いのちの巡り

現在、畑の春野菜は次第に種になり次の季節までの準備に入っています。種はその前の季節の記憶を持ち次の季節に合わせていのちを成熟させていきます。あの小さな種が、土や水や光や風を経て大きくなっていく姿にはいつもいのちの偉大さを感じます。

私たちの身体もまた同様に、様々な季節を経てそしてあらゆるいのちを受けて成熟していきます。すべての存在とつながり、その存在によりいのちが成り立っているのです。このいのちの繋がりの中にある自分というものは、いつもそれぞれのいのちを循環させて通過させているのがわかります。

まるで風が身体をすり抜けていくように、光が身体を透過するように、まるで水が濾過していくようにいのちは溶け合います。

いのちの正体とは、形を変えてはそのものになりいのちを理解していく。時には植物となり時には虫となり、時には動物にもなる。意識の集合体がどの場所でどのようにいのちを察知するか。私たちは文字や言葉を使いますが、いのちはお互いを察知するものです。

季節というものは、その察知することにおいてとても秀逸に感性しています。

これから冬支度になり、冬のいのちと関りが深くなります。次第に身体も心もいのちも冬に備えて変化してきています。いのちの変化は、自然の変化と共にあります。

よくよく感得していのちを巡らせていきたいと思います。