五徳の場

私はよく火鉢を用いて火を熾しますがその中に「五徳」というものがあります。現代の人はあまり見かけることがないと思いますが、鉄瓶や鍋などをのせてお湯を温めたり料理をする際に用いるものです。

その形状が〇に足がついたもの、それが逆さになって爪のようなものが3本~5本くらいついたもの、色々とありますがとても五徳という名前になるようには思えないのです。

そこで少しこの五徳について調べてみました。

まず、山田宗徧という方が書き記したの「茶道要録(ちゃどうようろく)」に仏書にある自在徳、熾盛徳、端厳徳、名称徳、吉祥徳、尊貴徳の六徳があり、その自在徳を除いたことで五徳を由来とするとあります。

この自在徳というのを除く理由は、この五徳という直接火鉢や囲炉裏の中においてある五徳では重たいものや重心のバランスが取れない、火加減を調整するのが難しいなどがあり自在鉤というものが発案されたことからだそうです。

この自在鉤というのは、ひょっとしたらどこかの田舎の古民家で見かけたことがあるかもしれませんが天井から鉄棒や竹などを吊るし鉤のところに鍋などを引っかけて上下に調整して使うものです。五徳を使わないところではこの自在鉤がありますから、本来の六徳であったものの一つを取り除いたから五徳となったということです。

そもそも私はサウナをつくった時にも感じましたが、茶室の源流は仏教にあると確信しています。また五行の徳といって算命学では万物は五行(木・火・土・金・水)で成り立っていると信じられてきています。具体的には、木が福、火が寿、土が禄、金が官、水が印です。順に行けば、幸福、寿命、財、名誉、智慧です。この5つの徳を調和させ一度に活かす場所、それが囲炉裏であり火鉢なのです。

私は日々に火を熾してその徳を磨き、徳を高める実践をしますからこの五徳は常に意識しています。そう考えると、むかしの人たちはこの囲炉裏や火鉢によって心を整え、五徳、もしくは六徳を実践してきたのです。

今回、新たに手掛ける徳積堂はこの五徳と火鉢が茶堂の中心に据え置かれます。千利休がもしも生きていたら、この世の中の心の荒みをみてどうするだろうか。私は千利休ではありませんがきっと私のやっていることに深く共感してくれるのではないかとも信じています。

引き続き、暮らしフルネスの中心にこの五徳があることを念じ、徳積の活動を真摯に取り組んでいきたいと思います。

制限のチカラ

昨日、引っ越しに伴い東京でともに暮らしてきた植物たちの土と鉢の入れ替えを行いました。東京の温室育ちの植物たちは、急に田舎の環境に適応できずに葉っぱが少し日焼けしたり、弱まったりと大変そうでした。

今回、新たな場所で新たに共に暮らしを営んでいくことになりますから変化と成長に合わせてステージも場もブラッシュアップされていきます。

鉢を植え替える際に、思うのですが植物たちは鉢の大きさに合わせて身の丈を決めていきます。根回りを制限し、どの程度の大きさになるのかは鉢のサイズが決めているとも言えます。

他には土の状態がいいかどうか、どれだけ栄養を吸収できるか、水分がどれくらいあるのか、それを確かめながら大きさや形、さらには枝の細さや葉の量までコントロールしていきます。

観葉植物は基本は日陰を好みますが、高い木々のなかで鬱蒼と茂った熱帯雨林の中のにあり風通しと水はけのよいところを求めます。明治神宮などは、大量の樹木がひしめき合うように共生していて高い木々の下には大きさを制限かけながら成長している植物たちが存在していました。

この制限というのは、外側からかけるものと、内側からかけるものがあります。そして自然の制限と人工的な制限というものがあるようにも思います。自然の制限は、成長を自主自律して協力し合うチカラ、人工的な制限は成長を思い通りにコントロールするチカラのことです。

同じ成長といっても、自然に育つのか、何かに育てられるのかでは育ち方が異なります。この育ち方こそが、生きる力に大きな影響を与えますから本来の教育は何が必要なのかを自然の姿から感じるものです。

植物たちは本来、生きる力が強く自然の制限の中で逞しく生きていきます。

制限は敢えて成長するための養分です。

その制限を外すのも、活用するのも、また協力するのも自分自身の生き方が決めます。場所が変わるということは、制限が変わるということです。新たな時代、新たな場所でどのように生きるのか、人類は今、試されています。

子どもたちの未来にいつまでも大切にしたい真理を伝承していきたいと思います。

暮らしフルネスの本当の価値

現在、働き方改革でオフィスをなくしていく会社が増えています。そもそもこのオフィスとは何か、オフィスをなくすとは何か、深める必要があると私は思います。私たち日本人は古来から、職住一体型の生き方をしてきた民族です。暮らしの中に働くことがあり、私たちは仕事のために働くのではなく暮らしの一部として働いていました。

オフィスがはじまりサラリーマンになり、なんとなく会社に行き仕事をして給料をもらうことが目的のようになっていますが本来はみんなで協力して楽しく豊かに稼ぎ暮らし通して世界人類をはじめ自然と共生してみんなが仕合せになるために働きました。

改めて少しこの辺を整理してみたいと思います。

例えば、私たちは小さいころから学校というものに通いはじめ学校で勉強を教わってきました。しかし学校を卒業したらそれまで義務教育のように誰かが教えてくれる環境や管理される環境がなくなりますから自分で学問を深めていく必要が出てきます。

私も最初に学校というところを卒業してから、それまでの学びと実社会に出てからの学びが全く別物であることを実感しました。勉強をするのではなく、学問を深める。言い換えれば、手段としての勉強ではなく目的としての学問、つまりは道に入るために道を見出し、道を歩み、道に達するための学び方に換わってくるのです。

そうすると、1週間で2日が休みだから何もしないとか、夏休みだから仕事をしないとかそういうレベルの話ではなくなります。このブログのように日々に休むこともなく、道を探求して歩みを続けていくのです。それは学問を楽しみ味わい、一度しかない人生に導かれながら道を切り拓いていくという生き方と暮らし方に転換されていくのです。

そうやって日々の暮らし方が換わっていくとすべての日々の仕事は「ライフワーク(天職)」になりそして人生の目的は「ライトワーク(魂を磨く)」ことになります。そして真の自己の人生そのものを真摯に歩むこと自体が丸ごと世の中のみんなの仕合せそのものつながっていくという境地に入るのです。

そうすると日々は常に学びそのものであり、暮らしはすべて感謝そのものに換わっていきます。学校にいくから学ぶのではなく、学ぶ場のすべてが学校になるのです。つまり自分のいる「場」が人生の道場と化すのです。

私が言うオフィスをなくすというのはこのことに似ています。つまりオフィスをなくすというのは、それまでの仕事をやめて暮らしそのものにするということです。暮らしを豊かに仕合せにすること、暮らしフルネスともいいますがそこは自他一体、すべて分かれているものがない一円合一されている状態になっているということです。

自分の日々の生き方がまさに働き方になり、それが暮らし方として世の中を仕合せにする=暮らしフルネスなのです。これは人類が本来あるべき理想の姿であり、私たちは協力して自律し合ってはじめて暮らしを整えて共存共栄してここまで助け合って生きた存在なのです。

オフィスがあるから大切なことに気づかないのなら、一度思い切ってオフィスをなくしてみればわかります。そしてなくしたオフィスの代わりに何をはじめるのか、何が変わるのか、それを具体的に私がカタチにしたのが「暮らしフルネス」なのです。私と一緒に体験をすれば私の存在から何かを感じ取れると思います。天人合一や真の自己、そして神人一体は生き方と働き方の一致、暮らしの革命によって実現するからです。

何かをやめてみてはじめてそれが何だったのか、必要だったのかがわかります。みんな始める勇気が必要なようにやめる勇気も必要なのです。何をやめることで何がはじまるのか、オフィスをやめれば何がはじまるのか。

私はそれを子どもたちの未来のために、勇気を出していち早く実践してきましたから今のコロナ禍が転じて福になってきているのを実感します。世界人類の仕合せな未来のためにここから一石を投じていきたいと思います。

学問の醍醐味~失敗という自信~

人間は失敗することで自信をつけていくものです。失敗すると自信を失うというのが普通ですが、長い時間をかけて物事を観れば実はそれが自信そのもになっているように思うのです。

私は、何をするのにも最初に結構な失敗ばかりをします。その失敗は、何かを壊してしまったり、何かを失ったり、不本意で不注意からか、または知らなかったからということで初歩的なミスをしてしまいます。

修復できると信じてはいても、その時はできないと思ってしまい心を痛めます。特に人間関係などもかなりの失意があり、なぜそうなったのかと何度も反省をしては後悔することもあります。

しかしそこまでいくと、きっと人間塞翁が馬ではないかと開き直り時間をかけてじっくりと修復のために努力をしつづけていきます。すると、そのうち修復や修繕をされたり、かつての失敗からの教訓が活かされてきてその後の大切な場面場面で過去の失敗に救われることになるのです。

そうしていると、失敗が大きな自信になり、自分自身が諦めずに信じぬき挑戦するための下支えになっていることに気づくのです。つまりは、基礎を固めていく時間であったかのようにその後の上物の建物を盤石にするための醸成期間であったと実感するのです。

このことからも私たちは如何に目のまえの目先のことに囚われやすいかということにも気づきます。人生を全体で総括りするとき、本当は何だったのか、それを知ることで、自分の人生の意味づけを行っていくのです。

その意味づけが、まさにその人の目的であり、それを味わい、魂を磨こうとしてその物語とのご縁が生まれてつながっていくのです。

だからこそ失敗とは何か、そして真の成長とは何か、自信とは何を意味するものなのかを学ぶのでしょう。学問の醍醐味は、これらのプロセスを通して自分自身という存在と徳性を高めていくことです。

子どもたちに日本民族のお手本としての生き方が遺し譲れるように、引き続き学問を楽しみその妙味を伝承していきたいと思います。

月の導き

今年の十五夜の月の光は今までになくとてもうっとりします。黎明の頃の清々しい空気と八龍権現池の水面にゆらゆらと映りこむ月光は透き通り冴えわたる静けさを呑み込んでいるようです。

もともと私たちは月を眺め、月を信仰してきた民族です。月には美しい日本語が多く、月の名称を一つずつみても心にその情景が月光のように映りこんでいきます。

例えば、和風月名にあるような睦月、如月などの読み方。もう一つは、四季の呼び名で秋月や朧月、寒月など、そして気象を現わす雨月、無月、薄月、さらには月の見え方でも呼び名が変わり孤月、淡月、青月、明月、朗月m皓月、素月などもあります。

時間帯でも呼び名があり夕月、黄昏月、残月、有明の月などもあります。他にも十六夜(いざよい)をはじめ、立待月、居待月、有明月など、月を眺めながらその情景を名前にして読んでいる呼び名もあります。

まさに風流や風情の最たるものがこの「月」であることは間違いありません。

月が入った美しい言葉では「鏡花水月 雪月花 花鳥風月」などがあります。どれも月の美しさ、清廉さ、透明感、陰徳を示す言葉です。風雅の道に入る人は、月を眺めて月を愛でたのでしょう。どうしても月夜を見ていたら、太陽と対になっている月の深い真心を感じます。

そして月を使った諺、「水清ければ月宿る」(みずきよければつきやどる)などもあります。禅語には「掬水月在手」(水掬すれば手に月あり)というものもあります。

真理を悟るために月の存在からその深淵に近づいていく、まさに月夜が照らしているものが何かということをむかしの人たちは体験を通して学んでいたのでしょう。

現在では、太陽の眩い光に目が眩み、夜も電気を明々を照らしては一日中太陽の光中にいるかのようです。その疲れが、心も蝕んでいき静けさや安らぎが遠ざかっているようにも思います。

私たちはもう一度、月を眺める必要を私は感じます。

月を眺め、日々の暮らしを豊かにしていく。

子どもたちに遺して譲りたい未来のためにも、自然も月も味方にして暮らしフルネスで人類を導いていきたいと思います。

月への信仰

昨日は、里芋の収穫をしてみんなでお味噌汁にいれて食べました。とても美味しく、心も体にも沁みわたりました。もともと里芋は、むかしから私たち日本人が食べていた主食であり稲が入るまではずっと私たちの暮らしを支えてくれていたものです。

自然農の畑でしっかりと順応して野性味が溢れる味わいは、他の雑草たちに負けじと一生懸命に生きたいのちがずっしりと入っています。

昨夜は月明かりがとても眩く、目が覚めてしまいましたがこの里芋を収穫する時期の月を「芋名月(いもめいげつ)」といい、むかしから里芋を月にお祀りしていた風習があります。十五夜は芋を供え、十三夜には栗、または大豆を供えます。なので十三夜は栗名月、豆名月ともいわれます。

里芋の収穫儀礼は懐かしく、今の稲のように収穫を祝い祈りそれぞれが月に信仰していたのでしょう。この月の信仰においては、私たちはかぐや姫の名前を社名にしているのもありとても深い関係があります。

そもそも日本人がの月の信仰は縄文時代よりもずっと前からはじまっているもので特に縄文時代の人々は自然に宿る精霊と共に暮らし、月は月の満ち欠けによる潮の干満や、女性の月経周期が月とも関係していることから月は自然神の象徴として信仰していたといいます。満月の明かりでお祀りをしていたことが遺跡などからも見つかっています。

日本は、太陽と月、そして天津神、国津神、天孫族や出雲族のように別の2種類の民族が相調和しあい交互に交流してこの国を守り続けてきました。そして長い間混ざり合わさって助け合って今の私たちがあります。

太陽の時代があれば月の時代もあり、本来は太陽と月は昼と夜、天照と月詠が交互に守り合う世界ですから対立しているのではなく調和している存在です。

太陽には太陽への信仰の行事があるように、月には月への信仰があります。現在は、太陽が強く太陽ばかりを信仰することで明々として目に入る眩い光ばかりを照らす世の中になっています。

しかし月は、陰を映す存在であり、薄明かりの中で照らされる徳を顕現する世の中です。私はこの月を深く信じる生き方をしており、月のもつ陰徳を信仰しています。その象徴として、かぐや姫の物語を社名にしており、ロゴマークも月、そして実践は徳積みが中心、さらには行事などもお米作りや発酵、炭を用い、お餅を搗きお供えなどもします。

西洋人は月に対してはあまりいいイメージはありません。死の対象であったり狼男などが出るともいいます。私たち日本人は、月は神様であり、美しく澄んだ光をはなつ月詠、もしくは輝夜姫です。

この時期は、私にとっても特別に月を愛でて味わい月と共に暮らしを楽しむ季節です。子どもたちにもこの月の存在がいつまでも心の徳を照らし続けてくれるように古来からの月への信仰の行事も甦生させていきたいと思います。

暮らしフルネス 生活リズムの本質

生きものたちには生活リズムのようなものが備わっています。それは太陽や月、星の運行をはじめ四季や温度、あらゆる変化の中でも常にそれぞれのバランスを保つために微細に変化を続けています。

同じ温度、同じ光、同じ時間、そんなものは一つもなく、常に万物は流転しながら変化を已みません。その中で私たちは、生活リズムを持ち、自律神経を働かせ微妙に変化に合わせて調整、調律を繰り返していくのです。

よく考えてみたらすぐにわかりますが、季節の変わり目に体調を崩しやすいのはそれだけ周囲の環境が大きく変化していくからです。その中で、季節にあわせて空気も水も、風も、そして温度も光も気候も全部変化するのですからどこに照準を定めてリズムを整えるのかを生きものたちはみんな一生懸命に行っています。

その一つの方法が睡眠です。

睡眠はただ寝ているだけではないのはすぐにわかります。私たちは起きている時間は、頭を動かし神経を使って生活します。寝ているときは、それを休めて別の機能を働かせているのもわかると思います。病気になるときもしっかりと休んで寝れば、少しずつ回復していきます。

この睡眠というものは、単なる 寝るではなく生活リズムを整える意味もあるのです。この生活リズムとは、色々な定義がありますが私にすれば人間に限らずあらゆる生命たちがバランスを保つことをいいます。言い換えれば、バランスを調律調整する、本来の今の状態に合わせていく、全体の自然の中で自分自身が健康であり続けるためにいのちのハタラキを整えていくとも言えます。

私たちは五感で今の季節を味わえます。

たとえば、食であれば旬のものを食べれば全身が美味しいと喜びます。他にも、心地よい自然を感じる、時には不快な自然の中にも今の季節を感じ取ります。臭い、色彩、音、これらはすべて自然の運行や周期を現しています。

その時々で存在している自然のものに触れることで私たちは季節を感じて、日々を味わうのです。その中でも、大切なことはそこに好奇心を持つことです。好奇心は自然のリズムの中心でもあり、生活リズムを整えるためには何よりも重要な役割を果たします。

みんなでよく笑い、楽しく愉快に生きていく、そして暮らしの中で豊かに過ごす時間がたくさんあるということ。それが何よりも生活リズムを整える妙法なのです。先祖代々、私たちがここまで永く暮らしてこれたのはその生活の知恵、暮らしの仕合せを生きてきたからです。ハレとケもまた、その智慧の一端でしかないのです。

暮らしフルネスは、これからの人類に大きな影響を与えます。人類が乱れた生活リズムをどう整え、自然と調和していくか。子どもたちの未来のためにも私のこの実験が世の中の人々の意識が易えていけるよう丁寧に暮らしを甦生していきたいと思います。

懐かしい光

先日、あるお客様たちが來庵して陰翳礼賛の話をしました。古民家をはじめ、日本のむかしの道具たちは眩い光をあびる中で光るよりも、少し薄暗いところの方がそのもののもっている存在が光ります。

この光というのは、色々な捉え方があります。

例えば、そのものが光るもの、反射して光るもの、内面の深いところにある光、など光と一言でいってもその光には色々な意味や作用があるのです。

私はこの陰翳がとても好きなタイプで、ありとあらゆるものを陰翳の中に置いてみてゆっくりと味わい眺めます。特に朝夕の静かな時間、目が覚めたり眠ったりするときのゆらゆらと光が落ち着いていく様子は格別で心が清らかに沈んでいきます。

日本人は心を整え澄ます生き方を常に維持してきた民族でもあり、自分の真心が穏やかであるか、清らかで澄んでいるかを確かめながら日々を慈しむにように生きてきました。

その生き方が、日々の身の回りの道具や暮らしに反映されており特にこの日本の地球の中での風土が光を多様化させてきたのではないかと思うのです。西洋諸国にいったとき、アジアの国々を廻った時、そのほかのエリアもなんどか訪問したことがありますが、まず私はその国の光を観ます。光り方を見て、どの位置にあるのか、太陽との関係性、風土の持つ空気を読みます。そしてその国の文化を味わいはじめるのです。

少し長くなりそうなので、ここまでにしますが私が好きな日本の光はやっぱり日本民家の畳や障子、簾や水盤などから漏れてくる光です。

調和する光は、どこか懐かしい光を感じます。

懐かしい光をここで放ちながら、それに気づく人や仲間を増やし、真心のつながりを弘めていきたいと思います。

人生の目的

人生の目的というものがあります。これは全人類の目的のことであり、人は何のために生まれてきたのかという深い問いのことです。

これは人によって別の答えがあるように感じていますが、実際にはどの人も最終的には同じ目的を共有するように思います。況や、本来すべての生き物たちは同じ目的を持っているともいえるのです。

しかしその目的は、空気や水、太陽のようにあまりにも当たり前に存在するものですから改めて議論されることがありません。それに人間は、枝葉などの細部は言葉で認識できていても宇宙のような偉大な存在のことはなかなか認識することができないのです。

目的も同様に、偉大な存在ゆえに、当たり前であるゆえになかなか理解されていないところであろうと思います。

敢えて言葉にすると私は人生の目的は何かといえば、魂を磨くことであろうと思います。どのいのちもすべては魂を磨くことに向かっているのは、自然界を観ていれば自明するものです。そしてそれは「ただ磨くのみ」なのです。無目的に見えるそのただ磨くということの中にこそ、本来の目的があるということ。

無目的の中に目的があるというと、何を言うのかと思われるかもしれませんが目的の本質は大宇宙や自然の運行と同様に調和しているのです。調和するからこそ、磨く必要がある。

つまり、私たちは大きな円の中でいのちを巡らせている存在あり常に魂はその中のご縁を縦横無尽につなぎあっています。そして互いにその場その時にふれあい磨き合い、また新たな調和を産み出します。

最初から永遠であり、終わりもない永久無限の存在とも言えます。

だからこそ「ただ磨くのみ」なのです。

私の思う徳の本体とはこれのことです。いつの日か、科学がある一定のレベルを超えて磨かれその本質を顕現するとき、必ず私はこの人生の目的にたどり着くように思います。そしてそれは磨ききり洗練されたとき、生き方の中から出てくるものであろうとも思います。

子どもたちにどのような生き方を遺していけるか、心の中にあるこの存在を人々の魂に伝承しつつ、磨き合いを楽しんでいきたいと思います。

無花果という存在

野菜も果物にも旬がありますが、旬のものの美味しさは格別です。よく考えてみると、今のように冷蔵庫や保存技術がなかったころは食べ物の旬が少しずつずれていたからこそ私たちは食べ繋いでいくことができました。

ありとあらゆるものを食べるようになったのは、生きていくためであり周囲の動物たちもみんな同様にその時機時期に何かを食べては生き延びていきます。長い年月をかけて、私たちは食べ物を工夫したから生きてこれたのです。

人類の多様性の発端はこの食べ物の発明に因るのです。たくさんの種類を育て組み合わせ保存したり、粉にしたり発酵技術を産み出し、移動し分け与え交換し、今ではお金をつくりだして今のような世界にしました。

もっとも食料を世界中で流通させ、ありあまる食材たちに囲まれて生活をしています。食事の問題が解決しているからこその文明の進歩になり、ITも金融も発展していくのでしょう。これから食糧難が到来するといっても誰もピンとはきませんが、人類は常に食糧難との正対の歴史であることを忘れてはいけません。

さて、話を旬に戻しますがちょうどこの時期はイチジク(無花果)が旬です。来客があるために、イチジクを使ったおもてなしを準備しています。

そもそもこのイチジクは面白い歴史と個性があります。歴史からいけば、ウィキペディアにはこうあります。

「原産地に近いメソポタミアでは6千年以上前から栽培されていたことが知られている。地中海世界でも古くから知られ、エジプト、ギリシアなどで紀元前から栽培されていた。古代ローマでは最もありふれた果物のひとつであり、甘味源としても重要であった。最近の研究では、ヨルダン渓谷に位置する新石器時代の遺跡から、1万1千年以上前の炭化した実が出土し、イチジクが世界最古の栽培品種化された植物であった可能性が示唆されている」

1万1千年前より栽培されていた可能性があり、今わかっている範囲での世界最古の栽培品というのです。そしてそれを裏付けるもう一つの面白い歴史があります。それはアダムとイブがはじめて食べた禁断の果実とはイチジクであったというのです。『旧約聖書』の創世記(3章7節)に「エデンの園で禁断の果実を食べたアダムとイヴは、自分たちが裸であることに気づいて、いちじくの葉で作った腰ミノを身につけた」と記されていることからもわかります。果実がリンゴになったのは、北方ルネサンスの影響でリンゴと変えたそうです。

これは衝撃な話で、それでは今の有名なスティーブジョブズの会社アップルは、本来はイチジクだったかもしれません。私たちでいえば、桃太郎と信じていたものが柿太郎、もしくは蜜柑太郎、葡萄太郎のような感じでしょうか。やっぱり長い間、読み聞かされた桃の方がしっくりきますが。これは西洋人も同じかもしれません。

またイチジクの個性も大変ユニークで、もともと無花果が花がない果物と書かれるのは花をつけずに実をつけるからです。しかし、これは有名な話でイチジクはなんと実の中に花が咲きます。壷状の花托内側に白い小花が密集しているため、外からは花が咲かないまま実がなっているのです。壷状の花托がつぼみ状に肥大して果実となる仕組みです。

さらにこのイチジクは、太古の昔から変わった相利共生関係を構築しています。無花果とイチジクコバチという虫はお互いに生存に必要不可欠な存在として存続することすらできない関係なのです。どちらかがなくなれば必ずどちらも死んでしまう関係です。しかも世界100種類以上の無花果がありますが、その1種に対してこのハチもまた1種の関係。まさに一対一の関係で一蓮托生、何千年もむかしから共に生き続けてきたのです。アダムとイブが食べる理由もわかる気がしてきます。

栄養も多く、ドライフルーツとしても重宝され、さらには薬としても使われます。日本には江戸時代に天草に在来種が輸入されそれから栽培されています。天草では今でも南蛮柿と呼ばれているそうです。そう考えると、一万年以上前から存在を確認されている果物がカタチを換えて数百年前から今の私たちの日本にまで到来して食卓に並んでいることが奇跡だと感じます。

それまでの長い期間、この果物と昆虫は生きてきたのです。そう考えてみると、私達のいのちはみんな共生関係を持っているからこそここまで生き延びてこられました。改めて、子どもたちのためにも果物の歴史からも生き方を学び、本来のあるべきようを思い出し謙虚に食をいただきたいと思います。