちょっとテレビや本で善いと思ったものを簡単便利に取り入れますが、それでは表面の知識をなぞっただけで智慧になることはありません。

よく古来から「カラダに沁みこませる」や、「そのものと一体になるまで」という言葉がありますが、頭で考えてわかる程度では分かった気になったとしても「ものになる」わけではなくそんな知識では他の人に伝えることもできませんし、大切な気づきを同じ高さで理解できるわけでもありません。

まさに「徹底する」ということは何よりも大切なことであろうと思います。

炭一つであってもどんな実践をはじめるにせよ、他人から「そこまでするか」と思われていても「そこまでするから」気づくこともまたあるのです。徹底という意味は、辞書をひくと、中途半端ではないこと、底まで貫くまで遣りきることという意味です。他には、すみずみまで行き届いていること、そして最後まで遣りきることと記されます。

まさに「底まで貫く」と書いて徹底ですが、もっともやってはならないのはやったりやらなかったりすることや、途中で分かった気になって深めることをやめること、実践にならなくなってしまうことのように思います。

善いと思ったことをすぐにやり、善いと思ったことを徹底してやる、まさにそれが素直であり謙虚である姿勢であるように思います。御縁は常に一期一会、善いと思う御縁をいただいたのならそれは唯一無二の人生にとっての祖神からの「大切な教え」であり篩にかけられた有難い自然の智慧です。

凡事を徹底できるように、一つ一つの実践を丁寧に貫いていきたいと思います。

場チカラ

先日から社内の場力を高めるための工夫を進めています。発酵場というものもそうですが、場というのはチカラです。その場が善くなるというのは、チカラが集まるという意味でもあります。

ここで場力について少し書いてみたいと思います。

そもそも人間にとっての場とは何か、それは何かが行われているところのことです。その場とは、料理する人は料理場とも言うし、工事する人は工事現場とも言います。場とは、何かが行われている場のことです。

その場がどのような場になっているか、それはそこで生きる者たちの生き方の場でもあります。その場は、それぞれの生き方が集積することで場にチカラが集中していきます。

例えば、暮らしというものがあります。その生き物たちがどのように暮らすかでそこに場ができます。これは人間に限らず、山川草木昆虫に至るまですべての生活が場に顕れてきます。

その生き方が自己中心的であればそれにそった場が現れますし、共生し貢献するような生き方があればそれに沿った場が顕れます。掃除一つをとっても、綺麗にすれば美しい場が生まれますし、ゴミで溢れかえっていれば粗末な場が生まれます。そしてそれは次第にそこで発生する関係性にも影響を与えていきます。

理念が初心というものは、そこに場を創ります。場チカラというのは、そこで実践したものたちの集積力によって場が顕れていくとも言えます。どんな場面でどんな場所でどんな場合にその人がどんな生き方をしたかが出て来ます。場を和ませる、場をわきまえる、場を活かす、場を明るくする、その場には、その場その場で発した場チカラがその場に集積するのです。

この集積力とは求心力とも言えます。地球が中心に引き寄せていくチカラの御蔭様で私たちは宇宙に飛び散ることがありません。それは地球の地場に守られているからです。この求心力は、活かそうとすることで場ができているとも言えます。

すべての生き物は育てるものではなく育つものです。教えないで育てないとしたら、育つわけですからそこには場があったということの証になります。場があるから育つのですから、そこで育つ生き物たちには場を明らかにする責任があります。場チカラがあるというのは、場に顕れるほどの生き方の実践が集積され文化になったということです。

その人の理念・初心・祈り・願い・思いが意識になり、場が顕現します。

つねに場を高めていくために、精進して沢山の御縁のつながりから発生する場チカラに感謝しつつ、その場チカラをお借りして子どもたちに伝承していきたいと思います。

背中で伝承する~本当の学び方~

子どもに限らず人は成長するとき、モデルになる人物を一つの指標にしていくものです。例えば、見た目であったとしても生き方であったとしても、自分が参考になるものをもとに見よう見まねで似せていくものです。

これらは対象物に「近づく」という言い方をしてもいいのかもしれません。

師弟関係などもそうですが、師の考え方や生き方を参考にして自分自身の何が似ていないのかに気づきます。そうやって自分が憧れた人との差異を確認しながら、薫風や薫陶を受けてそのものも変わっていくのです。

これは昔の日本では職人文化といいますが、実際には教えない教育を行うには教えないためのモデルが必要だからです。私にも同じようにメンターがいて、メンターの存在やその生き方、そういうものが自分の血肉の中に溶け込んでいます。共に憧れる生き方がある人や、同じ理念を持つ人、最終的にありたい自分を優先できる人は、自ずからベンチマーキングする人物に出会えるように思います。

人生はどこにいくかも大切ですが、誰と往くかというのはもっと大切です。

それは誰と往くかによって生き方が変わってしまうからです。

大人の背中を見せるということや、自分の生き方を遺していくこと、そして実践で示していくというのは、教科書には書かれていませんがどの子どもも、どの人間にも、大きな影響を与えるように思います。

一人ひとりの生きた背中を通して学ぶのは、本来の学び方です。先祖たちが遺してくださったものを紐解き、そこから学ぶのが本当の学び方。そして子どもたちに恥ずかしくない仕事を譲っていくのもまた今を生きる世代の役目であろうとも思います。

一人ひとりの真心の志事が、以心伝心して多くの人たちの真心になること。理念を優先して、実践を怠らないのはそれが「背中」で語ることになるからです。背中で語るのは背中で未来に向かって伝承を続けている真っ最中ということです。

正面ばかりで口八丁手八丁で理論的に説明したりするのも大切ですが、歩んだ背中には決して敵いません。

常に背中を見られているという意識を忘れず、背中で与えられる安心感を伝承できるように自分自身の学びの姿を通して子どもたちを見守っていきたいと思います。

和の家

先日、和の部屋について相談があり色々と深める機会になりました。和の部屋といえば、通常では畳があり押入れや襖があるものを和室だと思っていることがあります。

しかし畳も昔はなかったもので、押し入れや襖もわりと歴史的には古いものではありません。実際の日本はじまりの住まいは何か、それは古事記に書かれています。

「伊弉諾命、伊弉冉命の二柱の神はおの馭盧島に天降りして其處に先ず天の御柱を御作り、倶に御住ひになった。八尋とは一尋、二尋と數える八尋にあらずして八は彌と同じく數多きをたたえ唱うる言の葉なれば即ち幾十尋の御殿の意なり。彌栄なる館なるにして我が國初めての御殿なりせば家屋建築の始めなり。我が國の神々達は穴に宿る神に非ず、木の枝に巣造るに非ず、程高き営みの神なり。」

イザナギとイザナミが、はじめて高天原に降りてきて造営した住まいが私たちの祖親のはじめての住居「八尋殿」です。一尋とは、人が手を拡げたときの寸法を言います。これを八尋とするとちょうど畳二畳分くらいのサイズになります。この八は、末広がりの八を意味しますからここの住居から無限に広がりはじめたということです。

私たちの祖親の家屋建築の原点はここです。私たちの親は穴に住んだのでもなく、木の上に巣をつくったのでもない、天に向かって真っすぐに伸びた柱を地に立て、床を建て住んだということです。

今の時代は、高層ビルや広大な豪邸が価値があるかのように売り買いされていますが本来の住居はとてもシンプルなものです。

例えば生き物によっては、泥を固めて巣にしたり、草を丸めて家にしたり、石を積んで塒にしたりと、それぞれに住まいのカタチは異なります。私たちの先祖が、何をもって住まいしたかを知ることはとても大切なことだと思います。住まいの出発点を和合生活にしたこともまた私たちの先祖たちの真心だと思います。

そして和とは何かと考えるに、如何に本来の先祖たちが伝承してきた暮らしに親しみとけ合うかということではないかと思います。それは例えば、共に暮らすものたちと如何に親しみを持っているか、そして心安らぎ仕合わせを感じるか、そこには余裕と真の豊かさがあるように思います。

豪華絢爛で贅を究めた芸術作品のようなところを住まいというのではなく、人々の暮らしや生活が息づく場所、そこがまさに家庭であり、たとえ独り身であったとしても共に暮らしているいのちの暖かさに触れ、深く味わいながら日々を豊かに過ごしていることが本来の住居であり家であるように思います。

そういう住居を持つ人は、和の心を持つ人とも言えます。秋になれば秋をしつらえ、冬には冬をしつらえる。まさに、小さな四季の変化をも愉しみ、部屋の中の花一輪にいたるまで愛でる澄んだ心があります。心の手入れというものは、日々の暮らしを愉しむ真心にあるように思います。

和室というものの本来の姿の本質は、「暮らし」の中にこそあるということが私が考える和の家です。和をもって尊しとなすとといったのは、聖徳太子ですがその聖徳太子は家屋を大切に手入れするように寺院を建築したといいます。法隆寺をふくめて、奈良のあちこちにはその暮らしが遺っているようにも感じました。

子ども達に本当に譲っていきたい伝承したいものを、自分たちが忘れないように生きていきたいと感じます。改めて日々の暮らしから、生き方を見つめ直していきたいと思います。

祖霊の真心

私たちの先祖は自然崇拝といって、自然の中に神様を見出していた民族です。古神道においても、巨石、巨木をはじめ自然の中にある畏怖を感じ、畏み奉り祈りを捧げてきました。そこには精霊というような、無生物の中にあるいのちを感じており、例えば日、月、星、水、火、土、風、光、闇、金、石といった物の中にそれぞれのいのちが宿りその和合によってこの世が成り立つことを自覚していたのではないかと私は思います。

収斂結実という言葉があります。

収斂とは散布的に位置していた複数の物を一箇所に集めるという意味です。結実は、その結果として実ったものという意味です。自然界には多様性といってすべてに分かれていく作用と、同時に収斂性といってすべてのものが一体になっていくものという作用があるということです。言い換えれば、宇宙が多様に膨張しつつも星々やブラックホールが重力と引力で結集していく作用があることに似ています。

私たちのカラダも、一つ一つの臓器はバラバラですが一体としてカラダは成り立ちます。部分だけを切り取っても身体は機能せず、実際には収斂して結実しているのが今の姿だとも言えます。

そしてこれは御縁の世界も同じものです。

数々の御縁が織りなして今があり、その御縁が結実するから今の自分のいのちがみのります。自然崇拝というものは、同じように巨石が神という意味ではなくそこの精霊から全体を観通すチカラがあったことを言うのではないかと私には感じます。

かの弘法大師空海が、山々を歩き、山々の中に神仏を彫り込みそこに祈るようにと里の人たちに伝道して歩きました。自然の中にあって、自然が顕した精霊を人々に伝えるという原始の信仰の姿を感じます。私自身も、土に触れ、風に吹かれ、火を仰ぎ、水に洗い、木と暮らすことで自分自身が自然と一体になり収斂結実していることを実感します。

太古の昔、私たちが言葉も持たないほどの時代はきっと五感を使い事物に接し、論理ではなく直感をもってすべてのものに触れていたように思います。西洋でも東洋でも世界では、どこにいっても太古の信仰のカタチはすべて同質のものです。それは自然物の中に見出しています。それを否定することで、人間はより自分の都合のよい方へと信仰のカタチを変えてしまったのでしょう。

万国共通し、悠久の歴史にも錆びつかず、自然に反することがない教えこそ真実の学問を伝道しています。遺跡の中に残存する、祖霊たちの思いや真心を受け取れる自分を磨いていきたいと思います。無字の経文を受け取り、子どもたちに祖霊の真心を受け渡していきたいと思います。

ゆたかな家~暮らしの実践~

海外の格言に「男は家屋をつくり、女は家庭をつくる」というものがあります。これは家を持つということの役割分担を意味するのでしょうが、男か女かではなく、どちらにしても家屋と家庭は家族の象徴です。

この家族というものの定義は何か、それは親兄弟という意味だけではなくそこには「共に暮らす仲間たち」という意味があるように思います。もしも定義を大きくするならば、同じ時代に一緒に生きる地球上のすべてのものたちは家族だとも言えます。

この一緒に暮らしたものたちこそが家族だとしたら、家屋と家庭とはもっとも身近で生活を共にした仲間たちの住まいだとも言えます。それは決して独り身だから家族がいないというわけではありません。ある人は植物と暮らし、ある人は熱帯魚や虫たちと暮らし、その他動物たちと食べ物を分け合い、そして御互いを見守り合いながら暮らします。私の家も、帰ってくれば様々な生き物たちに「ただいま」と挨拶をし、「お変わりはないですか」と健やかで安らかでいるかを確認していきます。それは対話をしているとも言えます。対話がないというのは本当の意味で孤独であり孤立です。自分が共に暮らすというのは、そのものと対話しながら生きているということであり、関係性を結んだ仲間たちとの生活は安心し愉しいものです。

家に帰るというのは、一緒に暮らしている仲間たちに会いにいくようなものです。そこには御互いが思いやり、御互いが必要としあって存在している絆があります。仕合わせというのは、暮らしの中にありますから暮らしを亡くして働くというのはまるで幸せを遠ざけている生き方です。

一家の一員という意識は、周りの仲間との関係性の中で育まれていきます。「ただいま」「おかえり」という、戻って来る場所、原点、自分の心が休まる場所が家だとも言えます。家の中に生きている生き物たちや御縁があったものに囲まれることで自分が活かされ生きていることに気づけば心は自然に安まるものです。

よく孤独死だとか孤立死だとか将来を心配をする前に、まず自分の家がどうなっているか、そして「暮らし」がどうなっているかを今一度見直した方がいいのかもしれません。生き方が住み方であり、家の持ち方が生活の生き方ですから常に「暮らし」は生きていく上での初心ということでしょう。初心がどうなっているかが間違えば、暮らしから遠ざかり貧しくなってしまうかもしれません。いくら豪邸で立派な家でも、そこに暮らしがなければどこかそこに真のゆたかさは感じられません、それよりも質素で小さな家でもそこに「暮らし」があり一緒にいきている仲間がいるのならそこには本当のゆたかさがあり味わい深い「家」があり、見守り合う「家族」があります。

家屋・家庭・家族、それらを結び取り纏めている一家はその人のかけがえのない財産です。その財産に見守られているからこその安心感の中で人は生長し自立し、一生の物語を飾っていきます。そしてどんな仲間たちとの思い出に飾られた人生かは、一人ひとりが一緒に暮らした中で周りの家や家族に顕れてきます。つまりゆたかな人生を送る人には、一緒に生きるものたちとのゆたかな物語、ゆたかな暮らし、そしてゆたかな家があるということです。

一人ひとりのゆたかな暮らしこそが、社會全体のゆたかさを創造していきます。ゆたかさの実践とは「暮らしの実践」ですから、しっかり暮らす人は社会全体もゆたかなものに換えていくように思います。

暮らしのゆたかさが家の象徴であり、その人の象徴ですから子ども達のためにも「暮らし」を丁寧に見つめて実践し、仕合せを味わっていきたいと思います。

生き方と住み方

先日、あることから「住まい」について考える機会がありました。「住居」というのは、単なる部屋ではありません。住まいはその人の暮らし、つまりは生き方を支える器でもあり、それは家とも言い、家はその人生の中心とも言えます。

以前、「あなたはどんなものを食べてきましたか?」という食歴のことを聴くことを書きましたが、「あなたはどんな家に住んできましたか?」もまた住歴といって大切なことです。ここで確かめているのは、つまりどんな暮らし方をしてきて今があるか、そしてどんな生き方をしてきたかの確認なのです。

生き方が素敵な人は暮らし方も素敵です。生き方と暮らし方は、その全体の働き方まで決定づけますからここの中心や基本を蔑ろにして本質の方を正すことは難しいように思います。

人は「暮らす生き物」ですが、どのように豊かに暮らすかでその人の心の豊かさや醸し出す人柄が滲みでてくるものです。そしてその暮らしの基本が「家」であるのは自明の理です。

私が共感する建築家に清家清さんがいます。この方は「住居学」を深め、住まいとは何か、そして住み方とは何かということを突き詰めておられた建築家ではないかと私には感じます。私自身も、子どもの憧れる生き方や暮らし方、そしてそこから「家」を考え、どんな家に住み、どんな住み方するのかを考えるときの基本として参考にしています。

その方がこんな言葉を遺しています。

『住まいを考えることは、家族を考えることである。住まいをどうにかしなくてはと考えるあなたは、家族のことを案ずるあなたでもある。』(ゆたかさの住居学 エビデンス選書より)

この方の住まいの定義は家族であり、どんな家に住むのかはどんな家族を持つのかということです。そして住まいを大切にするのは、一家のこと家族のことを大切にしたいと思う自分自身がいるということの確認なのです。

私自身も、家に埋炭をしたり社内に備長炭を敷き詰めるのもすべては家内の健康や平安を祈る心から自生してくるものです。家を大切にしたいという思い、家内安全のネガイは家づくりにこそ出て来ます。

そして住まいについてさらにこう語ります。

『漢字には、住まいを指すのに二つの文字がある。すなわち「宅」と「家」である。この場合、宅はハードウェアとしてのハウス、家はソフトウェアとしてのホームにあたる。ところで、東京などの地下道で最近よく見かける路上生活者のことを、ホームレスというが、厳密にはハウスレスというべきであろう。』

つまり単なるカタチとしての「宅」ではなく、そのココロである「家」があると言います。ホームレスは厳密には家がないというべきであるといいます。家がないというのは、家族がないということでもあります。「家」ということの本質は、家族がいるということです。そしてよい家とはどのようなものが善いのかということでこう言います。

『よい家とは、お金をかけるだけではなく、本当に末永く愛着をもって住めるかどうかがキメ手なのである。』

お金をかけるかどうか、安いか高いかではなく、その家のことに暖かみを感じているかかどうか、そしてその家で暮らした日々に愛着を感じられるかどうかが「住まう」ということだという意味ではないかと私は思います。そこで暮らした日々は、そこで生きた思い出でもあります。だからこそ自分の人生史において、そこに愛心を感じて手入れをすることでますます家もまた家族もまた大事にしていけるように思います。

そして最後にこの言葉で締めくくります。

『家族の気配が常に感じられる家がいい』

家に帰ってきたとき、家族の気配がある家にしていくということ。それは御縁頂き授かっているものに感謝し、よく手入れをして日々に丹精を籠め、整理整頓掃除をし、よく行き届いている暮らしが其処にあるということ、そういうものに囲まれてその人の真心が息づいている、まさに豊かさが感じられるようなものが家であり家族であり一家であるようにも思います。

家はその人を顕すとも言います。そして生き方はまさに住み方ですから、生き方を変えるには住み方を変えていくことも大事なことです。家族や一家を大切にするというのは、家を大切にしていくことです。

子ども達に何百年も続くような安心した家を遺してあげられるように、住み方を観直し、生き方も観直し、引き続き深めていきたいと思います。

 

彼方の海道 参

昨日は久高島にきて、御嶽を中心にいのりの場所を巡りました。夜には満天の星空を見上げて夜半まで仲間たちと語り合うことが出来ました。かつての先祖の心に思いが宿る場所で思いに心を寄せて思いを馳せると、きっと悠久の暗闇の中で星々が煌く天を見上げて、波の音響聴き、風を受け止めて炎の揺らぎの中で天と対話していたのではないかと感じます。

今の時代のように一晩中、街中の街灯が光っていては夜が持つ暗闇というものの価値や星空というものの魅力もまた感じることができなくなっているようにも思います。私たちは朝から夜になるまでは太陽の明るさで気づきませんが、空の向こうにはたくさんの星々が瞬いています。夜になり太陽の光が消えると、そこには地球と同じように星たちがそれぞれに息づき広大な宇宙の中で循環している様子が実感できます。

暗闇の中には、眼には見えないとても大きな御力も働いているように思います。暗闇はとても暖かく、眼でみるのを已めてしまう時、本当の慈愛のようなものを感じるものです。それはまるで、自分が宇宙の中で自由な星の一つになったかのような感覚を憶えます。畏怖を超えたとき、そこにはつながりの中にある仕合わせと歓びがあります。

御蔭様で昨夜は一晩中外で星空を眺めていたら、たくさんの流れ星を見つけることができました。流れ星は日々に約400トン、1年で約15万トンほどの塵が地球に降り注いでいるともいいます。これを100年、1000年、そして1億年、10億年と積み重ねていくと私たちの星は流れ星の砂によって覆いかぶさっているようにも感じます。先日、あるクルーからこの砂はどこから来たのかと聴かれましたが、それは流れ星から来ているという直感もまたありました。

あの流れ星は一体どこからきてどこにゆくのか、そして私たちは一体どこから来てどこに向かおうとしているのか・・・光から闇へと琉れた球(玉)は、闇から光に回帰していきます。闇の中の光は、光の中の闇へと流れは移り変わります。そしてあけの明星が顕れもっとも光りだすころ、それまでの星屑たちは次第に姿を消していきます。

星のいのちもそれぞれに宇宙の中で意志があって旅をし星々を廻り、意思があって根を降ろします。古から魂は宇宙を旅し、そして宇宙を旅した中で隕石や流れ星となり、新しい宿り先を辿っていくのでしょう。

いのちは生物非生物、生物無生物を超えて出会い語り合うのかもしれません。どんな出会いがあるか、それはひょっとしたら1億年に一度の出会いかも知れません。もしくは10億年の一度かもしれません、そしてその瞬間はほんの数時間かもしれませんし、数十年かもしれません。

それでも必ず星たちは”出会う”のです。

星空に出会うことは、自分自身に出会うことです。海の道を辿ってきた先祖たちは、星空を見上げては天と一体になって自分自身との対話をしていたのでしょう。地球と背中を合わせて地球に背中を任せてこれたのは、天を見上げて地球の未来を信じていたからかもしれません。

あの彼方の海道にある先祖が目指した真の暮らしの実践は、時を色あせず今でも星空を見上げれば思い出すことが出来ます。祖親が祈った生き方を子どもたちのためにも譲っていけるよう今回の久高島での不思議な体験を忘れず力強く実践していきたいと思います。

 

彼方の海道 弐

昨日は島伝いに私たちの祖親たちは、海の彼方の根の国から来て種を持ってきて開闢してきたということを民俗学の視点から言いました。また人類学・考古学の観点からは種子島をはじめ琉球列島は3万2000年前に山下洞人、1万8000年前には港川人が住んでいたことも分かっています。種子島の遺跡からは、広田人といって縄文人よりも前に貝文人という人たちいて土器に貝を使って装飾をしていた人たちがいたことも分かっています。縄文時代は土器に縄で装飾をしていたことで縄文ですが、貝文というものは貝で装飾をするから貝文です。

これらの貝を用いた人たちは、貝を拾い貝を食べ、貝に装飾をしてそれを交易し、あらゆるところを移動して様々な文化を伝えたということが分かっています。その証拠に、日本中のあちこちの遺跡で種子島で加工された貝の装飾が見つかっているからです。

沖縄では、かつてグスク(城)と呼ばれる聖域を人々の集合体がありました。今でも今帰仁城や首里城など今でもいつか残っています。その後も按司と呼ばれる人々をとりまとめた人たちを中心にかつての交易文化を駆使して、あらゆる近隣の国々と交流して様々な文化を融和融合させてきた和の心を持っています。

和の心は、今でもそのまま受け継がれ私たち日本人の考え方の中にも色濃く継承されています。私たちのルーツを辿っていくと、私たちはどうやってできたのか、そして私たちはどのように歩んできたのか、さらに私たちのずっと昔の先祖は何を大切にしてきたのかを知るというのは「自分自身」になり、「自分自身」を知るためにとても大切なことであると私は思います。

古事記や日本書紀、日向神話などもありますが、その中に共通して息づいているものを紐解けば、随神の道を遡ることができます。その道の彼方には、私たちの民族性というものの根幹があり、その根とつながることは今を生きる私たちの本質を自覚することでもあります。

今日から久高島にいきますが、ここは琉球の創世神話アマミキヨ(アマミコ)の場所であると言います。ここはとても不思議な島で、かつて中国から使わされた冊封使の副使 夏子陽が書き残した「使琉球録」という古典が「異種の人」という呼び名でこの島の人のことが紹介されています。

「久高島 世に異種の人を生ず。往古の時より知念間切久高島に異種の民有り、賦性(生まれつきの性質・天性)誠樸(誠実でありのまま飾り気がない)、聡敏(感覚は鋭く、物事の理解が早く賢い)人に過ぎ、善く産業を為す。家道る富みて、今其の族七八有り。皆膝よりに至るまで甚だ痩せて踵なし。短く指長く、其の状 手掌の如くして地に按つ」(使琉球録の巻十四)

意訳すると、久高島には不思議な人たちがいる。生まれつき素直で誠実、感受性や直感が鋭く吞みこみも早くどんな智慧も吸収する。家や暮らしは豊かで今でも7~8人はそういう人たちがいる。特徴は、膝より下が痩せてかかとがなく足の甲は短く指が長い、その様子はまるで手のひらのようであると。

特徴が不思議なのも驚きますが、性格や個性が今の日本人の特徴と似ているのではないかと感じるのです。どんな人たちだったのかはわかりませんが、外国の人たちが私たちのことを素直で純粋、純朴で美しい民だと評されるような祖先がいたのではないかと直感します。

今一度、こういう時代だからこそ自分たちの本来の姿はどういうものかを観直してみたいものです。最後に、小泉八雲が世界に紹介した日本人の品格について紹介して魂の声を確認していきたいと思います。

「彼等は手と顔を洗い、口をすすぐ。これは神式のお祈りをする前に人々が決まってする清めの手続きである。それから彼等は日の昇る方向に顔をむけて柏手を四たび打ち、続いて祈る。・・・人々はみな、お日様、光の女君であられる天照大神にご挨拶申し上げているのである。『こんにちさま。日の神様、今日も御機嫌麗しくあられませ。世の中を美しくなさいますお光り千万有難う存じまする』。たとえ口には出さずとも数えきれない人々の心がそんな祈りの言葉をささげているのを私は疑わない」

根(ニライ)と通じるのは、その真心です。真心の日々を味わいつつ、子どもたちに譲れる未来を見守りつつ直向きに伝道していきたいと思います。

彼方の海道 壱

昨日からカグヤ一家のみんなと沖縄に来ています。昔、民俗学を深めていたときにルーツを辿る旅をしたことがあります。海上の道といって、民俗学の柳田国男さんが稲は沖縄・奄美と南方の島伝いに来たとの仮説を説いたように、周囲を海に囲まれた日本列島は太古以来海上の道を通じて広い世界につながっていたということを調べています。

種と共に人がどのように移動してきたかということに着目をして、先祖たちの移動の経路を辿ったのです。以前、種子島に訪問したときある遺跡から赤米を育て赤飯を炊き、貝に装飾をし交易をする古来の民がいたことが分かってきています。またこの南国の島に遺る数々の神話には、ニライカナイという根の国に棲んでいた民が渡来してきたことが口伝されていまに遺っています。

自分たちの先祖がどのように暮らしてきたのか、そしてどのような生き方をして今にいたるのかを知る旅は今を生きる私たちにとってとても大切なことだと私は思います。祖親たちから受け継がれてきた「思い」や「祈り」を、譲られているから私たちの価値観が存在し、私たちの「真心」が生きているとも言えます。

何かを考えるモノサシに「悠久の魂」を感じることは、本来の私たちの暮らし方を見つめ直す大切な機会であると思います。この世のすべては御縁によって結ばれているともいいます。そういう御縁に結ばれていることが常にはっきりと観えているのは心の豊かさに生きていることであり、感謝や御蔭様、偉大な恩恵を授かった今の自分を大切に生きることに似ています。

地球は46億年、そして私たちの先祖たちも何億年も前からこの地球の中でいのちを譲り渡してここまでつないできてくださいました。その「思い」を子どもたちに「つなぐ」のもまた私たちの役割であり使命です。

どんな生き方をしてきたか、どんな魂の磨き方をしてきたか、それは今を生きる仲間たちによって思い出され甦ってきます。懐かしい島の音を聴きながら、「彼方の海道」に思いを寄せてみたいと思います。