太古からの道

季節の変わり目というのは観察し続けることで実感するものです。日々の微細な変化、身近な生き物たちを観ているとそれぞれが自然に必然に絶妙なタイミングで成長していきます。その成長に合わせて、自分も心身を調えてその時々の働きをしていくことで自然の循環が察知できるようになるものです。

現代では、人間都合のスケジュールで仕事をし、自然とはあまり関係がない経済効果や目先の問題解決ばかりに躍起になります。しかしそうした中でも自然はいつも通りに変化し、また循環をし、すべての生き物たちは全体最適になるようにそれぞれに進化を已みません。

人間にとっての大きな変化よりも、自然の変化の方がはるかに偉大で悠久の時間をかけて変化します。その偉大な変化にあわせて、何をどう順応していくのか。それぞれに自然は悠然とそして必死に今を生きていきます。

人間の善さは、自然をよく観察し、それが調和するように周囲に場をつくりあげることができることです。人間がいることで、生態系が豊富になりそれぞれが調和するように美しい風土をつくりあげることができます。

かつての日本の原風景や、日本の杜にはそれを実感できるものがまだ残存しています。自然の循環をやめてしまえば、都市化は進みさらに環境は汚染されていきます。経済を優先し、経済以外は排除してきた中で日本の田んぼは失われ、空気もお水も汚れ、自然災害も増えてきました。そろそろ目覚める時機ではないかとも思います。

いよいよとなれば、さすがに目を逸らすことはできません。では何をすればいいのか。それは一人一人が目覚めて、自分の身の回りから改善し実践していくことです。暮らしフルネスはそれを実現する一つの手段でもあります。

太古から続く、普遍的な日本人の道をお手入れして遊行していきたいと思います。

建具の美しさ

現在、浮羽の古民家甦生で建具を色々と調達しています。解体された古民家の建具、また実際に古民家に住み使わなくなったものを譲ってくださったもの、あるいは古材の建具専門の業者の方から仕入れています。

建具は、サイズもあれば用途も異なります。現代のようにどの住宅にも合うような量産するものではありませんから一枚一枚まったく同じものはなく個性があります。その個性の組み合わせで日本の民家は構成され和が美しくなります。

この和の美しさは、単に工芸品としての美だけではなく採光、防犯、遮音、調湿、観賞、風通し、機能性、智慧などが豊富に和合している美しさのことです。調和するとき、場が生まれます。場が生まれるというのは、それだけ調和が見事に和合したということでしょう。

私は建具は組み合わせで観ていきます。もちろんゼロからつくる場合は微細なところまで職人と話し合うのですが、すでにあるもの、古建具などは修繕をして磨いて新しくて配置していきます。つまり組み合わせをよくよく調えていくのです。

もともと建具の歴史を調べると、日本最古の建具は飛鳥時代の法隆寺金堂の板戸と言われています。そして一般的に暮らしに建具が導入されるのは平安時代の寝殿造りだといわれます。寝殿造りのときには、あらゆる建具が登場してきます。蔀などもとても印象的です。日本人らしい自然との調和、適度な自然との折り合いが暮らしに取り入れられています。

そして桃山時代から江戸時代が書院造りになります。私が取り組んでいる古民家甦生は江戸時代から明治が多いので書院造りを参考にしているものが多いです。職人たちの意匠も見事で、建具はどれもうっとりします。欄間や襖、そして板戸、帯戸、舞良戸、格子戸、あらゆるものが美しく飴色に変化した建具の美は言葉になりません。

そして明治以降になると、西洋の思想が入ってきて気密性や断熱性、アルミサッシなど入ってきて現代では3Dプリンターなどであっという間に建物は完成します。建具は、耐熱や防音ガラス、木材よりも化学加工物が増えている印象です。あっという間に田んぼがなくなり住宅地になりますし、タワーマンションなども鉄筋コンクリートで仕上げています。自動ドアで重厚な金属、西洋建築のようになっています。

日本人の木造建築技術は世界一ともいわれます。それにはそれだけの歴史があるということです。法隆寺は1300年経った今でも現存してしっかりと建っています。

自然と調和してどう生きたか、私の建築のルーツは法隆寺です。法隆寺に倣い、この国の子孫の平和をいのり今度も一期一会の場に仕上げていきたいと思います。

蒸しの智慧

蒸し料理というものがあります。一般的な焼きなどと違い、蒸し料理は栄養素が消失しないものとして旨味を残す健康的な料理として知られています。この蒸しというのはどのような効果があるのか、少し洞察してみたいと思います。

もともと蒸し料理の由来は東アジアで発達したといわれます。今から6000~7000年前の中国新石器時代に黄河流域の遺跡から粘土で作った蒸し器が発見されています。それ以前まではゆでる、煮る、焼くといった調理法が基本だったと考えられているそうです。

日本への伝来は中国東北地方、朝鮮半島を経由して3世紀頃の北部九州に入ったといいます。具体的には福岡の西新町遺跡から土製蒸し器が出土しました。

もともと土器を使った調理は、蒸しの要素があります。石を燃やしてその石に葉っぱを乗せて蒸し焼きにしていましたから縄文時代から蒸し料理のようなものはあったのかもしれません。

現在、薬草風呂をつくっていますがこの薬草風呂は蒸し風呂です。私たちの身体も蒸すことで毛穴が開き、身体が蒸気によって柔らかくなり緊張がほぐれます。これは蒸し料理を見ていたらわかりますが、野菜なども透明になって活き活きしてきます。玉ねぎなどは、透明になりじゃがいもなどもほくほくです。

お水というのは、蒸気になることで非常に粒子の細かい水分になりそれが密閉されると全体に水分が行渡ります。

畑などをし野菜をつくっているとその土の中に手をいれると蒸されているのがわかります。土が発酵しているのです。この蒸しというのは発酵と関係があるように私は思います。私たちの身体も水分を常に吸収し、それを身体から発していますが服の中では蒸しているともいえます。私たちが蒸しているのは、私たちの身体も発酵しているからです。

私は自然養鶏で烏骨鶏を飼育していますが、この土もいつも蒸しています。水分がなくなればサラサラになりますが、少し水分を入れたらまた発酵します。

蒸していくというのは、この発酵を促進させる効果があるようにも思います。御餅なども蒸してつくりますが、それが美味しさの秘訣になっているようにも思います。

色々と蒸しの智慧を深めていきたいと思います。

不老不死とは

「鶴は千年、亀は万年」という言葉がります。この言葉は元々は中国の淮南王朝に書かれた思想書である「淮南子」の第十七説林訓に「鶴歳千歳、亀歳三千歳」という言葉が由来だといわれます。

古来の中国では仙人がいて、鶴や亀は蓬莱山に棲み仙人の使いと信じられてきました。長寿の目出度い存在として、縁起のよい生き物としてむかしから重宝されてきました。そこから縁起物や贈り物に鶴や亀がよく使われます。

実際の寿命を調べると、鶴は50年くらい、亀は大きいものだと250年くらい生きるともいわれています。通常の鳥や動物よりも長生きするのは事実ですが千年も万年も生きてはいないようです。

もともと仙人というのは、中国の古来の信仰の一つで道教でいう長年の修行で超自然的な力を持った存在として崇められてきました。神様というのは、先天的に神聖で絶対的な存在なのに対して仙人は後天的に修行や自己修養をし不老不死の存在になったものをいいます。仙人は真人ともいわれ、超自然的な力を縦横無尽に発揮できる存在でもあったといいます。かつての人間ということでしょうか。人間は進化の過程で人間性を失い劣化していきました。原初の人間は、自然の中でどのように振舞ってきたのか。歴史を辿って観てみたいものです。

話を戻せば、鶴や亀のいる蓬莱山は「仙境」と呼ばれる土地です。世間や世俗の煩わしさから解放された清浄な場所とされそこに仙人もいると信じられてきました。

もともと英彦山は、かつて仙人の棲む仙境であったといわれてきた聖山です。宿坊に滞在して場を調えていると、仙境のイメージがたくさん湧いてきます。自然の音だけが聴こえてきて、時が止まっているかのようです。

そして不老不死とは、何か。

これは単に物理的にいつまでも若々しくて死なないという意味ではないことは直観します。現代では、メタバースやクローン、遺伝子組み換えや冷凍保存、マインドアップロードなどあらゆる技術で不老不死に挑んでいる人たちがいます。これは物理的に若々しくて死なないことを修行ではなくテクノロジーで実現しようとするものです。

そもそもこれらのテクノロジーというのは、苦労や修行をしなくても簡単便利に手に入れる方法を指すことが多いように思います。その方がお金になりますし、その方がこの世の真理に逆らっていくことで膨大なエネルギーを消費できるものです。

実際の仙人の不老不死は超自然的なものであることがわかります。それは永遠の循環と一体になっていることです。つまりはこの地球などの存在そのものになっているかのようなものだと感じます。

郷里福岡の禅僧、仙厓和尚が「鶴は千年、亀は万年、我は天年」といいました。天年とは、天命を生きることです。実際には、それぞれに天命がありそのままになること、そのままに生きること、その存在こそが永遠の循環になっているように私は感じます。

仙人になるというのは、どういうことか。不老不死とはどういうことか、これからも豊かに楽しく修行を味わっていきたいと思います。

暮らしの甦生

英彦山の守静坊で薬草園をつくっていますが、色々と考えることばかりです。本来は薬草は山で採取していくものです。しかし英彦山は国定公園のために許可なく採取できません。正確には、耶馬日田英彦山国定公園といいます。

この国定公園を調べると、自然公園法に基づき環境大臣が指定し、都道府県が管理する自然公園のことです。具体的には、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養および教化に資することを目的として指定するものとあります。

調べると、国定公園の風致を維持するうえで支障があるものは全部ダメとあります。
自然公園法第20条第3項第11号に「高山植物その他の植物で環境大臣が指定するものを採取し、又は損傷すること。」とあります。高山植物は採取はダメだということです。もしも採取又は損傷する場合には、国立公園にあっては環境大臣の、国定公園にあっては都道府県知事のそれぞれ許可が必要とあります。

ただ環境省では、自然公園法施行規則第11条第24項で「学術研究その他公益上必要であり、かつ、申請に係る場所以外の場所においてはその目的を達成することができないと認められるものであること。」第2号「採取し若しくは損傷しようとする植物が申請に係る特別地域において絶滅のおそれがないものであること。ただし、当該植物の保護増殖を目的とし、かつ、当該特別地域における当該植物の保存に資する場合はこの限りでない。」としています。

そもそも高山植物は、最初からあったものなのか、それとも人工的に人の手によって植えられたものなのか。またお山での人々の暮らしにどのように関係してきたのか。そこには先人たちの智慧や暮らしの文化ががあります。ただその植物を物としてとらえれば、何もしないで放っておくことが保存となっていますがもしも人の手が入っていたのならそれは人の手が入り続けなければ保存とはいいません。

これは古民家でも同じことです。カタチだけの古民家を保存して大量の補助金を投入してその後は、見学料を数百円とってショーケースのようにしても古民家を保存したとはなりません。

古民家は周囲の環境と循環するように建てられ、そしてその循環を維持する仕組みになっています。例えば、藁ぶき屋根の古民家では藁を採取して藁でふき替えていきます。茅葺も同じですが、ちゃんとその地域の素材や原料が暮らしの中で活かされ周囲の環境がより豊かになるように人の手が入っているのです。

本来、高山植物や薬草も同じくちゃんと暮らしの中で活かすことがあってはじめて保存しているともいえます。今の保存の考えでは、高山植物はどこにあるのかもわからなくなりますし枯死したりあるいは絶滅してしまいます。私は宿坊で薬草園をしますが、基本はハーブが中心で木々などは移植したりしないと難しいものです。しかし実際に採取禁止されていますから、採取ができません。

提供してくださる人たちから集めて少しずつ、宿坊の敷地内で活用していくところからやっていこうと思っています。

本来の暮らしを失えば、すべて保存することはできないのです。大きな矛盾ですが、保存は暮らしの断絶を推進しています。本気で保存する気があるのなら、ちゃんと暮らしを甦生してほしいと思います。

まずは自分一人からでも丁寧にお山の暮らしを甦生させていきたいと思います。

忙しい

人は忙しくなってくるとそこまでのプロセスを味わうことをやめてしまうものです。あるいは結果ばかりを気にしてプロセスを味わいたくないから忙しくするというものもあります。本当は、素晴らしい体験や経験、その経過は一期一会で人生において最も有意義で価値のある時間だったとしてもそれを敢えて忙しくすることでプロセスそのものを味わいたくないものにしてしまっています。

つまり忙しいというのは、単にやることがいっぱいで納期や期限があるから忙しいというものだけではなく結果ばかりを追い求めていることを忙しいともいうように思います。

私たちは体験させていただくことや経験すること、そして経過そのものが本来の人生ともいえます。結果も大切ですが、結果が喜びになるのはその経過が素晴らしいからです。その経過を楽しみ、その経過を慈しみ、その経過から人生は彩られ豊かさに溢れます。

私は座右に人間万事塞翁が馬というものがあります。これはよくよく観察し、じっくりと待つことで別の結果があることを學ぶ格言です。

実際の人生は、思った通りにならず思った以上のことが発生します。その時々で、よくよく自分の人生における経過を観察し、その経過にどのような気づきがあったか、何を学んでいるかを繰り返し内省していると恩恵の偉大さに感謝することばかりです。

まさに探そうとしても探せず、手に入れようとしても手に入れることができないほどの一期一会のご縁をいただいていることに出会います。それが経過の有難さです。経過を忘れるほどに日々に結果ばかりを追求していたら、一期一会の仲間との邂逅やまさに天恵などの奇跡の贈り物、あるいは役割をいただけることへの感謝、身体が動くこと、生きがいややりがいなどもおざなりになってしまいます。

忙しいというのは、とても大きな損失であり見落としばかりの日々を過ごすことになるかもしれません。微細な変化、成長、感謝、邂逅、奇跡に気づくことができる人生はとても豊かです。

忙しいという価値観に呑まれないように、一度きりの限られた今世での一生涯、丁寧に一円対話や内省を続けていきたいと思います。

問題と先生

問題というものがあります。問題というのは、問題そのものを直視し見つめるときにはじめてその問題そのものが大切な答えを持っていることに気づきます。問題を解決しようとする前に、その問題そのものをよく見つめることからというのが問題の本質であるように思います。

思い返してみても、問題をそのままに解決するということはできません。問題をよく見つめずに解決策を考えても問題がなくなるわけではありません。そもそも問題というものは、それが悪いものではなくその問題そのものが価値があることがほとんどです。その価値がある問題の意味をよくよく洞察すると、それが自分の本当にやりたかったことや、自分のお役目だったり、あるいはそれが全体最適につながる最適解だったりすることがほとんどです。

ではなぜ問題を直視できないのか。

それはその問題に感情がつき纏うからです。問題の解決には多大な感情のプロセスや時間、あるいはエネルギーを費やすことが観えているからです。そこには例えば自分の内的トラウマが潜んでいたり、乗り越えなければならない壁が立ちふさがっていたり、あるいは膨大な時間やお金が必要だったりと色々と観えてきます。すると、問題が大きくなるばかりで問題そのものを直視することができなくなるのです。そうすると問題の先送りをしたり、問題を挿げ替えたり、問題を避けて通ろうとするものです。一度、その選択をしたら問題を正面から直視することがさらに難しくなるのです。

問題を直視するというのは、この問題の本質は何かということを突き詰めることです。そこには様々な複雑な感情があるかもしれません。それをひっくるめて正面から問題そのものを見つめるとき、問題そのものが自分を導いて大切な気づきを教えてくれるものです。

つまり問題とは、本来は自分の先生ということになります。

先生は答えを教えてくれる人ではなく、問題を教えてくれる人です。問題を教える人は煙たがられ、嫌われることも多々あるものです。しかし、本当の問題を教えてくれるのならそれは自分をより成長させ、真の意味での解決、つまり生き方を学び直すチャンスとなります。

問題とは、その時々で自分の人生において生き方をはじめ最も大切なことを学び直すチャンスです。

問題をがあることで人生は豊かになります。問題をチャンスと捉えた時点で、禍転じて福になるものです。ピンチはチャンスというのも善い言葉です。ピンチの由来は、英語のクライシスでそれはギリシャ語のカイロスといい、これはチャンスというそうです。

やっぱり問題は生き方を換えるチャンスだと思うと、問題ばかりの人生はチャンスをたくさん持っている状態ともいえます。

そして先生とは、いつもチャンスの切っ掛けをいただける存在です。

何でも問題を悪いものとせず、問題こそ人生の醍醐味として子どもたちのお手本になるように豊かに明るく挑戦していきたいと思います。

 

真の豊かさ

私が大好きな政治家の一人であったウルグアイのホセ・ムヒカ氏がお亡くなりました。世界一貧しい大統領と世間では呼ばれていましたが、現代のような消費経済で忙しくする世の中においては世界一心の豊かな大統領ということになるのでしょう。

今の時代がどういうものか、客観的に見つめると現代の時代の中でリーダーと呼ばれる経済大国のトップたちは心が豊かな大統領というよりは、世界一の富裕を目指し貪欲に際限なく富を世界からかき集めようとする心が貧乏な大統領という印象ばかりです。いくら豪華な家で豪華な車、そしてありあまる富を持っていようと常に時間を切り売りしては地球上の資源を奪い合い、自国ファーストといって富裕層の人たちの生活を守るための経済状況を維持することだけに躍起になっていく。ここに真の意味で人類の幸福があるとはとても思えません。

そもそも人類が今のように消費消耗経済に突っ走るようになってからもうどれくらい時間がたったでしょうか。ひたすらに時間を切り売りして、労働をしもっともっとと大量生産大量消費を繰り返してきました。気が付くと、地球は化学物質に汚染され人口は増え、資源は枯渇し、生活習慣病の嵐です。病気や薬も増え続け、食糧は美味しくもない合成添加物や防腐剤まみれ、くだらないマスコミネタで毎日のニュースは溢れます。戦争は経済戦争に止まらず、経済のために実際に戦争をおこしては武器商人たちの経済が潤い続けています。

この経済というものの考え方を社会スタイルの第一等に換えてから人類は自分たちの生活スタイルも大きな変更をしてきて今があります。資本主義を中心に産業を拡大させ、消耗消費することで世界が潤うと幻想を持ち、今のように便利な社会スタイルを確立させていきました。同時に、その社会スタイルにあわせて一人一人の生活スタイルも変えていきました。その結果、どうなったか。

便利なもの、効率的なもの、時間はなくなり、お金は増え、物が溢れ、何でも使い捨てる生活が最も価値があるようにみんなで信じ込んできました。もっともっとと使い捨てれば使い捨てるほど、ゴミを増やせば増やすほど経済がまわると信じ込んだのです。笑いながら古臭いと先人の智慧を捨て、丈夫で長く使えるものを捨て、自然と循環するものを捨て、そして人間らしさも捨てていきました。

もうここまで来ると、気が付くどころか消費消耗し続けられるためにさらに新たな消費消耗できるものを探しては経済のために命懸けで人生の全部を差し出し生きていく生活スタイルに誰も疑問も持ちません。

本来、人間は何のためにこの世にきたのか。

これは人間に限らず、すべてのいのちの問いです。それは仕合せになるためなのは誰でも知っています。では何が仕合せなのか、それに向き合うには今を生きる人たちの生活スタイルから見直す必要があります。なぜなら、人は暮らしによって仕合せを確認することができるからです。この暮らしがつまり生活スタイル(生き方)のことです。

自然と共生し、先人の智慧と共に生きる暮らしは、徳が循環するような生活スタイルになっていきます。私が実践する暮らしフルネスは、その生活スタイルから自らの生き方を見直すという一人一人の改革の道です。

結局、国家や時代に不平不満を言うのは簡単ですが、全てが敵ではありません。恩恵もあります。ただ、際限なく恩恵を貪るというのはどうかと思うのです。実際には目先の便利に走る生活スタイルを少し休め、足るを知る暮らしをみんなで小さくても実践するところからはじめればそのうち一人一人の目が醒めてきてみんなもそのうち真の豊かさや仕合せに氣づく感性も磨かれていくようになります。一人が目覚めれば、そのうちみんなが目覚めるのです。目覚めると信じて鐘を打たなければ誰も目覚めることはないのです。

徳を積むのも徳を磨くのも、仕合せになるからでありみんなで長い目でみて地球の偉大な循環や調和と一体になって子孫を見守っていきましょうというお声掛けです。暮らしフルネスを一緒に取り組む人たちは、自分がまず足るを知る暮らしがいいと実践してほしいと思います。

最後に、ホセ・ムヒカさんの言葉です。

「日本にいる子供たちよ。君たちは今人生で最も幸せな時間にいる。経済的に価値のある人材となるための勉強ばかりして、早く大人になろうと急がないで。遊んで、遊んで、子どもでいる幸せを味わっておくれ」

いつの時代も普遍的ないのりや願いは子どもたちが仕合せになる世の中にすること。永遠にそうあってほしいと真の豊かさを知り、私も私の役割と人生を全うしていきたいと思います。

場をととのえる

この世は陰陽調和によってバランスをとっています。男女をはじめ、光と闇、あらゆるものは調和するように顕現しています。その調和は、一対一の調和だけでなく全体調和というように万物があらゆる調和をハタラキ一つになります。

例えば、一つの花であっても種から芽が出て葉をつけ花になりそして枯れて種になります。この花の一生もあらゆるものとのバランスに包まれて存在します。その花もまた近くの花々や虫たち、微生物、太陽の光や雨などをうけて全体調和しています。枯れることも全体調和であり、花が咲くこともまた全体調和です。全体調和は、あらゆる無限のものと調和します。

不思議なことですが、宇宙の星々の一つ一つの運行や光もまたこの微細ないのちの変化と調和するのです。いのちの安心感とは、どんな状況であっても調和しようと活かされているということかもしれません。

そして調和を身近に感じるのは不調和を感じる時です。例えば、心身の病気の治癒によって気づいたり、あるいは天候の急激な変化によって気づいたり、日々の瞑想や内観によって気づいたりもします。

つまり何を不調和と感じたか、そして何を調和と感じたか、そこには場があり間があり和があります。この場と間と和というのは、私たちが調和を感じるための一つの指標になります。

私が取り組む場の道場では、この3つを1つに調和する仕組みを磨きます。

場の中には、その調和の極意がありそこに私たちの活かされている偉大な徳を実感するのです。これは現代でも古代でも、自然が変わらないように自然に対する仕組みも変わりません。

丁寧に暮らしフルネスで場を調えていきたいと思います。

心身脱落

身体というのは、ゆっくりと快復していくものです。骨折の時もそうでしたが、今回の風邪も快復にかなりの時間がかかっています。外からすぐに変化が見えないものだから、周囲からはどうにもないように見えますが実際には身体は壊れた組織や炎症を時間をかけてじっくりと時間をかけて快復します。

若い時と比べてしまうと、代謝がわるくなっていますから時間がかかります。しかし時間がかかっても、免疫が働き快復していくというのは感謝しかありません。

その快復を手助けするのが、食事や睡眠、軽い運動をはじめ精神や感情が安心安定することです。特に食事をジャンクフードにしたり睡眠を妨げたり寝たきり、そして不安や恐怖というものが快復を遅らせます。

人間は心身脱落することで自然治癒が発揮されます。この心身脱落とは、受け容れることのように私は思います。

かつて私も帯状疱疹をはじめ、インフルエンザに色々と高熱で魘されることがありました。もう40度近くまで熱があがると、このまま死ぬのではないかと苦しみに悶えるものです。その理由も、何とか治そう、何とかして熱を下げようとするからかえってきつさが増していきます。しかしある時、もうどうにでもしてくれと、諦めて全てを手放すとそこから不思議と熱が下がり楽になっていくのです。つまり氣楽になっているということです。

この心身脱落というのは、いつも氣楽にしているということでしょう。

お氣楽、極楽でいることで自然免疫はより効力を発揮していきます。なんとかなるさと道を歩んでいくことは自然の徳に和合していく近道なのかもしれません。

色々な体験を修行の一つにして、未病治癒の学びに精進していきたいと思います。