富と徳の天秤棒 ~近江商人の初心~

近江商人の生き方をもう少し深めていますが、文化2年(1805)、近江商人の第一人者・初代中井源左衛門という人がいます。この方は長い商いの体験から得た人生訓を、浄土宗を開いた法然上人の一枚起請文にならい子孫に「金持商人一枚起靖文」を書き記しています。

「一、世間では『金を溜める人は、運がいいからで、金が溜まらないのは自分に運がないからだ』と言うが、それは愚かで大きな誤りだ。運などというのは無いのだ。金持ちになろうと思うなら、酒宴や遊興、贅沢をやめて長生きを心掛け、始末第一に商いに励むより方法はない。他に欲深いことを考えると、先祖の慈悲にも、天地自然の道理にもはずれることになる。ただし始末とけち(原文では「しわき」)とは違う
。無知な人は、これを同じように考えているが、けちの光はすぐに消えてしまうが、始末の光は現世の極楽浄土を照らすものだ。二、これを心得て実行する人が、五万、十万の大金ができることは疑いない。ただし、国の長者と呼ばれるようになるには、運も必要で、一代でなれるものではない。二代、三代と続き、善人が生まれて、はじめて長者と呼ばれる家になる。そのためには、陰徳・善事を積むことより方法はない。のちの子孫の奢りを防ぐために書した」

さらに意訳ですが、金が溜まるのは運ではない。質素倹約につとめて長い目で観て事の本末を見据えて謙虚に励むこと。そしてこれを実践すれば長い期間を得てお金は溜まる。それは何代も世代を超えて陰徳を積むから長者が出るのだと。だからこそこれを心得なさいということでしょうか。

お金持ちなったのは、先人たちの遠い子孫を思い、理念を定め徳を積んだ実践の御蔭なのだということでしょう。

例えば近江商人の中井正治右衛門は瀬田の唐橋の一手架け替えを1818年に完成しました。この工事の費用は全体で1千両かかったのですが、さらに幕府に3千両を寄付したとあります。その理由は工事の費用1千両にあわせて、後の橋の補修や架け替え等が必要だと気づき残りの2千両をそのことに使ってほしいという事での寄付でした。

長い目で観て、計画を立てて実行し、陰徳善事を盡していくところにお金持ちになる所以があります。つまり近江商人の実践の素晴らしさは、先祖からの恩恵を忘れずにそれを子孫たちへさらに陰徳を偉大にして受け継いでいくことにあるように思います。

また近江八幡出身の江戸中期の歌人の伴蒿蹊は、家訓として「陰徳あれば陽報ありとて、かくのごとく常々つとむれば、目に見える幸を得て繁盛すべし。此幸を得るためとあてにしてするは陰徳にあらず、無心にてすれば自然にめぐるなり。」と常に陰徳を積むものが富むというその富の循環の道理を語ります。

つまり近江商人はまず徳を重んじて、それ相応の富をまた陰徳につぎ込みながら地域や日本を仕合せにする実践を大切にしてきたように思います。富に相応しい徳があるかどうか、また徳が富に相応しいかどうか。天秤棒を担いで行商をしたといいますが、ひょっとするとその徳と富を常に天秤にかけていたのかもしれません。

今の時代、冨ばかりが優先されてケチになり徳があまり意識されることがありません。しかし本来は、徳があって富があり、冨があるのは徳の御蔭ですから私たちはよくよく日々の事業の本末や始末と正対して天秤にかけて内省していく必要があるように思います。

子どもたちのためにも、近江商人の生き方からの智慧を伝承していきたいと思います。

 

近江商人の智慧

先日、近江商人のことを深める機会がありました。三方よしという言葉で有名な近江商人ですが、この三方よしという言葉も昭和のころに言われた出した言葉だそうです。

一般的にはこの三方よしとは、「売り手よし 買い手よし 世間よし」の三方みんなが善しになるように商売を行うという意味です。

近江商人はあくまで近江に拠点を置き、全国各地で商いをしていたといいます。なのでその土地で商いをはじめるにあたり、長い目線で商いができるようにと配慮していたといいます。つまり末永くお互いに商売をするために、その地域に還元するように利益を正しく得て商いをしていたというのです。

現代では、会社とお客様との関係だけで商売が行われることがほとんです。地域への還元というとその中の一部の会社だけが行われ、地域活動はほとんど行政などの自治体が行われています。しかしかつての日本は、地域活動や奉仕は商売をする商人たちが中心になって行われていました。

治水や橋をかけたり、また森を育てたり、灌漑設備を整えたりもすべて商人たちの利益から還元されていきました。つまり、商人が得た利益は私物化せずにそれはきちんといただいた場所や社会に還元するという意識が当たり前にあったのです。これを商人道としたのです。

近江商人は特にそれが家訓をはじめあらゆる意識の中の基本に根付いているように感じます。いくつかの家訓を観ても、例えば「義を先にすれば、後に利は栄え、富を好とし、其の徳を施せ」というものがあります。先義後利栄ともいいます。また「商売が繁盛して富を得るのは良い事でその財産に見合った徳で社会貢献をすることが重要である」という好富施其徳といいます。

そのどれもがとても長い目で観て、永続して商いができる道を模索していき産み出されてきた家訓と生き方なのでしょう。

これからの時代、先人たちの智慧に倣い、企業がその地域の徳を甦生させていく必要を感じます。これは税金の使い道がどうこうという話ではなく、みんなで本来の商いの道に原点回帰する必要を感じるからです。

如何に地域に還元していくか、そのために利益を正しく設定していくかは具体的な陰徳善事の奉仕によります。みんながそうやってそれぞれ地域で長い目で観て陰徳を実践していけば日本だけではなく世界はより末永く平和が持続して真に豊かな暮らしを享受されます。

子どもたちの未来のことを考えて、今居る場所から易えていきたいと思います。

暮らしフルネスの役割

国内総生産のGDPというものに替わる概念として国内総充実のGDWという言葉があります。このGDWは「Gross Domestic Well-being」の略称です。具体的には物質的な豊かさだけでなく既存のGDPでは測ることのできなかった「精神的な豊かさ」(主観的ウェルビーイング)を測るための新しい尺度のことを言うといいます。

GDPの方は、「Gross Domestic Product」の略称で国内総生産のことです。これは一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値のことをいいます。シンプルに言えば、指標のプロダクト主義からウェルビーイング主義への転向といってもいいかもしれません。

今までは物質的な豊かさを生産することが幸福の指標としたものが、これからは精神的な豊かさ、心の満足度や充実度を幸福の指標にしようとする考え方へとシフトしようとする概念です。

もともとこの考え方は経済指数を示す国民総生産(GNP)よりも国民総幸福量(GNH)を重要とするブータンの提唱によって世界で意識されていきました。資本主義的な経済価値を求めるGNPやGDPではなく、国民の心理的な「幸福感」「充実感」などを示すものにGDWを活用していこうというのです。

よく考えてみるとすぐにわかりますが、人生は決して物質的なものだけが膨大に増えてもそれですべてが手に入って満足しても充実するとは限りません。例えば、皇帝や王様などすべてが物質的に手に入っても本当の意味で幸福ではなかったという歴史の話はたくさんあります。心の渇望を物質で満たせても、それは一時的なもので永続するわけではありません。物をただ多く持つことはかえって幸福度を下げてしまうこともあるからです。

だからこそこの時代、従来の豊かさで得られなかった真の幸福とは何かを問い始めたということでしょう。人類がいつも青い鳥を探しているのはむかしから何も変わらないものです。

改めてウェルビーイングを調べてみると初めて言及されたのは1946年です。これは世界保健機関(WHO)設立にあたって考案された憲章にこう書かれました。「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」と。これは意訳ですがこれは真の健幸は、病気や弱っていないとかではなく、精神的にも社会的にも「全体として快適で充実している」ということだとおおよそ定義しました。

もっと簡単に言えば「人生においての居心地の善さ」といってもいいかもしれませんが一人ひとり、その人がその人らしく生きられる世の中になっていて、それが全体快適になり人類全体で永続する暮らしを味わえる状態になっているということでしょう。これは平和な社会と平和な暮らしの実現でもあります。

この問いはそもそも人はなぜ生まれてきたのか、何のために生きるのか、ふと立ち止まってみるとすぐに誰もが考えるものです。本当は、この地球に生まれてきてから私たちは真の豊かさを備わって誕生してきました。足るを知る世界に入るのなら、誰もがその幸福に気づくものです。

しかしあれが足りない、これが足りないと、わかりやすい成長と繁栄ばかりを追い求めてきた結果として自然環境が人類の都合で悪化し、空気や水やその他の暮らしのリズムなど、当たり前に存在してきた偉大な幸福も急激に失われているのが現状でもあります。

今、まさに人類は世界の中で真の豊かさについて議論をしだしたということでしょう。人類は、今、大事な分水嶺にいてその「選択」によって未来の子どもたちに影響を与えます。今の世代の責任として、子孫のために何を選択していくか。それが問われているのです。

もともと日本人の先祖は「和」を尊びました。私たちは今、世界の一部としての日本となりました。世界は様々な文化と融和し、新しい世界を切り拓いています。だからこそ日本から私たちは真の豊かさを発信する必要があると思うのです。それが私たちの役割であり、世界に貢献できる真のウェルビーイングの定義の提唱になるのです。

世界が一つになっていくからこそ、この問題は人類は決して避けては通れません。日本から何を伝道していくか。まさに今こそ、私たちはこの問いに正面から向き合い発信していく責任を果たすべきでしょう。

子どもたちのためにも、概念論だけではなく実態をもった智慧を「暮らしフルネス™」を通して引き続き実践していきたいと思います。

薫習

先日、藁ぶき古民家で祈祷をした際、大祓祝詞を宮司さんと一緒にそらんじていた方がいました。もともと宮司さんだったのかとお聴きすると、そうではなく幼いころに身近で祖父母や両親が祈祷していた中で育ったので身体が覚えていたということでした。

幼少期、また子ども時代に暮らしの中で身についたことが何十年もなくならずに染みこんでいるのを実感しました。

薫習(くんじゅう)という言葉があります。ウィキペディアにはこう書かれています。

「熏習(くんじゅう、梵: vāsanā、abhyāsa、bhāvanā、 वासना)とは、身口に現れる善悪の行法もしくは意に現れる善悪の思想が、起こるに随ってその気分を真如あるいは阿頼耶識に留めること。俗にいう「移り香」、香りが衣に染み付いて残存するようなことを言う。薫習が身口意に現れたのを「現行法」(げんぎょうほう)といい、真如あるいは阿頼耶識に気分が留まったものを「種子(しゅうじ)」あるいは「習気」(じっけ)という。このように現行法が真如あるいは阿頼耶識にその種子もしくは習気を留める作用を薫習という」

この阿頼耶識とは「阿頼耶識 (あらやしき、 梵: ālaya-vijñāna、आलयविज्ञान )は、 大乗仏教 の 瑜伽行派 独自の概念であり、個人存在の根本にある、通常は意識されることのない 識 のこと 。. アーラヤ識 。. 眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識 ・ 末那識 ・阿頼耶識の8つの識の最深層に位置するとされる 。」ともあります。

つまりシンプルに言えば、潜在意識ともいわれるような通常は意識に出てこない深いところ、深層の意識のところにいつまでも留まっている記憶のようなものです。

現在の教育は、この薫習ではなく暗記を中心に表層の意識に詰め込むものばかりを行います。いつもすぐに表層意識に出てこないといけないので、物覚えが悪い人には大変です。

本来は、私たちの文化や伝統はこの薫習によって染みこんでいくものです。それは、暮らしを通して場で行われてきました。伝統的な暮らしには、あらゆる先人たちの智慧の宝庫です。

そこに触れることで自然に薫習されて、次世代へとその智慧が受け継がれていく。そうやって私たちは人格を形成し、生きるための指針や根からの養分を吸い上げていくことができるようになります。

子どもに与える環境というのは、本来はこういうものに触れる機会を醸成していくことです。私の取り組みは、この薫習をハイブリッドに実践して体得していくことによります。

子どもに懐かしい未来を譲り遺していきたいと思います。

和楽

昨日は、無事に藁ぶき古民家甦生の御披露目会が行われました。遠方から、またご近所から本当に多くの方々がお祝いをしていただきまさに「和楽」に相応しい一日を過ごすことができました。

まずは古式の祈祷によって氏神様、地域の信仰の神様たちに感謝をし供養をしていただきました。次は厄除けをし結界をはり、参加の方々全員のお祓いもしていただきました。はじまりと終わりにみんなで法螺貝を立てましたが、遠方からその法螺貝で呼応する方がいたりと不思議な体験をしました。

その後は、この藁ぶき古民家の甦生のプロセスを動画で編集したものをみんなで一緒に観てその空間で場を楽しみました。多くの事件に多くの御蔭様が働き、家が甦生し、私たち自身も深く磨かれたことを実感しました。

そしてみんなを歌で元氣にするという志と夢を持つ丸目雅さんに来てもらい、歌を披露していただきました。ギターとの伴奏でカントリーロードも一緒に歌ってみんなで手拍子をして暖かい雰囲気を味わいました。

最後に、家主や私から御餅撒きをしみんなでお福分けをさせていただきました。その御餅はそのまま炭火で焼いたりして和気あいあいと楽しいお時間を過ごしました。そのあとも、人の波は途切れず、地域の方々やいつもこの道を通っている方々、もともとの土地の持ち主の方や子どもたちが来てくださって内覧をし、一緒に映像をみて喜捨をしてくださる方もおられました。

懐かしい「結」というつながりを感じる、よいお披露目会になったと改めて味わい深く感じています。

かつての日本人の先祖たち、また代表的な日本人として紹介されている歴史的な偉人たちはみんなこの「結」によって見守られ育ち、徳を積むことで人々に幸福をもたらしていきました。

つまり、利他に生き、見返りを求めずに徳を磨き続けることに一生を使いました。これによって自分の喜びがみんなの喜びになり、みんなの喜びを自分の喜びにし、それが一体なっていたのがわかります。自利の喜びではなく、利他の喜びこそ結の精神を醸成したのです。

来てくださった方々はみんな「あの家がこんなになるのか」と一様に感激されていましたが、私自身もこの家から本当に多くのことを学ばせていただきました。この半年間、徳を磨き徳を光らせる機会とご縁をいただけたことに何よりも深く感謝しています。

日本人は、暮らしの中に先祖から譲り受けてきた宝珠があります。それを磨きなおすことで日本人の徳は光り輝きます。子どもたちが将来、安心して生きていける世の中にするには今の私の世代がその宝珠をつなぎ、磨き輝かせてつないでいかなければなりません。

本気でやらなければ、誰かがやらなければなりません。まだまだはじまったばかりですが、同志たちを集め、この場、この脚下の実践から子どもたちに徳を伝承していきたいと思います。

 

藁ぶき古民家の甦生~徳の伝承~

今日、無事に藁ぶき古民家甦生のお披露目の日を迎えることができました。多くの方々に見守られ、支援していただき、ここまでくることができました。人の御縁はとても不思議なもので、何かを実現しようと思う時に四方八方から現れては力を分けてくれます。

動機が善であるか、私心はないか、そしてこれは子どものためになるかと自問自答しながらも徳を磨こうと取り組んでいくことでそれを一緒に実践してくださる仲間や同志に回り逢うのです。

このご縁をよく観察すると、ある人は、これからの未来のために必要な情報を取ろうとし、またある人は過去の何かの因果を解決しようと関わろうとし、またある人は、今を生きることを学ぼうと実践しようとされます。つまり、ご縁を活かすというものは生き方や生き様、そして志の輪が広がっていくことをいうのです。人のつながりは、志があってはじめて強く結ばれるということでしょう。

そしてこのご縁は、人とだけではありません。物や家とのご縁というものがあります。今回、藁ぶき古民家で暮らしを甦生する方が振り返りの映像の中でシンデレラストーリーのような話と言っていたのが印象的でした。

このシンデレラストーリーといえば私が思い出すのはプリティ・ウーマンという映画があってその主人公の女性が最初はみすぼらしい様から、紳士の指導によって次第に磨かれて美しく洗練された人物に変化していくというようなあらすじだったと思います。この話は、同時にその紳士もその女性によってさらに徳が磨かれて真の紳士に成長していくという話です。

これは今回の藁ぶき古民家と確かに共通点があります。誰もが価値がないと捨てられていた古民家を拾い、それを磨き上げていきます。この家が今は、美しく洗練された家に変化して甦っています。そして同時に、私自身も家から学び徳を磨く機会をいただき成長することができたのです。

私が古民家甦生をするとき、自分を主語にはしません。家を主語にします、つまり家が喜ぶかどうかを観て取り組んでいくのです。そうすると、家が喜べば私も喜びます。これが逆になると学ぶことができません。

人が学ぶことにおいて大切なのは、自然を主語にしたり、先祖を主語にしたり、徳を主語にしたりと、コミュニティを主語にしたりと、「私」を主語にしないということが大切です。私ばかりをみて、私が私がとなったら磨かれないのです。何を砥石にして自分を磨いていただくか、そこに人は自分の徳や魅力を引き出すポイントがあると私は感じます。

今日は、その藁ぶき古民家のお披露目会。

どのような姿になったかをみんなに見てもらるのがとても楽しみです。子どもたちにも、徳のある家から学び、見た目ではなくそのものが磨かれるとどのように徳が顕現するかを伝承していきたいと思います。

 

安心する社会

人間は自分というものを大切にしていくことで、他人を大切にすることができます。それはセルフブランディングともいい、自分の中のマイノリティを如何に大切に育てていくかということでもあります。

言い換えれば、「自分らしく」生きていくということです。最近のコロナで、自粛警察のように同調圧力をかけてはコロナ感染者をまるでいじめのように全体で追い込んでいく多数の人たちが出るのをみるととてもむなしい気持ちになります。

この同調圧力というものは、日本では村の掟や村八分などといって敢えて問題を避けるためにそこは暗黙の了解で空気を読みましょうという村の管理手法として用いられてきた仕組みです。個性を潰し、意見を潰し、勝手は許さないという強い圧力です。

それによって理不尽でも対話がなくても、みんなでその空気に従おうとする仕組みをつくり村は運営されてきました。この同調圧力によって、かつて真剣に生きた人たち、個性を持って素晴らしい感性を持った人たちのいのちが失われる悲惨な出来事がたくさん発生した故事や物語にはいとまがありません。

今の時代は、個々が自分らしく生きていく生き方が保障されてきています。そういう意味では、今はもっとも生き方や生き様を自分らしく表現し合える時代です。せっかくこのような時代に生まれてきたのに、自分の初心を守らず、理念や信念を貫かずに周りに合わせて問題が発生しないように空気に同調しては自分と他人の心の芽を摘んでいくというのはむなしいことであり子どもたちにはもっと自由にのびのびと個性を伸ばし尊重して見守り、居心地の善い場所を創っていきたいなと感じる日々です。

同調圧力で有名な言葉は「常識」というものがあります。これは言い換えれば偏見とも言い、思い込み、決めつけとも言います。アインシュタインは、「常識とは18歳までに身に着けた偏見のコレクション」といいます。18歳というのはこれは教育を受けてそうなってきたということを意味します。

例えば日本では、すぐに前例主義をとります。前例があれば認めますが、前例がないものはすべて非常識となるのです。私などは、何のためにそれをやるのか、また目的や理念に忠実に取り組みますから非常識なことばかりをやっています。ある人は、自分のことを天才と呼び、ある人は自分のことを奇人変人、発達障害とも言います。

吉田松陰は、信念をもって生きる生き方を通して教え子たちに「狂いたまえ」と指導します。今の教育とはまったく逆でまじめになれですが、松陰はこの道理を理解し自分らしく生きるためにも常識に捉われず信念を貫けといったのでしょう。

スティーブジョブズは、「常識?あ~凡人が仲良く生きるためのルールか!」ともい言っていたといいます。彼はそんな調子だから敵をたくさんつくったかもしれませんが、私たちはその恩恵で今のiphoneをはじめとしたアップルの製品を使うことができているのです。文句を言った人は、そういうものを利用しなければいいのに何事もなかったかのように享受されて使っているから不思議です。

もしも彼らがその時に同調圧力に負けて、村の掟や村八分を恐れて常識に縛られて無難に生きたらどうなったでしょうか。今の新しい世界はなかったように思います。温故知新できたのは彼らが挑戦したからであり、彼らを真に支えた仲間がいたからです。

つまり、本質的に何をしようとしているのか。そして一体、この人の本当の素晴らしさはどこなのかをみんなが尊重し合えるのなら空気を読むかどうかよりも、大切なのは理念を優先して生きていることをみんなで尊重し合う社会を築くことではないかと思います。

それが自分らしく居心地が善い社会を築くことであり、子どもたちが自分のままでいられる安心して信頼し合える社会になっていくと私は思います。古い体質のままそれを破れずに常識を押し付け合う人たちはこの国には大勢います。この空気を読むことが、相手を慮るものであればいいのですが他人に押し付けるようになったらそれは攻撃であり殺人に等しいと私は思います。

他人のことをとやかく言う前に、自分自身がどうであるか内省することがお互いを尊重し合うための真の掟やルールのように感じます。自分の至らなさを学び直しつつ、自分の中にある本当の個性やマイノリティを大切に思いやれる人になるように日々を必死に磨いていきたいと思います。

法灯と宝珠

英彦山にある霊泉寺の本堂向かって右側の宝珠一帯の木材が雨により傷み壊れていたので修繕を報謝させていただくご縁がありました。こういう機会をいただけたことに深く感謝しています。

この霊泉寺を調べると、英彦山修験のはじまりだといわれます。幕末に修験道は神仏習合で信仰を禁止され一気に廃れていきました。この霊泉寺は、元々の英彦山修験のはじまりであった霊仙寺の法灯を継ぎ昭和30年(1955)復興、そして平成元年(1989)には本堂や寺務所、庫裡が完成したとあります。

元々は英彦山は北魏の善正という僧が531年に英彦山内の洞窟に籠り、修行して仏教を広めたことがはじまりです。この時期は日本に正式に仏教が伝えられるよりも7年前ということになり、日本の仏教のはじまりはこの英彦山ではないかといわれます。この善正法師は最初は大宰府に来て仏法を弘めようとしましたが光が日子山にさすのを見て、山中の石窟にこもりその時機まで待つと決め修行をしたことがはじまりです。そして豊後の恒雄という猟師が善正に弟子入りし「忍辱」と名乗り英彦山修験が興ります。

この場所が、現在の玉屋神社がある玉屋窟です。この窟で忍辱は一心不乱に修行を積んで、如意の宝珠(世の中の人々を救うために役立つ不思議な力を持つ珠)を授かります。その珠は窟の奥から小さな倶梨伽羅(竜)が口にくわえて細い水の流れにのって現れたそうです。その珠が出現したことから、それまで般若窟と呼んでいましたがそれを改めて、玉屋窟と呼ばれるようになりました。この霊泉は今でも現存して滾々と湧いています。

その後、有名な修験宗開祖の役小角もここで修行したとされ、以後も義覚・義玄・義真・寿元・芳元(五代山伏)などが続きます。さらに弘仁10年(819)以降、宇佐出身の「法蓮」という行者が堂宇、伽藍、社殿などを造営し、霊山寺と名付けます。

この霊山寺という名前が霊仙寺になるのは弘仁13(822)年、嵯峨天皇より、「日子を改めて彦となし、霊山を霊仙に改め、四方七里を寺の財産とし、比叡山に準じ3千の僧を置き、天台の教えを学ばしめ、70州を鎮めて海宇の豊かなることを祈れ」とお言葉をいただいてからです。そこから900年間、英彦山はますます荘厳になりその信仰圏は九州一円、40万戸にも及んだともいわれます。元禄9年(1696)、英彦山は幕府により別本山と定められます。そして霊仙寺は江戸中期には坊舎800、山伏ら僧衆3000を数えるほどだったともあります。

今ではその霊仙寺は名前を変えて法灯を継ぎ霊泉寺となり玉屋窟から銅の鳥居に場所を移動させこの先にまた興るであろう未来の時機をじっと待ち、この先の修験道や山伏たちの御縁を見守っています。私は、時空や時間を旅をするのが好きですから約1500年以上の月日をその場で味わい、その中でどのような方々がここで暮らし、そして生きたのかに想いを馳せては徳を感じ心を潤します。

現在でも「不滅の法灯」といって比叡山延暦寺で最澄が御本尊の前に灯して以来、1200年間一度も消えることなく灯され続けている明かりがあります。今でもその灯りを道を継いだ志のある方々が偉大であり、その光はいつまでも心を照らします。

この英彦山には、宝珠がありそして法灯があります。

甦生させていくというのは、言い換えるのならこの法灯を守り宝珠を使うことです。私がさせていただけるのはどこまでかはわかりませんが、心の声に従って使命を果たしていきたいと思います。

 

お金のトレーサビリティ

ブロックチェーンではトレーサビリティとの相性の良さがありよく利用されます。このトレーサビリティとは、「その製品がいつ、どこで、だれによって作られたのか」がはっきりすることで原材料の調達から生産、消費、廃棄までを追跡可能な状態にすることができる仕組みです。

このトレーサビリティは、トレース(Trace:追跡)とアビリティ(Ability:能力)を組み合わせた造語です。

もともとは、食の安全で有名になった言葉で狂牛病が切っ掛けでもあったといいます。現在、牛舎にいけば牛の耳に識別番号のカードがついているのを見かけます。あれは牛トレーサビリティの一環で、牛が生まれてから店頭に並ぶまでの履歴を後追いできるシステムがついています。狂牛病のまん延防止措置の的確な実施を図るため、牛を個体識別番号により一元管理するとともに、生産から流通・消費の各段階において個体識別番号を正確に消費者に伝達するという仕組みです。

ブロックチェーンの相性の良さは、追跡でき情報を集約できること、また改ざんできないことがあります。ここでは食の安全を守るということで、食に関するすべて有機的につながっているものを安心安全に保つ状態にすることをフードトラストともいい、ブロックチェーン技術が活躍しています。

そして最近では一歩進んで、お金のトレーサビリティがはじまっています。

お金というのはよく色がないといわれます。この色とは、お金は手に入ったものがどのように自分の手元にあるのかがわからないということです。つまり一生懸命に働いて誰かのお役に立って入ったお金、もしくは悪いことをしてくすねたようなお金、もしくはどこかに落ちていたのを拾ったお金、あるいはその人が一生をかけて奉仕のために貯金したお金であっても、財布に入ったり銀行に入ってしまえば数字や紙幣といったものになります。

どのようにそのお金がここまで流れ着いてきたのか、どのような経緯で今のところにたどり着いてこれからどのようにそのお金が使われていくのかなどまではわかりません。よくマネーロンダリングなどといって、よくないお金をいろいろなところを経緯して使いまわし洗浄を繰り返せば、汚いお金の汚れもすっかり消えてしまうともいわれます。

同じ100億円であっても、その100億円がどのようにそうなったのかは数字ではでないのです。しかし、これは先ほどの食の安全と安心、フードトラストと同じで、どこかで改ざんされたり、変な使われ方をしたり、偽装されてしまうと一番名枠を被るのは信頼して使っている人たちであることは間違いありません。

その信頼を保つためにも、はっきりとそのお金がどのように流れて使われているのかをちゃんと追跡して、それを集約して明確に可視化されていく必要があるのです。つまり正直に取り組む人たちの信頼を守る必要があるということです。それが目的をもってお金を使うことであり、その目的に合わせてお金を流して目的が達成できるように有機的にみんなが安心して関われるようにできるということです。

これがお金に色をつけるということになるという言い方になります。例えば、地球環境に配慮したものだけを使いたいとなればそのように色がついたものにお金を使います。もしくは、未来の子どもたちのためにつながるもの、もしくは自然物として分解されること、循環を促すための仕組みで取り組んでいる人たちへの投資としてなど使い方は様々です。

実際には、本物をやろう、本当に価値のあることに費やそうとするならばそれ相応の時間や労力は必ずかかります。それは目には見えないところであり、その人たちの志や初心、生き方のところです。安く便利に儲かることだけを考えて本物風や偽物を偽装するようなことをやっている人に騙されるのはいい思いは決してしません。そんなことが発生しないようにこのブロックチェーンのトレーサビリティはお役にたっているのです。

これからの世の中、私たちは無意味にただお金を使うようなことはできなくなります。なぜなら、モノがない時代から物があふれる時代になり、ただあればいいから、本物で善いものを持ちたいと思うように変化していくからです。それは価値観の変化であり、人類はそろそろ本物に回帰したいと願う人が増えてきたからです。それだけ、この世界は流通が行き渡り情報が覆ってしまったということを意味します。

ブロックチェーンの可能性は、この情報の追跡と集積による智慧の活用にあります。私も現在、古き善き新しい仕組みを開発していますがブロックチェーンとの親和性は抜群であり、未来の子どもたちにとっても価値のあるものを譲り遺せると直観しています。

引き続き、この場から世界に未来の在り方を発信していきたいと思います。

コミュニティの甦生

コミュニティという言葉があります。本来の英語の意味よりも、日本人は別の意味でこの言葉を用いることが増えているように思います。最近では、トークンコミュニティという言葉も出てきています。少し並べただけでもコミュニティの古典研究、コミュニティビジネス、オンラインコミュニティ、地域コミュニティと地方創生、東日本大震災とコミュニティ、コミュニティデザイン、コワーキングスペースとコミュニティ、オンラインサロン、コミュニティマーケティング、コミュニティビジネス等々があります。

このコミュニティの定義をどうするかで、その言葉の理解も変わりますから少しこの辺を整理したいと思います。

コミュニティと同じくらいよく使っている言葉にコミュニケーションがあります。このコミュニケーション (communication) の語源はラテン語のコムニカチ(communicatio) だといいます。このコムニカチオの意味は「分かちあうこと、共有すること」だそうです。

そして英語のコミュニティ(community)語源は、ラテン語の communis が転じて communitas フランス古語のcomunete、英語のcommon 、中世後期に現在の使われ方になってきたそうです。

このコミュニティとは、共同体のことです。

ある一定の地域に一緒に暮らす人たちから、仮想的なところで共に生きる仲間たちという意味にも発展してきています。つまり、何をもって共同体というのかという幅が多様性と文明の発展によって変わってきたのです。

●●コミュニティと書けば、その価値観を共有する共同体ということにもなります。これが管理しない、管理されない、ともに主体的にフラットにオープンな共同体にしていこうという流れが広がっているのです。

通常は、最初は小さな組織、2人から3人なら管理などせずとも阿吽の呼吸で共同体を結び維持しています。それが100人、1000人、数万人、数十万人となれば誰かが管理するという仕組みを入れていきます。それが国家というものになり今の世界を形成しているともいえます。

しかしその大きなコミュニティとは別に、小さな地域でのコミュニティというものが存在します。それが地方自治であったり、ご近所さんと結んでいたりした小さなサークルであったり、親戚などと結んでいた血縁などです。

何かあった時にお互いに協働して助け合う必要があり、私たちは共同体を結んでいました。しかし、現代はそれを社会のシステムによって保障したりカバーできるようにしたことで今では1対国家の関係で解決できるようになってきました。そのことで得た利点とそのことで失われたものがあることにも気づいたのです。

具体的に少し事例を言えば法律でほぼ網羅した半面、法律では賄えないもの、つまり個人の善意や主体性が必要なものがほとんど政府や行政に依存するようになり失われています。その部分をそのまま放置すれば、国家が破綻して自治が壊れます。そうすれば社会も失われ法律も消失してしまいます。実は、絶妙なバランスで維持されているこのコミュニティは本来は、機械のようなものではなく生命体であるからその生命体を維持するためのお手入れは絶対不可欠なのです。

それをコミュニティとして甦生させようとするのが、現代の一つの流れであろうと私は思うのです。実際に人類においてのコミュニティの本質は相互扶助であり思いやりや助け合い、一緒に暮らしていく人々とのつながりを醸成していくのは古今普遍的なものです。それが失われてきている現代というものは、人類にとってはこの先を生き延びることができるどうかの重要な局面を迎えているということでもあります。

どのようなコミュニティを創り出そうとするかは、この先の人物たちの主体性と覚悟で決まります。子どもたちのためにも、私は徳を用いたコミュニティをこの世に甦生させていきたいと思います。