加齢とともに脳の情報処理速度は衰えていくといわれます。これは脳だけではなく、身体のあらゆるものは衰えていきます。若い頃は、筋肉増強で筋トレすればすぐに筋肉はつきましたが年を取ってくると筋肉を衰退させないための筋トレになっています。すべての生き物は、変化して死に向かいます。その過程を体験することはとても大きな学びがあります。
身近な存在だと祖父母や両親です。ずっと一緒に暮らしてきても、ある時にふと年をとったと感じます。できていたことができなくなったり、耳が遠くなったりと不便なところに遭遇します。今までできていたことができなくなるというのは、下降していく感覚です。若い時は、何でも新しくできるようになるという喜びの方が多く、高齢になればできなくなる辛さというものもあるのでしょう。しかしよくよく観察すると、できなくなったことを他の方法でやったり、コツを使うんで最小限の力でできるように創意工夫していることもあります。
つまり知的好奇心というものや学びという感覚は死ぬまで衰えることはないということでしょう。肉体や感覚が衰えても、それはあくまで借り物の道具が弱っていくだけで精神や心は変わらずに成長を已まないということです。
常に心を若く、好奇心をもって学び続けている人は老害にもなりません。謙虚に素直に今、起きていることからご縁を悟り、人の話に耳を傾けてできることや使命を全うしていくのです。
また徳を積み続けていれば、周囲がその徳を見守りさらにみんなで助け合い仕合せな暮らしを創造していくこともできます。
つまり生き方というのは、衰えることがないということかもしれません。
つまり道に衰退なしということでしょう。そうすれば、老いたる馬は道を忘れずといううように仙人のような風格を保つ存在になるのかもしれません。
道は無窮、丁寧に老いの道を拓いていきたいと思います。
