人は環境をつくりますが、環境もまた人をつくります。これを「場」ともいいます。私は場道家を名乗っていますが、これは場をつくることを道にしているからです。どのような場をつくっていくか、そこに生き方が入ってくるものです。
そもそも場とは、単な英語のplaceではありません。ここにはいのちが宿ります。いのちというのは、場の中で活かしあうものです。例えば、どこまでを場と捉えるかというものもあります。宇宙全体を場とするのか、それともこの家のあるところを場とするのか。その境界もまた人がつくります。これを環境ともいいます。
環境というのは、人間がつくりだす場のことです。どのような環境にしていこうとするか、そこには人の心が宿ります。とても静謐で清廉で潔白、美しく澄み切ったところにはその人の心が反映しています。その反対に、穢れ乱れるところには欲望や煩悩があり荒んだ人の心があります。ゴミが散乱している場所などもそこに心が投影されます。
人間は場を調えることで心を同時に調えることができます。
丁寧に場を調え、心を磨いている人は環境をつくるのです。
環境というものは、一朝一夕ではできません。何度もお手入れをしたりお片づけをしたり、お掃除をしたり、お祈りをしたりと心の実践の集積があって醸成されていくものです。それをむかしは教育ともいい、しつけとも言った時代もあります。
現代は、生き方や道よりも知識や手法ばかりが便利だからと優先されますがそのために失われたのがこの「場」をつくることかもしれません。場は人をつくります。私の使命もまた人づくりです。
丁寧に場を調えて、育ちを見守っていきたいと思います。
