浄化する農法

昨日は、自然農の田んぼに田植えを行いました。取り組みから10年目に入りますが、年々収量を減らしていきます。本来は、収量を上げていくのが当たり前でしょうが敢えて収量を減らすことを実験しています。

実は、むかしの田んぼと名付けた千葉の神崎の田んぼもまた収量を減らしています。現代は、大量生産大量消費の時代ですから逆行するようなことをすると変人奇人だといわれますが、本来は分相応の量に調整して生きるのが人類の智慧であるのです。

現在は、先人からいただいた智慧を蔑ろにし、便利に量産しますが果たしてこれが本当に自然の理に適っているかを考えている人は少ないように思います。自分の利益ばかりをみんなが追いかければ、その利益競争の結果として全体が貧しくなることもあるのです。

田んぼであれば、生態系が減少し、多様性も失われ、そこにある自然の循環を歪めて生命の楽園が非常に貧しい場所に換わっていきます。そもそも田んぼの一部を私たちも他の生命と共にお借りしているという意識と、この田んぼは人間様のものでよそ者は一切入ってはならないという意識では田んぼ自体の持つ定義も個性も異なっていきます。

私が一緒に取り組んでいる伝統農家さんの田んぼはみんな生態系が豊かであり、生き物たちの楽園で生命が溢れんばかりに漲り、その中で稲がイキイキと育ちます。当然、農薬も肥料も追加せず、自然に任せて自然が喜ぶような農法を行います。

そのためには、人間が取り過ぎないことが重要なのです。アイヌ民族では、自然の利子分だけをいただくという謙虚な言葉があります。あくまで自然のために尽くし、その結果として得られた多少の利子分だけで生活を営むということです。

質素倹約に努めて、自然の掟を守れば、その利子だけで十分一族を養っていくことができます。現代社会においては、みんなが売り上げ競争をし利益の確保ばかりに躍起になりますから利子ではなく、借金でみんな一族を養おうとします。

その借金は利子ではないから、子孫へのツケになります。このツケは、次第に大きくなり返せないほどになってしまいます。田んぼであれば、田んぼの土が枯れてしまい肥料の肥毒や農薬の薬害によって作物が育たない場所になってしまうのです。

だからこそ、私たちは敢えて自然が喜ぶように収量を減らすこと、そしてその分、その田んぼの生き物たちが安心して謳歌して暮らしを楽しめるような場を確保することが重要なのです。

自然農の田んぼは、この時期は沢蟹やエビ、オタマジャクシにカニワナ、蛇や蜘蛛などの子どもがたくさん生まれています。田んぼで田植えをすれば、小さな生き物たちが溢れ、まるで一つの保育園のようです。

その保育園で環境を用意して見守る私は、まさに保育者ということでしょう。私が保育する環境は、適度な距離感によって和を与え、枯草を集めて稲に布団をかけて安心させます。多様な生き物社会の中で、みんなと共生し貢献し合って生きていけるように配慮します。

これだけを守れば、今年もまた立派なお米になってくれるでしょう。当然、このあとは雑草が生えて多少の草刈りや、スズメが来る時期は紐で防いだり、見守りと手入れは必要ですが田んぼの清々しさは御蔭様で年々増すばかりです。

私の実践する農法は、きっと自然が喜び運の善くなる浄化する農法です。浄化とは、いのちを尊重し合うことで透明で純粋な光のような存在に近づけその中でいのちたちがそのままあるがままをオープンに見せながら生き活かしあう場を育てることです。

これから1000年を見据えた教育は、むかしの田んぼの智慧から学ぶべきではないかと私は思います。この智慧を、具現化して実際の保育現場に届けていきたいと思います。

人類の反省と生長

私たち人類は、長い間何を食べてここまでいのちを永らえてきたか。過去には、様々な飢饉や飢餓を体験してきた人類は食糧難の大変さを身に沁みて味わってきた民族でもあります。

しかし現代は、食料過多で大量の食糧を日々に廃棄しています。特に日本は世界で6番目の一人当たりの食品廃棄物を出している国家でアジアではトップです。まだ食べられる食材を年間約621万トン捨てているということになります。

約621万トンの内訳は、スーパーや飲食店などの事業系が約339万トン、家庭系が約282万トンとです。世界では飢餓で苦しんでいる人たちがいて、その食料援助量は約320万トンといわれます。その倍を捨てているのだから、信じられない数字です。

かつての日本は、質素倹約し、捨てるものが一切ないほどの循環型社会を江戸時代に築いていました。100年ちょっとの間に、こんなにも循環しない消費のみの社會を築き上げ、捨てるものばかりの国家になったのは驚くばかりです。

徳を積む国家から、徳を減らす国家になり、先人たちが積み重ねてきた大切な実践を手放し、アジアのどの国よりも廃棄するようになったのを知って先祖は今、どのような気持ちだろうかと考えてしまいます。

特に日本で廃棄される理由は、賞味期限の短さだといわれます。まだ食べられるようなものも、現在は食材を確認するのではなく消費期限や賞味期限だけをみて判断するようになっています。冷蔵庫や保存がきくにも関わらず、なんでも期限が切れたら捨てていきます。これは食品業界が、この数十年のうちにその体制を築き上げていったとも言えます。

見た目ばかりの食品をつくるのは、たくさん買ってもらうためです。見た目を意識するばかり、肝心な食というものの本質が崩れていきました。食はいのちそのものであるというよりも、見た目の美味しさの方が価値があるようになっていきました。

現在、コロナで飲食業は大変な思いをしていて友人の経営者たちも苦労していますが敢えてここで本来の食とは何だったのかを立ち止まって見つめ直す機会かもしれません。

最近は、行き過ぎた乱獲で魚はいなくなり、田畑は農薬と肥料で疲弊し、自然の生き物たちは猛スピードで食物連鎖が崩れ絶滅し始めています。いつまでもこんな消費することしか考えない世の中を続けるのか、今のままで本当にこの先、子孫たちはやっていけるのか。もう答えが出ているのだから、改めるチャンスかもしれないのです。

今回のコロナで、また人類は地球から機会を得ました。人類は何回も何回も好き勝手てきたのにも関わらず、自然に許されここまで生き延びてきました。自然に許されるたびに、私たちは災害や困難と向き合いそれを乗り越える過程で、謙虚にあり方を見つめて、素直に反省して改善を続けていきました。

また機会をいただいた以上、思い切って一人一人が生き方を換えて変革し世界を以前よりももっと素晴らしいものに換えていけばいいのです。機会によって自らを見つめ、その機械によって自らを変える、この繰り返しこそが伝統文化の継承であり、文明の温故知新、進化成長なのです。

子どもたちが喜んでくれるような決断を続けていきたいと思います。

信用第一(信徳目)

BAにある水風呂に甦生させた鉄の羽釜は、「稲むらの火」で有名なヤマサ醤油でかつて醤油をつくるために用いられていたものです。このヤマサ醤油は、1645年から続いている老舗で業界第2位のシェアを誇ります。ホームページを拝見しても非常に徳の高い経営をされており、変化を恐れずに果敢に温故知新しているのがわかります。

そもそも老舗というのは、時代の篩にかけられても生き残っている企業ということです。それはどの時代にも必要であったということの証明でもあります。その企業の暖簾を守り続けてきた結果として老舗という称号を与えられます。

この老舗とは何か、私は「信用」であるように思います。

信用とは、確かなものであり、正直・誠実さの顕れでもあります。そこに頼めば間違いがないと、時代を超えて信頼されている徳のことです。

大切な理念や家訓、文化をそれぞれの時代の人たちが真摯に守るために挑戦を惜しまずに実績を積み重ねてきて生き残ってきた「信用」が商売になっているのです。

確かにその時代時代の流行があり、その時々ではあらゆる競合他社が産まれ時には倒産の憂き目にあうようなこともあると思います。しかし流行は過ぎてしまえば、風邪などのように元通りに落ち着きます。その時、人々はまた老舗の信用を安心して頼るようになるのです。

つまり老舗は、流行に左右されずに確かな存在として人々の安心基地になってきたということです。どんなに時代がブレても理念や初心はブレないというその生き方。その生き方を守る家人たちの働き方が、100年も500年もまた1000年も続く礎になってきたのです。

例えば、世界最初の畳油醸造の老舗に室次本店があります。その室次醸造の家訓にはこういうものがあります。

「良い醤油を造りたいなら、自分を磨け。 醸造にはごまかしはない。 誠心誠意がなければならない。 その人柄や性格がその味に香り、色に出てくる。」

これが理念になり文化になりそこで働く人たちが何よりも優先してきた生き方がこの醤油のすべてを証明して信用が確立され今に続いているように思います。まさに、良い醤油をつくるということがどいうことなのか。この人間としての「信用」を守り続けてきたからこその今があるのです。

どの時代においても歴史的に観返せば、企業は大きいか小さいかが問題ではなく、「信用」があるかどうかが本来の問題なのです。信用がない会社は長続きせず、信用がある会社だからこそ生き残ることができるのです。

生存戦略としてもっとも大切であり重要なのがこの「信用を守る」という智慧であることは歴史が証明しています。つまりこれは決して企業だけに限らず、人間社會において何よりも最も重要なのがこの「信用第一」ということでしょう。

信用を守るためには、変化を恐れずに果敢に挑戦を続けていく必要があります。そしてもっとも大切なものを守るために、あらゆるものを活かし未来を見据えて行動していく必要があります。

まさに現在は、時代の分水嶺でありそれぞれの企業が大きく試されるときです。私も信用という徳を守るために、日本を代表する先人たちの老舗に生き方を働き方を学びながら実践を積み重ねていきたいと思います。

暮らしのロールモデル

これから自然農園の田畑を、暮らしフルネスの農場として甦生するために昨日は大勢で畑の草刈りを行い、荒地を甦生して耕しました。日差しが強くて、体力をだいぶ消耗しましたがいつものむかしの田んぼでのお昼ご飯のように玄米を竈で炊き、採れたての新玉ネギを使ってハヤシライスをつくりみんなで一緒に食べたら疲れも取れました。これから畝をつくり、マルチをして種蒔きをして収穫まで見守ります。

思い返せば、自然農に取り組んでから随分と長い月日が流れました。肥料も農薬も使わずに耕さずに草も虫も敵にしないという農法でしたが山間の野生化した荒れ地では人力でいくら手入れをしていても害獣たちが波のように押し寄せ、また雑草の生命力が明らかに人工的な野菜を凌駕し、なかなか自然循環の一部として許してもらえるようにはなりませんでした。

しかし、約10年の間、伝統の高菜を育てているうちにその境目というかどこまでが許されてどこまでが許されないかということを学びました。もちろん、農薬や化学肥料は一切用いないのですが今の時代に存在する科学は道具もある一定のものは活用して賢く取り組むのです。

かつては自然農だから一切耕さないと意地をはっていましたが、場所や農地によっては多少の手配は必要です。私の自宅の庭は、完全に自然農の理念で簡単に野菜がつくれます。それは住宅地がある場所であり、自然はやや人間側に傾いているため害獣もおらず、虫も雑草もそんなに強力ではありません。つまり人間が里山のように形成している場での農業のやり方と、完全に人里離れた山林の傍の場での農業のやり方では異なるということです。重複しますがなんでも一律にマニュアル通りにいくようなことは一切なく、その場その場に応じた工夫と改善は必要なのです。

古民家甦生を通して私はその辺の柔軟性を身に着けました。そのものの徳を引き出すことが何よりも優先するものであり、それ以外のものはある程度は裁量に任せて工夫の余地があるのです。

大事なことは、徳を引き出すのであれば道理は叶うということです。

これから野生化の農場をうまく管理して、そこに新たな自然循環の実証実験の場にしていきます。自然に寄り添い、自然を喜ばせるために如何に人間が自然から学び自然に近づき、自然の許容範囲に対して折り合いをつけつつ、全体の徳を引き出していくか。

挑戦ははじまったばかりですが、新しい取り組みにわくわくしてきました。何年たっても青春は失われず、いつまでも情熱は子ども心のままです。こういう時だからこそ、みんなのお役に立てるように暮らしのロールモデルを模索していきたいと思います。

徳積の生き方

先日、ダスキンの社長を務めた駒井茂春さんの言葉を知る機会がありました。その中の「損の道」の話は、私の徳積財団の思想と非常に近いものを感じて新しい時代を感じました。本当の意味で、この損の道を理解している人はどらくらいいるのでしょうか。今は、得が全体を覆ってしまっていますから余計にこの損の本質を理解することが難しくなっているように思います。

改めて、駒井茂春さんのこの「損の道」の言葉から深めるきっかけになればと思います。

「世の中には損の道と得の道があるのですが、得の道を行こうと思ったら満員電車です。損の道を行ったら、ガラ空きなのです。損の道とは、自己を大いなるものに没入させながら損得勘定にとらわれず、他人のために努力する。そういう生き方です。」

真心の生き方は、まさに正直であり誠実です。その道はガラ空きですから周りに人はいませんがすれ違う時に深く心に残ります。まさに損得勘定ではなく、天を相手にした生き方がここから感じられます。

「人生というものは、『出しただけしか入ってこない』というのが私の結論です。何を出すのでしょうか。それは、モノを出すこともあるでしょう、お金を出すこともあるでしょう、知恵を出すこともあるでしょう、汗を出すこともあるでしょう。何でもいい、人さまのお役に立つために一生懸命に出したら、その出しただけのものは、ちゃんと神さまから入れていただけるということです。」

出し切るというのは、全身全霊で丹誠を籠めて取り組むということです。その時、無私は利他になり万物一体善、自他一体の境地に入ります。まさに自然体そのものでお役に立てるように私も思います。

「野越え、山越え、歩いただけが人生です。人生ははるかな旅路と言われますが、
どこへ行ったかということより、どんな旅行をしたかということが大切です。ゴールよりも、野越え、山越え歩んでゆく一日一日のプロセスこそ人生の旅です。今日こそは、新しく生まれ変わるチャンス。悔いのない一駒一駒を、大切に真剣に歩んでゆきたいものです。」

まさに生き方のことで、一期一会にご縁を活かしたか。そしてそれを内省し、自分が体験したことを真摯に深くじっくりと味わったか。人生の充実はまさにこの日々のいのちの使い方が決めているように思います。

最後に、父からかつて紹介していただいた駒井茂春さんのメッセージ「自分から」を紹介して終わります。

「あなたから先に話しかけましょう。あなたの方からにこやかに笑いましょう。あなたの方からいさぎよく赦しましょう。あなたの方から勇気をもって詫びましょう。

『自分が変われば相手が変わる』

あなたが相手にこうしてほしいと思うことをまずあなたが実行することで世の中きっと楽しくなると思うのです。」

徳積とは、この磨き続ける生き方のことです。1000年後の未来に向けて、この今を大切に過ごしていきたいと思います。

徳積循環社會の実現

私は、徳を磨くことの一環として人が捨てたものを拾うことを実践しているように思います。それは決してゴミ拾いが好きだという意味ではなく、まだまだその徳が活かせると思えるもの、磨き直せばきっと何か徳が出てくると思えるようなもの、また寿命が尽きる最後まで一緒にお役に立っていきたいと思っているものを拾っているように思います。

それはそこに「徳」が残っているからです。

徳を捨てて私利私欲の得を取るのが今の世の中ですが、本来は得(私利)と徳(利他)がセットになってはじめて全体の道徳経済は一致していくように私は思います。資本主義が偏ってしまったのは、徳ばかりが失われて得ばかりが優先されてきたからに他なりません。

私は決して資本主義を否定するものでもなく、現在の経済も決してダメだとも言いません。実際に私もその恩恵の中で暮らしを育まれており、お金の御蔭で多くの味わい深い幸福も得ています。

しかし否定していませんが、本来の資本主義を完成させるためにも徳循環経済をもっと大きくしてバランスを取る必要があると思っているのです。だからこそ徳積財団を設立し、徳積の仕組みを発明し先進技術によってそれを実現しようとしているのです。

同時にこの徳積は理解がなかなか難しいものでもあります。なぜなら利益中心の世の中においては、無私の発想で放たれる徳の経済の考えは照らし合わせるものがないからです。

長い目でみれば、徳は必ず経済には必要不可欠であることはわかります。しかし現代のようなスピード社會では、その価値はなかなか理解されません。着眼大局、着手小局と先達の人物たちは取り組みましたがなかなかそのような人物が現代では巡り合うことがありません。

世の中の価値観に振り回されてしまい、また組織が大きければ大きいほど、その時代の価値観の影響を受けてしまい取り組むことができないからです。

だからこそ今は、小さい組織で信念で価値観を醸成できるチームを分散させ、その人たちによって草莽崛起するように徳循環の社會を創造していく必要を感じています。

まずはここで自分でやり遂げ、その志を継いでくれる人、仲間を集めてみようと思っている次第です。

引き続き、徳積循環社會の実現に向けて挑戦していきたいと思います。

充実したリズム

暮らしフルネスを提案するなかで、生活リズムはとても重要です。自然と共に生きていきつつも、自分の目的に合わせて暮らしを整えていくこと。人間は、食べることができるようになって自分の自由は時間が増えていきました。その増えた時間をどうよりよく生きるかは、現代の人類の課題であり、今後の時代を創る要諦にもなります。

私たちは文明を創造しましたが、文明の僕になっては人間らしい生き方ができなくなっていくものです。文化を創造するのは、自然の中にあって私たちは節度と自重、謙虚さを保ちながら如何に人間の業を磨いていくか、それを先人たちは民族伝承の智慧として多くを子孫へ遺しています。

現代の科学が進歩したとしても、先人が大切にしてきた生き方は私たちのお手本として残っています。限られた時間の中で、如何に食べていきながら目的を達していくか。

自分だけではなく、自分以外の大切なもののために人生をフルに活用したのです。

暮らしが充実するというのは、人生の目的を達しながらも日々の文化を尊重するということでもあります。

子どもたちのためにも、暮らしと文化とつなげつつ充実したリズムで生きていきたいと思います。

二つが一つ

物事は冷静に客観的に分析すると本質が観えてくるものです。しかし実際には主観が入り、じっくりと待つことができず物事が歪んでいくものです。心を澄ませること、そして心を整えること、心の状態を平常心に保つ工夫がある人は本質的な生き方を維持していくことができるように思います。

私も人間ですから、日々に様々な喧騒の中で心が揺さぶられて波立つことがあります。波立たないことなどはなく、風が吹けばすぐに波立ちます。また人間には感情がありますから、肉体や精神が味わい深い複雑な体験を通して人生を感じます。

大事なことは、元の澄んだ状態にどう戻るか、元の穏やかで整った心境に如何に回帰するかということだと思います。天気が日々に換わっても、空はいつも碧く、夜空には星が煌めきます。月がカタチが変化しても、いつも本体は変わらずに地球を見守り続けるように私たちは心に月を持っているのです。

これは科学的に言ったら荒唐無稽のように思われるかもしれませんが、私は地球と月は一体であると思っています。つまりは私たちが思っている地球の生命には月もセットになっている。言い換えれば二つで一つであるということです。

私たちがその中で生命をはぐくまれ、人間が、また動植物が存在するのはこの二つの存在が生命を見守る環境が存在しているからです。

私たちは見守られる環境の中で初めて育つことができるのは、親がいて子がいることからも真実であることは見知っていることです。同様に、地球と月にも真実があり私たちのいのちは二つが一体になって存在できているのです。

科学者は住める惑星を求めて地球と同じ大きさや形の星だけで探していますが、本来の実相が観えていないように思います。二つで一つのものを探すことが、いのちに近づく方法だと私は思います。

善悪、陰陽、寒暖、生死、すべては二つが一つではじめて成り立ちます。物事の実相を見極め、本質を見抜き、真実のままに心を育てていきたいと思います。

こだわりとは

私はこだわりが強いタイプと周りに言われます。いちいちこだわっているといわれ、嫌煙されるか尊敬されるかがどちらかに分かれます。自分自身では無意識にやっていることなので今さら周囲がどういおうが生き方が変わらないのですが、納得するまで本質を突き詰めたいと思いあれこれを深めていたら自然にこだわりが強くなっていくだけのように思います。

先日、稲盛和夫さんにこういう言葉に出会いました。

「ひとつのことを究めることは、すべてを理解することなのです。すべてのものの奥深くに、真理があるのです。」

確かに、一つのことを深めれば深めるほどにあらゆる総合的な知識や経験、そして智慧や直観が使われていきます。今まで見聞きしたものから真理を思い出し、その真理に照らして道理を悟ります。

私の場合は、どれも自然から学んだ智慧ものを用います。例えば、自然か不自然かがまず最初の篩であり、その後は、歴史の智慧に照らします。歴史の智慧とは、発酵とか、共生とか、体のことや気候、伝統などです。

いわれてみれば、自然農をやってきたり、人類を学んだり、伝統を学んだり、暮らしを学んでいる過程で私はすべてを理解していきました。そのすべてのものの奥深さに感動し、その感動したものを自分のものにする過程で新たな発見は発明に出会います。

現在、建造中の復古創新した日本伝統のサウナもまたすべてを理解するなかで創造する総合芸術であり、その中には私が経験して学び理解した本質のすべてを組み合わせていきます。

気が付くと、こだわりが強いといわれていますがこれはこだわりではなく真実に近づいているということでもあります。こだわりとは、決して嘘偽りない正直な真心で取り組んでいるということかもしれません。

執着というこだわりと、真理というこだわり、同じこだわりという意味でもその大前提が異なります。自然は無為であるように、真理もまた同様に無為というこだわりがあります。

自然も真理も道理ですから、そこから外れないで生きることこそ人類にとって必要なこだわりではないかとも私は感じます。時代が変わればこだわりもまた変わります。人類の道理を忘れないよう、初心を大切に取り組んでいきたいと思います。

 

モビリティの本懐

最近、あることからモビリティのことを深めている中でふと乗り物の歴史について学び直す機会がありました。私たちの現代においては、自転車や車は当たり前で飛行機も新幹線も当然身近にあるものです。しかし150年前まではそのどれもが存在しておらず、私たちの乗り物は大きな変化を遂げていきました。

現代では車社会も一つの終焉を迎えており、移動手段が激変していく時代を迎えています。乗り物としての存在と、そもそも乗り物を使って何をしたかったのかという人類の目的の狭間で新しいものが創造されていくのは時間の問題です。

改めて少し移動手段の歴史を整理してみると、そもそも紀元前1万年以上前は足で歩いていました。そこから筏や丸太がではじめ丸木舟は紀元前7千年くらいに出てきたといいます。そして紀元前5千年にはソリが生まれ、紀元前三千五百年頃には車輪付きの車が誕生しました。これをロバなどが引いていたといいます。そして紀元前三千年頃には、乗馬や帆走船がでてきて交易船によって栄えていきました。そのあとも、少しずつ改良され様々な自然物を活かした乗り物が利用されていきました。

急激に現代のように科学の乗り物が進化したのは蒸気による動力の発明からだといわれます。この発明から、より多くの荷物、スピード、そして遠くまでいけるようになりました。

産業革命はその後、様々な科学技術の進歩と共にあらゆるものが発明されていきました。1769年には、蒸気で走る三輪自動車が発明され、1783年には蒸気船、1802年には蒸気機関車、1886年にはついにガソリンを使った車が誕生しました。1903年には飛行機という具合です。ここから100年はさらに進化し、原子力潜水艦、人口衛星、宇宙ロケット、新幹線、リニア、ジェット機、電気自動車、水素自動車、他にもこの数年で様々なエネルギーを活用した乗り物が誕生しています。

私たちは、乗り物を使い科学を発展させていきました。言い換えれば科学の発展と乗り物は常に一体に進歩してきたとも言えます。しかしそのことから、環境汚染が広がり、人間の生活速度が変わり、世界中に資本主義経済が発展する動機となりました。

物流は日々に便利になり、今日ウェブ上で注文したものがその日のうちに届く具合です。さらに仮想空間ができたことで、体は移動しなくてもVR等により意識が移動できます。他にも、AIやIOTが進みそもそも移動する必要がない状態が生まれています。

人類の乗り物は、単なる移動手段ではないことは歴史を学べば明確です。

だからこそ、本来、モビリティの本質は何かを人類は問われているように私は思います。ゆったりとスローに移動するということは、ひょっとしたら今の人たちからしたら変人の戯言のように思われるかもしれません。

しかし、私の提案する暮らしフルネスは敢えてそれを先進技術で補う仕組みを取り入れています。時代が変わりますが、人類の目的や人生の意味は普遍的です。

子どもたちが安心して地球に豊かに住み続けられるように、新しい取り組みを発信していきたいと思います。