地域の目覚め

明治時代以降、税金で国家の問題を解決するという仕組みが入る前は人々はみんなで義援や奉仕、寄贈などの協力によって物事を解決してきました。例えば、その地域地域の伝承を調べてみたら川の氾濫を止めるために堤防を築いたり、石橋をつくったり、そのほかにも津波の対策をするために松を植えたりと、その土地の庄屋を中心に、地域の有徳の士がそれぞれの場所で協力して地域の課題を解決してきたことがわかります。

現代は、行政や国家の問題になっていますからほとんどが市役所にクレームを入れて解決しようとします。その市役所も、資金と人手不足から全部にこたえることはできませんから課題が山積みのままに素通りするしかない状態も増えてきています。

本来は、市民がみんなで協力し合って課題を解決すればそれはその土地への愛着や取り組んだことへの誇りもうまれ、その地域はますます課題を通して善い土地へと変化していくものです。しかし、この税金を払っているのだからやるのは当然のような感覚や、歪な作業分担などの意識から一切自分たちでやろうとはせず、また行政側も面倒なことを言われないように責任を被らないようにとあの手この手で避けているから悪循環が続いているのです。

クレームを言い合い、さらにそれを規制でコントロールする。こういうことをしているからかえって柔軟性がなくなりお互いに寛容な気持ちが薄れて動きずらくなりつまらなくなっていく。近代の日本のとってきたこの税の仕組みをそろそろ見直す必要を感じます。少子高齢化で人口減になっているからこそ、このままの仕組みではどうにもできなくなります。

江戸時代前の仕組みをもう一度よく検証して、そのころにどのように人々が協力して支えあって相互扶助の仕組みを働かせていたか。徳治によって、地域を見守ってきた有徳の士の背中をまた教育によって思い出させ、一人一人の自立を促すことが近道だと私は思います。

ある意味での投資や奉仕、寄付や寄贈、義捐は、まわりまわって大きな利益になっていくものです。つまり徳は得にもなり、損は徳で得になるのです。長い目でみてその事例が発生することを学び直すことで地域の目覚めも進むとおもいます。

身近なところ、弱いところ、小さなところから改善していきたいと思います。

義徳金

義捐金という言葉がります。震災などでみんなが寄付して集めつときにこの義捐金という言葉が使われます。なぜわざわざ「損」という字を用いるのか、疑問に思っていたので少しだけ深めてみようと思います。

この義捐をウィキペディアで調べると『「義捐」(ぎえん)は明治時代に作られた和製漢語である。「義」は、正しい行い、もしくは公共のために力を尽くすことを意味し、「捐」は、捨てる、捨て去るの意である。すなわち「義捐金」は、正しい行いのため、公共のために捨てる金を意味する(イスラームにおける喜捨相当)。戦後の国語改革で「捐」が当用漢字に採用されなかったため、「義えん金」と混ぜ書き表記した。現在はほとんどのメディアで「義援金」という表記が見られるが、これは新聞協会による独自の基準で定めた代用表記である』とあります。

また参考にされるのが夏目漱石の「吾輩は猫である」の中の「義捐」という言葉です。そこにはこう使われます。

「主人(苦沙弥先生)は黙読一過の後、直ちに封の中へ巻き納めて知らん顔をしている。義捐などは恐らくしそうにない。せんだって東北凶作の義捐金を二円とか三円とか出してから、逢う人毎ごとに義捐をとられた、とられたと吹聴しているくらいである。義捐とある以上は差し出すもので、とられるものでないには極まっている。」

義捐とは、差し出すものという意味になる。現在の義援は、援けるという字が使われるのは自分の方が援ける側であるという自覚で義援するものです。しかし、少し前までは自分が損をするということを義捐とします。これは結構、感覚が異なるのは想像してみればわかります。

義援は援助できるところまでに対し、義捐は損ができるところまでということ。この援けるという字と損するという字、意味が完全に異なっています。

私はこの「損」をするという字は、悪い意味に思っていません。みんなで損をする、言い換えれば「徳」を積もうということになるからです。それを言い換えれば、義徳金ともいえます。

損をするというのは、自分の大切なものを差し出していくことです。現代は、得に対しての損といった相対的な損になっていて、みんな損はしたくないと思うようになりました。損することがもっともよくないことのようにも語られ、正直者が損をするとまでいいます。

しかし果たしてそうでしょうか。

本来は、損をすることは徳になります。まずは自分から損をして徳を選んでいく生き方、本来の子孫たちへのよりよい社会のために自分から損を選んででも徳を積んでいくような生き方。そういう義徳がこれから必要だと私は思うのです。

義徳金というものを、これから徳積ではじめようと思っています。

みんなが損をする覚悟で、世の中のために徳を積むのならきっと未来の子孫たちに偉大な財産を譲れます。まさに、情けは人のためならずのことわざ通りに必ず巡り巡ってその損は自分や家族に還ってくるからです。

改めて、この時代の価値観を毀すような実践を楽しんでいきたいと思います。

大和言葉の情景

室礼(しつらい)という言葉があります。私もよく古民家をしつらいする機会がありますが、これは和語であり大和言葉の一つです。この大和言葉は、ブリタニカ国際大百科事典によればこう書かれます。

漢語や外来語が入る前から日本語にあった単語をさす。「和語」 (古くは「倭語」) ともいう。狭義の国語。日本語の基礎語彙の圧倒的多数がこれで,単語の音形は短く,「手」「雨」などのように1~2音節から成り立っているものが多い。ただしこれらの基本語が合成したり,接辞が接合することにより3音節,4音節といった合成語,派生語がつくられる。なお「大和言葉」が,おもに中古語に基づく雅語をさしたり,和歌 (やまとうた) をさしたりすることもある。

今では、漢字だけでなく、英語なども混ざっていろいろな言葉を私たちは使いますが、その中に私たちは気が付くと日常の中で自然に大和言葉をいくつか使っているのがわかります。

例えば、夕暮れ、せせらぎ、心遣い、こういうものもまた大和言葉です。どこか自然と情緒を感じさせるもの、配慮や思いやり、真心や優しさ、つまり真善美を感じます。

現代では私たちはいろいろな言葉を知らず知らずに使い分けます。「ありがとう」は大和言葉、「感謝」は漢語、「サンキュー」は英語です。場面場面に合わせて、その言葉を使い分けているのです。

そう考えてみると、大和言葉を使うときはどうするか。

私たちは「ありがとうございます」、「感謝します」、「サンキュー」では用途を分けていると思います。少しの言葉の使い分けですが、それだけ配慮の仕方を変えているということです。

私たち日本人は情緒豊かな風土の中で、情緒を磨き上げていきそれを言葉にしてきたということでしょう。この大和言葉を使うことで、どこか懐かしい日本人の情緒や情景が浮かびます。自然やいのちを尊重して、大切にしあっている関係が大和言葉を使うたびに出てきます。

先ほどの室礼では、飾るではなくしつらえるという言葉に日本人の情緒を深く感じます。日々の暮らしの中で、日本の情景や情緒を磨きつつ日本人らしい生き方を伝承していきたいと思います。

 

暮らしフルネスが始まる

最近、時代のスピードが急速に増して生きているときには観れないだろうなと諦めていたことが身近な景色で顕れてきています。どうせわからないと、半ばあきらめながらも舞台だけはと取り組んできたことが新しい常識に組み込まれはじめています。

未来が今になっていく感覚は、今までで今が一番大きく感じています。

私は、もともと子どもに興味があるのは私自身の中に変わることのない子どもがいるからです。その子どもは、魂と言ってもいいかもしれませんが純粋にこの世で保育されていることに仕合せを感じて豊かさと幸せを味わっています。

私たちは本来、どんな人も生きているだけで価値があり、この世に同じ空気を吸う人としてかけがえのない存在です。そんな当たり前な世界で、魂は存在して日々に自然に磨かれ淘汰され光り輝き安らぎを得ています、

そこに何らかの制限をかけて別の人生を与えていくのが刷り込みであり、環境であることは歴史を見ればすぐにわかります。縄文時代には、暮らしそのものが澄み切っており私たちは数千年もその喜びを感じていました。それがここ2000年弱で、暮らしが失われまるで何かの生産機械のように一つのことのために使役しています。

生きているという実感は、本来は何もない中にあり、その何もない中にはこのいのちを自然に紡ぐという当たり前の暮らしの中に無がありました。その無を楽しむというのが私のいう暮らしフルネスの本義であり本質です。

物事には本質があるように、事実にも原点というものがあります。

時代の節目にあり、今こそ、その原点に立ち返りみんな気づいて動き始めなければなりません。それは子どもの未来の話になるからです。子どもとは、未来のことです。未来をどうよりよくするかは、今の世代の本当の使命です。そのために私たちは今を生きているのです。今の私たちの生活があるのは、先の代の人たちの配慮であり、生き方であり、信じた現実です。それを修正し、改善し、さらに遠大な未来を描くのは始祖からの想いを継いでいくことです。

暮らしフルネスはいよいよこの時代に始まります。

想いを大切に誇りを見守る

人には様々な「想い」というものがあります。その想いを受け継がれていくことで、ますますその人たちの想いが豪壮になっていくものです。最初は小さな想いでも、それが積み重ねていけば次第に大きくなっていく。その想いを穢さないように、その想いを育てて見守っていくように誇りがあります。

よく物事を観察していると、誰にしろ大なり小なりの想いがあります。その想いに引き寄せられて、その想いを受け継ぎ、その想いの一部を担います。想いの連鎖は、時間を超え、場所を超え、それが人の想いを通して結ばれていくのです。

まるで伝言ゲームのようですが、一つ異なるのはそこに大切な想いを扱っているという自覚と、その想いを守りたいという願い、そして想いを信じて実践してきた祈りのようなものが入っているのです。

できるだけ正確に、そして以前よりも磨いて次の方に受け渡していきます。その想いを粗末にしないように、粗末にされないようにと細心の注意を払います。つまり、想いに対する配慮をしていくのです。

現在、古民家甦生でいろいろな事情で空き家になったところを引き継いでは甦生させています。しかしその空き家といっても、そこにはそこで生活をしてきた人たちの大切な想いが詰まっているもので特に長ければ長いほどにその想いは醸成され強いものになっています。

その想いがあるゆえに、簡単には片づけられないこともあるのです。特に想いを無視するような無配慮なことがあれば、誇りをもって対応するでしょう。その誇りは、損得度外視で「想い」を大切にして判断するのです。

誇りというものは、「想い」と連動しています。どんな想いを持っていたか、それは目には見えなくてもその想いを受け継いだ人にはとても大切なことなのです。現代の物質文明では、想いなどというものは目に見えないものですからお金で解決したり簡単に事務処理で片付けようとします、しかし、想いを持っているからこそ生命があるのであり、単なるモノではなくなります。そこに一つのいのちが存在するのです。そのいのちが壊れないようにと想いを大切にしていくのです。

またその想いが働き、想いに人は集まってくるのも事実です。

想いを粗末にしないように、想いを大切にするような配慮を私自身も気を付け、丁寧に真心をもって接していきたいと思います。

藁葺古民家の甦生~白蟻被害~

現在、藁ぶきの古民家を甦生していますが大半の木材が白蟻に食べられていてとても難儀して工事を進めています。外から見ても、そこまでは感じなかったのですが室内のクロスや板を剥いだら家中のほとんどに白蟻による食害がありました。

十数年の空き家で湿度が高く、人が住んでいないため窓を開けることもなく風通しの悪い家に白蟻が来ればほぼ家は壊れてしまいます。まさかと思うような立派な柱や梁までもスカスカになるほどに白蟻は木材を食べつくしていました。

この白蟻は3億年以上前から地球にいることが分かっており現在、世界で確認されているだけでも2,000種類以上ものシロアリが存在するといわれます。その中で日本に生息するシロアリは、およそ22種前後だと言われます。その中でも家屋に大きな被害をもたらすシロアリは、ヤマトシロアリやイエシロアリです。

ヤマトシロアリは、日本でもっとも生息数が多く家のシロアリ被害の80~90%はヤマトシロアリだと言われます。このヤマトシロアリは土壌性の白蟻で土の中や湿った環境が好きで被害は床下に多く生息しています。特徴として巣を作る能力がなく餌場にそのまま住み着き、天井まで被害が及ぶこともあるといいます。

またイエシロアリは木造の建物だけでなく、コンクリート造の建造物、立木に対しても被害があります。特徴として食害に遭っている場所に巣を作ることはなく、別の場所に大きな巣を形成するといいます。そして一つの巣には100万匹以上にのものもできるとし、被害速度が甚大だといいます。

まだ専門家に見てもらってみませんが、見るからにイエシロアリの食害ではないかと思えるものです。立ち木、梁、その大きなところをあちこち食べられていました。

この白蟻の餌は、木材のセルロースです。通常は分解できない木材のセルロースをお腹の中の微生物で分解してもらい栄養を確保しています。他にもこのセルロースを栄養源として利用する動物に牛がいます。牛は胃のなかにいる微生物がセルロースを糖に分解して栄養にします。こうやって共生関係を維持することで通常は食べれないものを分解して栄養をお互いに与え合っているのです。

白蟻の弱点は、紫外線や乾燥になります。水分がなければ、生息環境に適していませんから繁殖することが難しくなります。家を手入れしていてわかるのは、カビが生えないような環境が重要なのです。

高温多湿の日本の気候風土だからこそ、風を通し、また火を焚き水分を除き、煙で燻して木材が腐食しないようにする。これらのことで、本来は家の中に湿気がたまらずにカビないように工夫したのです。

甦生するのも大変ですが、これからまた白蟻が来ないように予防することも必要です。期間が短いですが、どこも手を抜けませんから日本の未来の甦生、子どもたちに引き継いでいく文化のためにも、丁寧に丹誠を籠めて取り組んでいきたいと思います。

 

 

古墳から学び直す

私の郷里にはたくさんの古墳が出土しています。石炭を掘った関係で、あちこちから古墳が発見されていますがその出土品からはその時代の暮らしや文化を感じられます。この古墳(こふん)とは「古い墓」「古人の墓」のことをいいます。

その中でも大きな古墳は石を積み上げ山を削り土を盛り上げ墳丘にしているものもあります。その内部には鏡や刀などが納められていて地域を治めていた王や力のあった人のお墓もあります。

この古墳の出土している時代を総称して古墳時代といいます。ブリタニカ国際大百科事典にはこうあります。

「考古学上,日本において弥生時代に続く時代をいう。この時代には壮大な墳丘をもった墳墓,すなわち古墳が全国各地に造られていたので,それが時代の名称となった。その始まりと終末は明確ではないが,一応3世紀末ないし4世紀初頭頃から飛鳥時代,すなわち7世紀頃といわれている。この時代は巨大な古墳や,そこに埋蔵された多様な副葬品などから考えて,権力や富の集中があり,やがて小国家の発生から統合された一つの国家へと発展していったと考えられている。その中心である畿内から勢力が全国各地へ広がっていった過程の研究にも古墳が重要な資料となる。また,その副葬品から,前の時代にも増して大陸との交渉が盛んであり,日本の古代文化の形成にとって中国,朝鮮の影響が大きかったことがわかる。」

ちょうど3世紀末から7世紀ころ、約300年~400年間くらいはこの古墳をつくり生活をしていた時代ということでしょう。郷里の王塚古墳からは、前室からは古墳時代の代表的な土器である「土師器」「須恵器」、「鞍」「輪鐙」「杏葉(ぎょうよう)」などの馬具類。また鏡とともに「管玉(くがたま)」「棗玉(なつめだま)」「切子玉(きりこだま)」「小玉」「耳環(みみわ)」「銀鈴(ぎんれい)」などの装飾品。そして、鉄製武器・武具としては「大刀」「鉾(ほこ)」「刀子」「鉄鏃(てつやじり)」などの武器や「挂甲(けいこう)」(鉄製の小片をとじあわせて作られたよろい)の小札(こざね)なども副葬されています。

ここから想像するに、馬を使い武器も持ち、装飾品を身に着けて土器類を用い暮らしを営んでいた人がいたことがわかります。墳墓も一説によれば、水田を掘り起こすときの残土を盛り上げたところを墓にしたともいわれます。大きさや高さからその権力の威勢を見せたのかもしれません。それだけの労働力と財力を持っているということで人々は安心してそのコミュニティに属したのかもしれません。民を守るということに必要なものだけが墳墓の中で一緒に副葬されたのかもしれません。

仏教が伝来し、またそれまでの権力を示す形が憲法や法律などにかわって古墳もなくなっていったといいます。

歴史は、今にもつながっていて私たちが忘れているだけでいのちは一つの大きな時のつながりのなかで育まれています。今の私もまた古代時代を生きた先祖の末裔であり、私の遺伝子や血肉、精神や魂にその記憶は刻まれています。

好奇心を失わずに、先祖への畏敬を持ち、現在からどのように未来を築くのかを学び直していきたいと思います。

例大祭の御礼

昨日は無事に例大祭を執り行うことができました。深いご縁のある多くの方々にご参列いただき、祈願後、とても神社や周囲が光り輝いて甦生しておりました。いのりの力は偉大で、こうやって人々の真心がご神体そのものを磨き光らせることを知りさらなる精進をしていこうと真心に帰しました。

コロナウイルスで集まれないからこそ、神事を大切にみんなでこの困難を支え合い乗り越えていくことを祈願する。まさに、人類はこうしてみんなで祈りを捧げて結束を強め結びつきや絆、真心によって道を拓いてきたことを実感します。

確かに具体的な予防をしていくことも大切ですが、禍を転じて福にしていくという生き方そのものが人類の未来を明るく希望に満ちたものにしたのでしょう。

この祈りの日を忘れずに、この一年も丹誠を籠めて祈りを捧げていきたいと思います。

思えば、私たちは日常の中でさまざまな出来事によって感情や心が波立つものです。これは雲一つなく風もないうららかな快晴の日であったものが、大嵐が来て強風が吹き、雨や霙などが降ってきて大荒れの日であるかのように変化しています。

時として、災害級の出来事もあれば、また平穏無事な日々を過ごすこともあります。まさに天気や天候のように、私たちの心情もまたこのように変わり続けている存在なのです。

その時、私たちは穢れといったものを引きずることがあります。それはネガティブな感情や不安などをずっと抱えていくようなものです。天気や天候は、自然に恢復していきますが人間の心情はなかなか自然のようにはいかないものです。自然が私たちを守ることもあれば、厳しく戒めることもあるなかで私たちは偉大な見守りの中にいて生きています。

つい忘れかけてしまう、生かされていることの有難さや満たされていることの仕合せを穢れを祓うことによってさらに善いものへと甦生させていくことが私たち人類の修養になっているように思います。

お祀りは、この魂を磨き心身を清め、真心で素直に明るく生きていくことを私たちに諭してくれます。日々に精進し日々に修養する、人格を育てていくことで自然と一体になり和することでこの世で記憶を鮮明に甦生するのです。

来年の例大祭に向けて、また新たな精進と修養に励みたいと思います。

危機に備える暮らし

現代は、より不確定な時代に入っています。コロナだけではなく、ここ十数年、震災にはじまりあらゆる自然災害が発生しやすくなっています。また南極の氷が融けては世界の海の中の水量が代わり、流れも変わり、そしてその水の力で地球全体の変化は進みます。

その時、私達人類は今までのように計画を立ててその通りにやっていくということが難しくなっていくのです。つまり、自然が安定していた時はある程度、人間の好きなようにできる都市をつくり限られたところで自由自在に謳歌できましたがこれからは自然の変化と向き合いながら歩んでいく時代に入ったのです。

もともと環境問題の話は数十年前から出ていましたが、それは経済活動をしながら少しだけ環境に配慮しようとした慈善事業的なものでしたがこれからはそんな場合ではなくなって激しい自然環境の変化の中でどのように人類は生き延びていくのかということに向き合う時代になったということです。

当たり前のことですが、人類は今までもそうやって大自然の恩恵を受けながら、厳しい大自然に洗礼を受けては許しを得てここまで生き延びてきました。別に終末思想などを言っているわけでもなく、歴史を省みればそうやって人類は何回も絶滅の危機を乗り越えて生きてきました。

絶滅の危機を省みると、それは突然にやってきます。まさかこの平和や安定が突如失われるなどとは誰も思いもしません。しかしそういう時がもっとも危機の前兆であり、私たちは備えることに油断している状態であるのです。

言い換えれば、自然に向き合うことをやめてしまう、もしくは自然から離れてしまう。その時こそ、本当の危機が訪れているということなのです。

時代が時代なら、この危機に向き合い人類はどうやってみんなで生き延びるかを世界で対話をして解決に向けて協力していかなければなりません。いつまでも国家間の争いをして、常に比較や価値や評価を競いあってみても大自然の前ではひとたまりもありません。

極端なことをいうのではなく、だからこそ危機に備える必要を感じるのです。先人たちの暮らしをよく観察すればするほどに、日ごろから危機に備える仕組みを醸成していたのがわかります。たとえば、結に見られるような助け合い支え合いの仕組みも暮らしの中で醸成していました。

ひとたび自然災害が来たら、その先人たちの暮らしが大いに役にたつのです。別に私は都会暮らしか田舎暮らしかを論議するのではなく、生き残るために何が必要かということを暮らしフルネスで提案しています。

その時が来ては遅いからこそ、今からやる必要があるのです。平時ではなく、有事に備えてこそ人類は協力し自律し合う関係が築けると思います。

子どもたちのために今できることを真摯に挑戦していきたいと思います。

心のパートナー

昨日、久しぶりですがオンラインで同志とこの一年の振り返りや話し合いを行いました。仕事も一緒にしながら理想に向かって挑戦を続けてもう7年目になります。色々な仕事をしてきましたが、理想を共にできる関係を築くことは簡単ではありません。

理想があるというのは、そこには非常な艱難辛苦もありお互いに苦労を分かち合いながらもあらゆる課題を心も持ち方を磨きつつ、創意工夫をもって乗り越えていきます。

片方が諦めても、もう片方は諦めない。そういった、お互いに同じ方向を向いて同じ目的に向かって挑戦するときにはじめてパートナーという関係が結ばれるからです。しかしそのパートナーは、決して頭で理解できるものではなく不思議なご縁によってのみ結実します。そこには天地人の縁が必要です。この天地人は、天の時、地の利、人の和、そしてご縁です。

人はいつかは必ず死にます。

この世で生きている時には、できるだけ一緒に様々なことに挑戦をして共に魂を磨き合い輝かせます。そして死してからも魂は共にしますが、そこにこの肉体は存在しません。頭で思考することもなくなります。ただ魂だけが残るのです。

だからこそ、この一期一会の瞬間を丁寧に丹誠を籠めて理想に向かって共に歩んでいく醍醐味があるのです。

昨日、彼らと話をして改めて振り返り気づいたのは私はこのコロナでこれからの時代の生きる力としてもっとも大切なのは「心の持ち方」を創っていくことだと思います。

本来の教育とは何か、教育の原点とは何か。それはこの「心の持ち方」を与えることだと実感するからです。どんな時でも、好奇心を持って楽しいものを見出していく力。人生の中での希望は、この一生を歩んでいくために最大かつ至高の座右です。

希望あるところに人は活き、絶望することで人は亡くなります。この世で、私たちが様々な艱難辛苦を味わう時、魂は磨かれますがそこで絶望すれば魂は衰えてしまいます。そんな時、希望を持てばまったく異なる世界が現われ真実に導かれていくのです。

つまりこの世は、その人の心の持ち方、心からの観え方次第で、どうにでも変わってしまうということなのです。そうやって私たちは、禍を転じては福にし続けてこの世を美しく豊かにしていきました。

人の心は、この不思議な効果や奇跡を自覚していてまさに心の時代に必要な素養であり、まさに今こそこの心の持ち方を学び直すことだと私は感じます。

心は私たちの大切なパートナーです。

そのパートナーと一緒に、心の持ち方を換える豊かさを追求しつつ新たな時代の幕開けを共にしていきたいと思います。