思いの手入れ

人間は自分の前提になっている「思い」に気づいているかどうかはとても重要であるように思います。この「思い」が、現実を変える唯一のものであるからです。

そもそも現実とは自然と同じく中立で中庸です。それはこちらの都合で変えられるものではありません。しかし現実は変わらないからこそ、自分が現実に対する思い込みや刷り込みを変えることができるのなら現実は変わって見えるものです。

ある人は、毎日仕事をするのが楽しいと感じ、またある人は毎日仕事をするのが苦痛だと感じる。同じ現実であったとしても、その前提になっている「思い」次第でまったくその人生が変わっていくのです。

ある人はせっかく奇跡のように生まれてきたのだから仕合せに楽しく生きようという「思い」がある人は現実は歓びの連続です。その逆に、何でも当たり前になって不平不満ばかりの「思い」がある人は苦痛の連続です。しかしそれもまた「思い」によって感じ方が異なるのです。

この「思い」をどのように手入れし続けるか、ここに人生を左右する鍵があるように思います。ないものねだりをするとすぐにこの「思い」はネガティブになります。あるものに感謝してすべてが善いことになると信じて生きている人は「思い」が楽観的になり幸福を感じています。

つまり人間は、生き方によってしか現実を変えていけず素直になることでそれを維持していくことができるということになります。では素直にならないのはなぜか、それがエゴや私心、自分の思い通りにならない不満や不安から発生するのは明白です。

素直になるというのは、本来の生まれてきた歓び、人生の仕合せをあるがままに嬉しい楽しい仕合せと感じることです。これを天国言葉と言った人もいましたが、松下幸之助さんは「自分は運がいい」という言い方もしました。

運が善い人はどんな時も「思い」が素直なままです。言い換えれば、素直だからこそ運がいいのです。自分がここまで生きてこれたことへの感謝や、多くのご先祖様たちが助けてくださったことへの感謝、今の人生が丸ごとで素晴らしいことになっているということへの感謝など、有り余る感謝の「思い」で満たされているからです。

感謝で「思い」を満たしている人は、邪念や刷り込みを受け難いように思います。「思い」をネガティブの方へ向けるか、その「思い」を感謝に向けるか。「思い」の手入れこそが省我の実践なのかもしれません。

日々我が身を省みる・・・子どもたちの一度しかない人生の思いを大切に守り続けていきたいと思います。

いのちの根源

火鉢で炭を使い何度もお湯を沸かしていると、炭の個性や特徴によって火の扱い方が変わってきます。そもそも火を扱うということは、水を扱うことと同じように人間が自然の持つ力を調節して利用するということです。

むかしはこの火や水や土などを精霊と呼び、生きている存在として接し崇めていました。現代では一般的にはガスや水道など簡単便利に火や水を利用できるようになりあまり精霊という意識を持つことがなくなりましたが神社や信仰の山などでは今でも神様として大切に祀られています。

古代日本ではこの精霊をどのように定義していたかウィキペディアには下記のように紹介されています。(原文まま)

『古代日本では自然物には生物も無生物も精霊(spirit) が宿っていると信じ、それを「チ」と呼んで名称の語尾につけた[2]。古事記や風土記などの古代文献には葉の精を「ハツチ(葉槌)」、岩の精を「イワツチ(磐土)」、野の精を「ノツチ(野椎)」、木の精を「ククノチ(久久能智)」、水の精を「ミツチ(水虬)」、火の精「カグツチ(軻遇突智)」、潮の精を「シオツチ(塩椎)」などと呼んでいたことが知られている。また、自然界の力の発現はその精霊の働きと信じ、雷を「イカツヂ」、蛇を「オロチ」などと呼んだ。こうした精霊の働きは人工物や人間の操作にも及び、刀の力は「タチ」、手の力は「テナツチ(手那豆智)」足の力は「アシナツチ(足那豆智)」、幸福をもたらす力は「サチ(狭知)」などと呼ばれていた。人間の生命や力の源が、血液の「血」にあると信じられたところに、「チ」が起源しているとも言われている。土(ツチ)、道(ミチ)、父(チチ)も同じ考えが表現されたものと見ることができる。また神話や古代氏族、とりわけ国津神系の氏族の祖先には「チ」を名称の語尾につけているものが見出される。神話では「オオナムチ(意富阿那母知)」や「オオヒルメムチ(大日霎貴)」、氏族では物部氏の「ウマシマチ(宇摩志麻治)」や小椋氏の「トヨハチ(止与波知)」などである。神名や人名の語尾(正確には「〜神」、「〜命』の前の語)に「チ」がつく名前は最も古い名前のタイプで、草木が喋ると信じられていた自然主義的観念の時代を反映しているものと考えられている』

もともと古代の日本語では「チ」や「ヒ」、「ミ」などといった一文字の中に根源的な精霊を定義して言語化したといいます。「チ」はその伝承されているいのちの原点のことを顕しているように「ヒ」は、太陽や光などのいのちの熱光源を顕していました。「ミ」などは、変化や受容するものなどを顕しました。

つまりは古代の人は、言葉でそのものを認識するのではなく精霊そのものの力をそのまま受け取りその姿をそのまま感じ取りそれをそのまま丸ごと活かすことができたのです。

現代は文明が発展し、科学の力によって分析力を高め誰でもその精霊をコントロールできるように便利にしていきました。しかし大きな災害や、地球規模の自然変動を観ると私たちがコントロールしたのはほんのたった少しの一部分でしかないことが分かります。

実際には活かしていると思っている精霊の力も、それは傲慢に使いこなせていると思い違いをしているだけで本当はもっと偉大な力だったものを受け取ることができなくなっているかもしれません。自分たちの進化は実際は進歩ではないかもしれないと疑う必要があるように私は思います。

科学では証明されないことを宗教だインチキだとすぐに価値観で裁く前に、古代の人たちが何を観て何を活かしてきたか謙虚に学び直す必要を感じます。そういう意味では、火に触れ、水に触れ、土に触れ、そして様々ないのちの根源に触れていくことは進化を高めていきます。

子どもたちには、進化に相応しい環境を用意し古代から謙虚に受け継がれてきたいのちの本質のままに伝承していきたいと思います。

七輪

聴福庵では、よく「七輪」を使って料理をします。この七輪とは、土製のコンロのことで炭火を熾したり煮炊きをしたり、焼き物をするときに用いるものです。暮らしの中でこの七輪があることで、炭火を用いた料理はとても幅が広がります。現在ではスローフードの道具として有名になっていますが、本来は日本人には欠かせない調理道具として永い時間暮らしを支えてくれたパートナーの一つです。

歴史としては古代は土師製の炉として宗教用道具として祭祀などにも用いられ平安時代になると室内において置き炉となりこれがのちに手あぶりになり、屋内での簡単な炊事や酒燗などに利用転用されたものだという説があります。能登製の珪藻土が有名ですがむかしは土師製粘土のものが多かったといいます。

この珪藻土というものは、植物プランクトンの遺骸が集積したものです。この天然珪藻土には無数のミクロの空胞がそのまま残っており、保温性・蓄熱性が高く熱効率が良くしかも丈夫でまさに炭火を熾し調理するための最高の材料だったのです。粘土から珪藻土になるのは珪藻土の産地の能登半島を除き明治時代になってからと言います。

現代では七輪の三大産地は土質の良好な愛知三河、石川珠洲・和倉、四国香川があり、かつてはこの三大生産地で日本全体の需要を賄っていたといいます。しかし七輪の需要の急激な減少から廃業が続き三河で3社、石川和倉で1社、石川珠洲で4社ほどになっているといいます。

聴福庵で活躍する七輪たちは、三河七輪と石川珠洲七輪です。まず三河は、江戸時代から続く三州瓦の産地で有名です。この地域は焼き物に適した粘土が多く、瓦以外の焼き物も盛んでした。三河土は熱との相性がよく保湿能力に長けています。これを珪藻土と組み合わせているので丈夫なのです。また黒七輪として有名なのは三河土に炭を塗って乾かし那智黒石で磨き上げているからです。手作りの黒七輪は味があり、うっとりします。

また能登半島は土の三分の二が珪藻土でできているすごい場所です。この豊富に産出する珪藻土鉱床から掘り出された珪藻土ブロックを、崩す事無くそのまま七輪コンロの形状へ切り出して焼成しています。これを「切り出し七輪」といいます。まさに珪藻土のままで形成された七輪は姿かたちそのものが美しく、卓上においても芸術品です。

これらを備長炭や様々な料理の種類に合わせた炭で調理するとき、素材の味は深く引き出されていきます。天然の材料を、天然自然の道具で調理する。現代のように、電磁調理器やプロパンガスなどでは決して出ない味が出てくるのです。

なんでも文明や技術は簡単便利になって効率があがり、人がラクをしてできるようになればいいという価値観ですがそれと共に失っていくものがあるのを決して忘れてはなりません。ラクになることが仕合せなのか、そうではないでしょう。ラクをすることではなく、仕合せのためにラクをしないこともまた選択すべきです。

これらの七輪などの道具は私たち日本人の仕合せを守り続けてきた文化そのものであり、人間が人間らしくゆったりと暮らしを味わい仕合せに生きていくために必要なものなのです。

子どもたちの未来に、大切なものまで奪ってしまわないように使命感を持って暮らしを甦生していきたいと思います。

聴福人の習慣

人の話を聴くのにおいて、「信じて聴く」ということは大切なことです。これはきっと善いことになっていくという信念で聴いているとも言えます。さらに話を聴くことの前提に、相手のことを丸ごと信じている状態になっている必要があります。

つまりは自分自身が聴ける状態であるか、それは自分自身が何を信じて話を聴いているか、自分の信じるということへの哲学や信念が聴くことに現れているのです。

よく話を聞くとき、正しいや間違いなどを指摘しようとするものです。それは信じて聴くこととはあまり関係がなく正しい答えを教えているだけです。正しい答えを聞くことはその人にとっては正解ではなく、その人たちが本当に欲しているのは信じてほしいということがほとんどです。

自分自身が生きていく上で、自分を信じられなくなる時、丸ごと信じて聴いてくださる存在に人は救われるからです。私もそれを幾度も体験しています。

今の自分があるのは、自分が信じることができなくなるような出来事で葛藤するときそれをじっと丸ごと信じてただ聴いてくださった方があったからです。

単に聞いて正論を教えてくれたことがあっても、それは長続きせずその場はわかった気になってもまたすぐに不安や心配になります。しかし丸ごと信じてくれた存在が見守ってくれていると思えると安心して不安も払拭していけます。

つまり心で聴くというのは、相手の心を信じるということと同義なのです。

聴くことができる人は、どんなことがあっても天の声だと素直にメッセージを受け取ることができます。そのメッセージは、「必ず天は最善にしてくださっている」といった全体善に原点回帰していくことを自覚するものばかりだからです。

だからこそ自分の心がどうなっているか、他人の話を聴く前に整えておくのが聴福人の実践なのです。そして聴福人であり続けるためには、日ごろの過ごし方に心を整える内省という習慣が必要になります。

丸ごと善で聴く、丸ごと信じて聴くというのは、日々の御縁を信じて前向きに明るく生き、生涯学習を続けて自己を修めていくという習慣を維持していくということです。私のこのブログもまた、聴福人の実践の一つです。

引き続き、子どもたちが安心して育ち、見守りを感じ続けられるように怠らず努めていきたいと思います。

考える人

「自分の頭で考える」という言葉があります。これは何を考えていないからそう言われるのか、そして何を考えれば自分の力を使って考えたかと言えるか。この「考える」ということは、単に普段使っている頭で容易に想像しているようなことを言うのではなく自分で物事の本質に辿り着くプロセスのことを言うように思います。ではなぜ本質を考えることをやめてしまうのか。なぜ考えない状態になるのかということを突き詰めていく必要があります。私のブログでの日々の学問の鍛錬もまた、この本質を見極め続けることで考え続ける習慣をつけているとも言えます。

そのちょうど「考える」ことを深めていたら「地頭力を鍛える」という著書で有名な細谷功氏の言葉が的確なものがありましたので紹介します。

「仕事で成果を出せる人とそうでない人の違いは、頭の良さというよりも、じつは「考えているか、いないか」という点にあります。もっと厳密にいえば、「考える」という行為の前には「考え始める」という高いハードルがあり、多くの人はそれができず、思考停止状態に陥ってしまっているのです。」

細谷氏は、考えないことを思考停止状態と言います。そして思考停止を回転させはじめるためにはまず「考え始める」という高いハードルがあるといいます。自力で主体的に考えるためにはそのハードルをまずは飛び越える必要があるというのです。

「思考停止型人間の口癖を見てみると、他人や環境のせいにする他責の言葉が並んでいます。たとえば「情報がないのでわかりません」というのは、「情報が不足している」という状況のせいにして言い訳をしているにすぎません。他責の言葉を言った時点で、「私はもうこれ以上考えません」という思考停止宣言をしたようなものです。」

そのためには、「自覚」が大切だと仰います。自覚こそが成長であるとも定義されておられます。

「知らず知らずのうちに視野が狭くなっていることは多いもの。そんなときは、「他人に気づかせてもらう」のが一番。周りの人に積極的にアドバイスを求めましょう。より広い視点を得るには、自分は何も知らないという謙虚な姿勢、いわゆる無知の知を持って問題と向き合うのが第一歩だからです。」

この無知の知というものは、知らないこが自覚できるということ。ソクラテスの汝自身を知れという格言にあるものです。思考停止というものは、もう知ってしまっている、「わかった気になっている」状態になっているということです。つまりは学問を深めようとしていない、自らで辿り着こうとするのを諦めているとも言えます。

そしてそれは今の社会や世の中をもう一度鵜呑みにせずに、自分の頭でちゃんと見極めるということです。今までの慣習や世の中の常識を疑って、もう一度目的から考えてみる。自分のことを客観的に見つめ、「本当は何か」を突き詰めてみる。まさにこれが自分で考えるということなのです。

「自分の頭で考える」というのは、ある意味で世の中の価値観に背を向けることなのです。』と言います。

自分の頭で考えることがなければ、本質が分かることはありません。本質風が世の中の風潮で、考えない人が増えれば増えるほど本質風のトレンドは増すばかりです。しかし、どこかで気づくはずですそれは誰かの考えを鵜呑みにしていただけだったと。

人間は誰しも自分自身の頭で自分自身と向き合い、一人一人のなかで自分の答えを出し続けていく必要があります。それが自分の人生を生きたということであり、その答え合わせを自分の足を使って歩んでいくのでしょう。

だからこそ日々に起きるあらゆる出来事や御縁を「本当は何か」と目的を見出し、そして「何のために」と意味をつなげていくしかありません。物事のつながりが観える人は、思考が回転し続けている人です。思考停止状態にならないように、日々に「なぜ」と謙虚に人に自他に問い続けることができる人は考える人だと思います。

子どもたちに、時代の価値観を押し付けて機械やロボットのように生きることをさせないように自分自身が考えて考えぬいたもので伝承していきたいと思います。

 

 

自然から離れない

今年も自然農に取り組む中で思い通りにならないことばかりを経験しました。お米はイノシシに荒らされ収穫直前に全滅。高菜は3回種まきをし直しましたが1回目は育たず雑草にすべて負け、2回目は虫に食いつくされ、3回目はモグラに土の中を穴だらけにされ育苗が失敗しました。

今年は特に自然の厳しい状況を受けており、今まで以上に葛藤と挫折の中で心を何回もへし折られました。その都度、なんでこんなことにとイライラしては畑に怒りをぶつけます。しかし畑にぶつけても何の解決にもならず、どうしたらと次を考えてまた取り組むのみです。

自然はいつも自分の思い通りになることはありません。

自分が思い通りにしようとする傲慢さは何処から来るのか。それは頭で考えて計画を立てているところにあるように思います。人間は自分の思っている通りにする過程で、自分の考えた通りにしようとします。しかしその考えは自分の都合の良い考え方であり無理やり周りの方を変えようとしてしまいます。自分が周りを変えることで上手くやろうとする、ここに傲慢さが潜みます。

本来は自然に対してそれができるかといえば全くの不可能であり、自然に対しては自分が変わるしかありません。しかし自分が変わるというのは、自分にとっては不都合なことばかりが押し寄せてくるものです。

たとえば、時機を待つこと、寄り添うこと、よく観察すること、声を聴くこと、試行錯誤すること、自分勝手にはいかずどれも「自分から」主体的に関心をもって深くかかわり続ける必要があります。自分のペースを優先すれば自然のペースから乖離していきますから、自然のペースをまず理解する必要があります。

それは「焦らない」ということでもあります、言い換えれば天にお任せして信じるという心境です。

自然はちゃんと自然のスピードで物事を動かしていきます、間違っているのは自分のスピードの方と気づかなければならないのです。大きな成功も成長も、大きければ大きいほどに時間がかかります。高い山であればあるほどに登頂が困難を極めるようにそれだけ達成感も充実感もあるのと同じです。

自分が一体、何の目的に対して挑んでいるのか。それによって進む速度も歩む困難さも異なってくるのです。簡単に誰でもすぐに達成できるような目的ならそんなに苦労はありません。苦労が多いのは難しいことに挑んでいるからであり、それだけ偉大なものを動かそうと頑張っているからなのです。

自然農を通して何回も頭を叩かれて反省を繰り返すばかりですが、私の都合で何回失敗しても自然は丸ごと清濁全て受け容れて何度も挑戦をさせてくださいます。この大きな見守りの中で、自分を磨き謙虚さを学び直すことは自然がある故に実現できることかもしれません。

自然から離れないことこそ人類の真の発展と永続を約束するものかもしれません。

自然から学び直しながら、現代の人たちの苦しみに寄り添い共に子どもたちの憧れる生き方ができるように取り組んでいきたいと思います。

響き合いのカタチ

聴福庵の離れの土間を左官職人さんに仕上げていただきました。その土間には、炭を随所に活用したものになっています。装飾として菊炭を埋め込み、粒状の備長炭も混ぜ込みました。

極めつけは、古瓦を用いた音の出る犬走です。これは離れのむかしの造りを活かしたもので、雨樋を設置しなかった分、あちこちに水滴が落ちてはねてしまい周囲を汚してしまいます。それを通常は、砂利などを敷いて犬走をつくり工夫しますが今回はその水滴を活かしかえって綺麗な音が出るように瓦を土間に設置していただきました。

まるで水琴窟のような澄んだ綺麗な音が響き渡り、雨の日の外の音を静かに家の中で楽しめるようになりました。この水の音は、心を浄化し精神を安定させてくれます。

水滴と古瓦が奏でる懐かしい音は、今の機械音ばかりを聴いている心に清涼感を与えてくれます。その犬走の中には、備長炭を設置し水がゆっくりと水路に流れるようになっています。瓦の隙間にもまた粒状の備長炭を挟み込んで水路に塵や埃が落ち込まないように工夫されています。

左官さんとの協働作業でアイデアを湧かし、一つの芸術を実現するのはとても仕合せなことです。先日も、貝を装飾し磨き光らせる友人と一緒に考えて創った貝の首飾りもまた同様に一つの芸術になり仕合せを深く感じました。私は、どうも創作するのが大好きらしく心の情景を職人さんの技術とアイデアで一緒に実現するのが楽しいようです。

仕事もまた同様に、一緒に実現したい夢や理想に向かって協力してカタチになっていくのが楽しく仕合せを感じます。それがたとえ物ではなくても、その思想を顕現させていくような仕組みづくりやそのアイデアを活かした環境づくりなども大好きなようです。

改めて、自分自身が何によって癒されていくのか、そして仕合せを感じるのか。一つ一つの芸術が実現していくたびに近づいてきている気がします。顕現したカタチはお互いの心が響き合った芸術だからかもしれません。

これから聴福庵の伝統的漆喰の塗り直しと、おくどさんの竈の漆喰磨きを控えていますが一緒に復古創新する中で子どもたちに本物を伝道できる材料が集まってきたことにまた歓びを感じます。

子ども第一義の理念に沿って自ら信じた道を、直向きに歩み切っていく覚悟です。

棟梁の心構えと心意気

150年古民家、聴福庵の天井板の張替えを先週から行っていますが今まで見ることもなかった立派な梁が現れてきました。重厚で歴史を刻んだ雰囲気のある飴色の偉大な梁は、屋根を支えるだけでなく家全体のバランスを保つ力の中心です。

改めてよくよく観察すると、大変なエネルギーが漲っておりその梁が家を保ち支えているのを感じてこれこそ家守主人の力の源泉であることを実感しました。大黒柱、小国柱などのすべての柱を繋ぎ橋渡しをするこの梁は、家のいのちの最重要部分ではないかと実感するのです。

改めて「梁」を深めるとこの梁という漢字の成り立ちは、水に両木をかけわたす形であると書かれます。これは「川の上を木で渡す橋」の意味で家の場合は内(うち)ですから内張り(内張)になりそれが、梁(はり)となったといいます。また他にもつっかい棒のことを「ばり」ということもあるそうでこの梁もばりも「張り」から来ているともいいます。この張りは「腫れる」が語源で丸く膨れた状態をいいます。漲るという字も、先頭に立つ勢い、力が充ち溢れるという意味で張り(梁)と同義です。

家をあらゆる自然災害から守るのが屋根瓦でしたが、その屋根瓦のすべての重みを受け止めて支えるのが「梁」です。すべての柱の上に水平に横たわりその重みをグッと堪えて偲び支えていく。まさに組織であれば中心核、大工ではすべての職人をまとめる頭、会社であればそれは社長であり、国家であれば大統領の役目です。大統領という字の統領は、棟梁から翻訳されたものです。そして家を建てるには棟上げという祭祀があるように、棟は家の天辺にあり屋根を司り安定を保ち続けます。

この「棟と梁」は常に一家の建物を支える重要な部分であり棟梁は集団の統率する中心的人物ですからそこから家を支えるもっとも重要な人物が棟(むね)や梁(はり)ということでそれを親方ではなく、粋で匠に優れ最も尊敬される人物という意味も込めて人々から「棟梁」と呼ばれ神を祭ってきたといいます。したがって棟梁になれる人は一家、一国、一族、一門の統率者であり中心となる人物が選ばれていたのです。

梁がむき出しになった天井を、聴福庵をずっと手掛けてくださっている棟梁と一緒にその梁を眺めていると棟梁が「このままいつまでもずっと梁を眺めていたい」と小さく呟いておられました。私も、屋根裏で日ごろは天井板によって隠れて日の目を見ないその姿を観て心に深く染み入る感動と尊敬の念を感じました。

家をもっとも支える存在とは観えないところをしっかりと全員の橋渡しをしている陰徳的存在なのかと感じ、改めて本来のリーダーや総責任者、そして主人としての覚悟を学び直した気がします。

私はこの古民家甦生そのものが経営の師であり人生の先生になりました。これは決して人間ではないし言葉で教えることはないけれど、そこには確かに人間としての生き方の証が随所に智慧として伝承されていたからです。私は今もこの伝統的な家によって保育をしていただいています。

世間は私のことを古民家好きな人や、普請道楽、また骨董趣味やマニアックな人などと勝手に評されたりします。そして本業の仕事もせずに古民家ばかり没頭していると周りからもいわれます。しかし私はその家から自分自身の生き方の研修をしていただき、生き様のご指導をいただき、自分自身を苦労によって成長させていただきました。実践とはその境地で没頭するまでやっていることを言うのであり、事物一体に真剣に没入しなければ学んだことにならないからです。ご縁を活かすというというのはそういうことなのです。

私はこの家から棟梁としての心構え、そして棟梁たる陰徳の心意気の意味など家から学ばせていただきました。きっと傍から見ても変人のように楽しんでやっていますからただの古民家狂いに見えるかもしれませんが、私はその都度に職人や道具からむかしの人々の心と対話し、智慧を伝承し、それを子どもたちの生き方に伝道していこうと思っているのです。そしてそれが保育の仕事につながっているからです。

暮らしとは本来、日々の心の持ち方のことであり、それをどのように美しいものにするか。そして道徳とはまさにその生き様としての実践をどのように積み重ねていくかということの連続なのです。実践とは現場で努力して高い志で深く学び続けることをいい、知識を単に増やすことではありません。実践するには苦労して楽しく道を歩む必要があり、学問を深め正しく実行することではじめて前進するのです。

つまりやっていることが良いか悪いか、正しいか間違っているか、関係あるかないかではなく果たして学んでいるか実践しているかが大切なのです。まさに匠とはそういう人物のことかもしれません。

引き続き、子ども第一義の理念に沿って深く広く学んでいきたいと思います。

かんながらの夢

先日、御縁あって東京の泉岳寺にお伺いすることがありました。忠臣蔵で有名な赤穂四十七義士の墓があるところでもあります。墓地では年齢が多様な日本人の参拝者が多くあり歴史の篩にかけられても未だに忘れられてはいません。

今の時代ではこの忠臣蔵の出来事の本質を深めようとするような学問も少なくなり、道徳が荒廃すればするほどにこの義士たちの理念が忘れ去られていくように思います。道徳の荒廃は大げさに聞こえるかもしれませんが私たち日本の民の原点から守り続けてきた生き方が失われていくことでもあります。

日本人が親祖より最も大切にしてきた生き方を守り続けるということは、言い換えれば子々孫々まで親祖の理念を維持していくということです。神社のお役目も本来はそうであったはずで天皇もまた祭祀によって理念を守り続けていらっしゃいます。そして世界のそれぞれの国には日本と同様にそれぞれのはじまりがあり、多様な国家や民族はそれぞれにその場所でその風土で誕生した道を歩み続けています。本来の道(聖道)から外れるとき、その聖道は途絶えます。途絶えさせないようにその時代時代の忠義の人物たちが理念を守り続けるから私たちは先祖の遺徳に感謝していくことができます。その遺徳を顕現させるものたちこそが義士なのです。

この義士は、先ほどの赤穂義士でも使われますがその定義は「人間としての正しい道を堅く守り行う男子。」ということです。この人間としての正しい道とは、道徳に則った人物ということになります。この道徳は、天地の至誠とも呼び、天地にあって常に中庸を貫き真心を盡すということのように思います。

赤穂義士たちの師は、山鹿素行です。山鹿素行と言えば、古学を究めた人物ですがこのアジアの原点や根本を突き詰めて達した人物です。私の定義する「かんながら」はこの山鹿素行と同じく自然です。山鹿素行はこのことを「天地」と定義します。

「天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、生々無息造物者の無尽蔵、悠久にして無彊の道也。聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、人民をして是れによらしむるゆゑん也」

この世のすべての生成者は天地であり、永遠の道もまたここにある。聖人とは、この道を守り続ける人物であるといいます。何が人間の自然であるか、根本を説いています。故に「天地これ師なり、事物これ師なり」と言います。本物の師とは、天地のことである、その天地に生きる私たちの師は出会いであるとも。だからこそこう続きます。

「天地ほど正しく全き師あらんや。ただ天地を師とせよ。天地何を好み何をか嫌う。ただ万物を入れてよく万物になずまず、山川、江河、大地、何ものも形をあらわしてしかも載せずということなし」

この天地とは、自然の真心のことで風土の顕現した道理のことです。古来人はそれを神と呼びました。現代の神は、どこか人間の価値観で勝手に作りこまれたものを言いますが本来の神とはまさにこの風土のことを言うのです。天地のことを風土と呼び、その道を実践することを「かんながら」と私は呼ぶのです。

風土を改善するという私の夢は、言い換えるのなら風土に沿うということです。日本人であれば日本人の道徳を、日本の経営であれば日本らしい経営を、まさにその風土を師として風土を体現することが私のコンサルティングの中心なのです。

なぜならそれは親祖の祈りであり、孔子や聖人たちが願い続けた理想の道だからです。人類の平和はまさにその「風土を師と仰ぎ中庸を保つ」ということなのです。不思議にも今回のブログは私の遺言のようなものかもしれません。

義士たちがいつかここにたどり着くことがあるのなら、ぜひ一緒に問いかけてほしいと願います。「義」とは何かと、「志」とは何かと、そして「道」を想い直し「徳」を思い出してください。人類の成長を見守るのが保育であるのなら、私が子どものために何をしようとしていたのかを伝道してほしいのです。

最後に山鹿素行は学校を創りました、その学校はカタチは消えても心の中に存在し今でも子どもたちを見守り続けます。その学校は何か、こういいます。

「学問は天子より庶人に至るまで、一にこれ皆身を修むるをもって本となす。これを為すに学校が必要であり、学校と云うは民人に道徳を教えて、その風俗を正すの所を定むる事也。学も校もともにおしうるの字心にて、則ち学校の名也。学校のもうけは、上代の聖主もっぱら是れをもって天下の治道第一とする也。学校は、単に学問を教え、ものを読み習わせる所ではなく、道徳を教える所であり、つまり、人間を作るのが学校の目的である」

将来、私は学校を創りますが世の中の人が一般的に思っている学校とはあまりにも異なるかもしれません。しかしいつの日か、自然と調和し、人類がそれぞれに正しい道を歩んでいくことができるようにかんながらの夢を念じながら前進し続けていきたいと思います。

楽観力

人はポジティブとネガティブという思考を行き来することで感情が揺さぶられていくものです。喜怒哀楽を中心に複雑に入り組んでいる感情は、その人の心の表情として周囲の人間関係に影響を与えます。

いくら見た目が明るそうに見えてもその根が暗い状態であったり、見た目が暗くても実際はとても明るい状態である人もいます。つまりは人間は決して見た目と中身が同じではなく、自己を複雑にしながら社会で生活をしているといえます。

たとえば、他の動物でいえばほとんど顔の表情と心は同一で見た目通りの表情をします。犬であれば喜怒哀楽ははっきりしていますし、鳥もまたそのまま感情をさらけ出します。しかし人間は、見た目は喜んでいるように見せて実際は悲しんでいたりと、心と感情を別にしていくのです。これを何度も繰り返して自分を偽り続けると心と感情のバランスが崩れて疲れてしまうのです。

自分のままでいること、自分らしくいられる居場所があることは、自分の安心だけではなく周囲の安心をも創造します。安心できる場所があることで、自己のパフォーマンスを最大限発揮でき、他者の持ち味を活かしあうことができます。それができない状況は不安な環境に自分でしてしまうことです。自分を偽る理由はそれぞれにありますが、比較競争からのプライドであったり、もしくは自分自身がそういう生き方を続けてきたから自分の本来の姿が分からなくなったり、自分の価値観によって裁いていたりと様々にあります。

しかし最初からそうなったのではなく、過去の何らかの環境や出来事によってトラウマになったり、それによって自分が攻撃されたと思い込みずっと守ろうとしているとも言えます。

自然体でいいというのは、自分自身がオープンである環境を創り出すことです。何を言っても大丈夫、仲間がいつも見守ってくれているという意識で環境の一部になることが、見守る環境を準備することであり自分自身が安心していない状態で見守るというのは難しいのです。疑心暗鬼になり、いつ裏切られるかと見張り緊張しっぱなしの環境の中にいたら頑固になり空気も澱んでいきます。そのうち澱みが溜まり過ぎると流すことができなくなっていきます。いつまでもしつこく根に持つのは、物事をしなやかに受け流すことができないほど楽しくなくなってしまっているかもしれません。

実際に客観的に事実を観たらポジティブさもネガティブさもその中にどちらにも善いところがあります。常に自分自身がその善いところをみて自分自身の心の穢れや淀みを笑いによって澄ませていくことや、そのものを楽しんでいく工夫をすることでより見守り安心できる環境が醸成します。

楽しくないことを楽しくするには、善い側面を観ることや意味を深めて学ぶチャンスにするという前向きな心の態度が必要のように思います。前向きとは、今に集中して前進するということです。逃げると人はその思い出が辛い思い出になり、攻めると人はその思い出が楽しくなるといいます。つまり人生を楽しんでいる人はいつも逃げなかった人なのかもしれません。後悔をしたからこそ次こそはと楽しんでいくことが人生の醍醐味かもしれません。生き物はすべて前進していくことが人生の命題ですから、どんなことがあっても逃げずに前に進んでいこうと精進していくことで楽観力もまた高まってくるように思います。

根っから好きになり楽しくなるように働きながら子どもたちのモデルに近づいていきたいと思います。