昨日は、十三夜祭を古民家和楽で行いました。遠方からも多くの仲間たちが集まって秋の風情を味わいました。そもそも十三夜とは、陰暦十三日の夜、特に、陰暦9月13日の夜を指す言葉のことです。
この十三夜のはじまりは平安時代、延喜19年(919年)、醍醐天皇が清涼殿で月見の宴を催したのが起源とされそこから広がったといわれます。この十三夜は十五夜の次に月が美しいといわれ「後の月」という別名があります。他にも福岡県では「女名月(おんなめいげつ)」とも言われます。また「栗名月(くりめいげつ)」「豆名月(まめめいげつ)」ともいわれます。この時季に秋に収穫される栗や豆を供え物にしたことからいわれます。
みんなが栗や豆などをはじめ、収穫したものをご持参してお供えすると神棚には多くのお供え物で溢れます。まさに収穫、豊穣の風情が家全体に広がります。
銀杏栗ご飯をはじめ、栗団子をみんなでつくりきのこ汁にいれて食べましたが心も身体も癒されました。他にも焼き栗をはじめ栗や豆のスイーツもたくさんいただき、みんなで栗三昧。昼間は、干し柿つくりをして古民家の玄関は干し柿がまるでイルミネーションのように飾られ秋を醸し出します。ススキの室礼やお庭で満開のキンモクセイの薫りも一期一会の豊かさを感じさせてくれました。日本人で日本に産まれてきて本当によかったと感じる懐かしいひと時です。
そしてお月見をみんなで外で味わい、少し欠けたこれから満月になる煌めきを放つ月光に深い祈りを捧げます。十五夜は秋のはじまりでしたが、この十三夜はこれから冬を迎える前の美しさがあります。少し早めに待つという文化は、日本の精神性でありその待つことの豊かさ、心の流れる時間に生きる喜びかもしれません。
最後は、音楽を奏でてみんなで和樂の時間を過ごしました。毎年、ご縁のある方とのセッションもあり年々進化発展していく彌栄の場に感動するばかりです。
毎年、暮らしの中で生きていける仕合せはいのちの喜びです。月と繋がっているという感覚は、私たちが見守れているという感覚を磨いていくことに似ています。毎月、お月さまがいて月光を与えてくれていること。月を観るということは、心を観るということでもあるのでしょう。
これからも先人の知恵に習い、暮らしフルネスを実践していきたいと思います。
