現代文明の真の問題は何か、それは私は分断であると感じています。そもそもいのちは分断できるものではありません。お寺にあるような羅網のようにこの世でつながっていないものは一つもありません。すべてのいのちは関係しあいながら存在しています。
それを私は循環と呼び、徳と定義しています。
徳が循環するという言葉をよく使いますが、実際には徳=循環だと伝えているだけです。しかし現代は、分断によって循環を止めることで短期的に利益を生み出してみんなが循環を止めることに躍起になっているように感じます。
例えば、川の水をせき止めても限界があります。それをまた別の方法でせき止めて、せき止めて無数に流れを止めてその水が蓄えられるようにしています。ダムのようです。しかしその結果、淡水生物をはじめ森林などのいのちの循環もせき止めていきます。すると荒野になり生き物はいなくなり自然災害が発生し結果、得をしたようで損ばかりをします。それで公共事業などの経済がまわると思っていますが、実際には経世済民は循環していきません。自転車操業のようにお金が尽きるまで続いていきます。ゴミ処理場問題なども似ています。循環を止めることで発生する目先の損得に一喜一憂するだけでは子どもたちや子孫に負の遺産を先送りすることになります。
大きな目で物事をよく観察するとこの数百年の文明実験はどうだったかなと振り返ります。そして何がよくなかったか、ではどうすればいいかを問い直すのです。
本来、人類はいのちの循環をどのように活かせば永続して暮らしをしていけるかということに本来は興味があったはずです。それは他の動植物や微生物においても同じ命題です。
天命を生きるためには、循環の仕組みを学び、循環にぴったり和合しながらいのちを喜ばせて共生する道を発明してこれまで生き延びてきました。
現代の文明は、一言でいえばいのちを分断する文明です。
だからこそ、私は徳が循環する経済を甦生して今いる場でそれを実証しようと試みています。
引き続き、新しい文明実験を通して子どもたちに真に譲りたいものを体現していきたいと思います。
