いのちの見守り

昨日、福岡県八女市にある松延工芸さんに井戸桶の納品の件でお伺いしました。桶づくりの場所はどこも美しく、長い歳月、真心を籠めて練り上げた場が調っていました。あの居心地のよい場は、作り手と桶の関係性を実感できる美しい場所です。

特に手作りでモノづくりをするというのは、一つ一つのモノを新たないのちを甦生して世の中に送り出していくことに似ています。言い方を換えれば、わが子を産みその子の成長を見送る場でもあります。

私たちの人生にも一生があるように、モノにも一生があります。良縁にめぐり逢い、仕合せになってほしいといつも願うものです。私も今は法螺貝の甦生をしていますが、法螺貝が誰に出会い、どのような場所に同行し、どのような音を鳴らし、そのパートナーとの一生を遂げるのかと思うたびに心を振るわせています。

それはモノではなく、いのちとして見守るのです。

これは別にモノに限らず、植物たちや動物たち、虫たちとも同じです。どのような一生を送るのか、その瞬間瞬間が善いものでありますようにと接していくのです。役目が終わったものに新たな生を配慮する。それが私の使命の一つです。

そして手で触れたものを浄化していく、さらに好循環するようにとご縁を結い直していく。そこに歓びを感じるものです。

自分の手掛けたことが、どのように新たないのちとして甦生されていくのか。

丁寧に行く末を見守っていきたいと思います。いつか終わりが来る日がきても、戻ってきて供養して新たないのちに転換させていけるように祈ります。

田んぼの伝承

大神いにしえの田んぼで、仲間たちとみんなでむかしのような草取りをしました。炎天下で背中はじりじり焼け、また太陽光の水の照り返しでだいぶ日焼けしました。草取り後の天然水の流しそうめんとスイカはそれまでの苦労を忘れるほどに美味しく、真夏のメリハリを感じて心身が喜びました。夏は夏の徳があります。

田んぼの稲は御蔭さまでしっかりと育っていましたが、それ以外の草たちもよく育っていました。一般的に雑草と呼ぶそれらの草草は、人間にとって益草と害草に分けられます。

この草取りというのは、稲の生育にとって害となる草だけをとることを言います。特に有名なものが稗(ひえ)があります。稲に擬態していてそっくりで遠目ではほとんど見分けがつきません。近づいてみてもギリギリ判断できるかどうかです。これは稲の近くで生えて、稲の養分を奪うので害草とされています。しかしむかしはこの稗も雑穀として一緒に食べていました。天候不良の不作の時の救荒作物として重宝されてきた歴史があります。

人間は、その時の都合で益や害を使い分けていくものです。それは現代の経済全体でも似たようなことが起こります。ある時は益でもある時は害になる。害を徹底的に排除したとき、その益が害に換わるということもあるのです。

最近、薬草の研究をしていますが薬などはその益と害のバランスで成り立っています。摂取しすぎると害になり、適量だと薬になります。菌の発酵と腐敗のように適度なバランスを保つことで益害よりも中庸、調和が最適ということです。

ではなぜそうではなくなるのか。

そこに人間の都合が入ってきます、一気に簡単にスピーディに効果を出したいと思ったり、発酵も腐敗も完全に止めてしまって消費期限を延ばそうとしたり、稲の収量だけを増やしてたくさん稼ぎたいと思ったりと本来のバランスが崩れる発想を持つようになるのです。大体そこにはお金が絡んでいますが、自分にとってのみの益と害を分けてはそこで完結させようとします。

本来は、自然というのは無限の生き物が生息していますから自分だけで生きている存在ではなくみんなで分け合って助け合って共生しあって生きているものです。自分の益は何かの害にもなる。お互い様、お陰様とちょうどいいところを模索するところに自然との共生の智慧があるように思うのです。

結局は、誰かの益だけに集中すればそれ自体が全体の害にもなります。自然が調和しなくなれば、その害は間違いなく益ばかりを求める方へと集まりそれ自体がそのうち災害なります。

自然災害もまた調和のために発生するものであり、その災害が小さくなるよう、緩やかになるようにと本来はみんなで自然のバランスを保ってこの地球で暮らしてきたように私は思います。

世の中は米騒動で備蓄米を放出したり米価が上がったり下がったりと、目先のことばかりに躍起になっていますが本来の田んぼから私たちが學ぶことを忘れないようにしないといけません。

お米づくりをするのは単なる食料を確保するだけではない、自然の智慧を學び、その智慧を後世へと伝承していく役割があるのです。私が田んぼをむかしのように今も取り組む理由は大災害を未然に防ぐためでもあり、徳や智慧の伝承のためです。

引き続き、仲間たちと共に発信をして子孫たちへと自然と先人たちへの感謝と御蔭様を結んでいきたいと思います。

魔除け~法螺貝~

古来より私たち日本人は「魔除け」というものを信じてきました。身近であれば、御守りや破魔矢、鬼瓦やお塩、他にもお札や霊具としては鏡や風鈴、そして私が手掛ける法螺貝です。法螺貝は、霊力のある法具であり魔除けとして一生その人を守ります。

もともと魔除けは『魔性のものを近づけないこと。 災いや魔物を避けること。 またそのためのもの』といわれます。

古神道や仏教など民間信仰でも「祓い」という考え方があります。穢れや邪気を祓い清め、心身を常に浄化し続けるという文化です。常に調和を意識して、運気や健康などを維持しようとします。これは自然との調和から発生した自然信仰でもあります。

法螺貝は特に心身の健康において偉大な祓いを発揮します。螺旋の波動は細胞を揺さぶり、その鳴動は場を清めます。法螺貝の螺旋はいのちの象徴でもあります。自分が法螺貝を吹くことで心身を調えます。またその波動は周囲の心身も調えるのです。

他にも魔除けとしては、邪気を祓います。禍々しいもの、美しくないものを遠ざけ、運気を引き寄せてくれます。

海外では法螺貝は海運の守り神ともされました。交通安全の象徴でもあります。山伏などは獣除け、妖怪除け、邪気払い、山の安全に使ってました。他にも太古の昔から困難を除ける力や薬として病を癒す力があると信じられてきたものです。

法螺貝を持つというのは、一生の御守りとしてパートナーを持つことと同じです。

肌身離さずいつも法螺貝と共に一生を暮らすと、自然にその波動や振動が共振します。その貝人一体になっている姿に自然の幸運が宿るように私は思います。

御守りや魔除けは、信じるかどうかですが太古のむかしからあり今も存在するのはそれだけ歴史的に効果があったからです。自然や時代の篩にかけられても今も残る法具は、永遠の霊力を持っているのかもしれません。

大切にお手入れをして、見守り合っていきましょう。

自然との一工夫

昨日は大神いにしえの田んぼで、みんなで草取りの後にする流しそうめんの竹を用意しました。竹藪の中は、やぶ蚊も多く一苦労しますが綺麗で大きな青い竹を無事に収穫できました。

もともと流しそうめんというのは、いつからあるのか。大昔からやってそうなイメージがありますが、実際にはその発祥は昭和30年(1955年)です。宮崎県西臼杵郡高千穂町だといわれます。 当時、この地に駐在していた新聞記者が、外でゆでたそうめんを割った竹に入れ高千穂峡の冷水にさらして涼を得た体験を記事したといいます。それを地元の食堂を営む「千年の家」の社長がそこからアイデアを得て、竹樋(たけどい)に水を流す現在の流しそうめんスタイルになったといいます。

流しそうめんといえば、井戸水や湧水が大切です。水道水ではあまり冷たくありません。それに氷がない場所で大勢で一気に食べるときも流水が絶えず流れているとすぐに冷えます。

美味しく冷たい水というのが流しそうめんの秘訣ということになります。

私が古民家甦生しているところもほとんどが井戸水です。どの井戸水もとても冷たく、流しそうめんとの相性はピッタリです。

この猛暑で草取りなどをすればすぐに体温があがります。冷たい地下水をかけ流して流しそうめんができるのはとても有難いことです。お水に触れる体験というのは、感覚を呼び覚まします。

竹の青さや美しさもそこにお水が流れるととても清涼感を味わえます。日本人は風鈴やうちわなど、涼を感じるのが得意です。青竹とお水はその涼を感じるのに最適です。

豊かさというのは、自然との一工夫です。

明日の草取りが楽しみです。

立志の人

昨日、来客がありその方は吉田松陰先生を尊敬しておられ萩に古民家を借りて勉強会などを開催しているとのことでした。久しぶりに吉田松陰先生繋がりのご縁があり、懐かしい不思議な感覚になりました。

14年前に、似たような出会いがありその方と意気投合して私のメンターになりそれから一緒に会社の運営をお手伝いいただきました。気が付けば、もう私もそろそろ50歳を迎えます。人間は年齢ではありませんが、役割交代といって若い人たちに色々な経験の智慧を伝承したり、見守ったりする季節に入ってきたのかもしれません。

以前、私は吉田松陰先生に憧れ先生が29歳で亡くなる歳まで同じように生きようと、毎年先生のその歳で書いた書物や文章から学び精進していました。卓越した情熱と成熟した精神と人間性に強く惹かれ、一つの目標にして同じように自分に挑戦していました。しかし、自分が29歳を迎えたときの留魂録を最期にその書物も終わってしまい、この後何を参考にしたらいいかと真剣に悩みました。

その時から吉田松陰先生を見ることはなくなり、吉田松陰先生が観ていた方を観るようになりました。そこできっぱりと先生は外側に存在する憧れの人ではなくなり、共に目指す理想や志を分かち合い共に歩む同志になったのです。

私は他にも様々なメンターがいます。今では亡くなった人もいて、困難な時、問題意識をもって深めるとき、その人がもし生きていたらと思う時もあります。きっとこういっただろうなという具合で空想で対話をします。例えば自分がその人だったらどうするかとその人の理想や志から考えます。そのうち一体になって自分そのものがその人になります。同志は私の志の一部になり今も生きているのです。直接話すことはできなくても、一緒に歩んでいるのです。

昨日の方は、吉田松陰先生の大河ドラマを見てあるシーンに感銘を受けて傾倒していったそうです。どこですかと尋ねると、「あなたの志はなんですか、君はどうしますか?」という問いのシーンだったそうです。まさにこれが自分の人生で志と正対するということだったのでしょう。自分はどうしたいのかと自分と向き合う。「覚悟を決める」ことの真価を直観したのでしょう。

私は思えば、今、この瞬間も、自分の初心は何か、そして自分はどうするかと自問自答を続けています。これを会社の理念経営にも活かし、日々の暮らしフルネスにも活かしています。

畢竟、人は覚悟があるのみです。覚悟さえあれば理想は失われません。常に自分に志を問うことが理想を生きることです。

でも人間はそんなにも強くありません。覚悟が揺らぎそうになることもあります。そんな時、前を歩んでくれた理想の聖賢や偉人、あるいは尊敬する先達がもしも自分ならどうするかと生き方を問うのです。そして生き方を磨くのです。そして志からブレなくなり志が堅固になり自立する。それが志を立てるということだと私は思います。それによって唯一無二の自分の人生の道が拓き、その人の一生がその人にしかない一期一会の光になって輝くのです。それがきっと松下村塾の教育方針だったのではないかと私は直観します。

だからこそ吉田松陰先生は、すべては志を立てることこそが万物の根源であると断言します。

つまりあなたは道を歩んでいますか、道を実践していますか、ちゃんと道を内省していますか、と途中を自分に問うのです。まさに仏陀の自燈明法燈明の境地と同じです。

純粋な心、素直な心、精錬な心、誠の心でもしも自己を省みるなら自分はどう行動するのかと、そしてそれこそが真の學問であるとしたのではないでしょうか。學とは、問うことだとしたのです。

私が吉田松陰先生を好きな理由は、この自分の志を立てようと純粋無垢に精進し続ける學問の姿勢。そして至誠を盡し、神人合一に今を生き切りいのちを完全燃焼させた生き方に憧れたのです。

もう先生が亡くなってから20年以上私は長く生きています。もしも先生が今も生きて今の歳になっていたら、どうなっているでしょうか。時代も環境も、そして周囲の仲間も国の状況も異なりますがきっと変わらない覚悟で理想を追いかける青年のように「立志」を生きているのでしょう。その安心感こそが後人を見守ってくださっているのでしょう。師友たちはみんなそれぞれの場所で育っています。

これからも一緒に道中を味わい、初心や目的を忘れずに覚悟を内省し、一期一会の今の季節を過ごしていきたいと思います。

ご縁に感謝しています。

本質的に善いもの

自己満足というものがあります。これは自分が満足することを優先するという考え方です。また自己陶酔というものもあります。自分中心に物事を考える時に使われています。その対義語は、自己卑下ともいいます。自己嫌悪なども似ています。

結局、自己を中心に陶酔したり卑下したりと自己とはやっかいな存在です。どれだけ自己を理解して、自己になっているかというのは人生の修行の醍醐味かもしれません。

自己を知るというのは、自己を學ぶことですからそれだけ現実の世界を別の観え方に変える力があります。

私も元々、職人気質でこだわりが強い方です。簡単に言えば、オタクです。興味が湧けば、ついもっともっとと深淵を覗こうと時間を忘れて追及します。発達障がいだとも言われます。しかしその追及したものが、先ほどの自己満足や自己陶酔となると周囲にご迷惑をかけることがよくあります。自分のこだわりを押し付けて、それがたまたまピッタリと合う人もたまにいますがほとんどの人はそこまで求めていません。ほとんどの人たちは、本質的に善いものであればそれでいいのです。善い以上のものを求めるのは、孤高の芸術家や真理の求道者となります。私は欲深いので、バランスを意識しています。この世を謳歌するのが好きなので全体快適が性に合います。

私にとって本質的に善いものとは、自然体であるものです。

例えば、私はよく暮らしの中で室礼をします。お花一つでも、そんなに豪勢に活けたり、花瓶などにこだわることもそこまでありません。藍染や染付のむかしのものであればどれもがお気に入りになりますし、花は旬のもので一輪あればそれでいいです。花がなければ、季節の色合いのあるものや自然の造形が美しいと感じたものを活けます。

なるべく自然に自然体であればそれでいいという具合です。

遣りすぎたり、凝りすぎたり、こうでないといけないとこだわることは不自然をつくります。不自然とは、頑張りすぎることでもあります。頑張らないというのは、無理をしないことであり、自己であるがままでいるということでもあります。

あるがままの善さというのが、私が思う本質的に善いものです。

それを「徳」とも呼びます。

現代は、みんなが無理をして自己を見失っているように思います。自分らしさやあるがままの自分というのを保つために無理をする、頑張るでは本末転倒です。

もっと氣楽に、もっと肩の力を抜いて、手放していくことが暮らしフルネスの面白さでもあります。一年の巡りを私たち実践者と一緒にすることで、暮らしフルネスの道に入れます。

なかなか一年間もと思う人もいるかもしれませんが、私にしてみればたった一年でその喜びや価値観、意識が変わるのだから楽なものです。一年が一生になる、つまり人生は誰もが一日は一生ということでしょう。

そろそろ頃合い、ゆっくりと自然に場の道場に生徒を集めていこうと思います。

 

暮らしフルネスの面白さ

浮羽の古民家甦生は猛暑の中で進んでいます。この熱気で外作業はほとんど進まず、少し動いたらすぐに休むという具合です。身体が暑さに馴染んでいないと、体力の消耗が著しく現代の仕事の仕方とのバランスに苦労します。

この現代の苦労というのは、自然と不自然の関係の中にあるように思います。本来は、便利ではない時代は自然に寄り添い寄り添われながら自然寄りに暮らしていました。冬でも室内で空調や暖房でTシャツで過ごすような快適さはなく、冬はしっかり着込んでいて小さな火でみんなで暖を取りました。夏などは、逆にどのお店やオフィスもキンキンに冷え切っていて逆に服を着こんでいるという具合です。

この不自然な生活様式の中で、外では猛暑ですから外に対応することができません。対応するために、現代では着る冷房や扇風機、あらゆるものを身に着けるようにもなってきました。そのうち、宇宙服のように完全に体が包まれる服になるのも時間の問題です。

他にも、スーパーやコンビニで売られる殺菌や滅菌したものばかりを食べるようになり、外の自然の食べ物が食べれなくなっていきました。すぐにお腹を崩し、調子を崩します。湧水なども飲めず、水道水か滅菌されたミネラルウォーターです。井戸水などは、菌は必ずいますが井戸水も飲めません。こうなってくると食べ物や飲み物も宇宙食のように完全に無菌加工されたものになるかもしれません。

自分たちの身体の順応性を活用せず、感覚を磨かず便利なものに溢れるとそれが最終的には不便なものになっていくのです。

私は決して縄文時代のようになったらいいというのではなく、現代の科学の進歩も否定していません。大切なのは変えるものと、変わらないものとのバランスを保つ工夫をしようというのです。例えば、病気にならないような健康な体をつくるのなら無菌滅菌というのはいいことではありません。土に触れ、その土で育てた野菜を無加工でそのまま食べる。土の近くにいるだけで私たちは菌まみれになります。あと、お水も塩素で殺菌したものだけではなく井戸水や湧水などを意識的に摂取することです。

私はお山や古民家暮らしをしていますが、もちろん電気、浄水器、空調なども完備していますが常に意識的に両方バランスよく使うようにしています。全部依存ではなく、弱くなりすぎないように鍛錬するのです。そういう暮らしをするということです。

心身のバランスも、自然と調和したり現代の便利なものを少しそこに取り入れたりすることで調ってきます。理想は自然の暮らしですが、自然になりすぎると現代の生活で身体を壊してしまいます。ある意味、宇宙服や宇宙食にも慣れるように工夫しているということです。

変化というのは、已むことはありません。現代は変化は著しく、数年前の常識も変わります。こういう時は、バランスを保つことに重心を傾け、軸足は自然でも手はあれこれと工夫するのです。

引き続き、暮らしフルネスの面白さを追求していきたいと思います。

伝承の要諦

文字というものが発明されてから人類はかなりの歳月が経ちました。文字がない時代、口頭伝承が行われ、文字が発明され書承というものが出てきました。声の音で伝えるもの、文字の形で伝えるもの、それぞれが伝えたいことがありそれらは発明されました。

ほとんどの動物たち虫たちは文字を持ちません。しかし声による音はあります。また同時に本能伝承というものがあり、無意識でも動きます。人間では他にも神楽のように踊りで伝承するもの、生活文化のような暮らしで伝承するもの、また職人たちが道具や技で伝承するものもあります。

そのどれもが、暗黙知を形式知に換えたものです。

この暗黙知というのは、経験的に使っている知識ですが簡単に言葉で説明できない知識のことをいい、経験知と身体知の中に含まれている概念であるといわれます。そして形式知というのは、文章・計算式・図表などにより、客観的、論理的に言葉で説明ができる知識のことだといわれます。

伝承には、この暗黙知を形式知に換えていく過程で先ほどの文字や図形など色々なものが発明されて今に至ります。

先日、曹洞宗の寺院でお経をはじめ様々な形式知に換えたものを観る機会がありました。仏像などもその一つで、信仰を伝承した形式知の一つともいえます。英彦山の山中で修行をするときも、大きな磐座にサンスクリット語が刻まれているものもあります。あれも形式知の一つです。

つまり形式知というのは、暗黙知を知らせるものであるということもすぐにわかります。暗黙知が分からないから形式知にして知らせるのです。お経の中のものや、行儀作法、あるいは使う道具から口伝や躾のようなものもまた暗黙知を伝承するためです。

その暗黙知はどのように暗黙知になったかといえば、暗黙知を形式知にしようとした人物の経験による智慧です。

例えば、家訓のようなものがあります。あれも家主や祖先が自分たちの体験からこれは大切だということを文字や文章にして暗黙知を形式知にしたものです。その家訓を何万回も読み直して日々を経験するうちに先祖の暗黙知を自分も理解するというものです。いつまでも子孫が繁栄していくために、自分の経験から得た智慧を子孫に遺していくのです。

遺そうとする必要がなければ形式知にする必要はありません。つまり形式知になるというのは、遺そうとする意志がある行為ということになります。文字をはじめ形になるものは次の代へと結ぼうとする行為です。

その結ぼうとする暗黙知が何だったか。

これがまさに伝承の要諦ということでしょう。伝承の要諦に気づく人は、経験をする人です。たくさんの本質的な経験を通して暗黙知は暗黙知のままに継承されます。本質的な経験は、その人の思いや志と同期します。

 

同じような祈りや願い、そして心を持つことが暗黙知の伝承に最も必要なことかもしれません。これは徳を積むことに似ています。徳積循環は、智慧の伝承でもあり暗黙知を學ぶ大切な機会です。

 

成熟の喜び

一期一会の生き方を実践していると、すべてはタイミングであることがわかります。このタイミングは別の言い方では成熟ともいいます。つまりタイミングを待つというのは、成熟するのを待つということです。その時々の今、その今に最善を盡すと言ってもいいかもしれません。

これは生命やいのちだけではありません、事物を含めすべてにタイミングや成熟があります。例えば、植物などであれば花が咲くのも種になるのもそして枯れるのも成熟です。同様に人間もまた、成熟していくものです。

私は吉田松陰先生の生き方が好きですが、遺言の留魂録の第八節に四時ノ循環があります。これは「今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ夏苗シ秋苅冬蔵ス秋冬ニ至レハ人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ為リ村野歓声アリ未タ曾テ西成ニ臨テ歳功ノ終ルヲ哀シムモノヲ聞カズ」と綴られます。

つまりはその死には成熟があると、これは自然のことだとするのです。死刑で処刑されることになっても、自分は成熟これで成熟したのだと。つまりこの境地は一期一会に今を生き切る人はその死もまた成熟であるということかもしれません。なぜそう思うのか。

それは私も同じ生き方を実践しているからです。

今を盡していくと必ず成熟する時が来る。その時々を今が最善と信じて歩んでいれば、どのような結果になってもそれで徳が循環しているということ。私は徳積循環という経世済民を実現しようと仕組みの改善に取り組んでいますが、結局は人間性を磨き、社會の循環をより善い本来の徳が充ち溢れるようにしようと志ているものです。

だからこそ成熟するということが大事で、現代の成長至上主義のような社会にはどうしても馴染むことができません。歳月もまた、成長が止まることが問題ではなく成熟していかないことの方が循環という観点では大変な歪です。

循環していく生き方は、成熟していく喜びを生きる生き方です。

人生修行もまた、成熟の喜びです。

一期一会の今を丹誠を籠めて一つずつ歩み、変化していきたいと思います。

 

原体験と原風景

昨日は安泰寺で修行者たちと一緒に禅のお食事やお掃除や作務をしました。現在も約10名ほど、ほとんどが外国人でしたが皆さんとても目が活き活きと輝いておられテキパキと心地よく動いておられました。山の上にある自給自足の場には、様々な試行錯誤もありその苦労も感じました。しかし、その苦労の合間には座禅の時間もあり自分と向き合うための大切な場が創造されていました。

私たちは自分が何のために生きるのかという問いをはじめ、どう生きるかということを大切にする時間というのが現代では取りにくいように思います。

学生時代も、早朝から夜中まで勉強漬けで進学のことばかり。その後は、就職したら結婚や子どもなど誕生し家族のことがあればほとんど考える時間もないのが現状の平均的な様子ではないでしょうか。

本来、子どもの多感なときにこそじっくりとゆっくりとその時間や場があるといいかもしれません。しかし大人になっても、ふとした時に人は立ち止まり自分と向き合い、自分の一度しかない人生を考える時間があることは仕合せなことです。

私は、お陰様で会社の仲間にも恵まれ週に一度は内省をするお時間を持て、英彦山の山中で自然と調和するための作務をし、古民家や自然農がある御蔭で暮らしのお手入れをする時間を持てています。座禅をするお時間をはじめ、このブログを書いている時間、日々の日記や法螺貝を吹いたりご祈祷をしたり、妙見神社をはじめご先祖様やお導きいただいたメンターのご遺徳にお経をあげる日々です。

その都度に、先ほどの何のためにやどう生きるかということを覚えます。

どう生きているかという自分を客観的に見つめることは、どう生きてきたかということを振り返ることでもあります。自分が生きていることは、自分と一緒に周囲も生きているということで、それは生かされているということに氣づく大切な機会です。

修行というのは、苦行のようになっているものもありますがかつての人類は自然の中で自然と共に歩むという修行をしてきました。その修行は、自然の中での原体験であり人間が人間であるときの何かを思い出させるものです。

ここで氣づいた原体験と原風景を、場に戻りさらに甦生していきたいと思います。