ウケモチノカミ

昨日、郷里にある福智山の福智権現のご祈祷にいってきました。福智権現の額が、英彦山の守静坊で出てきてからお祀りしていますがそこからのご縁です。もともと、福智山は英彦山から分霊した御霊を山頂にお祀りしたところからはじまった修験道、山岳信仰の聖地です。

元々の由来は英彦山の名僧、釈教順によって開山されたと伝えられています。この釈教順は、白凰元年(672年)に夢の中で「福智山は五穀霊神の霊地であり、汝はそこに行き神を奉るべし」と伝えられたといいます。その後、福智山の東にある鈴ヶ岩屋という岩場で金の鈴と金の仏像を掘りだしたといいます。そしてその修行中に山上の池のなかに虚空蔵菩薩、観音菩薩、地蔵菩薩の梵字が現れたため、石祠堂を建て、山名を福智、寺を金光明と名付けたともいいます。
その釈教順が住んでいた宿坊、福泉坊はまだ福智山に遺っています。その近くには、山伏たちの卒塔婆もあり、巨石に代々座主の名前も刻まれています。そしてそこでむかしから大切に伝承されてきた福智権現がお祀りされていた場があります。
この福智山は、遠賀、鞍手、嘉穂郡2万戸を見守る五穀豊穣のの神様として崇敬を集めた場所です。私の自宅からもはっきりと福智山の山頂が観えて、とても神々しく感じます。山頂にいけば、草原上になっていて巨石がたくさんあります。また岩屋権現という修行場には大きな巨石に梵字も刻まれ、岩場から清水も湧き出していて巨木が立ち並びます。
もともと五穀豊穣の神様として保食神(ウケモチノカミ)がお祀りされています。この神様は日本神話に登場する「食物・穀物を司る女神」です。地域や文献によっては「宇気母智神」とも表記されます。この「ウケモチ」というのが、いのちが循環するという意味ではないかと私は思います。
私たちは常に生死を繰り返して甦生しています。種が土に蒔かれ一度死んでから芽が出てきて実をつける。これを繰り返していきています。その生きている循環に寄り添い、自分のいのちもまた同じように生死を繰り返す。生きているというのは、生死の中で生かされているというのが本質ということでしょう。
福智権現とのご縁から、いろいろと五穀のこと稲作の根源を学び直していきたいと思います。