浮羽の加茂神社

現在、甦生中の浮羽の古民家の氏神様は加茂神社です。この加茂神社は、賀茂建角身命 です。この神社の大宮司m、行直氏が1651年に誌した旧記に「賀茂大神は最初にこの地に天降り鎮座され、神武天皇が日向から大和へ御東遷のみぎり、宇佐から山北へ来られ賀茂大神は八咫烏(やたがらす)となって御東幸を助け奉られたので、今も神武天皇と賀茂大神を奉祀する」とあります。実際に境内では縄文土器、石器、群集石棺群などが出土していています。

この八咫烏(やたがらす)は、日本神話において極めて重要な役割を担う神的存在でした。三本足のカラスの霊験のあるカラスは、天照大御神の命を受け窮地に陥っていた神武天皇(イワレヒコ)のもとへ遣わされ熊野国から大和国へと導いたとされる導きの神です。

具体的には古事記、日本書紀では神武天皇は日向国(高千穂)を発し東征の途についたが、熊野の地で地元豪族の激しい抵抗を受け、山中で道に迷い孤立してしまう。それを高天原から見ていた天照大御神は、八咫烏を遣わし、険しい山野を越えて大和へ至る正しい道を示させたといいます。

今では京都の話になっていますが北部九州のヤマトの遺跡を鑑みても私はこの高天原は、鷹天原、英彦山であるとしそこから浮羽に八咫烏を派遣したのではないかと直観しています。このお導きで神武天皇は態勢を立て直し、最終的に大和を平定できたという話です。この八咫烏が鴨県主(かものあがたぬし)の祖である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の化身だといいます。

実際の伝承によれば、敵陣に囲まれながらも神武天皇を守り地形を読み、山野を駆け抜けた賀茂建角身命の姿は、まるで鳥が飛ぶように俊敏であったため、「八咫烏」という名になったともいいます。まるで英彦山に棲む仙人や山伏のようです。

そこから加茂神社、加茂氏は三本足のカラスを神の使いとして信仰し、「導きの鳥」「人を正しい道へ導く存在」として崇敬して今になります。

三本足には、智・仁・勇、天・地・人、過去・現在・未来といった、全体を統合し判断する力の象徴ともいわれます。

浮羽の加茂神社の建築様式や配置など隅々に陰陽道の気配があります。特にこの山北という地域は、歴史上の何かとても大切な何かが隠れているようにも思います。

いよいよ来年はこの地で、日本人の魂、大和魂の根源であるお米や稲作の知恵を守る取り組みをはじめますが近くに加茂神社があることを有難く思います。英彦山と合わせて、お祈りして精進していきたいと思います。