師弟とは何か

師弟関係、徒弟制度というものがあります。現代ではあまり用いられていませんがかつての伝統職人をはじめ武道や芸能などでは当たり前に存在していた仕組みです。今では法律によりすぐにパワハラやモラハラなどといわれるようになり、かつての仕組みは人気がありません。

そもそも師匠というものは、何をもって師匠とし、弟子とは何をもって弟子とするのか。誰でもすぐに弟子と呼ぶ師匠もいれば、すぐに誰でも師匠といって近づいていく人もあります。その定義も深さも異なりますから師弟関係といっても、軽いものもあれば重たいものもあります。一子相伝のように命懸けで伝承する師弟関係もあります。

改めて師弟関係というものを少し深めてみようと思います。

中国の古典「礼記・学記」には師とはこうあるものと記されます。

記問之学、不足以為人師。
必也聴語乎。
力不能問、然後語之。
語之而不知、雖舍之可也。

意訳ですがこれは単なる暗記と受け売りによる学問だけでは、人の師になることはできない。師は、よく心で傾聴しなければならない。相手が自分の力では問いを立てられないところにきてはじめて教えるようでなければならない。もしもその時に教えてもまだ理解できないなら、いったん置いて見守り待つようでなければならないと。

師といえば吉田松陰が孟子の講義の中で記した「講孟余話」(滕文公 上 第四章)でこう記します。

「大抵、師を取ること易く、師を択ぶこと審らかならず。故に師道軽し。」

これはおおよそ人は安易に誰でも師にするが、その師を慎重に選ぼうとはしない。だから師弟の道が軽くなってしまうのだ。

「故に師道を興さんとならば、妄りに人の師となるべからず、又妄りに人を師とすべからず。必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし。」

だからこそ、もし師の道を興そうとするなら、軽々しく人の師になってはならない。また軽々しく人を師としてもならない。本当に教えるべきことがあってはじめて師となり、本当に学ぶべきことがあってはじめて師につくべきであるのだ。と。

つまり、誰でも簡単に師弟関係などというのはおかしいと。道があり志があり実践があり、その上で高め合い学び合うものがお互いにあるのならはじめてそこで師弟となるのだと。

さらにこう言います。

「而して己が為にするの学は、人の師となるを好むに非ずして、自ら人の師となるべし。人の為にする学は、人の師とならんと欲すれども、遂に師となるに足らず。故に云はく、「記聞の学は以て師となるに足らず」と。

これは自分を磨くために学ぶ人は、師になろうと思わなくても自然に人の師となるものだ。反対に人に教えよう人の上に立とうという目的で学ぶ人は、結局、本当の師になることはない。だから先達は、「知識を覚え込んだだけの学問では、人の師になることはできない」と言ったのであると。

先ほどの礼記の文章、「記聞の學」の話が出てきます。知識の學問では師弟関係は興らないというのです。

知識を多くもっているだけでは、生き方や生きざままでは薫陶することはありません。私も師と呼べる人は、生き方や生きざまを磨いておられ私が憧れるほどに日々に貫遂透徹して純度の高い精神と魂で実践をなさっている方を師と仰ぎ観ているだけです。そして自分を勝手にその人の弟子などとはいいません。生き方を磨いていく中で、遠く及ばない師を羅針盤に、時には砥石にして切磋琢磨できるように心で師と呼びます。

また同じ道を志し、同様に挑戦している人たちやこれからその道に入ろうとする初心者ののことを決して弟子とはいわなくても、親身になって苦楽の妙や丸ごと信じて見守りたいという気持ちは湧いてきます。

畢竟、自分もまた道を歩んでいくなかで少し先を歩いているだけで、そのうち自分も死んではその屍を越えて後人が歩んでいく一つのいのちです。優劣もなく、早い遅いも比較もありません。ただどのように道を歩んでいるのか、道中の師弟は一期一会とめぐり逢いです。

つまり一期一会とめぐり逢いというのが私の師弟の定義です。

引き続き、徳を磨いていくことに集中して我が道、天命を精進していきたいと思います。

田んぼの草取り

昨日は田んぼの草取りをしましたがこの暑さで体力がだいぶ消耗します。特に汗をかきすぎ、熱中症のような症状も出てきます。朝早い時間、あるいは夕方の遅い時間しか作業ができません。

この数十年で気候変動が激しく、気温は上昇し続けています。人間は40度を超えると多臓器不全を起こして死んでしまいますから色々と自然との共生の仕組みを考え直していく必要もあります。

もしかしたら田んぼなどは山間部でしかつくれなくなり、あるいは夜間に作業するのが農業になったりするのかもしれません。品種改良で高温に強い作物が増えていくと思いますが、人間が高音に強くなることもなく、現代環境ではなんらかの科学の力で 乗り切ろうとするのでしょうがそれでも限界があるものです。

暑さとどう折り合いをつけていくか、これから人類は色々と試されることになります。

先人たちはお水を上手に管理したり、土を暑くさせない工夫をしたり、あるいは日影や夜間の活用などあらゆる知恵を活かしました。

自然と共生するというのは、謙虚に自分たちの在り方の方を変えていくことでもあります。

田んぼの御蔭で自分を磨くよい機会になっています。

丁寧に草を取り、よくよく自己の今を見つめ、稲と一緒に育つ場を磨いていきたいと思います。

心のふるさと

ずっと親しく心を通わせ共に子どもたちの心のふるさとを目指した大切な方が急逝されました。いつもお会いすると、明るい声で笑い、優しい眼差しで心を包んでくださいました。相手への尊敬や見守り、自己を律し、理念からブレずに無欲に判断するお姿に経営者としても学ばせていただくことばかりでした。

振り返って見ると、お会いしたのは20年以上前になります。

子どもたちを深く愛し、どうしたら一生その子が安心して使命を全うできる心を持つことができるのか。ふるさとは、場所だけではなく心の中にこそあると信じ、保育の場づくりを磨いておられました。

感覚が大変鋭敏で他の人にはわからないようなこともすぐに察知されました。また独特な観察眼を持たれ、心の声を聴いてそれを暗黙知で語られるような方でした。そこから誤解をされたり、変な解釈をされたりと苦労しておられました。私自身は発達障がいが多くあるので、幼い頃から変人の自覚があり開き直っていましたが組織を運営するとなると、職員さんや関係者に思いや理念を伝える必要があります。大切な仲間に思いが伝わらない忸怩たる思い、苦しみは深く共感できました。

そこで何かお役に立ちたいと一念発起し、私が組織の間に入り、理念を翻訳し、一人一人に理解できるように解釈の仕方を伝え、傾聴や対話によってみんなが共通理解できるような場づくりを導入しました。

もともと思いやりが深く、人間力が高い方でしたからあっという間にみんなが和合して仲睦まじく同じ目的に切磋琢磨するようになり地域や関係者からも信頼される素晴らしい場になりました。

息子さんや娘さん、兄弟やご親族も一緒に働いておられいつも子どもたちやスタッフや関係者のために何ができるかとみんなで試行錯誤をなさっていました。困った人がいたら親以上に親身になり、善いことがあれば先入観もなくすぐに取り入れ、未来のためになるなら何でも大事なことだと手放しで応援しておられました。人情溢れる映画の寅さんのような田舎の風景です。

この数年は、逆に私のご相談に乗っていただくばかりで魂のメンターをしていただきました。特にメンターとしては、「お水」についての教えや智慧の薫陶でした。お水に深く愛され、まるでお水の徳を体現するような人でした。時の流れを止めない人、必要なものを受け取り、必要なものを手放せる人、自分だけで抱え込まず、人や物事を巡らせる人、柔らかく、しかし信念は失わない人、低いところへ自ら身を置き、人を潤す人、清らかでありながら、多様なものを受け入れる人、争わず、それでいて必要なところでは力を発揮する人、龍のように高いところから見守り、ひとたび時が来れば英断をし遣り切る人、まだまだありますが水神のように、そして龍のような存在の大きさを感じさせていただく人でした。

私は、幼い頃からお水に見守られて育ってきましたが井戸掘りを本格的に取り組むようになったのもこのご縁からでした。いつもお水を身近に感じて、心を澄まして心の声を聴くこと。龍と同行二人に歩んでいくこと、その生き方を伝授していただきました。

人生の大恩人でもあり、今は喪失感でいっぱいです。

しかし、生き方を伝承しているからこそ止まるわけにはいきません。お水が流れ続けるように、いのちが循環し続けるように、私は倣った生き方、生きざまを止めないように歩み続けていきます。再び、循環し巡り会ういのちになるようお水が澱まないように真心や愛情のバトンを受け継ぎ子どもたちに注ぎ続けます。それが故人の願いだと直観しています。

最期に心に遺っている言葉です。

「今はすぐに見返りがなくてもいい、長い時間をかけて必ず徳や恩は帰ってくる。お水が喜んでいただいたのなら、大丈夫それでいい。見守ってくださっていることを忘れないように」と。

いつまでも心に聴こえる声は、あのいつもの笑い声と大丈夫だからという安心と観守りです。

唯一無二のご縁に深く感謝しています。

日本人のふるさと、心のふるさと、必ずその「場」を私が守ります。

どうか安らかに、心のふるさとが永遠でありますように、ありがとうございます。

自然の摂理

自然の摂理というものがあります。これは人間ではどうにもならない真理や法則というものです。例えば、地球が回転しながら宇宙を旅すること、いのちには寿命があること循環すること、この世のすべては螺旋であることなどがあります。

自然は流れ続けて生まれ変わります。

この流れ続けているというのは誰にも止めることはできません。宇宙は流れます。その流れの中で私たちも流れ続ける存在です。変化は已みません。この瞬間も、変化し続けていますから同じ姿のままでいることはありません。変化が遅いか早いかというだけで、流れ続けているのは変わりません。

そして人間の脈なども同様に、同じように脈を打っても次の脈は同じ脈ではありません。呼吸も同様に、吸って吐いてはいますが同じ呼吸は一つもありません。そこには新たな巡りがあり、別のいのちへの移し替えが行わているのです。

止まろうとするとそこには大きな澱みができます。止まることはなく、止まったように見えるだけで止まることはないのです。だからこそ、もしも止まり続けたいのなら新しくし続けるしかありません。

それは変化を受け容れて、新たな変化の中でも元の状態を保つようにすること。つまり「循環」すること、流れること、巡ることを続けていくことです。変わらないために変わり続ける、それがいのちの流れ、自然の摂理であろうと思います。

生死のように、何かが死ねばそれが新たな生として甦生する。役割を交代しながら巡りいのちは続けられていく。先人たちはその姿を「永遠」や「永久」とも呼びました。

偉大な自然の摂理の中で、いのちを全体と共に歩んでいくからこそ変化を受け容れ、変化を味わう生き方をしていきたいと思います。

湿地の徳

自然の仕組みで稲を育てていると、野生稲が育った環境のことを思います。かつて人類は1万年以上前から、湿地に生えた野生の稲を採集して食料としてきました。その頃は、人工的に育てるのではなく自然の恩恵を分けていただくように採集が主流だったといいます。

湿地が、人類が生き残るのにとても価値があると氣づいた先人たちが今の水田につながる発明をすることになります。

そもそも湿地の定義は、ラムサール条約(1971年採択)にこう記されます。「湿地とは、天然または人工、永続的または一時的な、沼沢地、湿原、泥炭地または水域であって、水が静止しているか流れているか、淡水・汽水・海水であるかを問わず、干潮時の水深が6メートルを超えない海域を含む場所である。」と

湿地というのは、自然が産み出した生態系のゆりかごの一つです。一年を通してお水が流れる河川の周辺に存在する陸との境界にある場のことです。

この場では、様々な生態系が豊富に活動しあらゆる恵みを運んできます。これは海も等しく、大海原の真ん中に生態系が豊富なのではなく陸と海の境界の場にこそ豊かに存在しています。絶妙なバランスを保つところにこそ、いのちが躍動し豊かな生態系が耀きます。

その場から人類は学び、自然の知恵や仕組みを人工的に編み出したのが水田稲作の仕組みです。

改めて稲とはどのようなものかとはっきりと存在を理解すると、稲は湿地性植物であり、水生植物ではないということです。

つい幼い頃から、水田の中にいるので水中の植物だろうと思い込んでいたりするものです。しかし実際には、水中にいるというのは洪水が起きたときなどの一時期であってほとんどは水中の中では育っていません。敢えて水中でも耐えられるように、茎の中に「通氣組織」というスポンジ状の組織を発達させたくらいです。本来の稲は、常に湿地にいて水が湿った泥の中に存在する植物ということです。

湿地は、どのように自然の共生を産み出しているか。そして湿地の徳とは何か、それは水を浄化し、洪水を防ぎ、地下水を育て、炭素を蓄え、生き物を育て、人をも育てます。

湿地の御蔭で、私たちは循環を豊かにしいのちを元氣に育むことができました。しかし現代は、激しく湿地が失われています。最新のGlobal Wetland Outlook 2025(ラムサール条約)では1970年以降だけで約4億1,100万ヘクタールの湿地が失われ、年間約0.52%というペースで減少が続いているといいます。この失われた広さは、ヨーロッパ連合の面積に匹敵する広さです。そして湿地も弱り、かつていのちを育んでいた場力も失われているといいます。これは、湿地に限らず海の周辺でも同様です。人類の未来は、流域の消失と共に淘汰されていくのかもしれません。

稲の話に戻れば、稲は言い換えれば私たちが湿地を守る為に必要なパートナーです。稲があるから私たちは人工的な湿地を守ろうとすることもできます。湿地はいのちそのものです。

私たちの暮らしを支えているすべての生命や生態系の場をどのように守っていくか、これは神社の杜を守ることと同様です。どの視座で、稲作に取り組むかは生き方が決めます。

むかしの五穀田では、本物の湿地に近づけようとお水の流れや巡り、循環を研究する実践道場として仲間と学び合うことにしています。次回の草取りでは、その辺のことを私なりに氣づいたことを話していきたいと思います。

 

農の道

田んぼのお水管理をしていますが、私の場合は先に知識を入れず田んぼと稲を見ながら取り組むため他の田んぼとは異なる農法になります。なので毎回、感覚が試され、何が自然で何が不自然かということと向き合うことばかりです。

今年は、暦や月のリズムなどを暮らしに取り入れて生活をしています。明日は新月ですが、法螺貝を立て田んぼにいのりを捧げます。英彦山の弁財天と関係性を結び、ご祈祷して取り組んでいますから巳の日にもこだわります。

お水を深める一年にしていますから、田んぼや稲はとてもお水を學ぶのに偉大な先生になっています。どの時間帯のお水か、どの場所からお水か、水量をどうするかなど、興味は尽きません。

以前、注ぎ師の方にお水の注ぎ方で味がまったく変わることを教わる機会がありました。お水は私たちの意識にも感応しますし、どのようにお水を尊敬するかでその変化は無限に異なります。

人間の体で考えてみてもお水がどのように働いているかを考えればすぐにお水の性質を発見します。

私たちは口からお水を空気と共に吸収します。酸素は血液の中に呼吸で溶け込み、それを吸収して二酸化炭素を排出します。また飲めばそれを内蔵が吸収し全身を循環して糞尿として排出されます。これは自然界も同様の仕組みです。

お水は呼吸と一体になって動きます。

田んぼもまた同様に、風が田んぼを揺らすことでお水は循環します。これは息をするのと同じです。土は酸素を吸収して栄養を取り込みます。これは人間の腸と同じです。お水を飲み過ぎば循環が澱み、少なすぎても乾きます。人間の身体であれば、小まめにお水を飲む方が身体によいといわれます。運動している時は、お水をがぶ飲みしても返って吸収するのが難しくなります。休息と共にゆっくりとお水を飲めば、内臓が穏やかにお水を吸収します。

太陽が出ている間は、植物たちは必死に光合成をし疲れます。そして夜になり月が出れば、月の引力に導かれ成長していきます。その時に、穏やかなお水があれば稲は休息ができ治癒します。

呼吸をするようにすべてのいのちは、活動と休息を繰り返します。それを助けるのが太陽や月や大地です。大地は体そのものです。その大地とどう接していくか、その大地が健康であるようにどう関係性を築いていくか。

農の道の妙味はここにあります。

何が自然で何が不自然か、そして何が健康で何が不健康か、刷り込みのない澄んだお水のような心で学び直していきたいと思います。暮らしフルネスの場にとって、田んぼはまさに先達です。

徳が循環する世界を見守れるように実践を続けていきたいと思います。

徳積循環の理

古来より、「時は流れる」という表現をします。これは万物は変化するということを示します。変化とは何か、それは言い換えれば流れ続けるということです。

水が流れ続けるように、いのちも流れ続けます。すべての存在は関係性のなかで変わり続けるのがこの世の真理です。変わらないものはありません。だからこそ先人たちはそれを受け容れて変わらないものを変化そのものとしました。変化する中で、形を変えても変化しないものを守り続けたのです。人間であれば、初心を守るということも同様です。

時が変化し、あらゆる状況が変わっても、自分で定めた初心を守るために自分自身の変化を喜んで受け容れていくということ。これは産まれてから老化して死ぬまでの間にも何度もその初心を内省し、向き合い、その都度に初心が守れるように変化していく。流れを止めないでいる、敢えて流れることで守るのです。

変化の書『易経』には「窮すれば変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し。」

という言葉があります。行き詰まれば変化が生まれ、変化すれば流れが生まれ、流れがあれば長く続くという意味です。

そう考えてみると、この世で最もこの変化を産み促している存在は「お水」です。

今年の私の一文字は「水」でしたが、水を深めれば深めるほど変化のこと、循環のこと、そして徳に回帰します。

レオナルドダヴィンチは、「Water is the driving force of all nature.」ともいいました。お水が自然の偉大な原動力であるとも。

原動力とは、「流れる」ということです。流れるものが動力であり、流れている最中こそ動力が活動している状態ということです。そしていのちは、そのとき、全体のいのちと一体になって躍動していきます。

だからこそ停滞、澱み、循環しなくなればいのちは弱ります。変化できないというのは、流れなくなるということです。

医書「黄帝内経」には「通ぜざれば則ち痛む」(不通則痛)とあります。

つまり流れなければ痛みとなる。これは人体ですが、自然環境でも同様です。痛みとは、自然災害によって引き起こされます。

健康を維持するとは、きちんと呼吸をし氣が巡っていることです。自然であれば、風水が流れているということです。

そして人類はそれを「暮らし」によって調えてきました。これを養生ともいいます。自然もいのちも健康もまずは養生の実践からです。養生の実践は、徳の循環に由ります。

引き続き、徳積循環の実践を弘めていきたいと思います。

 

豊かな場づくり

田んぼを観察していると驚くことがたくさんあります。それは時間帯で見せる表情がまったく異なるからです。特に昼間と夜間は異なります。夜間などはたくさんの生き物たちが活発に活動しています。昼間の方はオタマジャクシやタニシらは目立ちますが夜はもっとたくさんの虫たちや微生物が動きます。

むかし、川にうなぎを釣りにいくことがありましたが夜の方が魚はよく釣れます。ある一定の時間帯になると、面白いように釣れます。しかし時間帯が変わればほとんど釣れません。通常のときよりも、雨などで土が濁っている時の方はよく釣れました。昼間は目立つこともありますが、水の状態も変わり活動しやすいのでしょう。

夜によいお水を入れることは、それだけ生き物たちの環境を調えます。

もともと千葉のむかしの田んぼのときは不耕起栽培をしていました。その頃も、稲を見守るといいながら実際には生き物いっぱいの田んぼの見守りが中心でした。冬季湛水をし、生き物たちの循環が途絶えないように取り組んできました。

田んぼという場は、私たちの主食をつくるだけの場ではありません。生物をたくさん産み出す場所です。いのちの循環が豊かであればあるほど、その中のいのちも充実します。これは自然の理です。

つまり田んぼはまさに山・川・里・人をつなぐ巨大な生命循環の場であり、人間が管理しながらも、何千もの生き物が共存する極めて珍しい生態系の場でもあります。

それに対して都会は、ほとんど人間しかいません。生態系が乏しく、いのちは地方や遠方からの資源を送り込むことで維持します。生態系の中でみんなで循環するのではなく、循環しなくても生命を維持するという仕組みです。

身体でいえば、人間の自然免疫を高めてそれによって健康を維持するのではなく、人工的に栄養素や薬などを投与して状態を維持するのに似ています。人工的といっても、田んぼは人工的な場です。しかしその前提が、自然の生態系を豊かにしていくための自然と共生する人工物です。自然を管理したり、自然を支配するような人工物ではありません。

人はどのように自然と関わるか、どのように全体の生態系の循環の一部になるかで出来上がるものも異なります。

自然に寄り添い、自然が調和するように関われば自然は豊かな生態系を産み出します。日本の先人たちは、その場所を杜とも呼びましたし、イヤシロチとも呼びました。

時代が変わっても、先人たちの生き方に倣い、豊かな場づくりをしていきたいと思います。

元氣の甦生

元氣というものがあります。これは「氣の元」とも言えます。私たちは空氣を吸っては吐き、息をしていのちを保ちます。呼吸していなければ生きていくことはできません。食べ物がなくなってもしばらく生きられますが、呼吸できなくなれば生きることはできません。

この呼吸は、氣の交換でもあります。私たちのいのちは、いつも交換しながら循環し流れては調和しています。別のいのちと交換しながら全体のいのちを育みます。私たちは全体調和のなかでいのちを生きる、まさに全体と一体になって存在している部分の一つです。

その中心的なものがこの「氣」というものです。この世のすべては空氣で結ばれています。この世のすべてのものは氣を通して呼吸しています。これは無機質のものに至るまで、呼吸しないものはありません。だからこそ、氣がどうなっているのかをよく観察し洞察すれば病気の根源も認知できるものです。

「養生訓」を記した貝原益軒が巻第一「総論上」の中でこう記しています。

「素問に、怒れば気上(のぼ)る。喜べば気緩(ゆる)まる。悲めば気消ゆ。恐るれば気めぐらず。寒ければ気とづ。暑ければ気泄(も)る。驚けば気乱る。労すれば気へる。思へば気結(むすぼ)るといへり。百病は皆気より生ず。病とは気やむ也。故に養生の道は気を調(ととの)るにあり。調るは気を和らぎ、平(たいらか)にする也。凡そ気を養ふ道は、気をへらさざると、ふさがざるにあり。気を和らげ、平らかにすれば、此二つのうれひなし。」

意訳すれば、「中国最古の医学書『黄帝内経・素問』には怒ると、気は上へとのぼる。喜びすぎると、気はゆるみ、締まりを失う。悲しみすぎると、気は消耗する。恐れると、気の巡りが悪くなる。寒さにあたると、気は閉じこもる。暑さにあたると、気は外へ漏れ出る。驚くと、気は乱れる。働きすぎると、気は減ってしまう。あれこれと思い悩みすぎると、気は滞ってしまう。このように、あらゆる病は気の乱れから生じるのである。「病」とは、まさに気が病んだ状態をいう。だから、養生の根本は、氣を調えることにある。「氣を調えるとは、氣を穏やかにし、偏りのない平静な状態に保つことである。」そもそも氣を養う方法は、二つしかない。一つは、氣をむやみに減らさないこと。もう一つは、氣を滞らせないこと。氣が穏やかで、偏りなく、よく巡る状態を保っていれば、この二つの心配はなくなり、病になる原因も少なくなるのである。」と。

ここでの要諦は、病気は氣から起こる。氣を調えていれば病気の心配はない。氣の養生は、二つしかない。氣を滞らせずに循環すること、氣をむやみに減らさない、平氣でいることであると。

氣の持ちようは、健康を司る大きな鍵です。元氣は、いつも元氣であるように暮らしを調えることからはじまります。では元氣な暮らしとは何か、それは孟子の浩然の氣にこそヒントがあるのではないかと私は思います。

『孟子』公孫丑上の中で孟子は弟子との対話でこう言います。

「我善く吾が浩然の氣を養う。」

弟子が「浩然の氣とは何ですか。」と尋ねると、孟子は答えます。

「至大至剛にして、直きをもって養いて害することなければ、天地の間に塞がる。」

これは弟子との問答の中で、浩然の氣は、義を積み重ね、道にかなった生き方を続けることで育つということを諭します。浩然とは、広大で、のびのびと満ちあふれた状態のことをいいます。これは私は「元氣」のことだと定義しています。

つまり元氣でいるというのは、浩然の氣を養うこと。養生とは、この浩然の氣のことです。そして浩然の氣は、直き心、素直さ、義の心、そして徳を積むことで養われるというのです。

暮らしフルネスの実践は、この「元氣の甦生」にこそあります。

畢竟、短い人生の中で何が遺せるか。それは生き方や生きざま、そして実践です。実践を遺せば、後に続くものたちの道になる。徳と氣は表裏一体なのです。

道は元氣の甦生からというのが、私が場道家として場づくりをする理由です。

子どもたちに初心伝承できるように、精進していきたいと思います。

暮らしは実践そのもの

自分の生き方を日々に選択するにおいて、判断は何処で行うか。それは「実践」であるかどうかということだと私は思います。実践というのは、認識よりも深い自然体の一部に近い行為です。それを日々に取り組んでいることを私は「暮らし」とも呼びます。

つまり暮らしは実践そのものということです。暮らし=実践です。例えば、朝起きて太陽を拝み、神仏にいのり声と意識とお水を捧げる。そこから食事を準備して、丁寧にいただき朝の作務を調えつつ、内省し日々の心の持ち方を定めていくとします。これは暮らしの実践です。

実践しているようで暮らし、暮らしているようで実践する。

私の場合は、一日の中に何度も実践をする項目があります。お手入れの回数は毎回あり、掃除にいのり、また場づくをし続けます。暮らしているように場づくりをし、場づくりをするように暮らします。これもまた実践です。

人の人生というのはあっという間に過ぎていき、終焉を迎えます。

だからこそ何を大切にして生きていくかというのは、人生の一大事です。

その一大事を忘れないように初心を定め、実践によってその人生を括ります。その継続で、最後に実践してきたことだけが遺り譲られていくのです。いのちの連続性や循環、そして関係性は実践が結ぶのでしょう。

実践が結ぶと信じれるからこそ、その時々の年齢の覚悟も決まります。

今日も、大切な一日として実践していきたいと思います。