いのちの美味

日本には古来から「甦生」という精神性があります。私は場道家ですが、同時に甦生家でもあります。甦生は私のライフワークです。

生まれ代わるというのは、いのちのめぐりのことです。いのちというのは、常に生々流転しています。また輪廻転生するともいえます。あらゆるものと和合しながら生き続けていきます。和合していくことは、新たないのちになっていくことです。

例えば、昨日は新嘗祭を行いましたがお米の種はそのままいのちの種です。土に蒔き、お水と光と風が吹けば別の姿に変化していきます。そのもののいのちのかたちはそこで終え、別のいのちへと変化していくのです。私たちが成長して老化していくように、いのちもまた変化します。そして新たないのちに受け継がれていきます。

当たり前のこの真理ですが、これは実はとても大切な智慧の一つです。

神道では、式年遷宮をはじめ様々な甦生の儀式があります。新嘗祭もその一つです。私たちは毎年、一年に一度、甦生するのです。この甦生によっていのちが若返り瑞々しくなり長寿を得ます。この智慧は、健康食品などでは得られませんし、遺伝子治療などでも得られません、そもそも科学ではないからです。

昨日は甦生した井戸のお水で床下の備長炭を使い、田んぼの土で仕上げた竈に火を入れ、みんなで火吹き竹で息を吹き入れた今年の新米を炊きました。

その味には、確かに新たないのちが別のものになって宿っている感覚を直観します。仲間たちと一緒に味わいましたが、口先ではなく全身全霊で美味しいと感じるいのちの美味です。

甦生や若返りというのはこの感覚に似ています。

私はいつも古民家甦生や、あらゆる伝統や伝承の場を甦生する中でこの感覚を味わっています。いのちは変化する。変化こそ甦生の妙味であると。変化を如何に楽しむか、変化を如何に味わうか、私たちは変わることでいのちを何度も甦生させるのです。

暮らしフルネスの基本は、このいのちの美味を知ることからはじまります。

引き続き、徳の世を醸成し心豊かな社會のために智慧を実践し続けていきたいと思います。