陽の徳

本日は、夏至祭を霊峰日子山の守静坊で行います。この夏至祭は新たに甦生した祭祀の一つです。

もともと英彦山は、古代より太陽のお山として大切に守られてきた存在です。お山で過ごしていると光の煌めきの強さやぬくもり、お水と呼応して清浄なイヤシロチの場に包まれます。

夏至の時がもっともそのお力が漲り、この時に英彦山で過ごすと言いもしれない元氣や浩然の氣が湧いてきます。

古代の人たちは、太陽をどのように観ていたかを想像してみるといのちには欠かせない唯一無二の存在に思っていたように思います。木々をはじめ植物たちは太陽と地球や月の関係性とリズムでいのちがゆりかごのように育まれます。そして太陽の力がもっとも陽のときいのちは最高潮になり、もっとも陰のときに弱まります。まさに「生死」の根源を顕現しているのが太陽の存在です。

地球上でこの日に祭祀を行うのは、古代の人たちが太陽と共に生き、太陽と共に暮らしてきたことの証明でもあります。それは神話の中でも伝承されているものです。

時代が変わっても、どんなに環境が変わっても、私たちの身体は太陽の運行にあわせて調っています。かつて時は、太陽の時間を顕していました。太陽があるから私たちは生きられ、太陽の御蔭様で存在しているからこそ太陽の時に調和していこうとするときいのちはその恩恵に感謝を実感するように思います。

朝起きて、太陽が山から昇ってくる光景を眺めいのります。

すると、周辺のすべての植物たちをはじめ鳥や虫たちそして大地は照らされいのちが活き活きと躍動していきます。お水に乱反射してキラキラと徳やいのちを引き出します。

夏至は、太陽の徳をもっとも感じる大切な一日。

同じ太陽を観ても、どう観るか、誰と観るか、どこで観るかでその太陽はまったく別の存在となります。

だからこそ私は場を守り、夏至祭を日子山で実施することにしています。

場は単なる場所ではなく、かつては感覚を覚醒させる唯一無二の智慧でした。

日子のお山は太陽をはっきりと実感できるいのちの甦生の場です。

まだ夏至祭を甦生して3年目ですが、太陽の徳に報いる仕合せを感じています。

皆様にとっても素晴らしいいのちの甦生する夏至になりますよう、日子山から心穏やかに静かにいのります。