世界人類の心の洗濯

横井小楠は、世界の中で日本という国の在り方をつねに見つめていたように思います。自国だけがよくなることを考えていたのではなく、如何に世界が善くなるかをこの自分の足元を変えることで実現しようとしていたように思います。

その志は、遺った言葉の中に垣間見ることができます。例えば、

「西洋の学はただ事業上の学にて、心徳上の学にあらず。心徳の学無きがゆえに人情にわたることを知らず。交易談判も事実約束を詰めるまでにて、詰まるところ遂に戦争となる。戦争となりても事実を詰めてまた賞金和好となる。人情を知らば戦争も停むべき道あるべし。事実の学にて心徳の学なくしては、西洋列強戦争の止むべき日なし」

「和とか戦いとかいっても結局偏した意見であって、時に応じ勢いにしたがって、そのよろしきを得るのが真の道理である。信義をもって応接し、我が国に義があれば、万国を敵に回すようなことはない」

私の意訳ですが、まずモラルがあって学を活かさなければ人類は平和にはならない。そして偏らず常に中庸であることが善きものになるのが道理。だからこそ常に信義を大切にしていくのなら敵はいないのである。

このように日本的で、日本人らしく、日本から世界に何を発信するかということを深く掘り下げて理念をもって国家の未来を創造していきました。横井小楠は、幼いころから努力の人物で13歳の時にその理念の主軸である「経世済民」に出会います。政治の根本に気づき、それを世界人類国家の本来の姿について真実を確信するのです。

私も現在、ゆえあってまちづくりに関わり始めていますがその根本はこの経世済民の思想です。今の時代はエコノミーといった経済ばかりが優先され、かつての経世済民の意味ではなくなってきています。しかし本来政治とは何か、それを深く理解していなければ世界の中で日本という国を役立てていくことが難しくなるのです。

歴史の偉人たちが言う独立自尊というのは、日本人が日本人らしい政治を実現して世界の模範になることです。そしてその世界の模範になることで、世界に影響を与え人類すべてにその思想を共有していくことに私たちの風土文化の意義があるように私は思います。

横井小楠はこうもいいます。

「堯舜孔子の道を明らかにし 西洋器械の術を尽くす  なんぞ富国に止まらん なんぞ強兵に止まらん  大義を四海に布かんのみ 」

日本国は尭舜や孔子の実現しようとした道を明らかに示し、さらに西洋の科学技術を学びそれを使いこなすこと。それは単なる富国や強兵にとどまるのではなく、その独立自尊した日本の姿を見せることで世界に本来の人類としての大義を示すことが本当の使命であるのだと。

まさに、日本は世界の手本になるべきであると喝破するのです。この言葉を聴いた当時の維新の志士たちは魂が揺さぶられたことは間違いありません。私たちが創ろうとする日本人の純粋無垢な真心の政治、そして真の強さと優しさを兼ね備えた生き方を世界に示そうとしたのです。武士の鑑である楠正成を尊敬し、自分もまた日本人の鑑しての生き方をしようとしたのです。

改めて偉大な人物であることに感銘を受けました。

最後に、横井小楠がもっとも言葉にした一文を噛みしめたいと思います。

「天下一統人心洗濯希うところなり」

この横井小楠の大義、世界の人たちの心の洗濯こそ目指すところであるという願いはこれからもずっと私たちの生き方に影響を与えていくのでしょう。子どもたちにツケを残さなくていいように、今を洗濯して洗浄し譲り渡していきたいと思います。

日本人らしい政治~有徳の政治~

明治維新にはじまった日本の行政は、西洋を参考にしてそのまま真似をして取り入れて構築されてきたものです。それが時代の変遷と共に、行政の在り方も変化し、それぞれの国の伝統や文化を参考にしながら各国で行政改革が行われています。

私たちの日本もまた、伝統や文化がありますが現在の社会構造や仕組みはイギリスやアメリカのモデルを追従しているだけであまり個性のあるものではありません。特に今までの日本人の思想には合わないものであっても、西洋のものが優れていると信じ込まされる教育を施されてきていますから無条件で西洋のものは進歩しているとしてすぐになんでも鵜呑みにしてしまいます。

しかしかつての日本人には、世界を自分の五感や六感で味わい、世界の動静を見極め、自分はどうするかといった本質的な見識を持つ人物たちが自分たちの政治の在り方を見極め、西洋のものも参考にしながらも独自の在り方を構築しようとしていました。

その代表的な人物に、横井小楠がいます。

この横井小楠は文化6年に熊本で生まれました。「小楠」と号したのは、楠木正成に因んだものです。もともと大楠公と仰がれる楠木正成は、日本人の模範として最も広く尊敬された人物でした。

坂本龍馬の船中八策や、大政奉還などもこの横井小楠のアイデアであったといいます。この人物は、まさに日本の風土が生んだ伝統的な日本人でありながら国際人でありその戦略と思考、生き方すべてにおいて世界一流の人物の一人です。吉田松陰も、この人物に深く学んでいます。

その横井小楠はこういいます。

「万国を該談するの器量ありて始めて日本国を治むべく、日本国を統摂する器量ありて始めて一国を治むべく、一国を管轄する器量ありて一職を治むべきは道理」

「天皇のもとに天下を統一し、人材を広く登用して、議会政治を実現すべし」

そのころ、西洋の考え方が流入してきてわけもわからない状態だった日本の人たちの眼を見開かせ、本物の政治を行うことを説きました。その本質は私は王道政治という言葉で語っているのではないかと感じます。

その王道政治は、徳を重んじる「有徳国家」であると定義しました。ここに、日本の独立自尊の生き方、日本人にしかできない、日本人らしい政治の姿の理念を語るのです。まさに私もここに共感をして、政治に希望を持ちました。

今は政治が陳腐化して、八方ふさがりの状態です。このままでは子どもたちや次世代に多大なツケを残し、日本はより一層、世界の中で持ち味を発揮することが難しくなるかもしれません。だからこそ、今、ここでやるしかないのです。

最後に横井小楠の言葉です。

「西洋の帝国主義は覇道を目指すものであるとし、日本は王道政治で徳を重んじる有徳国家を目指すべし」

これから、未来の子どもたちのためにも横井小楠の思想を改めて学び直してみたいと思います。

暮らしの本質と本懐

現在の世の中は、物を捨てることが当たり前の世の中になっています。大量生産大量消費で経済を循環させていく仕組みは、作っては捨てて、捨ててはまた作るという循環です。そのサイクルは早くなるばかりで、地球の資源もまた長い時間を経て成形してきた材料もあっという間に壊されては大量消費の循環に消えていきます。

現在の循環に対して、持続可能な循環を言う人たちも増えてきました。しかし同じ循環といっても現在の世の中が、大量消費の循環による経済の定義で動いていますからそれとは反対に回転する循環を創造することは大変なことです。

しかし時代時代にこの循環の往来も繰り返すように私たちは学び直して人間の中にある我と無我のバランスを往来してきました。

人間は本来、心豊かに生きていくことを望んでいる生きものです。懐かしい暮らしの中には、心を癒し安らぐものが充ちています。その暮らしこそ、大量消費の循環を逆回転させる鍵になると私は確信しています。

少し損をする生活、足るを知る生活、四季折々の変化を味わい自然の時間と共にゆっくりと暮らすこと。これは決して与捨て人になるのではなく、新しい時代を切り拓く人になるということです。そしてみんなでその暮らしを実現できるようにしていくのなら、そこに新しい循環、新しい経済、温故知新された時代のカタチが観えてくるように感じるからです。

一見、田舎で古民家で暮らしながらITの最先端や時代の潮流を先取りして挑戦することは変人のように観えるかもしれません。しかし、本来、私たちは心の暮らしを優先しながら世界に対して自分のオリジナリティを追求することで個性を発揮して世の中に貢献していくものです。

人間の持つ使命や、人類との共生、貢献の歴史は、同様にその時代時代の本質を守り、時代を切り拓いてきた伝統と文化の集積によって行われてきたのです。まちづくりも地域振興もまた、根源はこの本質を深堀り、本懐を遂げる覚悟があってはじまるように思います。

子どもたちの未来に確かな個性を伝承できるように自分のやるべきことに集中していきたいと思います。

縁起物

先日、聴福庵の玄関に「慈姑(くわい)」を桶鉢にいれて飾りました。桶はそのままでは水を溜めるので一般的な植物では根腐れしてしまいます。しかしこの慈姑は、もともと水生多年草であることから水を溜めていた方がいい桶の性質との相性がよく元気に芽が出ています。

このくわいは、縁起がよい植物として古来から愛されてきました。特に、むかしからおせち料理に使われ丸い実の部分(塊茎)から数cmの芽が伸びていてその「芽(目)が出る」という姿から縁起物とされてきたのです。くわいという名前は芽が鍬に似ていることが鍬芋とも呼ばれたそうです。

他にも縁起のよさではこのオモダカは「勝ち草」と呼ばれることもあり、戦国武将や大名家でオモダカの葉を意匠化した沢瀉紋が家紋として使用されてきました。豊臣氏や木下氏、福島氏があり、毛利氏も副紋として使用したともいいます。それに徳川家譜代の家臣水野氏、一般的に広まった家紋としての十大家紋の一つとされます。

慈姑の歴史は、もともとは中国産で日本へは平安時代には伝わっていたようです。平安時代の書物「本草和名」には「烏芋(くわい)」の項で「於毛多加(おもだか)」「久呂久和為(くろくわい)」と記されています。また貝原益軒の「菜譜」にも、くわいの栽培方法や食べ方についての紹介があります。

日本は湿地帯が多いため、この水生植物も多様にあります。日本人は植物を様々な縁起物として大切に尊敬し扱ってきました。今回、聴福庵の玄関の隣に飾ったこの慈姑もまた芽が出てきたという縁起を顕すものです。

これからどのような展開が待っているのか、子どもたちがすくすくと幸せにつながる子縁の社會の実現に向けてとても楽しみにしています。

 

手入れ

「手入れ」という思想があります。これは一般的には、よい状態に保つために、整えたりつくろったりして、手を掛けることをいいますが私にとっては「磨く」ということと同じだと定義しています。

人はどんなことでも「磨く」ことで愛着が湧き、さらに磨く面白さがわかっていきます。この磨く面白さは、手入れの面白さなのです。少しずつ手入れをしていくうちに、取り組んでいることの本質を知ったり、そのものの価値を学び直したり、さらには関係性の中でお互いに尊敬、尊重しあったりすることができます。

これは人と物との関係もですが、人と人との関係もまた同様です。手入れをしていくことは、それ自体が関係性を結んでいくことであり、お互いのご縁の存在を磨き光らせていくのです。

磨くために大切なこと、手入れのためにもっとも重要なことはそのものの存在を深く知ることからはじまります。五感を総動員し、また第六感までも使い、そのものの存在に触れていきます。そうすると、そのものが何の役に立ちたがっているのか、なぜこの存在が生まれたのか、どこで活かすことができるのかが少しずつ見えてきます。

そして場数を経ることで次第に、お互いの善さがもっとも引き出し合える場所を見つけることができます。その場所を大切に守り、それをいつまでも手入れし続けることでさらに関係が磨かれ珠玉の輝きを発揮しだします。

だからこそ手入れを怠らないようにすることが、人間が人間らしく生きていくための智慧になるのは間違いありません。

一人一人が手入れをし、磨き続ければこの世はそれぞれが光り輝いていきます。そうやって輝いていく人が増えていけば、この世は明るく平和になっていきます。手入れすること、磨くことは、私の人生の大テーマです。

引き続き、子どもたちに手入れや磨くことを伝承していくために私自身が楽しく豊かに磨きを楽しんでいきたいと思います。

与贈循環の場

一緒に働く仲間が「与贈」についてブログで紹介してくれていました。私もこの言葉を知ったのは数週間前です。彼の説明では「自らの一切の利益を求めず、自らのいのちを何かのために使うこと。」、私はこれを真心とも呼びます。

私の思う真心は、一般的に言う頭と心の心ではありません。この真心は、自他一体の境地のことでありそのものと同化している状態、地球そのもの、宇宙そのものに同化している境地の時に出てくる心のことをいいます。

例えば、自分と境界線を分けているものが取り払われたとき私たちはその場と一体になっています。場が自分であるのか、自分が場になったのか、それはわからないほどに自然一体になります。この自然一体の状態のときのことを私は、「かんながら」と呼びます。

つまりは、まるで神様の依り代になったかのように純粋な心、そこには自他の別もなく、空と海が混じり合ったような透明な存在になっていきます。

私たちはなんでも名前をつけては物事の認識していきます。そして文字を書いてはそのものを説明していくようになりました。しかし、この世にあるものはすべて何かが変化した仮の姿でありその元はすべて同源のものです。

目の前にあるすべての道具も、自分の体も、そして天地自然界にあるすべてのものも、さらにはこの意識であったり、宇宙であってもそれは同源だったものが変化して形として顕れたものです。それに名前をつけていくら別のものにしたとしても、その本質は無であるのです。

この無が循環するところに場が生まれます。この無とは、有る無しの無を言うのではありません。元は同じであるという同源という意味、もしくは原点でもいい、その元のままという意味での無のことを言っています。

私たちがなぜ物を大切にする必要があるのか、そして如何に善きものを循環させていく必要があるのか、それは変化に偉大な影響を与え合っている存在であるからです。この善きものこそが、魂の故郷が住んでいる場所であり、その懐かしい「場」に出会うことで人々はいのちの本体に出会います。

私が家を直すのも、子ども心を守るのも、人類の智慧を伝承しようとするのもまた、この与贈循環を「場」によって顕現させていのちの安らぎやよろこび、しあわせの道を伝道していこうとしているからです。

徳が循環する世の中こそが、私たちの永続的な未来を保障するのです。

引き続き、一期一会に自分の人生を全うしていきたいと思います。

 

大切にしたい文化~暮らしのひとこま~

昨日、インターンシップにきている学生がこれからカンボジアでボランティアを通して新たな学びにいくための「はなむけ」としてみんなでお餞別を渡す機会がありました。その内容は、現地で必要になりそうな非常食であったり、常備薬であったり、お手紙や手作りの玄米クッキーであったり、また路銀としてお金も集めて渡しましたがとてもあたたかい気持ちになりました。

日本では、むかしから旅に出る人や大切な門出にこれらのはなむけやお餞別を贈るという文化があります。これも大切な徳の一つで、離れていてもいつまでもこのご縁を結んでいることを実感して絆を深めていたのです。

昨日も「離れていてもいつも一緒ですよ」や、「またお便りをくださいね」や、「何かあったらいつでも連絡してね」や、「どんな学びがあったかまた共有してね」など、ご縁をいつまでも大切にしていきたいという思いが伝わってきました。

この「はなむけ」という言葉は、「《昔、旅に出る人の道中の無事を祈って、乗る馬の鼻をその行く先へ向けてやったところから》旅立つ人の安全を祈り、前途を祝して、酒食をもてなしたり、品物を贈ったりすること。」(コトバンク)とあります。平安時代の土佐日記にうまのはなむけと出てきますからかなり昔から続いている文化であることがわかります。

昔は特に交通機関が未発達だったでしょうから遠出の旅行には苦難や困難がつきものだったと思います。そんな時、仲間や家族は旅に出る大切な人の安全を祈願し物品や金銭や詩歌を贈ったり、宴を催したのです。人を大切にし、みんなでその人のことを祈る思いやりや愛、徳がこの文化の生まれるきっかけだったのかもしれません。

またお餞別のほかにも旅につきものである「お土産」は元々「宮笥〔みやげ〕」といい、寺院や神社に参拝した際の神の恩恵を、お守りやお札等の仏や神にまつわる物品と共に近所や親しくしている人々に分けようとしたのが本来の意味だったそうです。

「路銀」については、昔は村落で旅行費用の積み立てを行ったところもあったといいます。旅行者は村の代表として、村人から集めたお金で遠くの寺社に参拝し、帰郷の際には旅費の代わりに神仏の恩恵(お守りやお札など)と共に土産話を聞かせたといいます。村人たちは普段耳にすることのない異国の話を聞き、知見を広げたのです。みんなで費用を出し合ってその人がお土産を持って帰ってくる、無事であったことに安堵し感謝し、道中の様々な体験を共有できることで村のみんなで喜びや仕合せを分かち合ったのです。

むかしはみんな「暮らし」を大切にしていましたから家族のように接していたように思います。その家族が旅に出るのですから、みんなその家族の未来の幸運を祈り、みんなで自分の事ように寄り添って心の豊かさを分け合っていたように思います。

時代が変わっても、大切にしたい文化はこの日本にはたくさんあります。子どもたちがいつまでもこの国や歴史、先人たちの生き方に美しさを感じ、それが誇りになり伝承されていくように私たちも暮らしを大切にしながら子ども第一義の理念を実践していきたいと思います。

いのちを磨く

人は頭で考えるときと心で感じるときとはその自覚しているものが異なるものです。頭で考えるときは、知識といって識を学ぶことができます。しかし心で感じるときは意味を学ぶことができるのです。この両方がバランスよく学べるとき、はじめて人間は自分というものの存在を自覚できるように思います。

頭は、色々なことを計算し組み立て具体的なものをイメージする力を持っています。今のコンピューターでできることを観察すると、それは脳が行っていることが科学によって実現させたものです。つまり脳は、目に見える形で様々なものを仮想空間の中でイメージしてそれを実現させようとするのです。

それに対して心は、生きる智慧のようなものでいのちを味わう力を持っています。歴史や伝統、文化のように時代を超えてその意味を伝え続けているものです。時間をかけて意味を紡いでいくのが心であり、心は常に意味づけをし続けて体験したことを味わおうとするのです。

一般的には頭は身体の脳の部分であり、心はなんとなく胸のところにあるように私たちは思い込んでいるものです。しかし実際には、万物を直観し味わう本体があってそれに具体的な機能として脳やその他の機能が存在しているのです。

人間だけでなくすべての生き物を観察すれば、その生きものが脳がなくてもそのいのちを充分に味わっていることがわかります。お腹も空けば眠くもなり、そして様々な感情を持っているのです。その純粋な姿はまさに自然そのものであり、心の本体を現しています。

心を知るというのは、自分自身の本体を知るということ。いわばそれは自分の意味を知るということです。その意味はではどのようにしてわかっていくのか、それは知識を使って知る方法もありますがそれでもすべて知ることはできません。私たちが知ることができるのは、意味を味わい意味を感じ切ったときにその意味が現れ知ることができるのです。これは知識ではなく、まさに智慧や知恵と呼ばれるもの。天の恵みを知り、歳月にとってその意味を創造していくものだと私は思います。

だからこそ知ることよりも感じること、目で分析することよりも耳で聴くこと、さらには心で味わうことを優先すると智慧や知恵を学ぶことができるように思います。

現代は、目に見えるものばかりを信じ、脳が考えたことばかりをみんなで過剰に付け合わしていく時代になっています。自分というものを見失わないように、自分という本体、自分の本心を大切に見守り子どもたちが安心して意味を紡いでいけるようにいのちを磨いていきたいと思います。

子どもの智慧~子縁伝承~

すべての生き物には、元来備わっている伝承の智慧というものがあります。これは今の生き物が種になり、次の時代にそれまでの文化が伝承されていくということです。私たちが生まれながらに、先祖の様々な体験を内在して継承し誕生していくように植物や昆虫、バクテリアに至るまでいのちは伝承を続けています。現在は遺伝子のことが解明され、明らかに遺伝子の記憶の中に過去の体験がインプットされることがわかってきています。

これらの記憶というものは、私たちは現在は文字や映像を使って遺していきますが過去には口伝という形で文字ではないもので伝承してきました。口伝は、その人の体内や生き方に記憶を宿し、それを口伝えにまたその生き方を継ぐ人物たちに伝承していく知恵です。

実際に、何千年前の神話のような歴史を口伝で伝承している民族もまだ残っているといいます。そして「場」での儀式を通して伝承し続ける信仰などもあります。

私たちは記憶の中で大切なこと、忘れてはならないことはすべて次世代の種に伝承する仕組みを持っているからここまで生き残ってきたとも言えます。先人の伝承の智慧はまさに現代科学の知識をすべて凌駕するほどの宝庫です。

しかし現代では、この宝庫の価値よりも目先の可視化された物理的な科学ばかりに頼り本来の目には見えない智慧のことを信用しなくなってきました。先人の智慧や伝承よりも、教科書に書かれているもの、科学で証明できるもの以外を信じなくなってきました。

短期的に見れば確かにすぐに解決することはそれらの知識で補えます。しかし長期的な問題はすべて智慧がなければ根本的な対応や解決をしていくことができません。先人たちは人類の子孫のことを案じ、智慧を譲るためにたくさんの犠牲を払ってきてくださいました。あらゆる災害に生き残る方法、あらゆる人災を未然に防ぐ方法、あらゆるいのちの生き残る術を記憶の中に留めおくように、それぞれに役割を与え、持ち場を守らせ、私たちの肉体や精神にその初心のようなものを宿していきました。

それを生まれながらに伝承されている私たちの智慧は、幼児期の子どもたちの感覚や感性、天与の徳性の中に見出していくことができます。

私たちが子どもから学び直す必要があるのは、その智慧を学び直す必要があるからです。子どもの智慧はまさに人類を救う鍵ですし、未来の希望そのものです。子どもたちがどんな時代でも次代の種の芽をもって生まれてきますから私たちはそれを手伝い見守っていくことでその智慧が育つのを助けていくことができます。

智慧の学問は、この幼い子どもたちから学び直すことです。

引き続き、子縁が結ばれ人類が新しい社會を創造していけるように見守る仕組みを伝道していきたいと思います。

子縁と故郷

子縁というものは、私たち人間社会においては何よりも重要なものです。子どもたちが未来を創造していくのだから私たちは子どもたちに今の知識を詰め込みそれをやらせることは未来を過去にしていくことになってしまいます。

そうではなく今の子どもたちを尊重しどう見守るかに大人たちの子縁における姿勢が問われます。過去から未来へ向かうのは、時間だけではありません。私たちの世代も自分たちが死に次の代が生まれてくるように、過去から未来へといのちは引き継がれていきます。

その「引き継ぎ」をどうするかは、とても大切なことでいつまでも自分たちのやり方ばかりを押し付けるのではなく次の代が挑戦し冒険できるように見守っていくことが引き継ぎをしていくうえでとても大切ではないかと私は思います。

どうしても人間は、自分のことを中心に考えて自分の視野に囚われてしまいます。それを少し離れて、人類は喜ぶか、地球は喜ぶか、先祖が喜ぶか、子孫が喜ぶかと視野を広げていくことで物事の捉え方を変えていけるように思います。

そうやって離れてものを見てみたら、子どもたちは生まれながらに次の時代の準備をしてきているのがわかります。私たちの世代が、今の時代に適応していくように子どもたちもまた次の時代に適応していくのです。植物であっても次の時代に適応する種になっていきます。

私たちの世代は一つの種ですから、種ができること、種としてやるべきことは一つです。子どもたちはその種を引き継がれ芽を出し花となり実をつけまた種になります。子縁というのは、子種でもあるのです。

子どもが生まれながらにもっている可能性、誰が教え込まなくても生まれつきにもっている伝承、そういうものを見守るところに保育の醍醐味と深さがあります。そしてこの時の保育とは、人類の引継ぎを示すものです。

子どもは希望であり可能性そのものです。子どもたちがどのように未来を創造していくかを子どもの姿を学び直していくとワクワクしてきます。その子どもたちが創ろうとする社會の手助けをしていくのが私たち大人の本当の役割だったはずです。

人類の故郷は子どもです。

子どもから学び、未来を創造するための仕組みを社業を通して発明したいと思います。