居場所を調える

居場所というものがあります。これは魂の居場所ともいえます。魂はどこに落ち着いているか、鎮座しているか、よくよく観察するといつも同じ場所に静かに佇んでいるものです。それを別の言い方では「初心」ともいいます。ずっと変わらずに、自分を見守っている存在ともいってもいいかもしれません。

居心地が善い場とはどのようなものか、それは自分が自分らしくいられる場所というのはすぐにわかります。自分のままでいい、あるがままの自分がそのままでいいと存在している場所。そこに人間は自分の真の心が居ることを実感するからです。そしてその場所は、心が安んじられる場所、心の平安がある場所でもあります。

人間はどのような状況変化の中にあっても、心の中には故郷のように安心できる場所があるものです。自己との対話によって、どこに安心しているか、何を安心としているかは内省を繰り返すことによって自明していくものです。自分の喜びが誰かの喜びになることは、あるがままの自分が全体快適と和合一体になっているという感覚でもあります。

徳は、自分の喜びに集中しそれが全体が喜ぶ生き方と一致しているときに積み重ねられるものだからです。だからこそ、心の故郷を忘れずに自分でいられる居場所に何かあれば帰ってこれる状況にしていくことが大切です。

人は自らの唯一無二の道を歩んでいくなかで静かに瞑想をし、自分の心の声を聴いていればこれは違うなというのを感覚として直観するものです。あるいは、どのような環境下にあっても自己を見失わないで立ち返るものです。これは魂の力とも呼ぶものかもしれません。

心をすり減らすのではなく、魂を磨くという生き方こそが真の自己を覚醒する道であり、天に任せて天命を歩むということかもしれません。

自己を調えることは、居場所を調えることです。そして自己を生き切ることは、魂を研ぎ澄ましていくことです。ご縁の役割を全うし、ご縁に任せて引き続き歩んでいきたいと思います。

 

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