和の伝承

文化というものは伝承していかなければ失われていくものです。文化とは何か、それは先人が長い歳月を経て教育してきた智慧のことです。智慧も生き物のように呼吸をしていて、呼吸をしなければ死んでしまいます。その呼吸は、長い歳月をへて人々の間で行われていくものです。

例えば、伝統的な神事などがあります。特に稲作を通して神事は継承されてきました。稲作が消えれば神事もまた消えていきます。意味があった伝統も、その意味がなくなってしまえば形骸化していきます。形骸化というのはまさに呼吸を止めてしまうことに似ています。

私はよく和と和風の違いを話します。和は呼吸があり、和風には呼吸がありません。和風というのは、例えば見た目だけが和のように見えるのならそれを和としようとする考え方のことです。和が本物であれば、和風はよく似せた偽物ともいえます。偽物でも和なのだからとそれを和と言い切ってしまえばそれは和風です。本物の和風の方が、現代では和よりもいいと思っている人もいます。しかしそこには、何が失われたのか、どのようなリスクがあったのかを検証している人はほとんどいません。子どもたちや子孫のことを思うと、便利さやお金で智慧を捨ててしまうのはとても残念なことです。

智慧とは、体験や経験によって得られたものです。いくら人工知能が発展しても、時間をかけることはできません。時間をかけるというのは、それだけ長く呼吸をするということです。樹齢3000年の樹木をAIが3年でつくることはできません。現実として、2997年が必要だからです。

AIがやっているのは、あくまで知能の合理化や効率化です。知能がつくる仮想空間は自然とは異なります。まさに先ほどの和と和風の違いと同じです。人間の営みは本来は、自然と共生する暮らしの中に存在します。それが和です。しかし、それを様々な理由をつけては自然を破壊してエネルギーなどを含めた搾取をして環境保全をしていると謳うのはまさに和風です。

取り返しのつかないことをしては、政治だからと諦めていたら終焉はもう目前に迫っていくのを感じるばかりです。そういう時は、政治を何とかしようというのもありますが、本来日本の政治は「まつりごと」です。これもまた稲作をはじめとした伝統神事の中に存在したものです。

時代が変わっても、何を先人たちはしてきてどのような未来を目指して生きてきたのか。それを呼吸をするようにつなげていくことが、和の伝承にもなります。

引き続き、暮らしフルネスを通して和を丁寧に紡いていきたいと思います。

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