いのちの新嘗祭

今日は、これから浮羽の甦生中の古民家で新嘗祭を行います。有難いことに、今年はとても由緒ある田んぼとご縁ができ手植え手がりで無肥料無農薬でお米を栽培することができました。仲間との思い出もいよいよ終盤、今年の有難いご縁と感謝でみんなで笑顔で新米をいただき予祝をします。

振り返って見たら、お米と共に一年を暮らす仕合せは格別なものです。一年中食べているのがお米ですからお米のいのちをいただいているといっても過言ではありません。一粒一粒にいのちが宿る種を食べているのです。それは元氣にならないはずはありません。

田んぼでいのちが充実しているという事実。

これは生き物がいっぱいの田んぼに入ればすぐにわかります。私たちはその田んぼの元氣をいただき、元氣溌剌と生きているのです。今ではお米も次第に、お金や物のように扱われています。先物取引のようにも扱われたりしました。しかし本来は、お米は私たちのいのちそのものに深く関係するものだからいのちとして接することが本来のあるべき姿ではないかとも思います。

お米に対する意識や姿勢こそ、私たちの精神性の中心を支えていたものです。

新嘗祭はそれを甦生する大切な儀式とお祭りです。

丁寧にいのちをいたわり、みんなで有難くいただきます。