実践の重み

今の時代は児童養護や教育や保育など、言葉で仕事が分業し分類されています。省庁も厚労省や文科省で分かれ、そのことから色々な弊害が出ています。ヨーロッパの視察でも、今は省庁が融合し子ども省というように、分かれているものを一つにしていこうとする動きがある中で私たちの国はなかなか変わることができません。

それぞれの利権や今までの絡み合った関係を紐解くのが難しいからかもしれません。しかし現場では、そのことで大変面倒なことになっています。

そもそも物事は分けて考えられないくらい密接につながっています。福祉や教育というものもわかれておらず、教育が改善されなければ福祉も改善されません。その関係は前足と後足のように前後しているもので、歩めばお互いに一歩一歩バランスよく足を出していかなければならないものです。

それを片足だけで進もうとすればすぐにコケてしまうのは自明の理です。しかし実際は、お互いに前足のせいだとか後足のせいだとか文句を言っては前に進まずに停滞するというのが現状のように思います。

もっと全体へ視野を広げ、何のための行うのかということを共有し語り合い全体システムを変更するようなことが必要な時代ではないかと痛感しています。部分ばかりを変えようと固執するのは分類分けられた場所でのみ考えようとするからです。縦割りか横割りかではなく、そのものの本質からそれぞれの分野分類の人たちが集まり全体システムを考えることなのでしょう。

そのためには対話が必要です。ただの対話ではなく、お互いを尊重し認めるといった対話です。しかし今は、お互いがいがみ合いお互いの業界の批判ばかりが目につき本来の大きな目的のためにと協力することがなかなかできないものです。人間はいつの時代も相手と協力する前に自我に負けてしまうのでしょう。自分に打ち克ってでも全体を優先しようとする人たちがいなければ時の流れに準じて変化することができないのです。

かつて坂本竜馬やその周囲のリーダーたちがやったようにもっと大きなもののためにと絵を描ける人物がなかなか出てこなくなったのかもしれません。自分の人生や世代よりも大事なことのためにのみ人は自我を超えられるのかもしれません。しかし時代がそういうものを顕現させるとしたら、今は焦らずにじっくりと時を待ちつつも休まずに自分のできる実践を積み上げていくしかないのではないかと感じています。

世界各地の諺や故事にはどこも「子どもは宝」だといわれ、子どもを大切にする国は永続的に発展繁栄するといわれます。子どもが大切にされるというのは、子どものことを大人たちがしっかりと考えて子どもたちに善き世界を譲っていこうとする思いやりのある社會が実現されているということです。

それは本来は国民国家みんなで真摯に真心で行うことのように思います。仕事でやることでもありません。なぜなら子どもは親からされたことを自分が親になり子どもにするようになるものです。そうやって真似も連鎖していき子どもは育っていきます。だとしたら、どのようなことを親(大人)が子どもにしていくかというのは将来の子どもたちがまた子どもたちへしていくことになるのです。

だからこそどのような生き方をしたか、そして何を譲り遺したかということは未来そのものに直結しているように思います。自分たちが実践する理由は、別に無理にやったりやらされたりとか感情論で語るものではなく、本質的に何のために行うのかを深めているから実践を積み上げていくのです。

一つ一つの実践が如何にどれだけの重みをもつのか、それは真の目的を忘れずに取り組んだものだけが知る志を実現する世界です。今日の実践も、明日の実践も、大河の一滴かもしれませんがそれが集まって大海になることを忘れずに本気の目的のために人生を遣い切っていきたいと心新たにする体験を得ました。

やらない人はすぐに人の批判ばかりをしては実践をしようとはしませんが、そんなことも言っていられないほどに現実は厳しさを増しています。現実を直視し、本当の理想の実現のために今日も大事に実践で世界を改善していきたいと思います。

私の夢2

日本という国は古来から運命共同体の世界に生きてきました。しかし明治維新前後から個人主義という名の自然と切り離された人間都合の価値観を教え込まれ、そこから自然と切り離された考え方を持つようになってきました。

何度も誰かによってどちらかに都合が良いように、右か左か、上か下かというように偏った考え方で統一しようとし、昔のように間をとり和やかな距離感で暖かく見守ろうとするゆとりの心も薄れてきているように思います。

そもそも昔の私たちはすべてを搾取しつくしてその場にものがなくなれば移動しようなどという考えはありませんでした。風土に産まれ風土に住んだ私たちは限りある資源であるという自覚を持ち、その限りある資源を大切に慈しみながら分けていただこうという謙虚な心がありました。

それは里山や森との共生にも言えることで、里山では生態系が循環してどちらか一方が減らないように全体に善い影響を与える生き方を目指しましたし森では木を伐採すれば同じだけ木を植えました。他にも今ではアメリカで地下水が枯渇してもう農業ができなくなってきましたが、日本では水田をたくさんつくり地下水が枯渇しないようにと工夫してきました。

常に自分だけの視野で物事を裁くのではなく、自然を畏怖し全体の視野を優先し物事と調和するような生き方をしたのです。

これは言い換えれば、運命共同体である自覚であり、私たちは一緒に生きて一緒に死ぬ存在であるという仲間意識のことでもあるのです。人間だけが特別だと勘違いし、自然にあるものを我が物顔で蹂躙していくというのはあまりにも思いやりがなくなっているように思います。

いのちというのはそれぞれに大切で、先住民がいるならそこに先住民の暮らしがあります。また自然の場所にはそれぞれに先にそこで長く暮らしていた他のいのちが存在しています。

そういうものを人間の都合だけを優先して排除していけば、必ず悲惨な出来事が待ち構えています。

昔は親が子どもに背中でこれらの自然と一緒に生きていくことを伝えていました。ものを大切にすること、ものを粗末にしないこと、ものに感謝すること、そして思いやりを忘れないこと、そういうものを一つ一つの暮らしの中で生き方として伝承してきたのです。

そういうものがなくなっていくことで今までのご縁が途切れ、周囲の仲間たちとの関係が希薄になり、竟には存在すら思い出さないというのはあまりにも悲しいことです。

昔はものが今のように豊富になくても、慎みながらもあたたく仕合せな社會がありました。それは相互扶助の世界です。相互扶助という仕合せは決して人間のみであるのではなく、お互いが思いやりでつながっている世界を実感することができた社會です。

心の安心感、心の幸福感は、このような相互扶助のつながりの社會でのみ本質的に実感できるように思います。子どもたちに私たち大人が与えている安心感と幸福感は、「人間のみが特別の世界で行っている中でしか味わえない」としてはこれはとても将来に危うい憂いの種を蒔いてしまうと心から思います。

自然の中で運命共同体として生きることが、自然の一部として私たちを存在させ、その中で使い切りゴミをうみだすのではなく、すべての生き物たちが循環によって活かされるような世界と社會にしていくことが私の願う夢なのです。

自然社會の究極の仕合せは「循環社會を人間が自然の一部として実現すること」です。私が子ども第一主義にこだわるのは、この循環を取り戻すために必要だからです。子どもに何を譲るのか、そこに真のポリシーがあってこそ大人としての役割が果たせるのでしょう。

引き続き、夢を語りたいと思います。

 

私の夢

一人一人の人間には必ず何かの才能を天が授けているともいえます。それが個性というものです。しかしそれを開花させるには、自分を信じてあげなければならないように思います。

子どもの頃から、様々な知識を教えられて周りを比較され競争し画一化されていく中で人は自分のもっている才能が何かに気付かなくなっていきます。

本来、何もしなければ自ずから周りもその人も才能に気付くものですがなんでもできるようになってきてから余計にそれがわからなくなってくるものです。

そしてその才能とは、集団や社會の中で多様に使われ用いられるものです。自分が何に向いているのか、自分が何をすることが最も皆の役に立つのか、それが考えなくても自然にできるのならこんなに仕合せなことはありません。

人間の仕合せというものは、お互いに必要としあう関係になった時です。言い換えれば運命共同体になれたということです。自然界ではそれを共生と呼びます。

共生関係が結べるとき、生き物たちはその出会いに感動して自分の才能が相手に必要であると確信し互いに力の及ぶ限りに自分を生き切っていこうとするのです。

人間は、こうでなければならないと無理に自分を抑え込み我慢したことで自分のことがわからなくなってきました。特に同じ成功を求められ、幸せの形を刷り込まれ、平均という価値観を植え付けられることで余計に自分の才能のことに気付けなくなりました。

そのものがそのものでいいというのは、自分が天から授かった才能があると信じ切ることです。信じ切っているからこそ、それをやり遂げたとき、世界はその人の生に魂が揺さぶられ感動するのです。

李白にこういう言葉があります。

「天生我材必有用」(天、我が材を生ずる、必ず用あり)

天が私に才能を授けてくださった以上、必ずこれを何かに用いる使命があるという意味です。

私が一番何よりもかんながらの道で夢とし希望とするのは、人間が自分のやりたいことを見守ってくれるような社會を育て上げていくことです。子どもたちが、好きに自分の才能を誰かのお役に立てるような社會を醸成していくことです。

八百万の神々は、誰も否定されずそれぞれに理由をもって大切なお役目を果たしていきます。もしも三つ子の魂が百まで生きるのなら、それほど私にとって仕合せなことはありません。

なぜ発達を邪魔したくないのか、それはその人の仕合せを願うからに他なりません。社業の理由をそろそろはっきりと世の中へ打ち出していこうと思っています。

体験~人生二度なし~

人生には一切の無駄がないという言葉があります。これはなぜそうなるのか、その意味を深めてみます。

人は必ず自分の体験が誰かのお役に立つようにできています。それはその時は感じていなくても時間が経つとあの体験がなければ今はなかったというような感覚を持つようになるからです。

そしてこれはその人個人の体験に限らず、その体験を必要とする人に巡り合い、その人が自分の体験を糧にその人の人生に役立てるからです。

この体験が尊いというのは、もともと人間が分かれていない存在であることに立脚しています。人間はつながっている存在です、それは歴史を観れば必然ですが分かれているものは本来何もないのです。

だからこそ自分の体験は必ず何かとつながっているし、自分の人生体験は必要だから発生しているともいえます。だからこそ自分の体験は他の人たちの体験にもなっているのです。

自分の人生を一生懸命に生きる意味とは、それがお役に立てると信じているからです。自分一人だけの世界で物事を見てしまったら、お役に立つという観念もまた自分の都合で考えてしまうかもしれません。しかし八百万の神々といった全体から自分を省みれば、存在そのものが大いに役に立っていることに気付くのです。

それ故に人は役に立ちたいと強く願うのです。本来の役立ちというものは体験を大事に自分の使命を尽くしていくことのように思います。

言い換えれば、体験そのものをどれだけ充実させているか、体験させていただけることに感謝しその体験を如何なる高みにまで昇華させるかということでしょう。

何気ない日々も体験ですが、二度とない一期一会の日々もまた体験なのです。体験そのものが役立ちだと気付くことができたなら、人生に無駄がないことにも同時に気付けるのです。

無駄がない人生だからこそ、体験を大切にしなければなりません。

どんな体験もそれはかけがえのないご縁ですから、そのご縁が結ばれていく世界に存在しているのだから無駄にはしないという覚悟もまた必要なのでしょう。

結果を求めるのではなく、どれだけ真心を籠めて生きたか、どれだけ至誠を盡して生きたかというのが体験させていただいたことへの感謝の現れなのでしょう。

正に人生二度なし、二度とない出会い(体験)を大切にしていきたいと思います。

かんながらの道~大和の心~

人は大自然の中に抱かれると自然に頭を垂れて有難い気持ちに包まれるものです。それは碧く大空の澄み渡る光の景色であったり、悠久の年月をともにしてきた山野や巨樹であったり、広大に流れあふれる大海原や大滝などもそうです。

私たちは自然に有難いと思う心を自分の内在に秘めているともいえます。

これを私は「大和」と呼びます。

私たちは自然を感じるとき、そこにかんながらを直感します。自分が生きていること、そして活かされている事実、そういうものを発見しては自然への畏敬と御蔭様の恩徳が心身に沁みわたってくるのです。

人は頭でっかちになって単なる物知りになると、目的が単に知ることになり遣ることにはなりません。人間というものは体験したものを自らで気づき、自らを高めていくのが自然です。

その自然から外れると自然のことも感じられなくなり、この世にいるのに生きてはいないような存在になってしまうことがあります。そのときこそ、私たちの祖神たちがどのように感じていたか、そのルーツをたどることで今の自分の本来の姿が顕現してくるように思います。

人がなぜ先祖を大切にしなければならないか、自分がどこから来てどこに行こうとしているかを学ばなければならないのか、それは自らを自覚することが自然なことだからです。

この自然に学ぶ心というものがかんながらの大道といっても過言ではありません。

安岡正篤先生が、「大和」について語る中に下記のような文章がありますがとても味わい深い内容で深く感じ入るものがあります。

「生死が巡り、陰陽相極まりて動くが如く、大和の理は一見矛盾するが如きものが渾然と一致して初めて和するものである。・・・こういう神道の根本理念を見てきますと、自然と人となんら背反がない。いかにも大和であり、人道は神ながらの道であります。日本人が仏教の「如来」をよくとり入れたのはこの根本理念による力が大きく、神道は偉大な如来蔵であります。神ながらの“な”は、“の”の変化したもの。“から”は、“なきがら”などという形体を意味し、つまり神の具象、キリスト教でいうと神のembody,incarnationが自然であり人間であります。神は人間を超絶した別のものではなくて、神人合一である。だから日本人は本質的に包容、同化、創成力に富んでいるのです、と。日本人は無宗教といわれるが、何を信仰しているのか、日本人自体も意識しない。日本人自体が意識しないのだから当然他国に分かるわけがない、そこに何ともいえぬ偉大さがある、といえるのではないだろうか。自ずから然るは、日本人の偉大なる大和の精神の故である。」(藤尾秀昭著「人生の大則」致知出版社より抜粋)

自然観というものは頭が入る余地がありません。だから自然なのです。そして直感というものも知識で理解しているものではありません、実践し行動してその妙義とコツを得るからこそ持ち得るのです。

そしてその天の真心と一体になること、天人合一の至誠の存在そのものになることがかんながらの道にあるのです。

自然に触れて有難いと思う真心に随神があるのだから、日本人は誰しもその心の中にかんながらが息づいているのを忘れてはいけません。

最後に安岡正篤先生の言葉で締めくくります。

「かく生れて、かく在り。かく在ることは自から然るのであって、人よりすれば偶然であるが、人は学ぶことによって、偶然が偶然でないことを知る。すなわち当然であることを知る。当然であることを知るということは必然を知ることである。」

人生には一つの不自然もなく自然である。

そのご縁が実に絶妙に存在していることを当然であると自覚できてはじめて学問は成るのかもしれません。まだまだその一端が観得たばかり、驕らずに怠けずに内省を励んでかんながらの道を愉しんでいきたいと思います。

 

視野を変えるということ

吉田松陰の松下村塾に飛耳長目録というものがあります。これは自分が見聞きしたもの、また塾生たちが見聞きしたものを記録に残しそれをみんなで読み合わせをして情報共有をはかったものです。

この記録はそもそも自分という存在が世界を変える存在であるということを認識する広い視野を育て、自分自身が見聞きして発信したことが多くの人達に気づき影響を与えることを自覚することにも役に立ったのではないかと思います。

あの当時、インターネットやテレビ媒体がないなか、一田舎の農村で育った青年がまさか自分が世界を変えようとは思えなかったはずです。しかしそこに松陰が顕われ、何のための学問なのかを背中で示し実践で感化したからこそそこで育った若者たちがその後の世の中を変革する原動力になったように思います。

そしてここで大切なのは「視野」のことなのです。

自分の視野というのは、自分だけのことしかみえないときは世界は自分と切り離されています。自分が実践を怠ったってそんなに意味がないと思えるでしょうし、別にちょっと手を抜いても問題ないと思えるのでしょう。

しかしもしも自分の実践が一つ怠ることで世界が変わるとしたら、周りが変わってしまうとしたらどうでしょうか。その自分の存在の怖ろしさに心身が震え上がるはずです。本来、世界の広さというのは別に地図で理解するものではなく、遠く広大なところなどと認識するものではありません。

そもそも誰かに刷り込まれ教化された世界などというものをいつまでも世界だと信じ込んでいるから世界観は育たないのです。世界とは、自分の視野です。自分の視野が世界なのだから自分の視野を変えてしまわなければ世界もまた変わることはないのです。

人は信じ込まされた世界がどちらが理想かで信じる世界を顕現させます。自分が先に諦めてしまったり、自分が先に絶望してしまっていては世界は今のままかもしくは今よりも悪くなる一方です。

そんな中、常に世界を自分の求めた理想に近づけよう、世界平和と人類和合を願う真心があるのならその世界にしていきたいと「自分を変える」、自分の視野を入れ替えるくらいの信心と努力、精進が必要なのです。

人ばかりを変えてもらおうとするのは自分の都合というちっぽけな視野に囚われているのです。そうではなく、自分を変えて世界を変えようと自分の視える世界を変革するものこそ君子であろうと私は思います。

実践は怠ってはならないのは、この刷り込まれ教化された世界に埋没するからです。何がなんでも埋没しない、何がなんでもマンネリ化しないと戒を持つことでまた自分を練り修行していくのでしょう。

学びは果てしなく続きますが、同志たちとの邂逅もあります。

仕合せは視野によって開かれますから引き続き歩みを強くしていきたいと思います。

視野の寛さ

視野について思うことがあり、深めてみようと思います。かつて、数々のリーダーが視野を広げる事の大切さについて語っています。有名なものに荻生徂徠の「飛耳長目」があります。これは吉田松陰の松下村塾のもっとも大事な学びの基本に据えられたものです。

言い換えれば、何よりも「視野を広くしなさい」という智慧の教えです。

 また松下幸之助に下記のような言葉があります。

 「視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける」

 これはその通りで、視野が狭いというのは言い換えれば自分のことしか視えていないということです。もしくは自分の価値観でしかものごとを捉えることができないという意味でもあります。物事の見方には、単眼と複眼というものがあります。単眼とは文字通り自分からだけの目線、複眼は相手や周囲、世界からどう観えるかという目線です。

 そしてこれらの単眼以上の視線というものは、須らく共感力から行うことができます。共感力は思いやりですから、出来事を自分事と他人事とを分けてしまう時点で迷惑をかけていることに気づかなくなるということです。

 若い時というのは経験が少ないこともあり、自分の視えている世界だけがすべてだと思ってしまいます。価値観というものはそれだけ自分の中にどっぷりつかるものだからです。しかし本来、何のためにそれを行うのかが大事で、世界を変える力をもつ自分の変格力という問題意識なかなか持とうとしない限りは持てないのかもしれません。

 続けて松下幸之助はリーダー論の中で、視野の広さについてこう述べています。

 「今日では、世界の一隅に起こったことも、それが瞬時に全世界に伝わり、さまざまな影響を及ぼす。そのような中で、自国の範囲だけ、自分の会社、団体の範囲だけの狭い視野で事を考え、行動していたのでは、往々にしてあやまちを犯すことになってしまうと思う。いま、視野の広さというのは、指導者にとって、欠くことのできないものであろう。指導者はみずから世界全体、日本全体といったように広い範囲でものを見るよう常に心がけつつ、一国の運営、会社や団体の経営を考えなくてはならないし、また人びとにそうした広い視野を持つことの大切さを訴えていかなくてはならないと思う。」

 ここで大事なのは広い視野を持つことの大切さを訴えるということでしょう。

 結局は、自分たちが行う実践や自分たちの生き方が、自分の周囲を易えて、自分の所属する組織を易えて、業界を易えて、日本を易えて、竟には世界をも易えるという考えを持ちなさいということです。

 自他を分けて自分くらいというの意識そのものが周りに大きな心配をかけ迷惑をおこしていることに気づく必要があります。それは懺悔ではなく、それだけの存在である自分、それだけ世界の一員である自覚と誇りを持てということなのでしょう。実践を正しく行うのも間違い怠るのもその人の持つ視野の問題ということでしょう。

 世界は一人一人の気づきと変革の集積によって出来上がってきた産物です。だからこそ自分の生き方次第で、それが大きな影響を持つのです。たとえ大河の一滴である自分のいのちであったにせよ、諦めずに自分を易えることで理想の世界を求めていきたいと思います。

 視野の狭い人間にならないように、心を常に寛くもち内省し周りを慮り、自他を同一に思いやれる真心の生き方を実践していきたいと思います。

協働観~大家族主義~

今朝がたから春にそのままにしておいた小麦の脱穀を行いました。

大量に収穫したため手作業での脱穀が億劫になっていましたが、みんなで行うと楽しいものです。太古の昔から今まで私たちは協働作業をすることを通して仲よくしてきました。言い換えれば、協働作業を通して生きていく智慧を忘れないように工夫してきたともいえます。

もともと自然界の中で、一人で生きていくにはあまりにも脆弱なつくりである人間がみんなと力を合わせることで厳しい中でも生き抜いてくることができました。言い換えれば、人間の本能の中に人と一緒に暮らしていくというものが刻まれているともいえます。

まず一家を形成して、その後、大家族を形成していくというのが人間の発展です。

そのために一家が仲よく協働作業を通してあらゆることを一緒に行うために思いやりを学び、そしてその中でそれぞれの個性が活かせるという幸せを育むのです。

一家というのは、言い換えれば運命共同体であり、共に協働作業をしていくためのかけがえのない仲間であるということになります。しかし今の時代は、本来、ありえるはずのない歪んだ個人主義が蔓延し、家族という定義もまた変わってきているように思えます。

それぞれが自立ということが他人に迷惑をかけないで自分のことは自分でやるということなってしまうと協働作業するよりも単独作業で効率を優先した方がいいということになってしまいます。

しかし実際に社會の中で生きている人間にとって一人で生きていけるわけでもなく、貨幣に頼っていけるのは貨幣が使えているときだけで実際にもしも自然環境が大幅な変化や食糧難の時代に入れば本来の家族主義に人間は必ず回帰していくはずであると私は思います。今の社會システムは金融を中心にした仮想のものですから物が潤沢にあるときはいいのでしょうがそうでなくなればすぐに崩れるものだと思います。

もともと幸せというものは、そのものが自然の中で安心して暮らしていける状態をいうと思います。自分がどういう時がもっとも安心であるか、それは一家を形成し、大家族の中で自分の存在が認められ共に生きているときでしょう。

運命共同体というのは、御互いに生きていくために必要であるということです。そのために常に協働作業の楽しさ、協働作業の有難さを実感していることが本来の仲間作りであり仲良くなるためのコツだと思います。

一見、効率や効果が低いような協働作業も、心を通じ合わせる時間を一日に一度持てるというだけで家族の存在、一家の存在に支えられているという安心感や勇気をいただけるのが人間です。

だからこそお互いのためや思いやりを優先でき、安心することができるのでしょう。協働作業をたくさん行うことで一家が産まれ、村が産まれ、国が産まれ、世界が産まれたと思えば、共に暮らしていく仲間とは協働作業をする仲良したちということでしょう。

流されてつい一人で何でもできることが良いという価値観に刷り込まれそうになりますが、どんな社會を遺していくか、未来のために自分の協働観を育てていきたいと思います。

 

本来の子育て観~風土と薫育~

本来、国々にはその国々の子育て観というものがあります。明治維新以降、教育ががらりと変化してかつての教育とは一線を画してしまいましたが1600年~1800代の頃の江戸の子育てを調べていると私たち日本人の子育て観の根がどのようなものであったのかを理解することができます。

かつてロシアの海軍士官ゴローニン(1776~1831)は、日本を「子育て上手の先進国」として賞賛しました。

また平戸商館長を務めたフランソア・カロン(1600~1673)はその著書(大日本王国志)の19章の中で下記のように日本の子育てについて記しています。

『日本人は、子どもを注意深く、かつ優しく育てる。たとえ一晩中やかましく泣き叫んでも、ぶったりすることはほとんどない。辛抱と優しさをもってなだめ、悪口を言ったりしない。子どもの理解力はまだ発達しておらず、理解力は習慣や年齢を重ねることにより生まれるので、優しさとよい教育によって導かねばならないと日本人は考えている。7歳から12歳の子どもたちは、驚くほど賢くかつ温和であり、彼らの知識・言語・応対は老人のように成熟し、オランダではほとんど見られないほどである。丈夫に成長していても7歳から9歳までの子どもたちは学校に行かない。この年齢では就学してはならないとされ、彼らは遊び友達の集団に入り、勉強の代わりに元気いっぱい遊ぶ。学校へ行く年齢に達すると徐々に読書を始めるが、決して強制ではなく、習字も楽しんで習い、無理にさせられてはいない。常に名誉欲をもたせ、他に勝るよう励ます。短時間に多くを学ぶことにより、本人や一族の名誉を高めたほかの子どもの例を示す方法により、子どもたちは厳しい苦痛による方法よりも、さらに多くのことを学ぶいう』(大日本文明協会編『欧米人の日本観』より抜粋)。

欧米人のそのころの教育とは子どもを鞭打つことであり、文明が栄える先進国の教育とはそのようなものだという思い込みがある中、読み書きができ高い判断力を持ち文明が進んでいる国々の中で子どもを鞭うつ以外の教育でこのように発展している国は見たことはないと讃嘆しています。

周囲の大人がどのような姿を子どもに見せていたか、そしてその大人たちの生き方が子どもたちにどのように影響を与えていたのかが想像できます。子どものお手本人なる大人たちの道徳観が子どもに薫育していたのでしょう。

この徳をもって育てるという風土と文化が二宮尊徳をはじめ、その後に活躍する偉人たちを育んだのではないかと私は思います。

また最後に1775年から一年間在日したスウェーデンの植物学者であり医師でもあったカール・ペーテル・ツンベルクは見聞したことを述べています。

「日本人が其児童を教育するの状は賞賛にせり」と、日本の児童教育を絶賛している。彼は、手習所の教育方法について、師匠が生徒に歴史上の人物の偉業を歌にして教え、生徒が成長すると日ごろ目にする善行を奨励する。彼らは決して生徒を鞭打つようなことはせず、ヨーロッパのような過酷な罰は与えない。公立の学校(手習所)でも読み書きを教える。たびたび学校を見学したが、生徒は騒がしく、ツンベルクらを追いかけ、オランダオオメ(「青目」か〔注・大石〕)と叫んだという。」「欧米人の日本観」(大日本文明協会より)

自由闊達な校風の中で、御互いの善いものを引き出しているのも想像できます。以前、私がオランダの教育を視察しコンサルティング会社の経営者と話をし講演を拝聴していた時に観た一枚の写真に衝撃を受けました。

それは寺小屋の白黒写真でしたが、如何にそのモデルをヨーロッパが参考にしているのかを実感しました。今の日本は自分たちの子育て観はなおざりにして西洋のものが良いと信じて取りいれていますがまず自分たちがどのような子育て観を持っているのかを考え直してその根を確かめることが先ではないかと私は思うのです。

今の自分をどのように先祖たちは育ててくださったのか、その恩徳を偲びその伝承された祈りに報いることで自分たちの使命もまた再確認できるように思います。大事なことは知ろうとはせずに何でも取り入れるような根無し草のような学び方をしないように慎重に丁寧に学び直していきたいと思います。

社會徳

ここ数日、社會に関することを書いていますがそもそも社會をつくる仕事とはどういうことかということを掘り下げてみます。

そもそも社會というのは、人間が一人以上存在する中で成り立つものです。もし無人島に一人で生活するのなら、別にそこに社會は必要ではありません。当然、生きていくためには人間以外の生き物たちといきていきますから広義でいえばそこにも社會はあるとしますが今回は人間社會ということにします。

つまり人間が一人以上になれば社會を形成しますから、社會を形成するというのは人格を形成するということです。人格を形成する必要があるのは、そこに道徳がなければお互いを尊重し合うことができなくなるからです。道徳とは自然の一部である自覚のことです。

先ほどの無人島であっても、人間がもしも道徳から外れるならば島にあるものを全て殺傷し搾取し、あっという間に島の生物たちが死滅してしまいます。そうするとその人間も終には死んでしまいます。そこに人格が形成されれば、社會を活かそうとし周りを助けて自分も共に生きて貢献する道を選んでいくはずです。そうすればお互いに長くその島で幸せに暮らしていくことができます。

このように社會を形成するというのは、その人格を形成するということです。そしてこの人格形成というものが私にとっては教育の本義です。教育とは社會を形成していく人材を育てていくために行うものでしょう。つまり見守る=保育に対して、人格=教育というのを根底に持つのが本来の日本人の民族性からの言葉の意義でしょう。

それを忘れていくら難しい議論を戦わせても、結局は欧米文化の枝葉を揺さぶっているだけで自分たちの持っている日本人の精神を活かしているわけではないのです。

話を戻せば、社會というのは道徳によって行われるときもっともお互いを尊重し合う平和で豊かなものになります。そのためには、人間から道徳をどう引き出していくか、道徳をどう高めていくかということが基本になるように思います。

孟子は、惻隠の情といって人間はもともと善であるという言い方をしました。この善は善悪の善ではなく、そもそも天が与えた天性と天命を持っているという意味での善であると私は定義します。

そういう天の化身が人間なのだから、天の真心を持つ人間から道徳を引き出していけばいい、政治はそうあるべきであると説いているように思えるのです。

だからこそ如何に道徳を引き出していくかは道徳を教えることではなく、その人を信じて見守りその人の善いところを認めて褒めて表彰していくことのように思います。

二宮尊徳は、徳に報いるという言い方をしました、報徳のことです。人間には誰にしろ必ずその心身に徳を享受されている。その徳を引き出し報いようとすることに社會の社會たる価値があるのでしょう。

如何に社會に徳を引き出していくか、ここからが新たな挑戦です。