むかしの五穀田で無事に仲間たちと一緒に御田植祭を実施することができました。雨も心地よく、和気藹々と田んぼの中で神人神楽の一期一会の一日になりました。
現代は、ほとんど田植え機を使い一人で田んぼで田植えをしますがむかしは共同体の存在があり、『結』というものを形成してみんなで田植えをしました。田植えは単なる農作業ではなく、まさに一生の一大事の神事として田の神様の神域でみんなで仕合せを味わう時間でした。
昨日は、朝から旬の供物を捧げ岩笛、法螺貝を立て、お田植の祝詞を奏上して紅い菅笠の早乙女が田んぼに入り丈夫でよく育った在来種の稲の早苗を田に植えました。
早乙女はまさに田の神様の依り代として田と稲霊が宿ります。早乙女が神事を通じて美しい棚田と霊山の風と雨をうけ神々しい場をつくります。私たちもその後ろで一緒に田んぼに深い感謝のいのりを捧げました。
田んぼは「場」になります。
そもそも早乙女という存在は、日本人が自然を神として敬い、いのちの循環を祈りながら生きてきた精神文化そのものを体現しています。お山の恵みを田と人の暮らしへと結ぶために山の神を迎え、田の神に仕え、家の繁栄をいのり、神と人を神聖な稲苗を通して田と結びます。そして神事に参加する仲間たちもまた神人和楽で田と結びます。
田植えの最中に私が法螺貝を吹いて植えるのは理由があります。古代から先人たちはお山はお水を産み、杜を育み、その恵みが田を潤すと信じられてきました。今のように山岳信仰と農耕文化は分けてはいませんでした。
また早乙女が女性なのは女性は子を宿し、新しい命を生み出す存在であり、その生命力が稲を育てる力と重なるとむかしの人々は信じていました。まさに早乙女は五穀豊穣と甦生の象徴です。田植えこそそのいのちを芽吹くハレの日の大切な神事でした。だからこそ晴れ着を着て、お田植唄を唄い、田植え後の直会ではみんなで喜びあい和来ました。早乙女が紅い菅笠や白い衣装を纏うのは神様を迎える装束なのです。
五穀豊穣の神事とは、まさに喜びの場づくりです。いつもいただいているお米は、単なる栄養素ではなくそのプロセスもまた元氣の源泉になります。お米の美味さはいのちや心も喜ぶなかにこそあります。
私たちのむかしの五穀田という場には、「むかし」があります。
むかしの日本の俳句や和歌にもこの早乙女やお田植のことが詠まれます。
松尾芭蕉はこう詠みます。
「早苗とる 手もとや昔 しのぶ摺」
私の意訳ですが田植えの原初の風景を早苗をもつ早乙女の手元を観ると、なぜか懐かしい記憶がおぼろげにもはっきりと心の原風景に甦ってくるということ。田植えは私たちの先祖が2000年以上続けてきた稲作の真心の伝承なのです。
そしてもう一つ、好きな俳句に明治生まれの俳人、飯田蛇笏の俳句があります。
「早乙女や 神の井をくむ 二人づれ」
早乙女が、神と人と二人で美しく澄み切った神様の泉のお水をくみ上げながら協働していのちの場を醸成していく姿。
日本人として、失いたくない風景をこの和樂の場から甦生していきたいと思います。
暮らしフルネスを通して一年一生のいのちの循環を引き続き、早乙女たちと子どもたちに繋いでいきたいと思います。
