自分の人生

人間は「わかる」というものと「きづく」というものとで自己との対話をしていきます。わかるというのは、理解することですがきづくというのは覚めるということです。

先日ある人が、主体性のない部下に対して「あなたは一体どうしたいのか?」と聞いても本人がどうしたいかわからないという返答で困っているという相談がありました。主体的に自分で決めたことをやった方が楽しいし本当の人生だからと善意で話をしても本人は、「考えれば考えるほど自分のことが分からない」とより一層悩みが深まって困ってしまうという話です。

本当の自分のことを抑え込んで世間体や周りの空気を読んで周囲にとっていい人でいようと自我を無視して誰かのいう正しいを正しいことと盲目に信じてその場しのぎで楽をしてきたことでわかりのいい人になりきづくことができなくなってしまったのかもしれません。すぐにわかるわりに、気づくことがないのはわかりのいい人が長かったからかもしれません。

この場合のわかるとは、周りをみてわかることです。自分がどうしたいかを常に周りをみながら決めてきた人生を送れば、周りを関係なく自分はどうしたいかという選択肢はなくなってしまうものです。そうなると、自分は世間体や評価、周囲の期待に応える自分を自分と思い込んでしまい自分がしたいことが何かと聞かれても周りがどう思っているかということや周りはどうしてほしいのかがわからないという具合で本当の自己のことはもう見失ってしまっていることが多いように思います。周りの中でつくりあげてきた自分のことを自分だと思い込んでしまうことをやめないかぎり自分のことには気づけないのです。

本来、自分がどうしたいのかというのは自分はどういう生き方をするかという自分自身を貫いていく人生のことでもあります。人生は何のために生きるのかからはじまり、そのためにどう生きるかを決めます。その決めたものが生き方ですから、常に自分は何がしたいのかというのは常日頃から自己との対話によって覚悟を磨いていくものです。

もしも今まで自分の心の声に従うのではなく、周りをみて空気を読んで従っている癖があれば周りの声のことを自分の声だと勘違いしてしまうかもしれません。周りの評価を気にしては自分をさらけ出すこともできず、あるがままの自分を隠しては周りの期待する人に近づこうと頑張ってしまいます。本当の自分ではない付き合いをする人は、その後の人生でも無理をして本当の自分を偽りますから真実の信頼関係がもたなかったり、自分自身も本来のつながりや絆を結ぶことができずに孤立してしまうものです。

大事なことは、周りとか空気とか世間体とかを一時忘れて、本当はどうしたいのかと自分の初心を確認することだと思います。そしてひとたび初心を思い出したのなら、その初心を忘れないようにしていくことが自分の声に従い自己との対話を通して覚悟を定める生き方になっていくように思います。

自分自身に素直になる人は、他人にも素直になれますし、自分自身を信頼できる人は、他人のことも信頼できる人になります。まずは自己というものを自覚すること、つまりはわかろうとするよりもきづくことを優先することのように思います。

きづくとは、「本当は何か」と自問自答することです。

引き続き、その人らしいその人の個性をみんなが喜び活かせるように自分の人生や生き方を思い出し主人公と自覚できるような環境を子どもたちに用意していきたいと思います。

日本の心と自己錬磨

私が尊敬する方の一人に日本の将棋棋士で永世七冠の羽生善治氏がいます。いくつかの著書を拝見していますが、そのどれも自己との対話や感情との折り合い、調和への心の姿勢などどれもとても参考になります。実戦により鍛錬されたその思想や感情、どのように向き合って自己錬磨されているか、それは事物に挑むときの指針になります。例えば、自己との勝敗を決める岐路について磨かれている言葉には下記のようなものがあります。

「自分から踏み込むことは勝負を決める大きな要素である。」

「基本的に人間というのは怠け者です。何も意識しないでいると、つい楽な方向や平均点をとる方向にいってしまいます。だから相当意志を強く持って、志を高く揚げ核となっている大きな支えを持たないと、一生懸命にやっているつもりでも、無意識のうちに楽な方へ楽な方へと流されていくことがあると思います。自分自身の目標に向かって、ちょっと無理するくらいの気持ちで踏みとどまらないといけません。」

「どんな場面でも、今の自分をさらけ出すことが大事なのだ。」

「「自分の得意な形に逃げない」ということを心がけている。」

「勝負に一番影響するのは「怒」の感情だ。」

「平常心をどれだけ維持できるかで、勝負は決まる。」

自分との戦いを続け、如何に自分を磨いていくか、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉に木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす「木鶏」という言葉がありますがまさに羽生善治氏はその木鶏そのもののモデルように私は感じています。この境地を体得するために、私たちは自己錬磨を続けていくように思います。

「ビジネスや会社経営でも同じでしょうが、一回でも実践してみると、
頭の中だけで考えていたことの何倍もの「学び」がある。」

「人間には二通りあると思っている。不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間だ。」

「私は、対局が終わったら、その日のうちに勝因、敗因の結論を出す。」

「私は才能は一瞬のひらめきだと思っていた。しかし今は、10年とか20年、30年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。」

「ひらめきやセンスも大切ですが、苦しまないで努力を続けられるということが、何より大事な才能だと思います。」

「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」

自己錬磨の価値を教えてくれる存在が、同じ時代に生きていてその姿勢を見せてくれることがどれだけ有難いことか。日本の伝統文化である将棋には、日本の心があります。その日本の精神性や心を体現している存在があって、私たちは勝敗とは何を学ぶものか、そして自己錬磨とは何かということを先祖の生き方を学び直します。

尊敬し憧れるのは、単に強いからではなく日本人として磨かれた精神を将棋に感じ、その自己錬磨の生き方に感動するからかもしれません。

最後にいま、特に心に響く言葉です。

「山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」の方が、重要なことだと思います。」

「 今の情報化社会では知識や計算は簡単に手に入る、出来る物。だからもうあまりそれらに意味はない。これからの時代の人間にとって大事なのは決断する事だと思います。」

どのような決断をするか、そして何を捨てるか、常に自己との対局を楽しんでいくことで自己錬磨の面白さも味わいも豊かになります。引き続き、日本の心と自己錬磨を学び直していきたいと思います。

 

仕事の仕方~生き方~

人は生き方が仕事に出てくるものです。終わらせるように仕事をする人と、次につながるような仕事をする人がいます。前者は、終わらせることが目的ですからとにかく与えられたことを終わらせれば納得します。しかし後者は次につなげることが仕事ですから次につながるように常に課題を発掘しては踏み込んでいくものです。

そもそも仕事に終わりというものはありません、同じく学問にも終わりは有りません。学校のテストや受験、期限があるものをこなすようなものならば終わりはありますが人生や仕事には終わりは設定することはできません。

ひとつの節目としてここまでというものはありますが、本来の目的はまったく終わっておらずさらに発展し繁栄させていくために終わりなき挑戦を続けていかなければなりません。

言い換えるのなら、終わらないけれど終わらせる人がいるということです。終わりというのは次のはじまりですから、ひとつ終われば次のことが同時にはじまっているのです。

終わることを目的にするか、それとも本当の目的を目的にするか、そこに生き方が出てきます。何のためにそれをするのかとそれを握っているのなら終わることはありません。先に手放してしまうのはそれが他人事になってしまい自分ごとではなくなってしまうからかもしれません。

もしも自分の人生であれば終わらないのだから手放すわけにはいきません。しかし他人事ならばそれは自分のことではないのだから手放したくなくても手放すことができてしまいます。一緒に歩んでいくというのは、お互いに次を模索しながら挑戦し合うような改善を怠らないということでしょう。

終わらせることばかりに追われてやりっぱなしで進める仕事ではなく、改善し振り返り次につながるような進め方の仕事の方が目的に忠実です。引き続き、仕事の仕方から生き方を見つめ直していきたいと思います。

職商人

「職商人」(しょくあきんど)という言葉があります。これは職人と商人が合わさった言葉で、言い換えるのならいい職人こそいい商人であり、職人と商人の一致とも言えます。私はこの言葉に出会い、感動し、自分が目指しているところを知り、また同時に日本人の持つ伝統的経済観念を再確認することができました

かつて江戸時代は、修理や修繕といった繕いの文化がありました。今のように新しいものをつくっては捨てていく時代は、分業制も進みものを作る人と売る人も分かれてしまっています。

以前、ある鋸職人のところにいい鎌や鍬の鍛造を相談しに行った際に、職人さんたちが使い手の相談に乗りながら新しい商品を開発しそれが商売になっているという話をお聴きしたことがありました。アイデアを常に、お客様と一緒一体になって作ってこそ単なる物売りではなく単なりものづくりではなく、職商人であるともいえます。

自分で作ったものを長く手入れできるということは職人にとってもどの部分が改善が必要でどの部分が弱かったのか、また使い手の癖や職業上の理由など物事が深く理解できます。さらには、作ったものを如何に長持ちさせて甦生させるかを極めていくことは捨てない社會、いわば循環型の持続可能な社會を実現するために大きな役割を担っていることになります。

作ったものを修理修繕し、改善する文化があれば大量生産しなくても少量生産であっても長く永続的に使えればゴミになることはありません。今の時代は、作っては捨てて、古くなってはすぐにゴミのように廃棄されますが、それは職商人がいなくなっているからです。

職商人は、自分で体験したものの気づきをまた新たな智慧にして世の中に還元して人々と共に成長して成熟し、ものづくりだけではなく人づくりにまで貢献していくものです。まさに自他自物一体の境地の生き方です。

世の中がもので溢れていたとしても、長く使い古されて貢献してきた物は思い出や思いやりなどがそのものに籠っています。それを如何に活かし、長持ちさせていくかが、その人物の人格に左右されます。物を磨くのは修繕するところからはじまり、精神を磨くのはそれを研ぎ澄ますことで得られます。

引き続き、古来からあるものを大切にしながら子どもたちに勿体ないの初心の本質を伝承できるように日本の伝統文化を担う職商人としての誇りを持ち、一つひとつを丁寧に実践していきたいと思います。

ぬくもりのある暮らし

今年は、年始から会社のみんなと一緒に炭を中心にした暮らしを実践し豊かな時間を過ごすことができました。聴福庵では、炭は欠かせない暮らしの道具であり炭がある御蔭でぬくもりを身近に感じることができています。

例えば、朝起きてすぐに火鉢の炭に火を入れお茶を沸かします。また朝餉もその炭を用いそのまま料理します。炬燵には炭団を入れれば一日中暖かいままです。また就寝前には、その炬燵に残っている炭を豆炭あんかに入れれば布団の中も朝まで暖かいままです。他にも、お風呂の井戸水のお湯も炭で沸かし、その風呂には炭をつくるときに出てくる木酢液を入れると湯上りもずっとぽかぽかします。また花瓶には炭を入れると花が枯れにくくなり、飲み水やお米を炊くときも炭を入れてミネラルが増え浄化されます。部屋の隅々にも炭が置かれ、床や壁にも飾られ癒しの空間が演出されます。灰になったものは、掃除用の洗剤にしたり植物の周辺にまけば土の潜在力を高め菌たちには栄養になります。燻された古民家は、抗菌効果も高くなり虫が家屋に入ってきにくくなります。「ぬくぬくやぽかぽか」などの「ぬくもりのある暮らし」はこの炭の暮らしがあってはじめて成り立つのではないかと私は思います。

冬はとても冷え込みますが、寒くても寒くはないという感じが炭のある暮らしにはあります。みんなが火鉢を囲んでお茶やコーヒーを飲みながら語り合い寛ぐだけで、炭が周りの人たちの心も融かしていくかのようです。

暖炉やストーブや空調は、部屋全体を暖めますが火鉢や囲炉裏は手元や周辺を暖めます。体だけを暖める道具ではなく、心まで温める道具がこの炭であることを私はぬくもりのある暮らしから体験しました。

聴福庵は、炭御殿のようになっていますがまだまだ炭の甦生は途上にあります。いろいろな「ぬくもり」のカタチを炭と一緒に発見していきたいと思っています。

今の時代、暮らしが失われ心が渇いて冷え切り、お金があっても権力や地位があっても、心が寒くて凍えて震えている人たちがいます。特に子どもたちが家が寒くなることで、家庭のぬくもりを感じないままに育っている子どももいます。私も幼少期に両親が共働きで家には誰もいませんでしたからその家の寒さを体験してきました。

家が寒いのが当たり前ではなく、家は暖かいことが当たり前です。そしてそこには心のぬくもりがあります。冷えてしまったものを暖めるのは自然物である炭の力を借りることが一番です。

私はこれからも炭の力を借りて冷えた心の傷を炭火のぬくもりで絆に換えて人々の心を暖めていきたいと祈ります。子どもたちが寒くて震えているのなら、私がその寒さをぬくもりで融かす炭火となりたいと願います。

引き続き、初心を忘れず家が喜び炭が喜ぶぬくもりのある暮らしの実践を高めていきたいと思います。

物から学ぶ智慧

一昨年より、樽や桶を扱うことが増えましたがそこには箍(たが)がかかっています。この箍とは、樽や桶の周りにはめる、竹や金属で作った輪のことでその輪を締めたり緩めたりすることで中のものが出てこないように調整しているものです。

よく箍が外れるという言葉もありますが、あれは緊張がゆるみすぎて羽目を外し過ぎたときにも使われます。この羽目とは、馬を制するために口に噛ませる「馬銜(はみ)」が転じたものとして使われ抑えがきかず調子にのることをいいます。

この適度に締めるという技術は、まさに人の生きていく上での大切な教えでもあり樽や桶を使っているとその器として何を大切にしていけばいいのかを実感するものばかりです。

人間は緊張しすぎてしまうと自他に厳しくなりすぎます、しかし緩みすぎると箍が外れて周囲に多大な迷惑をかけてしまいます。ちょうどいい具合になっているとそのものを長く保つことができます。ここにも智慧があります。

樽や桶については、湿気と乾燥を繰り返し箍が緩んできます。湿気の時は水気によって引き締まっていても木が乾燥すると箍が緩んでしまいます。外れてしまうとバラバラになるので常に湿気を保てる状態にしながら保存します。

以前、桶職人にアドバイスしていただいたのは湿気過ぎず乾燥し過ぎないところで桶を保存することだといわれました。太陽に晒されると壊れ、水気が多すぎると腐敗するからです。また風を適度に通してあげられるところで、あまり風が強すぎるところは乾燥し過ぎるからよくないともいわれました。

現在、聴福庵の離れには縦の風が流れるように土からの水分が屋根を抜けていくようにつくられてます。適度な湿度と風が常に流れ続け桶や樽には最適な環境とも言えます。昔の人は道具を大切にすることで、自分の生き方の何が間違っていたのかを教わらずに気づいていたように思います。便利にならなくてもむしろこのままでいいと、先祖が智慧を子孫へと遺してくださったようにも思います。

締めすぎず緩みすぎないというのは、入れ物や器を大切に修繕し続けていくということでもあります。物の扱いに長けた人は、自他の扱いにも長けていきます。人が物をつくりますから、昔のものが価値があるのはその人格を持った人たちによって物がつくられてきたからです。

物から学び直し、視野の広い全体最適な心の余裕や余白を持て思いやりを優先できる自分を磨いていきたいと思います。

学問の要

吉田松陰は至誠と実行の人物であったことはよく知られています。その生涯において、勇気を出して普通の人がやらないような非常識なことにも果敢に挑み周囲を感化していきました。

その実行に至るプロセスは突然の思いつきで衝動的に行動するのではなく、その裏付けに日々の小さな実行の集積があったことがその言動からわかります。自らを狂人であるとし、常識に囚われずに志を全うする意志の強さには感動します。その遺した言葉には、徹底して実行を重んじた生き方がありました。

「一つ善いことをすれば、その善は自分のものとなる。一つ有益なものを得れば、それは自分のものとなる。一日努力すれば、一日の効果が得られる。一年努力すれば、一年の効果がある。」

「一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う。」

「学問の上で大いに忌むべきは、したり止めたりである。したり止めたりであれば、ついに成就することはない。」

その実行の背景には常に至誠がありました。

「人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである。」

「小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である。人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。死生は度外に置くべし。世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い。武士の心懐は、いかに逆境に遭おうとも、爽快でなければならぬ。心懐爽快ならば人間やつれることはない。」

どの言葉も、生きた学問を実践していく上で参考になるものばかりです。自分で決めたことは自分自身と約束したことです。その決めたことに正直であるからこそ、継続を怠らず真心を盡していくことができます。

自分自身に嘘をついて誤魔化していけば、自分自身との付き合いに信頼ができなくなります。自分との信頼を結ぶことが世界への信頼にもなっていきますから如何に自分が信じたことを積み重ねていけるかが人生においてとても重要であることがわかります。自分への信頼関係は、この至誠と実行によってのみ積み上げられるからです。

そして信じたことを信じたままに実践を続けて内省によって自己との対話をしながら改善を続けていくことで本当の自己を確立していくことができます。自己を磨き、魂を磨くことはこの世に生まれてきたものすべての道であり使命です。

引き続き、子どもたちに人生を遺せるように今を大切に歩んでいきたいと思います。

 

 

共に学ぶ~道中の安心基地~

今年も無事に萩にある松陰神社に参拝し、松下村塾を深めにいくことができました。もうかれこれ24年間、毎年通っていますが毎回新しい発見があり、吉田松陰の創造した学問や学校のカタチが如何に普遍的であったかを感じ入るばかりです。

あの当時、共に学んだ志士たちの生き方はわずか松下村塾での学びが1年であったにもかかわらず心に響きその後の若い人たちや子孫へと影響を残しています。

私の憧れた学校、憧れた学問、憧れた組織を先に実現していたこの松下村塾と吉田松陰は一つのロールモデルとして私が初心伝承の経営をする上でもっとも参考にしています。

自分が実践してみて一年たち、またここに来る。それを繰り返しながら、近づいていく努力をさせていただけるのは本当に有難いと思っています。その吉田松陰の生き方だけではなく、ここで創造した場を如何に甦生するかは私の人生の課題の一つだと信じています。

昨日は何度も見学した施設があったのですが、改めて目に入ったものがありました。それは松下村塾の教育方針と書かれたものです。これは今、私が仕事で「共に学ぶ」というある学校のコンサルティングを受けていますがとても参考になります。そこにはこう書かれます。

『松下村塾には「三尺離れて師の影を踏まず」というような儒教的風潮は全くなかった」師弟ともに同行し、共に学ぶというのがその基本的方針であった。松陰はその考えを、安政五年「諸生に示す」に書いている。「村塾が礼儀作法を簡略にして規則もやかましくいわないのは、そのような形式的なものより、もっと誠朴忠実な人間関係をつくり出したかったからである。新塾がはじめて設けられて以来、諸君はこの方針に従って相交り、病気のものがいれば互いに助け合い、力仕事の必要の場合はみんなが力をあわせた。塾の増改築の時に大工も頼まず完成させたのも、そのあらわれである」とした。』

現代においてもっとも先端をいく学校が学問のカタチは「共に学ぶ」ことだと知られていますが、単に知識だけを教え合ったのではなく一緒に真剣に生きて学び合った形跡が松下村塾には残っています。

生き方を通して学び合う関係というのは尊いもので、深く相手のことを尊重しているからこそはじめて共に学び合うことができるように思います。それはご縁を大切にや、一期一会などの言葉もありますがもっと偉大な生きていく姿勢そのものが純粋であったからこそここまで共に学ぶ形が顕れたようにも思います。

そしてその思いが純粋であったjからこそ常識に囚われず師弟共に学び合い、自分自身を確立させていきました。なぜそこまでこの村塾に魅力があったのか、吉田松陰のこの言葉からもうかがえます。

『教えるの語源は「愛しむ」。誰にも得手不手がある、絶対に人を見捨てるようなことをしてはいけない。』

お互いの持ち味を活かし、不得手もまた愛し、得てもまた愛し、それぞれがそこで活かし合えるように互いに見守り仲間として受け容れてくれていたように思います。この村塾は、塾生たちにとっては魂のふるさとであり、自分が天命を生きることを見出すための道中の安心基地だったのでしょう。

「世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。」

魂が大事だというのは、人生の意味そのものだからです。

最後に、こう塾生たちに言い遺します。

「人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである。」

誰がどういおうが、常識から外れていると罵られようが、道理上やらねばならぬというものは必ず行えというのが生き方です。

引き続き、今年も心魂を定めて社業に専念していきたいと思います。

 

 

自然の篩

私たちは無意識に様々な出来事の中から選択してきたことで今につながっています。それは諺にもある「篩にかける」ということを行っているように思います。この篩というものは粉・砂などの細かいものを網目を通して落とし、より分ける道具のことです。

この篩(ふるい)というものは、古いと同じ韻ですが「ふる」は「経る」からきているものです。経年していくなかで、朽ちず残るものが篩にかけられたものともいえます。そしてこの篩は民具の中でもとくに重宝され、長く人間に用いられてきたことが分かります。

篩にかけるというとき、本当に遺るものだけを選別するという意味になりますが篩にかけられるとなると、本当に遺るもの以外は選別されるということになります。

自然や時間というものは、自然に適っていないもの、真理や道理、法理に合わないものは自然淘汰していくものです。この自然淘汰とは、篩にかけられることであり理に適っていないものは消えていくということになります。

その篩は、人生においては死して名を残すものであったり、徳であったり義であったりと、それまでの体躯はたとえ寿命で失われても篩にかけられて遺ったものがカタチとなって顕れるのです。

長い目で物事を観るとき、現代まで古から遺ったものは自然淘汰の篩にかけられても消えなかったものです。それは人間も同様に絶滅していないのだから篩にかけられて遺った存在だともいえます。

しかし短期的に物事を観るのなら現代にあるものは自然淘汰されるものばかりであり、遺らないとわかっていてもそこにしがみ付いてしまうのはこの篩にかけることをしなくなっていくからではないかと私は思います。

身のまわりをよく見つめ、何百年も続くものは何があるのか、そしてすぐに消えてなくなっていくものは何なのかと、自然淘汰の理をみつめていけば自ずから自分が篩にかけられないように自らの篩を身に着けていく必要があると私は思います。

私が取り組んでいる自然農の古民家甦生も初心伝承も、私にとっては自然の篩です。

引き続き、信念をもって時代のなかで篩に残るようなものを子どもたちに譲り遺していきたいと思います。

 

常識が変わる

人はその人の生き方が変わることで当たり前の定義が変わっていくものです。当たり前が変わるというのは、その人にとっての常識が変わるということでもあります。本人にとっては当たり前だと思っていることも、他の人にとってはこだわりだといわれることもあります。その時こそ、お互いの間にある常識が異なることに気づきます。

この当たり前というのは、その人の生き方が物語っています。

この当たり前がどれだけ徹底されているか、当たり前になるほどにそれが身に着いているかは実践の質量に由ります。そして生き方もまたこの実践の徹底によって質が異なってくるのです。

例えばわかりやすいものであれば、「手間暇」や「丁寧」「丹精」などがあります。雑な生き方をしていて思いやりや真心が籠められず頭で計算ばかりしてきた人が、これではいけないと一念発起して敢えて手間暇や丁寧や丹誠を籠められるような準備やきめ細かく時間をかけてじっくりと取り組んでいく実践を日々に積みかねていくとします。

それがある一定の量を超え、質に転換されていくときその人は生き方ががらりと変わります。どう変わるかといえば、手間暇や丁寧や丹誠を籠めることが当たり前になってしまいもとのように雑にいいかげんな対応ができなくなってしまいます。どんなに忙しくても、思いやりや真心を籠めた行動ができるようになる。その時、その人にとっての当たり前は手間暇や丁寧や丹誠を籠めることが当たり前になるのです。

生き方というのは、頭で理解したからできるものではなく実践して自分自身をつくり変えていくことでできるようになります。

ここで大切なのは、自分自身をつくる担い手は自分であるということです。自分が自分をつくっていくのだから、当たり前になるまでは苦労も努力もありますが変わるためにと決めた実践を継続することで自分自身が成長して変化する。

そうやって自分を変えていくことで、私たちは観ている世界、観えている世界を別のものに置き換えていくことができるのです。

今までできない無理だと思っていたのはそれまでの常識が変わっていなかったからです。それまでの常識を実践によって変化させ、自分の常識が変わるのなら今までできない無理だと思っていた世界ががらりと変わってしまうのです。

そうなれば、周りからは無理だといわれ続けていたことが本人にとっては当たり前になりますから難しいことではなくなっていきます。そうやって、人は初心を定めたものに向かって挑戦し続けて内省し改善を継続できればどんな常識も毀すことができ、新しい自分に出会い続けることができるのでしょう。

実践は地味ですが、大事なのは場数をこなすこととたゆまず怠けず継続することにかかっています。

引き続き、今の時代に相応しい新しい生き方を提案するため暮らしを変えて働き方の常識も温故知新していきたいと思います。