暮らしのデザイン

昨日、友人の家の和室に備長炭を約500キロ投入し25キロの水晶を設置してきました。以前、聴福庵に来た際にとてもよく眠れたということで自宅もどうしても同じようにしたいということでお手伝いしました。

その他にも家のデザインのことを色々と質問されアドバイスをしました。友人からは仕事にした方がいいと勧められ、「センスはその人のものだからこのセンスを買いたい人がいる」と言われ何だか恥ずかしい気持ちになりました。

好きこそものの上手なれではないですが、何でも興味を持ち徹底的に没頭して深めればそのうちに知識だけではなく全体のイメージや具体的な方法、またそれができる職人さんたちと出会い、自分らしいデザインを創り上げていくことができるように思います。

このデザインという言葉はウィキペディアにはこう書かれます。

「デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語designareである。つまりデザインとは、ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。日本では図案・意匠などと訳されて、単に表面を飾り立てることによって美しくみせる行為と解されるような社会的風潮もあったが、最近では語源の意味が広く理解・認識されつつある。態に現れないものを対象にその計画、行動指針を探ることも含まれ、就職に関するキャリアデザイン、生活デザイン等がこれにあたる。」

デザインはここにあるように決して見た目のところの装飾をすることに限らず、そのデザインするための哲学や理念、行動指針を含めたものを総称しているのがわかります。つまりデザイナーとは、その思想を体現させる職業とも言えます。考えていることを形にする、思想を人々に明確に表現できるようにする人だということです。一つのことを突き詰めて思想を磨ききっていくとそこにデザインは産まれます。そのデザインの産物が、一つの作品ということでしょう。

聴福庵という作品が認められ、その作品の質から具体的なデザインを直観され、具体的なお仕事をいただけるのもまた有難い成果の一つであろうと思います。

古民家甦生を通して暮らしに触れ、暮らしの道具に出会うことで本物とは何かということを知りました。こうやって体験したことがすぐに他の誰かのお役に立つというのは有難いことです。

引き続き、子どもたちのためにも学問を深め世のため人のために自分を活かしていきたいと思います。

棟梁の心構えと心意気

150年古民家、聴福庵の天井板の張替えを先週から行っていますが今まで見ることもなかった立派な梁が現れてきました。重厚で歴史を刻んだ雰囲気のある飴色の偉大な梁は、屋根を支えるだけでなく家全体のバランスを保つ力の中心です。

改めてよくよく観察すると、大変なエネルギーが漲っておりその梁が家を保ち支えているのを感じてこれこそ家守主人の力の源泉であることを実感しました。大黒柱、小国柱などのすべての柱を繋ぎ橋渡しをするこの梁は、家のいのちの最重要部分ではないかと実感するのです。

改めて「梁」を深めるとこの梁という漢字の成り立ちは、水に両木をかけわたす形であると書かれます。これは「川の上を木で渡す橋」の意味で家の場合は内(うち)ですから内張り(内張)になりそれが、梁(はり)となったといいます。また他にもつっかい棒のことを「ばり」ということもあるそうでこの梁もばりも「張り」から来ているともいいます。この張りは「腫れる」が語源で丸く膨れた状態をいいます。漲るという字も、先頭に立つ勢い、力が充ち溢れるという意味で張り(梁)と同義です。

家をあらゆる自然災害から守るのが屋根瓦でしたが、その屋根瓦のすべての重みを受け止めて支えるのが「梁」です。すべての柱の上に水平に横たわりその重みをグッと堪えて偲び支えていく。まさに組織であれば中心核、大工ではすべての職人をまとめる頭、会社であればそれは社長であり、国家であれば大統領の役目です。大統領という字の統領は、棟梁から翻訳されたものです。そして家を建てるには棟上げという祭祀があるように、棟は家の天辺にあり屋根を司り安定を保ち続けます。

この「棟と梁」は常に一家の建物を支える重要な部分であり棟梁は集団の統率する中心的人物ですからそこから家を支えるもっとも重要な人物が棟(むね)や梁(はり)ということでそれを親方ではなく、粋で匠に優れ最も尊敬される人物という意味も込めて人々から「棟梁」と呼ばれ神を祭ってきたといいます。したがって棟梁になれる人は一家、一国、一族、一門の統率者であり中心となる人物が選ばれていたのです。

梁がむき出しになった天井を、聴福庵をずっと手掛けてくださっている棟梁と一緒にその梁を眺めていると棟梁が「このままいつまでもずっと梁を眺めていたい」と小さく呟いておられました。私も、屋根裏で日ごろは天井板によって隠れて日の目を見ないその姿を観て心に深く染み入る感動と尊敬の念を感じました。

家をもっとも支える存在とは観えないところをしっかりと全員の橋渡しをしている陰徳的存在なのかと感じ、改めて本来のリーダーや総責任者、そして主人としての覚悟を学び直した気がします。

私はこの古民家甦生そのものが経営の師であり人生の先生になりました。これは決して人間ではないし言葉で教えることはないけれど、そこには確かに人間としての生き方の証が随所に智慧として伝承されていたからです。私は今もこの伝統的な家によって保育をしていただいています。

世間は私のことを古民家好きな人や、普請道楽、また骨董趣味やマニアックな人などと勝手に評されたりします。そして本業の仕事もせずに古民家ばかり没頭していると周りからもいわれます。しかし私はその家から自分自身の生き方の研修をしていただき、生き様のご指導をいただき、自分自身を苦労によって成長させていただきました。実践とはその境地で没頭するまでやっていることを言うのであり、事物一体に真剣に没入しなければ学んだことにならないからです。ご縁を活かすというというのはそういうことなのです。

私はこの家から棟梁としての心構え、そして棟梁たる陰徳の心意気の意味など家から学ばせていただきました。きっと傍から見ても変人のように楽しんでやっていますからただの古民家狂いに見えるかもしれませんが、私はその都度に職人や道具からむかしの人々の心と対話し、智慧を伝承し、それを子どもたちの生き方に伝道していこうと思っているのです。そしてそれが保育の仕事につながっているからです。

暮らしとは本来、日々の心の持ち方のことであり、それをどのように美しいものにするか。そして道徳とはまさにその生き様としての実践をどのように積み重ねていくかということの連続なのです。実践とは現場で努力して高い志で深く学び続けることをいい、知識を単に増やすことではありません。実践するには苦労して楽しく道を歩む必要があり、学問を深め正しく実行することではじめて前進するのです。

つまりやっていることが良いか悪いか、正しいか間違っているか、関係あるかないかではなく果たして学んでいるか実践しているかが大切なのです。まさに匠とはそういう人物のことかもしれません。

引き続き、子ども第一義の理念に沿って深く広く学んでいきたいと思います。

かんながらの夢

先日、御縁あって東京の泉岳寺にお伺いすることがありました。忠臣蔵で有名な赤穂四十七義士の墓があるところでもあります。墓地では年齢が多様な日本人の参拝者が多くあり歴史の篩にかけられても未だに忘れられてはいません。

今の時代ではこの忠臣蔵の出来事の本質を深めようとするような学問も少なくなり、道徳が荒廃すればするほどにこの義士たちの理念が忘れ去られていくように思います。道徳の荒廃は大げさに聞こえるかもしれませんが私たち日本の民の原点から守り続けてきた生き方が失われていくことでもあります。

日本人が親祖より最も大切にしてきた生き方を守り続けるということは、言い換えれば子々孫々まで親祖の理念を維持していくということです。神社のお役目も本来はそうであったはずで天皇もまた祭祀によって理念を守り続けていらっしゃいます。そして世界のそれぞれの国には日本と同様にそれぞれのはじまりがあり、多様な国家や民族はそれぞれにその場所でその風土で誕生した道を歩み続けています。本来の道(聖道)から外れるとき、その聖道は途絶えます。途絶えさせないようにその時代時代の忠義の人物たちが理念を守り続けるから私たちは先祖の遺徳に感謝していくことができます。その遺徳を顕現させるものたちこそが義士なのです。

この義士は、先ほどの赤穂義士でも使われますがその定義は「人間としての正しい道を堅く守り行う男子。」ということです。この人間としての正しい道とは、道徳に則った人物ということになります。この道徳は、天地の至誠とも呼び、天地にあって常に中庸を貫き真心を盡すということのように思います。

赤穂義士たちの師は、山鹿素行です。山鹿素行と言えば、古学を究めた人物ですがこのアジアの原点や根本を突き詰めて達した人物です。私の定義する「かんながら」はこの山鹿素行と同じく自然です。山鹿素行はこのことを「天地」と定義します。

「天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、生々無息造物者の無尽蔵、悠久にして無彊の道也。聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、人民をして是れによらしむるゆゑん也」

この世のすべての生成者は天地であり、永遠の道もまたここにある。聖人とは、この道を守り続ける人物であるといいます。何が人間の自然であるか、根本を説いています。故に「天地これ師なり、事物これ師なり」と言います。本物の師とは、天地のことである、その天地に生きる私たちの師は出会いであるとも。だからこそこう続きます。

「天地ほど正しく全き師あらんや。ただ天地を師とせよ。天地何を好み何をか嫌う。ただ万物を入れてよく万物になずまず、山川、江河、大地、何ものも形をあらわしてしかも載せずということなし」

この天地とは、自然の真心のことで風土の顕現した道理のことです。古来人はそれを神と呼びました。現代の神は、どこか人間の価値観で勝手に作りこまれたものを言いますが本来の神とはまさにこの風土のことを言うのです。天地のことを風土と呼び、その道を実践することを「かんながら」と私は呼ぶのです。

風土を改善するという私の夢は、言い換えるのなら風土に沿うということです。日本人であれば日本人の道徳を、日本の経営であれば日本らしい経営を、まさにその風土を師として風土を体現することが私のコンサルティングの中心なのです。

なぜならそれは親祖の祈りであり、孔子や聖人たちが願い続けた理想の道だからです。人類の平和はまさにその「風土を師と仰ぎ中庸を保つ」ということなのです。不思議にも今回のブログは私の遺言のようなものかもしれません。

義士たちがいつかここにたどり着くことがあるのなら、ぜひ一緒に問いかけてほしいと願います。「義」とは何かと、「志」とは何かと、そして「道」を想い直し「徳」を思い出してください。人類の成長を見守るのが保育であるのなら、私が子どものために何をしようとしていたのかを伝道してほしいのです。

最後に山鹿素行は学校を創りました、その学校はカタチは消えても心の中に存在し今でも子どもたちを見守り続けます。その学校は何か、こういいます。

「学問は天子より庶人に至るまで、一にこれ皆身を修むるをもって本となす。これを為すに学校が必要であり、学校と云うは民人に道徳を教えて、その風俗を正すの所を定むる事也。学も校もともにおしうるの字心にて、則ち学校の名也。学校のもうけは、上代の聖主もっぱら是れをもって天下の治道第一とする也。学校は、単に学問を教え、ものを読み習わせる所ではなく、道徳を教える所であり、つまり、人間を作るのが学校の目的である」

将来、私は学校を創りますが世の中の人が一般的に思っている学校とはあまりにも異なるかもしれません。しかしいつの日か、自然と調和し、人類がそれぞれに正しい道を歩んでいくことができるようにかんながらの夢を念じながら前進し続けていきたいと思います。

乗り越えるということ

成長のことを思う時、自分の人生においてどこがもっとも成長したかと振り返るときそれは困難に立ち向かい困難を乗り越えた時のように思います。その困難は失敗の連続であったり、高い壁で八方ふさがりになったり、怪我や病気で苦しんだり、心身共に挫折したり、自分自身と向き合い「乗り越える」ことが求められた時のように思います。

この「乗り越える」とは何かといことです。

少し深めてみると、この乗り越えるのは順風満帆の時に使う言葉ではありません。逆境や困難の時に用いられます。人間は誰にしろ因果応報の原理が働きますから、今起きていることは過去の何かに起因しているものです。つまり変化は突然やった来たことではなく、必ずいつの日か起こりうる出来事がその時に発生したということになります。

その時、自分にとってはそれがとても受け容れ難い変化であり、その変化に順応しようと努力するとき、人はその意味を理解し努力をして乗り越えていくことができます。

この時の努力は、物事を福に転じたり、楽観的に今に集中したり、感謝にまで心を高めていくことをいいます。つまりは「心の持ち方を変えることができた」ということが乗り越えたということになるのです。

有難うという言葉も、難が有ると書いています。自分にとって困難な状況の時こそ、感謝で乗り越える、ありがとうで乗り切るという智慧が言葉に宿っています。

感謝の反対は当たり前といって、何でも当たり前になっていくとき困難に潰されていきます。ないものねだりではなく、如何にある方をみるか。そして足るを知り、頂いているものに感謝できるかが人を大きく成長させていくのかもしれません。

困難は人間を進歩向上するための砥石なのです。

一度しかない人生で、自分自身を向上させていくことは人格を磨き夢を実現するための唯一の手段です。歩みながら感謝、謙虚、そして素直と心の持ち方をどんな時でもその状態が維持できるように日々に精進していくしかありません。

子どもたちが憧れるような進歩向上を歩んでいきたいと思います。

 

成長主義~成長のバトンをつなぐ~

この世のすべての生き物はこの世に生まれてきた以上、すべて「成長」していきます。どんなものでも成長しないものはなく、様々な体験や経験を通して発達していくのです。

人間であれば赤ちゃんの頃から成長して大人になっていきます。しかしこれは不思議な話で、体が大きくなって歳を経て大人と周りから言われるようになっても私たちは成長し続けます。つまりは大人になることが成長ではなく私たちはずっと死ぬまで成長し続け、さらには命のバトンを繋ぎながら永遠に成長していくのです。

そう考えると、今の自分も成長の途中であり親祖から今まで多くの先祖たちがずっと成長し続けて今の自分にバトンをつないでいます。その成長のバトンを受け取って私たちは今、様々な成長の御縁をいただきさらなる成長に挑んでいるのです。

自分のことだけを心配したり自分の代のことだけを考えすぎると、自分が何のために生まれてきたのかを見失ってしまうことがあります。人類の成長、そして世界の成長、子どもたち未来の成長のためにと自己を超越すれば成功よりも成長が必要であることが分かります。

一時的な成功を手にしたとしても、それが成長とは限りません。現代は成果主義が蔓延し真面目で責任感が強く優しすぎる人は、すぐに自分を責め過ぎてしまいます。しかし自分を責めても意味がなく、それよりも自分が成長していることに気づき、その失敗の体験から学習しさらなる成長のための挑戦をしていくしかありません。つまりそういう時こそ成長中であり成長の伸びしろが増えていくときだからです。

人生の最期に「いい人生だった」と完結できる人は、本当に多くのいろいろな方々が自分の成長を見守り自分というものを育ててくださったという感謝と共に自分はこの世で何よりも成長できたと実感し、その成長をもって次の世代に夢を託していける仕合せに出会っています。それが「成長主義」です。

この逆に人生を見失い自分を責めるという心理は、その成長の過程を否定するものです。抑圧社会の原因になっている権力者の人間支配による成果主義や結果主義が人を歪んだ個人主義の価値観に追い込んでいきます。

本来は失敗して辛く苦しい時こそ、人は人間として大きく成長していきます。つまりは失敗し困難が訪れるとき、そして苦しい時こそ自分の「伸びしろ」があることに人は気づけるのです。責めるのではなく、伸びしろがあると自分を奮い立たせてまた挑戦をし成長の糧にする。まさに人間が人生を歩むというのは、いかなるときでも「成長を続ける」という選択なのでしょう。これが学問の価値です。

現代では、すぐに簡単便利に楽を選んですぐに結果が出ることばかりが価値があるかのような考え方があります。努力をせず苦労をせず無理をせずに効果的に手に入る仕組みばかりが重宝されます、しかしその方法は果たして成長を選んだかということです。敢えて成長を選ぶということは、より苦労の多い方に舵を切るということです。成長をした人は、人間として修養され一つの立派な人格、人徳を得ます。すべての命には善悪勝敗正否はなく、唯一の「成長」があるだけなのでしょう。

最後に出光興産の出光佐三の言葉です。

『一つの目的を達成するのに非常に楽な道と非常に苦しい道とがあるとする。苦しい道をとっても、楽な道をとっても目的は達せられるが、どちらを選ぶかといえば我われは敢えて難路を選ぶ』

成長を選ぶことこそ、成長のバトンを受け継いだ私たちの使命です。子ども第一義の理念に恥じないように、常に成長を選んで挑戦を続けていきたいと思います。

 

本心~信念の実践~

社會の抑圧が強い場所や環境では人はその人に与えられた役を演じるようになります。自分らしくいることよりも、如何にその立場の人であろうとするのです。立場を守れば自分を守れると信じているから本心を隠して立場を優先する生き方を選びます。

この抑圧とは、行動や自由を抑え込まれることをいい自分の言いたいことも我慢し、やりたいこともできず、牢屋の中に入れられるような感覚を言います。みんなと同じでないといけないと個性を抑え込まれ、そうやって支配者が望んだ姿になれば優等生だ優秀だと評価されていれば役を演じることがいいこととなり、その役を演じているうちに本当の自分が一体どのようなものだったのかも思い出すことができなくなるのです。

本心を隠してというよりも、本心が何かすらもうわからなくなったりします。自分が本当はどうしたいのか、それは自分の信念に従うということです。自分の信じることはこうだから、自分は信念ままに生きるとできるのならその人は役を演じるのをやめることができます。

しかし信念を諦めてでも役を演じていたら、抑圧された自分がずっと我慢をしなければならずいつの日か無理がたたりいつの日か役を演じ切ることができなくなるのかもしれません。そうやって頑張ってみんなで役を演じ続けていたら、みんな本心が出せなくなりみんな自分を信じることができなくなります。つまり抑圧から自信がなくなってしまうのです。それが現代の抑圧社會の温床になっているのです。

自信とは、常に自分の信じる道に従って行動していく中で醸成されます。他人の評価ではなく、自分の信じたことをやり切る中で自分自身の本心と向き合い、本音を隠さなくてよくなります。本音と建て前を使い分け、いつまでも本心を隠して役を演じるていては自分自身が信じられなくなります。本来は当たり前のことができなくなる環境の中では、人は簡単に本心をさらけ出すことができません。役を演じるルールは絶対的であり、みんな本心を隠しあっていますから何を信じていいのかもわからなくなるのです。自分が演じみんなも演じるからみんな本心が分からなくなり孤独になっていくのです。誰も信用できず孤独になり精神が疲れていくのは演じるのが疲れた証拠なのです。

みんなが自信をもった安信社會を築くためには一人ひとりが日々に初心に帰り自分は何を信じて生きていくのか、そして信じたことに誠実に生きていこうと、勇気を出して自分の信じるものを優先していくことかもしれません。それは誰かに敵対することではなく、感情をぶつけることでもなく、自分は一体何を信じて生きていくかと自分の人生で実現したい自分自身の「心の本」(初心)と対話していくということです。

心は何をしたいのか、そして心は何を信じたいのかと、心を探していくのです。心の中にある自分の心の本は常に声を発しています。その声に耳を傾けてあげる、その声に共感し受容していく。子どもが泣きながら聴いてほしいと喋っている声に、寄り添い耳を傾けて聴いてあげるように心を抱きしめながら受け容れてあげることが心との対話なのです。

役を演じ続けて心を置き去りにしていかないように、そして演じているうちに心が迷子になり自分を見失うことがないように、日々に自分の心と対話をしながら信念の実践を一つ一つ積み重ねていけば心の不安もまた消えていくように思います。

日々の実践とは、心の対話であり自分の信念を磨く砥石です。

引き続き、弱い自分を認め受け容れながら弱さの中にある真の強さとやさしさに出会えるように諦めずに丹精を籠めて歩んでいきたいと思います。

 

 

 

人類の成熟~多様性~

人類は多様性を発揮しながらここまで進化進歩してきたとも言えます。簡単に言えば、多種多様な人種が地域地域で発生しそれぞれに文化を醸成し発展と繁栄をして現代に至っているとも言えます。

この多様性というものは変化に富み「生物の多様性を保つ」ということで、英語ではdiversity(ダイバーシティ)と呼ばれています。変化=多様化であり、多様化するときのみ人は変化するということです。

しかしこの多様化できなくなる理由は、異質なものを認めなくなることではじまります。つまりは画一化、同化でありみんな一つのものにしてしまおうとすると変化が消えます。これを標準化という言い方もします。みんな同じ顔、同じ服、同じ個性にすれば確かに管理しやすいかもしれませんが多様性は消失するのです。

この多様化の維持においてもっとも大切なのは何か、それは「尊重」することです。尊重される集団や組織の中では、異質なものがそれぞれに不安を感じることがありません。言い換えるのなら、それぞれが自分らしくいられるということ。自分らしくいることで不安を感じない、つまりは個性を尊重し合っていて個性を誰も潰さない関係があるということです。

世の中は、個性が出ている人をみるとすぐに変人扱いをし時には犯罪者や精神異常者のように偏見で見ようとします。本来、みんなそれぞれに異なる性質をもって生まれてきたものが教育や環境によって画一化されていてそれが当たり前になり常識として認識するとそこから外れた人たちはみんな変人となるのでしょう。

しかし、みんなと同じだから安心しているという安心感は尊重された安心ではなくみんなから弾かれない、周囲から疎外されない、攻撃されないときの安心であり、自分のままでいいといった自己安心感ではないのです。

人類は多様性を維持することで変化し、成熟した文化と文明を築いてきました。現代は技術も革新しており、人間の成熟もまたそれ相応に進んでいく必要がある時代ともいえます。しかし自然な流れに逆らい、無理に画一化して多様化を止めて個性が蔑ろにされるのなら人々の不安は他人への攻撃になり差別の元になりかねません。

「尊重し合う」社會の実現は、それぞれがそれぞれの異質を認め合う中からはじまります。そのような社會や環境を用意していく人こそ、人類において真の教育者であり真の政治家ではないかとも私は思います。

引き続き、見守り合う環境を学びつつ個々を尊重する仕組みを発明していきたいと思います。

 

感謝の節目

昨日、恩師の古希祝いと「保育の起源」出版記念会が東京で開催されました。全国各地から250名を超える人たちが駆けつけてくださり大盛況のうちに終了しました。これだけ多くの方々から尊敬され、慕われる先生を観ていると有難い気持ちと共に改めて尊敬の念が込みあげてきました。

私は人生の半分を恩師と共に歩み、まだ人も少ないときから恩師の信じるものを信じて歩んできました。なかなか理解されなかったり、賛同者も少ない中でも恩師の信じる言葉と信じた理想を信じて切り拓いてきたように思います。

人は何を信じるか、そして信じたことをどれだけやり切るかで人生の未来が変わってきます。昨日、あの場に集まった人たちと恩師の話をみんなで真剣に聴き入る光景を眺めながら同時にこれまで歩んできた私自身の20年の振り返りも行うことができました。子ども主体の保育を実践する徳のある方々の思いや熱意にこの今も支えられていることを感じ、ここまでの道のりへの感謝を改めて実感したからです。

恩師から人類についての話がありました。

人は一人では生きてはいけない、必ず集団の中で育児をする。そのことで人類は生き延びてこれたという智慧の話です。保育の大切さを改めて語られました。私も持続可能な社会や人類の平和、永遠の繁栄を願うからこそ恩師の言葉を信じてここまでやってきました。

その恩師に昨日は「貝の首飾り」をお贈りしました。これは、古代の人類が貝を絆のお守りにしたことからです。かつて貝は財宝であり宝そのものでした。そして貝は中のいのちを守る存在でした。最初に赤ちゃんが生まれると、その部族や家族が「あなたを支え見守ります」という証に貝を持参して子どもに贈りました。その貝を結んで首飾りにしてその子を守りました。外敵もその首飾りの貝の量を観て、それだけ多くの人が見守っている人を簡単には襲うことはできませんでした。貝は仲間の信頼と見守りの証となって、様々な困難からその人の一生を「信じ見守り合う」ことで守ったのです。人類の自立は、貝を渡すその時に定まったのです。

貝の首飾りは人類が何百年も何千年も集団を形成し、厳しい自然の中で助け合い暮らし生きてきた智慧の証だったのです。

そしてその貝には、私の魂の同志である福田康孝さんに6000年前の貝を磨いて「GIVINGTREE」と彫り込んでもらい、左右に「縁」と「恩」の貝でつないでもらいました。これは「ご縁とご恩に結ばれる中に真の’見守る’は存在している」という意味です。そして首飾りを彩る多様な種類の貝をつないで「個性を尊重し合って絆を結んだ」という意味も籠めています。

透明に光る貝は、透明な心で磨かれ美しい光を放っていました。その貝に会場に来た皆様に「ネガイ」を籠めて触れていただき「私は仲間です、私はあなたを支え見守ります」という真心を入れていただきその貝を恩師に贈りました。

貝の一生は宿主がなくなって貝殻になっても新しい宿主を探し求め、その形なくなるまでいのちを守り続ける存在です。海の砂浜で出会う貝は、みんなそうやって宿主を探して漂います。神社の宿り木や依り代のように、守るそのものを遷して守るのです。皆さんの「ネガイ」が込められた貝が、これからも恩師を支え見守ってくれることを願い一緒にお贈りしました。

これから恩師も新しいステージに向けて、また新たな挑戦がはじまります。

これまでの支えや見守りがさらに恩師の信じる力に転換され、これから人類に向けて保育を伝道できるように祈り私も真心を込めていのちを懸けて尽力していきたいと思います。

ありがとうございました。

 

自学自習の学問~初心~

人は忙しすぎると心が迷子になるものです。一体、自分がどこを歩んでいるのか、何のために歩んでいるのかを思い出せなくなります。ゆっくりと丁寧に自分の足元を踏み締めながら遠い目的地に向かって日々に歩んでいくのなら心は迷子になりませんが、忙しくなりすぎて不安や焦りが出てくると急にスピードが上がってしまうこともあります。

これはスピードが上がったから忙しくなったのか、それとも忙しいからスピードが上がるのかわかりませんが心が迷子になってしまわないように工夫するしかありません。

目の前のことに追われていくと、目の前のことをこなすだけで精一杯になるのは誰もが同じです。その時々に心が何を感じたか、自分が何を思ったか、外側の変化と合わせて内面の変化もまた一緒に味わうことで心身は成長していきます。

心が迷子にならないためには、初心を忘れないようにしていく必要があります。この初心というものは、どんなに修練を積んだ人物であっても忘れてしまうのです。かつて世阿弥が初心忘れるべからずの中で、自らの若き時の芸の未熟さを忘れてはならないとも言っています。人は次第に無意識に傲慢になりますから、つい若いときの屈辱や恥ずかしい気持ち、そこから一念発起したときの決心を忘れないことをいいます。なんでも慣れてくると次第にマンネリ化してきて新鮮な気持ちが失われていきます。自分の中で組み立てられたやり方でやっているうちに様々なことが分かった気になってしまいます。

分かった気にならないためには謙虚さが必要で、そのためには初心を忘れない工夫が必要です。つまりは学問のように常に深め続けて自ら磨き続けて高め続ける実践がいるのです。

それを日々にコツコツとブラッシュアップしていくことが初心を忘れていないともいえます。この初の心というのは、赤ちゃんの心のとも読み変えられます。どんなことからも丸ごと吸収していく好奇心の塊、その心です。年々、歳を経てくると赤ちゃんの頃の新鮮な気持ちが失われてしまいます。新鮮な気持ちを失わないで生きていく人は、赤ちゃんのままの心で居続けるということです。

心が迷子になるというのは、無理に大人になってしまって赤ちゃんの自分の心を置き去りにしたということでしょう。日々に振り返り、自分の心と対話していくことは自分はどうしたいのかと自問自答していく自学自習の楽問です。

子どもたちのためにも、子ども心を守るため、真心を大切にしながら日々に感謝で歩んでいきたいと思います。

カグヤの挑戦

昨日は、聴福庵から群言堂の松場夫妻の講演に同行し国東半島まで一緒に同行する機会がありました。道中は楽しいばかりで、今までのことこれからのことなど希望に溢れたお話に元氣をたくさんいただきました。

改めてお話をお聴きすると敢えて誰もが手を出さないような巨大な難しい仕事に一匹狼のように挑んでいこうとする、まさに「逆行小船」のような純粋な生き方に感動しました。お二人の人生は周りから反対されることを敢えてやり続けてきた人生であったと講演ではお話がありましたが、常に自分たちの信念を貫く生き様であったように感じました。

時代の流れのなかで大量生産・大量消費、すべて同じ顔をした同じ物があふれていく世の中で、大量消費こそが価値のように消費しつくされていくなかで世の中の人たちが安易に捨てていくものに対して大きな疑問を持っていく。それは果たして捨てていいものかと。

例えば、手仕事の豊かさであったり、家族の愛おしい時間であったり、金銭を超えた信頼関係であったり、もしくは懐かしい思い出との慈しむつながりであったりと、色々と消費が加速するスピード社会の中で本当に大切なものを拾い続けていこうと覚悟されたこと。そして事業にされたこと、やっていることをお聴きすると私の会社以上に多岐に及び、伝統や地域だけではなく、教育やモノづくり、啓蒙活動に文化育成、書ききれないほどに様々なことに取り組んでおられました。

「時代と逆行していくかもしれないが、理念を守り1パーセントの壁を守り続ける」とその歩んできた人生に器の大きい美しい生き様を感じます。人間の器の大きさとは何か、これは矛盾を受け容れながらも信念を貫いていくその度量の品格を言うのではないかとも思います。

日々に暮らしの中で何百年前から今も残るむかしの道具たちと触れていたら、傷だらけになりながらもあちこちが修繕されながらも何百年何千年と子孫たちを見守り続けて生き続ける姿を観ます。まるで数千年の巨木、また数百年のお社のような存在の大きさです。信念は人を大きくし強くする、私もまたかくありたいと思いました。

最後に、講演の中で「本来の”消費”とは未来への”投票”であらねばならない」と仰いました。

「うちの会社は説明しても一体何の会社なのかと理解してもらえないし、なかなか分かってもらえない。それは「生き方」を販売しているからです。時代は必ずモノ売りからコト、そして必ずココロへと成長していく。だからこそ人々がこの会社の生き方を買おうとしてもらう、その投票してもらうことをやっている事業をしているのです。みなさんが選挙で応援し投票したのは、会社=生き方だからこそ、この会社から消費するとしていきたいのです。」

子どもたちが安心してこの先も暮らしを豊かに紡いでいけるようにするには、人類の意識を変化させていくしかありません。それは生き方を変えていくしかないということです。生き方を変える事業こそ、人生を懸けた私の、そしてカグヤの挑戦なのです。

過度な消費文明の中で消耗しきってただ滅亡を待つ日々を闇雲に過ごすのではなく、子どもたちのことを思えば思うほどに敢えて逆行してでもそれを解決しようと挑んでいくことに命を懸ける価値があるように思えます。短い小さな人生でそんなにできることはありませんから引き算しながら取捨選択するしかありません。

私も子ども第一義の理念に恥じないように、生き方=働き方を本気で遊んで極めていきたいと思います。