素直に保つ

素直な心というものがあります。これは澄んだ心とも言えます。人は自己の感情を善く内省してお掃除のようにお手入れをしていると次第に心が綺麗になっていきます。この心の綺麗さとは素直になっていくということです。

本来、人は安心して穏やかであるとき優しくなり素直になります。それが不安や忙しさ、余裕のなさや他者との競争や自己保身などが入ってくると途端に心が汚れていくものです。汚れるという表現よりも心が隠れていくと言った方がいいかもしれません。

自分の感情に向き合っていると、感情に呑まれにくくなっていきます。例えば、感情の原因を見つめているとその感情が何処からやってきたのかに気づくものです。体調からのものか、怪我からのものか、あるいは疲れからなどもあります。他には、心の傷のようなものか、思い込みからか、苦手意識からか、競争社会の影響からかなどもあります。どちらにしても、不安や迷い、恐怖や孤独などが感情を左右して暴走させていくものです。

しかしその感情の汚れや心の隠れは、最初は小さなところからはじまります。人の注意や忠告を聴こうとしなかったり、愚痴や文句を言い出したり、誰かのせいにしたり、嫉妬や口が悪くなったりと感情の扉を開きます。そのうち、心が隠れてしまい感情だけになっていると初心を忘れて我を忘れて不本意な自分が出てくるものです。

もちろん感情が悪というわけではなく、感情の御蔭さまで私たちはこの世で素晴らしい体験を味わうことができます。ただ、中庸というかバランスをとることで調和し自分の人生を真に謳歌していけるように思います。

つまり素直さというものの実践をすることで人生の喜びや仕合せ、豊かさが増えていくということでしょう。

素直さというのは、他人の言うことに従順になることではないことはすぐにわかります。どちらかというと、心を澄まして感情を調えていくという実践です。そのために、感情が波立って心が隠れないように日々に言葉や行動、態度を気を付けることです。

自分の態度に責任を持つこと、自分の機嫌は自分で取るという態度から心の態度を変えたりもします。他には、周囲を喜ばせるような丁寧で配慮ある心遣い、あるいは思いやりややさしさ、尊敬が薫るような行動なども素直さの実践です。

素直さの実践を続ける人は、心を澄ませ続ける人です。

心を澄ませていくことで、真実がよく明瞭に観え、全体最適の調和もバランスもとりやすくなります。心を曇らせない、心を濁らせない、心を綺麗に保つ、その実践とまた環境、場がその人を真に覚醒させ透明で美しいいのちを輝かせていくのでしょう。

日々の喧騒や穢れは増えてもいきますが、掃除やお手入れをして素直に保ちたいと思います。私にとっての素直に保つ場所が、保育園でもあります。子どもたちと保育園のお手本になるように生き方と働き方の中でいつも直の実践を継続していきたいと思います。

伝道

暮らしフルネスとは何か、徳積とは何かということを再び整理しています。暮らしフルネスは、もともと暮らしとマインドフルネスの造語で、足るを知る暮らしと訳していますがこれは徳を積むための手段の一つでもあります。そして徳を積むのもまた手段の一つです。

何の手段かといえば、調和のためのものです。

調和は自然との調和ということです。人間は人間のみを優先し、自然から離れてしまうと不調和を繰り返します。現在の自然環境の破壊や汚染はすべてこの自然との不調和から発生しているものです。

自然との調和とは、人間が自然の一部としてお互いを尊重しあって成熟していることで実現します。先人たちはその成熟の成果として暮らしの中で様々な智慧を伝承してきました。自然の一部としての自覚をもって自然との調和を大切に持続可能な生活を信仰のレベルで行ってきました。つまり自然と一体になった暮らし、いのちが輝くような生き方を通して道を結んできたともいえます。

そして人間社会で発生する様々な争いや不調和を乗り越えてきました。人間は自然から乖離して差別することで悲惨な人災を増やしていきます。自然災害とは異なり、人災は悲惨で諦めもつきません。復讐の連鎖は人の間で繰り返していき、真の平和はなかなか訪れません。

徳積というのは、いのちが輝くためにいのちを磨いていくことです。例えば、生活即信仰や道場のようにいのりのように暮らし、自然の一部としてのいのちを生きて本来の人間性を高めていくことです。

そのために私たちは先人たちの遺してくれた自然との調和の智慧を自分たちも実践し、子孫へと伝承していくことです。それが手段としての暮らしフルネスと徳積ということになり理想は徳積循環を実現することです。

徳積循環とは、自然あるがままのことでもあります。自然はあるがままにして調和します。調和しないものは存在しません。みんなが調和するように暮らしています。私たちは活かされていることで生きていくことができます。活かされているという事実を直視するとき、自然との調和は必然であることは自明します。

文明というのは、自然から遠ざかることではなかったはずです。どのような存在とも、お互いを尊重し合おうという実践のはずでした。尊重しあうことをやめた先の文明は破滅しかありません。思いやりや配慮、助け合いや譲り合いは人間性の根源です。

場の道場に来て、場を感じてもらうのは、場を通してこれらのことを体感して何かが変化する切っ掛けになればいいと思っているからです。調和というのは、言葉でも文字でも教えることはできません。

だからこそ「場」が必要なのです。

そして同時に仲間も必要です。そこに道があるからです。仲間集めをする理由は、同じ目的に向かって精進しようとする人たちが道を拓いていくからです。小さな一歩でも、しつこく歩けばそのうち参道のように調っていくものです。

コツコツと歩み、未来の子どもたちに伝道していきたいと思います。

風呂敷の徳

風呂敷というものがあります。この風呂の敷物と書いた風呂敷は、元々は蒸し風呂で使われていたものだったといいます。現在、蒸し風呂をつくっていますが色々と風呂敷のことを深めていると面白いことがわかってきます。

確かに風呂に入るとき、濡れた着替えや足元の水回りに風呂敷があると湯上り後の着替えの時などに助かります。布は濡れてもすぐに乾きますし、麻などは衛生的にも耐久的にもよくできています。

風呂敷は風呂から始まったというのは理に適っているようにも思います。高いところにかけられるし、軽いし、着替えを入れて、濡れたものも包む。外から観えませんし、そのまま洗って洗濯して帰ってから干せばすぐに乾きます。

私たちの生活の中で、暮らしの布というのはとても重宝してきたように思います。現代では、包装するものはビニールや紙の使い捨てになっています。ゴミがすごいので使い捨てないようにと気を付けるとあっという間に自宅に紙袋とビニール袋が山積みになります。

むかしは大量生産、大量消費などありませんでしたからそもそも現代のような発想はありません。一生ものの布もあったでしょうし、大切に使って何世代も修繕しながら使う風呂敷もあったでしょう。

包むというのは、もともと思いやりや邪気を祓う、大切なものを守るという意味があるといいます。

穢れを洗い清める湯あみに風呂敷が用いられたというのは府に落ちるものです。

英彦山の徳積風呂と法螺貝に風呂敷を新たにつくりますが、どのようにこれからの子孫へ伝承していけるのかとても楽しみです。

花の美しさ

先日の大雨で庭の畑の野菜たちも元氣になりました。周辺にはテッポウユリも咲いて実りの様子が美しく感じます。私たちの身近にある花も同じように一緒に生き続けた仲間です。ゆりは古事記や日本書紀にも出てきます。真っ白で高貴な雰囲気はむかしから日本人に深く愛されてきたように思います。

そう考えてみると、人類は花というものをあらゆるものの象徴としてイメージし大切にしてきました。その花の生い立ちや生きざま、あるいはそのいで立ち姿などから信仰の対象にしてきました。

日本では菊の花などがあります。菊は仏花としてお葬式やお盆などでよく見かけます。葬式などは大量の菊を使います。パスポートにも使われるほど日本の象徴になっています。

しかしよく考えてみると、百合は夏の花で菊は秋の花です。現在では年中栽培できるようになりどこでもいつでも見かけますが、本来は季節によって象徴する花も変わります。同じ花だけで一年間保つことは本来は異常なことで、最終的には見た目だけ変わらない造花やドライフラワーなどになっています。それでも経年劣化しますから変わらない花などはありません。

花の美しさは、儚さの中にあるものです。

そして人生もまた同じく、儚さの中にその真価があります。この世は変わらないものはなく、時間は誰もが平等に過ぎていきます。季節は変わり、旬もそのうち終わります。しかし毎年、同じように季節が訪れ旬もまた到来します。この当たり前の自然の循環を教えてくれるのも花です。

花は私たちに色々なことを教えてくれます。

多様として唯一無二、それぞれの個性で一つしかない姿を精一杯生きています。花が身近にあることは何よりも有難いことです。花から学び直していきたいと思います。

自分らしいかんながらの道

久しぶりに自然農の川口由一先生の田んぼにご供養の法螺貝を吹いてきました。14年前の震災のころにご縁をいただき、生き方を導いていただきました。現在は、私が和薬や漢方、薬草づくりなどをはじめていて生前にもっと聴いておけばよかったと反省することばかりです。

ただ、自然農と和漢方などは親和性があり生き方から学んだことがとても参考になっています。今思えば、川口先生はメソッドではなく生き方でいつも接してくださっていたように思います。もちろん、メソッドも教えていただきましたがそれはほんの一部でした。自然をよく観察すること、調和すること、足るを知ること、道の歩き方、つまり「かんながらの道」の実践道場でした。

結局、同じ道線上に存在する人たちはいつも近いところを歩んでいます。ご縁のある方々もまた、似た道を歩む方々です。時には、道から外れていく人もいますが戻ってくるとまた再会します。

道は面白く、くねくねと螺旋に巡り、また似たようなところをくるくると廻っています。まるで太陽の周りを一緒に巡る地球を含めた星々の道の跡のようです。

田んぼや畑は先生がいなくなっても、後を継いで志した仲間たちが静かに見守っていました。生命力あふれる田畑では、いのちの廻りがきちんと行われてきました。今までの歴史の上に新たな歴史が実り咲いていく。川口先生の仰っていた通りに、自然の生き方が今でも続いています。

人間はそれぞれに今世の役目や役割があります。

以前がこうだったとか、前世がああだったとか、思い出や記憶があって自分を邪魔することもあるでしょう。しかし今回は、前回とはまた違う人生が待っているものです。同じ人でもないし、同じ環境でもない。情熱や思いや懐かしさがあるかもしれませんが、それはかつてのもの。

いのちは常に変化のなかで新しくなっていくように、わたしたちの道もまた一期一会に新しくなります。

似たような魂は似たようなことをしますが、同じはなく、唯一無二のその時々の道があるのみです。

引き続き、自己を研鑽し自分にしかない自分らしいかんながらの道を歩んでいきます。いつもありがとうございます。

聖地を守り、お水を守る

聖地というのは、それぞれに聖地としての理由があるものです。それは自然の中でも特別な場所であったり、人間の歴史においてとても大切な理念を象っていたりとそれぞれです。確かなものは、そこには今も息づいている唯一無二の存在があるということです。

しかし時間が経つと、形だけの聖地になっているところもたくさんあります。本来、聖地は聖地として感じる人たちがいることで聖地としての力を発揮するものです。特別な場所であればあるほどに、その場所を守る人たちによってその場所の存在が守られます。

例えば、歴史的に大切な場所であってもその場所を伝承する人がいなければ歴史はわからなくなっていきます。空間や場所にいくら記憶宿っていたとしても、それを守ろうという意識がなければ次第に喪失していくものです。

記憶と似ていて、大切な記憶はいつまでも大切にしようと守っているから記憶は活き活きと瑞々しくいつまでも生き続けます。しかし記憶を粗末にすれば、すぐにその記憶は他のものと混ざって消えていきます。

これはお水に似ています。

お水も清浄で澄んだお水のままに大切に守ればそのお水はいつまでも清らかです。しかしそれが濁り澱んだり、埋めてしまえばそれで途絶えてしまいます。これは井戸も似ています。

お水を大切にすることは、記憶を大切にすることであり、聖地を守ることでもあります。私たちのいのちのお水はまさに聖地そのものです。

いつまでも聖地を守り、お水を守っていく一人でありたいと思います。

臨場感と音の神秘性

臨場感というものがあります。これは実際にその場にいるような感覚のことです。これは感覚を通して実感する時の言葉です。音像という言葉があります。これを辞書でひくと「聴感上の音源。 人はある音を聴いただけで、音源の位 置・大きさ・形などを感じ取ることが出来る。この感覚的にとらえた音を音像という。」ともあります。

私たちは音を聴くとき、その音が何処にありどのような姿でどのような位置で発生しているのを感覚でとらえるものです。例えば、私は法螺貝を吹きますがお山にいき谷の様子を理解するのに法螺貝のやまびこの響きなどで音像を理解していきます。

音が戻ってくる速度や大きさ、そして響き渡る量、または倍音などに耳を澄ませてそのお山や谷がどのようなものであるのかを直観します。この直観には、場の力や霊力、或いは植生の調和、野生動物との関係なども含みます。

音は、聴くだけではなく観ることもできます。

音を観るというのは、音からのイメージで臨場感を掴むということです。つまり臨場感とは、音を通して全体のイメージを直観するものということになります。

これはイヤホンやヘッドホンではそれはできません。またステレオのスピーカーでは聴く場所が移動することでそれも変わってしまいます。人工的に近づけたとしても、本当の意味での場の音、つまり歴史の彼方からや関係性から発生する波動の音をすべて感受するのはとても難しいものです。

もちろん音に対して探求している求道者はそれぞれに科学をはじめあらゆる方法で突き詰めてその音像の深淵に辿りつく人もいるかもしれません。

音の神秘性は、法螺貝の御蔭で少しずつ心身に沁みこんでいます。

引き続き、音の質を追求して自分らしい音に近づけていきたいと思います。

ご縁の音

人は生まれた場所や環境、またどのような天命があるかでそれぞれにご縁が変わります。自分が求めて出会うものもあれば、周囲がそのご縁を結んでいくものもあります。特に志がある人は、周りがその人をさらに発展、充実させようとご縁の仲人になっていきます。出会いや巡りを通して、そのご縁はまた飛躍し奇跡のような組み合わせを実現します。そしてそのご縁の姿の一つの集大成として、生き方というものに表現されます。つまり生き方はその人らしさになり、このらしさこそご縁の御蔭さまということになります。

誰かのそれまでの人生の話をお聴きすると、その人らしいなと感じるものが多いものです。その人らしいをよく観察すると、その人の中にご縁がいつまでも影響を与えているのがわかります。だからこそ自分らしさというのは、ご縁の集大成ということです。

例えば、私は法螺貝でも自分らしい音になればいいですねと助言します。自分らしい音になるのは、その自分のもつ法螺貝らしい音になることでもあります。自分と法螺貝がご縁で結ばれ、お互いに自分らしい音になっていくということ。これはご縁の音ともいえます。

人が志で結ばれる時、お互いにご縁の音を奏でます。その音はどのように響いていくのか、そしてその後にどのような音楽になったのか、それはご縁の音として記憶に残ります。

ご縁の音の記憶は、また別の音と結ばれさらに新たな音として共鳴していくものです。

ご縁の世界と音の世界は同一で、ご縁とらしさもまた同一ということかもしれません。

新たな出会いによって創生することの面白さは、ご縁のめぐりあわせの奇跡の喜びです。ご縁を大切にして味わっていきたいと思います。

編み方は生き方

現代は、編みものをする機会がなくなってきましたがむかしはどの家でも竹かごや藁細工、着物など暮らしの中で誰もが編みものをする文化が根付いていました。法螺貝の網袋を通して、編むことの価値やその意味なども学び直しています。

そもそもこの法螺貝の網袋などは、冬の間のお山の内職のようにそれぞれでつくるものだったように思います。これは草鞋づくりなども同様に、冬は家に引きこもり囲炉裏端などでそれぞれに一年間に必要になるような道具や材料をつくりこんでいました。

今では、暖房の中や大雪でもガソリンや電気をフル稼働して動き回りますがむかしは無駄なエネルギーを消費せず、家に籠っては冬を乗り越えていました。冬は食料も少なくなり、資源もなくなります。冬にできる仕事は少なく、収入を得る機会が減るからこそ生活必需品を揃える機会になったのです。明治以前までは、ほとんど靴などもなく草鞋が中心でした。草鞋はすり減りますから、たくさんつくっていたのでしょう。

どの家でも編みものができる技術は、この暮らしの中で培われていたのです。

静かに、編みものをする時間は瞑想にも似ています。一つ一つ、同じ作業を指先を通して丁寧に行います。結んでは解き、繋いでは止める、これらのことは人生の歩み方を指導してくれるかのようです。

また編み物は一緒に編むことで心を癒します。編み物の伝承は、祖母や母などを連想します。一緒に編み物をした記憶は心をあたたくし、編み物を通して人生の編み方を学びます。編み方は生き方そのものです。

法螺貝の網袋を通して、一緒に生き方をこの時代でも学び合えることは仕合せなことです。

引き続き、暮らしフルネスの実践を調えていきたいと思います。

法螺貝の網袋~原初の信仰の原点~

法螺貝の網袋は、七宝編みという技法でつくられます。よく文様でも使われることが多く、これを七宝紋(しっぽうもん)と呼びます。この七という字は、吉祥数とされてむかしから縁起がよいと信じられてきました。

この文様は中国の唐の時代に起源があるともいわれますが日本へは平安時代に仏教と共に伝えられたものといいます。この文様は、連続する円が無限に繋がることから、仏教の教えにおける「無限の繋がり」や「円満な状態」を象徴し人々の生活の中での繁栄や幸運を願う意味合いも込められているといいます。

仏教での七宝とは、仏教においてとても重要とされる七種の宝のことをいいます。 『無量寿経』においては「金、銀、瑠璃、玻璃、硨磲、珊瑚、瑪瑙」とされ、『法華経』においては「金、銀、瑪瑙、瑠璃、硨磲、真珠、玫瑰」とされるものです。これらの宝物は、それぞれ異なる霊的または象徴的意味を持つと信じられていました。それが組み合わさる文様は円満や繁栄、完全な調和を表現しています。

そもそも編み方の起源はいつなのかと深めて観ると、編みの起源は古くて旧石器時代 にまでさかのぼるともいわれます。 最初期の編み細工は、1本の連続した糸を編んで作った網だといいます。それが時代を経て糸・藁・紐・竹などを素材にして手や針を用いて様々な生活道具(籠・敷物等)や衣類が作られていきました。日本では縄文時代早期に漁網が編まれていたようです。

編みというのは私たちの生活文化の中心にあり今まで伝承されてきた大切な先人の智慧です。現在、ニットセラピーというものもあり一目一目、針を動かしながら編んでいく作業によって指先の手を動かし、目の前の作品に集中することで日常の喧騒を忘れ、心の安らぎをえる療法があるといいます。創作しながら同時に心を安らげる、心の健康を支える大切な時間になっているともいいます。

私も疲れたらよくお手入れといって手仕事をします。修繕をしたり、綺麗に磨いたり、そのどれもが心を落ち着かせ心の疲れをほぐします。

この手を使い何を編むか、そしてその心に何を祈るかというのは原初の信仰の原点だと私は感じます。

これから大峰山へ移動し、法螺貝の編み方の伝承を受けてきます。動画や本ではなく、編みということやその意味を学び直してきたいと思います。