場こそ誠の教育

福岡県朝倉市の旧三輪町にある大神いにしえの田んぼで無事に自然農での稲刈りと稲架かけを行うことができました。各地から仲間たちが集まり大勢での和気藹々の稲刈りでした。高齢の方々から子どもたちまでたくさん参加してくれて田んぼにはとても懐かしい風景が広がっていました。

一つの田んぼで、みんなで力を合わせて稲を刈り取っていく。実りの秋に、稲の薫りに包まれて美味しいお米を食べる以上の仕合せはありません。まさに育てる側も食べる側も田んぼもみんなが仕合せになる「場」が産まれていました。

ここで稲架かけした稲藁はこのあとしめ縄になったり納豆づくりに役立ったり、草鞋や藁細工や調理の燃料等で活用されていきます。もみ殻もまた燻炭にしたりあるいは畑の大切な養分になります。稲は捨てるところは一つもありません。

私たちは太古のむかしから稲と共に暮らしてきました。現代は、収量をとるために結果だけを追い求めプロセスや仕合せを無視している農業が増えてきています。職業としての農業はお金を優先していることはわかります。しかしむかしの農家は金銭を得るための職業ではなく、心豊かな暮らしのために稲を選びました。稲には、不思議ですが人々を結ぶ力があり、和の心を育てる働きがあるように私は感じます。

田んぼには、トンボやカエル、そしてたくさんの生き物たちが秋を謳歌していました。日本人にとっては季節季節でめぐるすべての生き物たちもまた暮らしを彩る大切な家族であったように思います。

ふと立ち止まりみなさんに今の時代こそ問いたいのです。私たちが子孫に譲り遺したい懐かしい未来はどのようなものでしょうか。真の人間性とは何か、人間のもつ徳とはどのようなものかということです。

人間が素直に育つことこそ地球も真に豊かになるように私は思います。そして人間が素直に育つために教育があります。心を澄ませば、日本の先人たちの純粋な思いやりや生き方を各場に発見できます。

本来、「伝承の場」こそ誠の教育だと私は思います。

日本の田んぼには日本人の和の精神、つまり「至誠」があります。天地の真心が隅々までいきたわり、その中で人が育つのです。子どもたちにどのような「場」を遺していくのか、私たちは先人たちの偉大な恩恵や智慧や文化、その教育の場を授かってきた一人の大人としてこの今も新たな「伝承の場」を創造していくことを何よりも第一義にしていく必要があると感じます。

これが私が二十四年間、社業として幼児教育に携わったきて氣づき、今の答えを生きる全てです。

今週の4日、9時半から綱分八幡宮で参道の竹藪のお手入れを地域の子どもたち50人と仲間たち20数人でご奉仕する伝承の場を創ります。そしてそれを捨てずに竹垣にしたり竹炭にします。

みんなが恩返し、そして徳積循環の喜びに生きられるよう生きている限り場を見守っていきたいと思います。

普遍的な道続き、新たな場とのご縁、心優しい仲間たちと同志に心から感謝です。

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