現在、浮羽の古民家の庭の甦生に取り掛かっています。朝倉の水害の石を使って石組みをし、その石組みの徳が活かせるように目的と理念と自然が調和するように手掛けています。
そもそも庭師をはじめお庭の原点は何か、それは信仰に基づくものです。現代では、庭は趣味や嗜好で人工的につくられていますがかつての庭は極楽浄土をはじめ神域を顕すものでもありました。
それを私は「お庭」と呼びます。
お庭というのは、いのちが宿る大切な場です。場というのは、調和することでいのちが耀くものです。よく調和したお庭には、そこで生きる全ての存在の徳が顕現します。
私は場づくりをしますが、庭師ではありません。大工でもありません、実は何でもなく場づくりをするだけです。それぞれの専門職にわかれて、それぞれの視点や角度で仕事をする時代、そしてお金にする時代です。
しかし本来は、お庭もその場の主人によって見守り育てていくものでした。そしてそのお庭には、神様が宿り全体を見守ります。まるで神社とお社、杜の関係と似ています。
大切なことは、お庭も生き方の一つということです。
引き続き、これから2か月かけてお庭を仕上げていきますが徳を活かしあうような場にしていきたいと思います。
